超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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17´話 その時こそ、一緒に戦いましょう

無数の白球が、唸りを上げて空を裂く。

 

全てが電子部品で構築されたその世界において、白く輝き飛翔する様はまるで流星群のよう。

ストレートは勿論、カーブ、シンカー、オクトスモーク。多種多様な変化球を織り交ぜ箒状に広がる白球達は、機械基盤の空と大地へそれぞれ向かい――勢いよく着弾。

轟音と共に、その世界を破壊した。

 

 

「…………」

 

 

そしてそんな惨状の中に立つ、黄金の人影が一つ。

周囲で巻き起こる破壊を気に留めず、マスケット銃をバットのように構え立つ彼女は、己に迫る白球を待ち――。

 

 

「――ティロ・フォリキャンポ!」

 

 

カッキーン!

真芯で捉えた白球が飛び、投球の速度以上の勢いでもって跳ね返る。

 

ピッチャーライナーに乗ったそれは鮮やかに投手を急襲し、その頭部へと直撃。

野球帽が空を舞い、どさりと鈍い音が響いた。一人の投手の選手生命が絶たれた音だ。

 

紛う事なき大参事。両チームの選手がベンチから溢れ出し、大乱闘に発展してもおかしくない光景であった――のだが。

 

 

「――やっぱり、こっちに意識は向けないのね」

 

 

それを成した巴マミはぽつり呟き、遠く離れた一地点を見る。

するとそこに今しがた頭を砕いた使い魔が――野球帽の使い魔が倒れ、どす黒い血だまりを晒していた。

 

マミは周辺の様子を窺ったが、あちこちで走り回っている同型の使い魔達が敵討ちに来る様子はなかった。

 

 

(ううん……どうしましょうか)

 

 

ベンチに戻るようにいそいそと物陰に隠れ、流れる白球の行く先を見る。

そこには砕けるランプや電子部品の他、野球帽の使い魔達へと走り向かう、多くのアンテナマークの異形が見えた。

野球帽の使い魔とは違う、別の魔女の使い魔だ。

 

――現在、この魔女結界内では、二体の魔女の勢力が激しい諍いを繰り広げている。

 

だがこの場に魔女らしき姿は見えず、野球帽の使い魔とアンテナマークの使い魔だけが互いに争い合っている。

その激しい応酬の狭間に置かれた形のマミは、厄介な状況に頭を悩ませていた。

 

 

 

 

マミがそれに遭遇したのは、商店街から自宅へ戻る途中での事だった。

 

何故か発生した砂糖不足により、中断を余儀なくされた菓子作り。

慌てて商店へと走り、どうにか砂糖を手に入れたまでは良かった。

しかし、急ぎ戻るべく近道の路地に足を踏み入れた時、そこに漂う魔女の気配を察知した。

 

慌てて周囲を探ってみれば、現れたのは天使らしき模様の描かれた紋章が一つ。

現世と魔女の結界を繋ぐ出入口である。

 

当然マミがそれを見逃せる筈も無い。瞬時に戦士としての貌となり――そして、すぐに異常に気が付いた。

紋章の裏にもう一つ、別の魔女の紋章が隠れていたのだ。

 

……魔女と言う存在は、基本的に強い縄張り意識を持っている。

手を組んだり共生をする個体は非常に稀なものであり、己のテリトリーに許可なく他の魔女が入り込んだ場合、まず殆どがその存在を排除しようと動くだろう。

 

――つまり、魔女の結界が重なり合っている今の状況は、二体の魔女が縄張り争いをしているという事に他ならない。

 

決して油断できる状況では無かった。

マミは街に居る筈のほむらと雫にテレパシーを送ると、握っていた端末を胸元にしまい、躊躇いなく結界に飛び込んだ。

 

そうして、援軍を待つ傍らに魔女同士の諍いへ首を突っ込んだのだが――。

 

 

(互いの一番は、私じゃないって事ね)

 

 

魔女達は、突然の闖入者よりも今戦っている相手に意識を向けているようだった。

野球帽とアンテナマークの両方にあの手この手で手を出せど、どちらもマミを無視し、戦いの流れに割って入る事が出来ないのだ。

 

 

(……せめて魔女の片方だけでも気を引ければ、誘い出せるかもしれないのに)

 

 

広範囲に魔力を走らせたものの、上手く魔力感知が行えない。

結界が予想以上に広大である事に加え、ランプを始め周囲一帯で明滅している光源全てに魔力反応が出てしまうためだ。

 

こうなれば、こちらから一体ずつ足で探しに赴くしかない。

使い魔同士で小競り合いをしているあたり、まだ魔女同士の本格的な戦いは始まっていない筈だ。おそらく、二体の潜んでいる場所も遠く離れているのだろう。

 

 

(……両方、間に合うかしら?)

 

 

軽く息を吐き、リボンで新たなマスケット銃を編み作る。

さて、どこから、どちらから探した物か――未だ続く使い魔達の戦いを眺め、思案した時だった。

 

 

(――巴さん! 居る!?)

 

「!」

 

 

結界内部に新たな魔力反応が生まれ、脳裏に少女の声が響いた。

それが保澄雫からのテレパシーだと理解した瞬間、片手のマスケット銃を上空へ向けて発砲した。

この結界内では、言葉よりも分かりやすい現在位置の説明だ。

 

すると直後にすぐ隣の空間が歪み、雫の姿が現れた。

どうやら、結界に入る前の助けは上手く届いていたらしい。マミは安堵と共に笑いかけ――その隣にほむらの姿もある事に気付き、更に表情を明るくした。

 

 

「保澄さん! 暁美さんも一緒だったのね、よかった……!」

 

「……うん、さっき一緒になってそのまま。それより、状況は?」

 

「ええ、それが――」

 

 

二人の間に妙な緊張感が漂っているのが気にはなったが、状況が状況だ。

マミは周囲の使い魔達への警戒だろうと流しつつ、これまでに得た情報をかいつまんで伝えておく。

 

 

「……私達より、縄張り争いに熱が入ってるパターンか。厄介だね」

 

「誘き出すのも難しそうだから、片方ずつ叩くつもり。保澄さん、悪いのだけど……」

 

「うん、協力する。その気が無いなら来てないし――……あ、えっと」

 

「?」

 

 

ちらりと、雫の視線が黙り込んだままのほむらへと向いた。

ほむらは視線を合わせないまま僅かに逡巡するような間を置くと、小さく頷きを一つ。

雫はそっと目を伏せつつ、その様子に首を傾げるマミに改めて協力の意を示す。

 

 

「ありがとう。保澄さんの魔法があればかなりやりやすくなるから、助かったわ」

 

「……そうね。それで、作戦としては手分けして動くって事で良いのかしら」

 

 

ほっとしたように手を合わせるマミへ、銃を構えたほむらが呟いた。

 

 

「ええ、ここに居る皆なら、単独でも後れを取る事も無いでしょうから。安全を取って、三人で固まるのもアリかもしれないけど……」

 

「それはやめておいた方が良いわ。片方の魔女を討伐した瞬間、もう片方が逃げに走るかもしれない。分担して追った方が、まだ対処できる可能性はある」

 

 

ほむらは遥か遠方まで続く基盤の空を見上げ、そこで瞬く無数のランプに目を眇める。

この結界の中、大きく離れた状態で逃走を許せば、追う事すらも難しい。マミも同じ危惧を持っていたのか、すんなりと同意した。

 

 

「なら決定ね。とりあえずそれぞれで分かれて、魔女の反応を見つけたら連絡。手強い場合は、残りの二人の内近い方が加勢に行って、一人はもう片方の捜索を続ける……という方針でどう?」

 

「それだったら、巴さん達が先に見つけた場合は距離に関わらず私が行く。テレパシーさえ繋がれば、それを辿ってすぐに駆け付けられるから」

 

「……分かったわ。よろしくね、保澄さん」

 

 

ほむらからの反対が無い事を確認し、マミはマスケット銃を手に立ち上がる。

するとその時、遠方からこちらに向かう使い魔達の姿が見えた。

彼らの来た方角に魔女が居るかは定かでは無いが、ひとまずの指標にはなるだろう。三人はそれぞれ進む方角を定め、向き直る。

 

 

「二人とも、決して無理はしないでちょうだい。危なくなったら、深追いせずに合流しましょう」

 

「ええ……巴さんも、油断しないで」

 

 

ほむらはマミにそう言ったが、雫にかける言葉は無く。

ただ感情の読めない視線だけを送り、そのまま一足先に跳び去った。

 

残されたマミは遠ざかる黒髪を見送り――ちらと、雫にどこか気まずげな表情を向ける。

 

 

「ええと……もしかして、暁美さんと何かあった?」

 

「……どうだろ」

 

 

その問いかけに力なく肩をすくめ、雫もその場を後にする。

明らかに何かがあったであろう反応に、マミの眉が見る見るうちに八の字に下がった。

 

 

 

 

――偽人の魔女と、時計塔の魔女。

ほむらは現在争っている魔女の正体がその二体であると、正確に把握していた。

 

 

(まったく、面倒を起こしてくれるのだから)

 

 

基盤の地面を走りながら、小さく溜息を零す。

 

大方、時計塔の魔女の使い魔が余計な事をしたのだろう。

時計塔の魔女の使い魔が別の魔女の使い魔に襲い掛かり、反撃されて殺される。そしてそれに怒った時計塔の魔女が敵討ちに動き出す……これまでの時間軸の中でも、幾度か発生したケースである。

 

今回戦場となっているのが偽人の魔女の結界であり、そこに時計塔の魔女が攻め込んでいる形となっている以上、似たような経緯を辿った可能性が高いとほむらは睨んでいた。

 

 

(早く片付けて、話の続きに戻らなければ――)

 

 

無論、保澄雫の一件だ。

彼女への詰問はまだ終わっていない。こんなくだらない横槍で有耶無耶にされている場合では無いのだ。

 

マミと合流してしまったのは痛いが、二人きりになる口実は幾らでも作れる。

一刻も早く魔女を討伐し、先程途切れた雫の答えを聞かなければならなかった。

 

半ば焦燥に煽られるまま魔女の反応を探し続けるも、やはり容易くは見つからない。

あちこちに設置されたランプから発せられる魔力が、探知魔法の正確さを著しく削いでしまうためだ。

 

 

(この結界はこれだから……!)

 

 

無駄に広く、デコイが散らばり、おまけに目までチカチカする。

これまでの経験からその特性は分かっていたが、だからといって有効的な対処法がある訳でも無し。

出かかる舌打ちを呑み込みながら、ほむらは只管に周囲の魔力の見極めを繰り返し――。

 

 

「……居た」

 

 

やがて、見つけた。

 

前方。ほむらの進む遥か先に、一際淀んだ魔力を感じた。

そしてその方向に近づく内、止んでいた白球の雨がまた降り始め、同時に調子外れの鐘の音が薄く鼓膜を擽る。

 

 

(最初は、時計塔の魔女か)

 

 

これまでの経験から、すぐに察した。

そして付近で行われる使い魔達の戦いを迂回し、慎重に鐘の音へと接近。

周囲のランプに気配を紛れ込ませつつ、魔女の姿の見える位置に身を潜め、そっと様子を窺った。

 

 

「イィ頑サイィィ張バァ頑ァァァアァァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「っ!?」

 

 

途端、鐘の発する衝撃波が、ほむらの隠れた巨大な機械部品の壁を削り取る。

気取られたかと咄嗟に銃を魔女に向け――しかし、すぐに下ろす。

 

 

(……見つかった訳じゃない。暴走している?)

 

 

荒れ狂う時計塔の魔女は周囲全般に衝撃波を撒き散らしており、ほむらの存在自体には気付いていないようだった。

離れていれば戦闘に発展しないと判断し、ひとまずテレパシーでマミに呼びかけがてら、攻撃の隙を探しておく。

 

 

「……?」

 

 

だがその途中、時計塔の魔女の周囲に妙な現象が起こっている事に気が付いた。

 

魔女が鐘を鳴らす度、その周囲で火花のように炸裂するものがあった。

よくよく目を凝らせば、魔女の付近の空間に走る電流のようなものが見える。

それは小さな輪っかを描き、徐々に大きくなるその内側にはどこか別の風景が覗く。しかしすぐに鐘の衝撃波を浴び、跡形もなく吹き飛ばされる。

 

繰り返されるその光景は奇怪なものではあったが、ほむらは首を傾げるまでも無く何が起きているかを理解した。

 

 

(使い魔が使い魔で争っているように、魔女は魔女でやり合っていたのね)

 

 

偽人の魔女は、結界内の空間に対し自由自在に干渉し、操る技術を持っている。

そして先程から空間に生まれている電流の輪は、それに付随して発生するものだ。

おそらく、偽人の魔女が空間を捻じ曲げ、遠方から時計塔の魔女へと攻撃を仕掛けようとしているのだろうが――鐘の音によって、それが阻まれているのだ。

 

電流の輪が生まれては鐘が鳴り、また生まれては鐘が鳴る。

どちらも諦める様子はなく、結果的に膠着状態に陥っているようだった。

 

 

(……ある意味、こちらに有利ではあるか)

 

 

言い換えれば、魔女が互いに足止めをし合っている状況だ。

これが続く限りは偽人の魔女も動く事は無く、場所の移動や逃亡の心配をする必要も無いだろう。

そうして銃の引き金から指が離れた丁度その時、マミとテレパシーが繋がった。

 

 

(――暁美さん? 返事が遅れてごめんなさい、他の魔力が邪魔で……)

 

(分かってる。それより、こっちで魔女を一体発見したわ)

 

 

前置きの無い報告ではあったが、マミもそれは予想していたのだろう。

大した驚きも見せず、すぐに鋭い声音と変えた。

 

 

(応援は?)

 

(……必要無いわ。というより、動くにはまだ早いみたい)

 

 

魔女同士で膠着状態になっている事と、様子見の案を伝える。

マミは少し考えたものの、すぐに首肯の気配が返った。

 

 

(なら、しばらくそこで監視をお願いしてもいいかしら。状況が変わったらまた知らせてちょうだい)

 

(ええ、元よりそのつもり。もし膠着が解けたら、すぐ討伐にかかるわ)

 

(そうなる前に、もう一体を見つけ出したいところね……)

 

 

もし状況が動いたとすれば、それは偽人の魔女が撤退に準ずる判断をした時だろう。

自身の結界に攻め込まれている以上そうなるとは考え難いが、かの魔女はそれなりに賢く小手先の技術もある。

時計塔の魔女の居る空間そのものを切り捨て、結界を削って逃げる可能性が無いとは言えないのだ。

 

ほむらは魔女へ向ける視線を一層鋭く細めつつ、マミと細かい部分を詰めようとして――。

 

 

(……そういえば、保澄さんには連絡していないの?)

 

 

ぴくり。

マミの問いに眉が跳ねたが、声音に出さず、すまし顔。

 

 

(いえ――巴さんと一緒に呼びかけたつもりなのだけど……この結界の広さだと、届かない距離になっているのかもしれない)

 

(……保澄さんも、空間結合での移動があるものね。じゃあ、私の方からも呼びかけてみるけど……)

 

(そうしてくれると助かるわ。こっちでも気にしておくから)

 

(ええ……)

 

(…………)

 

(……あ、あのね? その、言いづらいかもだけど、保澄さんと何があっ)

 

(伝えるべき事は伝えたから切るわね)

 

(ちょ)

 

 

悪い流れを察し、咄嗟に話を打ち切った。

ツー、ツーと脳裏に流れるビジートーンの幻聴を聞き流しつつ、小さな溜息をひとつ。

 

 

(……流石に、態度があからさまに過ぎたか)

 

 

どうやら、マミは己と雫の間に入った亀裂に勘付いていたらしい。

雫の魔法により、喫茶店での一件から殆ど間を置かずにこの結界まで来たためか、まだ感情の整理が上手く行っていなかったのだ。

 

 

(これ、保澄さんの方にも行きそうね。出来れば、ある程度は誤魔化して欲しいけれど……)

 

 

雫は口の軽い人間ではないが、達者なタイプでもない。

それは先の話し合いでも明らかで、彼女に器用な立ち回りを期待するのは酷というものだろう。

 

ほむらは暫く魔女に動きが無い事を確信すると、壁にコツンと頭を預け。

遠くで鳴り続ける鐘の音を背景として、マミを言い包める方法を考え始めた。

 

 

 

 

 

 

空間を切り繋ぐ時、そこには風が生まれる。

 

切った空間の発する衝撃波か、それとも繋げた場所の気圧差か。

空間結合の魔法を使う度、雫はここではない何処かの空気を感じていた。

 

それはそよ風にも満たない、ささやかなもの。

雫も僅かに揺らされる前髪を気にする事はあれど、それ以上の関心を持つ事柄でも無かったが――今この場において、その風は一種の道標となっていた。

 

 

(――こっちね)

 

 

ふわり。

鼻先を掠める空気の流れを追いかけ、雫はランプの煌めく空を舞う。

 

遥か眼下にはアンテナマークの使い魔がひしめき合っていたが、その姿に気付いた者は居ないようだった。

ただ通り過ぎて行くだけの使い魔の様子を確認すると、雫は一度地上に落下。物陰へと降り立ち、気配を殺したまま走り出す。

 

本当は短距離テレポートを用いたい所ではあったが、それをすれば空気が乱され、風が散る。

もどかしくはあったが、己の足で進むしか無かった。

 

 

(使い魔、違う方角からだけど……)

 

 

雫の向かう方角は、先程のアンテナマークの群れがやって来た方角とは別の方向だ。

このまま進んで良いものか、若干の不安がよぎるが――その瞬間にまた鼻先を風が掠め、雫は振り切るように地を蹴った。

 

 

 

――雫がその風に気付いたのは、マミ達と別れてすぐの事。

魔女の所在を探して使い魔の出所を探っている最中、ふと空気の揺れを感じたのだ。

 

雫にとって馴染み深い、空間を切り貼りする際に生まれる風の感触――。

空間を操る者でなければまず気付けないそれを雫が無視できる筈も無く、使い魔から風へと瞬時にターゲットを切り替えた。

 

使い魔を追う事はマミとほむらにも可能だが、この風は雫にしか追えないだろう。

適材適所。ホンフーによる教育の賜物である。

 

 

(……風の吹いてくる方角、ずっと同じ? 移動してる訳じゃない……のかな)

 

 

そうして風上へと走っている最中、その流れが常に一定の方角を指している事に気が付いた。

雫としては、結界内を魔女がテレポート移動している痕跡と見ていたのだが、どうも一か所に留まっているようにも見受けられる。

 

 

(もしかして、結界のギミック的な何かだったり……?)

 

 

周囲をふよふよと漂う、デフォルメされた電波マークのようなエフェクトを眺めている内、ふと思いつく。

 

例えば、結界内にワープゲートのようなものが設置されているとすれば、稼働の度に同じ場所で風が発生するだろう。

証拠は無いが、可能性は否定できず。雫はもう一度よく集中し、風の感触を確かめようと試みた。

 

 

(――保澄さん? 聞こえる?)

 

(っ、巴さん……?)

 

 

しかし唐突に割り込んできた声に集中が散った。マミからのテレパシーだ。

驚きはしたが、予め取り決めておいた事ではある。すぐに意識を切り替え、物陰に隠れ応答する。

 

 

(どうしたの、魔女を見つけた?)

 

(暁美さんの方でね。それと、状況について分かった事があるのだけど――)

 

 

そうして伝え聞いた話によれば、使い魔達とは別に魔女の方でも小競り合いが行われているとの事だった。

加えて、魔女達は遠方から空間を跨いでの攻防をしており、膠着状態に陥っているらしい。

雫はそっと、風の吹く先を見た。

 

 

(……なるほど。じゃあ、この風は魔女からで間違いないか)

 

(風……? 保澄さんの方でも何か見つけたの?)

 

(うん、近くで何かが空間に干渉してるみたい。たぶん、もう片方の魔女だと思う)

 

 

おそらく、ほむらの発見した魔女の居る場所へ干渉している余波なのだろう。

風向きに変化がみられない事も腑に落ち、雫の内より迷いが消えた。あちこちに彷徨いがちであった視線が、しっかりと前を向く。

 

 

(ほむらさんは、もう戦ってるの? 応援は?)

 

(様子見してもらっているわ。助けもいらないみたい)

 

(……私の方で魔女を見つけたら、同時に戦闘開始かな)

 

(そうなるでしょうね。私は――保澄さんの所に行った方が良いかしら)

 

 

ほむらとマミの現在位置を個々に補足し、それからマミを送り届ける。

マミの位置だけを補足し、この場に直接招く。

手間が少ないのは当然ながら後者である。

 

いつ魔女達の膠着状態が解けるか分からない以上、手早く動くに越した事は無い。

ほむらが一人で戦う事となってしまうが、ここは彼女の力を信じる事にした。

 

 

(分かった。とりあえず私はこのまま魔女の所へ向かうけど……風を散らしたくないから、巴さんを移動させるのは見つけた後になると思う。いい?)

 

(その辺りの事は保澄さんにお任せします。いつ飛ばされても良いよう、準備しておくわね)

 

(よろしく)

 

 

マミの言葉に頷き、雫は物陰を飛び出し再び風の下へと走り出す。

その足取りは先程よりも早く、まっすぐに。そうして徐々に風の感触が強まり始める中、テレパシーを繋いだままのマミがぽつりと零した。

 

 

(……暁美さんには、私から伝えておく?)

 

(……、……そうして貰えると、助かる。かな)

 

 

テレパシーで感情を取り繕えるような器用さは、雫には無かった。

マミも何と言えばいいのか迷っているのだろう。気まずげな空気で押し黙る気配に、雫は小さく溜息を一つ。足を止めないまま、言葉を選び始めた。

 

 

(……そんなに心配しないで。別に、喧嘩してるとかじゃないから)

 

(ええと……じゃあ、何で?)

 

(強いて言えば、警戒。私がジャジメントと関わりあるのに、不安があるみたい)

 

 

嘘では無いためか、するりと言葉が出た。

ジャジメントについての知識が無いマミは困惑した様子だったが、彼女は彼女でキュゥべえの件についてだと思ったようだ。

 

 

(……キュゥべえが近付けないのが気になるって事? 私も確かに変だとは思うけれど、それにしたって――)

 

 

言いかけ、マミの脳裏に以前ほむらと行った話し合いの際に見た執念の瞳がよぎる。

あの様子を思い出せば、決戦を前に理屈の分からない事象に対し敏感になってもおかしく無いように思えてしまう。何を言えばいいのかを迷い、そのまま沈黙が降りた。

 

 

(……仲直りは、出来ないの?)

 

 

やがて、マミがぽつりと問いかける。

 

 

(よかったら、私が間に入るから。だから、その……)

 

(……私も、もう少し話し合おうとは思ってるよ。でも、たぶん駄目かも)

 

(駄目、って……)

 

(いきなりジャジメントをやめるって訳にもいかないし――ほむらさんとは、暫く距離を置いた方が良いかなって)

 

(っ)

 

 

それはつまり見滝原への来訪を止め、マミからも離れるという事。

 

マミは咄嗟に引き留めの言葉を放とうとしたものの――今この流れにおいてのそれは、ワルプルギスの夜との戦いへの誘い文句となってしまう気がして、留まり。

そんなマミを見透かしたように、雫は先んじて言葉を重ねる。

 

 

(詳しくは話せないけど、他にもほむらさんが危険視するに足る理由があるの。私自身それには納得してるし、仕方ない事だから)

 

(そんな……)

 

(……前、巴さんはワルプルギスの夜との戦いについて私に判断を任せてくれたけど、これもその内だと考えて欲しい。私は、ほむらさんの警戒は正しいって判断した)

 

(…………)

 

 

そう言われてしまえば、マミに挟める口は無く。

喉元まで来ていた言葉を呑み込み、きつく目を閉じた。そして大きな溜息を吐き、頭を冷やす。

 

 

(……分かったわ。本当はもっと詳しく聞かせて欲しいところだけど、今はそうしない。でも、後でちゃんと話して貰いますからね)

 

(ありがとう……あと、ごめんね。ワルプルギスの夜、直接手伝うの難しくなるかもしれない)

 

(気にしないで。元々、無関係の保澄さんを巻き込むっていうのがおかしかったんだから――、……)

 

 

と、そこまで言った時、マミの中ですとんと落ちるものがあった。

 

そう、確かにこのまま彼女が見滝原から離れれば、ワルプルギスの夜との戦いに巻き込まず済むのだ。

もしかすると――ほむらは雫の事を想い、敢えて遠ざけようとしているのでは……?

 

 

(…………)

 

 

一見冷静で厳しいように見えるほむらだが、その実とても友人想いの少女である。

それはまどかや仁美への態度を見ていれば明らかであり、同じように雫を慮っている可能性は十分にあった。

対応が少しばかり不器用が過ぎる気もするが、それが逆に彼女らしさを掻き立てる。

 

 

(……巴さん?)

 

(あ、いえ、何でもないの。……本人の居ない所で伝えるのもアレよね、こういうのって)

 

(?)

 

 

いや、一度気付いてしまえばむしろそうとしか思えず。

半ば願望ではあったが、マミの中では自然とそういう事となり、幾分しやすくなった息を吐く。

 

 

(……そうね。保澄さん、さっきの言い方だと私達と一緒に戦うつもりでいてくれたのでしょう? その気持ちだけで、とっても嬉しいわ)

 

(…………うん)

 

 

励まそうとしてかけた言葉に、何故か雫は後ろめたさのようなものを滲ませた。

 

 

(……えっと、本当よ? イヤミとかそういうのじゃ無くて、)

 

(うん、分かってる。ただ――私は純粋に巴さん達の事だけを想って、みたいな感じじゃなかったから。嬉しいって言われるのも、なんか……)

 

 

無意識に、雫の走る速度が鈍くなる。

ほむらとの探り合いで疲れていた事もあったのだろう。適当な誤魔化しもしないまま、雫は気付けばぽつぽつとその胸の内を零していた。

 

 

(……私、今友達と喧嘩してるの。魔法少女のチーム組んでた、神浜の子)

 

(え……)

 

(よく見滝原に来てたのは、巴さん達に会いたいっていうのの他に、それがあったから。その子に会いたくなくて、神浜から逃げてた)

 

 

でも、と。小さな呟きがマミのソウルジェムを揺らす。

 

 

(最近色々あって、心がぐらついた。そろそろ向き合った方が良いかもしれないって思って……でも、その勇気が私には無い。だから、勇気を出したかった)

 

(それが……ワルプルギスの夜に立ち向かおうとした理由?)

 

(そう。伝説の大魔女と戦う事に比べたら、友達と向き合う事なんて簡単だ――そんな、馬鹿みたいなゲン担ぎ)

 

 

言葉にすると余計に不誠実さが強まる気がして、羞恥が湧いた。

 

こんな事を考えられるのは、イザとなれば魔法で逃げられるという甘えが頭の片隅にあるからだ。

結局あやかどころか、ワルプルギスの夜にもきちんと向き合えていない。ただ、逃げる方向が変わっただけ。

雫はそう自嘲し、黙り込む。

 

そうして、最早幾度目かも分からない沈黙が流れ――。

 

 

(保澄さんの気持ち、私にも分かるわ)

 

 

……だが、やがて響いたマミの声は、雫の予想と違って柔らかな物だった。

 

 

(……どうして?)

 

(私にも、喧嘩別れみたいになってしまったお友達が居るの。前に保澄さんに話した、風見野に居る子の事)

 

 

かつてマミとチームを組んでいた魔法少女である、佐倉杏子。

彼女との訣別は未だマミの心に大きなしこりを残しており、雫の境遇と共感するものがあった。

 

 

(あの時は彼女も大変な状況で、ああなってしまうのも仕方ないと思ったけれど……もう少し寄り添えたのかもしれないって、後から何度も思ったわ)

 

(連絡とかもしてないの?)

 

(ええ、たまに風の噂を聞くだけ。顔も一年以上見てないかしらね)

 

 

今のマミが風見野に行けば、互いに一魔法少女としての対応から始まるだろう。

二人の関係は最早、気の置けないものでは無くなっているのだ。

 

 

(だから、勇気が欲しいっていう気持ちも分かるし、悪い事だとも思っていないわ。むしろ……)

 

 

マミはそこで一度言葉を切ると立ち止まり、少しだけ目を伏せて。

しかしすぐに決心したように顔を上げ、止まっていた足を前に出す。

 

 

(……そうね、私も保澄さんに倣ってみようかしら)

 

(えっ?)

 

(ワルプルギスの夜を倒したら、佐倉さんに会いに行くの)

 

 

伝説の大魔女と戦う事と比べたら、簡単だものね――。

茶目っ気混じりに放たれたその言葉に、雫はぱちくりと瞬いた。

 

 

(保澄さんの分も頑張って来るから――その時こそ、一緒に戦いましょう。お互い、勇気を出して)

 

(巴さん……)

 

 

じわりと、雫の胸がほのかな熱を持つ。

未だ己を苛むものは消えていない。しかし引き結んでいた唇が緩み、詰まっていた息が微かに漏れた。

 

 

「やっぱり、駄目だ」

 

 

このままではいけない。

流れに任せ、ほむらの警戒を仕方ないと受け入れ、ただ引き下がるだけでは何も変わらない。

向かい合う勇気が欲しいというのなら、ここで逃げるべきではないのだ――。

 

雫は小さく拳を握り締め、俯きがちだった顔を上げ。

そして今度こそ揺らがない勇気をもって、己の決意をテレパシーへと乗せた。

 

 

「――っ!」

 

 

だがその寸前、一際強い風が吹いた。

 

大きく暴れた前髪にほんの一瞬気を取られるも、すぐに集中。

再び物陰に隠れ周囲の気配を探れば、それほど遠くない場所から大きな魔力反応が一つ。

断続的に吹き付ける風はそこから流れているようで、雫はついに魔女の居場所近くまで辿り着いた事を察した。

 

 

(……何かあった?)

 

 

マミも、そんな雫の様子から気付いたのだろう。

先程までの柔らかい声音はなりを潜め、戦士のものとなっていた。

 

雫はそれに肯定を返しつつ、慎重に歩を進め――やがてその姿を視認した。

 

 

「ロロンロロロロ――」

 

 

それは、無数のプラグコード類で編み上げられた人型であった。偽人の魔女の形貌だ。

 

その周囲には無数の電流が走り、円の形を結んでは弾けるように消えて行く。ほむらの報告にあった、魔女同士の空間干渉の攻防だ。

電流の弾ける破裂音は止む気配を見せず、未だ膠着状態である事が窺えた。

 

 

(……こっちに気付いた気配は無い。巴さん、そろそろ呼ぶけど大丈夫?)

 

(いつでもどうぞ。でも魔女の目の前に放り出すのはよしてね?)

 

 

返って来た冗談に薄く笑い、雫は手近な物陰で空間結合魔法を発動。

ほんの一瞬景色が歪み、次の瞬間にはその場にマスケット銃を構えたマミが立っていた。

 

雫はすぐに魔女の様子を窺ったが、幸い気付かれた気配は無い。もう片方の魔女の相手に相当ムキになっているようだ。

ひとまず安堵の息を吐き出していると、状況把握が済んだらしいマミも雫の視線を追い、偽人の魔女を睨む。

 

 

「あれが……とりあえず、ほむらさんに連絡するけど――」

 

「――大丈夫、私がする」

 

 

決意を秘めた表情で、ほむらにテレパシーを繋ごうとするマミを押し留める。

マミは心配を浮かべた瞳で雫を見たが、止める事は無かった。

 

少し集中すれば、生まれては消えを繰り返す電流の向こう側に、ほむらの魔力反応が感じられた。

雫は僅かな躊躇いの後、ほむらに向かって呼びかけた。

 

 

(……ほむらさん)

 

(――魔女を見つけたのね)

 

 

ほむらの側も、雫の魔力を見つけていたのだろう。

突然の呼びかけにも淀みなく返され、逆に話しかけた雫の言葉が詰まる。

 

 

(……うん)

 

(なら、そろそろ動くわ。応援はいらない。そっちはそっちで逃がさないようにだけ――)

 

(――終わったら、さっきの続き、話そう)

 

 

ほむらに長々と話をする気が無いと雫はすぐに察し、テレパシーを切られる前に告げておく。

 

 

(今度はちゃんと話すよ。言えない事は言わないけど……お互い、納得するまでは付き合う)

 

(……納得、ね。あなたの方も、していなかったの?)

 

(うん。今のままだと、逃げになってしまうから)

 

(…………)

 

 

ほんの数秒、無言の時が流れた。

しかしほむらは雫の言葉には返す事は無く、やがて「タイミングは任せる」とだけ呟き、テレパシーを打ち切った。

 

否定も肯定も素っ気すらも無かったが、拒絶も無かった。

雫はひとまずはそれで良いと気を切り替えつつ、両手にチャクラムを握りマミに目だけを向けた。

 

 

「向こうはやっぱり一人で良いって。私達も行こう」

 

「……仲直りはしたの?」

 

「全部終わったら、頑張る」

 

 

その言葉にマミは安堵と不安の入り混じる何とも言えない表情となったが、すぐに引っ込め戦闘態勢。

雫がチャクラムを宙へ放るのに合わせ、周囲に生成したマスケットの銃口をその輪の中へと一斉に向け、

 

 

「――今っ!」

 

 

そこに偽人の魔女の姿が映し出された瞬間、無数の銃声が轟いた。

 

 

 




『巴マミ』
知らん内に友達二人がギスっててハラハラしている。
自分が口を挟める問題でない事も察していたが、二人の仲を取り持とうと頑張っているようだ。
使い魔をかっ飛ばすマスケット打法の使い手。なお打球を故意に投手へ直撃させ再起不能に追い込んだ疑惑があるため、球界からの追放も検討されている。


『保澄雫』
つい最近やっとこさドッペル解放&☆5覚醒が行われ、ホズミストは天に導かれた。
マミに相談に乗って貰い、やる気が2くらい上がったようだ。マギレコキャラの中でも特に悩みまくる子なのだが、そこが良いのだ。
オリジナル変化球・空間結合ボールの使い手。なおそれによるデッドボールが非常に多く故意を疑われており、球界からの追放も検討されている。


『暁美ほむら』
現在雫に対するアタリがキツキツモード。
これまでの周回で魔女VS魔女は幾度か経験があるが、時計塔VS偽人のカードは初めてのようだ。結界の特性の事もあり、少し慎重になっている様子。
時間停止を用いたTIMEストップ走塁法の使い手。なお時間停止中にボールがフィールド隅に移動する事態が多発したためイカサマを疑われており、球界からの追放も検討されている。


『時計塔の使い魔』
かつて好きな人と一緒に居たかった魔女。
愛する使い魔を偽人の魔女に害されブチギレ。その結界にまで攻め入っているようだ。
マミ達が倒した使い魔も偽人の手によるものだと思い込み、更に怒り狂っている。


『偽人の使い魔』
かつて本物になりたかった魔女。
結界の侵入者を排除したら何故か魔女に喧嘩を売られた。
追い出そうと奮闘していたら更に魔法少女まで現れて、結構いっぱいいっぱい。
面倒な時計塔の魔女が居なくなったら、すぐに逃げだすつもりのようだ。


『ティロ・フォリキャンポ』
ホーーーームラーーーーーン!!!(死)



覚醒おめでとう雫ちゃん! やったぜ!
遅くなってごめんね。長くなっちゃったので分割、近い内にもう一話投稿します。
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