超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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22´話 あなたの味方なんて、どこにも居なかったのよ

――その日。見滝原の空に、極光が満ちた。

 

大規模なスーパーセルに襲われ、暴風雨に晒される見滝原の街の中。

突如として河川敷上空に発生した正体不明のその光は、太い柱となって激しい輝きを振りまいたのだ。

 

おそらく時間にして1秒にも満たないであろう、一瞬の現象だ。

しかしその光景は多くの者の目を引き付け、遥か遠方、それこそ県外からであっても観測可能な程であった。

 

当然、見滝原市内においては見えぬ場所などありはしない。

街の誰もが光に驚き、激しい雨風に向いていた意識を全て奪われたのである。

 

――そしてそれは、鹿目まどかにおいても同じであった。

 

 

「……な、なに? 今の……」

 

 

災害避難先の、とある小学校の体育館内。

家族と離れ館内をうろついていた最中、突然に窓を埋め尽くした光に身を竦ませていたまどかは、ややあって恐る恐ると顔を上げた。

 

 

(びっくりしたぁ……雷とか、どこかに落ちたのかな)

 

 

未だ激しく脈打つ胸を抑え、細長い息を吐く。

 

周囲の人々も皆同じ様子でどよめいており、不安と興奮がない交ぜとなった空気が広がっている。

まどかは胸元のアクセサリーを強く握り、不安を散らし。壁一面に並ぶ大窓に近づき、濃い曇天をそっと見上げた。

 

 

(……音、来ないな)

 

 

あれだけの光だ。雷鳴もさぞ大きいだろうと身構えていたが、そのような類の音は欠片も無い。

 

それ程の遠方に落ちたのか、光だけの見掛け倒しだったのか。

或いは……そもそも雷では無い、別の現象だったのではないか。

 

例えば、そう。誰かが繰り広げている戦闘の余波、といったような――。

 

 

「っ……」

 

 

アクセサリーを握る力が強まった。

ワルプルギスの夜と戦っている筈のほむら達は、今頃どうしているのだろう。

 

戦いはまだ続いているのか、皆無事でいるのか。心配で心配でたまらない。

テレパシーで呼びかけたい気持ちもあったが、それが邪魔となる事くらいはまどかにも分かっている。

 

故に、ただ待つしか出来ない。

まどかは小さく唇を噛み、曇天を睨み続ける。

 

 

「……え?」

 

 

見つめる内、ふと曇が薄くなっているような気がした。

 

見間違いかとも思ったが、よく観察すれば曇の隙間から細い日差しが漏れ始めている。

吹き荒ぶ暴風雨の勢いは未だ変化を見せないものの、それも遠からず弱まっていくであろう事が察せられた。

 

 

「――……」

 

 

ワルプルギスの夜が招いた嵐が、薄れようとしている。

それが意味するものに気付き、まどかの表情が喜色ばみ――しかしまたすぐに曇った。

 

 

(なんでだろう。良い事の筈なのに、胸、凄くざわざわする……)

 

 

理由は分からない。

まるで身体の内側をかりかりと爪掻かれているような、気持ちの悪い感覚が止まらない。

 

 

「……ほむらちゃん」

 

 

口にすれば、不安は余計に大きくなった。

まどかはアクセサリーを額に押し当てると、ぎゅっと目を閉じ、ただ祈り。

 

 

「――まどかっ、こんなとこに居たの?」

 

「! ママ……」

 

 

突然の呼びかけに振り返れば、そこにはまどかの母である鹿目詢子の姿があった。

帰りの遅いまどかを探しに来たのだろう。その顔に浮かぶ安堵がまどかにも伝わり、抱く不安が僅かに紛れる。

 

 

「……えっと、心配させちゃった?」

 

「当たり前でしょ。散歩ったって中々戻って来ないし、もー勢い余って外まで行っちゃったのかと」

 

「し、しないよそんな危ないの……」

 

 

とはいえ考えなかったと言えば嘘になるため、ハッキリとした否定もし難かった。

そんな若干目を泳がせたまどかに詢子は片眉を上げたものの、それ以上の追及は無く。優しくまどかの背を押した。

 

 

「ま、そろそろ戻ろ。天気も変わって来てるし、何かしらの放送とかあるかもしれないからね」

 

「……うん」

 

 

拒否する理屈も浮かばず、まどかは小さく頷きを一つ。

詢子に手を引かれるまま、待機場所のアリーナへと歩き出す。

 

 

「…………」

 

 

振り返る。

窓の外に降る雨は、先程よりもほんの少しだけ弱まっている。

 

――まどかは、いずれ訪れる雨上がりの時が、怖かった。

 

 

 

*

 

 

 

ビューン、ビューン。

間の抜けた音が一つ響く度、色褪せた世界に光の線が刻まれる。

 

上下左右、四方八方。規則性無く奔るそれらは空間自体を細かく切り分け、そのままピタリと動きを止めた。

否、動きでは無く、光線の時間そのものが止まっているのだ。

 

それが持つ灼熱も、光速も。全てを保持した状態のまま、光線はただ複雑に絡み合う。

通り抜けようとしたものは、何であれ焦げた積木と化すだろう。

 

――ウ・ホンフーは、そんな光の檻の直中を駆けていた。

 

 

「ふふ、緩い網だ――」

 

 

飛び、しゃがみ、捩り、回り。

触れれば確実に身が削がれるにもかかわらず、ホンフーは踊るように光線を避け、ただ走る。

 

そこに躊躇や恐怖は無く、顔には笑みすら浮かんでいた。

その美しくも獰猛な表情を直視した暁美ほむらは、沸き上がる恐怖を押し殺しレーザー銃のトリガーを引き絞る。

ホンフーの進路上にまた一つ新たな光の線が引かれ、直後に容易く潜られた。

 

 

「チッ……!」

 

 

ほむらの口から舌打ちが漏れるが、半ば予想していた光景だ。

ちょうどエネルギーの切れた銃を放り投げ、新たな銃を取り出すべく小盾の裏へと手を伸ばす。

 

無論、その隙を逃すホンフーでは無く、瞬時に踵を打って加速する。

銃を取り出す暇など与えない。瞬きを一つした時には既に、ホンフーはほむらを射程圏内へと収めていた。

 

そして鉤に開いたその掌を、レーザーにも迫る速度でほむらの喉元へと突き出して、

 

 

「……!」

 

 

しかし次の瞬間ホンフーは腕を引き、その場から大きく飛び退り――直後、ホンフーの居た場所にレーザーの雨が降った。

見ればいつの間にやら世界は色を取り戻しており、焦げた大地の匂いが鼻を突く。

 

――時間停止が、解かれている?

 

ホンフーがそう理解すると同時、再び世界から色が抜けた。

見れば先程降ったレーザーの雨が格子状に組まれ、ホンフーとほむらとを隔てるフェンスとなってその時間を止めていた。

 

潜り抜ける隙間の無い精緻な網の向こうには、小盾の裏に手を入れたままのほむらが、動揺した様子も無くホンフーの動向を窺っている。

銃を取り出す振りをして、盾の機構を作動させたのだ。それに気付いたホンフーは、感心と共に目を細めた。

 

 

(フェイント、それにレーザーも予めこの形になるよう計算して撃っていたと。明らかに時間停止に対応できる者を……というか私を想定してらっしゃる)

 

 

今度は不規則かつ小刻みに時間停止が解かれ、その度に意識外からレーザーが迫る。

緩急の定まらないそれらの軌道を予測する事はホンフーであっても難しく、ひとまず回避に専念せざるを得なかった。

よく対策された戦い方に、ホンフーの口元が苦笑の形につり上がる。

 

 

「やれやれ……いつごろ私の存在に勘付かれたので? 報告では、そのような素振りは無かった筈なのですが」

 

「…………」

 

「うーん冷たい。ま、せっかくの再会ですし、もう少し和気藹々といきません?」

 

 

再会。その言葉が意味するものは明らかだ。

眼前に立つ彼が、前の時間軸で自分と戦ったホンフーであるという事実が明確となり、ほむらの奥歯が大きく軋む。

 

 

「……あの時。私は、あなたを仕留め切れていなかったのね」

 

 

つまりは、そういう事なのだろう。

身体の半分を吹き飛ばしたからといって油断せず、きっちり挽肉にしておくべきだった。

ほむらはそう後悔するも、全てが遅く。

 

 

「ええ、ええ。おかげで、あなたの時間遡行を体験する事が出来ました。同行を許して下さり、本当に感謝いたします」

 

「……、……お互い様ね。こちらもあなたがノロマだったおかげで、まだバッドエンドに到らず済んでいるもの」

 

 

嫌味に嫌味で返し、ついでにレーザーをおまけする。

 

ホンフーがほむらと共に時間遡行をしていたのであれば、ほむらはスタート地点である病室で目覚めた直後に襲われていてもおかしく無かった。

だが実際は今この場に至るまで目立った動きは見せず、その間にさやかから齎された情報から、最低限の対策をする事さえ出来たのだ。

 

ホンフーはひょいとレーザーを躱しつつ、白々しく肩を落とす。

 

 

「ノロマだなんて、酷い言い草ですねぇ。私も心身をすり減らしながら、ひいこら頑張っていたというのに……」

 

「どの口で」

 

「あら、信じて頂けない? ではじっくりと説明いたしますので、武器を捨てて一時停戦しましょうよ」

 

「良い提案ね。じゃああなたの武器(肉体)を捨てるのを手伝ってあげるから、そのまま動かないでいてちょうだい」

 

「うーん、また脳みそ半分焼かれるのも嫌なので、この話は無かった事に」

 

 

ホンフーはそう軽口を叩き、一度大きく距離を取る。

飛び交う無数のレーザー群を挟み、改めて二人の視線が交差した。

 

 

「今まで、コソコソ何をしていたの」

 

 

ほむらの口から、漠然とした問いかけが漏れる。

何故、今の今まで手を出して来なかった。不意を打とうとしなかった。それがどうしても解せなかったのだ。

 

無論、ほむらもまともな返答があるとは期待していなかった。

しかしホンフーは有耶無耶にする様子も無く、あっさりと語り始める。

 

 

「勿論、今この時の為の準備ですよ。一度あなた達にしてやられている身ですからねぇ、少しばかり入念にさせて頂きました」

 

「……美樹さやかと佐倉杏子を田舎に飛ばしたのも、その一つ?」

 

「あら、それもご存じ? やはり侮れませんね、あなた」

 

 

ホンフーは感嘆混じりの溜息を零しつつ、光線の隙間を探った。

幾つかの突破点は各所にあれど、罠の匂いも非常に強い。迂闊には動けず、放たれ続けるレーザーを止める術も無く。

じり、と。ホンフーの足裏が地を擦る。

 

 

「ま、お二人に関しては感謝して頂きたいものです。前のような酷い運命から遠ざけ、美樹さやかに至っては想い人の治療まで面倒を見てあげたのですから。私のコードネームが泣いてますよ」

 

「……その代わり、別の二人にその運命を押し付けた」

 

 

絞り出すような呟きと同時、ほむらの握る銃のグリップが軋みを上げた。

 

 

「保澄雫と巴マミ――随分と強引に使い潰したようね」

 

「効果的に、といって欲しいものです。彼女達は私の求めた役割を、しっかりと完遂してくれたのですから」

 

 

そう語るホンフーの表情は、薄い笑顔のまま変わらない。

そこに申し訳なさや罪悪感の類は一切見られず、殊更にほむらの神経を逆なでるのだ。

 

 

「分からない。ワルプルギスの夜の討伐が、あなたに何を齎すというの」

 

「そうですねぇ……強いて言うならば、火を点けてくれる可能性ですかね」

 

 

その惚けた返答にほむらの視線が更に強いものとなるが、ホンフーは笑みを浮かべるだけだ。どうやら、それ以上説明する気は無いらしい。

問い詰めたところで語るとも思えず、ほむらは苛立ちを抑えつつ思考を切り替え、その疑問を後に回した。

聞くべき事は、他に幾らでもあるのだ。

 

 

「……役割、と言ったわね。彼女達は、いつからそれを課せられていたのかしら。保澄さんは、きっと随分前からなのでしょうけど」

 

 

雫の遺した、最期のうわ言。あれはつまりそういう事だったのだと、ほむらは察していた。

しかしホンフーは愉快気に笑みを深め、首を振る。

 

 

「残念、ハズレ。確かに私と雫さんは昔からの馴染みでしたが、彼女には何も命令していない。むしろ、あなたのために私を裏切ろうとさえしていたというのに」

 

「……裏切る?」

 

「あなた達との交流に、雫さんの意思以外は介在していなかったという事ですよ。そうして勝手にあなたに絆されて、色々バラそうとする始末。流石にそれをされたら困っちゃうので、私の事は全部忘れて頂いた訳ですね。ああ、報われない」

 

「……っ」

 

 

ほむらの構える銃身が僅かに揺れ、ホンフーの目が細まった。

 

 

「あとは先程あなたが見た通り。ワルプルギスの夜の討伐にあたり、有効に消費させて頂きました」

 

 

ホンフーはそう言って、懐から取り出した注射器を掲げる。

超能力者を生み出す薬品である『ハピネス』――それを桧垣が調整したものだ。

 

即効性を極限まで高めたそれは、使用した瞬間にその効果を発揮する。

その代わり、取得する超能力が極めて小規模なものとなるというデメリットが発生するが、魔法少女にとっては無関係といえた。

 

――超能力を得た魔法少女、或いは魔法少女となった超能力者は、己の魔法を暴走させる。

 

それはピースメーカーを始め、ジャジメントの研究材料となった魔法少女の多くに発生した現象だ。

例えどのような超能力であろうとも、取得させればそれだけで良かったのだ。

 

 

「素の雫さんでも不死のオオカミ男は屠れましたが、かの大魔女相手に通用するかは分かりませんでしたからね。これでお手伝いをしてあげたのですが……どうやら上手く行ったようで」

 

「手伝い? あんなものが?」

 

「実際、多大な貢献をしてくれたでしょう? ま、あれでギリギリだったみたいですから、いずれにせよワルプルギスの夜討伐に彼女の犠牲は必要だったのでしょうね」

 

「――……、」

 

 

ほむらはそれに、反論する事が出来なかった。

雫の魔法の暴走が無ければどうなっていたかなど、考えるまでも無かったからだ。

 

そうして唇を噛んだほむらに、ホンフーはわざとらしく手を打った。

 

 

「ああ、それであれば、巴マミも良い働きをしてくれました。彼女のおかげで、多くの事がスムーズに進んだ」

 

「保澄さんが制御できなくなったから、洗脳して使い捨ての盾にしただけでしょう……!」

 

「いえいえ、さっきの事だけでは無く――ねぇ?」

 

「……?」

 

 

その言葉の意味が分からず、ほむらの眉が困惑に顰む。

レーザーを吐き出し続けている銃口が、揺れた。

 

 

「そちらは気付いていなかったのですか。ふふ、さては雫さんの方ばかり見ていましたね?」

 

「……何を」

 

「――本当に、何も分からない?」

 

 

そう問いかけ返された瞬間、ほむらの脳裏に浮かび上がるものがあった。

 

それはかつて違和感を抱いたものの、ハッキリとした像を結ばず終わった不確かなもの達。

ほむらの記憶の底に打ち捨てられていたそれらが、今この場において急速にその存在感を増して行く。

 

――例えば、携帯端末。

 

マミの持っていたあの端末は、いつもの巴マミが使っている機種では無かった。だからこそ、薔薇園の魔女討伐後に別れる間際、ほむらは首を傾げたのだ。

だがそれに意味があるとは思えず、それきり疑問を消してしまった。

 

――例えば、見知らぬグリーフシード。

 

家の魔女を倒し、皆で集まった時。

ほむらに初動の遅れを追及されたマミは、見た事のないグリーフシードを取り出した。この魔女を倒していたのだと、そう言って。

 

数多の時を繰り返すほむらは、見滝原に現れる魔女の全てを知っている。

にもかかわらず、そのどれでもないグリーフシードを掲げたマミを、もっと深く疑っておくべきだった。

 

 

(ふと見れば端末を握っていた事。あれほど心を許していたインキュベーターの件を、後回しにしていた事。他にも、これまでと違っていた事は幾つもあった……!)

 

 

一つ一つは、気に留めずとも良い些細な事。

時間遡行の度に起こる差異の一つとすればそれまでであり、だからこそほむらも多くを問いたださずに見送った。

 

……だが、それらが複数積み重なったのならば。

誰かの、第三者の意思が、間違いなくそこにあった。だからこその変化だったのだ。

そしてそれは、おそらく――。

 

 

「……いつから」

 

「はい?」

 

「――あなたはいつから、巴マミに干渉していたの?」

 

 

そうとしか考えられなかった。

ホンフーはほむらの知らぬうちにマミへと接触し、何らかの洗脳を施したのだ。

数々の要素は元より、何よりも彼自身の言葉がそれを示唆している。

 

絞り出すようなその問いに、ホンフーは悪戯の成功した子供のような顔をして――。

 

 

「そんなの、最初からですよ」

 

 

よく通る声で、そう告げた。

 

 

「時間遡行が果たされた直後、私もあなたを追って一度見滝原を訪れた。そして幸運にも巴マミと遭遇し――その時に、ちょいとね」

 

「……、……」

 

 

何かを言おうとして、失敗。

ほむらは結果的に口を挟めないまま、ホンフーの話をただ聞いていた。

 

 

「以降、彼女は私の『駒』として、あなたの動向を逐次報告してくれていたのですよ。監視という意味では非常に役に立ってくれたのですが……些細な事でも連絡してくるので、若干困っちゃってました」

 

「っ……あの端末と、グリーフシードは、その為の……!」

 

「ええ。端末は私が持たせた、魔女の結界以外であればどこに居ても通じるジャジメント製。グリーフシードは怪しまれた時の言い訳作りになるだろう、とね。というか、そこまで気付いておきながら見抜けなかったんですか?」

 

 

ホンフーは嘲るように口端を上げ、ほむらに気取られぬように爪先へ勁を流し込む。

時が止まっているが故に、地面は抉れず砂塵も舞わず。何一つの変化も無く、その時は近づいてゆく。

 

 

「ま、ともあれ――これで分かりましたか? この時間での、あなたの立場」

 

「……そんなの、あなたの敵に決まっているでしょう」

 

「またまたぁ。そういう意味じゃないの、分かってるクセに」

 

 

ほむらの眉間に深い皺が刻まれる。

抑える激情が呼気に漏れ、銃口の揺らぎが徐々に激しさを増していた。

 

 

「今この時間は、リセットなんてされていない。『前』の時間から途切れずに、ここにずぅっと続いている」

 

「…………」

 

「あなたはそれに気付けないまま、取り巻くものの殆どを御膳立てされたのです。ああいや、ここに至っては全てと言っても差し支えない」

 

「……黙りなさい」

 

 

絞り出されたその呟きは、聞き届けられる事は無く。ホンフーは逆に、嬉々として声を張り上げた。

 

 

「それはお友達についてもそう。あなたのかつての仲間は私が見滝原より連れ去り、今の仲間は元より私のお人形――」

 

「ッ!」

 

 

それ以上は聞きたくないとでもいう風に、ほむらは銃のトリガーを引き絞る。

しかし新たな光線が奔るよりも早く、その一言は紡がれた。

 

 

 

「――最初から最後まで。あなたの味方なんて、どこにも居なかったのよ」

 

 

 

「――――」

 

 

――あと、任せたっ――!

――残せたもんを自分で潰しちゃ世話ねーだろ。

 

 

声が。

 

 

――ありがとう、ほむらさん。

――あなたの事を信じます。これから、よろしくお願いね。

――だって、勝てるから。みんな揃って、絶対に……。

――でも、コーヒーを淹れて貰う約束はしてるじゃない。

 

 

ほむらの意思とは無関係に、無数の声が脳裏を過った。

 

日常の一幕。或いは戦闘における一場面。大切ではなかった筈の記憶達が、雪崩の如く蘇る。

そして一秒にも満たないその白昼夢は、ほむらの芯を大きく揺さぶって。

 

――レーザー銃を握る彼女の手が緩み、あらぬ方向へ光が飛んだ。

 

 

「ッ――」

 

 

その致命的な一筋を見た瞬間、ホンフーはその場から消えていた。

隙を晒したほむら目掛け、残像すら残さぬ程の速度でもって駆けだしたのだ。

 

 

「しまっ……!」

 

 

一瞬遅れて我に返ったほむらが時間停止を解き、周囲に停止するレーザーを解き放つ。

そうして再びホンフーの身に四方八方からレーザーが迫るも、その尽くが当たらない。光の奔るタイミングが、完全に外れていた。

 

 

「……獲物を前に策をペラペラ解説するのは、三流未満のする事です。しかし――」

 

 

呟き、ホンフーは更に加速。

対するほむらは舌打ちをする間すら惜しみ、小刻みに時間停止を繰り返しレーザーの速度を調節。そして最後に大きく飛び退き、とある地点に着地すると同時に再度時間停止を行った。

 

するとほむらの前方にまたも光の格子が作られ、ホンフーの進路を妨害し――。

 

 

「――それで相手のミスを誘発できるのならば、私は幾らでも饒舌になりましょう」

 

 

だが、一点。編まれた格子の一角に、明確な空白が生まれていた。

 

――先程の誤射。それにより、格子を構成する為の光線がひとつ、減ったのだ。

ホンフーは躊躇なくその隙間へと飛び込み、衣服の裾を犠牲に突破した。

 

 

「こ、のっ――!」

 

 

彼我の距離は、目と鼻の先。

ほむらはすぐに時間停止を解き、盾より小さな機械を幾つも取り出し、回転を付け放り投げる。

かつて反ジャジメント組織より盗み出した、小型レーザートラップだ。

ほむらの魔力で強制的に暴走状態となったそれらは、レーザーを撒き散らす独楽と化し、周囲を薙ぎ払う。

 

相手だけではなく、ほむら自身でさえ攻撃範囲へ含んだ無差別攻撃。

リスクはあったが、これならば射線は読まれず、多少の足止めにはなる。頬を掠めるレーザーに目を眇めながら、ほむらはその場を離脱して、

 

 

「――なっ!?」

 

 

だが、ホンフーの足は止まらない。

 

全てのレーザーを躱し切っている訳では無かった。避け切れなかった幾つかがその身を穿ち、決して小さくない傷を作っていく。

しかしそれら全てを些事と切り捨て、最低限の回避行動でもってほむらの身へと迫るのだ。

 

まるで――かつての焼き直しのように。

 

 

(止め、間に合わな、逃、げ、)

 

 

ほむらは反射的に、砂時計に残る全ての砂を落としかけ、そして止まる。

 

時間遡行をした所で、ホンフーは確実に追って来る。

今回と違い、次は最初から全力で捕えに来る。

だがこの時ほむらによぎったのは、そのどれでも無く。

 

 

(――ワルプルギスの夜を斃せたこの時間を、捨てる?)

 

 

……葛藤したのは、ほんの一瞬。

しかし今この場において、それは確かに致命的な間であった。

 

 

「――そのまま戻ればよかったのに」

 

 

次の瞬間、ほむらの眼前にはホンフーの顔が浮いていた。

 

そしてほむらが我に返るよりも早く、その両肩の付け根に二本ずつ指を突き刺し――大きく弾く。

たったそれだけで、ほむらの肩は砕かれていた。

 

 

「ぁぐっ――かはっ!? 」

 

 

続いて顔面を掴まれ、勢いよく地に叩き付けられた。焦げた地面に亀裂が入り、後頭部から鮮血が迸る。

大きく脳が揺らされた事により、ほむらの意識が僅かに飛んだ。

 

 

「うぁ、っの……!」

 

 

だが、気絶は堪えた。まだ、まだ終わってはいない。

先程の足止めの折、服の袖口にレーザートラップを一つ潜ませてあった。ほむらは両肩に走る激痛を無視し、胴の捻りでもって強引に腕を振り、

 

 

「動きなさい」

 

 

――しかしその声を聞いた瞬間、ほむらの身体は一切の自由を失った。

 

瞳から光が消え失せ、腕が垂れ。袖口のレーザートラップは作動する事無く零れ落ち、小さな音と共に転がった。

 

 

「……今回は、誰も助けに来はしない」

 

「…………」

 

 

ホンフーはほむらの喉元を掴むと、人形のように弛緩した身体を持ち上げる。

そしてその腕より盾を抜き、その中央部分――砂時計のある場所を指でなぞった。

 

 

「ふふ、こうなると本当に三流未満になってしまいそう。ああ、申し訳ありません。抑えが利かない」

 

 

ホンフーの頬には、うっすらと赤みが差し込んでいた。

それは運動によるものではなく、期待と興奮によるものだ。

 

そして言葉通りそれ以上の遊びも無く、再度デス・マスを声に乗せた。

 

 

「黙秘なさい――あなたがキュゥべえに願ったものは、何ですか?」

 

「――――」

 

 

ぴくり。ほむらの身体が微かに揺れ、ゆっくりと口が開く。

喉を掴まれているため吐息は苦しげに震えていたが、ホンフーは構わず耳を澄ませた。

 

望み続けた魔法をコピーする為の、最後の一ピース――『願い』。

 

それが今、目の前に現れようとしている。知らずホンフーの鼓動が高まり、細首を掴む掌にじわりと汗が滲んだ。

しかし。

 

 

「――っ……、――……ぁ、っ……!」

 

「……驚いた。この状態で抵抗しますか」

 

 

ほむらはパクパクと口を開閉するだけで、答えは返らず。

ホンフーの意図は分からずとも、それがろくでもない結果を呼ぶと察したのだろう。

ただ意思のみで喉を閉じ、必死に洗脳へと抵抗しているのだ。

 

 

「流石。おそらくは時間遡行と失敗を繰り返しながらも、ずっと折れずにいただけの事はある。素晴らしく強い精神ですが――ま、抵抗なさい」

 

「ッ!! ――……ぁ、まど、ぅあ、っくぅ……!!」

 

 

更に言葉を重ねられ、ほむらの喉から言葉が絞り出された。

どうにか抵抗はしたものの、ホンフーの追撃は終わらない。

 

 

「黙りなさい、反抗なさい、隠しなさい、噤みなさい――」

 

「ぁ、ぎ……まど、っ、はっ、ぁあ、わた、にィ……!」

 

 

次々と放たれる命令がほむらの脳と心を抉り、その意思を捻じ曲げる。

まどかを想い守っていた最後の一線も、やがては罅割れ、崩れ去り。

 

 

 

「ま――まどかとの出会いを、やり直し、たい。そして、愛する彼女を守れる私にっ、なりたい……!」

 

 

 

……こじ開けられた口から絞り出されるそれを聞いた時。

ホンフーはほんの一瞬、己が浮かべている表情を見失った。

 

 

「――――」

 

 

笑顔か、安堵か、涙か。本当に表情を作れているのかすらも曖昧だ。

分かるのはただ、心の内より沸き上がる、大きな大きな歓喜だけ。

 

 

――今、ここに。道筋が、はっきりと照らされた。

 

 

「ふ……は、ははっ……!」

 

 

やがて、掠れ震える声が落ち。

ホンフーは盾を持つ片手を器用に繰り、懐から取り出したそれをほむらへと突き立てた。

 

 

 

*

 

 

 

「――ぁ、ぐっ!?」

 

 

衝撃。

強かに打ちつけられた背中の痛みに、ほむらの意識が覚醒した。

 

 

(……? 私、何が――……っ!)

 

 

耳鳴りが酷い。視界がぼやける。

一体、何が起こった。疑問に首を傾げかけ、それより早く思い出す。

 

 

「バッドエン――ぁうっ!?」

 

 

そして即座に臨戦態勢を取ろうとして、失敗。

突如首筋から激痛が走り、堪らずその場に崩れ落ちる。

 

 

「ぎぁ、くぅッ……な、に……!?」

 

 

まるで、首にもう一つ心臓が生まれたかのようだった。

ずきん、ずきんと脈打つ度、激しい痛みと熱が全身を駆け巡り、脳の奥からは痺れが染み出す。

砕けた肩では患部を抑える事も出来ず、ほむらは身を丸めて苦痛を耐え続けるしかなかった。

 

突然の混乱と苦悶の中、板張りの地面の冷たさがやけに強く肌を焼き――。

 

 

(……い、た?)

 

 

気付く。

 

……何故、板の上に居る?

先程までの戦場は、太陽の熱で焦げた地面だった。あの場所に、床板など存在する訳が無い。

 

では、これは。この感覚は、一体どういうことなのか。

 

 

(――バッドエンドに、何処かへ転移させられた……!)

 

 

その答えに行きついた時、音を立てて血の気が引いた。

 

自分は今どこにいて、どんな状態になっている。

必死に目を見開き周囲を見回すも、やはり視界はぼやけたまま、ろくに景色を映さない。

しかし、こちらを遠巻きに囲む人の気配がある事だけは辛うじて分かった。

 

 

「……んだ、この子……突ぜ……ら降って……」

 

「うそ、血だら……しよう……救急……いの!?」

 

「待っ……肌が……ラス……?」

 

 

集中すれば、耳鳴りに混じり人々の騒めきのような声が聞き取れる。

咄嗟に時を止めようとして、盾そのものが無くなっている事に気が付いた。

慌てて再度作り出そうとも、魔力が形を成そうとしない。

 

以前のように盾を奪われ、支配権を奪われている。

そう確信するのに時間はかからなかった。

 

 

(バッドエンドッ……近くには居ない? 周りの声の中? どうする、どうしたら……!)

 

 

現状の何もかもが不明瞭。だが、善くない状況にある事は確実だ。

 

早く、早く打開策を見つけなければ、おそらくもっと悪い事態に落ちてゆく。

ほむらは途轍もない焦燥に炙られながら、鉛のように重たい脳を懸命に回し、

 

 

「――ほむらちゃん!?」

 

 

遠巻きの気配より飛び出したその声を聞いた途端、ぼやけた思考が一気に晴れる。

 

激しい耳鳴りの中にあっても、聞き間違える筈が無い。

どうにか首をねじり視線を向ければ、ほむらの方へと走り近寄る人影が一つ。

 

――鹿目まどかが、そこに居た。

 

 

「ま、鹿目さん!? どうして……!」

 

「ど、どうしてって、ほむらちゃんが急に落ちて来たからっ! それより、その怪我……!」

 

 

まどかは泣きそうな顔で介抱に走り、ほむらを壊れ物を扱うように抱き起こす。

激痛に苛まれる中であってもなお感じられる温もりと柔らかさが、ほむらの身体を包み込み――反面、その胸中には不安と危機感が膨らんでいく。

 

 

(まどかが居るなら、ここは避難所? でも、何のために、こんな所へ)

 

 

まさか、慈悲という訳ではあるまい。

そんな情を施すような男ではないと、既に心の底から思い知らされている。

絶対に何かの企みがある筈だ。それも、ほむらにとって最悪に近いものが。

 

 

(早く……早く、とにかく動かないと……!)

 

 

このまま苦痛の波が収まるのを待ってなどいられない。

ほむらはまどかの腕より抜け出すべく、その愛しき手をそっと押し除け――。

 

 

「……ほ、ほむらちゃん、これ……なに?」

 

「……?」

 

 

だがその寸前、ほむらの傷を診ていたまどかが、何故か怯えた声で呟いた。

ほむらは砕かれている両肩を指しているかとも思ったが、彼女の視線はそれよりも上。額のあたりに注がれているようだった。

 

 

「……血の事なら気にしないで。魔法少女にとっては大した怪我じゃ、」

 

「違うのっ。その、これっ!」

 

 

まどかは覚束ない手つきで手鏡を取り出すと、ほむらへと向けた。

 

未だ視界はぼやけていたが、目の前にある物ならば辛うじて焦点は合う。

ほむらは怪訝に眉を寄せつつ、鏡に映る自分を覗き込み、そして、

 

 

「――――え?」

 

 

言葉を失った。

 

ほむらの頭部。

額から目元にかけてが、透き通るようなガラス状に変質していた。

 

 

「な、っ……!?」

 

 

見開いた眼球すらもガラス玉。

 

一瞬呆け、すぐに動転。反射的に額へ触れようとするも、やはり腕は動かない。

代わりにまどかが震える指を伸ばし、恐る恐るとガラスの肌へと触れた。

 

 

「ほ、ほんとに、ガラスみたい……。これも、何かの魔法……なの?」

 

「――、……」

 

 

問われても、ほむらに返せる答えは無かった。

理解不能の現象に掻き乱されるまま、混乱を押し殺すしか無く――。

 

 

「……っ」

 

 

そうして手鏡から目を背けるように俯いた時、指先もまたガラス化している事に気が付いた。

 

今まさに変質が進行しているらしく、指先から手首へと徐々にガラスになっていく。

その光景にほむらは恐怖を抱くと同時、どこか既視感のようなものを感じていた。

 

 

(……まさ、か)

 

 

浮かぶのは、先程目撃した雫の最期。

薬品を打ち、身体の末端から風化し崩れ去っていく、あの光景――。

 

ほむらは、それが今自分に起きている現象と似通っているようにも思えて。

 

 

「――あ、ぁ」

 

 

 

その、瞬間。

ほむらはこの苦痛の意味と、先に待つものを理解した。

 

 

 

「……げて」

 

「え? ほむらちゃ――」

 

「逃げて、まどか!」

 

 

本当は、今すぐにでも泣き叫びたかった。

このまままどかに包まれ、ただ震えていたかった。

 

しかし今我を失えば、待っているのは真の意味での絶望だ。

ほむらは砕かんばかりに歯を食いしばり、強引にまどかの腕から転がり落ちる。床にぶつけた肩が悲鳴を上げたが、それすら無視して這いずった。

 

 

「ど、どうしたの!? 逃げてって、どういうこと?」

 

「お願いだから私から離れて! でないと、あなたがっ――!」

 

 

心優しきまどかといえど、尋常ではないほむらの様子に気圧されたようだ。

必死に距離を取ろうとする彼女を見つめたまま、駆け寄ろうとした足が止まる。

 

――ごとり。

二人の間に『それ』が落ちたのは、その時だった。

 

 

「きゃっ!?」

 

「っ!?」

 

 

虚空から出現したそれは、丸いフォルムをした銀色の金属だ。

ほむらはそれを見知っていた筈だった。だがガラス玉の眼球では、きちんと視認する事ができず。

 

だからこそ、それを聞いた。聞いてしまった。

 

 

 

『無視しなさい』

 

 

 

「……あ」

 

 

銀色の金属――クモの内臓スピーカーから流れた一言を聞いた途端、ほむらの意識はクモへと固定されていた。

それはまどかや遠巻きの人々も同じだったようで、皆が皆虚ろな瞳でじっとクモを注視する。

 

 

「え……? これ、って……」

 

「ダメ! 耳を塞いで! まどかっ、まど――」

 

『騒ぎなさい』

 

 

また声が響き、抵抗の意思すらもが奪われた。

状況と反し凪いで行く心に酷い気持ちの悪さを感じながら、ほむらはガラスの指先をまどかへ伸ばし――。

 

 

 

『友の記憶を、保ちなさい』

 

 

 

ふ、と。

自分が誰に手を伸ばしているのかが、分からなくなった。

 

 

「――違う!! そんな訳、無いッ!!」

 

 

唇を噛み切り、耐える。

 

自分がまどかに忘れられる事は良い。時間遡行を繰り返す中で、既に慣れ切った事柄だ。

……だが、暁美ほむらという存在が鹿目まどかの記憶を失うなど、絶対にあってはならない。

それは、命を失うよりも怖い事だ。

 

 

(何が狙いなの、あの男ッ……!?)

 

 

ともすれば掠れ始めるまどかの顔を繋ぎ止め、心に刻む。

そして早くクモを処理すべく顔を上げ――はっと、息を呑んだ。

 

 

「――――」

 

 

床に転がるクモの向こう側。そこに居る筈のまどかの姿が、ぼやけて見えた。

それはガラス玉となった眼球に身体が適応出来ていないが故のもの。

しかしほむらは、自分がまどかの姿を忘れたのだと、ほんの一瞬だけ錯覚した。

 

そう――その時、ほむらの心は確かに揺らいでしまったのだ。

 

 

『大切な人の記憶を、保ちなさい』

 

「――あ」

 

 

その隙間に声が差し。

ほむらの中で、何かが壊れた音がした。

 

 

『救うべき人の記憶を、保ちなさい』

 

 

記憶のみならず、その想い、その愛でさえ、何もかも。

『暁美ほむら』が崩れて消えて、心が漂白されていく。

 

 

『愛する人の記憶を、保ちなさい』

 

 

愛する誰かの名前が消えた。

名前を知らない誰かの声が消えた。

声を知らない誰かの優しさが消えた。

優しさを知らない誰かの温もりが消えた。

 

そして最後に、名前も声も優しさも温もりも知らない誰かの笑顔が胸に浮かび。

 

 

 

『――願いの記憶を、保ちなさい』

 

 

 

「――――」

 

 

全てが消えて、喪われた。

 

『暁美ほむら』は、既に少女の形をした抜け殻となっていた。

記憶も、願いも、心すらも失われ。力なく倒れ伏すガラスの人形。

 

肉体も、人である部分は最早幾許も無い。

僅かに残った血肉も徐々にガラスと化し、やがてその表面に無数の罅が入り始め、

 

 

「……?」

 

 

今にも砕けそうなほむらの指先を、何かが優しく包み込む。

 

緩慢に目を向ければ、そこにはまっさらな瞳をした少女が一人。

ほむらと同じく、何もかもを奪われたまどかの姿だ。

 

何も覚えていない筈の彼女は、見知らぬ、それもまともな人間には見えないであろうほむらの手を握り、気遣わしげな表情を浮かべていた。

 

 

「……だい、じょうぶ……?」

 

「…………」

 

 

ほむらの指先が微かに動き、まどかの指と絡んだ。

記憶は無く、互いに誰かも分からない。だが、そうである事が自然であるというかのように、二人は静かに見つめ合う。

 

 

――それは確かに、暁美ほむらと鹿目まどかの出会いであった。

 

 

「あ……」

 

 

ほむらの指先が砕け、まどかが小さな声を上げる。

直後、ほむらの全身を罅割れが覆い、

 

 

――暴走した魔力が、その場の全てを呑み込んだ。

 

 

 

 

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