超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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18´話 あなたって、物事を凄く正確に覚えているのよ

死角より飛来するその銃弾に、偽人の魔女は反応する事が出来なかった。

 

 

「ッ、ロ、ッ――!?!?」

 

 

人型を作るコードの一部が弾け、その切れ端が宙を薙ぐ。

偽人の魔女は何が起きたのかも分からず、ただ呆け――再びその身に炸裂した銃弾に、自身が襲撃されている事を理解した。

 

 

「ンロッ――」

 

 

魔女は時計塔の魔女への干渉を一時中断し、プラグコードの翼を広げその場から離脱。

未だ続く銃撃から逃れながらその方向を見たものの、そこに襲撃者の姿は無い。

何も無い筈の空間から銃弾だけが生まれ、偽人の魔女を狙い続けているのだ。

 

それが空間結合を用いた攻撃だとはすぐに分かった。空間に干渉する魔法は、魔女の十八番でもあるのだから。

 

いつの間にやら魔法少女にでも侵入されていたらしい。

ただでさえ魔女の襲撃を受けているというのに、更に敵が増えた事に苛立ちが増し、コードの一つを地面に強く叩き付けた。

 

するとその場所を中心としてアンテナマークの使い魔が生え、互いに組み合い銃弾を防ぐ盾となる。

すぐさま別方向から銃撃が襲い来るも、使い魔達は主を守るべくまた新たな盾を組み、身代わりとなって散ってゆく。

 

その間にも使い魔は次々と数を増やし、やがては周囲一帯の地面を覆いつくす程に広がり――それがとある物陰の下まで至った時、そこから二つの人影が飛び出した。

 

今まさに偽人の魔女への銃撃を行っていた、マミと雫の姿だ。

 

 

「ごめんなさい、跳べる適当な場所が見つからなかった……!」

 

「これだけ使い魔が溢れていればしょうがないわ。それよりもっ!」

 

 

会話の途中に襲撃して来た使い魔を蹴り飛ばし、未だ彼らの手が及ばぬ場所にまで退避。

そうして背中合わせに立ち、尚も諦めず押し寄せる使い魔達を迎撃する。

 

 

「一匹一匹は脆いけど、数が異常ね……!」

 

「軍隊というより津波みたい。こうなったら、直接魔女の近くに――、っ!?」

 

 

雫が偽人の魔女の付近に空間を切り繋ごうとした瞬間、周囲に激しい電流が走り、空間結合魔法が弾かれた。

 

呆然。反射的に偽人の魔女を見れば、身体を構成するプラグコードの幾本かを、周囲の空間に溶かすように潜り込ませていた。

付近の空間干渉に対し、何らかの妨害をしているのだ。

 

 

(普通の魔女より知恵が回る……)

 

 

雫は渋面を作ると、代わりに数メートル先の空間を一部ループ状に切り繋ぎ、使い魔達がこちらに辿り着けないよう小細工を敷いておく。

 

 

「……魔女の方も警戒してる。一気に近寄るのは難しそう」

 

「厄介ね……ならっ――!」

 

 

マミはそう言うや否や目の前に大砲を作り出し、魔女へと向ける。

そしてそれを見た雫が砲口前方の空間を正常に戻した瞬間、撃鉄が落ちた。

 

叩かれた撃針が大量の火花を撒き散らし、轟音と共に巨大な魔力弾が空を裂く。

射線上の使い魔達を粉微塵に砕きながら魔女へと向かうが、直撃する寸前に電流の輪が走った。

 

 

「なっ!?」

 

 

魔力弾は勢いそのままに電流へ飛び込み――次の瞬間には雫達の背後から現れ、炸裂。大きな爆風を巻き起こす。

マミの攻撃を、そっくりそのまま返したのだ。

 

 

「――危ない……!」

 

 

しかしその時には既に雫が空間結合魔法を発動しており、マミと共に遠く離れた空中へと退避していた。

 

リボンで壁を編みかけていたマミは突然の場面転換に驚いたものの、すぐに状況を把握し、解いたリボンをそのまま基盤の空へと結びつけ、ぶら下がる。

足裏の空間を地面と繋げた雫もその横に立ち、揃って冷や汗を拭った。

 

 

「ありがとう、流石に今のはヒヤッとしたわ」

 

「私と同じような戦い方が出来るみたい。真正面からの撃ち合いは、っ!?」

 

 

突然マミのリボンが雫の身体を絡め取り、引き寄せた。

すると先程まで雫の立っていた場所を電波マークが通り過ぎ、すぐに反転。明らかな害意をもって雫達へと飛来する。

 

 

「あれ、結界の背景とかじゃなかったの……!?」

 

「……可愛らしい見た目だけど、嫌な感じがするわね。移動は任せていい?」

 

「分かった……!」

 

 

リボンによって繋がれたままのマミを引き連れ、雫は空を駆けた。

 

しかし眼下で蠢く使い魔より放たれる電波マークは次々とその数を増やし、四方八方より二人へと迫る。

それは偽人の魔女から遠ざけるような動きを見せ、空間結合魔法の妨害もあり、中々魔女へ近づく事が出来ない。

リボンに揺られるマミもマスケット銃で迎撃を行っているものの、一向に減る様子の無い電波マークに焦れた表情を浮かばせた。

 

 

「このままじゃ消耗するだけね。なんとか使い魔を減らしたいけど……」

 

「巴さんの銃で絨毯爆撃とか出来ない?」

 

「……出来はするけど、この規模全部をカバーするのは難しいわね」

 

 

マミのリボンでは機関銃などの複雑な機構は再現できず、作る銃の殆どは比較的単純な単発式の物に限られる。

連射するにもとにかく数が必要であり、それにも当然魔力を消費する。爆撃可能な範囲も無制限とはいかないのだ。

 

一方で雫も広範囲を殲滅できる術は持っていない。

戦闘スタイルも必殺の魔法(マギア)も、どちらかと言えば対少数向き。このような大群を相手にする想定はしていなかった。

 

 

(どうする。何か突破口は――)

 

 

いっそほむらの合流を待つべきかとも思った時、ふと眼下にある大きなクレーターが目に付いた。先程マミが放ち、そして返された一撃によるものだ。

 

電波マークを避け続けている内に戻ってきてしまったらしい。ぐるぐると同じ場所を回っている現状に、雫の焦りがさらに高まり――はた、と一つの案が浮かんだ。

 

 

(……出来るかな)

 

 

雫の目に少しの不安が浮かび、しかし首を振って打ち消して。

一度立ち止まると、リボンの先で迎撃を続けているマミに呼びかける。

 

 

「巴さん、さっきの砲撃みたいなの、まだ撃てる?」

 

「……あれと同じ威力なら一度に四発、それより上げるなら間をおいて二発ね。グリーフシードを使わせて貰えれば、少し無理も出来る」

 

「なら、四発の方をお願い。狙いはどこでも。あと、たぶん回避に意識割けなくなると思う。平気?」

 

「え? ……いえ、分かったわ。全部任せてちょうだい」

 

 

疑問はあれど、迷いはなく。マミは深く聞かずに頷くと、周囲に四つの大砲を作り出す。

そして撃鉄に魔力を回し、雫に信頼を込めた瞳を向ける。

 

 

「――今っ!」

 

 

轟音。雫の号令に合わせ、四つの魔力弾が音速にも迫る速度で射出される。

標的も無いまま放たれたそれらは、ただ前方へと飛翔し――突然、跡形もなく消滅した。

 

 

「え……えっ!?」

 

 

思わず驚くマミだったが、直後地上から騒音が轟いた。

咄嗟に眼下へ視線を向ければ、そこには地面と水平に飛翔し、方々で蠢く使い魔の群れを蹴散らす魔力弾が四つ。

それらは確かに先程マミが放ったもので、雫が空間結合魔法で地上へと送ったのだとすぐに察した。

 

 

「保澄さん、これは……」

 

「ごめん、少し集中させて……!」

 

 

雫の足元から紫の魔力が渦を巻き、空間へと溶ける。

すると地上を奔る魔力弾が再び掻き消え、別の場所に出現。その射線上の使い魔達を吹き飛ばし、また移動。

 

投擲した二つのチャクラムを空間結合魔法で乱舞させる雫の必殺の魔法(マギア)、ミリアドゥ・メーゼ。その応用だ。

 

それはまるで、黒いキャンパスに幾つもの白線を引いているかのように。

魔力弾は雫に導かれるまま、瞬く間に使い魔達を間引いて行った。

 

 

「く、うぅっ……!」

 

 

……しかし、その制御はチャクラムと比べて遥かに難しいものだった。

数は四つに増え、速度も音速に近い。そんなものを同時に管理し続けるには酷く集中力が要り、一切の余裕はなかった。

 

 

(弾数、もうちょっと減らしてもらうべきだった……っ!!)

 

 

そんな後悔はさておき。

ともすれば魔力弾同士を衝突させてしまいそうになりながらも、雫は必死に魔法を繰り続け――。

 

 

「――っ!」

 

 

突然、全ての魔力弾が雫の手から離れたかと思えば、空に出現。雫に直撃する軌道を描く。

偽人の魔女の妨害だ。

 

 

「知ってる……!」

 

 

既に一度見た術であり、反応は出来た。

雫は瞬時に魔力弾を地上に戻し、使い魔の殲滅を再開させる――が、魔女も諦め悪く、すぐにまた空へ送り返される。

 

当然雫も再び空間を切り繋ぎ、魔女も負けじと電流を走らせ、その繰り返し。

魔力弾をボールとした、音速のキャッチボールが始まった。

 

 

「――巴さんッ!!」

 

「っ! ええ!」

 

 

先の魔女同士で発生していた膠着状態。結果的にそれと同じ状況を作った雫は、瞬時にマミを空間結合に巻き込んだ。

突然空中に放り出されたマミはすぐに体勢を整え着地、付近を通る魔力弾を横目に地を蹴った。

 

 

(今なら……!)

 

 

四つの魔力弾に掃かれた地上は見通しがよく、使い魔の数も格段に減っていた。

攻撃が完全に止んだ訳では無かったものの、殆どは空中の雫が引き付けている。マミはその隙に魔女の死角にまで移動し、編み上げた大砲台に魔力の充填を開始する。

 

 

「ロロマロ――ッ、ッ!?」

 

 

偽人の魔女もその気配に気付き、マミに意識を向けるが、次の瞬間頭部に魔力弾の直撃を受け、大きく身体を揺らがせる。

一瞬の隙を突き、雫が魔力弾の内の一つを魔女へと送ったのだ。

 

そして、その間に砲口から魔力の光が溢れ出し――。

 

 

「――ティロ・フィナーレ!」

 

 

――轟音。

大量の火花と共に、必殺の魔法(マギア)が放たれた。

先程の四つの魔力弾とは比べ物にならない程の力を宿した光弾が、耐え切れずひしゃげた砲口を後に空を裂く。

 

それを見た偽人の魔女は揺らぐ身体を立て直しつつ、その軌道上に電流の輪を作り――今度は背後から二発の魔力弾を受け、集中が散らされた。

描いた輪が大きく歪み、光弾はそれを掠めて通過。気付けば、魔女の胸元にまで迫っていた。

 

 

「マ、ンロ、ッ――!?」

 

 

最後の抵抗として使い魔で盾を組み上げるも、雫の誘導する最後の魔力弾により破壊され、最早何者に遮られる事も無い。

 

――偽人の魔女の身体に、マミの必殺の魔法(マギア)が炸裂。大きな爆風を噴き上げた。

 

 

「…………」

 

 

遠方にも伝わる衝撃波に煽られる最中、マミの瞳が鋭く細まる。

 

手応えはあったが、しかし――。

濁ったソウルジェムを浄化しつつ、マミは未だ収まらぬ爆炎の残滓を睨み続け、

 

 

「っ、まだ!?」

 

 

唐突に、立ち込める煙幕から飛び出す影があった。

 

それはこれまで何度も見た、アンテナマークの使い魔の一匹。

慌てた様子で逃げ去るその手には、赤いリボンの付いた携帯電話が握られており――それが魔女の核であるのだと直感する。

 

 

(身体全部を捨てて心臓部だけを守ったの!?)

 

 

マミは咄嗟に銃撃するも、直後に発生した電流の輪の中に吸い込まれていった。

どうやらあのような姿になっても能力は消えていないらしく、マミはすぐにカウンターを警戒。周囲に意識を走らせる。

 

……しかし周辺に弾が現れる様子は無い。

嫌な予感がして視線を戻せば、電流の輪の中へと潜り込もうとしている使い魔の姿が見えた。

その光景の意味するところなど、一つしか無い。

 

 

(まずい、逃げちゃう――!)

 

 

焦り、全力疾走しながら銃撃を放つも、届かない。

ここまで追い詰め、逃がすのか。マミの胸裏に、小さくない憤りと悔しさが滲んだ。

 

――その時。

 

 

「――やあああああっ!!」

 

 

突然使い魔の背後の空間が揺らめき、そこから現れた雫がチャクラムを振り下ろす。

 

その完全な不意打ちに使い魔も反応し切れず、頭の三角ランプを叩き割られ絶命する。

そして、返す刃が投げ出された携帯電話へと向かい――切り裂く寸前、至近距離から電波マークが放たれ、直撃。

感電するエフェクトと共に弾かれ、宙を舞った。

 

 

「あ――ぐ……!」

 

 

雫の全身に甘い痺れが走り、精神が掻き乱される。

どうやら軽い洗脳効果もあるらしく、思考にノイズが走り働かない。

 

しかし雫は歯を食いしばり、何処に繋がるかも分からぬ輪へと落ち行く携帯電話へ手を伸ばす。指先が掠めたものの、届かない。

されど諦めず、そのまま電流の輪の縁に触れ魔力を流した。

 

絶対に逃がさないと。仕留めるのだと。

輪の繋がる先を強引に書き換え、己の望む場所へと切り繋ぎ。

 

 

(――あと、任せ、た)

 

 

近くの、そして遠くの仲間にそう残し。

誰かが地面を蹴る音を聞きながら、雫は地面を転がった。

 

 

 

 

 

 

――あと、任せた。

 

暁美ほむらにそのテレパシーが届いたのは、時計塔の魔女にトドメを刺す寸前。

転がっている魔女の頭部たる鐘を踏みつけ、レーザー銃で撃ち抜こうとした時の事だった。

 

 

(っ……保澄さん? 何が――)

 

 

かつて美樹さやかが放ったものと同じ言葉。

ほむらは動揺を隠せないまま、そのテレパシーに応え――同時に新たな魔力反応の出現を感じ、頭上を見上げる。

 

 

「あれは……」

 

 

するとそこにはいつの間にやら電流の輪が開かれており、中から落ちる影が一つ。

目を凝らせば、どうやらリボンを付けた携帯電話のようだった。

ほむらは一瞬眉を顰めたものの、すぐにその正体を思い出し、大きく目を見開いた。

 

 

(偽人の魔女!?)

 

 

あれは文字通り、偽人の魔女の心臓だ。

単体で行動する事がある筈も無く、だからこそ意味が分からず思考に空白が生まれ、動きが止まる。

 

 

「――頑サ、張ィバ……ッ!!」

 

「! くっ!」

 

 

そしてその一瞬を見逃さず、ほむらに踏みつけられる魔女の鐘が鳴った。

調子外れの音色と共に発生する衝撃波がほむらを襲い、吹き飛ばす。

 

とはいえ、所詮は苦し紛れ。すぐに体勢を立て直したほむらにより鐘が撃ち抜かれ、時計塔の魔女は呆気なく絶命した。

 

 

(携帯電話は……!)

 

 

着地し先程の場所を見るも、目立つのは未だ残る電流の輪だけ。偽人の魔女の核は、忽然と姿を消していた。

 

衝撃波で何処かへと吹き飛ばされたのだろう。

ほむらは懸命に周囲を見回したが、並ぶランプの魔力反応に紛れ見つける事ができず。

 

――直後、膨れ上がる魔力の気配を背後に感じた。

 

 

「な――」

 

 

咄嗟に振り向けば、少し離れた場所に佇む壊れた巨塔が目に映る。

今しがた討伐したばかりの、時計塔の魔女の身体部分だ。

 

ほむらの手により頂上に飾られていた核である鐘を失い、人間でいえば首無し死体に等しい状態となっている巨塔の死骸。

それは未だ崩れる事無くそこに在り――突如、その外壁の隙間から幾本もの黒い触手が飛び出した。

 

否、それは触手では無く、コードプラグのようだった。

ぐるぐると巨塔を覆うように巻き付くそれは、明らかに偽人の魔女の特徴だ。

 

 

(……偽人の魔女、絶対あの中に落ちたわよね……?)

 

 

身体を失った魔女が、核を失った別の魔女の身体に寄生している――。

信じがたくはあったが、そうとしか考えられない光景だ。

 

偽人の魔女と時計塔の魔女とはこれまで何度も戦ったが、流石にこれは初めて遭遇する出来事である。

驚きと困惑が入り混じるまま、ほむらは暫しそのまま立ちすくみ。

 

 

「――これは、どういう状況かしら?」

 

「!」

 

 

突然、付近に人影が降り立った。

見ればそこには巴マミの姿があり、ほむらと似た表情を目前の塔へと向けている。

 

 

「あなた、いつの間に……?」

 

「あの電流の輪っかから。向こうで戦っていた魔女を逃がさないよう、保澄さんが頑張ってくれたみたい」

 

「……ああ、なるほど」

 

 

ほむらはマミの示すまま空の電流の輪を眺め、おおよその経緯を察した。

 

偽人の魔女は、広大な結界と使い魔の大群を用いた戦い方を特徴とするが、結界内の空間操作にも長けている。

マミ達は偽人の魔女をあと一歩まで追い詰めたものの、空間を操作され逃がしかけ、雫が空間結合を用いてそれを防いだのだろう。

 

……おそらく切羽詰まった状況の中、逃げようとする魔女を送る場所にほむらの下を選んだ。

その意味に、ほむらは気付かない振りをした。

 

 

「……それで、当の保澄さんは?」

 

「少しダウンしているわ。怪我はあまり無いけど、上手く動けないみたいだから――早く倒さないとね」

 

 

後、任されちゃったもの。

そう言ってマスケット銃を握るマミの確固たる視線に、ほむらは小さく目を伏せる。

しかしそれも一瞬。顔を上げ、コード塗れの塔へと向き直った。

 

 

「あなた達の逃がした魔女の核、それが私の倒した魔女の死骸に寄生したようね。おそらく、自分の身体を再生させているのだと思うけど……」

 

「なら、完全復活される前に片を付けちゃいましょう……と言いたい所だけど、電流の輪が怖いわ。攻撃をこっちに返されちゃうから、さっきも苦労したの」

 

「……その辺りはどうにでもなるわ」

 

 

ほむらはマミに互いの身体をリボンで繋ぐように頼むと、徐に盾の機構を作動させた。

途端世界の時が止まり、色素が抜ける。ほむらと繋がれている事でその影響外に置かれたマミは、動きを止めた世界に驚きの声を上げた。

 

 

「これがウワサの時間停止……聞いてはいたけど、本当に世界全部なのね」

 

「今なら変な小細工もされない。二度と逃さないよう、ありったけを叩き込みましょう」

 

「え、ええ、そうね」

 

 

そう言って大型のレーザー銃を取り出し始めたほむらに続き、マミも再びの必殺の魔法(マギア)を準備する。

 

ほむらの言う通り、今度こそ仕留め切るのだ。

そのような決意を込めて、砲身に魔力を注ぎ込み――ちらりと、ほむらに視線を向けた。

 

 

「……暁美さんは、さっきの保澄さんのテレパシー、聞こえた?」

 

「…………」

 

 

無言。

しかしマミは気にせず、言葉を続ける。

 

 

「私は、暁美さんが保澄さんの何を警戒しているのか分からないけれど……彼女の方は、あなたの事を信じているみたいね」

 

「罪悪感による錯覚よ。私と保澄さんは、あなたが思うほど近くに居ない」

 

「でも、コーヒーを淹れて貰う約束はしてるじゃない」

 

「……聞こえていたの、あれ」

 

 

以前マミの部屋の前で雫と交わした、取り留めのない雑談。それは部屋の奥まで響いていたらしい。

呆れと気まずさ混じりにほむらが顔を背ければ、マミは何故か神妙な顔をした。

 

 

「……この魔女を倒したら、保澄さんとまた話すのよね? その時は、彼女とちゃんと向き合ってあげて。暁美さんの気持ちも何となく分かるけど、お互いすれ違ったままは悲しいもの……」

 

「……?」

 

 

何かを誤解されている気配がした。

 

この様子では、雫はジャジメントの裏については誤魔化し切ったのだろうが……一体どんな説明をしたのやら。

気にはなったが、今は掘り下げる気にもなれず。

 

 

(……納得するまで付き合う、だったか)

 

 

魔女と戦う直前、雫からかけられた言葉を思い出す。

 

ジャジメントとの関わりが確かであると分かった以上、今更納得も何も無い。

……だが、彼女の弁明を最後まで聞いていない事もまた確か。決定的な言葉は、まだ吐かれていないのだ。

ほむらは暫く眉間にシワを寄せ……やがて渋々と溜息を吐く

 

 

「……分かったわ。ワルプルギスの夜との戦いに、彼女の力が欲しいのは事実だもの。きちんと最後まで話して、その内容次第では、まだ――……」

 

「! そう……!」

 

 

明言はしない。

しかしマミにとってはそれでも十分だったようで、ほっと安堵の笑みを浮かべた。

そして一息に大砲への魔力充填を終わらせると、その撃鉄に意気揚々と足を乗せる。

 

 

「私の方は準備完了よ。いつでも撃てるわ」

 

「じゃあ中心を狙って。それを追ってレーザーを置くから――」

 

「――あっ、そうそう。せっかくのコンビネーションだもの、ちゃんと掛け声も必要よね。大丈夫、こんな事もあろうかと考えてはいたの」

 

「…………」

 

 

突然の提案であったが、ほむらに驚きは無かった。

マミがこういった部分にこだわりを持っている事は、嫌と言うほど知っている。

故に何も言う事は無く、豊かな胸を張るマミの薫陶を疲れた顔で受け入れて。

 

 

――ティロ・エスプロジオーネ!!(……てぃろ・えすぷろじおーね)

 

 

マミの必殺の魔法(マギア)を中心として、無数のレーザーが軌跡を描く。

灰色の世界を切り裂くそれらは、たった一つの逸れも無くプラグコードの塔へと向かい、その直前で停止。二度三度と繰り返されるそれはやがて光の檻となり、その巨躯を余す事無く囲い込む。

 

そしてカシャンと音が鳴り、世界に色が舞い戻り――動き出した光全てが塔に収束。

 

偽人の魔女の悪足掻きは、何一つ報われる事は無く。

寄生する時計塔の魔女の死骸ごと、激しい爆光の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

歪な世界がぐらりと揺らぎ、霞のように薄れて消える。

物陰に潜み、残ったアンテナマークの使い魔から隠れていた雫は、その光景に魔女の討伐が成された事を悟った。

 

 

(巴さん達、やってくれたんだ……)

 

 

ランプと基盤だらけの景色が、元の街の姿を取り戻す。

途端強めの風が吹き付け、強張っていた身体から力が抜けた。

 

運よく人気の無い細道に出たらしく、周囲に人目は見当たらない。

雫は安堵しつつ手近な壁に背を預け、変身を解除。そのままずるずると座り込み、深い深い息を吐き出した。

 

 

(……まだ、身体がぴりぴりしてる)

 

 

少し身動ぎするだけで、全身に長時間正座を続けたような痺れが走る。

先程受けた電波マークの影響か、思考もどこか散らかり気味だ。まともに動くには、まだ時間が必要なようだった。

 

 

(二人とは、結構離れちゃってるのかな……ケガとか無いと良いけど)

 

 

付近にマミ達の気配は無く、一人きり。

どうやら現実世界に回帰するにあたり、結界内での位置関係が反映されてしまったらしい。

 

テレパシーで呼びかけようにも、痺れた頭では上手くいかず。苛つきを抑えるように、目だけで空を見上げた。

 

 

(……頑張らなくちゃいけないのは、これからなのに)

 

 

雫にとって、魔女討伐は前座に過ぎない。

本命はこれからあるであろう、ほむらとの話の続きだ。

 

その結果どうなるかは分からない。やはり何も変わらないまま、ほむらとの関係は壊れてしまうのかもしれない。

しかし、罪悪感に流されず、きちんと向かい合う事だけは決めている。

 

そう、自身の立場も、ホンフーの事も――そして、『彼女』の件についても。

言えないからと黙り込むのではない。そうだとしても、伝えなければならないものがあるのだと、雫は――。

 

 

「……、……?」

 

 

……彼女の件?

無意識の内に浮かんでいたその顔に、自分でも首を傾げた。

 

 

(なんで……? 別に関係ない……よね?)

 

 

ほむらの危惧は、ジャジメント及びホンフーへの警戒だ。

それらと無関係の彼女について、ほむらに伝えるべき事は何も無い。

 

 

「…………………………………………………………………………」

 

 

……何も、無い? 無かったのか?

本当に、何も――。

 

 

「――ぁ、」

 

 

深く考えた瞬間、頭の奥で痺れが弾けた。

 

 

 

――今から言う事は全て真っ赤な嘘です。

 

 

 

「そ、うだ。あの時」

 

 

 

――そうですね、雫さんはごく普通に墓地へ行った。それで、あなた(・・・)の方は――

 

 

 

「……あ、あぁ……!」

 

 

脳を覆っていた靄が晴れ、そこに一筋の光が差し込む。

それはスポットライトのように、とある一つの記憶を照らし出し――雫の顔が、酷く青褪めたものへと塗り替わった。

 

 

「こ、れ。なんで、今っ……!」

 

 

ああ、ああ。

どうして。何故今このタイミングで思い出す。

忘れていた、否、忘れさせられていた『あの時』の事を。どうして、こんな……!

 

雫は混乱渦巻く頭を抱えようとして、しかし身体の痺れにそれを阻まれ、

 

 

(――そうか、さっきの電波マーク……!)

 

 

気付いた。

先程の魔女との戦いで受けた、電波マークの直撃。

未だ続くこの痺れは己の精神にも及び、思考が鈍りテレパシーすら行えない状態になっている。

 

おそらく、己の記憶が戻ったのは――『解けた』のは、それが原因だ。

精神に対して作用するものならば、彼の洗脳(・・・・)に何らかの効果を及ぼしてもおかしくは無い。

 

 

(違う、今はそんな事より……ッ!)

 

 

壁に背を押し付け、無理矢理にでも立ち上がる。

 

考察は後だ。マミ達の到着を待つなどと悠長な事も言っていられない。

一刻も早くほむらと合流し、伝えなければ。

 

焦燥。雫は身体に走る痺れを堪え、一歩ずつ身体を引きずった。

 

 

(あの人は、居ない振りをしていただけ。本当は、すぐ傍で耳をそばだてていたんだ……!)

 

 

ほむらの警戒は正しくはあった。しかし、ある意味では間違ってもいた。

 

彼女が気を付けるべきは、雫では無かった。

バッドエンドの入り口は、別の場所にこそ開かれていたのだ。

 

 

「早く……早く、伝えに行かなくちゃ――」

 

「――誰に、何を?」

 

 

 

 

――背後からの、声。

雫の鼓動が、一拍止まった。

 

 

 

「……ぁ……」

 

 

息が出来ない。振り向けない。考えられない――何も出来ない。

ただ立ち竦む雫の頭に、そっと大きな掌が乗った。

 

 

「やれやれ。ダメじゃないの、おイタをしては」

 

 

雫の耳元に、冷たい息がかかる。

振り払う為の腕は動かない。立ち向かう為の勇気は、恐怖に濁り澱と沈み。

 

――その言葉は、するりと雫の脳に浸み込んだ。

 

 

「――知ってます? あなたって、物事を凄く正確に覚えているのよ――」

 

 

 

 

・ ・ ・

 

 

・ ・

 

 

 

 

 

 

「――保澄さん!」

 

「!」

 

 

肩を揺すぶられ、雫はゆっくりと瞼を開けた。

 

 

「……巴さん?」

 

「良かった、起きた……! 大丈夫? どこかに怪我を?」

 

 

目の前には、心配そうな表情で端末を握るマミの顔。

雫は彼女に支えられるまま身を起こし、ぼやける頭を軽く振る。

 

 

「えっと……? 私、何が……っていうか、魔女は」

 

「私達の方でケリを付けたわ。結界が解けて、逸れた保澄さんを暁美さんと一緒に捜してたら、こんな所で倒れてるんだもの」

 

 

マミはそう言いつつ雫の身体を検分し、怪我が無いと分かると安堵の息を一つ。

妙に鈍い動きで立ち上がる雫に手を貸した。

 

 

「それで、保澄さんの方はどうしてたの? 大きなケガは無いみたいだけど……」

 

「……何だろう。最後に受けた攻撃で、痺れて……いつの間にか気絶してたのかな」

 

 

電波マークの直撃を受け、痺れる身体を引きずり使い魔から隠れたところまでは覚えている。

しかし意識を失った時の記憶は無い。今だ少しの痺れが残る指先を揉みつつ、マミと揃って首を傾げた。

 

 

「……なんか、モヤモヤして気持ち悪い……」

 

「きっと魔女の魔力の影響が残っているのね。とりあえず落ち着いたところで休みましょう、動ける?」

 

「……うん。歩くくらいは平気、かな」

 

 

いつの間にか、歩行に支障が無い程度には回復していたようだ。

雫は軽く足で地面を叩きながら、大通りへの道先を見て、

 

 

「…………」

 

「あ……」

 

 

――少し離れた場所に、その様子を窺っているほむらの姿があった。

 

彼女の警戒を湛えた瞳が雫を射抜き、雫もまたそれを静かに受け入れる。

傍らのマミがハラハラとした様子で見守る中、その張りつめた時間は続き――。

 

 

「――私、バッドエンドの事は……知ってる」

 

「っ」

 

 

やがて放たれた雫の宣告に、ほむらの手が腰元へと伸びた。

しかし雫は動じず、静かに言葉を重ねる。

 

 

「でもそれは、ジャジメントと関わった時点で嫌でも知る事。あの人、物凄い有名人だから」

 

「……一方的に知っているだけと?」

 

「うん。顔合わせとか、そういうのも…………なかった」

 

 

そう応える雫の瞳に陰りは無く、しっかりとほむらを見つめていた。

 

……先刻、喫茶店で言葉を交わした時とは全く違う、確かな光を宿すそれ。

ほむらは、そこに嘘を見つける事が出来なかった。

 

 

(……彼女が上手く人を騙せる器用者なら、今この状況にはなっていない……)

 

 

喫茶店で雫に放ったその一言が返って来ている気がして、今回はほむらの方から目を逸らす。

そして、何かを迷うように拳を握り、視線を戻した。

 

 

「……あなたは、何を求めているの?」

 

「……このまま逃げたくない。流されるまま見滝原を離れて……巴さんやほむらさん、まどかさん達を見捨てて、関係ないフリをしたくない」

 

「喧嘩しているという友達は? ワルプルギスの夜と戦う事になれば、二度と会えなくなるかもしれないのに」

 

 

そう言えば、雫は僅かに声を詰まらせたが、それも一瞬。

すぐに息を吐き、一層強い光を目に宿し。

 

 

「――それでも。あなた達から逃げた先で、あやかと向き合えるとは思えないの」

 

「――……」

 

 

どうしてか、ほむらはそこに、さやかの姿を見た。

 

無論、錯覚に過ぎない。

どう考えても雫は信用するに値せず、危険を孕む存在である事に違いは無い。

……無い、のだが。

 

 

「…………」

 

 

ちらと、ほむらの視線がマミを向く。

 

話の意味も分からないだろうに、彼女は黙したまま何も言葉を挟もうとしない。

ただ、まっすぐな目を向けており――ほむらは一際大きな溜息を吐いた。

 

 

「……暫く、様子を見るわ」

 

「え?」

 

「信じた訳じゃない。でも、すぐに沙汰を下す必要もない……それに気付いただけよ」

 

 

一番の懸念材料であったバッドエンドと無関係なのであれば、孕む危険の緊急度は一段も二段も下がる。

 

勿論、ジャジメントと繋がりがある以上、遠からず関係は切る。これは絶対だ。

しかしそれは、ワルプルギスの夜を控えた今でなくとも良い――それが、ほむらの出せる妥協点であった。

 

雫は暫く呆気に取られた様子だったが、やがてその言わんとする所を察したのだろう。

マミと共にほっとしたような表情を浮かべ、嬉しそうにはにかんだ。

 

 

「あ――ありがとう、ほむらさん」

 

「……信じないと宣言した相手に、礼を言うの?」

 

「当然の事だっていうのは分かっているもの。それなのに向き合ってくれた事が、嬉しかった」

 

「……、……」

 

 

今度はほむらが言葉に詰まり、ぷいとそっぽを向いた。

雫はそんな様子にくすりと笑い、空気も温かさを取り戻す。

 

 

「……まぁ、いいわ。続きは巴さんの部屋で。元々、これから集まる予定で――」

 

「――あっ!」

 

 

それを耐えかねたほむらが提案した瞬間、マミの声が轟いた。

 

 

「……どうかしたの?」

 

「お砂糖! 買い足しに行ったの、魔女を見つけた時に放り投げたままだった……!」

 

 

そうして「すぐ取って来るから、保澄さんの事少しお願い!」と端末を手に走り出したマミの姿にほむらは呆れ、雫も苦笑。

なんとなしに、ちらと二人の視線が合った。

 

 

「……砂糖が足りないの、ほむらさんが何かやったよね?」

 

「何の事だか」

 

 

距離はあれど、ぎこちなさは無く。

ぽつりぽつりと会話を続けながら、どちらからともなくマミの後に続いた。

 

互いの事情感情はどうあれ、傍から見たその姿は友人同士のものに見え――。

 

 

 

 

――そこに作られた大きな歪みに、気付ける者など居なかったのだ。

 

 




『保澄雫』
ティロ・フィナーレで魔女とキャッチボールを楽しんだ。結果は3死球、1ボーク。
ほむらとは完全な仲直りとはいかなかったが、収まる所に収まったようだ。離れる時は今では無いと決め、戦う勇気を固めた。
マミの砂糖に関しては、最初にほむらが仄めかしていたので何となく察している様子。
何も無かった。


『巴マミ』
ほむらと合体技が使えて実は凄くウキウキしている。
雫達の話はよく分からなかったが、喧嘩別れにならなくてホッと一息。暁美さんったら不器用なんだから……。
この後お菓子は無事に完成し、ほむら達に振る舞われたようだ。
気が付けば端末を持っている。ウォーリーを捜せ!


『暁美ほむら』
色々と割り切ったようだ。
雫とは適度な距離感を保つ事にしたが、もしワルプルギスの夜を越えられたら、その時は今度こそ追い出すつもりでは居る。
今回の魔女二体はほむらによる討伐判定。時間停止強すぎるんよ~。


『偽人の魔女』
本体はリボンの付いた携帯電話。
結界内であれば自由に空間をハッキングしてどこでも行けるが、外の世界にはハッキング出来ず、どこにも行けない。ある意味雫と真逆の魔女。
電波マークによって使い魔を洗脳する形で指示を出している。1周目では杏子に洗脳された使い魔を元に戻したりしていた。


『時計塔の魔女』
本体は真っ赤な目の付いた鐘。
鐘を鳴らす事で衝撃波を発生させ、周囲の魔力を散らす事が出来る。自分の結界内ではそれを応用し魔力ジャミングもしていた。
普通に戦えばそこそこ強いのだが、相手がほむらだったため瞬殺されてしまった。
身体の外壁はとっても頑丈。核の鐘が潰されても暫く存在可能であり、そのため偽人の魔女の本体が籠城。しかしマミも加わってしまったので、やっぱり瞬殺された。
踏んだり蹴ったりになっちゃってごめんね……。


『ティロ・エスプロジオーネ』
VITA版まどマギでマミ&ほむらが使う合体技。技名の叫び方にダメ出しされてムッとするほむら、いいよね……。
攻撃を集中させる事でより効率的にダメージを与える一斉攻撃。技とは一体。
本SSではほむらがレーザー兵器を使うため、攻撃力は気持ち高め。



これが今年最後の更新になります。
おそらくもう数話ほどで完結すると思いますが、来年もお付き合い頂けると嬉しいです。
よいお年を~。

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