超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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5話 私は、諦めない

――どうやら、この魔女は獲物の命をすぐには絶たない趣向であるらしい。

 

 

(――――)

 

 

魔女の口づけを受け入れてから、数刻。

まだ人の多い街並みを、ホンフーは虚ろな瞳で彷徨い歩く。

 

右へ、左へ。前へ、後ろへ。ゆらゆらと、フラフラと。

制限された意識を抱え、ただ緩慢に動き続けるその姿は、さながら糸を張られた操り人形。

いつもの洗練した動きとは雲泥の差だ。

 

……従順になるよう調整されている量産型サイボーグは、皆こんな気持ちなのだろうか。

現実逃避気味にそんな事が頭に浮かぶが――縛られた脳は、それ以上の思考を許さなかった。

 

 

「おっとと……」

 

(――、――、)

 

 

途中何度も通行人にぶつかりかけるが、その度に僅かに身を捩り、躱し。

どうも魔女の口づけの洗脳に抵抗していると気付いているのか、徐々に敢えて人に体当たりをする悪目立ち激しい挙動へと変わって行く。

 

憂さ晴らしのつもりだろうか。

無闇に殺人に走らせないだけまだマシかもしれないが、だからといってこれは何とも。

 

己を操る魔女の幼稚な精神性が垣間見え、大きな溜息を吐きたくなる。

当然、それも出来ないのだが。

 

 

(――、)

 

 

そして気づけば目の前に工場のような施設が聳え立っており、ホンフーは吸い込まれるようにその扉を押し開く。

もう稼働していない、廃棄された場所のようだ。屋内には誰も居らず、積もった埃に真新しい足跡が刻まれた。

 

――もう、良いだろう。

 

 

「――ふっ!」

 

 

ここが終着点ならば、もう操られる意味もなし。

道中の鬱憤晴らしも込め、強く踵を打ち鳴らして再び自我を取り戻し。襲い来る吐き気に耐えながら、改めて周囲を見回す。

 

先程の震脚により咳き込む程の埃が舞っていたが、やはり目に付く異常は見受けられない。

自分以外の被害者の死体もなく、人の怨嗟から来る陰気も感じられなかった。どこにでもある、薄寂れた廃工場だ。

 

 

「結界はここには無い……という事かしら?」

 

 

目算が外れたか。ホンフーは肩透かしを感じつつ、軽く息を吐き――。

 

 

「……っと。おやおや」

 

 

――瞬間、世界が裏返る。

 

 

壁が、地面が、天井が。

否、空間そのものが音を立てて破れ落ち、その内側に在った世界が顔を出す。

 

それは蒼く、海のように澄んだ場所。

視界が揺らめき、足元からは大量の気泡が上がり――それが晴れた先に、閉塞感を齎す昏い壁を見た。

 

存外近くにあった世界の果ては曲線を描いて上方に窄み、ホンフーは己が水の満たされた水槽の中に居るのだと理解した。

 

――魔女の結界、その内部だ。

 

 

「……?」

 

 

そしてそんな世界の到るところで、平面的な黒い異物がくるくると回る。

 

ホンフーを中心として輪を作るそれは、切り絵で作られたメリーゴーランドの檻だろうか。

その中――或いは外か――では、ドットで打たれた馬の影が縦横無尽に走り回っており、不気味な瞳が全方位からホンフーを見つめ、笑っている――。

 

 

(……やはり、魔女のセンスは理解できない)

 

 

まるでゾートロープ――回転覗き絵の中心に立っているようだ。

 

やはり魔女の結界というものは好きになれない。

ホンフーは背筋を撫でる薄ら寒さに眉を顰めつつ、静かに拳を構えた。

 

どういった仕組みか、水中にも関わらず呼吸自体は行えている。

水中戦は余り得意でないが、息が続くのならば多少の無理は効くだろう――と。

 

 

「――ヨ繝ャ繧ウ莠Φサ縺ァ菴輔′キキ縺」

 

「!」

 

 

そうして油断なく周囲に気を張り巡らせていると、やがて生物とは思えない異様な鳴き声が響き渡る。

 

咄嗟に上方へと目をやれば、そこには差し込む陽光を背にゆっくりと降臨する奇妙な物体があった。

羽の生えたブラウン管モニター……とでも言えば良いのか。

天使の格好をした不細工な人形を伴い現れたそれは、そうとしか表現できない四角い風体をしていた。

 

――エリー。極一部の魔法少女から、そう呼称される魔女である。

 

 

「……どうも、こんにちは。貴女がここの主で――」

 

 

とりあえずの挨拶が言い終わる前に、不細工な人形――使い魔が勢いよくホンフーへと飛びかかった。

 

即座に貫手を放ちその顔面を粉砕したものの、使い魔は次から次へと押し寄せホンフーの四肢を拘束しようとする。

否、その勢いと力強さは明らかに「引き千切る」事を目的としており、天使の格好とは真逆の残虐性を見せていた。

 

 

「口づけからこちら、徹頭徹尾問答無用とは恐れ入りますねぇ。流石のバッドエンドもビックリですよッ」

 

 

どこぞの狼男の言葉を真似つつ、襲い来る使い魔の尽くに烈拳を叩き込む。

何一つの遠慮も呵責もなく、砕き、圧し折り、時には足場としてその死骸を蹴り飛ばし。縦横無尽に使い魔達を屠っていく。

 

水中という不利な環境など、何の意味も持たなかった。

バラバラに千切れた人形の手足が周囲を漂い、血煙こそ無いがまるで鮫に食い荒らされたかのような光景だ。

 

 

「驕クロ縺ァ薙◆繧ハチメ繝ッ!!」

 

 

するとそれを見たエリーはブラウン管を激しく明滅させると、大きく上下へ揺れた。

 

ホンフーは知る由もなかったが、その画面上には魔女の文字で「生意気」と大きく映し出されており、彼に対し酷く苛立っている事が伺える。

 

――発端は、悪意に塗れたイタズラ心。

 

目障りな白い獣を追っている最中、たまたま美しい人間を見かけ、戯れにその生を台無しにしてやろうと思っただけだった。

 

しかし彼は口づけを刻んだにも関わらず、思い通りに動かない。踊らない。

魔法少女でもないのに。自分達の玩具に過ぎないタダの人間である筈なのに――。

 

 

「縲ニニク繝ぐア繝ャム繧!!」

 

 

そして更には可愛い使い魔達ですら物ともせず、無残に殺害していく始末。

ああ、まったくもって気に入らない。エリーは引き篭もったブラウン管の内側で歯ぎしりを鳴らし、新たな使い魔を召喚する。

 

エリーと似たブラウン管を頭に乗せた人形だ。彼――或いは彼女達は天使型の使い魔と同じく、ホンフーの元へと殺到した。

 

 

「全く、代わり映えのない。魔女とはこんなにも頭の悪い――、ッ!?」

 

 

それまでと同じように、使い魔の頭を砕こうとした瞬間。ブラウン管が強烈な光を発し、ホンフーの目の奥へと入り込む。

目眩ましか――明滅する視界に軽く眉を顰めつつ、そのまま使い魔を殺害。

目を閉じ、殺気のみを頼りとして戦闘を続行する。

 

 

「……?」

 

 

しかし、追撃が来ない。

あれ程煩かった魔女の声も無く、水泡の浮き上がるくぐもった音だけが耳朶を打つ。

 

そうして警戒したまま水底へと降り、数秒。

やがて瞼の裏に広がっていた明滅も収まり、ホンフーはゆっくりと瞳を開き――。

 

 

 

 

『――好きよ、紅虎』

 

 

 

 

「…………………………………………………………………………」

 

 

――目に飛び込んだのは、美しい女性の微笑む姿。

 

ブラウン管の使い魔がずらりと並び、組み合って。

そして出来上がった、継ぎ接ぎの大画面に映し出されていたその映像に――ホンフーの呼吸が、止まった。

 

 

 

 

――かかった!

 

呆け、立ち尽くすホンフーの姿を確認し、エリーはブラウン管の内側で悪辣に嗤う。

 

彼女の持つ固有能力として、過去の心的傷害――つまりはトラウマを映像として映し出し、精神を攻撃するというものがある。

感情を掻き乱し、心を抉り。最悪の場合は廃人としてしまう、魔女に相応しい能力だ。

 

とはいえ、その者の心と記憶に依存する能力である以上、効力を発揮しない人間も多い。

後ろ暗い過去を持たない者や、確固たる意思を持つ者、ノーテンキな馬鹿者。

種類は多く、幅も広いが――この男に関しては「効く」類の人間であったらしい。

 

 

「……、……――」

 

 

眼下に立ち竦む「生意気」な人間――過去に見入ったままのホンフーは今や余裕を失い、その顔は傷を堪えるように酷く歪んでいる。

 

――そう、これだ。これが見たかった。

 

心の傷を抉り、無理やり広げた時。操った人間どもを自殺させる間際、敢えて自意識を戻した時。

そんな絶望や死の恐怖に瀕した時に浮かぶこの表情こそ、餌たる人間に一番似合う善き顔なのだ。

 

今までの良いようにしてやられた屈辱が、綺麗さっぱり晴れていく。

 

エリーは喜びを隠さずひと跳ねすると、使い魔に命じホンフーの四肢を拘束させる。

途端、彼の身体から輪郭が失われ、水に落とした油のように不安定な半固体状へと変貌した。

半ば強引に、その身を結界の理に浸したのだ。

 

 

「ウケ縺!繧件シ!」

 

 

その美しい顔に相応しく、最後は醜く散らせてあげよう――。

 

そうしてホンフーの身体が四方に伸ばされ、無様な姿を晒させる。

幾許も無く、その四肢は真っ赤な絵の具と共に弾け飛ぶ事だろう。

 

エリーはその瞬間を恍惚と共に見守り――ふと、視界の端に映るブラウン管を目に止めた。

 

 

『――、――』

 

 

未だ映像の流れ続ける画面の中で、名も知らぬ女が無残に殺されている。

頭を撃ち抜かれ、大量の血と脳漿を撒き散らし。駆け寄ったホンフーが彼女の亡骸を抱え、悲痛な叫びを上げていた。

 

恋人か、それとも姉か、妹か。関係性は分からなかったが、特に興味もなかった。

 

……こんなものが心の傷になるとは、顔の通り女々しい男だ。

関心を無くしたエリーは使い魔を解散させ、血に塗れた女の映るモニターを暗闇に落とし――。

 

 

「――ドゥームチェンジ・バジリスク」

 

 

――パキン、と。

 

何かが殺される音が、背後から響いた。

 

 

「……感謝、は。してもいい――」

 

 

咄嗟に振り向けば、そこには未だ輪郭を失ったまま、しかし拘束から抜け出したホンフーの姿があった。

 

彼の周りにはやはりと言うべきか、使い魔の死骸が漂っている。

……その躯は原型を保った綺麗な物で、これまでの苛烈な暴力の形跡は、無い。

 

 

「――――」

 

 

怒りよりも、警戒が勝った。

 

エリーはすぐ様ブラウン管の使い魔をホンフーへと向かわせ、もう一度心の傷を映し出すよう命令を下す。

そしてホンフーの周りを取り囲んだ使い魔が、一斉に先の女性の姿を映し出し――その中の一つに、鋭い手刀が突き刺さる。

 

 

「……色褪せていた。それに気づかせてくれた事だけには、本当に――……けれど」

 

 

割れたモニターの中から握りしめた拳を引き抜き、ホンフーは大きく腕を振るった。

同時に握り込んでいたらしきモニターの破片がばら撒かれ、弾丸の如き速度で飛散し――それらが掠めた使い魔の全てが、息絶えた。

 

 

「――!?」

 

 

いとも容易く、呆気なく

突然事切れ物言わぬ死骸となった使い魔達に驚き、エリーはほんの少しの間呆然と動きを止めて、

 

 

 

「――かすり傷でも、致命傷」

 

 

 

――飛び去った破片が、背景のメリーゴーランドに僅かな傷を付けた瞬間。

世界そのものが、「死んだ」。

 

 

「繧ウ域リリΦ縺ァ!?」

 

 

否、正確には魔女の結界がその機能を失い、崩壊したのだ。

 

水面に亀裂が走り、メリーゴーランドが崩れ、ドットの馬が悲痛な悲鳴を上げて砕け散る。

目に映るありとあらゆる物が、まるで編まれた糸を解くかのように溶け消えていく――。

 

 

「――ッ! ――ッ!」

 

 

己の全てたる、愛する世界の終焉。

その光景を目の当たりにしたエリーは金切り声を上げて取り乱し、少しでも崩壊を抑えるべく魔力で結界を包み込む。

 

……だが、変化は無い。

まるで穴を開けた風船に空気を吹き込むかの如く、形を繋ぎ止める事さえできなかった。

 

 

――バジリスク。それが、今のホンフーが纏う超能力だ。

 

生物・非生物を問わず、傷つけたもの全てを『殺す』。

 

シンプルかつ幼稚とも言える能力だが、その効果は絶大。

命を持つ者は例え切り傷程度でも死に至り、機械や動力を持たない絡繰りであっても「故障」という形で確実に殺害する。

それは例え魔女のような異生物であっても平等に効果を齎し、エリーの使い魔や結界をも完膚なきまでに殺し尽くしたのだ。

 

 

「縺ォ菴輔°、縺檎……!!」

 

 

モニターから黒い雫を流し、尚も魔力を放出し続けるエリーの背後に、乾いた足音が降りる。

身を震わせつつ振り向けば、そこにはしっかりとした輪郭を持ち、「生意気」を取り戻した憎き人間の姿があった。

 

 

「…………」

 

「――~~~ッ!!」

 

 

その顔には笑みすらも無く、瞳と同じく凍てついた酷薄さを孕み。

エリーは激情に任せてまたもや使い魔を向かわせるが、やはり一蹴。手も足も、まるで出ない。

 

 

「~~~~~~~~~~!!!」

 

 

怒り、屈辱、恐怖。

 

数多の鮮烈な感情が激しく渦を巻き、しかしどうにも出来ず。

エリーは狂ったようにひたすら叫び続け――その横面を、烈拳が薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イ、。……」

 

 

ぽたり、ぽたりと。

何処からか滴り落ちる黒い雫が、荒れ果てた廃工場の床に広がった。

 

惨憺たる光景だった。

工場内の天井、壁、床。目につく範囲、到るところに陥没痕が刻まれており、その周囲には血液のような黒い液体がこびり付いている。

見るものが見れば、そこで起こった残虐な暴行風景がありありと浮かぶ事だろう。

 

魔女の結界は、完全に消滅していた。

使い魔も全てが死に絶え、後に残るのはエリーが外殻としていたブラウン管――その残骸程度。

 

彼女を護る存在は、その全てが完膚なきまでに破壊されていた。

 

 

「……礼は、言っておきます」

 

 

静寂の中に、理性ある声が淡々と響いた。

ホンフーはブラウン管から引きずり出した、黒い液体の垂れる球体関節人形――ハコの魔女エリーの本体を吊し上げつつ、小さく微笑む。

 

 

「映像、遺してなかったんですよ。精々が写真くらいで、動く彼女をこの目で見たのは、本当に久しぶりだった……」

 

 

懐かしむように目を細め、ほんの一瞬だけ声音に温もりが宿る。

しかしそれもすぐに立ち消え、元の冷酷なそれへと戻り。

 

 

「――しかし、あの記憶は私にとっての逆鱗だ。無論、分かっているのでしょうが」

 

「……、……」

 

 

そう言って、エリーを掴む手に力を込める。

しかし最早呻く気力すら無いのか、ぐったりと黒い液体を流し続けるのみだ。

 

ホンフーはその様子に溜息を吐き――壊れた玩具を捨てるように、エリーを掴んでいた手を離す。

 

 

「――……」

 

 

ゆっくりと、引き伸ばされた時間の中で。

上方に流れる景色を眺めながら、エリーはぼんやりと思考する。

 

何故、こんな事になったのか。

何故、ただの人間がこれ程までの力を持っているのか。

何故、私はこのような姿に。魔女などに。何故、何故、何故……?

 

 

「――?」

 

 

……そうする内に、記憶の底より湧き上がるものがあった。

 

それはかつての自分。まだ人間として、肉と命を持っていた頃の姿。

死に瀕し、悪意が薄まった今だからこそ思い出せた、とても大切なもの。

 

もう少し、もう少しで思い出せるかもしれない。

エリーは必死に手を伸ばし、ともすれば消えそうになるそれを掴もうとして――。

 

 

――――死を纏った手刀が、彼女の身体を両断した。

 

 

 

 

 

 

――超能力者となる以前。かつて巫 紅虎には、誰よりも深く愛する人が居た。

 

とても優しく、よく笑い。それでいてしっかりとした芯の通った、素晴らしい女性。

彼女はホンフーにとって何よりも尊い宝であり、命を捧げる事すら惜しくはないと、そう思っていた。

 

――しかし、彼女は呆気なく彼の手から零れ落ちた。

 

敵の数は25人。

件の女性を人質に取り、更には銃まで持っていた。

 

その場に居たのは、ホンフー自身も合わせて27人。

戦いが終わり、地に伏したのは26人。

 

……そして、ホンフーは今もなお生き続けている。つまりは、そういう事だった。

 

 

 

 

 

 

「後で、処理を頼んだ方がいいですかねぇ」

 

 

夕暮れの街中。

どこか疲れた様子で沈み始めた夕陽を見上げていたホンフーは、そう呟きつつそっと背後を振り返る。

 

そこにあるのは、つい先程まで散々暴れまわっていた廃工場だ。

外見上は特におかしな部分はないが、内部は酷い惨状となっている。あの荒れ果てた状態のまま知らん振りしておくのも、後々騒動の種になりそうで多少不安ではあった。

 

 

(けどまぁ、どうせその内全部吹き飛ぶ訳ですし、別にいいか)

 

 

しかし遠くない内に訪れる街の壊滅を思い出し、アッサリと放り投げ。

そしてくるりと廃工場に背を向けると、軽い足取りで歩き出す。まるで、そこに残した物から目を背けるかのように。

 

 

(……少し、やんちゃな獣を叩くだけのつもりが、どうにも嫌な事になった)

 

 

改めてホテルへの道を辿りながら、燻る不快感を溜息にして吐き出した。

 

魔女とはこれまで幾度か戦ってきたが、これほど嫌な気分になった戦いは無かった筈だ。

油断がなかったと言えば嘘になるものの……今回に限っては、相性の問題が大きかったという他ない。

 

 

(そう。やはり、私にあんな過去は要らない……!)

 

 

思い出すのは、あの忌々しい魔女に見せられた光景。

己の未熟により最愛の彼女を失った、決して忘れられないあの記憶――。

 

 

「……、……」

 

 

立ち止まり、振り返らないままに思いを馳せる。

 

……嫌な事とはいったものの、あの魔女との遭遇にはたった一つだけ感謝すべき事があった。

 

それは、彼女の姿を――笑顔を、声を。

記憶から抜き出した映像とは言え、もう一度目の当たりに出来た事だ。

 

 

「――……」

 

 

徐に歩き出し、懐から取り出した情報端末を起動する。

 

そこに映し出されたのは、午前中に訪れた実験所から渡されたTX誤作動に関する報告書だ。

既に何度も読みふけった文章ではあったが、何かせずにはいられなかった。

 

胸に灯った火に促されるまま、何度も何度も読み返し。推測と推理を重ね、僅かな痕跡を探す。

 

 

 

そう――ホンフーの求める、時間を操る力。

 

過去に戻り最愛の女性を救う事の出来る、たった一つの超能力。

それを扱った者があの場に居たかもしれないという、その可能性を。

 

 

 

(私は……いつの間にか、惰性で動いていたのかもしれない)

 

 

ホンフーはこれまで、千を超える超能力者と出会い、その能力をコピーしてきた。

しかし彼らの中に時間を操る能力者は居らず、最近ではジャジメントの力を借り、新たに超能力者を生み出す外法にも手を出す始末。

 

砂漠に埋まる塩の一粒を探すが如き、不毛な日々。

期待を裏切られ続ける内、何時しか心の何処かに諦観を抱えていた事は、決して否定は出来ないだろう。

 

 

――だが、今日。再び「彼女」の姿を見た事により、揺らぎかけていた意思が補強されたのだ。

 

 

どうやら、胸裏に息づく彼女は知らぬ内に酷く色褪せていたらしい。

 

鮮やかに微笑む彼女が、心に大きな波紋を作った時。

ホンフーは己の心がどれだけ失望により摩耗していたのかを、深く思い知らされていた。

 

 

「――私は、諦めない」

 

 

もう、失敗や的外れを前提としない。

例えどれだけ小さくとも、全ての可能性には全力で手を伸ばす。

 

 

そしていつか必ず時間遡行の能力を掴み取り、貴女を救いに行くのだ。

 

今ならば、絶対に助けられるのだから――。

 

 

……一言、転がすようにそう呟いて。

ホンフーは一歩、大通りの雑踏へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――瞬間、世界が止まった。

 

 

 

空が、風が、街が――人が。

 

世界に存在するありとあらゆる物全てが停止し、只の置物と成り下がる。

 

それはホンフーにおいても例外ではない。

端末を睨んだ姿勢のまま、道端に立つ彫像の一つと化しており――。

 

 

――そんな彼の傍らを、一人の少女が擦れ違う。

 

 

「――――」

 

 

年の頃は中学生程だろうか。片腕に盾を装着した、黒髪の少女だ。

 

この止まった世界の中、唯一行動する彼女は異質極まりないものであったが、それを目撃する者は誰も居ない。

何処を目指しているのか、少女はホンフーとは逆に廃工場へと続く道へとひた走り――その先へ消えた瞬間、世界が色を取り戻す。

 

停止していた名残など微塵も残らず、当然の如くその続きを描き出していた。

 

 

「――……?」

 

 

――そんな中で、ただ一人。

ホンフーだけがふと足を止め、何かに気づいたように背後を振り返る。

 

しかし、その頃には既に黒髪の少女は消えており、たなびく髪先すら見る事は叶わない。

そのまま数秒ほど、訝しげに道の先を見つめていたが――やがて目線を外すと再び端末に目を落とし、静かにその場を後にした。

 

 

――暁美ほむらと、巫 紅虎。

 

 

後に凄絶な殺し合いを繰り広げる彼らの一度目の邂逅は、両者共が気づかぬ内に過ぎ去っていた。

 

 

 





『巫 紅虎』
愛する人を救う為、唯一の解法である時間遡行の超能力を探し続けている。



『暁美ほむら』
愛する人を救う為、時間遡行の魔法を用いて唯一の解法を探し続けている。




マギレコのアニメ化発表に嬉しさブーストかかりましたが、次からは少し時間かかると思います。
のんびりお待ち頂けると救われます。

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