超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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9´話 変な気とか、回さないでいいですから

神浜市には、調整屋という店がある。

 

それは魔法少女による、魔法少女の為の店。

彼女達の力の源であるソウルジェムに文字通り調整を施し、魔力や心身の強化改善を行う場所だ。

 

比較的強力な魔女の集いやすい神浜では、調整屋を利用していない魔法少女はまず居ない。

多少の対価を支払う必要はあるが、己の戦闘能力と生存率を跳ね上げる事が出来るのだ。

存在を知れば誰もがその恩恵を求め、そして仲間へと広めて行った。

 

表向きには中立を謳っていた事もあり、魔法少女同士による縄張り争いの多い神浜界隈においても、大きな摩擦なく馴染み。

今となっては、調整屋は魔法少女達の交流の場としても利用されるようになっており――今日もまた、とある魔法少女がその門戸を叩いていた。

 

 

「――あのっ! 今日は雫ちゃん来てませんかっ!?」

 

 

入口の扉を開けるなり、その少女は大きな声でそう問いかけた。

 

癖のある黒髪を二つに纏めた、快活な雰囲気の少女だ。

ソファに腰掛けていた調整屋の主たる少女は突然の来客に目を丸くし、やがて困ったように眉尻を下げた。

 

 

「あやかちゃん……ええと、残念だけど今日も……」

 

「ううぅぅ……」

 

 

そっと首が振られれば、あやかと呼ばれた少女はガックリと項垂れる。

分かりやすく伝わるその悲壮感に調整屋の少女も目を伏せ、気まずい沈黙が室内へと広がった。

 

――毬子あやかは、友人との仲違いを起こしている。

 

相手の名は保澄雫。

魔法少女としてのチームを組む間柄であり、あやかの持つ様々な意味で独特なセンスに付き合う事の出来る、稀有な存在だ。

 

互いに正反対とも言える性格ではあれど、その相性は非常に良く。最早、親友と呼んで差し支えない関係となっていたのだが――現在においては、その縁はぷっつりと断たれてしまっていた。

 

 

「ああもう、何であんな事しちゃったんだろう!? 雫ちゃんが本気で悩んでたの知ってた筈なのにぃ~!」

 

「……ごめんなさいねぇ。私が煽ったばっかりに……」

 

 

調整屋の少女は、壁にかかったダーツの刺さった日本地図を眺め、首を振る。

 

――事の始まりは、今より数週間ほど前の事。

彼女達がこの地図を用いて行った、とある余興が原因であった。

 

日本列島サバイバルの旅――。

己の居場所を探し求め、世界各地を旅する雫の行先をダーツによって決めるという、一昔前に聞いたような旅企画。

あやかと調整屋は、それを雫本人の前で披露したのだ。

 

……そしてダーツが示したのは、陸地ですらない日本海溝。

居場所に悩む者に対し海の底へ行けという悪ふざけは、雫の堪忍袋の緒を「プチりん」させるのに十分すぎた。

 

結果として、雫はあやかの前から姿を消した。

連絡も尽くが無視をされ、そこでようやく雫を激怒させてしまったと気付いたあやかは、毎日のようにその行方を捜していた。

 

 

「雫ちゃんの悩みを、少し軽く考えちゃってたみたいねぇ。私もまだまだ未熟ね」

 

「でもでも実行犯はあたしだし……うわーん! こんなんだからウケるギャグの一つも言えないんだー!」

 

(自覚はあったのねぇ……)

 

 

調整屋は若干口をまごつかせたが言葉は出ず、代わりに溜息だけを一つ落とす。

 

 

「……とりあえず落ち着きましょ。えっとほら、この前電話には出てくれたのよね?」

 

「はい。なんにも言ってくれないまま、すぐに切れちゃって……」

 

「それでもちゃんと話してくれたのだから、その内またお話できる日も来るわよ」

 

 

調整屋はそう言いつつ、テーブルに二つ並んでいたティーカップを、さりげなく物陰へと隠す。

しかしあやかはそれに気づかぬまま、縋るように顔を上げた。

 

 

「うぅ……そう、なのかなぁ……」

 

「そうそう。無視に比べたら、50歩か100歩くらいは進んでるわよぉ。だからそんなに絶望しないで、ね?」

 

 

そう励まし(?)ながら、調整屋は新たに来客用のティーカップを取り出した。

しかしあやかはそれを押し留めると、空元気を振り絞って立ち上がり。

 

 

「……ありがとうございます、あたし、もっともっと頑張って探してみます!」

 

「そう……でも、探す当てはあるの?」

 

「えっと、諦めずに電話とかメールとかして……あとは、せいかちゃん達に頼んだりとか……」

 

 

原因が原因なだけに無関係の友人を巻き込むのも気が引けだが、そうも言っていられない。

数少ない魔法少女の知り合いを指折り数えつつ、調整屋へも頭を下げる。

 

 

「じゃあ、引き続き何かあったらお願いします……! ケータイでもテレパシーでも、いつでもどこでも何度でも待ってるんで! お邪魔しましたー!」

 

「あっ、ちょっとあやかちゃ……」

 

 

呼び止める間もなく、あやかは慌ただしく駆けていった。

まるで嵐のような騒がしさ。調整屋は一人静かに溜息を落とし――やがて、背後のソファへと目を向けた。

 

 

「……これで、良かったの?」

 

「…………」

 

 

その囁くような問いかけに、ソファの裏から淡い髪色が起き上がる。

 

――保澄雫。

今まさにあやかが求めていた、探し人の姿だ。

 

 

(危なかった……もう少し動くの遅れてたら、見つかってた……)

 

 

彼女は安堵の息を吐きつつ、開け放たれた扉の先をじっと見つめる。

 

あやかが会いたがっている事は、ひっきりなしに届く連絡から雫も承知していた。

しかし、あそこまで必死に探されていたとは。偶然居合わせてしまった不幸も合わせ、苛立ち混じりに首を振る。

 

 

「……あの、ね? あやかちゃんも反省してるようだし、そろそろお話くらいは……」

 

「すいません。今は、ちょっと」

 

 

おずおずと切り出す調整屋の提案を切り捨て、先ほど物陰に隠されたティーカップを見る。

 

ダーツの件があってからこちら、雫の調整屋に対しての印象はあまり良いものではない。

とはいえあやかから身を隠した意図を汲み取ってくれた事には、素直に感謝していた。

 

 

「……調整、ありがとうございました。それじゃ」

 

 

ここには元々、魔力の強化に訪れただけだ。

調整屋の謝罪に付き合い長居してしまったが、もう良いだろう。雫はあやかの気配に注意を置きつつ、やや乱暴に席を立つ。

 

 

「一応言っておきますけど。変な気とか、回さないでいいですから」

 

「それは分かってるけど……本当に、いいの?」

 

 

その言葉に、雫の瞼が小さく震える。

しかしそれ以上の反応を返す事なく、静かにその場を後にした。

 

後には一人、調整屋だけが残り。

 

 

「……困っちゃったわねぇ」

 

 

心底からの呟きが落ちるが、当然応えはなく床に消え。

やがて、ティーカップを片付ける音が虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

(あやか、知り合いを頼るって話だっけ)

 

 

調整屋の外に出れば、人の往来はそれなりに目に付いた。

 

放課後という時間帯である以上、その中には学生の姿も多い。

魔法少女が紛れている可能性は十分にあり、雫はすぐに人気の少ない小路へと逃げ込んだ。

 

あやかとは相当に親しくしていた自覚はあるが、彼女の交友関係を全て把握している訳でも無いのだ。

雫の知らない人物からあやかに目撃情報が伝わる恐れもあり、不用意に街を歩く事は憚られた。

 

 

(……どうしよ。これから)

 

 

普段であれば、ジャジメントの任務により忙しない日々を過ごしている。

しかし現在、雫はホンフーからの一ヶ月にも及ぶ待機命令の真っ最中。有り体に言って暇であった。

 

 

(神浜に居るのは、絶対面倒……)

 

 

あやかを許し、仲直りする気はまだ無い。

当然顔を合わせるつもりも全く無く、彼女の手が回り始めた神浜は雫にとって居辛い場所となりつつある。

にもかかわらず任務に逃げる事も出来ないとは、何ともタイミングの悪い事だと溜息一つ。

 

 

(家に来られるのも嫌だし、また旅に行こうかな)

 

 

空間結合の魔法があれば、世界中どこに居ても呼び出しには応じられる。

待機命令を破る形になるが、ホンフーであれば煩く咎められる事も無いだろう。

 

雫は脳裏で世界地図を広げ――ダーツの一件をまた思い出し、少し機嫌を悪くして。

ともあれ、以前より訪れたいと思っていた候補地を幾つか浮かべた。

 

 

「…………」

 

 

最中、ふと最近知り合ったばかりの年下の友人を思い出す。

 

そういえば、彼女にも再会を請われていた。この際、そちらを訪ねてみても良いかもしれない。

雫は以前堪能したチーズケーキの味を思い出し、ほんの少しだけ表情を緩めた。

 

 

 

 

 

 

――巴マミの瞳には、彼女は油断ならない相手と映っていた。

 

 

「なるほど。病院の都合で見滝原に、ね」

 

 

放課後、とあるカフェの一席。

対面に座る暁美ほむらから自己紹介と大体の経緯を聞いたマミは、小さくそう噛み含んだ。

 

 

「……暁美さんの病気って、魔法少女になっても治らない程のものだったの? 見た限り、魔法少女になって長いわよね?」

 

 

魔法少女になれば、大抵の病魔は快癒する。

にもかかわらず病院の世話になり続けるというのは、多少引っ掛かる物があった。

しかしほむらは猜疑の視線を物ともせず、軽く肩を竦め、

 

 

「病気に関しては既に完治しているわ。けれどそれでお終いという訳にもいかなくて、再検査やら何やらを繰り返す内、流れ着いたのがここだったのよ」

 

 

何せ、心臓の問題だったから。

ほむらはすまし顔で続けると、口を塞ぐようにコーヒーの入ったカップを傾けた。

 

――薔薇園の魔女を倒し、一夜明け。

それぞれ学校での生活を終えたマミとほむらは、交わした約束通り魔法少女としての『話し合い』を行っていた。

 

今回においては、雫の時と同じくテリトリーの管理者であるマミが主導権を握ってはいたものの……ほむらの纏う妙な貫禄に、気を緩める事は出来なかった。

 

 

(相当、慣れてるわね。もしかすると、私よりもベテランなんじゃ……)

 

 

本当に年下なのかとも疑ったが、学校では二年生の教室に居た事を確認している。

無駄な勘繰りだろうとすぐに思考を切り上げ、ほむらに続いて紅茶を呷った。

 

 

「……まぁ、病気云々はデリケートな部分でしょうし、深くは聞かないでおくわ。それよりもまず、今後の事について決めましょうか」

 

 

即ち、チームを組んで協力体制を取るか、それともテリトリーを分割するか。

ほむらが悪い人間でない事は、昨夜の様子から分かっている。伊津見のテリトリーを吸収してから管理に多少苦労していた事もあり、どちらであってもマミに反対する気は無かった。

 

否。本音を言えば、雫のように良い関係を築く事を期待しているのだが――。

 

 

「……許されるのならば、私はあなたと協力関係を結びたいと思っているわ」

 

「!」

 

 

先にほむらがそう切り出し、マミの心が小さく跳ねる。

 

 

「お見通しだと思うけど、私は以前あなたの事を尾行した。あなたと――もう一人がどんな魔法少女か、分からなかったから」

 

「……そうね、その警戒は正しい。じゃあ、私達はお眼鏡に適ったという事かしら」

 

「少なくとも、あなたは」

 

 

ほむらはそう言って、懐から取り出したグリーフシードを――昨夜マミが渡した『釘差し』を振る。

そしてしっかりとマミを見据え、居住まいを正した。

 

 

「……勿論、あなたが協力関係を望まないのであれば、無理強いはしないわ。でも、この街で行動する事は許して欲しい」

 

「いえ、チームを組むのは私としても大歓迎だけれど……」

 

 

その鋭く強い視線に、少しばかり気圧された。

 

理由は分かる。自由の利かない学生という身では、己の住む場所で魔法少女としての活動を行えるかどうかは、正しく死活問題に直結する。

当然気迫も籠るだろう――そう納得はしていたが、マミにはほむらの瞳が自身の安否とは別のものを捉えている気がしてならなかった

 

 

「……何か、目的があるのかしら。見滝原で行うべき、何かが」

 

 

そう問えば、ほむらは僅かに目を眇め……少しの沈黙の後ゆっくりと口を開いた。

 

 

「……ワルプルギスの夜。魔法少女なら、聞いた事はあるでしょう?」

 

「え? ええ、魔法少女の間に昔から伝わる大魔女……よね?」

 

「――もうすぐ、見滝原に来るわ。私はそれをどうにかしたい」

 

「――……」

 

 

マミの呼吸が一拍止まる。

しかしすぐに平静を取り戻すと、ほむらをきつく見返した。

 

 

「……簡単には信じられないわね」

 

「事実よ。あと三週間足らずで、ワルプルギスの夜は見滝原を襲う。……あなたも、薄々感じているんじゃない?」

 

「…………」

 

 

ほむらの言葉にマミは黙り込み、窓を通して赤みの混じった空を見る。

 

彼女の言う通り、最近ふとした時に嫌な予感を感じる事が多々あった。

魔法少女としての――戦士としての勘を擽る、淀んだ風。

 

日に日に強く、そして濃くなっているそれが、魔女の気配だとするならば――。

 

 

「……その情報は、どうやって?」

 

「キュゥべえからよ。本当は呼び出して説明させるつもりだったのだけど……今は無理なのですって?」

 

「う」

 

 

じっとり半眼となったほむらの目から、マミはさっと顔を背けた。

 

キュゥべえは、ジャジメントと関わる者には接触出来ない。

そして雫の件でマミもその範囲に入っており、当然マミと接触を持ったほむらにもその影響は及んでいる筈だ。

 

マミからすれば、(事実はどうあれ)己の所為でほむらがキュゥべえと会えなくなっているという認識を持っており、小さくない罪悪感に襲われていた。

 

 

「……本当にごめんなさいね。言い訳になるけど、この件は私も色々と予想外で……」

 

「それは別にいいわ。その代わり、私の言葉を信じて欲しいものだけど」

 

「う、ううん……」

 

 

マミは困ったように頬に手を当て、考え込み。ややあって苦し紛れに口を開いた。

 

 

「それが本当だとして、逃げようとは思わないの? あなたがこの街に来たのは、偶然なのでしょうに」

 

「――いいえ。アレは必ず斃さなければならない」

 

 

抑揚のない声音であったが、込められた気迫は先程の比では無かった。

マミは続く言葉を飲み込み、顎を引く。

 

 

「アレが訪れるこの街に来られたのは、むしろ幸運だったのよ。私が魔法少女になったのは、ワルプルギスの夜を越えるためなのだから」

 

「……『願い』なのね、あなたの」

 

 

答えは無く、ほむらは静かにマミを見つめる。

そのまま互いに言葉も無く、ただ視線を交わし――やがて根負けしたように、マミの溜息が落ちた。

 

 

「分かったわ。私としても他人ごとではないし、あなたの事を信じます。これから、よろしくお願いね」

 

「……ありがとう。こちらこそ、よろしく」

 

 

そっと手を差し出せば、ほむらは少しの躊躇の後にそれを握る。

そんな警戒心の強い猫のような仕草に、マミは小さく笑みを浮かべた。

 

 

「さて。話が纏まったところで、一旦ここまでとしましょうか。焦って詰めても、中々入って来ないものね」

 

「……そうね、時間はまだある。それに……もう一人の方にも、話を通しておく必要があるでしょうし」

 

 

ちらと、ほむらが視線を軽く上げる。

マミは一瞬きょとんとした顔を浮かべ、やがて苦笑と共に首を振った。

 

 

「保澄さんの事ね。彼女とはお友達だけど、この街の魔法少女じゃないからチームという訳では無いわ」

 

「そう。随分と仲良くしていた様子だったから、てっきり市内の生徒と思っていたわ」

 

「……?」

 

 

言葉にどこか白々しさを感じた気がした。

しかしそれは、マミの中では明確な疑問とまでは至らず。続く問いかけに掻き消された。

 

 

「……保澄さんって人は、どんな魔法少女なのかしら。先の事を考えると、彼女の事も知っておきたいのだけど」

 

「……暁美さん、それは――」

 

 

ほむらの言わんとする事を察し、言い淀む。

 

本当にワルプルギスの夜と戦うのならば、戦力は幾らあっても足りない。

マミも雫に助力を頼む事を視野に入れておくべきとは分かっていたが、外様の存在である彼女を見滝原の問題に引き込む事は気が咎めた。

 

 

「進んで巻き込もうとは思っていない。けれど、期待していないと言えば嘘になる……今の内に、言っておくわ」

 

「…………」

 

 

沈黙。

言葉が途切れ、徐々に空気が重くなり。

 

 

「……他所の魔法少女という事は、風見野あたりの? だとすれば、結構なワルだったりするのかしら、彼女」

 

「……え?」

 

 

話題の雰囲気がガラリと変わり、思わず俯いていた顔を上げる。

しかしほむらはふざけている様子も無く、すまし顔でコーヒーを啜る。

 

 

「い、いえ……神浜の魔法少女で、優しくて落ちついた人よ……?」

 

「随分と遠い所から来ていたのね。……どうやって知り合ったの?」

 

「少し前に、魔女との戦いで助けて貰ったの。病院に知人の付き添いで来ていたらしいわ」

 

「……、……そう」

 

 

おそらくは、ほむらなりの気遣いなのだろう。

そう受け取ったマミの胸にじわりと温かいものが湧き、自然と表情がほころんだ。

 

 

「ふふ。協力を頼むかどうかは分からないけど、今度ちゃんと紹介するわね。きっと、仲良くなれると思うわ」

 

「……ええ、楽しみにしているわ。もう少し、あなたの口から聞きたくもあるけれど」

 

「あらそう? じゃあ存分にお友達自慢しちゃおうかしら」

 

 

マミはそう茶目っ気を滲ませ、通りがかりの店員に注文を追加する。

そうして茶菓子が届くまでの間、明るく雫の事を語り続けたのだった。

 

……ほむらの瞳の奥に潜んだ、鋭い光を見逃して。

 

 

 

 

 

 

「……慣れないなぁ」

 

 

ぽつり。

頭上で点滅を繰り返す赤信号を眺め、鹿目まどかはそう呟いた。

 

 

(一人で帰るのなんて、何時くらいだろう。なんだか肩がスースーする)

 

 

そっと隣へ目をやるも、そこに立つ者は無い。

幼馴染のさやかは、上条を支える為に転校。友人の仁美は習い事に向かい、新しく出来た級友のほむらは何やら用事があると一足先に帰って行った。

 

結果、久方ぶりに一人で行動する事となり、これまでの自分が常に誰かと共に居たのだと強く自覚させられていた。

 

 

(私って、思うよりあまえんぼうだったのかも……)

 

 

一応、お姉ちゃんなのだけども。そう溜息を吐けば、丁度信号が青に変わった。

 

さやかが居ない以上、これからこういう日も多くなっていくのだろう。

いずれは慣れて行くのだろうが、今はまだ戸惑いを消す事は出来ず。まどかはしょんぼり俯きながら、のたりまったりと重い足を引きずった。

 

 

「…………」

 

 

どうにも、蚊帳の外に置かれている気分なのだ。

皆が皆それぞれの物語を歩んでいる中、自分だけには何も無い――そんな、錯覚。

自身が一人きりで居る事も合わさり、一層の孤独感が去来する。

 

 

(仁美ちゃんみたいに、何か習い事でも始めてみようかな)

 

 

バレエを習ってはいるが、全てを賭けているという程でもない。

他に何か時間を注ぎ込めるものを持てば、さやか達と同じ位置に立てるだろうか。

ぼんやりと、そんな事を考えて――。

 

 

「……あれ?」

 

 

少し先に、派手なバリケードが見えた。

 

カラフルな柵と張り巡らされた黄色いテープがよく目立ち、衆目を集めている。

よくよく見れば、それはいつも通りがかるバス停を囲むようにして張られていた。

 

 

(……あ、そういえば、ゆうべ事故があったんだっけ)

 

 

ふと、朝のニュースを思い出す。

それによれば、昨日の夜遅く、この辺りにあるバス停に車両が突っ込んだとの事だ。

おそらく、ここがその現場なのだろう。

 

 

(こういうの、初めて見るなぁ……)

 

 

既に事故車両やバス停の残骸などは粗方片付けられていたが、その破壊痕は未だありありと残っていた。

 

不謹慎だとは思えど、多少の好奇心は湧く。

まどかは恐る恐るといった様子で、通りすがりにバリケードの中を覗き込み。

 

 

「――きゃ」

 

「っ……」

 

 

――トン。肩に軽い衝撃を受け、たたらを踏んだ。

向かいから歩いてきた通行人と、ぶつかってしまったようだ。

 

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

「いえ……」

 

 

咄嗟に頭を下げ、道を譲る。

幸い相手の少女はそれ程気にしていなかったらしく、軽い会釈と共に立ち去った。

 

まどかはその後姿を眺め、安堵と申し訳なさの混じり合った息を一つ。

よそ見歩きはするものでは無いと自戒しつつ、足早に歩き出し――

 

 

「……?」

 

 

カタンと、バリケードの内側で小さな音が鳴る。

その方向へと視線をやれば、地面に散らばる小さな瓦礫の一つが不自然な振動を繰り返していた。

 

……地震かとも思ったが、特に揺れは感じない。そうまどかが首を傾げていると――やがてその瓦礫の下から、奇妙な物体が這い出した。

 

 

「ひっ……!?」

 

「……ギ ギ……」

 

 

それは白い綿毛に立派なヒゲを蓄えた、小人のような何かであった。

どうやら酷く疲弊しているらしく、やっとの様子で瓦礫をどかしたかと思えば、そのままぐったりと倒れ伏す。

 

 

「……っあ、け、怪我してるの……?」

 

 

あまりにも異常なその容貌に固まっていたまどかであったが、尋常では無いその様子におずおずと近寄った。

あの異形が何かは分からない。されどまどかの優しさは、このまま見捨てる事を善しとしなかったのだ。

 

……だが、

 

 

「ギ ギィッ――!!」

 

 

その清らかな心根は、異形――はぐれの使い魔にとって、酷く魅力的な餌だった。

 

突如として白い毛玉が膨れ上がり、その下にあるおぞましき表情が晒される。

そしてどこからか取り出した剪定鋏が開かれ、まどかの首元へと突き出された。

 

 

「え――」

 

 

無論、突然の出来事に一中学生が対応できる筈も無い。

何が起こったのかすら分からないまま、白い喉が深く大きく切り裂かれ――。

 

 

「――危ない!」

 

 

甲高い音が轟き、弾かれた剪定鋏が宙を舞った。

同時に切り裂かれた白い毛玉が破裂し、吹き飛んだ立派な髭がまどかの額に激突する。

 

 

「いっ、ぁ――!?」

 

 

その衝撃に大きくよろめき、倒れかけ――ふわりと、その背が優しく抱き留められた。

 

 

「……へ?」

 

「っ」

 

 

見上げれば、そこには先程ぶつかった少女の顔があった。

彼女は己の姿を見られた事に焦ったのか、咄嗟に片手に握っていた大きなチャクラムを消し、

 

 

「……えっ。えぇっ!?」

 

「あ……」

 

 

――異形の出現に続き、再び目前で起こった異常。

更なる混乱の渦に叩き込まれたまどかは、少女――「やってしまった」と頭を抱える保澄雫を、只管に見つめ続けていた。

 

 




『毬子あやか』
マギアレコードに登場する魔法少女。独特な笑いのセンスを持ったコメディアン。
雫とチームを組んでいたが、悪ノリの末に雫を怒らせ疎遠となってしまった。
謝ろうと色々頑張っていたものの、取りつく島も無く諦めかけていた……のだが、一回電話に出てくれはしたので、まだ目はあると奮起したようだ。
固有魔法は『ジョーク』。事実や相手の行動を「あ、やると思った? ジョークだよジョーク!」的なノリにして打ち消すというヘンテコ魔法。なんとワルプルギスの夜にも効いた。


『調整屋』
マギアレコードに登場する魔法少女。みんなのお医者さん兼酒場のマスター的な人。
魔力に干渉する固有魔法を持っており、魔法少女を強くしたり容態を安定させたり色々な事が出来るようだ。
その願いは「神浜を滅ぼす存在になりたい」。ホンフーもコピーを狙っていたが、どう叶えたらいいのか分からず保留にしている模様。
なお、調整魔法を扱える魔法少女は中立である事を課せられるのだが、彼女はガチガチにジャジメントに協力している。
彼女の先生や姉弟子に知られれば怒られる事請け合いだが、本SS世界には邪魔者は民間人でも躊躇なく殺害するような怖い人がうじゃうじゃ居るので、大変だよね。色々……。


『保澄雫』
激おこぷんぷん丸の魔法少女。あやかとは暫く距離を置きたいお年頃。
しかしあやかがハッスルして神浜に居辛くなったので、見滝原に避難するつもりのようだ。
とりあえず観光ついでにブラブラしてたら、何だかんだまどかを助ける事に。だがウッカリ魔法を見せてしまい、とっても困っている。


『巴マミ』
見滝原を守護する魔法少女。最近お友達が増えてウキウキしている。
第一印象が良かったので、ほむらに対するアタリはやわやわ。とりあえずは見滝原の魔法少女として受け入れたようだ。
色んな人から情報を抜き取られ気味。だってみんな内側に入って来るから……。


『暁美ほむら』
キュゥべえが現れないのを良い事に、様々な責任を押し付けた。適当言ってもバレやしねぇぜ!
マミにも多少罪悪感を与えつつ、上手く立ち回ろうと頑張っているようだ。
何とか要警戒対象である雫の情報を抜き取ろうと奮闘していたのだが、裏でまどかと接触されてしまった。


『鹿目まどか』
悩み多き中学生。最近友人達から置いてきぼりをくらっている気がして、しょんぼりしている。
変な毛玉を見つけたら殺されそうになって、そしたら髭が飛んで来てクールな女の子に抱え込まれてチャクラムが消えた。訳が分からないよ!


『はぐれ使い魔』
毛玉でヒゲのナイスガイ。薔薇園の魔女の使い魔の生き残り。
仁美に突っ込んできたバスの中に居たのだが、弾みで外に放り出され地面に墜落。加えて上から瓦礫に圧し潰され、今の今まで気絶していたようだ。
起きたら起きたで主たる魔女の気配が消えており、錯乱のままにまどかを襲ったものの雫に討伐された。まどかの相棒となる道もあったというのに……。


いやもう毎回毎回遅くて本当にすいません。
気長にお待ち頂けると助かります。

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