超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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13´話 魔女を倒して欲しかったのかな

「――オ寐ぇ做ん」

 

 

声が。

 

 

「オ寐ぇ做ん、オ寐ぇ做ん」

 

 

『家族』の笑い声が、響く。

 

小さな小さな、ダンボール作りの部屋の中。

私は『家族』の対面に座り、穏やかにその笑い声を聞いていた。

 

 

「オ寐ぇ做ん、オ寐ぇ做ん、オ寐ぇ做ん」

 

「ふぅん、そうなんだ」

 

 

弾むような彼女の言葉に頷きを返し、笑みを浮かべる。

腕を伸ばして頭を撫でれば緑髪がさらりと指を通り抜け、私に確かな幸福感を与えてくれる。

 

……ああ、幸せなのだ。ああ、安堵しているのだ。

 

不安、焦燥、違和感――これまで私が感じていたそれらなど、一片たりとも在りはしない。

今居るこの場所が、この時間こそが、私が探し続けていたものだ。

 

 

「オ寐ぇ做ん、オ寐ぇ做ん」

 

「もう。少しは落ち着こうよ、あやか

 

「オ寐ぇ做んオ寐ぇ做んオ寐ぇ做んオ寐ぇ做ん――」

 

 

他愛も無い雑談を続けながら、ダンボールの壁に寄りかかる。

ギシリと大きな音が響くが、壁が抜ける様子はない。『家族』が作ったこの家は、見かけよりもずっと頑丈だ。

 

私は体重の全てをそこに預け、満ち足りた息を細く吐く。

もう、何も悩む事は無い。何者に脅かされる事も無い。

 

『家族』の居るこの小さな空間が、私の、保澄雫という存在が在るべき居場所なのだから――。

 

 

「……………………………………………………、」

 

 

……本当に?

 

 

「――あら。意外と意志が強いのね、あなた」

 

「っ!?」

 

 

突然、横合いから声をかけられた。

反射的に顔を上げれば、部屋の向かいに見知らぬ女性が一人座っていた。

 

いつの間に現れたのだろう。黒いコートを着た彼女は、冷たい瞳で私をじっと見つめている。

 

 

「……あなた、誰――」

 

「あのアクセサリー……加えて、迷っているからこそかしら。『それ』、まだ疑えるのでしょう?」

 

 

そう言って女性が指さした先は、愛しい『家族』の姿がある。

彼女は突然の闖入者に怯えているようで、先ほどまで浮かべていた笑顔を憎々しげに歪めていた。

 

 

「……?」

 

 

違和感。

明らかに怯えている表情では無いにもかかわらず、そうと判断した事に困惑が沸き上がる。

 

何か……何かがおかしい。ような気がする。

それは周囲の状況では無く、自身の認識、その矛盾。しかしそれを深く考えようとすると、ズキリと頭に痛みが走った。

 

 

「っ……それより本当に誰なの? あやかの家に勝手に上がり込んで……!」

 

 

ともあれ、今はこの不法侵入者の事だ。

立ち上がり、『家族』を庇うように前へ出るが、女性の目つきは変わらない。

 

 

「誰の家でもないわ。……ここはあの子だったモノの、腹の中よ」

 

「何を言って……」

 

「あなたはまだ逃れられる。それとも、今までの子達みたいに死ぬ寸前まで搾り取られたいの?」

 

 

どうやら、会話をする気は無いようだ。

女性は意味の分からない言葉を吐き捨てつつ、きびきびとした足取りで歩み寄る。

 

真正面。黒コートの袖口からちらりと見えた手指には、ソウルジェムの指輪は無かった。

流石に一般人相手に暴力を振るう訳にもいかない。ただ警戒のみを高め、その様子を窺っていると――目前にまで来た女性は徐に私の肩を掴み、背後に庇う『家族』へと向き直らせる。

 

 

「だから、何を……!」

 

「よく見なさい。これは『何』?」

 

 

ぐい、と今度は顔を抑え込まれた。

抵抗しようとするが女性の腕は力強く、驚く事に魔法少女の膂力でも引き離せない。半ば強引に、『家族』の姿を直視する。

 

 

「麝蹊ッ! オ寐ぇ做ん尾ニ1知ア、ノオ寐ぇ做ん尾ニ1知ア、ノ~~~ッッッ!!!」

 

 

アホ毛の跳ねた緑髪と赤い瞳が印象的な、明るく可愛い女の子。

未だ怯えた様子の彼女は、大きく顔を歪め女性を睨みつけながら、ノイズ混じりの罵声を上げている――。

 

――ズキリ。見たものと認識の齟齬に、またも頭に痛みが走る。

 

 

「ぐッ……う……!?」

 

「……もう一度聞くわ。これは何?」

 

「この子……『家族』で、違う。『居場所』、で……?」

 

 

思考を回している余裕はなかった。

でも、その答えは女性のお気に召したみたい。少し雰囲気を柔らかくしたと思うと、私の身体を解放する。

 

そして離れる間際、小さな呟きを耳元へと落とした。即ち。

 

 

「あなたは、これをなんて呼んでいたの?」

 

「――――」

 

 

――それを思い出した瞬間、頭痛が消えた。

 

同時に、目前の『家族』が――可愛らしい少女が掻き消え、代わりに不気味な人形の姿が浮き上がる。

それが魔女の使い魔だと理解した瞬間、私は腕を振っていた。

 

手の中にはいつの間にかチャクラムが握られており、刃に裂かれた使い魔の身体が二つにズレる。

 

 

「オ、寐ぇ、做――……」

 

 

……先程まで使い魔に抱いていた親愛が、私の心を僅かに苛む。

けれど、その心こそ幻なのだ。私は使い魔の最後を看取る事も無く、背後の女性へ振り返った。

 

 

「……私は、おかしくなっていたのね」

 

「夢を見ていただけよ。家族が居て、居場所があって……そんな、あの子の一番大切な時間」

 

 

目を伏せそう告げる女性を他所に、景色がぐらりと揺らぎ始める。

同時に意識が朦朧とし始め、私は堪らず膝をついた。

 

 

「え、ぁ……?」

 

「もうすぐ目が覚めるわ。近くに女の子が居るから、魔法少女なら守ってあげなさい」

 

 

そう言って離れて行く足音に顔を上げれば、揺らぐ景色の狭間へと消えてゆく黒いコートが見えた。

私は必死に手を伸ばし、ろくに回らない舌で呼びかける。

 

 

「待、って……! あなた……は……」

 

 

でも、女性は振り返る事すらしてくれない。

無言のまま、歩みを止めず。黒い背中が、白み始めた世界と混ざる。

 

……私ももう、まともに物を考えられなくなっていた。

自分が座っているのか、倒れ込んでいるのかさえも分からなくなり、やがて思考も崩れ去り。

 

――その寸前、声が落ちた。気がした。

 

 

「――あなたが人形に見ていた『居場所』。大切にする事ね」

 

 

……よく、聞こえない。思考できない。

けれど『居場所』という一言だけはハッキリと耳に残り、口の中でそれの名前を呟いた。

 

 

あやか……。

 

あやか……。

 

あやか――

 

 

ああ、もう少し。

もう少しで、彼女の名を呼べそうだったのに。

 

その名の靄が晴れる直前。私の全てが、白に染まった。

 

 

 

 

 

 

「――雫さんっ!」

 

「……?」

 

 

ぱちり。響く大きな呼びかけに、保澄雫の瞼が開いた。

目前にはどこか見覚えのある逆さまの少女の顔があり、うっすらと涙を浮かべている。

 

 

「良かったぁ……全然起きないから、凄く心配したよ……!」

 

(……え、っと? あれ、さっきの女の人は……)

 

 

状況が分からない。

回らない頭を抱えつつ、雫はぼんやりと少女の顔を見つめ――やがてそれが鹿目まどかのものであると理解した瞬間、ハッとその目を見開いた。

 

 

「まどか、さん……!? なんで――……っ、……」

 

「だ、大丈夫!? その、あんまり急に動かない方が……!」

 

 

咄嗟に起き上がろうとして眩暈を感じ、まどかの膝に押し戻される。

そこで己が膝枕をされている事に気付き、空気を読まない気恥ずかしさが胸に湧く。

 

しかしおかげで冷静さも多少は戻り、落ち着いて状況を把握する。

 

 

「ダンボールの家……私、使い魔に眠らされていたのね。まどかさんは、それを助けてくれたの……?」

 

「ううん、助けたなんて。私は何も……」

 

 

そう言って顔の前で振られる手の中に、魔法陣の光を湛えたアクセサリーが僅かに覗く。

 

魔法少女である雫には、それに魔女からの干渉を弾く力が込められているとすぐに分かった。

それを持つまどかが近くに付いていてくれたからこそ、己はあの夢を抜け出せたのだろう。守るべき一般人に助けられたという事実に、情けなさから気が沈む。

 

 

「その、それでまどかさんは、どうしてここに? また巻き込まれたの……?」

 

「よく分からないの。歩いてたら、いきなり変なマークみたいなものに襲われて……気付いた時は、周りもこんな変な世界に……」

 

「……魔女に狙われたのは確かみたいね。襲われて無事だったのは……運が良かった、のかな」

 

「あ……」

 

 

アクセサリーの件については敢えて触れず。雫は静かに身を起こし、解けていた魔法少女の衣装を纏う。

 

未だ眩暈は残っているが、長く休んでもいられない。

いつまた壁を突き破って使い魔が襲ってくるか分かったものではないのだ。なるべく早く、このダンボールハウスの中から移動しておきたかった。

 

まどかも雫と似た危惧を抱いているのか、もの言いたげな表情をしながらも、ふらつく雫の身体をそっと支える。

 

 

「……ありがとう。じゃあとりあえず、このダンボールハウスの外に――」

 

「えっと、それなんだけどね……」

 

 

ちらと、まどかの視線が雫の背後を向く。

それを追って振り向くものの、その先にはダンボールの壁しか見えない。

これが何だというのだ。雫は怪訝に首を傾げ――やがて四方の壁が同じ光景である事に気付くと、僅かに眉を顰めた。

 

 

「出入口が、無い……?」

 

「雫さんを見つけた時は、入り口も窓もあったんだけど……いつの間にか、こんな感じに」

 

 

どうやら、気付かぬ内に閉じ込められていたらしい。

 

とはいえ、所詮はダンボールの壁。

雫は特に焦りも無く、虚空からチャクラムを取り出し一閃。容易く壁を切り開くと、その外側を覗き込み。

 

 

「――え?」

 

 

しかし、そこには雫達が今居る部屋と同じ部屋があった。

 

窓も出入口も無い、ダンボール造りの殺風景。使い魔や囚われた一般人の姿も無く、茶色の壁だけが四つ並んでいるだけだ。

雫の背後から頭を出したまどかも、その光景に目を丸くする。

 

 

「……一軒家からアパートになっちゃった?」

 

「いえ、単に別の場所に移動させられたんだと思うけど……」

 

 

四面の壁を裂いても、天井や床を破ってもその先にあるのは同じ部屋。

道標となりそうなものも見当たらず、雫の胸裏に若干の焦燥が湧く。

 

 

(今居る場所が分からなくなったの、ちょっとまずいな。どこに跳べば外に出られるか、全然分からない……)

 

 

例えこの部屋がどこまで続いていようと、空間結合を繰り返せばその内脱出はできるだろう。

しかしそれは一人だからこそできる力押しであり、守るべき対象であるまどかを連れて行うとなれば、少しばかりリスクが高いと言わざるを得ない。

おまけにこの家自体が魔力を放っているのか、魔女の魔力反応がそこら中から上がっており、それを指針にする事も出来そうに無かった。

 

一度遥か彼方の上空にでも転移し、位置を確かめるべきか――まどかに余計な不安を与えないよう、顔には出さず心で悩み。

 

 

「……えっと……」

 

「……?」

 

 

当のまどかを見れば、彼女は何かを探しているようにきょろきょろと周囲を見回していた。

使い魔が出ないか心配なのだろうか。そう、思っていると、

 

 

「――黒いコートの人、もう出て来ないのかな……」

 

「っ」

 

 

その呟きに先程まで見ていた夢を思い出し、思わずまどかを注視した。

 

 

「え……ど、どうしたの?」

 

「……黒いコートの人って? まどかさんの知り合い?」

 

「う、ううん。私もよく分からないんだけど、この世界に来てから何度か助けて貰って……雫さんを見つけられたのも、その人のおかげなの」

 

「近くには居ないみたいだけど、はぐれたの?」

 

「……どうなのかな。私、その人が見えないっていうか、たぶん幽霊っていうか……?」

 

 

要領を得ない説明に首を傾げつつ聞き出せば、まどかはこれまで姿の見えない何者かと行動を共にしていたとの事だった。

 

……そしてそれは、先程夢の中で雫を諭していた女性と同一人物の可能性が高い。

夢にしろ幻覚にしろ、黒いコートを着た女性という要素が重なるなど、よくある事とは思えなかった。

夢の件を話せば、まどかも目を丸くしつつ頷きを返す。

 

 

「あの人、雫さんも助けてくれてたんだ……やっぱり良い人なんだよね?」

 

「……魔女や使い魔では無いと思うけど……夢ではソウルジェムは無かったし、魔法少女って訳でも――、っ!」

 

 

では一体、その女性は何者なのだろう。

再びそれを考え始めたその時、二人の背後で音が鳴った。

 

やはり悠長にし過ぎたか――。

雫は咄嗟にチャクラムを構え、まどかを庇いながら振り向いた。のだが。

 

 

「え?」

 

「……えっと、ドア?」

 

 

しかしそこに使い魔の姿は無く、代わりに一つの扉があった。

先程確かに切り裂いた筈の壁に生まれていたそれは、まるで誘うかのように小さく隙間を空けている。

 

 

「……これも、あの人の?」

 

「…………」

 

 

軽く覗くと、その先は外界では無く廊下のような道に繋がっているようだ。

視界の端を黒いコートが掠めた気がして、雫とまどかはちらりと顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

「ここもダンボールで出来てるんだ……」

 

「魔女のルーツなのかも。何があったのかは分からないけど」

 

 

扉を開けた先は、ダンボール造りの渡り廊下であった。

 

チャクラムを構えた雫が先行するが、罠や使い魔の気配は無い。

どうせ他に行く当ても無し。少しの躊躇と相談の後、まどかと共にゆっくりと歩みを進めた。

 

 

「……さっきまでとは、全然雰囲気が違うね」

 

 

途中、廊下の壁に作られた小窓を覗いたまどかが、怯えたように呟いた。

 

そこに広がっていたのは、酷く歪な風景だった。

地面、並木、植え込み、水場――その全ての線が崩れ、色が乱れ。子供の落書きのような、纏まりの無い世界に変わっている。

 

否、実際に落書きなのだ。

何処までも広がるダンボールの壁と天井に、公園と空の絵が描かれているだけの、張りぼての風景――。

 

 

「……私達、外じゃなくて屋内にいるみたいね。大きなダンボール箱の中かな、これ……」

 

「このまま進んで大丈夫なのかな……?」

 

「分からない。でも、さっきまどかさんも見たんでしょ? 黒い布の端」

 

「……うん」

 

 

落書きの景色を眺めつつ、まどかが小さく頷く。

この歪な世界へ踏み出す事と、黒いコートの導きに従う事。どちらを取るかと問われれば、雫もまどかも後者を選んでいた。

 

それきり言葉も途切れ、沈黙が二人の間を流れた。

ダンボールの床を踏みしめる音だけが小さく響き、妙に緊張を煽る。

 

 

「……あの。少し、聞いても良い?」

 

 

するとその空気に耐えかねたのか、まどかがおずおずと切り出した。

その手には例のアクセサリーが握られ、魔法陣が小さな光を放っていた。

 

 

「このアクセサリーなんだけど……やっぱり、魔法みたいなのがかかってるんだよね……?」

 

「……え」

 

 

ぽかんと、雫の目が丸くなる。

 

まどかに魔法関係の存在を知られてから、はや一日。

アクセサリーについて下手な振る舞いをしてしまった事もあり、雫は既にまどかがその送り主を問い詰めているものだと予想していた。

しかし、彼女の瞳には純粋な疑問が浮かんでおり、魔法関係について何の説明も受けていない事が窺える。

 

 

「……その、分からないの?」

 

「うん、アクセサリーをくれた子――ほむらちゃんに色々聞くつもりだったんだけど、今日は朝から学校に来てなくて……」

 

 

暁美ほむら――やはり、マミが接触したという魔法少女と同じ名だ。

雫は申し訳なさから目を伏せつつ、何と答えるべきか言い淀む。

 

……が、まどかもほむらの正体については察している様子である。早々に取り繕う事を諦め、溜息一つ。

 

 

「……私が言うのもなんだけど、それはほむらって子に直接聞いた方がいいと思う。彼女にとっても、大切な事だから」

 

「そっか……ごめんなさい、変な事聞いて」

 

「あ……と、でも、あなたを守りたいっていう想いが込められてるのは、確か……かな」

 

 

しゅんと俯くまどかに慌てて付け加えれば、彼女は一瞬きょとんとした後、嬉しそうに微笑えむ。

その純粋で素朴な笑顔に、雫もほむらがアクセサリーを渡した気持ちが、ほんの少しだけ分かったような気がした。

 

 

「……良い友達なんだね。ほむらさんって」

 

「うん、まだお友達になったばかりだけど……なんだか、凄く仲良くなれそうな気がするの」

 

「そう。そういうのって良いね、私も――……」

 

 

――雫ちゃん雫ちゃん一緒に漫才やらない!? いや、やろう!!!

 

 

「……雫さん?」

 

「何でもない」

 

 

ごく自然に、雫の脳裏に喧嘩中の少女が浮かんだ。

しかし瞬時に掻き消すと、首を傾げるまどかを誤魔化しつつ話を逸らす。

 

ともあれ、そうして軽く話を交わす雫とまどかの間には、先程までの緊張感は無かった。

過剰な警戒をする事も無く、平静を保ったまま廊下の奥へと進み――やがて、その突き当りへと辿り着く。

 

廊下と同じダンボールの壁に切り込みを入れただけの、簡素な扉がそこにあった。

 

 

 

「ドア……またあの小さな部屋かな」

 

「……まどかさん、私の後ろに。ちょっと嫌な感じがするから」

 

 

近付きかけたまどかを抑え、雫は扉の先の気配を読む。

 

物音はしない。しかし淀んだ魔力の反応はあり、それが魔女の物だとはすぐに分かった。

雫はまどかを背後に庇うと、ゆっくりと扉を押し開き――。

 

 

「……っ、まどかさん、見ちゃダメ!」

 

「え? ――ひっ」

 

 

雫は咄嗟にまどかの視界を塞ごうとしたものの、ほんの僅かに遅かった。

 

扉を開けた先は、先程雫が目を覚ました場所より少し広い程度の小部屋だ。

しかしその様相は酷く荒れ果てており、壁と床の至る所に血飛沫を思わせる黒いシミが飛び散っている。

 

――そして、その中に二つ。無造作に転がる遺体の姿があった。

 

相当に時間が経っているのだろう。

どちらの遺体も男女の区別さえ出来ない程に朽ち果て、乾き罅割れた肉の隙間から白骨を晒していた。

 

 

「な、なに、これ……死体……!?」

 

「……多分、魔女の犠牲者。まどかさんはそこに居て。見える範囲に居てくれれば、魔法で何とかできるから」

 

 

雫は怯えるまどかを宥め、ゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れた。

 

魔女の気配は濃くあれど、その姿は無し。

雫は油断なくチャクラムを構えつつ、手前側に転がる遺体を通りがかりにちらと見る。

 

 

(……パーカーとスカート……女の子? こんな状態になるなんて、かなり前の被害者か、それとも魔女の魔法で――、っ!?)

 

 

視線を走らせる内、遺体のすぐ傍に宝石のような欠片が落ちている事に気が付き、目を見開く。

詳しく調べずとも分かる。砕かれたソウルジェム、その破片だ。

それはつまり、この遺体が魔法少女のものである可能性が極めて高い事を意味していた。

 

 

(魔女に負けた――いえ、もしかしたら彼女こそが、この結界の魔女に)

 

 

雫は悲痛な表情を浮かべながら、もう一つの遺体へと目を向ける。

 

部屋の最奥。どす黒く汚れた壁に背を預けているそれは、一体目と違い激しく損壊していた。

経年によるものでは無いだろう。明らかに戦闘の痕跡が残るものであり――その服装を確認した瞬間、息を呑む。

 

 

(――黒い、コート……)

 

 

酷く痛み、大きく破れ、最早屍に纏わり付いているだけのボロキレ。

しかしよくよく見れば、それは確かに黒いトレンチコートにも見えた。

 

当然、思い浮かぶのは一人の女性。この場所まで雫とまどかを導いた、見えない誰か――。

 

 

「……幽霊……」

 

 

その陳腐な呟きを、雫は笑う事が出来なかった。

そもそも、ソウルジェム自体が魂の存在の証明なのだ。それを認めない事は、自己否定に他ならない。

 

 

(……あなたは、どうして私達をここに導いたの? 何の意味があって、ここへ……)

 

 

何故、彼女達はここで死んでいるのか。

自分達の躯を見つけて欲しかったのか。

何か、伝えたい事があったのか。

 

……分からない。

死臭と淀んだ魔力の漂う、異質な空間の中。雫はじっと屍を見つめ――。

 

 

「し、雫さんっ!?」

 

「!」

 

 

突然背後から切羽詰まった叫びが聞こえ、振り返る。

 

すると部屋の外で待機していたまどかが焦った表情を浮かべ、廊下の先を指差していた。

その先にはこの部屋へと接近している使い魔達の姿が見え、雫は舌打ちと共に空間結合を発動。一瞬でまどかの前へと出現し、両手のチャクラムを投げ放つ。

 

 

「腰にでもしがみ付いてて。イザとなったら跳ぶから」

 

「えっ、あ、は、はいっ……!」

 

 

混乱を残したまどかの腕が腰に回った事を確認しつつ、使い魔を切り裂いたチャクラムを手元に戻す。

しかし、倒れる使い魔の後ろからは新たな個体が押し寄せている。このまま迎撃を続けてもキリが無いと判断し、廊下途中の空間を適当な別の場所へと切り繋いだ。

 

途端、廊下のある地点を超えた使い魔達が次々と消滅し、何処かへと飛ばされていく。

それを見たまどかが安心したように息を吐くが、この世界は使い魔の庭でもある。一時しのぎにしかならないと、雫は左右の壁に意識を配った。

 

 

「……また壁を破って来られたら、ここじゃ狭すぎる。悪いけど、部屋に行くね」

 

「え――、きゃぁっ!?」

 

 

まどかの返事を待たず、背後の小部屋へと空間を繋ぐ。

突然間近に現れた二つの遺体にまどかの悲鳴が上がったものの、気にしている余裕はなかった。

構えたチャクラムを揺らし、使い魔の不意打ちに備える。が。

 

 

(……来ない?)

 

 

幾ら待っても、使い魔が壁を破って来る気配は無い。

廊下の先の使い魔もいつの間にか消えており、状況は不気味な程に沈黙していた。

 

 

(罠? まさか、消耗戦狙いなんて事は……)

 

「あ、あの、雫さん。この人ってもしかして、黒いコートの……?」

 

 

そうして警戒したまま立っていると、まどかが雫の服裾を引く。

 

どうやら彼女は怯えながらも黒コートの遺体を観察し、雫と同じ結論に至ったようだ。

意外と肝が据わっているなと、場違いな感心一つ。

 

 

「さぁ。私も同じ事は思ったけど、合ってるかどうかは……」

 

「……そ、そっか……」

 

「…………」

 

 

互いに無言。緊迫した空気が続く。

 

 

「…………この人、ここでどうして欲しいのかな……?」

 

 

小さな声が、いやにハッキリと響いた。

 

おそらく、恐怖を紛らわせたいのだろう。

腰に抱き着く腕の震えを感じ、雫は半歩まどかに近づいた。

 

 

「……まどかさんも、何かあるって思う?」

 

「うん……。この……し、死んじゃってる人が私達を助けてくれてた人なら、この部屋に案内されたのも、きっと助けなんだと思うから……」

 

 

まどかは雫にしがみ付く力を強め、疑いの無い瞳で黒コートの遺体を見る。

 

それに関しては雫も同じ意見である。

行き止まり、異様な室内、襲い来る使い魔と、状況だけを見れば何かしらの罠としか思えないが、不思議と裏切られたという気は無い。

 

おそらく、まだ気づいていないだけなのだ。この部屋にある、何かに――。

 

 

(……そういえば、この死体は何でまだ残っているの?)

 

 

ふと、疑問がもたげる。

 

通常、魔女の結界内において被害者の死体は残らない。

餌として喰われるか、或いは玩具にされた末に魔法によって消滅させられるからだ。

 

にもかかわらず、この部屋には遺体が二つも残されている。

状態を見る限り、長い間放置されているのだろう。死体の処理に気を遣わない魔女だという可能性もあるが、ここまでの道中では他に死体は見なかった。

 

 

(……この死体が特別? というより……この部屋?)

 

 

先程現れた使い魔達は、この部屋に入った途端に襲撃を止め姿を消した。

雫はそれを何らかの策と警戒していたが、単に近づけないだけだったとしたら。

 

 

(部屋に入れない……ううん、中を弄れないから。死体の片づけが出来なかったから、こんな風になってる……?)

 

 

魔女にとってこの部屋は特別な場所であり、手を入れる事も出来ず、使い魔さえ近づけたくないものだった?

だからこそ死体も壁のシミもそのままに、何一つの干渉もせず放置されている――。

 

 

「……そこまでして守るもの。魔女の、大切なもの……」

 

「雫さん……?」

 

 

ぶつぶつと呟き始めた雫に、不安げな声がかかる。

しかし返る答えは無く、暫く独り言は続き――やがて何かに気付いたかのように鼻を鳴らすと、静かにまどかと目線を合わせた。

 

 

「――ごめんなさい、まどかさん。今から少し無茶するけど、付き合ってくれる?」

 

 

その一言に、まどかは一度怯えたように目を伏せて。

しかしアクセサリーを握り締めると、勇気をもって頷いた。

 

 

 

 

 

 

――かつてその魔女が生まれた時、一人の女性が死んだ。

 

彼女は魔女を産んだ魔法少女の『姉』であり、『家族』でもあった。

血の繋がらない『妹』を愛し、『居場所』として深く慈しんでいた。

 

だからこそ、彼女は大切な存在が魔女となった事を酷く嘆き、悲しみ――その末に、命を賭して魔女へと立ち向かったのだ。

かつて『妹』だったものに、残酷な事をさせないために。

 

身体に無数の傷を負った。魔法により精神を犯され、心を千々に引き裂かれた。

されど決して歩みを止めず、彼女は必死に戦った。

 

……無論、ただの人間が魔女に勝てる筈も無い。

一度のミスにより致命傷を負い、あっさりと散った。

 

本来であれば、これで終わり。

女性は何一つ成せず、『妹』は何一つとして救われず。ただバッドエンドを迎えるのみ。

 

――しかし、執念がその結末の邪魔をした。

 

死を覆した訳では無い。その間際、『妹』の躯の下へと辿り着いただけ。

 

そう――濃い魔力の渦巻く魔女の中心部で、死ねた。

それが、全てであった。

 

 

 

 

 

 

 

――家の魔女。

 

とある魔法少女からそう呼ばれる彼女は、巨大なダンボールハウスを模した魔女である。

 

魔力によって人々に幻覚を見せ、体内に取り込み『家族』へと洗脳。

そうして長期にわたり監禁し、生気を奪い続け、死ぬ寸前に解放するという奇妙な習性を持っている。

 

死者を出さない分、魔女の中では比較的おとなしい部類と見られているものの――それは外見と同じ張りぼてだ。

その本性は他の魔女と同じく、楽しんで人間を甚振り、その命を奪う事を気にも留めない残忍なもの。

 

ただ、ある理由により魔女としての行いを邪魔されているだけに過ぎない。

 

邪魔をされているからこそ、彼女は人間を甚振れず。

邪魔をされているからこそ、彼女は人間を殺せず。

 

 

――そして、邪魔をされているからこそ、彼女は現在窮地に陥っていた。

 

 

 

「尾ニ1知ア、ノ……!!」

 

 

ステンドグラスの空の下、ノイズ混じりの咆哮が木霊した。

 

その主である家の魔女は苦し気に身を揺らし、ダンボールの欠片を振り落とす。

足元に集る使い魔達が数匹、魔女の巨体に踏み潰され黒い血飛沫を噴き上げた。

 

 

「尾ニ1、11、知ア、ノ!……!!」

 

 

単なる餌に過ぎない人間と、忌むべき魔法少女の二匹。

身の内に取り込んだそれらが、居てはならない場所に居る。

 

――そこは家の魔女にとって、心臓とも言える部屋だった。

 

あの部屋こそが、誕生と共に生まれた最初の一部屋。

つまりは魔女としての核であり、もし下手に暴れられ破壊されでもすれば、それで全てが終わってしまう。

故に下手な干渉も出来ず、魔女はただ恐怖に身を捩るしか出来ないでいた。

 

――通常、餌として捕らえた人間は洗脳した上で、結界内の各所にあるダンボールハウスへと送られる。

 

各ハウスは魔女の身体から分離させたものであり、内部は全て魔女本体と繋がっている。

ハウスの中の空間は広大に歪み、無数の部屋からなるその規模は城に等しく。そしてそれぞれの部屋の人間から少しずつ生命力を吸い上げ、己の糧としているのだ。

 

本来であれば、その人間達が目覚める事などあり得ないというのに。

幻覚に囚われ、眠り続ける筈だったのに。

なのに何故目覚め、あまつさえ心臓の部屋に移動している――?

 

 

「……尾ニ1知ア……、ノ」

 

 

……ああ、そうか。

奴だ。あの女がまた、余計な事をしでかしたのだ。

 

死しても尚纏わり付く虫けらが、また――。

家の魔女の内に激しい怒りが巻き起こり、いっそ心臓の部屋ごと掻き毟りたくなる衝動に駆られる。

 

 

「……? ――ッ!!!」

 

 

――否、それは癇癪によるものでは無かった。

 

実際に感じている。現実に異常が起きているのだ。

心臓の部屋。その中心に立つ二匹の人間を中心として、魔力が渦を巻いている。

 

――心臓の部屋の魔法少女が、大きな魔法を放とうとしている。

それに気づいた家の魔女はダンボールの外壁を膨らませ、必死にそれを抑えにかかった。

 

どんな魔法かは知らないが、あの部屋でされるのは非常にまずい。

集う魔力を散らし、発動しようとする魔法を否定して。逆に自身の魔力で染め上げる。

 

しかし人間の方も諦めが悪く、抵抗を強め。互いの魔力が拮抗し――。

 

 

「――知ア!!?」

 

 

――瞬間、新たな侵入者の気配を察知した。

 

心臓の部屋に居る人間達とは別に、二匹の人間が結界内に入り込んできたのだ。

家の魔女の集中が乱れ、意識が僅かに逸れ――その瞬間、魔力の拮抗が破られた。

 

 

「――――」

 

 

魔法少女の魔力が満ちる。

 

心臓の部屋。その周辺の空間が支配され、魔女の手中より零れ落ち。

慌てて取り戻そうと魔力を送るも、全てが遅く――気づいた時には、心臓の部屋そのものが魔女の体内より消失していた。

 

 

「――ニ1、1111111、知ア、ノ!!!!??!?!!?!」

 

 

絶叫。

あまりにも大きな喪失感と激痛が押し寄せ、魔女の意識が狂い、弾ける。

 

消えた。心臓が、命が、大切な場所が。ああ、何処だ、何処に――!!

 

 

「――ッ!!」

 

 

散逸しかけている意識が魔力を捉え、眼球の無い視線が上空を向く。

 

高い高い、色取り取りの空の上。

ステンドグラスに接触するかしないかの位置に、不格好な箱があった。

その四隅には強引に千切り取られた跡があり、風に煽られ揺れている。

 

――間違えよう筈が無い。今まさに己から抜き取られた、心臓の部屋だ。

 

 

「――ニ、1111111111ァァァァアァッ!!!!」

 

 

どう、と。家の魔女の全身から、ダンボールの肢が伸びた。

 

同時に使い魔達もそれを目指して空を飛び、落下を始めた部屋へと迫る。

しかしそれらが到達するより先に、部屋の中から小さな影が飛び出した。

 

その背に悲鳴を上げる人間を一匹くっ付けた、淡い髪色の魔法少女。

魔女の体内から心臓の部屋を抜き取った下手人だ。

 

それは両の手に奇妙な刃の輪を握り、心臓の部屋に鋭い視線を向けている――。

 

 

「――――」

 

 

……やめろ。

やめてくれ。

 

家の魔女の焦りに応じ、使い魔達の洗脳魔法が魔法少女へ殺到する。

しかし背中の人間から光が放たれたかと思うと、それら全ては弾かれ、消えた。

 

ああ、ダメだダメだダメだダメだ――ダメだ。

 

ダンボールの肢を必死に伸ばす。無理な挙動に紙屑が舞い、表面がひしゃげる。

だが、間に合わない。魔法少女を貫く寸前、その身体が霞みの如く掻き消え、そして、

 

――周囲一帯に輝く魔力が満ち、必殺の魔法(マギア)が、降った。

 

 

「ニ!11111ッ11、ノ!1!!?!?!!!!」

 

 

無数の刃が落ちる。

上、下、左、右、前、後、斜、全――ありとあらゆる方向から魔力を纏った刃が飛来し、その空間にある物全てを切り裂いた。

 

当然、家の魔女の身体が耐えられる筈も無い。

ダンボールの肢は勿論、その領域に入り込んでいた使い魔さえもが容易く裁断され、黒い血飛沫と混ぜられる。

 

――心臓の部屋など、最早どこにあったのかすらも分からない。

 

大量の紙吹雪が色とりどりの空に散り、美しく踊り、舞う。

遥か眼下に崩れる巨大な紙の家を眺め、ステンドグラスに大きな罅が刻まれた――。

 

 

 

 

 

 

幾つものダンボール紙が落下する。

 

大小様々。倒壊する巨大なダンボールハウスから落ちるそれらは、雨という言葉すら生易しい、正しく雪崩と表現できる程のもの。

美しい結界の景色も、殆どがダンボールに覆いつくされ――その降り積もった箱の一つに、まどかを抱えた雫が着地した。

 

 

「きゃあっ!?」

 

「く……!」

 

 

クッション代わりのダンボールがひしゃげ、少女の悲鳴が重なった。

 

空間結合の魔法により落下の速度は殺したが、衝撃は如何ともしがたかった。

度重なる魔法行使で疲弊していた事もあり、雫はバランスを崩し背中から倒れ込む。

小さな箱が、幾つか跳ねた。

 

 

「うぅ……気持ち悪いぃ……」

 

「……ごめんなさい。流石に普通の人には厳しかったよね……」

 

 

舞い散るダンボールをぼうと眺めつつ、腕の中で目を回すまどかの背を優しく叩く。

 

――雫の行った無茶。

それは件の死体のあった小部屋を、空間結合の魔法で外へと放り出す事だった。

 

あの小部屋自体が、魔女にとって重要な存在だという事は見当がついていた。

しかし目立つ核のようなものは無く、何をもって『そう』なのかが分からなかったのだ。

 

部屋そのものを破壊するにしても、室内からそれを行うには、雫の武器と魔法では不向きと言わざるを得ない。中途半端に手を出す事も避けたく、故に雫は広い場所へと部屋を丸ごと移動させ、外側から切り刻む事とした。

 

瞬間移動の繰り返しによりまどかの三半規管に被害が出たものの、結果としては正解だったのだろう。

魔女の身体と共に崩壊を始めたステンドグラスの空を見上げ、雫は小さく息を吐いた。

 

 

「……あっ」

 

「…………」

 

 

ふと、まどかが小さく声を上げた。

その視線を辿れば、少し離れた場所に積もるダンボールの隙間から、黒い布端がはみ出ているのが見えた。

 

擦り切れ痛んだ、黒コートの裾。部屋を切り刻む前に移動させておいた、躯のものだ。

パーカーを着たもう一つの躯も同じ場所に移動させた筈だが、積み重なるダンボール箱に覆われ見る事は出来ず。

 

――その内の一つに、件の女性は腰掛けていた。

 

 

『――――』

 

 

黒いトレンチコートと金の髪が特徴的な、妙齢の女性。

これまでと違い、しっかりと像を結んだ彼女はシニカルな笑みを浮かべ、優しげな瞳を向けている。

 

何を言うべきか、何を聞けばよいのか。雫とまどかは数瞬迷い、躊躇して。

しかしそれが言葉となる前に、気付けば女性は消えていた。

 

すぐに周囲を見回したものの、最早黒いコートが視界を擽る事は無く。躯の服裾も、ダンボールの下に隠された。

 

 

「……あの人、魔女を倒して欲しかったのかな」

 

「…………」

 

 

ぽつり。それを見ていたまどかがそう呟いたが、雫に返す答えは無かった。

彼女の想いや過去を知る術は、最早どこにもありはしないのだ。

無言のまま、女性の居た場所をただ眺め。

 

 

――あなたが人形に見ていた『居場所』。大切にする事ね――

 

 

「…………」

 

 

振り返り、既に崩れ切った魔女の亡骸を見上げる。

 

彼女も、大切にしていたのだろうか。

だからこそ、あの小部屋で最期を迎える事となったのだろうか。

 

 

「――……」

 

 

雫はそっと目を伏せると、声には出さず呟きを落とす。

 

それは使い魔に見せられていた夢の中で、大切なものとして呼んでいた名前。

女性曰く――『居場所』の名。

 

……認めたくはない。認めたくは無かったが、しかし。

 

 

「……ほんと、もう」

 

「え?」

 

 

その独り言にまどかが首を傾げるも、雫は首を振って誤魔化した。

そうして、ともすれば深くなる眉間のシワを伸ばしつつ、細く長い溜息をひとつ。

 

すると突然まどかの頭頂部へ小さい何かがコツンと当たり、地に落ちる。

 

 

「――あいたっ!? な、なになにっ!?」

 

「……グリーフシードね。完全に魔女が死んだみたい」

 

 

転がるグリーフシードを拾い上げれば、同時に魔女の結界も薄れて行く。

空間が揺らめいた後、美しい自然公園から見滝原の街角へとその景色を戻していた。

 

そして幸運にも人通りの無かったその場所に、結界に囚われていた人々が次々と現れ、倒れ伏す。

 

……そこに、二体の躯の姿は無い。

慌てて人々の安否を確認するまどかを横目に、雫は静かに黙祷を捧げ。

 

 

「保澄さん、大丈夫!?」

 

「ひゃあ!?」

 

 

――直後、彼女達の目の前に一人の少女が降り立った。

 

突然の事にまどかが飛び跳ね、悲鳴を上げる。

しかし雫は反対に、何処か安心したような視線をその少女へと投げかけた。

 

 

「巴さん……無事だったのね。連絡付かないから、何かあったのかと思った」

 

「ごめんなさい、圏外の所に居たのかも。知らせを受けて急いだつもりだったのだけど……完全に出遅れちゃったみたいね」

 

 

少女――巴マミは恥じ入った様子で首を振ると、纏っていた魔法少女の装いを解く。

そして困惑するまどかに視線を移すと、安心させるように微笑んだ。

 

 

「あなたが鹿目まどかさん? 無事で本当に良かったわ、保澄さんには助けられてばかりね……」

 

「え、あの……どうして、名前……」

 

「あなたのお友達から聞いてたの。一緒に来てる筈だけど――」

 

 

――と、そう言ってマミが周囲を見回した時、彼女達の背後で足音が響いた。

 

 

「……無事、みたいね」

 

 

揃って皆が振り向けば、そこには新たな魔法少女の姿がひとつ。

道の先。差し込む夕陽に長い黒髪を靡かせるその少女を見た瞬間、まどかは驚きと安堵の入り混じる表情を浮かべ、胸元のアクセサリーを強く握った。

 

 

――保澄雫。

――鹿目まどか。

――巴マミ。

 

そして――暁美ほむら。

 

 

今ここに、彼女達は初めて一堂に会したのであった。

 

 




『保澄雫』
悩み多き魔法少女。洗脳を受け眠っていたものの、どうにか乗り越え家の魔女を打倒した。
「居場所」に対し、何かを自覚しつつあるようだ。ちみ……ちみりょ……。
悲劇を迎えながらも、死してなお抗っていたと思しき黒コートの女性に思うものがある様子。


『鹿目まどか』
どうにか魔女結界から生還。魔法少女の世界を体験したが、被害者の躯という残酷な現実を直視してしまった為、憧れは小さいようだ。
自分を助けてくれた雫を尊敬し、アクセサリーをくれたほむらにも感謝している。
実は彼女だけ、まだホンフーと会っていない。


『黒いコートの女性』
かつて妹だったものに人殺しをさせないがため、魔女に挑んだ。
どうにか魔女の中心部に辿り着いたものの、その時には致命傷を負っており、そこに転がる妹の亡骸の傍で事切れた。
しかしその魂は魔女の魔力に囚われ、現在まで魔女による死亡者を出さないために抵抗を続けていたようだ。
種類としては貴子や典子パパより、赤い女やエアレイドの方に近いかもしれない。


『パーカーを着た躯』
誰かの妹だった少女。死後、遺体は魔女の中心部に残っていた。
その魂は魔女と化し多くの人々を襲っていたが、その死者はたった一人だけだった。


『家の魔女』
ダンボールハウス型の魔女。かなりの巨体で、身体の中の空間を歪め大量の部屋を収めている。
己の部屋の一部を結界内に配置し、それぞれに洗脳した人間を収めて生命力を吸い取っていた。
本来であれば死ぬまで搾り取るのだが、その寸前に黒いコートの女性に逃がされており、非常にもどかしい思いをし続けていたようだ。
魔女として生まれた時、作られた最初の一部屋を核として活動している。ピンチの時は結界の各所に配置した部屋と入れ替えての逃亡が可能なのだが、今回は黒コートの女性に直接案内された雫により心臓の部屋を破壊され、討伐された
なお、とある時間停止持ちの魔法少女は、時を止めている間に魔女を心臓の部屋ごと穴だらけにして瞬殺している模様。



一周目7話目で出したリン関係をやっとこさ回収。誰も覚えてなくても覚えてるもん!
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