超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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8話 ここが――起点だったのか

晴天。

雲一つ無い青空の下。どこまでも広がる青々とした田畑の海に、甲高い金属音が木霊する。

 

続く野太い青年達の声と共に、響く快音。田畑の中にぽつんと建てられた高等学校から聞こえる、野球部の練習音だ。

 

鋭い打球を渾身の力で打ち返し、青空高く舞うそれを追ってグラウンドを駆ける球児達の姿は、この長閑な風景によく映える。

田畑で農作業をしている者達も、その光景に懐かしげな笑みを零しつつ、時折応援の声を投げかけていた。

 

 

「…………」

 

 

……しかし、そんな中に少しばかり眉を下げる男が一人。

このような田舎の風景に馴染まぬ白衣の出で立ちをした彼は、軽く眼鏡を押し上げると高校から目を逸らすように歩みを早める。

 

――桧垣東児。

 

かつてジャジメントに在籍し、しあわせ草という人間の潜在能力を引き出す特殊な植物の研究に従事。

ジャジメント配下の親切高校へ保険医として配属された後、数多の人工的な超能力者を生み出した、超能力者開発の立役者と目される人物である。

 

その後紆余曲折を経て、現在においてはジャジメントとは手を切り、独自の研究の傍らとある田舎町で開業医としての活動を行っていた。

 

 

(野球……ああ、この音を聞くと嫌な事を思い出す……)

 

 

そんな優秀――或いは天才と言って差し支えのない彼であるが、高校野球には少々苦い思い出があった。

親切高校勤務時代、極希少な超能力を発現させた少女への研究を、その恋人である高校球児により中止に追い込まれてしまったのだ。

 

己の超能力に悩む少女、その被害を受け、大好きな野球にまで悪い影響が出てしまった恋人。

しかし負けじと野球に打ち込み、超能力による障害をも跳ね除け甲子園優勝を果たした彼らの物語たるや、正しく熱血スポーツ漫画そのものだった。

 

それ以降、付近の高校から響く打球音を聞く度に、少女から決別を受けた時の事が脳裏を過る。

野球というスポーツ自体には思うところは無いとはいえ、毎度蘇る若干の無念は止めようがなかった。

 

 

(あの学校、先日まではあまり野球に活発では無かったものを……)

 

 

最近はやる気を出しているようで、毎日この調子だ。

 

裏世界でのいざこざから一時的に身を隠す為に選んだ「過ごしやすい」場所ではあるが、近隣学校の野球部の有無も見ておけば良かった。

 

幾度となくそう後悔したものの、根を張った以上はそう簡単には動けない。

全ては今更の話だ。桧垣は憂鬱気な溜息を吐き、当の高校からそれ程離れていない自らの診療所に帰還した。

 

 

「……防音材でも足しますか」

 

 

閉めた窓から漏れ聞こえる快音に、そう独りごち。

桧垣は鞄から巡回で訪問した患者の容態を記録したファイルを取り出すと、打って変わった真剣な眼差しで整理していく。

 

しあわせ草の研究に心血を注ぐ桧垣だが、決して医者としての領分を疎かにしている訳ではない。

むしろその腕は他と比べても相当なもので、患者への対応もそれなりに親身なものだ。

その為、この地で診療所を開いて日が浅いにもかかわらず、町の住民から一定の信頼を得るまでになっていた。

 

生来の生真面目な性分もあったのだろう。医者という職業に臨むその姿は、本人が思う以上に違和感のないものだった。

 

 

「さて……一応、喜沢さんには紹介状を――……、おや?」

 

 

そうこうしているうちに日も暮れ、最後の書類を仕分けた時。ふと視界の隅に置かれた携帯端末が点滅している事に気がついた。

 

どうやら気が付かない内にメールを受信していたらしい。

手にとって見てみると、表示にはアルファベットと数字の羅列だけが表示されている。

 

通常であればスパムの類として、そのまま無視をするところであるが――桧垣は何の躊躇いもなくメールを開く。

この端末には、不要な知らせはまず来ない。そういった類の物だった。

 

 

「……ほぅ?」

 

 

確認すると、メールは桧垣の親しい友人からの物だった。

 

その内容は、ある病院に入院している一人の少年について、しあわせ草研究者としての見地を求める協力要請。そして、それに関する幾つかの添付データだ。

PCに移し開いてみれば、そこには件の少年が重症を負ってからの経過観察資料と、その前後に同病院に在院していた患者のリストが並んでいた。

 

一体どのようにして入手したのやら。

詳細は不明だが、友人はこれらに関して調査を行っているようだ。

 

 

(相変わらず、唐突に物を頼む人だ)

 

 

呆れるが、面倒だとは思わなかった。

 

この友人とは超能力の人体実験やその研究における協力関係に等しく、敵対組織の暗殺からも数度助けて貰った恩がある。

また個人的にも理性的で好感が持てる人物である為、協力を惜しむつもりは無い。

 

早速件の子供のデータに目を通し、己の知識と研究例に当て嵌めていく。

 

 

(これは……ある日を境に突然完治しているのか?)

 

 

資料によると、この少年は不幸な事故により後遺症が残る程の大怪我を負った数週間後、何の予兆もなく傷が完治したらしい。

友人はこれにしあわせ草での治療や何らかの人体実験の影を見たようで、桧垣にその確認を欲しているようだが――。

 

 

「……違うな」

 

 

カルテ、レントゲン写真、反応記録。全ての資料に目を通した末、そう呟く。

 

桧垣自身、しあわせ草を用いた怪我の治療はこれまで数度経験があり、後遺症が残る程の大怪我を負った者も完治に導いた事がある。

しかし人体に悪影響無く治癒させるには、怪我の程度にもよるが大抵が長い時間を必要とするのだ。たった数週間で完治するなど、まずあり得ないと言っていい。

 

とはいえ、他にどのような医療技術を用いたとしても、通常決して起こり得ない回復である事は間違いない。

そしてその前後の時期に在院していた者達にも怪しい点は無く、しあわせ草での治療の痕跡も無い。

となれば――。

 

 

「――治癒の超能力。或いはそれに準ずる異能……だろうか」

 

 

眼鏡の位置を直し、呟く。

 

事実、超能力者の中には他人の傷を癒やす力を持った物が極稀に存在する。

そのような力を持った何者かが少年の近くに存在し、個人的な思惑で彼だけを治療した。そう見るのが最も可能性が高いだろう。

 

 

(しかし……確認されている者に、このような凄まじい回復能力持ちが居ただろうか。ここまでの物となると、知る限りではウルフェンのような自己再生タイプしか……)

 

 

まずこの少年自身は、間違いなく超能力者ではない。

かと言って、このような極めて難しい怪我を完治させられる能力者の話も聞いた事がなかった。

 

 

(あと考えられるのは、魔法――いや、それに関しては私が頭を悩ませる事ではありませんね)

 

 

これより先は領分では無い。自分はただ、分析を彼に伝えればそれで良い。

桧垣は客観的にそう断ずると、少年に関する結論を簡潔に纏め――。

 

 

「…………」

 

 

――ちら、と。次に他の入院患者のリストに視線が向いた。

 

そこに並ぶ多くの患者は、しあわせ草を含め何の関係も見受けられない者達だったが――たった一人だけ、桧垣の目に留まる者が居た。

 

どうもこの病院には、極めて重い心臓病を患いながらも、奇跡的に完治した少女が一時期在院していたようなのだ。

しかし彼女の資料にも、やはりしあわせ草が用いられた形跡はなく、回復経過も数多の病院を経由した真っ当なもの。

元々東京の病院から移ってきたという事もあり、少しの間少年と入院時期が重なったというだけで碌な接点もなく、一見した限りではやはり無関係に思えたが……同じ病院で『奇跡的な回復』というケースが続いている事は確かである。

 

彼女もまた、同じ能力者に回復されたという可能性はないだろうか。穿ち過ぎか、それとも。

 

 

「…………ふむ」

 

 

とはいえ、これも己の領分では無い。備考として軽くその存在を書き添えるに留め、データを携帯端末に移してタップを一つ。

書き上げた文章が自動的に高度な暗号処理を施され、電子の海へと放たれた。

 

ひとまずはこれで良いだろう。少なくとも、彼の求めには応えられた筈だ。

目頭を揉み込みつつ時計を見れば、結構な時間が過ぎていた。どうやら少々集中しすぎていたらしい。

 

 

「コーヒーでも淹れますか……」

 

 

疲れを隠さずそう零し。

桧垣は机に置かれたままのファイルを棚に差し込むと、席を立ち給湯室へと向かったのだった。

 

 

 

……消灯され、誰も居なくなった部屋。

薄暗闇に放置された端末の画面がぼんやりと光を放ち、その存在を主張する。

 

 

――送信完了。その四文字が、静かに明滅を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

「く、くそぉぉぉッ! 死ねぇぇぇ!!」

 

 

赤い夕陽の落ちかけた、浅夜の下。

見滝原の外れにある貸し倉庫の跡地にて、正しく三下と表現するに相応しい罵声が群青の空を劈いた。

 

同時に『ビューン』という間の抜けた音が鳴り響き、一筋の光の線が空を裂いて地に炸裂。大きな爆風と土煙を巻き上げる。

 

 

「お、おい! みんなも頼む! 何か……何かあるだろ!?」

 

「つったってよぉ……ああクソッ! これでもくらえ!」

 

 

そしてそれに続き、刃物や鈍器、椅子や机、ロケットパンチに石ころと、統一性の無い様々な凶器が宙を舞う。

 

どうにも真剣味の削がれる光景ではあるが、それを成している者達――各々個性的な装いをした男達にとっては、大真面目であるようだ。

皆が皆、必至なまでの声を上げ、脂汗と滂沱の涙を流し。手当たり次第、執拗なまでに土煙へと投擲を続けている。

 

最初に光線を放った男も、それに負けじと大型の光線銃を連射。広がった土煙の中で、幾度も炸裂の光が上がり――。

 

 

「――やれやれ。随分と手荒い歓迎だ」

 

 

ザン――と。唐突に土煙が切り裂かれ、辺り一帯に強烈な風が吹き抜ける。

光線も、鈍器も、ロケットパンチも。全てが弾かれ、消え失せて。明瞭となった視界の中に、一つの影が立っていた。

 

物を投げ続けていた男達は、傷の一つすら無いそれを認めると、怯えたように後退り。慌てて残った得物を手に取り、構え直す。

 

 

「き、効いてない……? こんだけやって、やっぱりバケモノかこいつ……!」

 

「まぁこんなのに当たってはやれませんよね……というか、そんなにバケモノに見えますかね。流石にちょっとは傷つくんですけども」

 

 

バケモノ――ホンフーは、そんな男達の言葉に苦笑を零すと、ゆっくりと歩き出す。

 

その様子には害意の類は欠片も感じられなかったが、男達にとってはそうではなかったようだ。

それぞれ思い思いの戦闘態勢を取ると、ホンフーに向けていた得物を大きく振りかぶり、突撃の一歩を踏み出して――。

 

 

「まったく、会話もできないのか――皆さん、どうぞ動いて下さいな

 

「ッ――……ッ!?」

 

 

ピタリ。ホンフーが声掛けをした瞬間、その場に居た全てが動きを止めた。

 

辛うじて呼吸は行えるものの、戦う事も、逃げる事も、喋る事すら不可能。指の一本すら動かない。

男達は何が起こったのかも理解できないまま、唯一の例外たるホンフーが近寄る姿を絶望と共に眺めているしか無く。

 

 

「何人たりともわが言葉には従えず……と。はい没収」

 

(あっ)

 

 

すれ違い様、光線銃を持った男の手から銃が抜かれ、遠くへと放り投げられた。

 

そうして他の者達の手からも獲物を抜いていき、全員を徒手空拳とした後、パンと柏手を一つ。

その途端に男達の身に自由が戻り、その殆どが走り出した勢いのまま思い切りズッコケた。

 

――デス・マス。

ホンフーのかつての友が持っていた超能力であり、自身が口にした行動を強制的に禁止させるという、何とも捻くれた精神操作能力だ。

 

動け」と言えば全ての身体的行動を禁止され、「逃げろ」と言えば立ち向かわざるを得なくなる。「生きろ」や「呼吸しろ」といったものなど言うに及ばず。

強力である分制限もあり、使い所の難しい能力であるが――ホンフーは事あるごと、実に有効に使用していた。

 

 

「ち、ちくしょう……こんな一方的に……!」

 

「もう終わりだぁ! 一本一本手足をもがれて殺されてしまうぅ~……!!」

 

「……いえあの。あなた達私を何だと……」

 

 

あまりの実力差に愕然とし、無様に泣き出す男達にホンフーは溜息一つ。

頭痛を堪えるように頭を振り、彼らを――レジスタンスの連中を半眼で眺めた。

 

 

――反ジャジメントを掲げ、度々ホンフー達と衝突する武装組織の内の一つ。レジスタンス。

 

 

と言っても、しっかりとした組織という訳では無い。

単にジャジメントに反抗する者達がつるんでいるだけの、弱小チンピラ軍団である。

 

しかし決して侮っていい存在でもなく、ブラック率いるヒーロー連合やウルフェン等の厄介な外れ者との繋がりを多く持つ、一種の「中継点」としての役割が大きい集団だ。

 

構成員には僅かながら魔法少女も含まれており、行方不明の巴マミが合流している可能性もゼロとは言い切れない。

ホンフーは上条恭介への粉かけと少々の野暮用を済ませた後、情報屋のメモを辿り、多少の期待を持って彼らのアジトであるこの貸し倉庫跡を訪れたのだが――。

 

 

(いやはや、まさか戸を叩いた途端レーザーを撃たれるとは)

 

 

確かに自分は彼らにとっての敵ではあるが、あのヒーロー連合でさえまずは会話から入るというのに。

まったくもって野蛮な連中だ――どこぞの狼男へ行った所業を思い切り棚に上げ、白々しく嘆くホンフーであった。

 

 

「ま、それはさておき……そこの銀色の君。あなた方に少々聞きたい事があるのですよ。お話、良いですか?」

 

「ええっ!? そ、そんな正直に話すと思うのか!? 随分と舐められたもので――」

 

「あっはっは、まぁ精々黙秘し、嘘を吐いて下さいね?」

 

「あああ~! それズリぃよぉ~!!」

 

 

手近に居たシルバーカラーのヒーローを捕らえ、デス・マスを用い尋問する。

 

すると瞬時に転がっていた男達が起き上がり、ホンフーに向かい走り出すが――『立って下さい』の一言で再び転倒。

気持ちよくバタバタと倒れ伏す彼らの姿を満足気に眺め、青ざめるシルバーに改めて目を向けた。

 

 

「では一つ目の質問なのですが、巴マミという少女に聞き覚えはありませんか? この街に住んでいた魔法少女なのですが」

 

「と、巴……? 聞いた事は無いぞ。少なくとも、仲間にそんな子は居ない筈だ」

 

 

デス・マスを使用している以上、言葉に嘘はありえない。

偽名を使っている可能性もあるが、シルバーの困惑した様子を見る限りでは、その可能性のある魔法少女に接触した事自体が無いのだろう。

 

……せめて生死の判断が付けば、多少は楽だったのだが。

少しばかり残念に思いつつも、やはり焦りは湧かず。以降、巴マミの捜索はジャジメントに投げておこうと密かに決めた。

 

 

「……そうですか。では、あなた方の仲間……或いは知り合いの中に『時を操る超能力者』は居ますか?」

 

「し、知らない! もしそんな奴が居たら、我々はもっとうまく立ち回れているッ!」

 

「ですよねぇ……あ、では『時を操る魔法少女』とかだと」

 

「いッッッッさい知らん!!!!!」

 

「ああ、そう……」

 

 

ジオットが無いと断言している以上あまり期待はしていなかったが、こうも強く断言されると多少はガックリと来る。

 

続いて、情報屋の言っていた他の魔法少女の事や、その他気になる事に関しても分からないの一点張り。

誰に訪ねても答えは変わらず、聞きたかった事の全てはあっさりと空振りに終わり、碌な成果も得られず終い。わざわざここまで足を運んだ意味は全く無かった。

 

 

(この際、望み通りに四肢をもいで皆殺しにしてやろうかしら)

 

 

ホンフーは割と本気でそう思い始め――ふと、己が遠くに投げ捨てておいた武器の山が目に入る。

もっとも武器と呼べるものは少なく、単なるガラクタの山であったのだが。

 

 

「……そういえば、あなた達は何故あんな物で挑んできたのですか? もっとマシな武器があった筈でしょう」

 

 

幾らチンピラ軍団と言えど、ヒーロー連合やウルフェンと関わりのある集団である。

光線銃などの調達は他の武装組織に比べ遥かに容易く行える筈であり、このような苦し紛れの得物を使うほど武装に困窮するとは思えなかった。

 

するとシルバーは悔しそうな表情(?)を作り、またもやさめざめと泣き出した。

 

 

「ぐぐぐ……それが、無いんだ……。予備の光線銃や爆薬、色んな物が、何もかも……」

 

「……はぁ、それは何故」

 

「――盗まれたんだよ! 白昼堂々、みんな揃っている眼の前でッ!!」

 

 

デス・マスで無理矢理に言わされる内にヤケクソとなったのか、シルバーは自分からホンフーに顔を近づけ、そのバイザーをギラつかせる。

 

 

「だからホント困っているんだ! ジャジメントへの妨害活動をやろうにも、これじゃあロクなコトも出来やしない!!」

 

「……私に言いますかね、それを。というかそもそも目の前で盗まれるってあなた」

 

「こっちも訳が分からないんだ! 見滝原の実験施設を襲う段取り話してたら、いつの間にか金庫がこじ開けられてて空っぽになってるんだもの!」

 

 

それを聞いた瞬間、ホンフーの目が鋭さを増した。

 

実験施設を襲う計画。

誰も気づかぬ内に壊された金庫。

そして、当の実験施設で起きた『TX』の誤作動と、例の4秒間――。

 

 

「…………」

 

 

推測ではあった。

しかしホンフーの脳裏で点と点が結びつき、一本の道筋が浮き上がる。

 

 

「……ひょっとして、武器の他に何か――例えば、襲撃に関する計画書のような物を盗まれませんでしたか?」

 

「んな、何故分かった!?」

 

 

――『アタリ』だ、と。瞬間的に、そう感じた。

 

 

(ここが――起点だったのか)

 

 

口元を抑え、確信する。

 

『TX』の不具合が起きた、あの夜。

やはり、あの日あの瞬間、『TX』のすぐ側には誰かが居たのだ。

 

その者はどのような理由かレジスタンスのアジトに忍び込み、銃器と共に計画書を奪い、それを元にかの実験施設へ押し入った。

 

更に問を重ねれば、盗難があった日時は実験場での件が起こる数日前。タイミング的にもズレはない。

『TX』を奪う為だったのか、他に別の理由があったのか。それはまだ分からないが、存在の根拠としては十分だろう。

 

 

(眼前。誰にも気づかせず金庫を壊し窃盗を行い、そしてあの余分な4秒を作り出せる力。映像として機器に残っている以上、精神作用の類では無い。ならば……!)

 

 

――時間を操り、止めた隙に事を成した。そう考えるのが最も筋が通ってしまう。

 

 

「…………」

 

 

ホンフーの呼吸が自分でも気づかぬ内に浅くなり、久しく感じていなかった高揚感が胸を灼く。

 

誰だ、誰の能力だ。

行方の分からぬ巴マミか、潜んでいるという正体不明の魔法少女か。或いはそのどちらでもない第三の能力者か。

 

シルバーや周りのレジスタンス達がその圧に押され、そろりそろりと後退っている事にも気づかず思考に没頭し――。

 

 

「――っと?」

 

 

ほんの一瞬、ホンフーの懐が小さく揺れた。どうやら、携帯端末に連絡が届いたらしい。

 

昂ぶっていた感情が幾らか沈静化され、思考に冷静さが戻り。

逃亡を図ろうとしていたレジスタンス達が狼狽える姿を気にも留めず、端末を取り出し確認する。

 

 

(……ああ、桧垣先生ですか)

 

 

送られてきたメールは、友人である桧垣東児からの物だった。

 

――昼に会った、上条恭介という少年。

彼の怪我の完治に超能力開発技術の関与を疑ったホンフーは、念の為にと調査を行い、しあわせ草研究の専門家である桧垣にその協力を依頼していたのだ。

 

ホンフー自身がデス・マスを用いて病院医師達への聴取を行った結果では、そういった人体実験の類を行っていたという話もなく、病院関係者自体も裏の世界とも無関係のようだった。

しかし恭介の腕が短期間で完治したという事実もまた確かなものとなった為、提出させたデータを資料として桧垣に送っておいたのだが――。

 

 

(しあわせ草の使用は認められず……と)

 

 

軽く流し読むところに寄ると、上条恭介の身体にしあわせ草やそれに類する治療の痕跡は見つからないとの事だった。

 

そして検査結果からも自覚のない超能力者になっているという線はなく、桧垣は彼の回復を治療系能力者の手によるものと見ているようだ。

その結果はホンフーの予測範囲を大きく逸脱しておらず、驚きや失望は無い。

 

 

(とはいえ、今となっては捨て置けるものでも無し)

 

 

未確認の能力者の痕跡は、何であれ『アタリ』の存在を裏付ける根拠の一つ足り得る。

 

例えばこれも本当は治癒の能力ではなく、時を操る能力を用いて上条恭介の腕の時間を戻したと考えればどうか――などと。

流石に夢物語が過ぎるとは思うが、ともすればそんな期待をしてしまう。

 

まったく、らしくもない。

ホンフーは柄にもなく昂ぶり続ける己に微かな苦笑を浮かべつつ、桧垣の報告を読み進めていく。

 

 

(……ふむ?)

 

 

そして、最後に。その文末に書き添えられた短い備考が目についた。

 

それによれば、上条恭介の他にもう一人。あの病院では難病から奇跡的に回復した入院患者が居たようだ。

桧垣は推測と前置いた上で、その少女も同じ能力者から治療を受けた可能性があるとし、その名前を記していた。

 

上条恭介が事故で運び込まれた後、少しの間を置き入れ替わるように病院を去った少女。その名は――。

 

 

「……! 何だ……?」

 

 

――その時。遠くで大きな音がした。

 

爆音と、金属の擦れ合うような甲高い音。ホンフーにとっては馴染みのある、対人での戦闘音だ。

咄嗟にシルバー達を見れば皆一様に首を横に振っており、どうやら彼らとは無関係の出来事であるらしい。

その音は激しさを増しながら、徐々にこの場所へと近づいている――。

 

 

「……どうやら、揉め事を起こしている方々が居るようだ」

 

 

ホンフーは端末を懐に仕舞い込むと、爆発と剣戟の近づく方角に向き直る。

その音は最早衝撃すら伴い、倉庫跡の場を小刻みに揺らし――やがて轟音と共にその一角が吹き飛び、何かがその姿を表した。

 

 

「うわっ!? ば、バケモノ――!?」

 

 

慄くシルバーの言う通り、それは人とは似ても似つかぬ形をしていた。

 

まるで丸めた色紙を無理矢理人形に組み上げたような、見る者を酷く不安定にさせるその容貌。

ホンフーはつい最近、それと似たような物を見た事があった。

 

 

(魔女の、使い魔?)

 

 

姿形の何もかもが違う。しかし、纏う空気は確かに廃工場で出会ったそれと同じもの。

野球帽を被った子供のような姿をした使い魔は、周囲のレジスタンスを巻き込みつつ勢いよく宙を飛び、やがて廃屋の一つに激突。

 

鈍い音と共に大きな土煙を巻き上げ――それと間を置く事無く、同じ場所に大きな人影が突き刺さる。

 

 

「あぐっ――!」

 

 

土煙の中より聞こえる苦悶の声は、年端も行かぬ少女のもの。

周囲には決して少なくない量の赤い斑が撒き散らされており、大きなダメージを負っている事が察せられた。

 

 

「――あん? なんだい、この集まりは」

 

 

そうして誰もが動かず、静かに様子を窺い続ける最中。同じく年端の行かぬ、それでいて険のある声が静かに響く。

 

見れば、使い魔の崩した瓦礫の上に、赤い装束の少女が一人立ち。

特徴的な長槍を肩に置き、突然の事に困惑するレジスタンス達を睥睨していた。

 

彼女もまた土煙に巻かれつつ、珍妙な格好をするシルバーや他のサイボーグ達を胡散臭い物を見る目で眺め……やがてホンフーの姿を捉えると、その目を丸くする。

 

 

「……あ? オイオイ、まさか――」

 

「――うあああああああッ!」

 

「ッ、チィ!」

 

 

瞬間、絶叫が轟いた。

それと同時に驚いた表情を浮かべる赤の少女の下に向かい、無数の流星が奔る。波打つ波紋に薄闇を映す片刃の剣が、土煙の中より投げ込まれたのだ。

 

しかし赤の少女は巧みな槍捌きでその全てを弾くと、槍を分割。鎖分銅のような形態に変化させ、刃の付いた先端を土煙へと投擲する。

轟音を上げ、廃屋が更に大きく破壊されるが――その寸前、土煙を引きずる青い人影が転がるように飛び出した。

 

 

「はぁ、はぁ……やっぱ強いって……!」

 

 

マントを羽織り、青を基調とした騎士の装束に身を包む彼女は、周囲の状況に目を向ける余裕も無いようだ。

ふらつく足取りにムチを打ち、揺れる刀剣を正眼に構え。立ちはだかる赤い少女を、必死の形相でただ睨む。

 

 

赤の少女と青の少女――佐倉杏子と、美樹さやか。

 

 

相反する二人の魔法少女が、ホンフーの眼前で互いに刃を向けていた――。

 

 

 




『桧垣東児』
しあわせ草研究の第一人者でホンフーの友人。人工の超能力者を生み出す薬を作った凄い人。
彼女候補を裏社会に陥れようとする外道だったり、反対に主人公の主治医として親身に治療に当たったり、作品ごとに立ち位置の振り幅が激しい。
とはいえパワポケ11以降、彼の研究が如何に人体に配慮した物だったのかがよく分かる展開となった為、相対的に善人の位置に収まった気がする。


『ほむらの入院していた病院』
これに関しては正直良く分からなかったので結構作った。すんません。
何か本編やマギレコのバレンタインイベントだとかなり近場にありそうな感じだったけど、どうなんすかね。


『レジスタンス』
ほむらに武器や計画書を根こそぎ奪われ、残った僅かな武器でホンフーに立ち向かう羽目になった、かわいそうな人たち。
ジャジメントと戦う意志はあるが、力と頭が足りない。だけどコミュ力はある。そんな感じ。


『シルバー』
数少ないポケレンジャーの生き残り。地味に能力が低い。
今作は「パワポケ7で立ち絵の出たヒーローは消えなかった説」を提唱しています。
周ーー!


『デス・マス』
口にした言葉と逆の行動を相手に強制させるやべー能力。
「~~しないで下さい」みたいな否定形の言葉では発動せず、また言葉の解釈次第で対抗手段も多くある。でも正直どう扱えば良いのかわかんねぇよ朱里ちゃん。
この能力を使用した時は基本赤字になります。特殊タグが反映されない環境の人は……何か雰囲気で「あ、使ったな」って察しテ!


『野球帽の使い魔』
とある魔女が使役する使い魔。
その魔女は彼らを大変可愛がっており、傷つけたものを決して許しはしないだろう。


『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。
野球帽の使い魔とやり合いつつ、杏子と喧嘩していたようだ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。
先輩としてさやかにヤキを入れていたようだ。


次回は時間かかりそうだから、ちょっと待ってね。

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