超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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『はじめる』

――いつもの時間、いつもの病室。

柔らかな朝日に瞼を照らされ、暁美ほむらの意識は覚醒した。

 

 

「……戻った、のね」

 

 

ベッドから身を起こし、カレンダーを見る。

 

そこには月初めから数日程、日にちを消すようにバツ印がつけられていた。

未だ愚かであった頃の自分が付けた、退院日へのカウントダウンだ。

 

そして、その到達点となっている今日の日付は、記憶にある物と変わらない。

無事に『始まりの日』に戻れた事を確信し、新たにバツを付けておく。

 

 

「…………」

 

 

改めて身体の状態を確認するが、当然ながら異常なし。

心臓病は完治し、四肢に穴は開いておらず、膝が外れたりもしていない。

 

完全な健康体――前の時間での痕跡は、何一つとして無かった。

 

 

「……そう、引きずるものは、無い」

 

 

さやかの顔が浮かび、目を閉じる。

そして次に開いた時には、いつもの自分となっていた。冷静で、一人で歩ける、強い自分に。

 

……時を繰り返す毎に、思考の切り替えだけは上手くなっていく。

ほむらはそんな自分を嘲笑しつつ、着替える傍らこの時間軸でのスケジュールを組み始めた。

 

 

(……まず大前提として、ジャジメントに関わるものには手を出さない。これは絶対)

 

 

前回の出来事を最初から振り返り、そう決める。

 

見滝原の山奥に隠されていた、兵器実験施設。あそこに手を出したからこそ、酷い事になった。

『TX』を始めとした兵器群には心惹かれるものはあるが、突いた結果『奴』が出てくるのであれば割に合わない。

 

――文字通り、バッドエンドだ。

 

 

(奴の目的が過去改編である以上、潰さなければならないけど――今は、関わるべきでは無い)

 

 

そもそも、これまでの繰り返しの中で彼と遭遇していなかった以上、こちらが余計な事をしなければ、出現し得ない存在の筈なのだ。

 

いずれは、何らかの対処が必要だろう。

しかしそれは、ワルプルギスの夜を越えてからで良い。その後なら、余裕をもって十全の準備を行える。

今、死力を尽くす必要は、無い。多大な犠牲と共に得た教訓だ。

 

 

「…………」

 

 

……念の為『印』の反応を探ってみたが、この時間軸では彼に魔法は施していない。

当然ながら反応は無く、安心とも不安ともつかない溜息を一つ。

 

それきり触らぬ邪神に祟りなしと、ほむらはバッドエンドに関して一切の関心欲目を捨て去った。

 

 

(となれば……まずはやはり、インキュベーターの動向か。出来る限り、奴がまどかを発見する時期を遅らせたいところだけど……)

 

 

つらつらと考えつつ、荷物を纏め病室を後にする。

一連の動作に一切の淀みは無く、最早慣れ切ったものだった。

 

そうして手早く退院の手続きを済ませると、いつもの拠点を作るべく、街中へと一歩踏み出して――。

 

 

(いえ、そうね……)

 

 

ふと、立ち止まり。街外れの方角へと目を向ける。

 

住宅街の先。立ち並ぶ建物の隙間に、寂れた廃屋が幾つか見えた。

今はもう使われていない……という事になっている、貸倉庫の跡地。ほむらは踏み出す先をそちらに変える。

 

 

(――レーザー銃は、早めに回収しておきましょう)

 

 

あれは元々、レジスタンスというチンピラ集団から窃盗したものだ。

例の兵器実験施設を襲う計画を立てていた彼らの邪魔をする事は、むしろジャジメントの目を見滝原から逸らす事に繋がるだろう。

 

武器としての威力と利便性も非常に高く、ほむらとしては逃すメリットが無い。

始めの予定は定まったと、人目がなくなった途端に魔法少女へと変身。盾の砂時計を堰き止め、時を止めた。

 

 

「……?」

 

 

……瞬間、僅かに胸がざわめいた。気がした。

 

しかしそれも一瞬の事。

跡形も無く消え去った感覚に首を傾げつつも、すぐに気のせいと流し。

 

 

暁美ほむらは、この時間においてもまた、孤独な戦いを開始した――。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

………………

 

 

………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――脳が。

 

 

「――ぐ、ぁ……!」

 

 

脳が膨らむ。

 

失われていた思考が。

欠けていた感覚が。

削がれていた感情が。

一瞬の内に完全なものに復元され、莫大な情報として意識に叩き付けられた。

 

まるで、今の己が書き換えられていくような――。

堪らずその場に膝をつき、混乱に乱れる頭を抑え込んだ。

 

 

「な、にが――」

 

 

言いかけ、止まる。

 

この瞬間、彼の脳裏で鮮やかに蘇る光景があった。

 

今の時点では決して知り得ない筈の、未来の記憶。

長きに渡るその体験は、走馬灯のように流れ過ぎ――そしてぷつりと途絶えた時には、彼は頭を抑える事を止めていた。

 

 

「……は、ははは」

 

 

高層ビルの、小綺麗な一室。

カーテンの隙間から柔らかな朝日の差し込むその部屋に、抑えきれない喜悦を孕んだ声が響く。

 

笑う彼の足元には、それまでに目を通していた書類が散らばっていた。

要人の暗殺。とある武装組織の殲滅。あるオオカミ男を利用した、魔法に関しての分析――。

そのような各種任務が記されたそれを拾いもせず、どこか逸った様子で携帯端末を取り出し、起動する。

 

見るべき部分は、今日の日付だ。

世界時計のみならず、ニュースサイトを始め様々な情報を経由。今日がいつであるかを間違えようの無い程に確認し、そして。

 

 

「戻った――戻ったのだ、私は……!」

 

 

彼は――ウ・ホンフーは、己の望みの一端へと触れた事に、狂喜の叫びを張り上げた。

 

 

 

 

 

 

――ワームホールの展開が間に合わず、半身を吹き飛ばされたあの時。

臓器と脳の半分を失いながらも、ホンフーの生命活動は停止していなかった。

 

理由は単純。『穴』の展開にあたり、心臓を含む重要臓器のある部位への展開を優先していた為だ。

 

無論、全てを覆えた訳ではない。現に頭部への展開は間に合わず、致命に近いダメージを負っている。

しかし幸運にも脳幹部への損傷は無く、即死自体は回避できていた。

 

そして攻撃がレーザーであった為に傷口が焼かれ、出血が殆ど無かった事にも救われた。

それは正しく九死に一生。彼の天運は、辛うじて生を手繰り寄せていたのだ。

 

……とはいえ重傷である事には変わりなく、脳の欠損により思考能力までもが失われていた。

何も成せず、そのまま死亡していてもおかしくは無かったが――ホンフーが体に覚え込ませていた『癖』が、その結末を覆した。

 

――即ち、平常時にもほむらの魔法の種火を纏い続けるという、意識付け。

 

たった数日間の付け焼刃であれど、宿願への期待と共に浸み込んでいたそれは、確かに彼自身を動かした。

さやかの血糸が消え、ワームホールの発動が停止した後。半分となったホンフーの脳が、本能的に種火を纏う選択を下したのだ。

 

そして、ワルプルギスの夜の出現に伴い、撤退の判断を下したほむらに『相乗り』し、彼もまたこの過去へと降り立った。

 

――ウ・ホンフーは、求めてやまなかった時間遡行を果たしたのである。

 

 

(まったく、何たる奇跡か……!!)

 

 

ホンフーは胸に手を当て、昂る己を落ち着かせる。

 

そこに先程まであった筈の銃創は無く、他の傷跡も見当たらない。

どうやらこの時間遡行は肉体ごとのタイムスリップでは無く、意識のみを逆行させるタイプであるようだ。

 

 

(……ま、こうして思考できている時点で当たり前ですが)

 

 

こめかみ越しに右脳をコツリと叩き、大きく一息。残っていた興奮と混乱を吐き出した。

 

そうして多少なりとも冷静になった頭に、己をこうまで追い詰めた少女達の姿が浮かぶ。

 

慢心が無かったとは言わない。しかし宿願が懸かっていた以上、状況が許す限りの全力を注いだ自覚はあった。

 

……にもかかわらず、倒れたのはホンフーの方。

その事実を、何かの間違いや時の運などと言ったもので済ますつもりは無かった。

 

 

「美樹さやか――だったか」

 

 

青の魔法少女を思い、呟く。

 

当初は単なる石ころ程度に考えていたのだが、とんでもない。

確かに決して強敵と呼べるような存在では無く、心身共に未熟の目立つ弱者と言って良いだろう。

されど、ホンフーへ最も深く食らいついた存在もまた、彼女であった。

 

 

(ジャイアントキリング……なんて、自分で言ってちゃ世話が無いわね)

 

 

溜息。

屈辱とも尊敬ともつかない感情が湧き、苦笑が落ちる。

 

 

ともあれ、全ては済んだ事。いつまでも状況確認と反省会に耽っている場合でも無い。

ホンフーは頭を振りつつ思考を切り替えると、すぐに再び端末を操作。登録されている連絡先から、ある番号を呼び出した。

 

 

『……はい。何?』

 

「やぁ。おはようございます、雫さん。プロペラに裂かれたお腹は繋がりました?」

 

『は?』

 

 

スピーカーより聞こえたその声は、保澄雫の物だった。

 

当然ながら、この時間では未だ大怪我は負っていない。

それを改めて確認し、ホンフーは安堵の笑みを一つ。冗句だと流し、本題へと入る。

 

 

「いえね、確かあなた、今日は物資運搬の任務が入ってましたよね?」

 

『……ええ。これから向かう予定だけど』

 

「申し訳ありませんがキャンセルして下さい。あ、いっそこれから一か月ほどの予定も全部無しってコトでお願いします」

 

 

間。

暫く無言が続いた後、端末の向こう側から警戒と猜疑に塗れた声が返った。

 

 

『休み……って訳じゃないんでしょう? 私に、何をさせたいの』

 

「ふふ、話の速い子は好きですよ。とりあえず――至急、運んで貰いたい所がありまして」

 

 

ホンフーは部屋のカーテンを開けると、雲一つない青空に目を細める。

彼の目には、黒髪を靡かせる彼女の姿が見えていた。

 

 

「――見滝原市の、見滝原総合病院に。もしかしたら、まだ行き会えるかもしれませんからね」

 

 

 

 

 

――美樹さやかが、ワームホールに呑まれるその間際。とある名前が叫ばれた。

 

ホンフーはその名に、僅かながらの覚えがあった。

かつて見滝原の貸倉庫跡地にてレジスタンスと相対した際、桧垣から送られてきたメールの中に、それは記されていたのだ。

 

かつて重い心臓病を患い、上条恭介と同じく件の病院に入院していたという少女。その名は。

 

 

 

「――暁美ほむら、というのですね。あなたは――」

 

 

 

――二巡目の時間、今ここに至り。

 

ウ・ホンフーは、ようやく探し求める者を正面に捉えたのであった。

 

 

 

 




杏子&さやか編終了。
まどマギといえばループ、そしてパワポケといえば周回プレイ。
という訳で続いて二週目入りマッスル。

アニレコやパワポケを楽しみつつ、まったりお付き合いいただけると救われます。はい。



【アルバム】

『求め、追われる者』

数多の犠牲と引き換えにバッドエンドを下したものの、ハッピーエンドはまだ遠い。  
しかしより強い決意を胸に抱き、彼女は再び迷宮を歩み始める。

全ては、愛しきものを救うため。
その想いがあれば、いつかきっと出口は見つかる事だろう。

……その背中を追う影に、捕まらなければの話だが。




『愛しき人は』

もし今の自分を見たら、彼女はどう思うだろう。
軽蔑し、離れていくだろうか。それとも悲しみ、寄り添ってくれるだろうか。     

……分からない。彼女の心を信じるには、私は罪を犯し過ぎた。

まぁ、いい。どちらであっても、喜んで受け入れよう。
全ては、いずれ聞く事が出来るのだから。




『希望』

「……やっぱり来ないわね、佐倉さん」
「言ったと思うけど……魔女になったら、多分、ここには来ない」
「それは分かっているけれど……少しは期待しちゃうじゃない」

「でも……あの子は凄い。絶望に呑まれながら、希望を残した……」
「なー。カッコいいねーちゃんだったな。オレも会ってみたかったよ」        

「円環の理、だっけ。そっちには……行けてると思う。きっと」
「……ええ、そうね。私も、そう願っているわ。心から――」




『人魚姫』

とある国、とある海。
海底深くから、沈没船が発見された。
沢山の宝を積んでいたそれは瞬く間にニュースとなり、世界中の関心を引いた。

……しかし、一番の話題となったのは、一緒に発見された『少女』の事だ。
沈没船の甲板に転がっていた、年端もいかない少女の骨。
彼女は何者だったのか、何故そんな所に居たのか。誰も何も分からない。

オクタヴィア。
そう名付けられた彼女は、船を沈めた人魚だったのではないかと語り草となったそうだ。


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