ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
放火され、燃え尽きてしまったペットフード屋を前にして、ナミがわなわなと肩を震わせていた。
傍らには呆然と店の跡地を見つめるシュシュの姿があり、今度こそ死んでしまったように佇んでいた。
「どいつもこいつも………‼︎ 海賊なんてみんな同じよ…!!! 人の大切なものを平気で奪って!!!」
「…………」
「シュシュ…」
自身の海賊への怒りを再燃させ、声を震わせる姿に、プードルもアルモニも表情を暗くさせる。
そこへ、多少怒りを収めたルフィとエレノアが戻ってきて、怒りをにじませるナミに見つかった。
「ん?」
「! あら、海賊、生きてたの…! てっきりライオンに食べられちゃったのかと思ったわ」
「おい…何言い出すんじゃ」
「あんたが海賊の仲間集めて町を襲い出す前に、ここで殺してやろうか‼︎」
「おいやめんか、娘っ‼︎」
「こんなところで暴れないでよっ‼︎」
バギーにぶつけられない怒りを向け、理不尽な暴言を吐くナミをプードルとアルモニが抑える。
エレノアはそれをじっと見つめると、黙ってシュシュのもとへ向かい、鎮座したままのシュシュの前に箱を置いた。
「やっ」
ライオンに食われずに済んだペットフードの箱を渡し、エレノアとルフィがその隣に座る。
シュシュはそれを見て、二人を不思議そうに見つめた。
「……ゴメンね、これだけしか取り返せなかった。あのクソ猫、バリバリ食べ尽くしやがって」
エレノアは黒い炭だけになった店を眺め、ポンポンとシュシュの肩をたたく。
その目に、形だけでも宝物を直してやれない自分への不甲斐なさと悔しさをにじませて。
「私はものを自由に作れても、元どおりにしたりはできない。他の錬金術師も、見た目は完璧に同じにできても、全てを同じにはできない…でもさ、目には見えないものは、どんなになっても変わんないと思うよ」
トン、とシュシュの胸をたたき、じっと目を見つめる。
目に見えない主人の思いは、燃え尽きたわけではないのだと、そう伝えようと。
「あんたのご主人の思いは、まだここで生きてる………違う?」
シュシュはじっとエレノアを見つめ、やがてその口にペットフードの箱を咥える。
そこで初めて、シュシュはペットフード屋の前から離れた。
店を守るという、主人との約束は守れなかった。だが思い出は消えたわけではない。
壊れた〝物〟は、また直せる。だが形のないものは壊れることはないのだと、賢いシュシュは気づいてくれたのかもしれない。
「ワン‼︎」
去り際に、シュシュはルフィとエレノアに吠えた。
それは二人に対する、感謝の咆哮のように聞こえた。
手を振り、避難所がある方に向かっていくシュシュを見送るルフィたちをじっと見つめていたナミは、おもむろにそばによって片手を上げた。
「どなってごめん!」
「ん? いいさ、お前は大切な人を海賊に殺されたんだ。なんかいろいろあったんだろ? 別に聞きたくねェけどな」
「……」
なんということはないと、ズボンの尻を叩いて土を払うルフィに、ナミはこれまでとは異なる眼を向ける。
ほかの海賊とは違う何かを、感じたのかもしれない。
そんな中、ずっと何かをこらえるように黙り込んでいたプードルが怒号とともに両手を振り上げた。
「………ぬぐぐぐぐ………!!! わしは、もう我慢できーん!!!」
「うわっ!」
「酷さながらじゃ‼ さながら酷じゃ‼ シュシュや小童どもがここまで戦っておるというのに‼ 町長のわしがなぜ指をくわえて我が町が潰されるのを見ておらねばならんのじゃ!!!」
「ちょっと町長さん、おちついてよ!」
「そうだよ! 町長じゃ相手にならないって!」
「男には‼ 退いてはならん戦いがある!!! 違うか小童っ!!!」
「そうだ!!! おっさん!!!」
「のせるな‼」
「あーもう…血の気が多いんだから…」
勝手に盛り上がって、怒りを爆発させるプードルにルフィが賛同し、手が付けられなくなる。
アルモニは言っても止まらない町長に困った目を向け、深いため息をついた。
「せめてここに、お爺ちゃんやパパやお姉ちゃんがいてくれたらなぁ…」
「お爺ちゃん? パパ?」
「うん。パパ達はね、すごい人なんだよ! パパとお爺ちゃんの力があって、この街はこんなに立派になったの‼︎」
「そうじゃ‼ 40年前さながらっ‼ ここは、ただの荒れ地じゃった…‼ そこからわしらは全てを始めたのじゃ」
アルモニの自慢に反応し、プードルは聞いてもいない町の歴史を語り始める。
それだけで、町長がこの町に相当な思い入れがあることが分かったが、肩入れしすぎなのではないのかとも思う。
しかし次に続いた言葉に、ルフィたちは言葉を失った。
「〝ここに、おれ達の町をつくろう。海賊にやられた古い町のことは忘れて…〟」
かつて海賊に故郷を奪われたトラウマのある人々にとって、それは願いだった。
過去の記憶を乗り越えようと、懸命に努力を続けた人々の努力の結晶。それがこの町だった。
それを再び奪われることは、プードルには耐えられなかった。
「…初めはちっぽけな民家の集合でしかなかったが、エイブラハムとヴィルヘルムの知恵や技術をかりて少しずつ少しずつ町民を増やし、敷地を広げ店を増やし、わしらは頑張った‼」
「ヴィルヘルム…?」
「そして見ろ‼ そこは今や、立派な港町に成長した‼ 今の、この町の年寄りがつくった町なのじゃ‼ わしらのつくった町なのじゃ‼」
聞こえた名前に、エレノアが反応するも気づかず、プードルはさらにヒートアップしたのか槍を掲げて勇ましく吠える。
覚悟を決めた男の姿は、とても大きく見えた。
「町民達とこの町はわしの宝さながら!!! 己の町を守れずに何が町長か!!! わしは戦う!!!!」
今も酒場の屋上でたむろしているはずの悪の海賊に向けて宣言した、その時だった。
ルフィたちを、凄まじい衝撃と轟音が襲い掛かった。
「!!!?」
一列に立ち並ぶ民家や店が、まとめて薙ぎ払われていく。
その威力は、一度目にしたことがあるものだった。
散々酒場の屋上でバギーがブッ放した特別な砲弾、それを今度は、ルフィたちが体験することとなったのだ。
「ぬあっ‼」
「きゃあ⁉」
瓦礫や砂塵と一緒に吹き飛ばされ、地面に転がされるナミたち。
いち早く起き上がったプードルが、怒りに顔をゆがませた。
「んぬ…わしの家まで!!!」
「あ!!! ゾロが寝てんのに!!!」
今吹き飛ばされた家には、傷つき休んでいるゾロが眠っているはずなのだ。
最悪の結果が脳裏をよぎり、プードルやアルモニの表情が変わった。
「死んだか…⁉ 腹まきの小童…‼」
「うそでしょォ…⁉」
「おい、ゾロ、生きてるかぁ!!?」
黙々と立ち上る土埃と瓦礫の山の中に向けて、外から必死に呼びかける。
すると、ガラガラと瓦礫の一部が盛り上がり、二日酔いの後のように頭を抱えたゾロが体を起こした。
「あ――寝ざめの悪ィ目覚ましだぜ」
「よかった! 生きてたか!」
「……何で生きてられるのよ…‼」
「ほんっと頑丈だな、あの人…」
ルフィは仲間の無事を素直に喜ぶが、ナミもエレノアも無事でいることに呆れるほかにない。
プードルも安堵しながら、破壊された自宅を見て胸を押さえた。
「……‼ 胸をえぐられる様じゃ…!!! こんな事が許されてたまるか!!! 二度も潰されてたまるか!!! こんな事では、亡き我が友エイブラハムに合わせる顔がない!!!」
「町長…」
「突然現れた馬の骨に、わしらの40年を消し飛ばす権利はない!!! 町長はわしじゃ!!! わしの許しなくこの町で勝手なマネはさせん!!! いざ勝負!!!」
「ちょっ…ちょっと待って町長さん」
「勝負って…そんな騎士道精神海賊が持ってるわけないじゃん!」
「はなせ娘っ‼」
「あいつらの所へ行って何ができるのよ‼ 無謀すぎる‼」
ナミやアルモニが必死に止めるも、老人とは思えない力でプードルは引きはがそうとする。
それでも引き留めようとする二人に、プードルは叫ぶ。
その目に、涙をためながら。
「無謀は承知!!!!」
その必死の形相に、思わずナミとアルモニの手が離れる。
怒りや悲しみ、悔しさが入り混じった男の姿に、娘たちは二の句を告げなくなっていた。
「待っておれ、道化のバギーっ!!!」
止める間もなく、プードルはがしゃがしゃと鎧を鳴らしながら走り出していく。
アルモニはなおも引き留めようとするが、自身の中にあった同じ気持ちや無力感が邪魔をして、その手は力なく落とされた。
「町長…」
「行かせてあげなよ。理屈や正論じゃ納得できないものってあるから…」
呆れながら、どこかほほえましそうにプードルを見送るエレノアが、アルモニの肩をたたく。
今の今まで寝ていたゾロには人物関係はわからないが、とにかく状況が変わりつつあることは察していた。
「なんだか盛り上がってきてるみてェだな!」
「しししし! そうなんだ」
「笑ってる場合かっ‼」
「あんた達ねェ…」
のんきに笑う二人に、エレノアが多少は空気を読めと肩をすくめる。
しかし二人のことはとりあえず放置し、エレノアは気になっていたことを尋ねようと、アルモニの顔を覗き込んだ。
「ところでアルモニ? あんたの言ってたパパって、エイゼルシュタイン教授のこと?」
「! パパのこと知ってるの⁉」
「…まァ、ね」
予想が当たった、とエレノアは興味深そうに街を眺める。
田舎の島にしてはなかなか発展していると思ったら、自分の知る人物が関わっていようとは。しかも、町長の友人だとか。
町を見渡すエレノアに、アルモニはどこか誇らしげに語り始めた。
「あなたにわかるかは知らないけど、パパもお姉ちゃんもすっごい力を持った人たちなの! 二人がいれば、海賊になんて絶対負けないのに…今はなんか、偉い人の所で働いてて来られなくて……」
「…………その偉い人とはどういう関係で?」
「なんだっけ…元々の故郷の友達だとかなんとか。体を悪くしたお爺ちゃんの代わりにパパが助けに行ってるとか何とか」
朧げな記憶を辿り、首をかしげるアルモニ。
エレノアはそんな彼女を静かに見つめ、何やら考え込むような仕草を見せる。
「…私も、パパみたいに町のみんなの力になりたいのにうまくいかなくて…。パパも教えてくれないし…だから、町長の気持ちはわかるつもり」
悔し気に言葉を漏らすアルモニを、エレノアはじっと見つめる。まるで、過去の自分とアルモニを重ねてみているように。
やがてエレノアは、フードの下で不敵な笑みを浮かべた。
「よし、いっちょやったるか!」
「え?」
「大丈夫! おれはあのおっさん好きだ! 絶対死なせない‼」
ルフィもエレノアの決断に賛同し、ぱしんと拳を手のひらに当てる。
アルモニは一瞬言葉を失い、出会ったばかりの者たちがなぜか立ち上がろうとしていることに戸惑う。
「な、なんで? なんで何の関係もないあなた達が…」
「いーからいーから」
ぐいぐいとアルモニの肩を押し、待ってろと言わんばかりに道の端に寄せていく。
あまり波風を立てずに終わらせようと考えていたエレノアの体は今、やる気に満ち溢れていた。
「初代と二代目……二人の『十賢』が築き上げた町か…ちょっと興味が出てきたな」
その誉れ高き名をつぶやき、エレノアは笑みを浮かべる。
『十賢』。それは高い技術と深い知識を有する者に、高名な一部の錬金術師に与えられる、術師の尊敬の象徴。
そういう立場や地位があるわけではない、しかしそう呼ぶにふさわしいと多くの人に認められた証を有する者の名であった。
アルモニの父があの賢者というのには驚いたが、彼が『十賢』の名を手にしたルーツがここに見えた気がする。
ぐっぐっと屈伸し、コンディションを高めていくエレノアに続くように、ゾロも刀の調子を確認し始めた。
「あんたも行くの? お腹のキズは」
「治った」
「治るかっ‼」
「ハラの傷より…やられっぱなしで傷ついたおれの名のほうが重症だ。いこうか!」
「ああ、いこう」
「どんときやがれってんだ!」
一人はプライドを傷つけられた分を返しに。
一人は自分が気に入った人物を死なせず、野望へ続く地図を手に入れるために。
一人は知り合いが作り上げたという町に単純に興味を持ち、これ以上好き勝手させないために。
三者三様のやる気を見せる海賊たちに、ナミは極めて面倒くさそうに顔を手で覆った。
「あっきれた…」