ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第101話〝傷の男(スカー)

 凄まじい殺気を放ちながら、見下ろしてくる傷の男。

 崩れ落ちる兵士の姿に呆然となり、エドワードとアルフォンスは一歩も動く事ができないでいた。

 これまで相対してきた敵の誰よりも危険な存在に、何一つ行動を起こせないでいた。

 

 その金縛りが解けたのは、全くの偶然だった。

 彼らのすぐ近くで起きた爆発が、兄弟の意識を現実に引き戻した。

 

「……っアル‼ 逃げろ!!!」

「…逃がさん‼」

 

 走り出したエドワードとアルフォンスを、傷の男は鬼の形相で追いかける。

 瓦礫が転がる、戦闘中の町の中を、エドワードとアルフォンスは必死に走り抜けていった。

 

「〝傷の男(スカー)〟って…聞いたことがある‼ 素性も武器も目的も不明で神出鬼没の…額に大きな傷があるってことしか情報が無い謎の人物!!! 国家錬金術師や政府関係者ばかり殺してるって…!!!」

「ちくしょーこのややこしい時に‼ 人にうらみ買うようなことは……………いっぱいしてるけど…あいつら以外に命狙われるスジあいはねェぞ!!!」

「兄さん、こっち!」

 

 素早さに自身のあるエドワードだが、ボロボロになって動きづらいアルフォンスがいるためにそれほど速度が出せない。

 アルフォンスは意を決し、わき道に入ると一度足を止めた。

 

「こんな路地に入ってどーすんだよ⁉」

「いいから‼」

 

 アルフォンスは急いでその場にしゃがみ込み、素早く地面に錬成陣を描いて力を込める。

 すると次の瞬間、地面の土が盛り上がってあっという間に壁が出来上がった。

 

「これでほかの人を巻き込まずに済む‼ とりあえずはこれで…」

 

 時間稼ぎにはなるだろう、と安堵する兄弟だったが。

 青い閃光が走ったかと思うと、壁は傷の男によって粉々に破壊されてしまった。

 

「でえええええ!!!」

 

 足止めもできず、悲鳴を上げてまた走り出すエドワードとアルフォンス。

 傷の男はすぐ横の建物に手を当て、青い閃光を走らせて壁を破壊し、兄弟の目の前で崩れさせて障害物を作り出した。

 

「…冗談だろ…? あんた何者だ。なんでおれ達をねらう?」

「貴様ら『創る者』がいれば『壊す者』もいるという事だ」

 

 退路を断たれたエドワードは、ゆっくりと近づいてくる傷の男を凝視し、冷や汗を流す。この非常時に、ここまで執着するなど普通とは思えなかった。

 

「…錬金術師とは元来あるべき姿の形を異形の物へと変成する者…それすなわち万物の創造主たる神への冒涜。我は神の代行者として捌きを下す者なり!!!」

 

 傷の男は、サングラスの下からでもわかる濃厚な殺気でエドワードを射抜く。

 エドワードは緊張で頬を引きつらせ、傷の男から視線を外さないままアルフォンスに向けて吠えた。

 

「アル!!! 先行け!!!」

「!!? で…でも‼」

「お前以外に…誰が王女さんを守れるんだよ!!? いいからいけ!!! …あとで必ず追いつく」

 

 パン、と両手のひらを合わせ、エドワードは瓦礫の中から適当な金属の棒を見つけ、錬成してナイフを作り出す。

 構えを取るエドワードに、明確な敵対行動ととらえた傷の男は、にやりと笑みを浮かべた。

 

「いい度胸だ…」

 

 その瞬間、アルフォンスが急いで走り出し、傷の男がエドワードに接近する。

 エドワードは咆哮をあげながらナイフを振るうが、傷の男はそれを簡単に躱し、エドワードの右腕を掴む。

 だが、閃光が走った瞬間、エドワードと傷の男は互いに弾き飛ばされた。

 

「ぐあっ⁉」

 

 たたらを踏んだ傷の男が、しびれた手を見下ろして眉間にしわを寄せる。

 命拾いしたエドワードは、衝撃で敗れた上着を脱ぎ捨て、鋼の右腕をあらわにする。

 

「クソッ…‼」

機械鎧(オートメイル)…なるほど『人体破壊』では壊せぬはずだ」

「オイオイ…そう言うってことは……錬金術師を恨んでるくせにてめェがやってんのも錬金術じゃねェか」

 

 傷の男の一言で、エドワードは彼がどんな力を使ったのかを理解し、ぎろりと睨みつける。

 

「錬金術の錬成過程は大きくわけて『理解』『分解』『再構築』の三つ、てめェは二つ目の『分解』で錬成を止めてるわけだ………てめェだって神の道に背いてんじゃねェか!!!」

 

 自分と同じ力を使いながら、それを神の裁きだと豪語する傷の男に怒りを燃やし、エドワードは合わせた両手のひらを地面に叩きつける。

 生み出された無数の銃を携え、エドワードはそれを一斉に撃ち放った。

 

「『三千世界に屍を晒しやがれ…天魔轟臨!』これがおれの…!!!三千世界(さんだんうち)〟!!!

 

 放たれた銃弾が雨あられと傷の男に迫る。

 だが傷の男は一切の狼狽を見せず、また建物の壁を破壊して雪崩を起こさせ、撃ち込まれた銃弾を防ぎきってしまった。

 

「ふむ…両の手を合わせる事で輪を作り、循環させた力をもって錬成する訳か」

 

 作り出した障害物を塵にし、道を作りながら、傷の男はまたエドワードの方へと近づいていく。

 掲げた手をゴキリと鳴らし、凄まじい殺気をぶつけた。

 

「ならばまずはそのうっとうしい右腕を、破壊させてもらう」

「させっかよ!!!」

 

 またあれに触れられれば、今度こそ右腕を破壊される。そう察したエドワードは突き出される傷の男の右腕を蹴りどかし、決死の覚悟で挑んだ。

 

「こちとら師匠(せんせい)と姉弟子にしこたましごかれてんだ……近接格闘じゃそうそう負けねェんだよ!!!」

 

 至近距離から放たれる、破壊の力を持った掌底を紙一重で何とか躱しながら、エドワードはどうにか距離を稼ごうとする。

 だが、傷の男は現在のエドワードのはるか上の技量を有していたらしい。

 一瞬の隙を突かれて右腕を掴まれ、機械鎧(オートメイル)は一瞬のうちにばらばらにされてしまった。

 

「神に祈る間をやろう」

「…あいにくだけど、祈りたい神サマがいないんでね」

 

 ガラガラと足元に落ちていく義手の破片を見下ろし、項垂れたエドワードは吐き捨てる。死を覚悟しても、臆した姿だけは見せまいとする意志のようだった。

 

「一つだけ聞かせろ……あんた…何で反乱軍の方にいたんだ?」

「……傷を負った我を、この国の民が救ってくれた。事情も聞かず、素性もしれぬ我に優しくしてくれた………それが今やこのザマ」

 

 傷の男は、悲鳴と爆発音が響く王都を見渡し、どこか切なげな様子で応える。

 狂気に満ちた殺人鬼のようにしか見えない彼が、初めて見せたまともな姿に、エドワードは思わず顔を上げる。

 

「ゆえに我は……この国を裁き再生に手を貸すことを決めた。その使命の邪魔をするものは全て滅ぼす………だが!!!」

 

 再び怒りを爆発させた傷の男が、エドワードに見せつけるようにサングラスを外す。

 その下から露わになった赤色の目に、エドワードは目を見開いていた。

 

「我が民を血の海に沈めた世界政府に属する者を、見逃す理由とはならぬ…!!!」

「…赤い目に褐色の肌…‼ イシュヴァールの…!!?」

 

 傷の男の言葉とその特徴的な外見に、エドワードの中にある情報がよぎる。

 とある海軍将校が起こした悲劇から発展した、国一つを巻き込んだ争い。数百万人を巻き込み、7年もの攻防が続いた最悪の事件を。

 

「この目には今でも焼き付いている……罪なき子供に鉛弾を撃ち込みながら、さも正当な制裁であるかのようにもたらされた破壊と絶望…!!! 親も子もその友人も…‼ 何もかもが火に呑まれ、焼き尽くされていく地獄を…!!!」

 

 怒りが形となって背中に見えるほどに、傷の男からは殺気が迸っている。

 それを真正面から受け止めさせられ、エドワードはその圧に思わず息を呑んだ。

 

「この世を歪める元凶たる世界政府…そしてそれに媚びる国家錬金術師!!! すべてを滅ぼすまで我は……破壊し続ける!!!」

 

 冥途の土産だというように語り終えた傷の男が、今度こそエドワードを仕留めるために右腕を構える。

 だが彼は気づいていなかった、エドワードが残った左腕で、地面に小さく陣を描いていたことに。

 

「そんなにほしけりゃ持っていきやがれ…!!!」

 

 エドワードは両の目に意志の炎を甦らせ、青い閃光を走らせる。

 至近距離まで接近していた傷の男は、さすがに表情を変えて動きを止めた。

 

「何ィ!!?」

五つの石(ハメシュ・アヴァニム)〟!!!!

 

 エドワードの足元で地面が隆起し、人頭大の石が五つ錬成されて飛び出し、傷の男に命中する。

 不意のことに加え、顎や鳩尾にそれを受けた傷の男はうめき声をあげ、衝撃で吹き飛ばされていった。

 

「くっ…小癪な‼」

 

 揺れる視界を抑えてどうにか起き上がるが、その時にはすでにエドワードの姿はなく、痕跡も見つからない。

 してやられた、と気付いた彼は、ビキビキと顔中に血管を浮き上がらせた。

 

「逃がさぬぞ…決して!!!」

 

 さらなる怒りを燃やした傷の男は、苛立ち交じりに近くの瓦礫を殴りつけ、粉々に砕く。そしてまるで荒ぶる獣のように、大きな咆哮を上げるのだった。

 

 一方で、傷の男から命からがら抜け出したエドワードは、バクバクとうるさく脈動する心臓をなだめようとしていた。

 冷静を保っていたが、目前に迫る死の感覚に、まともではいられなかった。

 

「…くそ、土壇場でやったけどうまく描けてなかったらモロに反動(リバウンド)きてたな……分の悪ィ賭けやっちまった」

 

 途中で陣に気づかれればそこで終わり、片手で久々に描いた陣も、うまくできていなければ不発の可能性もあった。

 勝利とは言えない苦い結果だが、エドワードは自分の任務を思い出し、ぎりりと歯を食いしばった。

 

「待ってろよ、王女さん…‼」

 

 

 王宮に続く道、そこには数名の兵士たちが見張りに立っていた。

 緊張した面持ちで警戒に当たっていた彼らは、道の向こうから走ってくる少女と鎧に気づき、槍を構えて立ち塞がった。

 

「止まれ貴様らっ!!! 反乱軍か!!?」

「この北ブロックを抜ければ宮殿しかないぞ‼ この事態をわかってるのか!!? 戦いに関せぬ者ならすぐにこの町から離れろ!!!」

 

 少女は見張りの兵士たちの前で立ち止まり、荒い呼吸を落ち着けるように膝に手を置く。その傍らで、鎧の方もがくりと膝をついていた。

 

「おい、聞いてるのかお前達!!! ここは遊び場じゃないん……」

「わかってます…」

 

 声を荒げる兵士は、少女が顔を上げたことで言葉を失くす。

 視界に入った少女の顔は、忘れられるはずもない自分達の主の娘のもの。かつて姿を消してから数年分成長した姿だったからだ。

 

「ビビ王女!!?」

「チャカの元へ案内しなさい!!!! やってほしい事があるの!!!」

 

 狼狽する兵士たちをよそに、ビビは確固たる意志を伴いながら告げた。

 

 

「ビビ様だ‼」

「本当だ‼ 王女が戻られたのか!」

「……なぜこんな時に…………‼」

 

 王宮に通されたビビは、アラバスタ最強の戦士の一人チャカの前にいた。

 チャカはビビの無事を喜ぶ暇も与えられず、告げられた命に思わず目を見開いていた。

 

「正気ですかビビ様…‼ そんな事をしたら…!!!」

「そんなことしたら何? この国が終わっちゃう? 違うでしょう⁉ ここがアラバスタじゃないもんね!!?」

 

 反論を封じ、ビビは頷くまで決して動かないというように強い目を向ける。

 すぐ後ろに控えるアルフォンスは、そんなビビの背中に、初めて会った時以上の大きさを感じていた。

 

「アラバスタ王国は、今傷つけあってる人達よ!!! 彼らがいてここは初めて〝国〟なのよ!!! …この戦いを数秒…‼ 止めることができればそれでいい‼ 数秒間みんなの目を引くことができれば…‼ あとは私が何とかするから…………!!!」

 

 ビビの必死の言葉に、チャカは思わず言葉を失くす。

 確かにビビの言う通りにすれば、きっかけは作れるかもしれない。だがそれには、あまりにも大きな代償が必要だった。

 

「この宮殿を、破壊して!!!!」

 

 王女の言葉に、今度はまわりから様子をうかがっていた兵士たちが騒然となった。王女の命令は、従うには躊躇われるほど突拍子なく、大それたことだった。

 

「何を言い出すんです、王女様!!!」

「ここは4千年の歴史を持つ由緒正しき王宮ですぞ!!!」

「バカな考えはおやめ下さい!!! ビビ様‼」

「王女!!!」

 

 たった一人の判断には重すぎる命に、兵士たちは思いなおすようにビビに叫ぶ。

 だがチャカはそれ以上反論することはなく、黙り込んだままビビをじっと見つめていた。

 

「チャカ様、判断を誤りなさるな!!! 国王は不在なのだ!!! そんな勝手なマネ許されるわけない!!!」

「…ビビ様」

 

 しばらくの間があって、チャカはビビに口を開く。

 永くアラバスタ王家を守り続けてきた戦士は、ビビの前で深々と跪いた。

 

「おっしゃる通りに!!!」

 

 

 異例の命令を受けたアラバスタの兵士たちは、すぐさま準備に取り掛かった。

 その中には、自ら手伝いを買って出たアルフォンスの姿もあった。

 

「……まさか本気でやるつもりとは…!!!」

「アラバスタの歴史はどうなっちまうんだ………!!!」

 

 爆破の準備を担った者以外の兵士たちは、いまだに信じられないといった様子で王宮を見つめる。本当にこれでいいのか、とその表情は語っていた。

 

「しばしお待ちを。すぐに準備が整います」

 

 テラスで一人、尖塔が続く王都を見下ろしていたビビに、チャカが話しかけた。その表情には、何をしても悔やみ切れないといった苦いものが滲んでいた。

 

「この事態を、何と申し上げればよいのか…」

「いいの、わかってる。あなた達には反乱軍を迎え撃つほかに方法はなかった。イガラムを欠いて、2年以上の暴動をよく抑えていてくれたわ」

 

 忠臣の心労を少しでも労いたいと、ビビは微笑みを浮かべる。

 だが彼女の表情も、次第に悔しさをあらわにした苦痛に歪んでいった。

 

「ごめんね、急に国を飛び出したりして……だけどまだ終わりじゃないの……!!! もし、この反乱を止める事ができても…!!! あいつが生きてる限り…この国に平和は来ない…!!!」

 

 今もどこかで暗躍しているはずの、悲劇を引き起こした最悪の男。

 あの男がまだこの国にいる限り、民も兵士も、そして仲間達も危機にさらされ続けることとなる。

 特に、あの男の相手を引き受けた麦わら帽の船長は。

 

「わたし…彼らのことが心配で…!!!」

「ビビ様」

 

 痛々しい顔でうつむくビビを見て、チャカはいつしか誇らしげな笑みを浮かべていた。

 

「2年見ない間に、あなたはずいぶんいいお顔になられた…この戦争が終結を見た折には、例の海賊達と大晩餐会でも開きたいものですね」

「チャカ……」

 

 チャカの言葉に、ビビは旅の道中のルフィの言葉を思い出す。

 この戦いが終わったら、腹いっぱい食わせろ。無限の胃袋を持つ彼も、そんなこと言っていた。

 少しだけビビは緊張をほぐし、穏やかな顔で王都に目をやった。

 

「……お…王女様!!!」

「アルフォンスさん…?」

「ん!!? 何事だ!!?」

「宮殿内に………」

 

 王宮内からアルフォンスが慌てた様子でテラスに駆け込んでくる。

 その足が躓き、ガシャンと倒れ伏して鎧のところどころが砕けて飛び散るのを見て、ビビは目を見開く。その時、彼女の耳に最も聞きたくない声が届いた。

 

「困るねェ………!!! 物騒なマネしてくれるじゃねェか…ミス・ウェンズデー」

 

 ビビはその声に、ハッと表情を変えて目を見張る。

 王宮の上から見下ろしてくる諸悪の根源に、ビビは恐怖で顔色を真っ青に染めた。

 

「いいもんだな、王宮ってのは……………クハハハ‼ クソ共を見下すには……いい場所だ…………!!!」

「クロコダイル!!!!」

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