「――あら。彼女と合流しましたか、雫さん」
何処とも知れぬ一室
片手に持った別の端末に目を通しつつ、ウ・ホンフーは耳元の携帯端末にそう返した。
『――――』
「そうですねぇ……まぁ、今の所は放置で。彼女の口はそれなりに堅いと信じてますのでね」
暫し思案し、やがて朗らかに笑う。
電話の相手は、見滝原に作った『駒』だ。
暁美ほむらの動向を把握するためのそれは、些細な事でもこまめにホンフーへ報告するようになっている。
今回の連絡では、保澄雫がほむらと接触したとの事だった。
多少不安がよぎったが、雫は重要情報をべらべらと喋り散らすような愚物ではないと知っている。
現状は静観との判断を下し、幾つかの指示を出し通話を切った。
(いい具合に動いてくれているんですけどねぇ、彼女)
ホンフー自身が空間結合魔法を扱えるようになった為、頼むべき仕事がとんと無くなっていた雫。
暇を持て余していた彼女が最近、頻繁に見滝原へと顔を出すようになった事は彼も把握していた。
そして巴マミと交流を持たせた以上、ある程度親密になる事は想定していたのだが――まさか、神浜を放って通うまでになろうとは。
それほどマミと接近したのか、それとも神浜から離れたい理由があったのか。
考えかけ、すぐにどうでも良い事と切り捨てる。大切なのは、雫とほむらの関りが深くなったという事だけだ。
(……雫さんも、根はどうしようもなく善性だ。絆される可能性は高い)
先程は心配ないとは言ったが、それはあくまで現状に対する物だ。
このまま雫とほむらが接近を続ければ、優しい彼女は遠からず忠告という形でホンフーやジャジメントの危険性を匂わせる。どれだけ固く禁じても、絶対に。
無論、それは機密に触れない程度の些細なものである筈だ。本来であれば、黙認しても構わないものだったが……今回に限っては相手が悪い。
時間遡行を繰り返してきたと見られるほむらであれば、前回の時間軸における情報と比較し、まず確実にホンフーの動きを察するだろう。
つまり、彼女自身と同じく時間遡行を行っている者が居ると、気付かれてしまう――。
「ま、それはそれで、なんですが」
溜息ついでに呟きひとつ。
最早、ほむらに時間遡行の件が気付かれたとしても困るような段階では無かった。
ワルプルギスの夜の討伐という最終目的が変わらなければ、幾ら警戒されようが大勢に影響は無い。
ホンフーには、その時が来るまでほむらと事を構えるつもりも、見滝原を訪れるつもりも無いのだから。
――問題なのは、雫の立ち位置。
ほむらがホンフーについて勘付けば、おそらく雫も酷く警戒されるだろう。
最悪の場合、見滝原から排除される可能性もあり――そうなると些か手間が増える事になる。
ホンフーとしては、雫が勝手に見滝原に馴染みつつあるこの状況は、むしろ歓迎すべきものなのだ。
出来れば、彼女にはこのまま現状維持を続けて欲しかった。
(仕方ない。折を見てお話でもしておきますか)
正直、気は進まない。
これ以上の干渉はある種の『不自然さ』を目立たせ、ほむらに疑問を抱かせる機会を増やす事となるからだ。
しかし、警戒されるに至るまでの時間稼ぎになる事もまた確か。
ワルプルギスの夜の襲来時まで、雫が見滝原に居残ってくれればいい。多少迷いは残ったが、ホンフーはひとまずそう割り切った。
(やれやれ、こちらも大詰めだというのに……)
また溜息を吐き、もう片方の端末に目を落とす。
そこには、これまで行ってきた魔法のコピーに関しての実験データが纏められていた。
コピーした魔法の劣化の程度。魔法行使の際に起きる体調不良のパターン化。
そして、コピーに必須である『願い』の工程が成立する最低条件。その他諸々。
神浜市の者を中心として、多種多様な魔法少女達を用いた試行錯誤の結果である。
ホンフー自らが集中して動いた事もあり、その成果は上々とも言えるものだ。
しかし100%の確信を持てる結論かと問われれば、否と答えざるを得ない。
特に『願い』の工程に関してはもう少し慎重になっておきたい所であり、未だ検証予定を詰めていた。
(暁美ほむらの願いは、おそらく私の悲願とそう変わらない。あとは、どこまで合わせられるか……)
ホンフーはソファに深く背を預け、目を閉じる。
ほむらの『願い』が、己の手に負えるものなのか。
そして魔法を手に入れたとして、不備なく望む過去へ至る事が出来るのか。
当然ながら、期待と同程度の不安はある。あったが、しかし。
「……ああ、やってみせるさ」
未だ愛し続ける彼女の名を小さく呟き、端末を置く。
再び瞼を上げた時には、瞳は静かに凪いでいた。
■
「――はい、どうぞ」
ことり。
三角テーブルに光沢のあるケーキが静かに置かれ、照明を受けつるりと輝く。
「今回はレアチーズケーキに挑戦してみたの。前のと負けないくらい美味しく出来たと思うのだけど……」
作り主であるらしい巴マミは笑顔を見せると、ケーキを切り分けテーブルの両端へと差し出す。
その横並びとも対面ともいえない位置には、どこか緊張を滲ませ座る二人の少女の姿があった。
「……どうも」
「……ありがとう」
片や暁美ほむら。片や保澄雫。
揃って礼を返した二人は、目の前に置かれたケーキをじっと見つめ――やがてどちらからともなくフォークを握る。
そしてまたも揃ってケーキの端を口に運び、その表情を僅かに緩めた。
「おいしい……」
「……うん。とても」
「ふふ、ありがとう」
そんな二人の様子に、マミは嬉しそうに笑みを深める。
流れる固い空気が完全に解れた訳では無かったが、多少は柔らかいものとなり。
ほむらと雫はちらりと視線を交差させると、またすぐに逸らし二口目のケーキを口へと運んだ。
――すっかりと陽が沈み、街の明かりが夜空を照らし始める時間帯。
マミの住む部屋に集まったほむら達三人は、魔法少女としての顔合わせを行っていた。
*
家の魔女を倒し一堂に会したほむら達であったが、ゆっくりと話し合っている余裕はなかった。
魔女の討伐により、彼女達の周囲には解放された魔女の被害者達が倒れ、気を失っていたのだ。
それを放っておけるマミやまどかでは無く、その場は彼らの介抱に追われる事となった。
そして全てが済んだ頃には陽は完全に沈んでおり、長話をするには難しい時間帯となっていたのだが――そこに居た魔法少女達にとっては、関係の無い事であった。
ほむらとマミは一人暮らしであり、雫は空間結合の魔法により幾らでも誤魔化しが効く。
問題があるのは、家族の目のあるまどか一人。
相談の結果、ひとまず魔法少女のみで情報を共有し、まどかに関しては後々改めて説明の機会を設けるという事に落ち着いた。
仲間外れという形になったまどかであったが、ほむらと雫を信頼してるのか特に渋る事も無く。
彼女を家まで送り届けた三人は、その足でマミのマンションへ集まっていた。
「せっかくだから、鹿目さんの分も包んでおきましょうか。暁美さん、後で渡してくれる?」
いそいそとチーズケーキを包みながら、マミはほむらに問いかける。
その笑顔の中に緊張というものは無く、それどころか今の状況を楽しんでいる気配さえ感じられる。
単なる友人同士の集まりとでも思っているのだろうか。ほむらは包みを受け取りつつ、軽く溜息を吐き出した。
「……一息ついたし、そろそろいいかしら。時間はあると言っても、あまり遅くなるのも良くないでしょうし」
そう言って雫に目を向ければ、ややあって小さな頷きをひとつ。
マミも居住まいを正し、部屋の空気が引き締まる。
「自己紹介は――今更ね。あなたも巴さんから大方は聞いているのでしょう?」
「うん、少しだけど。改めてよろしく」
この部屋に集まるまでに、既に言葉は交わしているのだ。互いにマミから事前情報を得ている事もあり、その場は掘り下げないまますぐ本題へと移った。
「それで、何があったの? 魔女を討伐したのは分かっているけれど……鹿目さんが巻き込まれたのは、どうして?」
「……それは……」
多少きつめの詰問となったが、ほむらにとってこれだけは譲れないものだった。
雫も別の負い目がある為か気まずげに視線を逸らし、ぽつぽつと説明を始めた。
見滝原の街を眺めていた時、突然魔女の反応を感じた事。
すぐマミに連絡をしたが繋がらず、やむを得ずその対処に当たった事。
しかし油断により意識を奪われ、まどかに助けられた事。
結果として、彼女を連れたまま魔女の討伐に至った事――。
そうして全てを語り終えた時には、妙な沈黙が三人の間に降りていた。
「……まぁ、経緯は分かったわ。鹿目さんを助けてくれたのはありがとう。あなたが居なければ、最悪の事態を迎えていたかもしれない」
「ううん。逆に私が助けて貰ったくらいで……あと、昨日も使い魔とのトラブルがあって、まどかさんに魔法の事を教えちゃったもの。ごめんなさい、ほむらさん、隠してたんでしょ……?」
「…………」
申し訳なさげに頭を下げる雫であったが、ほむらとしては想定していた事態ではあり、怒りは無い。
まどかを魔法に関わらせない事の難しさは、これまでの繰り返しの中で骨身に染みている。
今回はインキュベーターの干渉を防げているとはいえ、魔法少女として大きな素質を持っている事には変わりないのだ。このまま完全に無関係で居させられるとも思ってはいなかった。
いずれは何らかの形で魔法に関わるとは覚悟しており、むしろ彼女を守ってくれた雫には単純に感謝していたのだが――しかしほむらは敢えて眉間にシワを寄せ、雫の罪悪感を煽るような間を作る。
「……言いたい事が無い訳じゃないけど、それは仕方のない事よ。あなたが気に病む必要は無い」
「……でも……」
「友達でいる限り、きっといつかはバレていたわ。鹿目さんが無事だっただけで十分よ」
「…………」
雫はまだもの言いたげな表情を浮かべていたが、それ以上食い下がる様子は無かった。
本心に多少の茨を纏わせ、負い目をつつく。これで多少なりとも借りとして背負ってくれれば、後々頼み事を通しやすくなるだろう。
打算的にそう考えていると、二人の様子を窺っていたマミがおずおずと声をかける。
「それに関しては、テリトリーの主として私も謝らないといけないわね。保澄さんの言う昨日の事もだけど、今回の事も私の動きが遅れてしまったのが大きいでしょうし……」
「……そういえば、巴さんは私と合流するまで何をしていたの? 保澄さんの呼びかけに応えられなかったみたいだけど」
矛先をマミへと変え、ちくりと刺す。
マミは眉を八の字に下げつつも、懐から一つのグリーフシードを取り出した。
「言い訳になってしまうけれど、あの時は別の場所にも魔女が出ていたの。結界の中に居たから、テレパシーも電話も繋がらなかったのでしょうね」
「そう……お互い、タイミングが悪かったんだね」
「……?」
納得を見せる雫を他所に、ほむらは小さく首を傾げる。
そのグリーフシードの特徴は、これまでの繰り返しでは見た事の無い物だった。
見滝原の外から、新たな魔女が来ていたのだろうか。気にはなったが、今この場で掘り下げる事でも無いとひとまず置いておく。
「その魔女を討伐した後にもう一つ反応がある事に気付いて、急いで向かっている途中に暁美さんと一緒になったのだけど……結界に入った所で、保澄さんが討伐したみたいね」
「……そうだ、グリーフシードはどうする? 神浜では早いもの勝ちだけど、ここ見滝原だし……」
「これで取り上げたら私、結構な人でなしじゃない……?」
ともあれ。
その後も互いの事情や情報を擦り合わせ、大体の共有が終わった頃にはそれなりの時間が過ぎていた。
そろそろ、解散する頃合いだろう。
ほむらは広い窓から夜景を見下ろしつつ、ほんの一瞬雫を見やり。何気なくを装い口を開いた。
「もう真っ暗ね……保澄さん、時間は大丈夫なのかしら」
「大丈夫。さっきも言ったけど、私の魔法なら色々誤魔化せる」
「なら良かった。前、アルバイトしてるって聞いてたから」
――確か、ジャジメントで働いてるのよね?
そう問いかけられた雫の瞼が、小さく震えた。
「……まぁ、平気。今日は……というか、暫くお休みになってるし」
「そう、サボらせるような事になっていなくて安心したわ。ちなみに、どんな仕事を――」
「あ、そうだ」
ぽん。
ジャジメントでのアルバイトの内容について更に問い重ねようとしたその時、マミが何かを思いついたように手を合わせた。
思わず揃って振り向けば、ウキウキとした金色の笑顔が一つ。
「もうこんな時間だし、もしよければ皆でお夕飯も一緒しない?」
「…………」
久しぶりの友と客人という事で、舞い上がっているのだろう。
マミの嬉しそうな様子にほむらが何と返すか迷っていると、先に雫が手を上げた。
「私は何も無いから大丈夫だけど……」
「あ……そうよね。暁美さんは鹿目さんの事もあるし……」
マミはしゅんと縦巻の髪を垂らし、自省する。
彼女達の言う通り、この後ほむらはまどかの下へ訪れるつもりではあった。軽い報告と、ついでにマミに貰ったケーキの差し入れのためだ。
離席のタイミングとしては、丁度よい展開ではあった――のだが。
「……いえ、夕食くらいなら付き合うわ。それ程遅くはならないでしょう?」
これは、先程途切れた問いかけを繋ぎ直すチャンスでもある。
視界の端に映る雫を気にかけつつ答えれば、マミの顔がほころんだ。
「ああ、よかった。じゃあ早速お料理――は、材料が一人分しか無いから、お店に食べに行きましょうか。このマンション、いろんなレストランが集まってるフロアがあるの」
「いいホテルとかにあるやつだ……」
そうして、戸締りをするというマミを廊下で待つ。
他の住人の姿は無く、ほむらと雫の二人きり。
当然ながら、若干の気まずい空気が横たわる。
「……ほむらさんは、コーヒーとか好き?」
廊下の内装を眺めつつ、壁にもたれる雫が言った。
「……たまに飲むけど、好き嫌いを考えた事は無いわね」
「ふぅん……じゃあ、淹れたら飲む?」
「……あなたが?」
ぼんやりと眺めていた壁掛けの絵画から目を外し、雫を見る。
その瞳はどこか緊張を孕んでいるようにも見えたが、悪意の類は感じなかった。
ほむらは少しの間戸惑った後、やがて小さく頷いた。
「分かった。その内ご馳走する」
「コーヒー、趣味なの?」
「家が喫茶店だから。自然と」
「そう……」
「…………」
「…………」
また、沈黙。
この際ジャジメントについての話を再開しようかと思ったものの、長話をするタイミングでも無く。気まぐれに、先の話題を拾い上げた。
「巴さんにも淹れてあげたの?」
「え? ああ、うん……でも、本当は紅茶の方が好きだよね?」
「まぁ、こだわりがあるようには見えるわ」
「……練習してみようかな、そっちも」
途切れ途切れの会話に笑顔はなく、ぎこちなさの拭えないものだった。
しかし二人は惰性のまま、ぽつりぽつりと言葉を重ねる。
少なくとも――マミの準備が終わるまで、互いに暇をしなかったのは確かであった。
*
結局、ほむらはジャジメントについて聞く事は出来なかった。
久方ぶりの多人数での食事に上機嫌となったマミが、その隙を作らせなかった為だ。
流石にマミを無視する訳にもいかず、話に付き合っている内に気付けば食事は終わり。
その後はごく自然に解散の流れとなり、雫も空間結合魔法で神浜へと帰って行った。
(……まぁ、まだ時間はある。後々機を見計らえばいい)
ほむらは溜息と共に切り替えると、まどかの家へと足を向けた。
街中の風は少し強く、肌寒い。人気も思ったよりはまばらで、見回りの警官に鉢合わせる事も無かった。
着いた頃には夜も更けており、家族団欒の時間も終わっていたようだ。外からテレパシーで呼びかければ、すぐに二階にある窓が開いた。
何度訪れたかも分からない、まどかの自室だ。
「……ほむらちゃん? えっ、頭の中で声が……これも魔法……?」
(ええ、そのようなものね。とりあえず話したいことがあるから、入ってもいいかしら?)
「う、うん……」
ほむらは跳び上がり、二階の窓から部屋に上がり込む。
まどかは、その突飛な行動に驚きを見せなかった。
今日一日の経験で随分と慣れてしまったのだろう。覚悟していたとはいえ、まどかがまた魔法に関わってしまったという事実を改めて直視し、ほむらは僅かに目を伏せた。
「――そっか。じゃあ、またあとで集まる事になるんだね」
そうして粗方の説明を終えた時、まどかは土産のケーキをつつきながらそう呟く。
「……ごめんね、私のせいで迷惑かけちゃって」
「気にしないでいいわ。むしろ、自由の利く私達が特殊なのよ」
それに、まどかを家に帰すよう提案したのはマミの方だ。
見滝原の管理者の命令なのだから仕方が無い。そう慰めれば、まどかは小さく笑みを浮かべた。
「えっと……その管理者の人ってうちの三年生だよね? 学校で何度か見た事あるもん」
「ええ。たぶん、明日学校でも話しかけられるかもしれないわね」
「な、なんか緊張しちゃうな。綺麗な人だったし……」
「……そのケーキ、彼女が作ったものよ」
「えっ!?」
「魔法のケーキ……?」などと呟きながらまじまじとケーキを観察し始めたまどかを眺めていると、彼女の胸元から銀色が覗いている事に気が付いた。
それは金属で作られた、小さなアクセサリー。かつてほむらが渡したキュゥべえ避けだ。
するとその視線に気が付いたのか、まどかは胸元から大切そうにそれを取り出した。
「そうだ。今更だけどこのアクセサリー、本当にありがとう。これが無かったら、今日はきっと無事じゃ済まなかったと思う」
「……あなたの身が守れたのなら、作った甲斐があったわね」
今更とぼける意味も無いと観念し、大人しく認める。
仕込んだ魔法細工がバレれば気味悪がられ捨てられるかもしれないと懸念していたが、そのような事は無さそうだ。
それどころか室内でも身につける程気に入られているようで、ほむらはこっそりと安堵の息を吐いた。
「……夕方は聞きそびれちゃったけど、魔法少女なんだよね。ほむらちゃん」
「ええ」
最早分かり切った事ではあったものの、自分で確認しておきたかったのだろう。
ハッキリと肯定すると、まどかはどこか肩の荷が下りたように笑った。
「雫さんにも言われたけど、やっぱり自分で聞くとすっきりするね」
「……ごめんなさい、これまで何も言わなくて」
「ううん。こんなすごい事、クラスの誰にも言えないよ」
特に気にした風も無いまどかだったが、ふと何かを思い出したように言葉を止める。
「そういえば、初めて雫さんにあった時、キュゥべえって動物の誘いに乗っちゃダメって言われたんだけど、どういう事か分かる?」
「――……」
唐突なその問いかけに、ほんの一瞬息が止まった。
しかしすぐにその内容を理解すると、動揺を仮面の下に押し込んだ。
「……魔法少女は、そのキュゥべえによって生まれるの。保澄さんは、鹿目さんを魔法少女にさせたくなかったのでしょうね。その理由は、今日一日でよく分かったと思うけど……」
「うん……」
魔女結界の中での出来事を思い出しているのか、まどかの顔に怯えが混じる。
雫からの話では、犠牲者の屍も見たとの事だ。魔法少女の世界が綺麗なものだけで作られてはいないと、それなりに理解できているのだろう。
忠告の件も合わせ、結果的にまどかが魔法少女とならないよう動いてくれている雫に、ほむらは改めて感謝を抱いた。
(……魔女の秘密を知っていそうね。彼女)
気にはなったが、それはひとまず脇に寄せ。
なるべく優しさを意識し、まどかへと語りかけた。
「私も保澄さんと同じ意見よ。友人を危険に晒すような事、したくないもの」
「ほむらちゃん……」
「……とはいえ、今日みたいな事がもう無いとは言い切れないから――」
あえて恐怖を煽るように含み、まどかの手にあるアクセサリーへ分かりやすく目を向ける。
まどかはその視線に押されるように手に力を籠めると、神妙な様子で頷いた。
「……うん、ずっと持っておくようにするね」
「そうしてもらえると私も安心できるわ。ちゃんと助けに行けるから」
この時浮かべた笑顔は、紛れもなく心からのものだった。
そこで多少なりとも安心できたのか、まどかの顔にも笑みが戻る。
……そこに隠れる小さな負い目の感情に、ほむらは気付かない振りをした。
「……そうだ。このアクセサリー、人をおかしくするマークを消してたけど、他にどんな事が出来るの?」
(……『印』については正直に言わない方が良いわね。望めば位置が伝わるという程度に隠して――……、っ)
ほむらが考えていたその時、まどかの携帯端末が鳴り響く。
慌てて取り出されたその画面には、「さやかちゃん」と表示されている。
ここ最近の日課となっていた、さやかとの電話――既にその時間となっていた事に気付き、まどかは目を丸くした。
「え、もうこんな時間……?」
「……それ、美樹さん? やっぱり仲が良いのね」
「うんっ、ちょっとごめんね」
そう言って電話に出るまどかに頷きつつ、ほむらは帰り支度を整える。
まどかへの説明と連絡は終え、ケーキも渡し、何よりアクセサリーを常に身につけるよう説得も出来た。
アクセサリーについての説明は、明日の学校でも可能ではある。今日は引き上げておこうと、さやかと話しているまどかにテレパシーで呼びかけ――。
『――むら? あれ、聞こえるー?』
「え――」
突然まどかの端末がスピーカーホンに切り替わり、さやかの声が耳に届いた。
「あの、さやかちゃんがせっかくだから話したいって……いい?」
『まどかー、もうちょい右にカメラ向けてー! あ、おけおけ、久しぶりー!』
「……別れてから、それほど時間は立っていないんじゃないかしら」
承諾する前に話しかけられ、相変わらずの騒がしい様子に苦笑を零す。
画面に映るさやかの顔にストレスの影は見えず、中々田舎暮らしに馴染んでいるらしい。
『まさかこんな時間にまどかン家居るとは思わなかったわ~。お泊まり会してんだって?』
「え? ……ええ、そんな感じね」
どうやら、そういう事にして誤魔化したらしい。
端末の裏で手を合わせるまどかをチラと見やり、話を合わせた。
『やー、仲良くやってるようで安心よね。ほら、この子意外とぼっち気質だからさ』
「えぇ……そんな事無いよぅ。ねぇ、ほむらちゃん」
「…………」
「何で黙るの……?」
そのまま三人で他愛のない雑談を続け、笑い合う。
ほむらはそんな無駄な時間に煩わしさを覚えていたものの、同時に懐かしさも感じていた。
……記憶は摩耗し、碌に覚えてすらいない。
けれど、今と同じ時間を過ごした事も、確かにあった筈なのだ。
「――……」
あれは、何時の事だったろうか。
遥か遠い過去に捨て去ったそれを想い、ほむらの胸裏に小さくない感傷が押し寄せ、浸り。
『――んでさ……あ、そうだほむら、アドレス交換したいんだけど平気?』
「! あ、ええ。問題ないわ」
さやかに呼びかけられ、我に返る。
そうだ。今はそんな過去を思い出すべきではない。少し郷愁が過ぎたと頭を振った。
『あー良かった。まどかが変な感じで濁すからさ~……っと、へへ、またアドレス増えちった』
「また? さやかちゃん、そっちで新しいお友達が出来たの?」
『まーね。つっても地元の子じゃなくて、あたしと同じ引っ越し組でね――』
楽しそうに会話を続けるまどか達を他所に、ほむらは複雑な表情で己の端末を見つめる。
咄嗟の事とはいえ、早まっただろうか。
今更ながらに後悔のようなものが浮かび、画面に映る『美樹さやか』の文字を持て余し、
『――佐倉杏子っていうんだけどさ、新しい友達』
「――――」
飛び出た名前に、思考が止まった。
『割とワルっぽい子でね~……こりゃ仲良く出来んわと思ったけど、何だかんだ気が合ってね。タイミング合ったら紹介するよ』
「うん、楽しみにしてるね。あとね、こっちも仁美ちゃんが――」
……佐倉杏子? 今、さやかはそう言ったのか?
何故彼女の名前が出る?
さやかと同じ場所に居るというのか?
同じ名前の人違いではないのか? 否、だが――。
「っ……」
まどか達に不審を与えないよう平静を取り繕うのに、酷い苦労をした。
本当はすぐにでもさやかを問い詰めたいが、流石に不自然すぎる。
混乱する思考を宥め、深呼吸。必死に精神を落ち着かせる。
(……佐倉杏子と美樹さやかが、同じ時期に地元を離れ、遠い場所で出会った? そんな事――)
あり得ないとは言えないが、天文学的確率ではあるだろう。
もしそれが成立する場合、それはきっと単なる偶然ではない。何らかの意思が介在している。
――居るのだ。場を整えた、誰かが。
「……ほむらちゃん?」
「…………」
ほむらの様子に気付いたまどかが声をかけるも、返す余裕はなかった。
焦燥が荒れ狂い、掌に滲んだ汗を握り込む。
ほむらは、今。
己の視界外に潜む何者かの気配を、確かに感じ取っていた――。
『ウ・ホンフー』
久々の登場。何だかコソコソしているが、不安も抱えているようだ。
見滝原に作った『駒』から情報を得ている。何かある度に連絡するよう設定したおかげで頻繁に携帯が鳴り、ちょっぴりウンザリしている。
大量の魔法少女を実験体としている。幸いながら死者は居ない。死者は。
『暁美ほむら』
ようやくホンフーの気配に気づき始めたようだ。
警戒している雫に敢えて嫌味を言ったものの、本当は感謝しておりじわじわと好感度が上がっている。
今年の夏も眼鏡ほむらとユゥの決着はなかった。いつ出て来るんだあの殺人鬼……?
『保澄雫』
まどかの事について申し訳なく思っているようだ。
おまけにジャジメントについて聞いてくるので苦手意識がちょっぴりあるが、何だか仲良くなれそうな気はしている。
マギレコ3周年イベントでは多くのホズミストを天に導いた。
『巴マミ』
お友達と夕ごはん! うれしい!!!
一人じゃなくなった事で地味にテンションが上がっている。ほむらの知らない魔女と戦っていたらしい。
今夏新しい水着を披露。多くのモキュを悩殺した。
『鹿目まどか』
仲間外れでちょっぴり寂しい。
色々あって魔法少女へ持っていた夢は減退し、アクセサリーはやっぱり絶対手放さない。
実は彼女だけ、まだホンフーと会っていない。
『美樹さやか』
ほむらに嫌われてなくてホッと一息。
田舎暮らしは少し退屈だけど、幼馴染と一緒だし新しい友達もできたし、何だかんだ満喫しているようだ。
マギレコ3周年おめでとうなんよ。
本SSは2周年なんよ。えっ?