超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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16´話 きっと伝えておかなきゃいけない

巴マミは、窮地に陥っていた。

 

 

「お砂糖が、足りない……!?」

 

 

空の砂糖入れを前に、弱々しい呟きが落ちる。

その横には作りかけのケーキ生地があり、砂糖の投入を今か今かと待ち構えていた。

 

違う、違うのだ。計算では足りていた筈だったのだ。

若干ギリギリかもしれないとは思っていたが、何とかなる雰囲気ではあったのだ。

だがどういう訳か、作ってみたら必要な量の半分ほどが足りなかった。ギリギリとは一体。

 

 

(どうしましょう……流石にこの量は誤魔化しようが……)

 

 

甘さ控えめという事で押し通せなくも無いが、お菓子作りとは科学の一面もある。

材料の分量一つで大失敗する可能性は少なくなく、実際その経験も何度かあった。

 

今日はほむらと雫を家に呼び、ワルプルギスの夜について話し合いをする大切な日だ。

重い話となるのは避けられない以上、せめて美味しいお菓子で気分を和ませてあげたい。失敗は勿論、妥協もあまりしたくはなかった。

……友人に良いカッコをしたい、という気持ちも無くはなかったのだが。

 

 

(いえ、今からお店に走れば何とか……!)

 

 

多少予定は狂ってしまうが、致命的というほどでもない。

マミはほむらと雫に少しだけゆっくりと来るようにとメッセージを送ると、財布を抱えて飛び出した。

後には、ほのかに漂う甘い香りだけが残り。

 

――カシャン。

 

……機械仕掛けの音が、一つ。窓の外から、静かに響いた。

 

 

 

 

その日の見滝原に吹く風は、少しだけ強いものだった。

 

砂埃を巻き上げる程ではない。

しかし桜の花弁を吹き散らすには足りており、街にかかる桜吹雪は数日前よりも鮮やかだ。

人々も時折足を止めてはその光景を楽しみ、街全体を文字通り華やかに彩っていた。

 

 

(……何か、変な風)

 

 

……だが、保澄雫にとってはそうではなかったようだ。

彼女の鋭い嗅覚は、穏やかな風の中に流れる不穏を確かに感じ取っていた。

 

 

(激しいって訳じゃないし、冷たくも無いのに。なんだろう、この感じ……)

 

 

雫は揺れる前髪を整えつつ、風上へと目を向ける。

当然、風の吹く元など見える筈も無い。しかし、その先に何かの気配を感じるような気がした。

 

普段であれば気のせいとして切り捨てるその感覚も、現状では小さくはない不安となって残ってしまう。

心当たりならば、既に脳裏に座しているのだ。

 

 

「……ワルプルギスの――、……」

 

 

その呟きは、最後まで吐き出される事なく風に溶け。

雫は暫くそのまま空を眺めていたが、やがて引き剥がすように目を逸らすと、止めていた歩みを進ませた。

 

 

今日、雫は巴マミからお茶会に誘われていた。

それ自体は特別な事ではない。彼女と知り合って未だ日は浅いが、既に何度も招待されているのだから。

 

……だが今回は、そのような楽しい時間では無い。

ワルプルギスの夜――それに対する雫の意思を聞く事が、今回のお茶会の目的なのだ。

直接そう伝えられている訳では無いが、送られてきた妙にぎこちないメッセージから察していた。

 

 

「…………」

 

 

答えは一応決まっている。だが、気の重さは抜けない。

 

きっと、己の中での踏ん切りがまだついていないのだろう。

雫は小さく溜息を落とすと、景色の中に紛れる一点を眺めた。

 

建造物の隙間から見える、高層マンション――マミの住む場所。

その気になれば一瞬で辿り着けるその場所が、今日だけは遠く離れて見えていた。

 

 

「……行こ」

 

 

敢えて呟き、首を振り。

ともすれば鈍りかける足に活を入れる――と。

 

 

「っ、と」

 

 

その時、懐の携帯端末に着信があった。

それは今まさに考えていたマミからのもので、トラブルにより約束の時間を少し遅らせて欲しいとの事だった。

 

 

(魔女……じゃないか。どうしたんだろう)

 

 

多少気にはなったが、それよりも時間的な猶予が出来た事にホッとする。

しかしすぐにそんな自分に気付き、少しだけ俯いた。

 

 

「……時間、空いちゃった」

 

 

手近な街灯に背を預け、思案する。

よほど慌てていたのかメッセージに詳しい事は書かれていなかったが、重大なトラブルという雰囲気でも無い。

それほど大きく遅れるとも思えず、どう時間を潰すべきか少し迷う。

 

 

(最近、よく暇になるな……)

 

 

とりあえず、適当に街をぶらついておけばいいだろうか。

雫は、マミのマンションから目を逸らすように、来た道を引き返し――。

 

 

「――あら、保澄さん」

 

「!」

 

 

その一歩を踏み出す前に、聞き覚えのある声をかけられた。

振り向けば、道の先で雫を見つめる暁美ほむらの姿があった。

 

何故ここに……などと思う筈も無い。マミのメッセージには、彼女もお茶会に同席する旨も記されていたのだ。

雫は特に驚く事も無く、足先をほむらへと向けた。

 

 

「ほむらさんも近くまで来てたんだ……巴さんからのメッセージ、見た?」

 

「ええ、少し予定が遅れるようね」

 

「何があったんだろう、大事じゃないと良いけど」

 

「さぁ――もしかすると、お菓子に足りない砂糖を買いに走ったのかもしれないわね」

 

 

ほむらはそんな冗談を零すと、改めて雫に向き直る。

その瞳は凪いでこそいたが、強い意志を湛えているようにも見えた。とても和やかとは言えない雰囲気に、雫も僅かに息を呑む。

 

 

「保澄さんは、時間までどうするか決めているの?」

 

「え……ううん、適当にぶらつこうかなとは思ってたけど……」

 

「じゃあ、これから二人でお茶でもどうかしら。近くに丁度いいお店があるし、それに――」

 

 

――少し、あなたとお喋りしたい気分だったから。

そう言ってじっとこちらを見つめるほむらに、雫は上手い断り文句を思い付く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

ほむらが案内した喫茶店は、大通りに面したテナントビルの中にあった。

 

オシャレな店内は中々に雰囲気がよく、居心地も良い。

出されたコーヒーも雫の舌によく合い、平時であればゆっくりと腰を落ち着けていた事だろう。

 

……しかし、目の前で威圧感を発するほむらがそれを許さない。

雫はじわりと身を包む息苦しさに息を吐き、傾けていたカップを置いた。

 

 

「……いいお店、教えてくれてありがとう。それで、お喋りって?」

 

 

そう問いかければ、テーブル席の対面に座るほむらもカップを置き、静かに目線を上げる。

そこに敵意の類が感じられない事に僅かな安堵をしつつ、雫はただ彼女の言葉を待ち――。

 

 

「――単刀直入に聞くわ。あなたが働いているというジャジメントって、何?」

 

 

――膝上にあった指先が、大きく跳ねた。

しかしそれ以外の反応は全て押し込み、平静を装いながらコーヒーで唇を湿らせる。

 

 

「ええと、知らない? スーパーとかジムとか、色々やってる会社で……」

 

「表向きはそうみたいね。私が言いたいのはそちらではなく――裏側のことよ」

 

 

ほむらの視線が鋭く細まり、雫は彼女がジャジメントについて『正確な』知識を持っているのだと確信した。

 

もっとも、ほむらは以前から何度かジャジメントについて探りを入れている。

彼女がそれらに対し警戒している事は薄々と予感しており、納得もしていた。

そのため驚きという意味では少なかったが――だからといって、問い詰められて泰然としていられる筈も無い。カップに伸ばした指が目測を外れ、持ち手を掠めた。

 

 

「裏って……意味が分からないんだけど。私、普通に配達してるだけだし」

 

「どこに、何を」

 

 

ほむらはそう言って、あからさまな仕草で山奥を見た。正確には、そこにある兵器実験施設の方角を。

雫もすぐそれに気づき、自身の役割に関しても見当が付けられていると察した。

 

どちらかと言えば口下手な己に、ここから彼女をごまかし切れる自信は無かった。

しかし全てを白状する事もまた出来ない。情報漏洩は御法度であり、破ればジャジメントによる酷いペナルティが待っている。

故に、空惚ける外はなく。

 

 

「……普通に、倉庫の商品をお店にとか、お客さんの家とかへの配達。実はこっそり魔法でズルしてるから、あまり言いたくなくて」

 

「ふぅん……」

 

「ほむらさんが何を気にしているのかは分からないけど、別に後ろ暗い事なんて、何も――」

 

「――バッドエンド」

 

 

――今度は、反応を隠す事は出来なかった。

不意に放たれた嫌な名前に肩が震え、ほむらの双眸がそれを捉える。

 

 

「やっぱり、知っているのね」

 

「……何を?」

 

 

雫の首が、あまりにも白々しく傾いだ。

当然ほむらはそれを無視し、更に厳しく雫を睨む。

 

 

「……私は、あなたに感謝しているの。巴さんを助け、鹿目さんを魔法少女から遠ざけてくれたあなたには」

 

「…………」

 

「でも、あなたがジャジメントの一員であるのなら、私は排除しなければならない。奴らと……アレと縁を結ぶなんて事は、二度とあってはならない事だから」

 

「っ……!」

 

 

おそらくほむらも、ジャジメントに関わり何かしらの被害を受けた経験があるのだろう。彼女の抱く危惧については、心底理解できるものだった。

 

だからこそ、それらと同じ枠組として見られた事に対し反射的に言い返しかけ――その寸前に口を噤む。

己がジャジメントに与しており、ホンフーの部下として扱われているのは事実。何一つとして弁解は出来ず、雫は渋面で黙り込むしかなかった。

 

それは最早疑惑を全て認めたに等しい姿だったが、そこから強く伝わる嫌悪の感情に、ほむらの片眉が僅かに上がった。

 

 

「……否定しないという事は、私の推測は当たっていると受け取らせてもらうけれど」

 

「っ……違う……」

 

「それは――何に対しての否定なのかしら。ジャジメントの一員であるという事実? それとも……あなたの気持ちとしての話?」

 

「え……」

 

 

ほむらは探るようにそう言って、問いごとにカップとコースターを指し示す。

突然の仕草に戸惑った雫は、無意識の内に二番目に示されたコースターを見やり――すぐに答えを誘導されている事に気付き、視線を伏せた。

とはいえ、一度視線を動かしてしまった以上、意味は無かったのだが。

 

 

「……あなたはジャジメントの側にいる。けれど、それを受け入れている訳では無い?」

 

「…………」

 

「報酬……いえ、脅し? 下手なごまかしを続けるのは、そういう……」

 

 

雫は黙り込んだまま、俯き続ける。

 

沈黙したところで、最早どうにもならない状況だとは分かっていた。

ほむらの様子を見る限り、関係悪化は避けられないだろう。最悪の場合は殺し合いに発展する事も考えられ、感情が大きく掻き乱される。

 

 

「……今、あなたがここに居るのは、誰かの命令?」

 

「――……」

 

 

しかし、続けて放たれたその質問に、若干の冷静さが戻った。

雫が今こうして見滝原を訪れている事に、ジャジメントは関係していない。口を閉ざす必要も無く、ゆっくりと首を振った。

 

 

「……自分の意思。友達に……巴さんやあなたに会いに来てるだけ」

 

「他意は無いと?」

 

「…………」

 

 

即答は出来ず、口籠る。

だが、ここで黙れば余計に立場を悪くする。観念したように溜息が落ちた。

 

 

「……地元に居辛いっていうのはある。友達と喧嘩してるから」

 

「それは……物騒な暗喩だったりするのかしら」

 

「そういうのじゃなくて、普通の喧嘩。というか、私が意地になってるだけ……かな」

 

 

目を伏せ呟く雫をほむらはじっと見つめたが、そこに嘘は無いように見えた。

ひとまず彼女が頻繁に見滝原を訪れている理由に裏は無いと判断し、安堵混じりの息ひとつ。

テーブル下。腰元に隠していた銃から、そっと手を引いた。

 

 

「……信じてくれるの?」

 

「あなたが上手く人を騙せる器用者なら、今この状況にはなっていないもの」

 

「う……」

 

 

気まずげに目を逸らす雫であったが、ほむらは目を逸らさない。

 

雫がジャジメントからの使命を受けた尖兵であるという、最悪の予想は外れた。

とはいえ所属している事は確かとなり、その時点で危険因子である事に変わりは無い。

 

 

(……それに、彼女がジャジメントとは無関係に動いていたとしても、疑問は残る)

 

 

マミと出会った病院にきた経緯や、付き添ったという人物の事。

そして――バッドエンドの名を知っている、その理由。

聞き出すべきは幾らでもあり、油断など出来る訳が無い。

 

保澄雫は、敵の側。ほむらはそう強く己に言い聞かせた。

 

 

「さっき、バッドエンドの名に反応していたけれど。関りがあるのかしら、アレと」

 

 

再び、雫の身が強張った。

そのまま暫く無言の時が過ぎるも、ほむらに退く気が無いと悟ったのだろう。雫は酷く慎重な様子で、言葉を選び始めた。

 

 

「ほむらさんが何の事を言ってるのか、やっぱりよく分からない。でも、私達にとって、『バッドエンド』は凄く怖い最期だとは思う」

 

「ええ、そうね。でも私は、あなたがその入口になっている気がしてならないの」

 

「……酷い言い草……」

 

 

しかし、正しくもあった。

 

ホンフーとの縁を作りたくないのであれば、彼の部下である雫は爆弾に等しい。

関りを深めるなど愚の骨頂。ほむらの警戒は、これ以上無く正しき場所に敷かれているのだ。

 

 

「…………」

 

 

……ならば。ならば、駄目だ。

保澄雫は、暁美ほむらとこれ以上関わるべきではない。

 

彼女がジャジメント及びホンフーを嫌う理由はよく分かる。可能であれば、雫も彼との縁を切りたかった。

しかし、易々と出来るものならとっくの昔にやっている。

だから――だからこそ、どうしようも無い。

 

 

(……ごめんね、巴さん)

 

 

大人ぶる反面寂しがり屋の少女の事が浮かび、雫の胸裏に決して小さくない痛みが走る。

 

最早、見滝原から離れる他はない。

ほむらの警戒を解き再び歩み寄る方法を、雫は見つける事が出来なかった。

 

 

(今日のお茶会、ある意味ではタイミングが良かったのかもしれない)

 

 

ワルプルギスの夜の件をダシにすれば、この街を離れる事に違和感は出ないだろう。

この後の話し合いで協力の拒否を明言すれば、それで終わり。怪しまれる事なく離脱できる。

……マミに伝えようと思っていた己の意思が無駄になり、自嘲する。

 

――けれど。

 

 

(……これが最後なら。ほむらさんには、きっと伝えておかなきゃいけない)

 

 

雫が既に一度この街にホンフーを連れて来ている事を、おそらくほむらは知らない。

一体何が目的だったのかは終ぞ不明のままであったが、それが何であれ彼女にとっては重大極まる事柄だろう。

 

無論、直接的に伝える事はしたくない。

だが、匂わせる程度であれば。警告という形であれば。

あのホンフーの事だ、看破される可能性は高いが、それでも――。

 

 

「……ほむらさん」

 

 

未だ険しい目つきを続けるほむらに向き直り、恨まれる覚悟を決める。

それが己に残せるせめてもの誠意だと信じ、雫はゆっくりと口を開いた。

 

 

――マミの切羽詰まった声が届いたのは、その時だった。

 

 

(誰か近くにいる!? 魔女が二体、商店街に現れたわっ――!)

 

「っ」

 

 

ソウルジェムを通し脳裏に響いたその報せに、二人は同時に立ち上がった。

そして互いに視線を交わすと、すぐに逸らし。合図も無いまま、それぞれソウルジェムの指輪へと触れる。

 

雫は空間を切り繋ぎ、ほむらは魔力を研ぎ澄ませ。一瞬の後、二人の姿は揃ってその場から掻き消えていた。

 

店内の人々はそれに気付く事も無く、後には中身の残ったカップが二つ。

少し遅れて虚空からその代金が吐き出され、チャリンと音を響かせた。

 

 




『巴マミ』
何故かお砂糖の在庫を読み違えてしまった。一体何故かしら、見当が付かないわね(黒髪をかき上げる音)。
お財布片手にお店まで走った所、魔女を発見。即座に応戦し始めたようだ。
劇場版以降なぎさとセットになる事が多いためか、何かいつもチーズケーキ作ってるイメージがある気がする。


『保澄雫』
色々と気持ちを決めて来たものの、色々と出鼻を挫かれかけている。
ジャジメントやホンフーと関わり合いになりたくない気持ちは心底分かるので、ほむらの気持ちもよく分かるようだ。
喫茶店のコーヒー代は雫の奢り。任務の報酬があるので結構リッチ。


『暁美ほむら』
実は上着の袖に白くて甘い粉が付着している。一体何なのかしら、見当が付かないわね(黒髪をかき上げる音)。
雫がジャジメント関係者と確定し警戒MAXになった。とはいえこれまでの行動から、人柄的な信頼は失っていない。
もし雫が空間結合で逃げる素振りを見せれば、即銃撃していた。



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