超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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24話 さて、どう応えてあげましょうかね

今朝、未明。

風見野市にて、一人の少女の遺体が発見された。

 

その遺体は、隣町付近に放置された廃教会の前に横たえられていた。

通りがかりの近隣住人がすぐに救急へ連絡したが、その場で死亡を確認。しかし外傷や薬物が用いられた形跡は無く、死因を特定する事は出来なかった。

 

身分証の類も所持しておらず、身元の判明すら危ぶまれたが――上着のポケットに氏名らしきものの書かれたメモがあり、そこから少女の素性が判明する事となった。

 

……数年ほど前。遺体の発見された廃教会には、とある神父が勤めていた。

いつしか彼は教義に外れた教えを説くようになり、破門。最後には、一家心中という悲惨な結末を迎えたのだが……唯一、長女の行方だけが判明していなかったそうだ。

 

そう――今回遺体で発見された少女こそが、件の長女であった。

 

警察は殺人と自殺の両面から捜査を開始し、ワイドショーでも散々に騒がれたものの、その足跡が明らかになる事は無く。

結果として捜査自体も打ち切られ、遺体は彼女の家族が眠る墓地へと共に埋葬された。

 

一体、少女に何があったのか。真実は、終ぞ闇の中。

 

やがては人々の関心も薄れ、その記憶から消え失せていった。

 

 

 

 

 

 

「――これでよし、と」

 

 

見滝原の街より少し外れた、名も知らぬ山の中。

その中腹にある広場にて、美樹さやかは満足げに息を吐く。

 

彼女の目前には一本の樹が生えており、その枝にはしっかりと結ばれたリボンが二本。強風に煽られ、千切れんばかりに揺れていた。

 

 

「……本当に、これでいいの? さやかちゃん……」

 

「きっとね。……あーいや、余計な事をーって文句言ってるかも」

 

 

傍らに寄り添う鹿目まどかの問いかけに、寂し気な笑みを浮かべて。

さやかは棚引くリボンを――マミと杏子の墓標であるそれらを見上げつつ、背後へと振り返る。

 

そこには、風に乱れる黒髪を抑える暁美ほむらの姿があった。

 

 

「……あんたも、ありがとうとは言っとく。いちおーだけど」

 

「別に。あなた達に勝手に動かれて、妙な騒ぎになるのも嫌だっただけよ」

 

 

少し離れた場所に佇む彼女は、さやか達に目も向けずそう答えた。

バッドエンドの『印』や、クモを警戒しているのだろう。休みなく周囲に視線を走らせる傍ら、静かに鈍色の空を眺め続けている。

 

その相も変わらず友好的とは遠い態度に、さやかは小さく鼻を鳴らし。再びリボンへと視線を戻した。

 

 

 

 

――杏子が完全な死を迎えてから、一夜明け。

さやか達三人は、出来る範囲で彼女の弔いを行っていた。

 

魔女に喰われ、遺体の残らなかったマミの時とは違い、杏子の身体はしっかりとした形で残っている。

バッドエンドとワルプルギスの夜という大きな脅威は控えていたが、さやかとまどかは友人として、きちんと幕引きを行う事としたのだ。

 

……とはいえ、杏子は天涯孤独の身であり、家も無い。

当然ながら遺体の引き取り手があるかどうかも不明であり、二人はその処遇に頭を抱えた。

 

そうしてほむらに知恵を求めたところ、彼女は苦々しげに溜息を一つ。徐に杏子の氏名を手近な紙切れへ書き記すと、その上着に忍ばせて――直後、遺体の姿だけが跡形も無く消えていた。

時を止め、どこかへと運び去ったのだ。

 

突然の事に慌てたさやかが問い詰めれば、杏子のテリトリーであった風見野に放置して来たとの事だった。

 

何せ、誰も杏子の弔いに必要な情報を知らず、それを可能とする力も無いのだ。

だが、彼女の遺体が他者に発見されるよう仕向ければ、あとは通報された警察が勝手に身元を調べ、適切な処理を行ってくれる。

そして発見場所が縁の深い場所であるのなら、更にスムーズに事が済むだろう……ほむらは妙に慣れた様子で、そう言った。

 

……さやかにも、それが現状においてはそれが最善であり、杏子を家族の元に届ける唯一の方法であるという事は理解できた。

 

しかし、感情的に納得がいくかどうかはまた別だ。

全てが蚊帳の外で行われる事に、さやかは悔し気に俯き――その様子を見たほむらがまたも溜息を吐くと、懐から取り出した何かを、さやかへと押し付けた。

 

 

『これがあれば、墓を作れるのでしょう?』

 

 

見れば、黒の混じった赤い紐。

――それは杏子の遺体から抜き取ったと思しき、髪留めのリボンであった。

 

 

 

 

 

「……杏子ちゃん、ゆっくり眠れてるといいね」

 

 

ぽつり。風に乱れるリボンを眺めつつ、まどかは小さな呟きを落とす。

その目元には僅かな赤が差し込み、擦った腫れが出来ていた。

 

 

「どうだかね。マミさんの隣だし、久しぶりにお説教でもされてんじゃない?」

 

「え……マミさんと杏子ちゃんって、お友達だったの?」

 

「ああ、何か昔は二人でコンビ組んでたんだってさ。想像できないよね~」

 

「そうだったんだ……そういうの、もっとおはなし、したかったな……」

 

 

まどかが杏子と触れ合った時間は短いものだったが、それでも彼女と友人になりたいとは思っていたのだ。

今のような物騒な状況じゃなく、普通に出会えていたのなら――そんな『もしも』を考えかけ、涙の気配を感じて首を振った。

 

そしてそのまま言葉は途切れ、二人揃ってただ空を見る。

強まる風が身を冷やし、気づけば互いの肩が触れていた。

 

 

「……さやかちゃん。これから、どうするの?」

 

 

まどかが小さく問いかける。

 

 

「昨日……その、色々あってからも、まだお家に帰ってないよね。さやかちゃんのパパとママ、凄く心配してるよ……?」

 

「…………」

 

 

さやかは気まずげに唇を尖らせ、後頭部を掻く。

 

そう、前日に武旦の魔女を討伐してからこちら、彼女は未だ帰宅していなかった。

杏子が主人格であった状況のまま、ほむらの拠点に身を寄せている。家族への連絡もしておらず、携帯端末の通知は更に積み重なっていた。

 

 

「それにね……昨日から、凄く風が強くなったでしょ? さやかちゃんが帰ってこないのは、災害に巻き込まれたからかもって……警察とか捜索隊とか、色々大変な事に」

 

「わー! わー! 聞きたくない聞きたくない!」

 

 

予想よりも大事になっている状況に、さやかは耳を抑えてしゃがみ込む。

 

ワルプルギスの夜が近づいている影響か、見滝原の天候は悪化の一途を辿っている。

今日においては見滝原にある学校のほぼ全てが休校となり、生徒達に自宅待機を命じる程だ。

時間ごと風を止めるほむらの魔法が無ければ、まどかも家を抜け出しこの場所を訪れる事は難しかっただろう。

 

……そして、その最中に行方不明となっているさやかの扱いたるや、もう。

事情を知らない関係者の間では、常に悲壮感が漂っているらしい。

 

 

「うぐぐぐ……おのれ杏子め。これ、拳骨の一個や二個じゃすまないヤツじゃん……!」

 

「う、うん。だから、せめて一回おうちに帰った方が……」

 

「……や、それはダメ。全部終わるまで、帰んない」

 

 

慮りには、確かな拒否が返った。

顔を上げたさやかの目には決意が宿り、まどかはほんの少しだけ気圧された。

 

 

「家族巻き込みたくないってのもあるけどさ。今戻ったら、自由に動けなくなるじゃん? たぶん外出禁止は確実だし、そんな事になったら動きづらくてしょーがないもん」

 

「……やっぱり、殺し屋の人と戦うの?」

 

「もう、恭介が狙われるからってだけじゃないしね。まぁ……怒られるかもしんないけど」

 

 

誰に、とは言わずとも分かった。

どちらからともなく、揃って赤いリボンを見上げ――さやかの瞳に、赫怒が灯る。

 

 

「……殺すとか殺さないとか、そういうの考えてやんない。とにかく、あの綺麗な顔をパンパンに腫らしてやるんだ。杏子の分まで、ボッコボコに……!」

 

「さやかちゃん……」

 

「だから、ゴチャゴチャしたのは全部片付いた後! 帰るのも、怒られるのも、考えるのも……あと、恭介と仁美の事もね」

 

「!」

 

 

呟くように付け加えられた言葉に、まどかは肩を跳ねさせて。

恐る恐る、さやかの顔を窺った。

 

 

「……さやかちゃん。それは、その、えっと……」

 

「昨日、口づけ刻まれた仁美を助けたって言ったじゃん? そん時にまぁ、ぽろっと」

 

 

気恥ずかしげに頬を掻くその表情には、負の感情は見えなかった。

それどころか、安堵の混じった穏やかなものだ。

 

 

「結局、気絶したまんま家の前に寝かせてきたから、まだちゃんと話せては無いんだけどさ。でも多分、本音なんだろうなって」

 

「……うん。私も、何となくそうなんじゃないかなとは思ってた」

 

「えー、じゃあ言いなさいよー……って、そりゃヒドい話か」

 

 

親友二人が、同じ人物に懸想する。ある意味では、外から見守る事しか出来ないまどかこそが、一番心労の嵩む立場だろう。

さやかは意地の悪い笑みを浮かべつつ、樹の幹に背を預け。

 

 

「……何だろ。恭介が取られちゃうって焦りも無いって訳じゃないけど、それ以上に安心のが強い、かな」

 

「安心?」

 

「うん。こんな状況だと、恭介の事を想ってくれてる人が他にも居るって、何か心強いっていうか……うーん、どう言えばいっかな」

 

「……っ」

 

 

それはポジティブな言葉であったが、まどかには不穏が感じられた。

 

まるで、これから自分が上条の傍から居なくなる事を予期しているかのような。そんな錯覚。

思わず引き留めるようにさやかの腕に抱きつけば、彼女は驚き、苦笑した。

 

 

「いやそんな『だから死んでも大丈夫』みたいな事じゃないって。仁美とは後でキッチリ修羅場るつもりだからさ。心配しないでよ」

 

「……それはそれで、別の心配があるんだけど……」

 

「いやー、ああ見えてあの子アホみたいに強いからね~。逆にボコられちゃうかも」

 

「どういう修羅場を想定してるの……?」

 

 

シャドーボクシングをするさやかの姿に気が緩んだのか、まどかも僅かな笑みを漏らす。

そうして互いに笑い合い、柔らかな空気が二人の間を包み込む。さやかの愛する、日常の一幕だ。

 

最早非常に貴重なものとなってしまったこの時を、さやかは強く心に刻み――今は指輪の形を取っている己の魂を、そっとなぞった。

 

 

(……うん。これも、今はいい。あたしはただ、前を向く――)

 

 

杏子の記憶によれば、今この肉体は死人に近い状態となっているらしい。

それはとても辛く、悲しく。ともすれば叫び声を上げそうな程に、怖い事だった。

 

……だが、同時に。この身体と魂は、杏子が命を賭して守り、遺した希望でもある。

 

それを思えば、己を卑下する事など出来はしないのだ。

例えゾンビであろうが何だろうが、杏子の希望として相応しくあらねばならない。故に。

 

 

「――バッドエンドも、何とかの夜も全部たおーす! そして帰って、仁美にも勝ーつ!」

 

「えっ、わぁ!?」

 

 

赫怒とは異なる炎が瞳の奥で燃え盛り、滲む涙を焼き払う。

 

その視線の先には、風に暴れるリボンが二つ。

さやかは徐にまどかと手を繋ぐと、困惑する彼女と共に勢い良く拳を突き出した。

 

 

 

 

 

 

(……随分と、簡単に言ってくれるわね)

 

 

……背後から強風に乗って届く、宣言。

その身の程知らずとしか言えない内容に、ほむらは人知れず眉を顰めた。

 

 

(あなたがまともに戦えるようになった程度で、あの魔女が倒せるのならば。私はとうの昔に、この終わりのない迷宮から抜け出している)

 

 

これまで繰り返したワルプルギスの夜との戦いでは、マミと杏子が揃った上で無様に敗北を喫したケースも数多い。

彼女達が居ない今、未熟なさやかが多少強くなった所で、何も変わりはしないのだ。

 

 

(バッドエンドだって、そう。全力の杏子でも勝てなかった相手に、付け焼刃で傷をつけられるかどうか……)

 

 

正直に言って、まともにやり合えるかどうかすらも危ういと言わざるを得ない。

 

とはいえ、現状では数少ない戦力である事もまた確か。

さやかの力に期待する以外の選択肢は無く、苛立ち混じりの溜息が落ちた。

 

 

「…………」

 

 

また、空を見る。

 

空を流れる雲は早く、吹き付ける風はほむらの髪を大きく乱す。

それは記憶に残る同じ時期の景色――多くの時間軸で見たそれよりも、幾分か勢いの強いものだった。

 

 

(……やはり、そうだ。ワルプルギスの夜が、予想よりも速く移動している)

 

 

先程から何度も確認し、何度も記憶を精査した。

だが間違いない。このままでは、明日か明後日には見滝原の街に襲来するだろう。

 

同様の事は、これまでの時間軸でも何度かあった。

幾ら舞台装置の魔女といえど、本能に忠実な性質は他の個体と変わらない。故に、外部から何らかの刺激を受けた結果、行動パターンを変える事がままあるのだ。

 

おそらく今回もその類なのだろうが――間が悪いにも程がある。

 

二つの敵は強大だというのに、こちら側の戦力はもとより、時間までもが削られる始末。

考えれば考えるほど、困難極まる状況に眩暈がした。

 

 

「…………」

 

 

……しかし、暁美ほむらが暁美ほむらである限り、逃避や諦観はあり得ない。

 

全ては、愛するまどかを救う為。

例え希望が無いと分かっていようと、前を向き続けなければならないのだから。

 

……それはさやかの抱いた覚悟とよく似ていたが、本人達にそれを知る術はなく。

 

 

(もう、躊躇っている暇はない……か)

 

 

ほむらは乱れる髪をかき上げると、片手に盾を出現させ、金属の塊を取り出した。

 

――ほむら達の監視の為、街に撒かれたクモ。その一体。

魔法による支配で機能停止している銀の身体に、昏い瞳が反射した。

 

 

 

 

 

 

――重傷を負い、昏睡状態に陥っていた保澄雫が目を覚ました。

ホンフーにその報せが届いたのは、つい先ほどの事だった。

 

 

「――それで、彼女の容態は?」

 

 

見滝原にある、とあるホテルの一室。

一先ずの拠点としているその部屋で、ホンフーは端末の向こうへと問いかける。

 

通話の相手は、雫を治療していたジャジメント医療班の一人だ。

 

人間からサイボーグまで幅広く対応する彼らの中には、少数ではあるが魔法少女を担当する者――つまりは治療やサポートに特化した魔法少女も在籍している。

前日の早朝、施設に満身創痍の状態で転がり込んで来たという雫を任せていたが、数分前に一度意識を取り戻したらしい。

 

 

『ええ。診たところでは、肉体的にも精神的にも後遺症は残らないでしょうね。とはいえ、すっごく疲れてるみたいで、またすぐ眠っちゃったけど……』

 

「いえいえ、再起可能な事が分かって何よりですよ。彼女はまだ、失うには惜しいので」

 

 

安堵混じりに、そう笑う。

 

空間結合魔法に大きな価値があるという事もあるが、それなりに長い付き合いだ。

無事を素直に喜ぶ程度の情は、ホンフーといえど持ち合わせていた。

 

……しかしすぐに目を細め、剣呑な光を宿らせる。

 

 

「……一体、彼女の身に何が? 大丈夫と判断できる程に会話したのなら、何らかの報告はされた筈ですが」

 

 

聞けば手足は折れ、内臓の幾つかは損傷し、ソウルジェムも魔女化する寸前にまで濁りきっていたそうだ。

何らかの大きなトラブルに巻き込まれた事は明白であり、それは任務――見滝原壊滅の原因を探らせた件と関係している筈だ。

 

雫はジャジメントを嫌ってはいるが、職務には忠実である。

短い覚醒時間に何らかの報告を残していると、ホンフーは確信していた。

 

 

『なんだかんだ言って、雫ちゃんの事信頼してるのねぇ。その通り、言伝をしっかりちゃっかり預かってまーす』

 

「あなたのような不良少女にならないよう、しっかり教育してますのでね。それで、何と?」

 

『それがねぇ……影の使い魔と、逆さまの大きな唇を見た。ですって』

 

 

医療班の少女の声音が僅かに硬いものとなり、ホンフーは怪訝に眉を顰めた。

 

 

「……使い魔という事は、魔女に遭遇し敗北しただけと?」

 

『結果だけを見れば、そうなのだけど……。そうねぇ、バッドエンドさんは、ワルプルギスの夜ってご存じ?』

 

「……確か、魔法少女達の間で伝説とまで言われている大魔女、でしたか。以前、みふゆさん達から聞いて調べた事がありますが――まさか」

 

『ええ。雫ちゃんをボロボロにしたのは、おそらくそれね』

 

 

――ワルプルギスの夜。その存在は、ホンフーも多少は知っていた。

 

一度魔女の結界から出れば、街の一つや二つ容易く破壊し尽くす、災厄の権化たる魔女らしい。

事実、かの魔女が引き起こしたという災害の幾つかは、ジャジメントのデータベースにも僅かながら記録されている。

ホンフーは目を眇め、風の吹き荒ぶ窓の外を眺めた。

 

 

『……出くわしたのは不幸だったけど、それでも幸運だったとしか言えないわねぇ。瞬間移動できる雫ちゃんで無ければ、逃げ切れなかったかも』

 

「……よく似た魔女と見間違えた、という線は?」

 

『んー、私もワルプルギスの夜を直接見た事は無いから、絶対無いとは言えないけど……。でも雫ちゃんの報告は、伝え聞く大魔女の特徴とぴったり符合してるもの。間違いって可能性の方が低いと思うわ』

 

「そうですか……」

 

 

何とも確実性には欠ける言葉ではあったが、疑うつもりはあまり無かった。

己より知識の深い魔法少女の言葉を疑う根拠も無く、何より見滝原壊滅の理由――タイムリミットの正体としては、極めて妥当であると判断したのだ。

 

やはり、この強風もワルプルギスの夜が街に近づいている余波なのだろう。

負傷はしたが、しっかりと役目を果たした雫に、心の中で花丸をひとつ贈呈する。

 

 

「……まぁ、大体は把握しました。報告、ご苦労様でした」

 

『……雫ちゃんの事も、労わってあげてね?』

 

「それはそちらのお仕事であると思いますがね。彼女の治療、頼みましたよ」

 

『は~い、調整屋さんにお任せあれ~』

 

 

気の抜ける挨拶と共に通信が途切れた。

そのあまりに砕けた態度に、思わず困ったような笑みが浮かぶ。

 

 

(私、一応幹部なんですけどねぇ……)

 

 

雫も決して態度が良いとは言えないが、かの魔法少女はそれ以上だ。

ホンフーがその辺りに頓着しない性質だから良かったものの、他の――例えばマゼンタなどであれば、気に入らないと殺害されていてもおかしくはない。

 

……しかし反対に言えば、相手を見ているという事でもある。賢しい少女だと、小さく笑った。

 

 

(ともあれ、裏は取れましたか)

 

 

黒髪の魔法少女の目的は、嘘では無いと見ていいだろう。

彼女はこの街に襲来するワルプルギスの夜を倒す為、行動していたのだ。

 

何の為に――など、考えるまでも無い。己と同様、愛する誰かを救う為だ。

時間遡行とは、その為にあるべき奇跡なのだから。

 

 

(……最も、あまり上手くいっていないようではありますが)

 

 

でなければ、わざわざ己に助力交渉をする訳が無く、ワルプルギスの夜はとっくの昔に消えている。

己が願ってやまない力を持っていながら、しかし願いを果たせていない黒髪の魔法少女に、苛立ちとも同情ともつかない感情が沸き上がった。

 

 

(そもそも、彼女は時間遡行をどのように扱っているのか。その気になれば、不都合を幾らでもやり直せる魔法の筈なのに……)

 

 

黒髪の魔法少女に時間を巻き戻され、全て無かった事にされるかもしれないという危惧は常にあった。

 

だからこそ、『相乗り』に期待していた部分もあったのだが――残念ながら、これまでそれらしき現象を体験した記憶は無い。

幾度となく時は止まれど、流れる方向はそのままだ。

 

 

(……『相乗り』が時間遡行に反応しない……なんて、イヤな話じゃないと良いのですがね)

 

 

最も、以前の交渉は決裂したままであり、青と赤の魔法少女も死亡したままの筈だ。

黒髪の魔法少女にとって、明確な不利益たるそれらが何も覆されていない以上、時間遡行は行われていないと見て良いだろう。

 

気軽に使う時間停止と違い、何らかの制約があるのか。

それとも、現状が彼女にとって悪くないものなのか。

考え込んでも明確な答えは出ず。

 

 

「……ま、後で纏めて聞き出しますか」

 

 

呟きつつ。ホンフーは持ったままの端末を操作し、クモによる監視映像を映し出す。

 

といっても、既に黒髪の魔法少女にはクモの存在を気取られており、加えて雫に頼れない現状では利便性が大きく下がっている。

既に監視機器としての意味は殆ど無く、正真正銘のジャンク品と化していた。

 

……しかし、それでも使いようというものはある。

己が監視されているという自覚は、大きな重圧を精神に与えるのだ。

 

ホンフーは、件の調査任務で雫が離脱する事を想定していなかった訳では無い。

故に予め、彼女の出発前に空間結合魔法を使用させ、少ないながらも限界数のクモを街に放たせてあった。

 

無論、それら全てを一人で管理し切れる筈も無く、大半はただの置物となっている。

だが、黒髪の魔法少女がこちらの内情を知る訳も無い。

 

ワルプルギスの夜が近付き、時間的猶予のない現在。

街中に配置された案山子により自由までもが利かないとなれば、果たして彼女はどう出るか――。

 

 

「……ん?」

 

 

ふと、監視映像の一つに、違和感を覚えた。

 

上条恭介の自宅周辺や街の大通りの光景に混じり、見覚えの無い景色があった。

風に荒れる水面と防波堤、その向こうに見える長い橋。おそらくは見滝原の東にある河川敷だろう。

 

……このような場所に、クモを配置させた記憶は無かった。

 

そしてその場から移動させようにも、こちらからの操作は受け付けない。

たた、じっと。風の荒れ狂う風景を映し続けているのだ。

 

 

そう、まるで――そこへ来いと誘っているかのように。

 

 

「……ふふ」

 

 

故障や誤作動と切り捨てるのは無粋だろう。

ホンフーは愉快気に口端を歪めると、深くソファへと身を沈める。

 

 

「――さて、どう応えてあげましょうかね」

 

 

それは楽しい楽しい、デートのお誘い。

画面越しに見えるその待ち合わせ場所に、年甲斐も無く胸が躍った。

 

 

 

 

 




『美樹さやか』
現在進行形で色んな人に心配をかけているお騒がせガール。帰ったら尻叩きの刑が待っている。
杏子の想いを受け、色々な覚悟を決めた。身体の事も恋の事も、真っ向から立ち向かえるようになっているようだ。
ちなみに、現在はほむらの拠点に寝泊まりしている。ブンブンと揺れる部屋の振り子が大層鬱陶しく、『あ、こりゃ転校生とは絶対趣味合わんわ』となった。
必殺技は刀剣で切り刻んだ後に一閃する『プレスティッシモ・アジダート』。ほのかにマミさんの香りと好きな人の影が窺えるネーミングである。


『鹿目まどか』
杏子の完全消滅を知り、一人泣いていた。色々と板挟みに陥っているようだ。
全てが丸く収まって欲しいと願っているが、それが難しいという事も察している。
実は彼女だけまだホンフーと出会っていない。


『佐倉杏子』
故人。さやかに非常に大きな影響を齎した。
人間としての彼女は家族と共に眠り、魔法少女としての彼女はマミと共に眠っている。


『暁美ほむら』
絶望的な状況の中、未だ希望を抱いているさやかにイライラと羨ましさを感じているようだ。
しかし彼女も諦める気はまるで無く、最後の最後まで抗う覚悟を決めている。
こんな時に杏子の墓を作るというさやか達には呆れているものの、遺体からリボンを抜き取った事自体は完全な好意であった。


『保澄雫』
見滝原に近づきつつあったワルプルギスの夜に襲撃され、大怪我を負った。
しかし何とか逃走には成功。医療施設に転がり込み、ぐったりしていたようだ。
彼女が刺激した事で、ワルプルギスの夜の襲来が若干早まってしまった。


『医療班の少女』
ジャジメントに協力する魔法少女の一人。攻撃魔法を持たない代わり、ソウルジェムを調整し、身体能力や魔力の強化が出来るという固有魔法を持つ。
本SSにおいては変人三人衆が居ないため、みふゆや雫と同様にジャジメントに協力しグリーフシードを得ている。ついでにいろはちゃんと出会っていないので、いろんなものが憎いまま。
一体何みたまなんだ……とんと見当がつかぬ……。


『ウ・ホンフー』
魔法少女の全員に嫌われている事をほんのちょっぴり気にしていたり、いなかったり。ほむらが時間遡行を繰り返している事は察していたようだ。
さやかの生存にはまだ気づいていない。杏子の人格の時から家に帰っていない事が功を奏しているっぽい。
実は未だまどかとは出会っていない。


半分は過ぎている。多分。
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