ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「〝賢者の石〟………だと!!?」
エレノアが口にしたその単語に、マスタングが大きな反応を見せる。
無理もない、それは伝説上にしか聞かない、幻の存在なのだから。
「おい…冗談にしてはタチが悪いぞ」
「言っとくけどねェ………私だって言いたくないよ。だって本当にそうだったらシャレにならないんだもん」
「残念だけど、ご名答なのよね…ここまでたどり着いたごほうびに見せてあげる」
恐ろしい笑みを浮かべたミス・リープデイが、自分の胸の中心に爪を突き立て、ぎちぎちと肉を開いていく。
悍ましい行為の果てに見えたのは、心臓部分に鎮座する赤い宝石のような物体だった。
「見えるかしら?〝賢者の石〟よ…この石を核に造られた人間、それが私達よ」
「…笑えねェ…」
「…化け物め!」
ミス・リープデイが爪を離すと、すぐに肉が再生して傷口が消えていく。
もはや疑う余地もない。この謎の美女は、常識をはるかに超えた力を秘めているのだ。
その時、エレノアの耳が遠くで鳴る風の音を捉えた。
「砂嵐…⁉ クロコダイルか…‼」
びゅう、と砂塵を撒き散らす砂の暴風が、南に向かって流れていく。
ここまで突発的な発生は自然界ではありえず、あの能力者が何かしたのだと判断できた。
「……ねェ〝
訝しげに砂嵐を凝視していたエレノアに、ミス・リープデイは挑発するように語りかける。
その意味深な口調に、エレノアの胸中にいやな予感が渦巻いた。
「…………まさか」
「『ユバ』よ」
「……!!! 貴様ァ~~~!!!」
「落ちつけ‼〝
師が、その家族がいる幾度も苦しめられ続けた町に再び脅威が迫りつつある。
それを遊戯かなにかのように愉しもうとしている敵に、エレノアの怒りが錬金術として爆発する。
炎と金属が、パンッと手のひらを合わせたエレノアのもとに集い始めた。
「〝
巨大な鉄の輪が高速回転を始め、それに高熱の炎が纏われる。大気も地面も溶かすほどのそれが、エレノアの蹴りによって放たれ、大地をえぐりながらミス・リープデイに迫る。
あっという間に業火が美女を呑み込み、とてつもない爆発を起こして建物ごと吹き飛ばしてしまった。
「…やっぱ恐ェー」
咄嗟に物陰に隠れたハボックやほかの部下たちが、その威力に冷や汗を流す。
周囲への被害も何も考えず一撃を見舞ったエレノアは、肩を上下させて黒煙の上がる方を睨みつけていた。
「………焼け死んだかね?」
「あの再生力はあなどれん、気をつけろ」
一向に復活する様子が見受けられず、終わったのかと恐る恐る銃を構え、近づいていくマスタング達。
その時、エレノアの勘が何かを感じ取った。
「ハボックさん!!!」
気配のした方へ、急ぎ叫ぶエレノア。
しかしその時にはすでに、地面から突然伸びた腕が、ハボックの腰を貫いていた。
「がっ…!!?」
「ハボ――ック!!!」
気づいた他の部下、ブレダとファルマンが振り向いて銃を構えるが、見る見るうちに体が再生していくミス・リープデイが接近し、襲い掛かる。
辛うじてそれを躱すことはできたが、恐るべき切れ味の爪を前に反撃もままならなくなってしまった。
「ハボック‼ しっかりしろ!!!」
「ダメね、もう助からない」
倒れ込んだハボックを案じ、一刻も早くこの脅威を排除しようとするマスタングだが、味方を巻き込む距離に迫られてしまいそれも叶わない。
だが、我が物顔で暴れるミス・リープデイの背後から、決死の覚悟を決めたエレノアが踊りかかった。
「まだだ!!!」
両手にいくつもの小さな短剣を構え、ミス・リープデイに向けて投擲する。
短剣は全身の急所に突き刺さるが、やはりすぐさま再生し、一切の傷が消えていった。
「無駄よ‼ まだまだ私は死なない!!!」
「んなこたァわかってんだよ!!!」
声を荒げたエレノアが、右腕を大きく掲げてさらに迫る。
手袋を一瞬で改造し、指の先に鋭い鉄の爪を備えたエレノアが、ミス・リープデイの胸の中心にそれを突き立てた。
「あああああああああああああっ…!!!」
「その石の力を借りるだけだ!!! よこせ!!!」
一切の迷いなく、エレノアは美女の胸を引きちぎり、赤く輝く宝石を握りしめ一気に引き抜く。
賢者の石を奪われた美女は、次の瞬間塵となってその場に崩れ去っていった。
「大佐‼ 早く治療を!!! 私は無理‼」
「そうか…‼ 治療系の錬金術は専門外だが、たしかに石の力で底上げすれば…」
手に入れた賢者の石を、エレノアがマスタングに向かって投げ渡す。
意図を理解したマスタングが、希望を垣間見た表情でそれを受け取り、さっそく術を行使しようとした、その時だった。
マスタングの脇腹に、黒く鋭い刃が突き刺さった。
「………あ」
「乱暴に扱っては、
マスタングの表情が、一瞬で苦痛と絶望に染まる。
引きちぎられた賢者の石が、あっという間に美女の上半身を再生させ、驚異的な凶器を振るわせていた。
急所を貫かれたマスタングは、どさりとその場に倒れてしまった。
「大佐ァ!!!」
ブレダとファルマンが大佐の前に降り立ったミス・リープデイを狙い、迷いなく発砲する。
しかしそれすら意に介さず、美女は二人の海兵に向けて爪を一閃した。
「言ったはずよ、『
バタバタと血を流して倒れていく二人を凝視し、エレノアは呆然と立ち尽くす。
その一瞬の隙を美女は見逃さず、一瞬でエレノアの目の前に接近し、天使の脇腹を深々と突き刺し、斬り裂いた。
「あなたは優しすぎたわ……優しすぎるから、こうしてつけいられるスキが生まれる。だからこうして………無力に誰も助けられずに死んでいく」
目を見開き、掠れた呼吸を繰り返すエレノアの耳元に、美女は嘲笑うように語りかける。つつ、と頬を撫でる手が、絶句するエレノアに恐怖を刻み込む。
「あなたの敗因は……そういう事よ」
ミス・リープデイはさらに、エレノアの胸に向けて爪を振るう。
衣服がぱっくり切れたかと思うと、遅れて夥しい量の鮮血が噴き出し、辺りを真っ赤に染めていく。
天使は白い肌を汚され、ゆっくりと地面に墜ちていった。
「さて、せっかくだから同僚たちの応援に回ろうかしら。目の前で友人が冷たくなっていくのを見ながら、あなたも逝きなさい」
じわりじわりと、地面に鮮血が広がっていく光景を、マスタングは苦痛に顔を歪められながら見つめるほかになかった。
「ハボック…ファルマン…ブレダ…〝
誰も応える者のいない、無人のオアシスの町で、マスタングは悲痛な叫びを上げ続けていた。
場所はかわり、首都アルバーナの西門付近にある岩場。
そこにはMr.1以下のオフィサーエージェントたちのほとんどが勢ぞろいし、向かってくるというビビたちを待ち構えていた。
「問題は、どこで待ち受けるかよ…敵は仮にも我が社のNo.エージェント。6人消してきた海賊団…」
「そうねい‼ ナニセ当のビビ王女が元バロックワークス社員だってんだからね~~~いっ‼」
「回んじゃねーよこのオカマ‼」
クロコダイルから指令が下されたのは、少し前のこと。
捉えた少数海賊達が脱走し、反乱軍を止めるためにここ、アルバーナへ向かっているという情報がもたらされたのだ。
反乱が止まれば、これまでの苦労が水の泡。なんとしてでも阻止しなければならなかった。
「――でも〝ダマシ〟ならあちし、負~~けナ~イわよ~ぅ!!!」
「……まぁ私達が一気にカタを付けてもいいけど…どうする?」
「フン…」
「待~~ちなァこの〝バッ〟共め、フザケんじゃないよ‼ おめーらの出る幕なんてないにキマッてんだろ‼ そうだろMr.4‼」
「う」
「ノロいってんだよおめーはよ‼ あ腰痛っ‼ あたしらが一番にいかしてもらうよ‼ 要は
例え格下の弱者であろうと、敵として立ちはだかる以上は排除すべき存在。多少の違いはあれど、それぞれ戦うことに意欲的になっていた。
だがビビたちを待っている間に、南門のある方角から凄まじい地響きと雄叫びが聞こえ始めていた。
「オイオイオイオイオイっ‼ それ大丈夫かい⁉ やれ大丈夫かい⁉ 本当に来るんだろうね、王女と海賊共は。もう反乱の雄叫びが聞こえてんじゃねーかね‼」
せっかくやる気になっていたのに、とせっかちなミス・メリークリスマスがぼやく。
ビビたちの姿は、いまだ影も見えてはいなかった。
「これじゃ先に反乱軍が到着しちまうよっ‼ 止める気あんのかいまったくっ!!!」
「…間に合わないってケースも多分にあるのよ。何しろ『レインベース』で彼らは大幅に時間をロスしてるんですもの」
「何⁉ そうなのかい⁉」
初耳だ、とミス・ダブルフィンガーの話に驚くミス・メリークリスマス。
それに対し、Mr.2・ボン・クレーが踊りながら不思議そうな顔を向けた。
「じゃあ…!!! 反乱が先に始まっちゃっタラバ、あちし達はドゥーすればいいのう⁉」
「…ドゥーもしなくていいんじゃなくって? 戦争が始まっちゃえばたとえ王女といえど、もう何もできないわ」
ぶつかり合うのは何千何万もの人々。
一旦戦いが始まればそこはもう地獄。その中からリーダーであるコーザを見つけ出すのは、どう考えても不可能だろうと、ミス・ダブルフィンガーはたばこの煙を燻らせた。
「消せと言われたヤツをおれ達は消せばいいんだ…!!! それくらいも判断できねェのか、オカマってのは」
「ヨッッッポドオカァマ拳法食らいたいらしいわねい!!! おォ!!?」
「おやめなさいったらあなた達」
「あっ‼ 腰ィ‼ 腰にきたっ‼ Mr.4マッサージを」
味方とはいえ、誰もかれもが個性も我も強いワンマンな暗殺者たち。仲良くしろという方が難しい連中だった。
そんな中、双眼鏡を除いていたMr.4が非常にゆっくりと声を上げた。
「きぃ~~~~~~てぇ~~るぅ~~ぞぉ~~……」
「何ィ!!? さっさと言わねェかい、このウスノロダルマ!!!」
実はずっと前から呼びかけ続けていたのだが、あまりにのんびり喋るうえにケンカに邪魔され、全く届いていなかった。
焦れたミス・メリークリスマスがMr.4から双眼鏡を奪い、覗き込むと、その目が驚愕に開かれた。
「カ………‼ カルガモ!!?」
砂を蹴って向かってくる、六つの影。そして六匹の大きなカルガモの背に乗っている人らしき影が、徐々に迫りつつあった。
「あっち見て‼『反乱軍』が見えたわよう!!! ス~~ゴイ数ねいっ!!! アレを止めようって王女はとんだイカレポンチねいっ!!! でもその
Mr.2・ボン・クレーが待ちかねたというように明るい声を上げる。
だがミス・メリークリスマスは、先ほどとは打って変わって焦りを滲ませながら口を開いた。
「Mr.1………
ミス・メリークリスマスの声に、Mr.1がすぐさま同じ方向を見やる。
双眼鏡がなくとも見える位置に、すでにカルガモたちは迫っている。
問題は、その背に乗っている誰もかれもが、同じ格好をしているということだった。
「んげげ‼ あいつら全員同じマントを!!!」
「…しかもあの鳥はアラバスタ最速の『超カルガモ』!!!」
「オノレ!!! これじゃあどいつが
自分の得意分野をそのまま返されたように感じたのか、Mr.2・ボン・クレーが悔しげな声を上げる。
ミス・メリークリスマスはすかさず、相棒であるMr.4に合図を送った。
「やっちまいな‼ Mr.4!!!」
Mr.4はバズーカを担ぎ、一味に向けて砲弾を放つ。
しかしそれを見たカルガモたちは、機敏な動きで左右に分かれ、紙一重で爆発から逃れた。
「よけた!!! 速いわねいっ!!! あの鳥達!!!」
「南へ2人抜けたっ!!! 別れる気だ!!!」
「南門へ向かうつもりだね。
カルガモたちは三方向へ分かれ、それぞれ別の門の方へ分かれていく。
よく見れば一匹に二人のっている騎もあるためため、余計にどれに誰が乗っているのかわからなくなっていた。
「あの2人はあたしらに任せな!!! 行くよMr.4!!!」
「うぅ~~~んん~~~~」
「コイツら………!!!」
「西門へ入るつもりよっ」
「追うぞ」
「あァン!!? ドゥッ!!!」
影の一人がMr.1を狙撃し、Mr.2・ボン・クレーを轢き飛ばし、迷いなく別々の門へと入っていく。
明らかな挑発に、全員の闘志に火がついた。
「『アルバーナ』に5つある門の内西から狙える門は3つ‼ そこからバラバラに入ろうってわけね…‼ 同じよ‼ 中で抹殺するわ!!!」
「逃がしゃしなァいわよォ~~う!!!」
エージェントたちは異様な脚力で、アラバスタ最速のカルガモたちを追い、首都へと侵入していった
「うっふっふっふ‼ よくここまでついて来てくれたわね‼」
「何ィ⁉」
西、南西、南、三つの門から侵入したカルガモに乗った一味は、ある程度門から離れると唐突に歩みを止めた。
「ストップストップ‼ あなた達勘がいいわ。そう! 私こそがビビ王女♡」
「何言ってやが…言ってるの? 私が真のビビだわよ‼」
街中で、遺跡近くで、言雄なる三つの場所で立ち止まった一味が、追いかけてきたエージェントたちを出迎える。
「ここまで来りゃいいかしら………♡」
「ん‼」
まるで、罠にかかった獲物を確かめるように。
「さァ正体を見せて上げましょ」
そして彼らは、纏っていたマントを脱ぎ捨ててその正体をあらわにする。
足りない人数をごまかすために用意した、かかしを辺りに投げ捨てながら。
「「「「「「残念、ハズレ」」」」」」
その中に、ビビの姿はどこにもなかった。
(ありがとう、みんな…‼)
門から少し離れた砂漠で、ビビは悲痛な表情で感謝の念を送る。
囮となった仲間達の想いを、決して無駄にはしないと覚悟を決めて。
「………急がなきゃ…反乱軍はすぐそこまで来てる」
「ああ」
「はい」
「行くわよ、みんな‼」
全員が突入するまで身を細めていたビビが、同じく姿を隠していたエドワードとアルフォンスを伴い、立ち上がる。
南門に、エージェントの誰もいなくなったことを確認し、一直線に走り出した。
―――ここで止めなきゃ、何もかもが無駄になる!!!
すべての想いを背負い、王女と護衛達は砂漠を駆け抜けていった。