超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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「――そうだ、さやか。キミが魔法少女となるに当たり、一つ知らせておきたい事がある」

「これはキミだけじゃなく、この街を訪れる魔法少女全てに教えている事だ。一部、接触できない魔法少女を別としてね」

「……悪いけど、そんなに楽しいものじゃない。良いか悪いかで言うと、間違いなく悪い話さ。だからこそ、伝えさせて欲しい」



「……今、この街には。バッドエンドと呼ばれる、超能力者の殺し屋がうろついているんだ」



「本当さ。今まで平和な世界に居たキミには馴染みがないかも知れないけど、殺し屋や超能力者という存在は意外と沢山いるんだ」

「特に彼はその中でも別格だ。もし遭遇したら、無闇に戦わず一目散に逃げて欲しい。幾らさやかの魔法があっても殺されてしまうよ」

「まさか。でも魔法少女であっても、無敵という訳じゃない。キミもよく知ってるはずだよ」

「……ありがとう。僕もキミの事は好ましく思っているからね、分かってくれて良かった」

「ああ、そうだね。特徴というと、中国服を来た麗人という外見をしているよ。……他にかい?」

「……うーん、これはちゃんと確認できていないから、間違っているかもしれないんだけど……」


「どうも彼は、興味を持った存在をどうやってか超能力者にして回っているようなんだ――」





7話 偶然だよね、きっと

 

 

裏の世界は、中々に狭い。

 

光を受ける一般社会。その背より伸びる影の中でしか存在できない世界であり、舞台そのものが限定的かつ閉鎖的である為だ。

 

そして殺し殺されの世界である以上、争いの規模は世界の狭さに反し、一般社会のそれよりも派手なものとなる場合が多い。

一度事件や抗争などが起これば、規模の大小に関わらずその噂は瞬く間に裏の世界を席巻する。目立った者や被害の詳細など、多少力のある者の耳には事細かに届く事となるだろう。

 

裏の世界においては情報の重要度が特に高く、また伝達速度も非常に速いのだ。

 

その為、情報屋と呼ばれる者達も存在し、その地位を確かなものとしている。

ジャジメントや九百龍と言った各勢力に抱えられる者。或いは勢力問わず、金さえ払えば誰にでも情報を売る者。数は多く、その質も様々だ。

 

そして彼らは横の繋がりを密として、独自のネットワークを築きながら世界各地のあらゆる場所で活動している。

特に日本においては何かと世界を揺るがす大騒動の火種となる要素が多く、目を光らせている情報屋も多い。

 

――ここ見滝原においてもそれは同様。

少数ではあるが常に幾人かは街の影に潜んでおり、接触を図ろうと思えば可能ではあった。

 

 

 

 

「――ほら、これが今持ってる全部だ」

 

 

病院近くの図書館。その談話室。

くたびれたスーツを纏った男から、ホンフーは小さなメモ帳を受け取った。

 

ちらりと確認してみれば、そこには幾つもの人物の名前と、彼らが関わったとされる騒動や事件の詳細がずらりと並べられていた。

ホンフーの要求した、現在見滝原に潜んでいる裏の者達のリストと、その動向だ。

 

 

「はいどうも。……にしても今時紙束での受け渡しとは、古風ですねぇ」

 

「ちょっと前、どっかの誰かが電脳世界で好き勝手してくれたもんでなぁ。俺らみたいな木っ端はビビっちまって、機械が苦手になっちまったのさ」

 

「……私自身は、『アレ』とは余り接点は無かったんですけども……」

 

 

男――情報屋のちくちくと突くような皮肉に、ホンフーはメモを流し読みつつ困ったような笑顔を零す。

 

かつて現ジャジメントがツナミと名乗っていた頃、ツナミに関する特定の情報を発信する事が不可能となっていた時期があった。

デウエスという凶悪な電子生命体が、ツナミと裏世界との関係を明るみにしようとした者を「喰らい」、物理的な情報抹消を行っていたのだ。

 

メールや通話を始めとする通信伝達手段は勿論、掲示板の書き込み、プログラムに紛れ込ませての暗号文まで全てが監視され。

完全なスタンドアローン方式の端末にデータを隠しても意味はなく、一時期は世界全体の情報ネットワークがツナミの手中に落ちていた。

その際、デウエスに喰われ電子の塵となった情報屋も少なくない。

 

数年前にとあるネットゲーマー達と一人の女性の活躍により、その驚異は取り払われたが――やはり、当時の恐怖と警戒心はそう簡単には消えないらしい。

一部の慎重な情報屋の間では、紙媒体でのやり取りが主流になるという時代に逆行する現象が起きていた。

 

 

「そうは言っても同じ組織だろうが。連帯責任としてイヤミくらいは貰ってほしいもんだがね」

 

「うーん理不尽。しかしまぁ彼女もやりすぎましたからねぇ……必要経費として受け取っておきましょ」

 

 

そうこう雑談している内に、メモを捲る音が止む。全ての情報を脳内に叩き込んだのだ。

しかしホンフーはどこかガッカリした様子で、メモ帳をゆらゆらと弄びながら溜息を吐く。

 

 

「……何だ、情報に不満でもあるのかい」

 

「いえ、この街に潜む武装組織の動向や人員、野良の能力者の詳細など、基本的な物には問題ありません。ですが……」

 

 

一呼吸置き、もう一度メモを見る。

 

 

「……魔法少女についての情報は、他に?」

 

 

そう、このメモには他の者達については十分に纏められていたものの、魔法少女の情報だけが極端に少なかった。

 

たった一人だけ。見滝原にテリトリーを持っていた『巴マミ』という少女の名と住所、直近の様子と、彼女が数日前に行方不明となった現状が記されているだけで、それ以上のものは無し。

持っている異能力の詳細を含む、「魔法少女」としてのデータがまるっきり欠けているのだ。

 

それを指摘すると、男はバツの悪そうな顔となり、荒々しく後頭部を引っ掻き回す。

 

 

「悪いな、そこが俺の情報屋としての限界だ。その嬢ちゃんが魔法少女だと知れたまでは良かったが……これ以上のもんは無理だった」

 

「……やはり、魔女がネックですか」

 

「ああ、生憎サイボーグ手術も何も受けてねぇ身だからな。レジスタンスのアホどもみてぇなのはともかく、バケモン相手にゃ対処のしようがねぇんだ」

 

 

情報屋が扱う「情報」とは、ネットや書物を漁って得られるような表面的な物ではない。

 

己の頭脳と足を使って探し回り、弁舌や時には潜入技術を駆使して引き出し、推理と推論を重ねて形にする――。

そのような苦難の末に、ようやく得られる価値ある物だ。

 

当然、それには情報屋自身が動かねばならず、目的の人物や組織に近づく必要がある。

探る相手によっては、その最中に命に関わる事態になる場合もあり――こと魔法少女に関しては、その危険性が他より少し高い。

 

理由は単純。魔法少女としての能力を詳しく探るには、彼女達に続いて魔女の結界へと潜入し、観察を行わなくてはならないからだ。

 

 

「その嬢ちゃんが『悪さ』するタイプなら、能力くらいは分かったかもしれねぇが……どうも良い子ちゃんだったみたいだからなぁ。隙がなかった」

 

「ああ、分かりますよ。魔法少女は善性の子が多くてやり辛いですよねぇ」

 

 

項垂れる男に、ホンフーはしみじみと同意する。

 

魔法少女とは、基本的には魔女の結界の中でしかその力を振るわず、持っている力をひけらかす事もない。

雫のような日常生活においても汎用性の高い固有魔法を持っていたり、そもそも裏の世界にどっぷりと浸かっている者はその限りではないが、そんな魔法少女こそが稀なのだ。

 

そして魔女の結界とは大抵使い魔溢れる危険な場所であり、更に魔女に目を付けられようものなら漏れなく口づけを刻まれる。

そうなってしまうと最早調査どころの話では無い。結界から生きて帰れるかどうかも怪しく、男のようなサイボーグでも超能力者でもない人間では荷が重すぎた。

 

 

「あのリンでさえ魔女に殺られたって話だ。俺はそうはなりたくはねぇ、これで我慢してくれんかね」

 

 

リン。その名はホンフーも聞いた事があった。

 

非常に優秀な情報屋であったそうで、ジオットの話では旧ジャジメントと敵対しており、何度も煮え湯を飲まされた事もあるという。

十年近く前より行方不明になっており、既に死んだものとは聞いていたが――その死因が魔女だったとは。軽く驚くが、それはさておき。

 

 

「……ま、良いでしょう。払った値段分は頂きましたし、これ以上は強請りません」

 

「そうかい、そりゃ良かった。……俺も、もうこの街に深入りしたかねぇしな」

 

「あら、別の街へ行くのですか?」

 

「アンタら、この街に置いてたもん全部引き上げさせてるだろ。俺達はビビリだからな、嫌な予感がしてんのさ」

 

 

多分、同業者みんな逃げ出してるぜ。そう言い残し、男は用が済んだとばかりに腰を上げる。

そして何も言わずこやかな笑みを浮かべるホンフーに軽く鼻を鳴らすと、気だるげな様子で歩き出し――ふと立ち止まり、振り返る。

 

 

「そうだ。魔法少女に関してひとつ、まだ裏の取れてねぇもんがある」

 

「……料金は?」

 

「まけとくさ。碌な形にもなってねぇからな」

 

 

男はつまらなさそうに吐き捨てると、ホンフーの持つメモ帳を指さした。

正確には、巴マミの名を。

 

 

「どうもこの街には、その嬢ちゃんの他に魔法少女が居るかもしれん。前にお友達が一度話してたのを盗み聞いただけだから、ホントはどうかは分からんがね」

 

「それ、結構重要なんですけどねぇ。私にとっては」

 

「おや、そうかい? ま、だとしても後は自分で調べてくれや、それじゃあな――」

 

 

それを最後に男は歩き出し、今度こそ振り返る事無く立ち去っていった。

後にはホンフーだけが残され、図書館特有の静寂が辺りを覆う。

 

 

「……マーカスの有能さが、よく分かりますねぇ」

 

 

ぽつりと一言。

苦笑を伴った溜息が一つ、並ぶ本棚の隙間を通り抜けた。

 

 

 

 

 

 

(さて、どちらから向かおうか)

 

 

図書館を後にし、ぶらりと街を散策しつつホンフーは顎に手を当てる。

 

レジスタンスのアジト、もしくは巴マミという魔法少女か。

他の情報屋を探すという選択肢もあるにはあるが、先の男の話が正しければ見つかるかどうかも怪しい所だろう。

 

個人的には、能力の詳細を掴めていない巴マミの事をまず調べたいところだが……肝心の彼女自身が行方不明。

魔女に殺されたのか、裏世界に首を突っ込み妙な事になったのかは不明だが、いずれにせよ本格的に彼女の捜索に入るとなれば、相応の時間は必要となる。

 

ならば、先に居場所の割れているレジスタンスから向かうべきか。もしかすると、何らかの理由で合流している可能性も無くはない。

ホンフーとしても、そちらの方が都合が良くて助かるのだが――それは楽観的にすぎる考えなのだろう。

 

 

(……生きていてくれると、有り難くはありますけどもね)

 

 

もし彼女がホンフーの求める時間操作能力を持っていた場合、死んでいたとしたら目も当てられない。

 

超能力者であるのなら、死体からクローンを作って薬品投与を行えば、同じ超能力を得られる可能性がある。

しかし魔法少女となるとそうはいかない。『願い』という個人の想いに左右される以上、クローンを何体作った所で何の意味も無いのだ。

 

同じ能力を得るためには、キュゥべえとやらに全く同じ『願い』を捧げなければならず――当のキュゥべえと接触する事が出来ない以上、それは不可能に近い。

 

魔法少女とは、現状において替えの効かない存在だ。巴マミの安全を願うのは至極当然の事だった。

……とはいえ、あまり本気ではないのだが。

 

 

(果たして、彼女はアタリなのかどうか……)

 

 

疑わしい、とホンフーは思う。

 

情報屋からのメモによると、巴マミは過去に両親を亡くしているらしい。

彼女の能力がホンフーの望む類の物だとするならば、大切な人を――両親を助けるために、何らかの行動を起こしている筈ではないのか?

 

少なくとも、己であれば迷いなくそうする。その為に渇望しているのだ。

 

しかし巴マミの両親は依然として亡くなったままであり、情報屋が調べていた直近の動向にも特に気になるものは無い。

無論、情報屋の見落としや、既に両親を救う事を諦めていた……或いはそもそもその気が無かったという可能性もあるが――ホンフーの勘によると、巴マミは十中八九『ハズレ』である。

彼女の生死に関する焦りは、鈍かった。

 

 

「……本当に、現れてくれませんかねぇ。キュゥべえくん」

 

 

そうすれば、こんな苦労もせずに済むものを。

 

彼の身体は性別上は男性であれど、性器はとうの昔に切り落としている。

ホルモンバランスが崩れているのか中性的な身体つきになってしまった事だし、色々と間違えてくれても一向にかまわないのであるが。

 

否、例え魔法少女になれずとも、何らかの関わりを持ってくれるだけでも良い。

何せ素質ある少女を適当に言い含め、ホンフーに時を遡る事のできる能力を与えろと願わせればそれで終いなのだから。

 

ああ。これほど簡単な話がありながら、それを利用できないもどかしさといったら、もう。

ホンフーは姿も知らないキュゥべえに心の中で悪態一つ。苛立ちを隠すように、歩む速度を早めて、

 

 

(――ん?)

 

 

何か――引っかかる物があった。ような気がした。

 

『魔法少女』『願い』『キュゥべえ』――。

 

3つの単語が連結し、何かに気付く事が出来そうな、そんな感覚。

ぼんやりと勝手に思考が働き出し、ホンフーはピタリとその場に足を止め――。

 

 

『――♪――♪――』

 

「!」

 

 

――どこかから聞こえてきた流麗な音色に、その思考が散らされた。

 

 

「……ほぅ」

 

 

ホンフーをして思わず感嘆の声が漏れる程に、何とも見事な演奏だ。

どうやら病院の方角から聞こえてくるらしく、道行く人々も聞き惚れた表情で振り返っていた。

 

 

(慰問か何か……でしょうかね)

 

 

ホンフーは武に生きる者ではあるが、同時にそれなりの教養は重ねている。

演奏に秘められた才が如何ほどか、道は違えど察する事は出来た。そして、その繰り手の若ささえも。

 

 

「……ま、たまには本業の方もしませんとネ」

 

 

『アタリ』の目は、多い方がいい。

 

ちらりと顔を出した欲に任せ、光源に誘われる羽虫のように進路を変えて歩き出す。

どのような可能性にもすかさず飛びつく貪欲は、既に思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「――、――」

 

 

見滝原総合病院、中庭。

 

観葉植物が並び、レンガの敷き詰められたモダンな空気漂うその場所で。一人の少年が穏やかにヴァイオリンを弾いていた。

その音色は通りがかる誰もが聞き惚れる程に美しく、少年の才の高さが伺える。

 

 

「……やっぱり、平気なんだ……」

 

 

そして一曲を弾き終わり、ヴァイオリンを下ろした少年は己の腕を軽く振り、その調子を確かめた。

 

指は思い描いた通りに動く。手首はくねり、回り。それに痛みの一つも伴わない。

そんな当たり前の事が酷く尊く、泣きそうになる程に喜ばしい。

 

少年は涙を抑えるように大きく深呼吸をすると、再びヴァイオリンを構え――自身の喜びを表すように、軽やかな音色を奏で始めた。

 

 

 

 

――少年。上条恭介にとって、ヴァイオリンとは己の人生そのものであった。

 

 

物心付いた時より弓を振り、小学校に通い始める頃には曲の一つを完璧にこなし。

彼の過ごす日々は常にかの弦楽器と共にあり、その音色を耳にしない日は一日たりとて無かっただろう。

 

未だ15にも満たないというのに、人生として語るとは。何と青い――。

恭介の在り方をそう笑う者も少なくは無かったが、実際に演奏を聴かせればその尽くが口を噤んだ。

類稀なる技術と、奏でられる流麗な音色――恭介の才気は、確かに彼自身の人生と表現するに足り得る程の物だったのだ。

 

……しかし、それもつい最近に途絶えたものと思われた。

酷い交通事故に遭った彼は、その腕の自由を失ってしまったのである。

 

骨も、肉も、神経も。全てが傷つき、駄目になり。

医者からは、二度とヴァイオリンを弾く事が出来ないとまで断言されたのだが――どのような奇跡か、今や彼の腕は完全な治癒を遂げていた。

 

それは現代医学ではあり得ない奇怪極まる現象であるそうだが、恭介にとってはどうでも良かった。

 

ただ、もう一度ヴァイオリンを持てる事が嬉しくて堪らない。

諦めかけていた筈の希望に浮かされ、退院まで待ちきれず暇さえあればヴァイオリンを弄り回していた。

 

 

「――ふぅ」

 

 

そうして、今日もまた満足気に息を吐き。

いつの間にか立ち並んでいた観客達の拍手に頭を下げつつ、ヴァイオリンを下ろす。

 

こうして演奏できる時間は、一日三十分から一時間。

本当はもっと弾いていたかったが、これ以上は医師に無理を言って貰った許可を破る事になる。

 

流石に恭介自身も、数日前までの己の状態は痛いほどに把握していた。残念には思えど特に反抗する事もなく、素直にヴァイオリンをケースに仕舞い込み――。

 

 

「――やぁ、素晴らしい演奏でした」

 

 

――唐突に、声をかけられた。

 

顔を上げてみれば、そこには線の細い青年の姿があった。

男性……いや、女性だろうか。判断のつかないその整った容姿は、何とも妖しい色気を醸し出しており、ほんの少し見惚れる。

 

 

「……え、あ、ありがとうございます……」

 

「その歳でそれ程の腕とは、さぞや修練を積んだのでしょうね。無論、才もあるのでしょうが」

 

 

青年は柔らかく笑うと、徐に近づき恭介の手を取った。

指間に出来たタコをなぞるその指に、ゾワリと背筋が震え。顔を真っ赤に染めて後退る。

 

ヴァイオリン一筋で生きてきたため、免疫がないのだ。色々と。

 

 

「あ、あのっ……? ぼ、僕に何か用ですか」

 

「あら失礼。私、才気溢れる子には目が無い質でして。あなたと少しお話をしてみたいな、と」

 

「……は、はぁ。それはどうも……」

 

 

ミーハー……とは少し違うような気がした。

何かを探しているような。己ではなく、その先を見ているような。よく分からない視線。

 

とはいえ、褒められて悪い気はしない。それがこんな美人であれば尚更だ。

照れくさそうにはにかむ恭介に、青年は微笑ましげな目を向けて。うなじで縛った黒い長髪をするりと撫でた。

 

 

「――私、ウ・ホンフーと申します。あなたは?」

 

「あ、ええと、上条恭介……です。この病院に入院してます……」

 

 

海外の人だったのか、と驚きつつ。視線を逸らす意味も込めて背後の病院を振り返り、答える。

 

 

「……ふむ、ボランティアなどでは無かったのですね。何か病を?」

 

「少し前、事故に遭ったんです。今はもう治って、退院を待ってる所なんですけど」

 

 

腕が完治した事により、恭介の病室は設備が整った高層の部屋から、低層の一般病室へと移されている。

前代未聞の回復である為、未だ様々な検査を受けてはいるが、その殆どに問題はなく、後数日もすれば退院できる見込みだった。

 

 

「事故……それは大変だったでしょう。道を志すものにとって、怪我は最も忌むべきものだ」

 

「そうですね。もう二度とヴァイオリンを弾く事は出来ない……なんて言われて、頭が真っ白になりました」

 

「ほぅ、ですが先程の演奏を聴く限りでは、既に後遺症なども無いご様子。よほど腕の良い医者に巡り会えたのですね」

 

「いえ、それがその……何で治ったのか、僕にもよく分からなくて」

 

 

ピクリ。それを聞いたホンフーの眉が、僅かに上がった。

 

 

「……言いづらいのですが、この病院がヤブという事は?」

 

「あ、怪我が酷かったのは本当なんです、数日前まで指を動かすのにも凄く苦労してましたし」

 

「数日前……となると、リハビリもしていないのではないですか? それなのに、突然完治したと」

 

 

改めて聞くと嘘のような話だ。

 

自分でもそう思うものの、恭介としては肯定する以外の答えはない。

するとホンフーは顎に手を当て黙考し、やがて探るような視線を向ける。

 

 

「……しあわせ草、という物に心当たりは?」

 

「え、幸せ……? いえ、無い……と思いますけど」

 

「では、特殊な薬品投与や、ハピネスという機械による治療を受けた事は?」

 

「どっちも無いと思います。何を持って特殊とするのかは分かりませんが……」

 

 

何が琴線に触れたのだろう。

どこか鋭い雰囲気を放つホンフーに、恭介は疑問を抱くものの――しかし空気はすぐに元に戻り、ホンフーはにっこりと笑みを浮かべた。

 

 

「すいませんね。もしかしたら、あなたの怪我が治った理由が分かるかもと思いまして」

 

「はぁ……そのしあわせ草とかハピネス? とかいう物で、ですか?」

 

「おっと、あまり外では言いふらさない方が良いですよ。下手をするとバッドエンドになってしまいますからねぇ、あはは」

 

「……?」

 

 

……よく分からなかったが、きっと中国風の冗談なのだろう。

 

しかし笑うホンフーの目に恭介は言い知れぬ寒気を感じ、曖昧にだが頷いておく。

彼、或いは彼女はその様子に満足したように目を細め――そっと、恭介の耳に顔を近づけた。

 

 

「え、なっ」

 

「ですが……あなたには類稀な才があるようだ。宜しければ、もう少し踏み込んだお話をしてみませんか? ひょっとしたら、あなたが得る物こそが私の――」

 

 

 

――おーい! 恭介ー!!

 

 

 

「!」

 

「あら」

 

 

突然大声が響き、我に返り。

恭介は身体を跳ねさせ、先程よりも更に勢いよく後退る。

 

そして咄嗟に振り返れば、そこには遠くより走り寄る少女の姿があった。いつも見舞いに来てくれる、幼馴染の美樹さやかだ。

 

 

「さ、さやか!? いや、その、今のは……!」

 

「へ? どしたの?」

 

 

慌てふためき狼狽える恭介だったが、当のさやかはその取り乱し様に訳も分からず首を傾げるだけだ。

 

どうやらまずい部分は見られていなかったらしい。

訳もなく安堵しつつ、恭介はホンフーへと視線を戻し――。

 

 

「……あ、あれ?」

 

 

――しかし、そこには誰も居ない。

 

ホンフーの姿は影も形もなく消え去り、植物とレンガのある光景が広がっているだけ。

キョロキョロと辺りを見回しても、気配の残滓すら無かった。

 

 

「ホントにどうしたの? ……もしかして、身体がどっかおかしいとか……?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど……今、ここに誰か居なかったかい? こう、中華っぽい服の凄く美人な……」

 

「……んー? 最初っから恭介一人だったけどなぁ」

 

 

その説明に力が抜け、半眼となるさやかだが――恭介にとってはそれどころではなかった。

 

幻覚……という事では無い筈だ。会話の内容も、指のタコをなぞられた感触も全てハッキリ残っている。

一体何が起こったのだろう。訳の分からない出来事に、恭介はしばし呆然として。

 

 

「……はー。でも、そっかぁ。恭介、チャイナ服が好みだったんだー……」

 

「え? ……え!?」

 

 

言っている意味が分からなかった。

突然の言いがかりに驚く恭介に、さやかは意地の悪い顔でその脇腹を肘で突く。

 

 

「よくわかんないけどさ、チャイナ服の美人さんが気になってんでしょ? ならそういう事じゃん?」

 

「ち、違うよ! それはそういう事じゃなくって」

 

「ヴァイオリンばっかりで、そういうのに興味無いと思ってたんだけどなー。そっかー……着たげよっか?」

 

「さやか!?」

 

 

ニヤニヤとした彼女の笑みが、大変まずいもののように感じて。

身振り手振り、慣れない誤解を必至に解こうと試みる。

 

 

「だ、だから違うんだ、そのさっきまで人と喋ってて、それが中国服――チャイナ服じゃない方の……あと男の人か女の人かは分からなくて、でも綺麗な人で」

 

「ふーん……、……あれ、中国服?」

 

「ウ・ホンフーって言ってたかな。しあわせ草がどうとかバッドエンドになるとかよく分からない人だったけど、ちゃんとそこに居て――」

 

「――……」

 

 

――中国服。そして、バッドエンド。

 

その二つの単語が揃った途端。ほんの一瞬、さやかの動きが止まった。

 

 

「……ねぇ、恭介」

 

「――だから決して女の人がとかそういうのじゃ……え? 何だい?」

 

「その……ホンフーって人さ、中国服着てて……バッドエンドになるって言ったの? ……恭介に?」

 

「あ、ああ。多分、海外でよく使う冗談か何かだと思うけど」

 

 

それを聞く彼女の表情は固く、顔色もどこか青いようにも見えた。

 

どうかしたのか――そう問いかけようとしたが、しかしすぐに先程の笑顔を取り戻し。

置かれていたヴァイオリンケースを拾い上げると、軽い足取りで歩き出す。

 

そして病院の入口へと向かいながら、自然な様子で振り返り、

 

 

「――ま、とにかくさ。早く戻ろ? 看護師さんも、また勝手に行ったのかって怒ってたよ」

 

「あ……早く弾きたくて言ってくるの忘れてた……けど」

 

 

そのさやかの笑顔には、もう変わった所は無い。

……錯覚だったのだろうか。何となく、モヤモヤしたものが胸に残る。

 

 

「……わかった。看護師さん達を困らせたくはないし、もう戻るよ」

 

「うんうん、やっぱチャイナ服よりナース服だよねー」

 

「もう勘弁してくれないかな、それ……」

 

 

ぐったりと言い返し、溜息を吐く。

 

色々と気にはなるが、ここで戸惑っていてもどうにもならないだろう。

恭介は一度頭を振って思考を切り替えると、先を行くさやかの背を小走りで追った。

 

 

――……偶然だよね、きっと……。

 

 

……そのような、小さな呟きを聞き逃して。

 

 

 




『ウ・ホンフー』
見込みのありそうな者に声をかけては唆し、大量の人間を超能力者へと覚醒させている。時間遡行ガチャ廃人。
ただハピネスシリーズを使ってるっぽいので、外道以外の何物でもない。
恋人に操を立てるためなのか、既に切り落としているとの事。全年齢ゲーム……?


『情報屋の男』
無能ではないが一流には程遠い情報屋。
用心深いのである程度信用はおけるタイプ。


『巴マミ』
日常で魔法使っても、リボンじゃ分かりにくいよねと今気づいた。


『マーカス』
ジオットの腹心。基本的に裏方担当で、非常に地味だが非常に有能。


『上条恭介』
結果的に、女の子へ興味持つ前に去勢された男性に色気を感じてしまった形に。
性癖歪まなきゃ良いけど。


『美樹さやか』
地味に恭介を窮地から救うファインプレー。
正直一番チャイナ服似合うと思う。
杏子やマミさんも良いんだけど、スリットから見える足はスレンダー以上グラマー未満の中間の方が映えるというか何かこう。


『しあわせ草』
パワポケシリーズ恒例の危ないクスリ。
人間の隠された能力を覚醒させたり、後遺症の残るような大怪我を治療する事も出来る。
パワポケ6の主人公達はこれを大量摂取して大暴れしたが、今思うとよく死ななかったな……。


『ハピネス』
薬品のXと機械のZの二種類がある。
高い確率で被験者を超能力者へと覚醒させるが、ほぼ確実に一年以内に死亡する。

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