超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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21´話 この願いが行き着く先は、バッドエンドなんかじゃない

ワルプルギスの夜にとって、全ての叛逆は無意味である。

 

誰かの嘆き。誰かの憎悪。誰かの攻撃。誰かの抵抗。

それらはかの大魔女に一切の影響を齎さず、ただ狂笑に呑まれ消えて行く。

 

時折現れる強い輝きが掠り傷を残す事はあるが、それだけだ。ワルプルギスの夜の歩みを止めるにはまるで遠く及ばない。

彼女を遮るものは無く、脅かすものも無し。舞台装置の魔女とは、そういった存在であった。

 

――とはいえ。

地上40階以上を誇る高層ビルの直撃には、流石の大魔女も身を崩さざるを得なかった。

 

 

HAGYAH、A!?!?

 

 

河川敷上空。渦巻く暴風の中心に座り、眼下で奮闘する魔法少女達を嘲笑っていたワルプルギスの夜は、突如己を襲った衝撃に堪らず笑声を詰まらせた。

彼女の逆さまとなった下半身……軋む巨大な歯車の真上に件のビルが前触れなく出現し、そのまま落下したのだ。

 

3億トンを優に超える巨大質量での殴打。更にはその衝撃でビル自体が崩落し、無数の瓦礫がワルプルギスの夜に降り注ぐ。

 

無論それらは彼女の身体に傷の一つも与える事は無いが、圧し掛かる重量は別だ。

支えきれなくなった巨体がぐらりと傾ぎ、高度を落とし――直後、下方よりレーザーと魔力弾の群れが殺到。上方の瓦礫と挟み込むように、ワルプルギスの夜へと炸裂した。

 

 

「――まだまだっ!」

 

 

続いて何処からか少女の声が響き、地上のあちこちからリボンが伸びた。

それらは体勢を立て直そうとしていたワルプルギスの夜にきつく絡みつき、彼女をその場に拘束する。

間を置かず、その周囲にミサイルを始めとした大量の爆発物が出現。瞬間噴き上がった凄まじい炎と轟音が、ワルプルギスの夜を呑み込んだ。

 

 

「やった……?」

 

「いいえ、この程度じゃ全然足りない。もっと畳みかけて!」

 

 

少し離れた場所でその光景を見た雫の声にほむらは強く返すと、すぐに盾を作動。色褪せたワルプルギスの夜に向かい、担ぐ大型レーザー銃の引き金を何度も引いた。

雫も慌てて追随し、先程のビルや爆発物の時と同じく射線先の空間をワルプルギスの夜の下へと繋ぐ。

 

 

「ティロ・テルツェット――!」

 

 

そして最後に加わったマミの号令と共に始まるのは、息をもつかせぬ波状攻撃。

 

レーザー、魔力、弾丸、爆弾、刃物、鈍器、そして必殺の魔法(マギア)――。

ありとあらゆる魔法と武器が空を裂き、魔力と火薬の混じり合った爆炎が連続する。

時の狭間で、幾度とない一斉攻撃が繰り返された。

 

 

「――……っ、ほむらさん! これ、いつまでやるの!?」

 

「流石にそろそろ辛いわね……!」

 

 

その長きに渡る0秒が、どれ程続いた事だろう。

炸裂途中で停止する爆炎とチャクラムがワルプルギスの夜を完全に覆い隠した頃、雫とマミが声を張り上げた。

 

見れば二人のソウルジェムは黒く濁りかけており、更に視線を落とすと足元に使用済みのグリーフシードが幾つも散らばっていた。

対するほむらは魔力的な消耗こそ少なかったが、グリーフシードの代わりに銃身の焼け付いた銃器が小さな山を築いている。

 

 

(ひとまずは、ここまでか)

 

 

ほむらは小さく舌打ちを鳴らし、煙を噴き上げていたレーザー銃を投げ捨てた。

 

 

「わかった、一度態勢を立て直しましょう。魔力を回復したら、攻撃を再開するわ」

 

「まだ続けるつもりなの? ここまでやったら、ワルプルギスの夜だって……」

 

「――これで終わってくれる存在なら、今この時間に到っていない。どこかの誰かが、とっくの昔に斃せているのよ」

 

 

この魔女を斃す事が出来たのは、かつての鹿目まどかただ一人。

魔法少女として強大な素質を持つ彼女が、その命と引き換えにしてようやく相打ちに持ち込めたのだ。

 

先程の攻撃では、当時の彼女の域に及んでいない。この程度ではまだ斃せない。

 

 

「二人とも、あとどのくらい動ける?」

 

「……グリーフシードを使いすぎてる。さっきみたいなのを長く続けるのは難しいと思う」

 

「私も似たようなものね。ティロ・フィナーレをこんなに連発したのなんて初めてよ」

 

「……でしょうね」

 

 

ほむら自身、残っている武器はそれほど多くはなかった。

撃ち潰したレーザー銃は元より、爆発物の多くも共に消費した。状況としては、雫達とそう変わらないものだ。

 

 

(かといって、ここから力を温存した所で――)

 

 

ちらと、ほむらの視線が盾の砂時計へと向けられた。

 

ほむらの持つ時間停止の魔法は、落ち続ける時計の砂を堰き止める事で発動している。

言い返せば、砂が落ち切れば時間停止魔法は使えなくなるという事であり――今残っている砂は、ほむらの握り拳に収まる程度。

いつものタイムリミットはすぐそこにあり、どのみち短期決戦にしか勝機は無い。

 

そうしてほむらの眉間にシワが集まる中、ワルプルギスの夜を観察していたマミが小さく呟く。

 

 

「……一度、時間停止を解いてみない?」

 

「え?」

 

「このまま難しい顔をしていてもしょうがないもの。私達の攻撃がワルプルギスの夜にどれくらいのダメージを与えるのか、実際に確認してから動きましょう」

 

 

現在、ワルプルギスの夜はほむら達の攻撃を受け『ダメージが入る直前』で停止している。

ならば今は素直に時を進め、ダメージを与えた後の状況を見定めるべきだと、マミはそう言っていた。

 

 

「ダメージが通っていたらそれで良し。暁美さんの危惧通りあまり効いていなかったとしても、傷が出来た部分に攻撃を集中できれば……」

 

「そうね……確かにそれが一番合理的でしょうし、それで良いわ」

 

「……うん」

 

 

雫も小さな頷きと共に賛同し、異論は無し。

それを確認したほむらは、徐に盾の機構を作動させ――次の瞬間、轟音が吹き荒れた。

 

 

「――きゃあッ!?」

 

 

それは誰の悲鳴であっただろう。

重なり、停止していた攻撃全ての時間が一斉に動き出し、ワルプルギスの夜に巨大な爆炎が炸裂する。

 

撒き散らされる熱波と衝撃は凄まじく、ワルプルギスの夜より遥か眼下の地上にも及んだ。

雨粒や冠水が蒸発し、一帯の建造物が崩れ散る。当然ほむら達もその余波を浴び、平衡感覚を失った。

マミのリボンが盾となって吹き飛ばされずに済んだが、必死に身を伏せ続ける外は無く。

 

 

「っ……どう……?」

 

 

そうする内、やがて雨音が戻り、冠水がまた地面を埋める。

ほむら達は煙幕に隠れたワルプルギスの夜を逃さぬよう、リボンの隙間より目を眇め、

 

――死角から飛来した瓦礫がほむらに直撃したのは、その時だった。

 

 

「が、ッ――!?」

 

「ほむらさ――ぐッ!?」

 

 

鉄骨を生やしたコンクリートの塊が、ほむらの華奢な身体を宙へ弾く。

 

誰もが天空を注視していた為、反応する事が出来なかった。

当然彼女とリボンで結ばれていた雫とマミも引きずられ、大きくバランスを崩し倒れ込んだ。

 

 

「この……!!」

 

 

しかし咄嗟にマミがリボンを解除。どうにか体勢を立て直しつつ、水しぶきを上げて転がるほむらを追いかける。

 

時間停止魔法は勿論、受け身を取った様子もない。

嫌な予感に顔を歪めたマミが追い付くよりも先に、虚空から出現した雫がほむらの身体を抱き止めた。

 

 

「っ……ほむらさん、大丈夫!? しっかりして!」

 

「う、ぐ……」

 

 

そうして強く呼びかけるも、呻くばかりで返答がない。

先の瓦礫が頭を打っていたのか、気絶とはいかないまでも意識が朦朧としているようだった。

 

とはいえ、魔法少女にとっては重傷という程では無い。魔力さえあれば、その内意識は戻るだろう。

……だが。

 

 

「……まずいね。暫く時間停止に頼れない」

 

「運が悪かったのか、魔法の絡繰に気付かれていたのか。両方かしら」

 

 

一瞬で不利となった状況に焦りが強まる中、立ち込める煙幕が雨粒によってゆっくりと散らされた。

そうして元の荒れ模様を取り戻した空に、再びワルプルギスの夜の姿が浮き上がる。

 

 

 

――K、YAHA! KYAHAHAHAHAHAHAHAHA!!

 

 

 

――現れたのは、未だ健在である大魔女の姿。

 

無論、無傷ではなかった。

だが、大きなダメージを負っているようにも見えず。

 

 

「……少し焦げたくらいね。すぐ反撃が飛んで来た時点で、元気だとは思ってたけど」

 

「あれだけやって、嘘でしょ……?」

 

 

絶望を多分に含んだ雫の呟きに、ワルプルギスの夜は一際大きな哄笑を響かせる。

そして踊るように巨体をくるりと回すと、マミと雫に指先を向けた。

 

二人は即座に防御の姿勢を取ったが――すぐに意味が無いと理解させられた。

 

下されたのは攻撃では無く、防ぎようの無い災害。

分厚い曇を突き破り現れた無数の建築物が、彼女達を狙い降り注ぎ始めたのだ。

 

 

「――どこから巻き上げて来たの、こんなにっ!」

 

 

大量の家屋に、先程マミに落とされたような高層ビルの群れ。

それに乗用車やガスタンク、その他様々な瓦礫が入り混じり、まさにこの世の終わりのような混沌の嵐が広がった。

 

そんなものに巻き込まれればどうなるかなど、考えるまでも無い。

雫は未だ朦朧状態のほむらを抱え、マミと共にその場から離脱する。

 

 

「保澄さん、さっきみたいに送り返すのは!?」

 

「目に付くのはもうやってる! けど数が多くてどうにも、っ!?」

 

 

そう叫ぶ傍から、風車のプロペラが目前に迫る。

即座にマミのリボンにより弾かれ事なきを得たが、雫の反応が追い付いていない。

 

それを見たマミは突然足を止めると、周囲に無数のマスケット銃を生成。

敢えて己を目立たせるように、建造物と瓦礫の雨を手当たり次第に撃ち落とし始めた。

 

 

「巴さん!? 何を――」

 

「保澄さんはそのまま暁美さんを連れて一度退いて! 帰って来るまで私が引き付けておくから!」

 

 

こうなった以上、やはりほむらの時間停止魔法は必須と言わざるを得ない。

しかし今この場で彼女の復活を待っていられる余裕は無く、かと言って全員が安全地帯まで逃げてしまえば、ワルプルギスの夜の興味はまず間違いなく見滝原の街へ向く。

 

ならばマミが一人で囮を努め、雫にほむらの介抱を頼む事が懸命だろう。

 

 

「逃げろって言っている訳じゃないわ。暁美さんが落ち着いたら、すぐに助けに来てちょうだい!」

 

「……っ!」

 

 

雫もそれが現状における最善だとは分かっていた。

だが感情が納得を躊躇し、沸き上がる罪悪感にほんの一瞬動きが鈍る。

 

――そして、その隙を捉えたものがそこに居た。

 

 

「――♪ ♪ ♪!」

 

「なっ!?」

 

 

付近に積み上がる瓦礫の裏より、一つの黒い影が飛び出した。影絵の使い魔の生き残りだ。

 

それは火炎放射器らしき影絵の先を雫へと向け、勢いよく炎を発射する。

雫は咄嗟にチャクラムを投げ放ち迎撃したが、炎までは消せない。

反射的に空間結合魔法での回避を行い、適当な場所に着地。位置の把握にまた一拍の間が生まれ、

 

 

「――あ」

 

 

――直後、目前にタンクローリーが墜落。

至近距離で巻き起こった爆風に呑まれ、吹き飛んだ。

 

 

「うああぁぁあぁっ!?」

 

「保澄さん!?」

 

 

咄嗟にほむらは庇えたものの、そこで雫の意識は一瞬途絶えた。

次に意識を取り戻した時にはほむらの姿は腕の中に無く、一人冠水に身を浸していた。

 

 

「けほっ……あ、っぐ!」

 

 

慌てて身を起こそうと地に手を突くも、その腕に激痛が走りくずおれる。

右腕に目をやれば肩口から二の腕にかけ酷い火傷を負っており、大きく肉が露出していた。

肘どころか指先一つも曲がらない有様だったが――今は蹲っている場合ではない。痛みを堪え、立ち上がり。

 

 

「保澄さ――……っ、酷い怪我……!」

 

「だい、じょうぶだからっ、ほむらさんはっ!?」

 

 

使い魔を撃ち殺しつつ駆け付けたマミに縋りつき周囲を見回すが、やはりほむらの姿は見当たらなかった。

 

 

(まさか、動けないまま水に沈んで……!?)

 

 

姿が見えない以上、そうとしか考えられなかった。

 

未だ瓦礫の雨は止まず、あちこちで冠水が水飛沫を上げている。

今の彼女では、早く見つけなければ溺れるどころかいつ瓦礫に潰されてしまうかも分からない。

雫はテレパシーでも呼びかけながら、必死に水面へ目を凝らす。

 

 

「ほむらさん! どこ!? 聞こえたらテレパシーをっ!」

 

「落ち着いて、あのくらいの爆発だったらそう遠くには飛ばされてないわ。リボンで防御を張るから、魔力を探して!」

 

 

そう言うや否やマミの足元から無数のリボンが空に伸び、瓦礫を受け止めるネットとして広がった。

その陰に隠れつつ雫もほむらの魔力パターンを探るが、右腕の痛みが集中を削ぐ。

吹き荒れる大魔女の魔力も邪魔をして、ほむらの気配どころかその残滓すら掴めず、焦りばかりが募り続けた。

 

 

(まずい……まずい、まずい、まずい……!)

 

 

甘かった。

ほむらの言う通り、限界まで攻撃を重ねておくべきだった。

雫の脳裏に後悔ばかりが溢れ、噛み締めた唇から鉄錆の香りが立ち昇る。

 

 

『……最悪の場合は、逃げなさい』

 

「っ……」

 

 

戦いの直前、ほむらにかけられた言葉が蘇る。

それは悪魔の囁きのように雫の胸に広がったが、すぐに頭を振って掻き消した。

 

 

(ちゃんとして、神浜に帰るんでしょ……! 向き合って、正面から、あやかにっ)

 

 

そうだ、まだ最悪とは程遠い。多少被害はあったが、誰も脱落していない。

マミは健在であり、雫自身も右腕が使えなくなっただけ。

 

ほむらさえ居れば、戦う事はまだ出来る。立て直す事が出来るのだ。だから。

 

 

(諦める訳には――いかないのっ!)

 

 

雫は仲間を見捨てようとした己を胸裏で叩き伏せ、意識を鋭く研ぎ澄ませる。

目を閉じ、震える肺を必死にいなし、ただ魔力の残滓だけを追いかける。

 

 

「――――」

 

 

一呼吸ごとに雨音が消え、やがて激しい風音も消えた。

集中。気付けば右腕の痛みすらもが薄れ、常の平静がそこに在り。

 

――暗闇の中、紫の糸が微かに揺れた気がした。

 

 

「ほむらさん……!」

 

 

見つけた。

雫は大きく目を見開くと、水の中よりほむらの魔力を確かに掴み――。

 

 

――ピリリリ、リリリ。

 

 

「っ!?」

 

 

突然間近で鳴った電子音に集中が乱され、掴みかけていた糸がするりと指をすり抜けた。

しまったと思った時には既に遅く、思い出したかのようにぶり返す右腕の激痛に顔を歪めた。

 

――ピリリリ、リリリ。

 

 

「……け、携帯……?」

 

 

余りにも場違いなそれは、携帯端末のコール音。

それはすぐ傍のマミから響き続けていた。

 

 

「巴さん……こんな時に、それはっ――」

 

「…………」

 

「……巴さん?」

 

 

振り返り、声をかけるも返事は無い。

彼女は雫に背を向け、ただ立ち尽くしているだけだ。

 

様子がおかしい。

放とうとした文句は心配へと変わり、そのまま再度問いかけようとした時、はたと気付いた。

 

……何故、その端末は鳴っている?

 

 

「………………………………」

 

 

河川敷は広範囲に渡り破壊され、アンテナの類も既に何処かへ吹き飛んだ。

何よりワルプルギスの夜がもたらす魔力の嵐は、一帯の電波全てを殺している。普通の携帯端末では間違いなく圏外となり、着信する事などあり得ない。

 

そう――『普通の端末』であれば、絶対に。

 

 

(……まさ、か)

 

 

酷く。

酷く、酷く、酷く、嫌な予感がした。

 

 

(あ……そう、だ。ずっと、持ってた。巴さん、気付けばいつも……!)

 

 

蘇る。

記憶の中のマミは、その多くが端末を手にしていた。日常、非常時、場面を問わず。

その事実が導く推測に血の気が引き、雫は反射的に大声を上げた。

 

 

「――お願い! 切って!!」

 

 

ほむらの捜索を一時中断すらしての叫びだったが、やはりマミには届かない。

それどころか彼女は端末を取り出すと、緩慢な動きで通話ボタンに指を乗せた。

 

 

「ダメッ――!!

 

 

分からない。だが、分かるのだ。

雫はその衝動のまま空間結合魔法を行使、端末をその手に呼び寄せ――しかし寸前にリボンで視界を遮られ、失敗し。

 

 

 

 

『――やぁ』

 

 

 

 

「………………………………………………………………、」

 

 

……いつから。

 

 

『どうも、手こずっているようですねぇ。流石は伝説といった所ですか』

 

 

いつから、マミが。

 

 

『私もあなた方ならば……と見ていたのですがね。少し、楽観が過ぎました』

 

 

いつ、どこで、こんな事になっていた。

 

 

『まぁ、こうなってしまっては仕方が無い。私も微力ながら力添え致しましょう』

 

「、待っ」

 

『返事は求めていないのですよ。あなた方はただ、背中を押されてくれれば良い。故に――』

 

 

 

――身も心も、好きになさいな

 

 

 

――放たれたそれは、言葉の形をした猛毒に外ならず。

雫の全ては耳孔の奥底より犯され、一切の動作を停止した。

 

 

 

 

 

 

地面を覆う、冠水の下。

付近に落ちた瓦礫の生んだ波に揺られ、ほむらの意識は覚醒した。

 

 

「……っ、ごぼっ……!?」

 

 

途端、己が酸素の代わりに水を吸いこみ溺死しかけている事を自覚し、慌てて水中から脱出。

そうして激しく咳込みながら、大きな舌打ちを鳴らした。

 

 

「げほ、っぐ、失敗した……!」

 

 

これまでの繰り返しの中、似たような経験は幾らでもあった。

故にほむらは今の状況を瞬時に把握し、すぐ時を止めると周囲に視線を走らせる。

 

 

(ワルプルギスの夜は健在、巴マミと保澄雫は……居ない?)

 

 

砂時計の残量を見る限り、気絶していた時間はそう長くない。

二人が生きていれば付近に居る筈ではあったが、しかしそのどちらの姿も無かった。

時間停止を解き、テレパシーで何度呼びかけようとも返事は無し。正真正銘、一人きりだ。

 

 

(私を置いて逃げた……いえ、彼女達はきっとそれを善しとしない。となると、まさか……)

 

 

己が気絶している間に、二人ともやられてしまったのだろうか。

最悪の想像が脳裏を掠め、ほむらは強く歯噛みして――しかしその時、彼女のソウルジェムが見知った魔力パターンを感知した。

 

 

「――保澄さんっ!」

 

 

それは今まさに探していた、保澄雫の魔力反応だ。

ほむらは弾かれたようにその方向へと向かい……そしてすぐに困惑の表情を浮かべた。

 

 

「…………」

 

 

変わらず雨と瓦礫の降り注ぐ河川敷。

少し離れた場所に、ぼんやりと立つ雫の姿があった

 

そこに生気というものは無く、瞳は虚ろで表情には色も無い。

足取りすらも覚束ないその様子はまるでマリオネットのような無機質さを持ち、ほむらは数瞬ほどかけるべき言葉を見失う。

 

――そしてその僅かな空白の間に、雫は手に持った『それ』を己の首に突き刺したのだ。

 

 

「……え?」

 

 

思考が止まる。

 

雫が手にしていたものは、注射器のように見えた。

小さく『ハピネス』とだけ印字されたそれは、すぐに中身全てを雫の体内へと送り出す。

 

 

(あなた、何を)

 

 

見たものの理解が出来ず、テレパシーに不審が混じる。

しかし雫はやはり無言を貫いたまま、ただぼうと立ち。

 

 

「――きゃあっ!?」 

 

 

直後、彼女から膨大な魔力が噴き上がった。

 

それはまるで、目に見えぬ爆発が起こったかのよう。

ほむらも吹き飛ばされまいと、必死になって身を伏せる。

 

 

(……まさかっ!)

 

 

魔女化。その言葉が脳裏をよぎった。

 

最悪だ。そうなれば敵は増え、こちらの戦力が一人減る。

今この状況でそんな事が起これば、最早どうにもならない。今回も、また負ける。

 

 

(せめて、魔女になり果てる前にソウルジェムを……!)

 

 

雫が何故こうなったのか。あの注射は何なのか。

何一つとして分からなかったが、取るべき行動は知っていた。

 

ほむらは記憶から流れるコーヒーの香りを振り払い、盾に手を触れ時を止め――しかしその間際、様子がおかしい事に気が付いた。

 

 

(――違う。魔女化じゃ無い……?)

 

 

確かに雫のソウルジェムからは魔力の奔流が起こり、彼女自身も酷く苦しんでいる。

だが、それだけだ。

魔力に淀みは生まれず、結界が生成される兆候も無く、一向に魔女化が始まらない――。

 

 

(これは……何?)

 

 

知識にないその現象は、ほむらに躊躇いを生んだ。

盾に触れていた指先が離れ、雫を見る瞳が観察の光を帯び、

 

――その時、曇天より現れた大量の鉄塔が、雫の下へと殺到した。

 

 

「っ、攻撃……!?」

 

 

これだけの魔力だ、ワルプルギスの夜も察知したのだろう。

鉄塔は彼女の悪意が描く軌道に導かれ、ほむらが反応するよりも早く降り注ぐ。しかし。

 

 

「あ、ぁ、ぁあ、あ――あああああああああああああ!!」

 

 

突如として雫が絶叫を張り上げ、同時に空間が裂けた。

まるで薄紙を破るように。雫の叫びに呼応し景色が破れ、その内側を曝け出す。

 

目玉だ。

裂けた空間の中には無数の目玉が並び、色とりどりの瞳で外界を睨んでいた。

 

それらは飛来する鉄塔を次々と呑み込み、何処かへと消し去った。

そうして全ての鉄塔を排した後、裂けた空間の目玉達はぎょろりと一斉に天を向く。

 

明確に、ワルプルギスの夜を見つめていた。

 

 

「――――」

 

 

ほむらの背筋に怖気が走る。

 

培った勘、そして経験が、この場から離れろと強く叫ぶ。

雫への呼びかけも忘れ、ほむらは反射的に時を止め――。

 

 

「っ!?」

 

 

何処からか伸びたリボンがほむらの盾に巻き付き、固定した。

間違えようもない、マミのリボンだ。

咄嗟にその方向へ顔を向ければ、そこにはマミが虚ろな様子で立っていた。

 

 

「…………」

 

「巴さ――くっ!」

 

 

光の無い目と、呆けた表情。

雫と同様会話が出来ない状態だと早々に悟ったほむらは、ひとまず盾を解放すべくリボンにレーザー銃を向け、

 

――その瞬間、灼熱が爆ぜた。

 

 

「きゃああああああああ!?」

 

 

突如として天空より炎の柱が生まれ、激しい熱波が吹き荒れる。

 

それはワルプルギスの夜をも呑み込み、周囲の全てを焼き尽くしていく。

冠水は蒸発し、瓦礫は燃え、使い魔全てが焦げ粕となりただ散った。

 

当然ほむらとマミにもその余波は及んでいたが――気付けば二人の周囲にはリボンで編まれた壁が出現し、簡易的なシェルターとして熱波を防いでいた。

 

 

(一体、何が起こっているの……!?)

 

 

分からない、分からない、分からない――。

だが、誰がそれを成しているかは察していた。

ほむらは混乱しつつもリボンを掻き分け、魔力での身体強化で熱波を強引に耐えながら再び雫を見やった。

 

 

「あ、あああ、ああああああああっ……!!」

 

 

変わらず絶叫を上げ続けている彼女は、何かに抵抗しているようにも見えた。

 

空間結合で熱を別の場所へ逃がしているのか焼け付く様子は無く、そのソウルジェムは先程よりも強く輝いている。

やはり、彼女が何かをしている事は間違いない。

 

 

(でも、何を? 彼女の空間結合じゃこんな事――……、っ!)

 

 

直感し、勢いよく天を見上げた。

その先はリボンで覆われてはいたが、それはそんな事で見失えるものでは無い。

 

……あるではないか。空間結合という魔法で、この現象を引き起こす方法が。

 

 

(――まさか、太陽……!?)

 

 

――太陽付近の超高温空間とこの河川敷とを繋げ、ワルプルギスの夜を灼いている。

 

それはあまりにも馬鹿げた推測ではあったが、しかしそれ以外に考える事が出来なかった。

戸惑い、愕然とするほむらを他所に――雫の絶叫がその大きさを増して行き、

 

 

「あああああぁあ!! ぃ、ああああ――あぐッ!!」

 

 

バキン、と。

まるで内側から破裂するように、雫の右膝が砕け散った。

 

 

「……え?」

 

 

ほむらの口から呆けた声が漏れた。

 

千切れた雫の右足が吹き飛び、肉片が空を舞う。

だがどういう訳か血飛沫は殆ど無く、代わりに砂のような粒子が飛散した。

 

雫の異常はそれに留まらない。身体の末端から徐々に雲とも霧ともつかない靄が湧き、それに覆われた部分が風化していくのだ。

血は流れず、ただ乾き。やがて無事だった左足も失い、ざあと音を立てて地に伏した。

 

 

「ほ――保澄さん!?」

 

 

保澄雫という人間が、存在が、少しずつ崩れていく――。

我に返ったほむらが助けに駆け寄ろうとするも、降り注ぐ熱がそれを許さない。

 

その温度は今もなお加速度的に上昇しており、リボンの隙間から外を見る事すら出来なくなった。

もし少しでもリボンを開けば、たちまち火達磨となり炭の山と化すだろう。

 

 

(なら時を、っ!?)

 

 

盾を解放すべく、今度こそレーザー銃でリボンを焼き切った。

だがその切れ端が蠢いたかと思うと両腕をきつく結びつけられ、ほむらは堪らず銃を取り落とす。マミの妨害だ。

 

 

「巴さん、状況を分かっているの!? 保澄さんが……!」

 

「…………」

 

「聞いて! 早く盾を……ああもう!!」

 

 

背後のマミに詰め寄るも、やはり意思疎通が出来ない。完全に正気を失っている。

そしてままならぬ状況に歯噛みする内に、リボンのシェルターからも炎が上がり始めていた。

 

こちらもこちらで、もう保たない。

ほむらは己が絶体絶命の状況にある事を理解し、息を呑んだ時――弱々しい魔力の波が、小さく脳裏を揺らした。

 

雫からの、テレパシーだ。

 

 

(……ほ、むら、さん?)

 

(! 保澄さん!? 意識が……いえ、それより早く近くに! そのままじゃ、あなた――)

 

(ごめん、ね)

 

 

ぽつり。

囁くような声が、やけに大きく響いた。

 

 

(わたし……私達、はじめから、だった。違う……違ったの、わたし……)

 

(……保澄さん?)

 

(向き合うとか、無理だったの。資格もなくて、ずっと駄目だった、のに。ごめん、なさい。ごめん、ごめんなさい、ごめ、ん……、……)

 

 

朦朧としているのか、テレパシーの内容は支離滅裂なものだった。

一言ごとに声は掠れ、意思が散る。

問い返している暇も無いのだと、もう終わるのだと察する。察してしまう。

 

 

 

――あやか。

 

 

 

最期に呟かれたのは、帰りたかった居場所の名前。

しかし誰に届く事も無く、ただ虚空へと消える。

 

――雫の全身は、既に砂塵と散っていた。

 

 

「っ、きゃあああああああああああ!?」

 

 

雫のソウルジェムが弾け、その内側より暴走した魔力が炸裂する。

同時にシェルターとなっていたリボンも灰と化し、ほむらとマミを直接熱波が包み込む。

 

 

「……絶対、領域」

 

 

しかしそれよりも早く、新たなリボンがほむらへ伸びた。

まるで、鉄箱の中に閉じ込めるかの如く。幾重にも張られたリボンが全てを阻み、ほむらと外界を遮断する。

 

そう――彼女ただ一人だけを。

 

 

「巴さんッ!」

 

 

完全にそれが成される刹那、ほむらは反射的に背後を振り返る。

 

一秒にも満たない僅かな時間。リボンの隙間に捉えたマミの顔は、やはり虚ろなものだった。

しかし末期の一瞬、その瞳に光が戻り。

 

 

「……あら? 私、なんで――」

 

 

 

 

 

――そして、極光が満ちた。

 

 

 

 

かつての時間軸において、不死の狼男を屠った光。

暴走した魔力により、一層太陽と近しいものとなったそれは、全てを白に溶かしていった。

 

 

 

 

 

 

「…………、」

 

 

どろり。

役目を終えたリボンが、腐り落ちるように地に落ちた。

 

 

「ぅぐっ……」

 

 

途端、熱せられた空気が気管支を焼く。

そうして灼熱の残滓に歪む景色を、ほむらは緩慢な動きで見まわした。

 

黒だ。

ほむらの以外の全てが焼却され、一面が焦土と化している。

 

……だがそれはこの一帯だけのようで、遠くに揺らめく見滝原の街並は健在だ。

 

焼け落ちた様子も、破壊された様子も無い。

少し集中すれば、まどかに渡したアクセサリーからも確かな反応が感じられた。

 

 

(まどかが、無事……)

 

 

幻覚では無い、現実だ。

あの凄まじい熱波に対し被害が限定的に思えたが――おそらく、そうなるように調節されたのだ。

 

誰によってなど決まっている。

そっと、雫が立っていた筈の場所を見た。

 

 

「……あぁ」

 

 

そこにはやはり、何も無かった。

血肉も、骨も、成り果てていた砂のようなものも、ソウルジェムの欠片ですら、全て。

 

振り返りマミの姿も探したが、やはり意味は無し。

彼女に守られたのは、ほむらだけ。

 

――二人は、灰の一欠片すら遺す事が出来なかったのだ。

 

 

「……………………」

 

 

仲間の死など、今更だ。

だが何故か、ほむらの深い部分が大きな軋みを上げている。

 

去来する虚脱感のまま、ほむらは曇の焼き払われた空を見上げ――。

 

 

――K、YA

 

「!」

 

 

ぐしゃりと、そこから何かが落下した。

反射的に顔を向ければ、目に飛び込んだのは弓なりに歪む大きな唇。

 

ワルプルギスの夜――その頭部が、転がっていた。

 

 

YA、。、。AHA、A、KKYKYKYKKKKKYYYYYY――

 

 

伝説の大魔女といえど、流石に太陽による一撃は相当に堪えたらしい。

胴体は大半が溶け落ち、右胸部から上だけが辛うじて残るだけ。元の巨体など見る影も無い、無残な姿だ。

 

しかし、そんな状態であってもまだ息があった。

起き上がろうと惨めにもがき、罅割れた哄笑を続けている――。

 

 

「……いい加減に、聞き飽きたのよ」

 

 

ほむらは酷く冷たい目でそれを見下ろし、レーザー銃を両手で構えた。

 

魔力が猛り、バッテリーから紫電が散る。

されど構わず注ぎ込み、力の限り引き金を引き絞った。

 

 

「――ッ!」

 

 

銃口が弾け、閃光が奔る。

 

ワルプルギスの夜は微かに身動ぎをしたものの、それだけだ。

己に迫る死の光を見つめる事しか許されず。

 

 

耳障りな哄笑が、途絶えた。

 

 

「…………」

 

 

舞台装置の残骸が崩れ、静寂が満ちる。

 

今ここに、宿願は成った。

これでまどかは絶望の因果より解き放たれ、己もまた果ての無い迷宮より抜け出す事が出来る。

 

幾度となく夢見た時間に、ほむらは到達できていた。

 

 

「――……」

 

 

……だが、それに対する高揚や、達成感といった情動は無い。

雫やマミの事をはじめ、胸に残っているしこりは幾らでもあったが――ああ、それよりも。

 

 

(来る)

 

 

ほむらは察している。

予測している。

覚悟している。

待っている。

 

――まだ全てが終わっていないと、理解していたのだ。

 

 

 

 

あ――

 

 

 

 

「――――」

 

 

時を止めた。

しかし背後より聞こえた声は途切れず、静かに響き続けている。

 

 

「――おっと、チェンジチェンジ。危うく止まってしまうところだった」

 

 

状況に不釣り合いの、朗らかな声だ。

それは軽快な足音を鳴らし、親しげにほむらへと語りかける。

 

 

「さて、どうです? これであなたの願いは叶えられたと思うのですが――」

 

「…………」

 

 

ほむらは壊れた銃を捨て、新たな銃を盾から抜く。

殺気立つその姿を気にも留めず、朗らかな声はやれやれといった調子で苦笑した。

 

 

「……あらら、お気に召さなかったようで。色々と『手間』をかけて助力したつもりなのですがね」

 

「っ……」

 

 

――だから、二人は。

雫とマミに起こっていたものを朧気に把握し、視界が赤く揺れる。

 

 

「ま、いいでしょう。事がどうあれ、これからやるべき事に違いは無い」

 

 

声と共に、足音も止まった。

噛み締めた奥歯が鳴り、握る銃が震え。

 

 

 

「暁美ほむら。あなたの永き旅路は、今ここで終わるのだ」

 

「――いいえ。この願いが行き着く先は、バッドエンド(あなた)なんかじゃない……!」

 

 

 

そこに立つのは、バッドエンド――ウ・ホンフー。

ほむらは黒髪を翻し、その額目掛けて引き金を引いた。

 

 

 

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