エレン・イェーガーに特別な力はない。彼はどこにでもいる普通の人間である。主人公補正と呼ばれるものは存在しない。
「巨人の最大の能力。それは再生能力にある。古来より人類は巨人の頭を吹き飛ばす程度の力は持っていた。では、なぜ抵抗できなかったか。それは頭を吹き飛ばしても個体差こそあるものの1、2分で再生するからだ。」
「では不死身ではないか、というとそうではない。人間でいううなじの部分。ここを狙う」
「巨人はここを大きく損傷すると再生することなく絶滅する。そのために最も有効な手段が有名だが立体起動装置呼ばれる物だ」
「そしてコレだ。この付け替えできる刃の武器。この武器は硬い肉の塊を削げるよう柔らかく、しなやかになっている。」
「そしてこれを2本もって、その刃で肉を削ぎ、またそれが巨人の弱点であるうなじに当たれば相手は即死する」
「では、エレン・イェーガー。これを最も効率よくする方法は分かるか?」
「はい、分かります。」
「…ほう?私は状況に応じて使おう、と言おうとした。そんな効率的なものがあるのなら人類は勝てると思っている。では、君の意見を聞こう。」
「それは、丸腰の人間を使うことです。まず、立体起動装置も何もつけてない住民を一人用意します。」
「…続けろ」
「勿論巨人といえど生物。立体起動で捕らえにくい獲物よりも、丸腰で動かないほうを狙うはずです。ならば一人だけ何もつけてない人を用意して、食わせます」
「…は?」
「そうして、捕食をしている最中に巨人のうなじを削ります。生贄は絶対に助かりませんが、それでも1:1で巨人を狩ることができます。以前のウォールマリア奪還の際は巨人一人狩るのに30人はかかったとのこと。この方法ならば人類の損失を最小限にできます。」
「いや…まあ、そうだが…。ああ、うん。では、巨人が大勢攻めてきたらどうするんだ?そんな悠長なことはできないだろうに。」
「その場合、まず最初に大きな落とし穴を使います。勿論その落とし穴を作るのは生贄に使う人たちです。そうして落とし穴を作ったら生贄を数人ほど落とし穴に入れておき、巨人が落とし穴に落ちるのを待ちます。そうですね。3人ほど落とし穴にいたら、確実に巨人はそちらに落ちていくと思われます。巨人は日光にあたらなくなると活動を低下させます。落とし穴に落としてしまえばこちらのもの。あとは埋めれば実質討伐です。」
「…えぇ?いやごめん…さすがにそれはないわ」
そうして、講師と同期全員が引いてその日からエレン・イェーガーに友達はいなくなった。
苛烈すぎるエレンの訓練姿を見た同期は、彼と関わることをしなくなった。
壁の中には地獄が広がっていた。
燃え盛る火。血に塗れた地。あまたの臓物が撒き散らされ、巨人が蹂躙する世界。
どうしようもなく現実に塗れた、世界の真実を見せ付ける世界。
ふと、昔を思い出す。
子供の頃、エレン・イェーガーになったと知った時。
自分は進撃の巨人の世界に生まれたと知った時、正義の味方になりたいと思った。
誰もが笑顔で、誰もが幸せな世界になればと。所詮この世界は漫画の世界なのだから転生者であり主人公である俺には超能力やら異能やらがあって、全員を幸せにできると思った。
…俺には、何も力はなかった。所詮きれいごとだった。結局原作通りミカサを襲った強盗達を皆殺しにした。
あのとき、俺は主人公としての”運”を知った。勿論所詮運だから過信こそできないが、それでもただのガキだった俺が武器を持った強盗達をぶっ殺せる程度の運を所有しているのだと知った。
そうして、強盗達をぶっ殺して改めて自分は死が怖くなった。底なし沼のような闇。ソコにはいきたくないと、巨人の継承者になって13年の寿命に縛られるのは嫌だと、父親を殺した。そして、母親が目の前で死んでから俺は正義の味方を目指そうと思わなくなった。
ハッピーエンドもどうでもよくなった。誰もを救うことなんて無理だという現実を見せ付けられた。
この世界は現実だ。どうしようもない不条理が存在する。
それでもこの身は主人公だと思ったから。だから、唯一俺に存在する”主人公補正”とやらを信じようとして必死に努力した。けれど、訓練兵時代ですら訓練で目の前の同期は死んでいった。俺の主人公補正とやらは、少し俺が死ににくいだけのものだとその時知った。
この世界は残酷で、美しくない。けれど、どこまでも現実だ。
それを知ったから俺は主人公であろうとしなくなった。
ただ、皆殺しにする。敵を全員ぶち殺す。それだけを願った。
ほかは、どうでもよくなった。
それが、俺の原点。
ただ生きたいという当たり前の願いから、母親を殺した敵に復讐したいという当たり前の願いに代わった俺の全て。
それ以外は、どうでもいい。
目の前の、壁の中の地獄を見ても何も悲しみを感じない。悔しさを感じない。ただ、今心の中にあるのは超大型を継承したという歓喜だけだった。
運はもとより持っている。
力は手に入れた。ならば、恐れるものは何もない。
さぁ、はじめよう。俺だけの人生を。
第三話 進撃の巨人
「9体目!」
うなじを削ぐ。それだけで敵は倒せる。
ミカサすらねじ伏せた実力を持っている今の俺ならそれは容易だ。
超大型は使うつもりはない。アレは人類の敵と思われている。いざとなれば使うが切り札は最後の最後までとっておくものだ。主にライナーとかに。
しかし俺が思ったとおり、やはり、巨人を狩るのは楽だ。それも捕食中ならなお楽だ。
わざと巨人を誘導し、そこらの住民を食わせてからうなじを削ぐ。ハッキリ言って簡単にすぎる。
罪悪感は感じない。というのも住民の位置的に誘導しなくても助からないと分かっていたからだ。
ふと思う。この程度の作戦、エルヴィン団長ならば思いつくだろうに。ここまで簡単になるのならばなぜ調査兵団はしないんだ…?心臓を捧げるんじゃなかったのか…?人間性を捨てなければ勝てないと、エルヴィン。お前言ったよな?なぜしない?
「10体目!」
まあ今はいい。
ただ、ただ速く。加速させろ、思考を、腕を。
目の前の巨人どもをぶっ殺すために、うなじを削ぐために。
心を剣に見立てて、世界をただの白と黒に見立てて。
自分自身を機械のように見立てて、周りの惨状を気にせず、ただ只管に。
「11体目!」
この世界の最強、リヴァイを超えるように。
もっと、強く。強く。あの頃の無力なガキである自分を戒めとして。
心は錬鉄のように、決して曲がらず、決して折れず、決して揺るがない。
「12体目!」
俺がここまで巨人を狩る必要はないのだろう。だが、それでも。
血にヌレテイク。ああ、どうしようもなくタノシイ。
この全能感。何でもできる感覚。
この真っ赤な血に染まった世界が、ドウシヨウモナク…
「…あれ?」
ふと、気づく。周りから巨人がいなくなっている。殲滅完了だ。
ガスや刃の残量は…まだ十分。記憶を失う前の俺は多めに持ってきていたらしいが…それでも簡単だ。
やはりこの方法ならば。人一人を犠牲にする方法ならば人類は勝てる。
…もう周りには人の死骸しかなく、生贄もいないな。これでは俺一人では巨人に負ける可能性がある。
ならばこそ、皆と合流しなければ。
訓練兵の皆、アルミンやミカサ、ジャンはどこにいった?確か原作では…そうだ。ガスの補給をする為に本部に向かったはず。
さすがに訓練兵、同期を生贄にするつもりはない。104期生は原作でも重要人物。下手に動かすと原作知識が働かなくなる可能性がある。まあ今更といえば今更だが。
とりあえず、本部の補給場に行くことにするか。
ガスを強く吹かす必要はない。急いで向こうについてもガスがなかった。巨人を狩れなかった、となったらお仕舞いだ。本部のガスが使われていない保障がないからな。
本部に近づくにつれ…何だ…この雑音は。人の声。何かの叫び声。聞き飽きた声だが…なぜだろう。とても懐かしく思う。
ビキリ、と頭が痛い。人の叫び声に混じって何かザラザラとしたノイズのような…何かに…共鳴している?こんなもの原作にはなかったはず。まるで分からん。
分からんが…進むしかない。
ガスを少し強く吹かす。そこにあるのはただの興味だけ。だが、そこには――――
「は?なんだよ、コイツ」
周りには血があった。
人々の臓物があった。
巨人の死体があった。
同期の姿があった。
「ッ…!」
声が、でない。
そこには、巨人がいた。金色の髪の巨人がいた。
知らない。こんな巨人知らない。
原作にはいなかった巨人。だが、その巨人は他の巨人とは明確に違う所があった。
戦っている。明らかに知性ある動きで、周りの巨人どもを駆逐している。
ありえない。
モブの巨人がこんなことをするはずがない。
9つの継承巨人にもこんな巨人はいない。
ライナーはありえない。アイツは鎧のはずだ。確かに見たことがある。
ならばアニ…もない。明らかに目の前の巨人は女型ではない。勿論ユミルでもない。
こんな巨人、俺の知る限りでは一種類しかない。
いや、ありえない!
俺は親父を殺したはずだ。もし目の前の巨人がそうなら、いや。ありえないだろう…!
だが、髪の色以外は、確かにあの巨人に…。
そんな困惑が、いや。
ただ、それ以上に。どうしようもなく目の前の現実に
高揚した―――。
その光景は、巨人が巨人を駆逐するさまは俺の夢を見ているようで。
まるで人類の怒りが詰まった重い一撃は確かに巨人を駆逐していて。
ああ。この光景を見せられたら間違いない。
俺ではない誰かが継承した姿。
自由の翼を追い求めた者。
これが。こいつこそが。
「進撃の巨人」
薄暗い地下室。特異な一人の少年だけが知る秘密の場所。
とある、少女がそこにいた。否、少女だったものが、そこにいた。
四肢をもがれ、頬には乾いた涙と、血が混じっており。
身体を雁字搦めに鎖で固められ、明らかな拷問の後がその部屋には残っていた。
部屋に付着した乾いた血は明らかに一人分とは思えない量。致死量を超えていた。それでも、その血は少女だったものから溢れ出たものである。
何度も顔をグシャグシャにされた結果、再生不良を起こしもはやかつての面影はなくなった少女だったもの。
彼女の名は、アニ=レオンハート。短時間ながらも様々な趣向を凝らされた拷問の結果、もはやかつての記憶はない。精神は完全に崩壊しつくした。
ただの呼吸をする肉達磨が、そこに幽閉されていた。
エレンは自身に主人公補正があると思ってますがそんなもの存在してません。
ただ、たまたま運がよかっただけです。
生贄作戦といいエレンが順調にクズになっていく~。