超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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26話 安心だってさせたんだ

「せぇやぁぁぁぁああああああッ――!!」

 

 

――斬。

宙に停止する雨粒を割り、美樹さやかの振るう銀の刃が閃いた。

 

それは殺意に至らぬ敵意を孕み、目前に立つウ・ホンフーへと迫る。

しかし横合いから差し込まれた掌底に刃の腹を打たれ、軌跡は虚しく宙を掻く。

 

 

「はい、残念」

 

「いっ――!?」

 

 

同時に眉間へ手刀が飛び、咄嗟に上体を逸らし回避。

続けて両腕を大地に突き立て、後方倒立回転跳び。限界を超えた身体強化魔法に苛まれる肉体の悲鳴を聞きながら、その場から勢いよく離脱し――次の瞬間、鋭い踵が地面を割った。

 

丁度、腹部のあった位置。少しでも回避が遅れていれば、潰れた蛙のような惨たらしい姿を晒していた事だろう。

 

 

(こんだけ強化してやっとギリギリって、マジかい……!!)

 

 

さやかは青ざめつつも、宙を舞う間に軋む身体を治癒。やがて遠く離れた場所に着地する。

冠水する地面から上がる飛沫がすぐにその時を止め、滞空。

そうして空へ散らばる水粒越しに見える笑顔を、強く睨んだ。

 

 

「……ほんっと、バケモン。魔法少女でもないのに強すぎだって」

 

「人は人のまま、ここまで至れるという事ですよ。化物にならずとも、ね」

 

 

明らかな挑発にさやかはピクリと眉を揺らすが、それ以上の反応は無い。

心を律し、激情を抑え。静かに刀剣を構え直した。

 

ホンフーはそんなさやかの様子に、多少感心したように目を細める。

 

 

「しかし……あなたも中々面倒になりましたねぇ。技術的にはまるでなっていませんが、身体能力と反応速度は以前と比べるべくも無い。それに――」

 

 

つい、と視線が彼女の下腹部へと向いた。

 

うっすらと腹筋の乗ったその場所には、以前までと違いソウルジェムが見当たらない。

その視線に気が付いたのか、さやかは虚勢混じりに口端を上げた。

 

 

「こんな嵐だからね。雷様に取られないよう隠してんのよ」

 

「……やれやれ。小賢しくもなったようだ」

 

「おかげさまで」

 

 

先程の意趣返しか、白々しい戯言に首を振り。

ホンフーはこちらを向く刃先に合わせるように拳を構え、目前の少女を見据えた。

時が止まった世界の中に、二つの呼気が静かに響く。

 

……そう、二つ。ホンフーが求める少女の気配は、未だ無し。

 

 

(……さて、彼女はいつ頃顔を出すのやら――)

 

「――っ!」

 

 

ほんの一瞬、周囲に目線を走らせた隙を逃さず、飛び込んださやかが刃を振り下ろす。

当然、先程と同じく刃をいなすが、しかし今度はさやかも対応。反撃の手刀を躱す傍ら、新たな刃を生み出し、振るう。

 

鉛色の空の下。拳で鋼を打つ音が、幾度となく木霊した。

 

 

 

 

 

「……これも駄目、か」

 

 

激闘を繰り広げるさやか達より少し離れた、家屋の影。

バッドエンドの視界に入らないよう身を隠す暁美ほむらは、悔しさを露に溜息を吐く。

 

その傍らには対バッドエンド用に仕掛けてあった路肩爆弾が転がっており、冠水に巻き込まれ沈んでいた。

 

 

(直接触っても反応なし……浸水じゃない、中の部品が外れたか、配線切れか……)

 

 

ほむらは知るべくも無かったが、それは先程バッドエンドが発動した超能力、グレムリンによるものだ。

 

彼女としても、かつての交渉時にその能力を受けていたが、その詳細を明確に見抜いていた訳でも無い。

数分前に起こった『クモ』の機能停止に嫌な予感を感じた時には、既に手遅れ。周囲一帯に設置していたトラップや武器の類が、尽く使用不可能に陥っていた。

 

 

(この様子では、川底のミサイルも……。まったく、やってくれる……!)

 

 

バッドエンドに対する物だけではない。続くワルプルギスの夜への備えが、ほぼ全て陽の目を見る事なくお蔵入りだ。

ほむらは隠し切れない苛立ちを抱えながら、家屋の影より慎重にバッドエンドの様子を窺った。

 

 

(……今の所は、どうにか戦えているようね)

 

 

視線の先では、未だに激しい剣戟が繰り広げられていた。

 

互角とは程遠い戦況であるようだが、それでも戦えている事に変わりない。

必死の形相でバッドエンドに食らいついているさやかに鼻を鳴らし、ほむらは懐から小さな宝石を取り出した。

 

――黒い濁りの目立つ、『それ』。

戦闘前にさやかから託された、彼女自身のソウルジェムだ。

 

ほむらはその濁りの濃さに眉を顰めると、取り出したグリーフシードを近づける。

即座に濁りが浮き出し、グリーフシードへと移動するが――またすぐに小さな濁りが生まれ、徐々に青を穢していく。

 

 

(やはり、負担が大きすぎる。このままでは、長くはもたない……)

 

 

軽く舌打ちを鳴らし、ソウルジェムを両手で包む。

その指の隙間から漏れる青い光には、濁りとは違う紫の光が僅かに混じり合っていた。

 

 

 

 

――バッドエンドへ挑むにあたり、ほむら達の前には大きな壁が立ちはだかっていた。

 

それは隔たる戦闘能力差の縮減や、抱える弱点の補強などの前段階。

そもそも戦いの場に上がる為の、大前提とも言える事――彼の有する悪辣な超能力への対策だ。

 

まず問題なのは、他者の攻撃を反射する能力と、言葉を媒介とする洗脳能力の二つ。

かの能力達をどうにかしない限り、バッドエンドと戦うどころか正面に立つ事すらままならないと、ほむらは勿論さやかもよく理解していた。

 

とはいえ、分かっていた所でどうなるという物でも無い。

それらに対抗して見せた杏子は既に亡く、最早打つ手は無いと思われた……のだが。

 

 

『……アイツが転校生の魔法の中を動いてたっての、何かの超能力でいいのよね?』

 

 

――ふ、と。

さやかの零したその呟きが、彼女達に妙案をもたらした。

 

【バッドエンドは、同時に二種類以上の能力を使えない】

 

杏子が死ぬ直前に見抜いた、超能力の制約だ。それは当然さやかの記憶にも残っており、だからこそ先の呟きが意味を持つ。

 

 

――もし、停止した時間の中を移動する術が超能力であるならば。

その最中は、他の能力の使用を封じられた状態となっているのではないか――?

 

 

……無論、時間停止、或いは魔法その物を無効化する装置が存在するという可能性もある。

 

しかし、以前見た『TX』は機械操作魔法こそ弾いたが、時間停止魔法には抗えなかった。

そしてバッドエンドに刻んだ『印』は今も尚生きている。例え魔法を無効化する装置があったとしても、それはごく一部の範囲に絞られ、『印』や時間停止の魔法はその範囲外であると考えられる。

故に、彼個人が何らかの超能力をもって、時間停止効果のみを防いでいると見るのが妥当であった。

 

……その能力の詳細が分からない事が不安要素ではあったが、攻撃反射と洗脳能力を封じられるのならば、多少の危険は安い物。

 

バッドエンドを敢えて時間停止の世界に引き込む事が、戦う為の必須条件。

それを確信したほむら達であったが――当然、それにはとある問題が付随する事となる。

 

即ち、時間停止魔法に対応できない美樹さやかの処遇である。

 

彼女はバッドエンドと違い、時間停止魔法に応する術を持っていない。自動的に戦いの場から弾き出される事となってしまうのだ。

一応、紐で互いを結びつけるという手もあるが、戦いの中で千切れてしまうのがオチだろう。切れず、伸縮自在のリボンを作れたのは、今は亡き巴マミだけである。

 

あちらを立てればこちらが立たず。何か良い方法は無いか、二人は更に頭を悩ませて――。

 

 

――そうして考え出した策こそが、現在ほむらの掌中にある、青いソウルジェムであった。

 

 

 

 

(……そろそろ、移動しなければ)

 

 

魔力浄化を終えガラクタとなったグリーフシードを仕舞い込み、ほむらは音も無くその場を離脱。宙に留まる雨粒に軌跡が残らないよう身を伏せ、冠水した水面の下を這い進む。

 

バッドエンドとさやかの戦いは激しさを増し、それに伴い戦場も移動している。

さやかのソウルジェムがこの場にある以上、距離を放されすぎれば、彼女はその瞬間に空躯となり倒れ伏すだろう。

その為、ほむらはさやかの動きに合わせ移動し続けねばならなかった。

 

 

(自分が提案したとはいえ、面倒ね……!)

 

 

そうしてバッドエンド達の戦場より程近い物陰に身を潜めると、すぐにまたさやかのソウルジェムへと意識を配る。

 

 

その青の中には、黒い濁りの他に紫が――ほむらの魔力も流れ込んでいる。

それこそが、この時の止まった世界でさやかが動けている理由だ。

 

ほむらの時間停止魔法は、彼女の身体に触れている物体と、その魔力を帯びた物には作用しない。そして魔法少女の肉体は、己のソウルジェムを源として活動している。

ほむらは、その二つの性質を利用した。

 

――さやかの魂たるソウルジェムに触れ、それを介してほむらの魔力を直接肉体へ送り続けるという、魂と肉体への同時干渉。

それにより、さやかの時間停止中の行動を可能としたのだ。

 

無論、相当な荒業である事に間違いは無く、相応のデメリットもある。

そしてさやかが素直にソウルジェムを託してくれるかどうかが、ほむらの一番の懸念であった。

 

何せ、ほむらはさやかに殆ど信用されていない。

彼女が嫌だと駄々を捏ねた場合、一人でバッドエンドへ挑む事も覚悟していたのだが――その予想に反し、比較的スムーズにソウルジェムの受け渡しが済んだ事は僥倖と言えた。

 

 

(まどか……)

 

 

己とさやかを辛うじて繋ぐ少女の笑顔を想いつつ、既に濁りを濃くするソウルジェムを浄化する。

 

さやかはバッドエンドと戦う為、身体強化と治癒の魔法を絶え間なく発動させ続けており、その濁る速度は非常に速い。

僅かでも浄化のタイミングを損なえば、さやかは瞬く間に魔女と化し、全てが破綻するだろう。

 

かといって、バッドエンドと戦いながら逐一と意識を割けるとも思えない。

その為ほむらはソウルジェムの浄化管理を第一とし、さやかを前衛としての後方援護に回る手筈となっていた。

 

……最も、その為の準備は先程全て無に帰したのだが。

 

 

(私が持っていた武器には被害が無いのが、せめてもの救いね……)

 

 

魔法であるが故、という事だろうか。盾と、その内部より取り出した拳銃を見分しつつ、安堵混じりに目を伏せる。

そして、一通りの動作確認が済んだ拳銃にサイレンサーを装着。物陰より銃口を差し出し、音も無く引き金を引く。

 

当然ながら、銃弾はすぐに時間停止の範囲に入り、バッドエンドに届くことなく動きを止めた。

しかしほむらは気にもせず、銃撃を繰り返す。

 

 

(――西。川沿い方向から5発。覚えておきなさい)

 

(ッ、うん!? ちょっと待っ、何!? 西ってどっ――んごぉッ!?)

 

(……あなたが今飛ばされた方角よ)

 

 

さやかにそうテレパシーを送った直後、彼女の身体がこちらへと殴り飛ばされた。

ほむらは即座に会話を打ち切り、その場から離脱。別の物陰へと移動する。

 

そうして一定の距離を保ちがてら、さやかのソウルジェムを取り出せば、やはりその半分以上が黒い濁りに染まっていた。即座にグリーフシードを手に取り、また浄化。

 

 

(……出来れば、ストックが半分を切るまでに決着を付けたいけれど)

 

 

これまで魔女を狩り続けたおかげでグリーフシードの数には余裕があるとはいえ、当然限界はある。

後に控えるワルプルギスの夜の為にも消費は抑えたくあるが……そう上手くはいかないだろう。

 

ほむらは浄化に使ったグリーフシードを盾の中に落とし、嘆息。

しかしすぐに気を引き締め、先程と同様、浮き並ぶ雨粒の中に鉛玉を混じらせた。

 

 

 

 

 

 

――まるで、小さなウルフェンと戦っているかのようだ。

もう幾度目かも分からないさやかの刃を弾き、ホンフーはそう独り言ちた。

 

 

「まったく、急所が無いだけでここまで厄介になるとは……もう4度は致命傷を差し上げたのですから、そろそろ倒れて頂きたいのですがね……!」

 

「お断りだっつーの!」

 

 

否、急所――ソウルジェムの事だけではない。何度身体を破壊されようとも決して折れぬその意思は、ホンフーをもってしても感心に値する強靭なものだ

よもやあの非才の少女が、かのオオカミ男の境地に至るとは予想もしていなかった。続く二本目の刀剣を折り飛ばし、間近に迫った双眸を睨む。

 

 

「察するに、ソウルジェムの管理をお仲間に任せましたか? 浄化の隙を狙うのは、無駄なようだ」

 

「……女の子のヒメゴトに突っ込むとか、セクハラで訴えるよ」

 

「あら怖い。ああ、念の為聞いておきますが、託したのは赤と黒のどちらで?」

 

「っ――赤い方は、あんたが殺したんでしょうがぁッ!!」

 

 

白々しい問いかけに、一瞬でさやかの頭が沸騰。身を翻して回し蹴りを繰り放つ。

軸とした足首がひしゃげ鮮血が飛び散るが、さやかは既に慣れた物。僅かに眉を顰めるだけに留まり、常軌を逸した速度の踵がホンフーの側頭部へと迫った。

 

 

「速いが、粗い……!」

 

「っが!?」

 

 

しかしホンフーは軽く首を捻りそれを躱すと、がら空きとなったさやかの背に爪先を突き立てた。

正中。その衝撃は脊髄を容易く砕き、肉を破って臓腑を揺らす。

そうして弛緩したさやかの身体は二つに折られ、成す術も無く宙を舞い――。

 

 

「――ん、っの!!」

 

「!」

 

 

――ガチリ。

さやかの背にめり込んでいた爪先が、何かに強く挟み込まれた。

 

それは今まさに再生しようとする脊髄と、筋繊維の狭間。強引に治癒魔法を加速させ、己の身体を即席のトラバサミとしたのだ。

 

さやかは驚くホンフーの隙を突き、大きく腕を振り回し裏拳で殴り飛ばす。

 

ホンフーは咄嗟に腕を交差し防御したものの、その威力は凄まじく、さやかの拳が砕け散る音と共に大きく吹き飛ばされた。

 

 

(ぐっ……妙な(こな)れ方を……!)

 

 

見た事も無い珍技に感嘆半分、呆れ半分。

痺れる腕に眉を顰めつつ、ホンフーは空中で姿勢を立て直し――。

 

 

「――っ!?」

 

 

――唐突に、ホンフーの身に殺意が刺さった。

 

咄嗟に身体を捻れば、小さな何かが頬の真横を過ぎていく。

宙に留まる雨粒に混じり存在していたそれは、どうやら時の止まった銃弾のようだった。

 

 

(援護射撃――なるほど)

 

 

おそらくは、未だ姿の見えぬ黒髪の魔法少女が予め配置したのだろう。

 

時間停止魔法の影響を受けているとはいえ、放たれた銃弾の纏う殺傷能力が消え失せた訳では無い。

激突すればそのまま銃弾として機能し、ホンフーの身を穿つ。まさに、時間の止まった世界ならではのトラップだ。

 

ホンフーは大きく身を引き倒し、水飛沫と共に着地。身を屈めつつ勢いを殺す最中、また数発の銃弾が頭上に見えた。

その軌跡を追った先に、黒髪の少女が居るかもしれない――すぐさまその方向へ走りかけ、咄嗟に真横へと跳躍する。

 

直後、振り下ろされた刃が水場を割り、元に戻る事無く停止した。

 

 

「よそ見しないでよ。目の前に居るのは、あたしだってば……!」

 

「……情熱的ですねぇ。まぁ私も、今のあなたには若干の興味を持っていますが」

 

 

とはいえ、これ以上相手をするのも面倒だ。ホンフーは多少の苛立ちを乗せ、さやかの首へ手刀を放つ。

身体と頭部を切り離せば、流石に動きくらいは止まるだろう。そう思っての一撃であったが、さやかは瞬時に反応し、刀剣を盾にそれを防いだ。

 

――が、ホンフーの手刀は鋼をも貫通し、刃ごと首を薙ぐ。

 

 

「うっそ――おわぁッ!?」

 

 

思い切り身を反らし、どうにか回避するさやかであったが、直後足払いを受け宙を舞う。

 

それは逃しようも無い、致命的な隙だった。

ホンフーは強く一歩を踏み込み、震脚。鮮やかに勁の流れた肘鉄砲が、無防備を晒すさやかの頭部へ吸い込まれていく。

 

――そうして、頭蓋と脳の砕ける音が響く寸前。予兆無く、ホンフーの足元が破裂した。

 

それはさやかの仕掛けていた小細工。

予め地中へと埋められていた刀剣が、地雷の如く炸裂したのだ。

 

 

(本当に小賢しく……!)

 

 

機械類で無いのなら、グレムリンの影響も無い。ホンフーの足裏に触れた事で時間停止が解かれ、罠として作動したのだろう。

幸い傷を負うには至らなかったが、ホンフーは爆発の衝撃により身を崩し――。

 

 

「だりゃっしゃあああああああ!!」

 

 

咄嗟に、さやかは生み出した刃を突き出した。

 

……だが、彼女もまたバランスを崩している最中だ。

当然ながら狙いは乱れ、ホンフーが軽く身を捻るだけで容易く刃は空を掻いた。のだが。

 

 

「――ぐっ!?」

 

 

瞬間、握るさやかの手指ごと刀剣が破裂。至近距離から巻き起こる爆風が、ホンフーの姿勢を更に揺らした。

 

――同時に、弾け飛ぶさやかの血肉が彼の片目を強烈に叩く。

 

肉片と血飛沫が眼球に入り込み、視界を覆い――そうして生まれた死角より、さやかの体当たりが炸裂。ホンフーの身体に抱き着く形で、勢いよく宙を舞った。

 

 

「いつまでもっ! 余裕ぶっこいてんなって――!!」

 

「!」

 

 

ぞわり、と。ホンフーは背から近づく死の気配を感じた。

おそらく、背後には先程と同じく時の止まった銃弾が配置されているのだ。

 

 

(無理矢理に押し込むつもりか……!)

 

 

現状では他の超能力は使えず、カルマミラーによる反射も不可能だ。

当然ホンフーはすぐにさやかを振り解こうとするが、魔法により強化された膂力がそれを許さない。腰にしっかりと手を回され、万力のように締め上げている。

 

 

「ち――!」

 

 

ホンフーは舌打ちを呑み込みつつも、逆にさやかの両腕を脇に抱え込む。

そして両の足裏をその胸部へと押し当て、勢いよく膝を伸ばし――肩口から二本の腕を引き千切った。

 

 

「ぁぎッ、ぁ、ぁぁあああぁあぁあああぁぁあッ!!」

 

 

絶叫。

ホンフーの腰に巻き付いた腕だけを残し、さやかの胴が蹴り飛ばされる。両肩から迸る鮮血が、細長い帯を引いた。

 

ホンフー自身も蹴りの反動で強引に進路を変え、背後の銃弾の射線から離脱する。

……これでは、弾丸は当たらない。

 

 

(ぐ、そッ……ここまで、やってもっ!)

 

 

激痛と両腕欠損のショックにちらつく視界の中、さやかは強く歯噛みする。

 

文字通り身を削ったというのに、未だまともなダメージの一つも与えられていない。

自分への情けなさに滲んだ涙が零れ落ち、周囲に漂う雨水晶の一つと混ざり、

 

 

(――耐えなさい、美樹さやか……!)

 

「え、あがぁッ!?」

 

 

――その時、さやかの腹部が炸裂した。

 

血飛沫と臓腑の欠片が拡散し、風景を斑に染め上げる。

予想もしなかった現象に、さやかのみならずホンフーまでもが目を丸くする中、さやかの腹から小さな何かが飛び出した。

 

それは散らばる血肉を掻き分け赤い螺旋を描く、新たな銃弾。

ほむらによる、狙撃だ。

 

 

「なッ!?」

 

 

さやかの肉に触れ、そして貫き纏ったその弾丸は、時を停止させる事無く突き進む。

時間停止魔法の影響外にあるさやかを中継点とする事で、銃弾が停止するまでの臨界距離を強引に稼いだのだ。

 

そして射線上には当然ホンフーの姿があり、背後の銃弾を躱した姿勢のまま空に居た。

彼がそれを察知した時には既に遅く、銃弾は寸分の狂い無く彼の脳天へと吸い込まれて行き――。

 

 

「く――ぉおおッ!!」

 

 

――だが、それすらも。

 

ホンフーは驚異的な反射神経で以て反応。制動の利かない体勢の中、小さく、しかし強烈な速度で以て手刀を振る。

 

弾くつもりだ。

常人であれば不可能ともいえる神業であるが、ホンフーであれば児戯に等しい事だろう。

さやかもそれを予感し、再び脳裏に諦めが過る。

 

 

(――ざっけんな……!)

 

 

しかし、そんな弱音より悔しさが勝った。

 

必死に戦った、腕をもがれた。

そして、ほむらに身体を道具のように扱われた。なのに。

 

 

(なのに、これ? これで終わり?)

 

 

幾ら相手が強敵だったとしても、これは無いだろう。

魔法少女としても、道具としても、倒すべき敵に全く通用していない。

 

そんな事が許されるのか。

己は、美樹さやかは、一体何故この場に居る。

何の為に、誰を犠牲にして、誰を想って戦っている――?

 

 

(こんなの、生かしてくれた意味無いじゃん)

 

 

やはり、頼りない役立たずでしかない――などと。

認められるか、認めて堪るか、絶対に。

 

 

(あたしは、遺されたのに……!)

 

 

さやかの瞳が、ホンフーの腰に巻き付いたままの腕を見る。

 

 

(希望なんだ! もう安心だってさせたんだ!! なのに――!!)

 

 

込めた膂力のまま、見苦しくへばり付いている、それ。

当然動く筈も無く、ただ慣性に揺れるだけ。何も成せず、障害にすらなっていない。

 

――まるで、今の己の姿そのままだ。そう思った瞬間、鼓膜の裏で何かが切れた。

 

 

 

「――なんッにもしないで! 終われるかああああああああああッ!!」

 

 

 

バチン! と、失っていた腕の感覚が戻る。

肩口と、千切れた腕から吹き出す血液。そして宙を漂う肉片が一本の線となり、互いの切断面を強く結び付けていた。

 

 

「っ!? これはっ……!」

 

「避けんなあああああああああッ!!」

 

 

治癒の固有魔法が成した、酷く無理矢理な肉体再生。その過程。

 

千切れた腕がさやかの下へと還り、ホンフーもそれに付随し引き寄せられる。

無理を重ねた姿勢では、最早抗する事も出来ず。

 

 

「がッ――」

 

 

――自分から、飛び込んでいったかのように。

鋭い弾丸がその胸を貫き、真っ赤な華を咲かせた。

 

 

 

 




『美樹さやか』
文字通り身を削って凄く頑張っている。パワーだけならホンフーを越えた。
河川敷のあちこちに予め刀剣を埋めまくっており、ほむらの仕掛けた罠と違って正常に作動するようだ。
酷い目に遭わせてごめんなさい。でも回復魔法で戦うとなると、どうしてもグロくなるよね……。え、ならない? そんなぁ。


『暁美ほむら』
予め仕掛けていた罠や武器類が全部おしゃかになってしまい、凄く困っている。
マミさんがリボンで物理的に繋がって時間停止回避できたのなら、魔力的に繋がっても同じ感じになるやろの精神。
せっせと魔力浄化に精を出している。さやかを撃った事で自分のソウルジェムも結構濁った。


『ウ・ホンフー』
さやかのソウルジェムが隠されている事で、極めて面倒な事になった人。バジリスクが使えたらなぁと思っている。
しかし魔法少女の肉体は既に死んでいるも同然であり、魔力というホンフーに触れられないエネルギーで動かしている状態のため効果が薄い。
ソウルジェムを傷つければ普通に効くが、それが出来る距離に居るなら砕いた方が早いためあんまり意味が無い。無念。



遅くなってごめんね。これからものんびり待って頂けると救われます、はい。

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