ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

104 / 324
第103話〝守ってみせる〟

 そこはまさに、地獄だった。

 同じ国を想い、己の正義を張り続けていた民たちが、今や憎悪の炎を標に激突する。

 それはもう、ただの殺し合いだった。

 その光景を目の当たりにしたアームストロングは、何かを思い出しているのか、ただ歯を食いしばったまま立ち尽くすばかりであった。

 

「やめて…」

「よく戦ったわよ、お嬢ちゃん…だけどもう…声なんて届かない」

「逃げなさい!!! ビビ!!!! その男から逃げるんだ!!!!」

 

 愕然と膝をつくビビにミス・オールサンデーは笑い、コブラはせめて娘の命だけでも救おうと声を張り上げる。

 だがビビは、決して首を縦に振ろうとはしなかった。

 

「いやよ‼ まだ…!!! 15分後の〝砲撃〟を止めれば、犠牲者を減らせる!!!」

「あーすれば反乱は止まる…こーすれば反乱は止まる…目ェ覚ませお姫様…見苦しくてかなわねェぜ、お前の理想論は」

 

 呆れ果てたクロコダイルが、走り出そうとしたビビの首を掴み、持ち上げる。

 しぶとく抗い続けるビビを、心底鬱陶しそうに見下ろしながら、クロコダイルは眉間にしわを寄せた。

 

「〝理想〟ってのは、実力の伴う者のみ口にできる〝現実〟だ…‼」

「………‼ 見苦しくったって構わない………!!! 理想だって捨てない!!! お前なんかにわかるもんか…………!!! 私はこの国の王女よ!!! お前なんかに屈しない!!!」

「可愛気のねェ女だ……」

「わたしはこの国を―――」

 

 人の思いの全てを踏みにじる悪魔に対して、ビビは自分の想いを叫ぶ。彼女の心をこれまでずっと支えてきた、揺るぎない信念を。

 クロコダイルはそれすらも、醜く嘲笑った。

 

「…広場への砲撃まで――あと15分…まだまだ反乱の〝援軍〟はここに集まってくる。てめェらの運命も知らず…爆破領域に次々とな…」

 

 地獄はまだ終わらない。15分後の最後の瞬間まで、クロコダイルは炎が燃え広がるのを心待ちにしていた。

 

「唯一の懸念はあの女だが………」

「もう片付けたわよ」

 

 ふと思い出したクロコダイルが呟くと、どこからともなく現れたミス・リープデイがそれに答えた。

 外の光景に絶句していたリザは、音もなく現れた美女の言葉に大きく目を見開いた。

 

「思ったより時間がかかっちゃったわ……余計な二人まで相手にしちゃったし。〝焔〟の大佐も一緒にやっちゃったけど……些細な問題よね」

「……え?」

 

 ミス・リープデイが口にした言葉に、咄嗟に銃口を向けていたリザは凍りつく。

 耳に届いたその情報を脳が理解を拒み、呆けたようにその場に立ち尽くしてしまった。

 

「さて…どっちから逝く? 鎧くん?〝鋼〟の子? やっぱりここは中尉さんかしら? あなた忠義が厚そうだものね………すぐに上司の後を追わせてあげるわよ」

 

 ニヤリと蠱惑的に嗤うミス・リープデイの顔を見て、ようやくリザの思考は回り直す。

 エドワードとアルフォンス、ビビまでもが言葉をなくして固まる中、ワナワナと震えたリザは銃の引き金に力を込めた。

 

「きっ………さまあああああああああああああああ!!!」

 

 悲鳴のような咆哮をあげ、リザはミス・リープデイに向けて発砲し続ける。弾が続く限り、美女の肉体に銃弾で穴を開け続ける。

 やがてカチカチと引き金が虚しい音を立てると、ミス・リープデイは平然とした様子で口から垂れた血を舐めた。

 

「終わり?」

 

 リザは大粒の涙を流し、その場にがくりと膝をつく。

 完全に心を折られ、諦めてしまった女海兵に、ミス・リープデイは落胆したようなため息をついた。

 

「本当に愚かで弱い、悲しい生き物ね」

「クハハ…違ェねェ」

 

 誰も自分の前に立ちふさがる者がいなくなり、静かになったテラスでクロコダイルが嗤う。

 だが、たった一人だけ立ち上がる者がいた。

 

「中尉…王女様……逃げるんだ」

 

 ガシャガシャと、いまにも崩れ落ちそうな状態のアルフォンスが、リザを庇うように立つ。

 とどめをさす邪魔をされたミス・リープデイは、不快げに眉間にしわを寄せた。

 

「困った子ね、先に死にたいの?」

 

 構わず首でも絶ってやろうと鋭い爪を伸ばすが、アルフォンスが自分の体でそれを防ぐ。体を貫かれ、それでも立ち塞がった。

 だんだんと、ミス・リープデイの表情に苛立ちが混じり始めた。

 

「余計な事しないで、坊や。その女は死にたがっているんだから‼」

「させない!!!」

 

 美女が振るう爪の連撃に、アルフォンスは自分が破壊されて行くのも構わず盾になり続ける。

 リザはその痛々しい姿に、苦しそうに首を振った。

 

「アルフォンス君……エドワード君……私を置いて逃げなさい」

「いやだ‼」

「逃げなさい‼ あなた達だけでも!!!」

「いやだ!!!」

「アル……‼」

 

 血まみれで倒れ伏すエドワードも、アルフォンスが徐々に死に近づきつつある姿に顔をしかめる。

 止めねばならない。だがそれをためらわれる気迫が、今のアルフォンスにはあった。

 

「いやなんだよ‼ 目の前で人が死んでいく…!!! いやなんだ!!! 自分の非力のせいで人が死ぬなんてもう沢山だ!!!」

 

 ガシャンと、アルフォンスの右腕が切り裂かれ、地面に落とされる。着々と破壊が進んでいく。

 だがそれでも、アルフォンスが見せる目からは、強い光が消えていなかった。

 

「もう…誰も殺させない!!! 守ってみせる!!!!」

 

 その気迫に、ミス・リープデイもいつしか押されるように後ずさっていた。

 だがそこに、突如砂の風が吹き荒れ、アルフォンスを横から吹き飛ばしてしまった。

 

「くだらねェマネするんじゃねェよ…!!!」

 

 倒れこむアルフォンスに、クロコダイルは忌々しい者でも見るように顔を歪める。

 そうして改めて、クロコダイルはビビに向き直った。もう誰もお前の味方はいなくなった、そう見せつけるように。

 

「さっき…国王軍に広場の爆破を知らせていれば、例えパニックになろうとも何千人何万人の命は救えたはずだ………」

「やめろ!!! やめてくれ!!! クロコダイル!!!」

「全てを救おうなんて甘っチョロイお前の考えが結局、お前の大好きな国民共を皆殺しにする結果を招いた。最初から最後まで、どいつもこいつも笑わせてくれたぜ、この国の人間は!!!」

 

 ビビの努力を、想いを全て踏みにじりながら、クロコダイルは容赦なく告げる。

 

「2年間、我が社へのスパイ活動、御苦労だったな…結局お前達には何も止められなかった。反乱を止めるだの王国を救うだの、お前の下らねェ理想に付き合わされて、無駄な犠牲者が増えただけだ……!!! 教えてやろうか…」

 

 これまで堪え続けてきた涙を、ボロボロとこぼすビビを見下ろし、クロコダイルは口角をさらにあげる。

 哀れな王女を、絶望の底に突き落とすために。

 

「お前に国は救えない」

 

 ビビをつかんでいた手が、サラサラと砂となって崩れる。

 悍ましい高笑いが、痛々しい悲鳴が、怒号が合わさる中、ビビはテラスの上から硬い地面に向かって一直線に落ちていく。

 

 全てが終わった。誰もがそう思った時だった。

 

「バカな…」

 

 天を仰いでいたクロコダイルの目が、驚愕により大きく見開かれる。

 砂に隠れた太陽の中に、巨大な鳥と人の影が見えたからだ。

 

クロコダイル~~~~~!!!!!

 

 巨大な隼の背に乗り、樽を背負った麦わら帽の海賊が、眼下にいるクロコダイルに向けて吠える。

 落下中のビビも、エドワードもアルフォンスもアームストロングも、全員が目を見開いて呆然となっていた。

 

「ルフィさん!!!」

「麦わらァ…」

「モンキー・D・ルフィ!!!」

 

 天空から急降下した隼は、ビビに向かって一直線に飛翔する。

 ルフィが手を伸ばし、泣きじゃくるビビの体をしっかりと受け止めた。

 

「ふぅっ!!! 間に合った!!!」

「…………ルフィさん…‼ ペル…!!!」

 

 彼が生きていた事実に喜びながら、ビビは自分の不甲斐なさに涙を流した。

 クロコダイルの言う通り、自分には理想を叶えられるだけの力がなかった。そのために、こんな事態を引き起こしてしまったと。

 

「広場の爆破まで時間がないの‼ もうみんな…やられちゃったし…………‼ 私の〝声〟はもう…誰にも届かない!!! このままじゃ国が…!!!」

「心配すんな」

 

 泣き続けるビビを抱きとめ、ルフィはにっと勇ましい笑みを浮かべる。一人ではないのだと、もう一度教えるために。

 

「お前の声なら、おれ達に聞こえてる!!!」

 

 隼、ペルはゆっくりと降下し、安全な高度でルフィとビビを下ろす。

 一度ミス・オールサンデーに挑み、大敗した彼は、麦わら帽の青年に真剣な眼差しを送った。

 

「気をつけろよ‼ ルフィ君」

「いっぱい肉食ったしな‼ 血はモリモリだ‼ もう……!!! 負けねェさ」

 

 勇ましく答え、ルフィは戦いの前の準備運動を始める。

 その姿を見下ろし、クロコダイルは苛立ちを見せながら葉巻を燃やし尽くした。

 

「どうやってあの傷で流砂から…!!!」

 

 眉間にしわを寄せるクロコダイルは、ふと自分の頭上が妙に明るいことに気づく。

 同時に、空気さえも灼かれるような高温を感じ、ハッと表情を変えて振り向いた。

 

神灼大蛇(シウコアトル)〟!!!!

 

 そこには、炎を纏った天使の姿があった。

 太陽と見間違うほどの高熱の炎を身に纏い、砲弾のような凄まじい勢いで急降下してきている。

 そしてその炎の蹴撃は、槍のように鋭くミス・リープデイの腹に突き刺さり、地面を削りながら王宮の外へと蹴り飛ばしていった。

 

「ああああああ!!!」

「があああああ!!!」

 

 ミス・リープデイは防ぐことも叶わず、王宮の外の市街に落下していく。

 あまりに突然のことで、エドワードらやMr.0.5までもが反応が遅れていた。

 

「ラスト〜〜〜!!!!」

「よそ見をするな、Mr.0.5!!!」

 

 思わず声をあげて追いかけようとしたMr.0.5は、不意に聞こえてきた声にハッとなる。

 その直後、とてつもない爆発が生じ、ミス・リープデイと同じように市街の方へと吹き飛ばされていった。

 

「エレノアさん………‼」

「大佐ァ!!!」

 

 鋭い眼差しを向けるマスタングに、リザはさっきとは異なる涙を流す

 死んだと聞かされていた者たちが次々に復活し、ビビやリザの表情に活力が戻っていく。

 

「だから明らかにおれの方が重傷なんじゃねェのかって言いてェんだ‼」

「うっさいわね、男のくせにギャーギャーと‼ 私は足をケガしてんのよ‼ 立てないの‼ あ~~やばい、貧血っ……」

「ウソつけ‼」

 

 ビビは戦乱の中から聞こえてくる、待ち望んでいた賑やかな声に口を手で覆う。

 汚れていたり包帯だらけだったり、血まみれだったりしているものの、生きてこの場に集いつつある。

 

「ああああああ~~~~~っ!!! ルフィが生きてるぞ~~!!!」

「トニー君っ‼」

「何ィィ!!!? ルフィ~!!!?」

「ビビもいるぞ‼」

「な‶!!! な‶!!! だから言っただろっ!!! おれにはわがっでだ!!!」

「そうか⁉」

「わかってたってやつの顔かよ」

「ウソップさん‼ …サンジさん‼」

「オ~~ビビちゃん、何てこったこんなに傷ついて」

 

 泣きながら喜ぶウソップに、サンジやチョッパーが呆れた声を漏らす。

 すると次の瞬間、ウソップの頭に青い金属の棒が叩きつけられた。

 

「ウソップ~~~っ!!!」

「ホゲェ!!!」

「誰が宴会の小道具作ってって頼んだのよっ!!!」

「立ってんじゃねェかてめェ!!!」

「ナミさ~~~ん♡」

「ナミさん………!!! Mr.ブシドー………!!!」

 

 片足から血を流すナミと、ほぼ全身血だらけなゾロが声を荒げる。

 エドワードもアルフォンスもホッと涙を滲ませ、ついでにアームストロングは号泣していた。

 

「ちゃ…ちゃんとあっただろうが大技も……!!! っていうかあれはエドとアルも一緒に作ったんだぞ………!!?」

「あとであんたら全員死刑よっ」

「……アア…チョッパー、頼みがある……おれ達の死体は荒野へ埋めてくれないか…」

「すでに致命傷だ~~~~ッ‼」

「おいチョッパー……おれも助けてくれ、死にそうだ…」

「誰か起こして……!!!」

「クラ、てめェ‼ 何でナミさんがケガしてんだオロスぞ!!!」

「元気じゃねェか」

 

 誰一人欠けることなく、仲間たちが再び集まってくれた。

 ビビには何よりもそれが、嬉しくて仕方がなかった。

 

「悪ィ、みんな。おれ達、あいつにいっぺん負けちまったんだ」

 

 王宮のテラスの淵に腕を伸ばして捕まったルフィが、背を向けたまま語る。

 この場にいないエレノアも、自慢の耳でしっかりとその言葉を聞いていた。

 

「だから、もう負けねェ!!! あとよろしく」

「さっさと行ってこい…」

「お前で勝てなきゃ誰が勝てるってんだ!!!」

 

 船長の宣言に、一味は聞くまでもないと言うように答える。

 満身創痍のエドワードとアルフォンスも、渾身の力で立ち上がり頷いた。

 

「終わりにするぞ!!! 全部!!!」

「「「「「「「「おォし!!!!」」」」」」」」

 

 拳を掲げて、離れた場所に立つ仲間たちに答えるエレノアは、改めてミス・リープデイに向き直る。

 強烈な一撃を受けたミス・リープデイは、戦慄の表情でエレノアを凝視していた。

 

「やっと跪いたね……化け物‼」

「あの傷と出血でどうやって‼」

「焼いて塞いだ!!! 2、3回死ぬかと思ったけどね!!!」

 

 見ればエレノアの胸と腹には、痛々しい火傷の跡がある。

 自らの意思で傷口を焼き、流血を止めたのだと察したミス・リープデイは、その覚悟の凄まじさに絶句した。

 

「あんたさっき言ってたよね……『まだまだ死なない』って」

 

 バチィッ‼︎とかつてないほどに凄まじく、エレノアの両手のひらから閃光が走る。

 あたりに無数の刃を生み出しながら、天使は不敵な笑みを浮かべた。

 

「私も同じだよ!!!!」

 

 

 どこからか聞こえてくる轟音に、マスタングはやや口惜しげな表情を見せていた。できるなら、自分があの女の相手をしたかったと言うのに。

 

「リベンジマッチはあの女に任せるとして……私はこちらの不穏分子を排することとしようか」

「いたい~あつい~…」

「やってくれたな化け物共…!!! 私の部下を傷つけた代価は、高くつくぞ!!!」

「どくがいい……〝焔〟の錬金術師」

 

 部下の分の怒りも全て燃やし、制裁を加えようと意気込むマスタングだったが、それを遮る別の声が耳に届く。

 振り向けばそこにいたのは、ゴキゴキと骨を鳴らす褐色の戦士。深い悔恨と憤怒に燃える眼を持った、噂の国家錬金術殺しだった

 

「我は奴らにまんまと乗せられ……数え切れぬ罪を犯した。罪なき命を奪い、この国を血で穢す一役を担った……!!! この罪は…それを裁かねば贖えぬ…!!!」

「オイオイ勝手に話を進めるなよ…!!!」

 

 Mr.0.5だけを睨みつけ、いまにも飛びかかりそうな威圧感を放つ傷の男。

 だが、戦いを望んでいるのは彼らだけではない。敗北を味わわされてきた兄弟もまた、雪辱を払うことを望んでいた。

 

「鋼の…」

「負けっぱなしは性に合わねェ…!!!」

 

 一体の異形に、四人の男たちが狙いを定める。

 その凄まじい気迫に、Mr.0.5も冷や汗を流していた。

 

「「「そいつはおれの獲物だ…!!!」」」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。