ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
クロコダイルとルフィの戦いは、苛烈を極めていた。
クロコダイルの放った毒の一撃を受け、体にしびれを感じながらも、ルフィは未だ力の限り暴れ続けていたからだ。
「……なぜそこまで…!!!」
青年の執念を目撃したクロコダイルは、いまだに信じられない様子で思わずこぼす。他人を信用せず、道具としか見ていない彼には、その硬い意志は理解できなかった。
「お前の目的はこの国にはねェ筈だ!!! 違うか!!? 他人の目的の為に…!!? そんな事で死んでどうする、仲間の一人や二人…‼ 見捨てれば迷惑な火の粉はふりかからねェ‼ 全くバカだ、てめェらは‼」
「……だからお前はわかってねェって言ったんだ…」
呆れてバカにしているような、恐れているような追いつめられた様子で、クロコダイルはルフィに問う。
ルフィはそれに、感情を押し殺した低い声で答えた。
「ビビは………あいつは人には死ぬなって言うクセに…自分は一番に命を捨てて人を助けようとするんだ……放っといたら死ぬんだよ。お前らに殺されちまう‼」
「――わからねェ奴だ…だからその厄介者を見捨てちまえばいいとおれは…」
「死なせたくねェから〝仲間〟だろうが!!!」
不必要なものを、害にしかならないものを切り捨ててきたクロコダイルの言葉を一蹴し、ルフィは力強く吠える。
一瞬気圧され、黙り込んだ彼に、ルフィは続けて口にした。
「…だからあいつが国を諦めねェ限り…おれ達も戦う事をやめねェんだ!!!」
「……たとえてめェらが死んでもか」
「死んだ時は、それはそれだ…‼」
「あああああああああ!!!」
炎が舞う、軌跡が宙で渦を描く。
真っ赤な炎の剣を振り回し、エレノアは大きく翼を羽ばたかせてミス・リープデイに突っ込んで行く。
舞い散る羽や自身の翼にまで引火し、それでもエレノアは止まろうとはしなかった。
「……!!! 正気なの!!? あなた自身が自分の炎で死にかけているじゃない!!? どうしてそこまで命を賭ける必要があるの!!?」
「………!!! 進化した人間様には…‼ 私共の考えなど分からないでしょうね…!!!」
焼かれ炭化した身体を切り捨て、再生させるミス・リープデイが、わけがわからないといった様子で叫ぶと、エレノアはその目に烈火を燃やして吠えた。
大気をも焼き焦がし、自身も焦がしながら、激情に突き動かされる天使は炎の剣を振るい続けた。
「私が懸けているのは命だけじゃない…!!! 私のこんなちっぽけなもので、代価になるなんて最初から考えてない………私が求めるものは、等価交換の法則さえ覆す大きなものだ…!!!」
「一体何だっていうの……!!?」
「〝未来〟だよ!!!」
振るわれた剣が、ミス・リープデイの爪を焼き斬る。
切り離された爪が崩れる直前、エレノアの肩を切り裂くが、構わず美女の肩に炎の刃を食らいつかせた。
「あの子が夢見る…!!! 私達がつかみたい先の世界…!!! この命でそれを手に入れられるなら!!! いくらでも燃やしてやる!!!」
「イカレてるわ…!!!」
「そいつは誉め言葉だね!!!」
恐れを振り払うように、両手の爪を左右に振るってエレノアの胸を裂くが、溢れ出す血潮さえ燃料に変えてエレノアが剣を燃やす。
その顔に浮かぶのは、狂気じみた獰猛な笑みだった。
「私はこの海で最も偉大な男の娘で!!! この海で最も誇り高き男の女だ!!!! イカレてないはずがないだろうが!!!!」
あたりを爆炎で吹き飛ばしながら、エレノアの剣はミス・リープデイを狙い続けた。
ふらふらと、青年の足取りがおぼつかなくなる。
砂漠のサソリから取られたという毒が、ルフィの体を侵し始めたのだ。
「お前なんかじゃあ…ハァ……!!! おれには勝てねェ、はァ…‼」
「…やっとしぼり出した言葉がそれか…今にもくたばりそうな負け犬にはお似合いの虚勢…!!! 根拠もねェ…!!!」
一度倒れ、力ずくで立ち上がったルフィの言葉を、クロコダイルは嘲笑う。
だがルフィは、今一度両足でしっかりと立ち上がり、勇ましく仁王立ちしてその言葉を継げた。
「おれは〝海賊王〟になる男だ!!!!」
青年の言葉に、クロコダイルは顔をしかめる。
若造が口にするには大層な、絶対に叶わないと言い切れる言葉に、クロコダイルの機嫌は一気に降下した。
「‼ ……いいか小僧……この海をより深く知る者程そういう軽はずみな発言はしねェモンさ。言ったはずだぞ、てめェの様なルーキーなんざこの海にゃいくらでもいるとな!!!」
苛立ちをぶつけるように、クロコダイルは毒仕込みのフックを振りかざす。
毒の回ったルフィの身体では、とうてい躱せそうにない鋭さで、クロコダイルが攻めた。
「この海のレベルを知れば知るほどに、そんな夢は見れなくなるのさ!!!」
「…おれはお前を…越える男だ…!!!」
ルフィはそれを躱し、地面に思い切り踏みつけ、フックを叩き折ってみせた。
凄まじい轟音とともに、半身を破壊されたMr.0.5が建物を粉砕しながら吹き飛ばされてくる。
既に戦場は王都を抜け、砂漠の方にまで弾き飛ばされていた。
「む~……お前らうざい」
砂まみれで起き上がったMr.0.5は、不満げに唇を尖らせて体を丸める。
すると途端に、Mr.0.5の腹を中心にバチバチと閃光が走り、異様な空気が漂い始めた。
「まとめて
めきめきと、異形の腹に変化が生じ始めたその時だった。
Mr.0.5の立っていた砂地が突然陥没し、巨大な穴となって異形の体を呑み込んだのだ。
「え?」
「破壊しても破壊しても足らぬなら……もはや我にとれる手段はただ一つだ………!!!」
砂地に手を当てた傷の男が、青い閃光を走らせて地面を操る。
砂地の穴はさらに巨大化し、Mr.0.5が跳んでも届かないほどの規模になっていく。さすがに焦るMr.0.5だが、我に返った時にはすでに遅かった。
「〝
「〝
バチンと、エドワードとアルフォンスが互いの左腕を合わせ、アームストロングとマスタングがそれぞれでメリケンサックを砂地に叩き込む。
あっという間に砂が錬成され、巨大な石の棺と大樹が生み出され、Mr.0.5を覆っていった。
「お前は……ここに永久に封印する……!!!」
オロオロと辺りを見渡すMr.0.5に吐き捨て、傷の男はさらに穴を深くしていく。
異形の男の頭上に、生み出された棺と大樹が崩れ落ち、見る見るうちに穴を埋め尽くしていった。
「迷え…彷徨え…そして…死ね…‼〝
隙間なく埋め尽くされていく砂と瓦礫により、Mr.0.5は身動きもできずに埋められていく。
何度も赤い閃光が走るのは、その間に何度も呼吸を止められたためか。わずかに開いた隙間に向けられるMr.0.5の目は、相棒を求めて涙に濡れていた。
「もが…!!! むぅううう…!!!」
やがてうめき声も聞こえないほどに、砂漠の穴は完全に埋められていく。
完全に反応が消えたことを確認してから、エドワード達はようやく深く息を吐いた。
「……終わった…か」
「あとは広場の爆破をどうにかして防ぐのみである…!!!」
がっくりと膝をつく男たちだが、まだ事態は何も解決していない。
がくがくと震えそうな体に叱咤し、再び立ち上がろうとした時、アルフォンスが天空に舞う大きな影に気づいた。
「……ありゃあ」
「〝隼〟のペル殿…!!?」
アラバスタの戦士が、何か巨大な球体をもって天空へと昇っていくのが見える。
何が起こっているのか、それを男たちが察した直後、球体は眩い光を放ち、ペルを呑み込んですさまじい轟音と衝撃を辺りにもたらした。
「…………あいつら…」
「やったのか…」
「…………国を……守ったのであるな……ペル殿……!!!」
ちょうど、王都の中心の全てを吹き飛ばせる規模のその爆発に、エドワード達は一番の問題が解決したことを理解する。
一人の勇敢な戦士が犠牲になり、国が救われたのだと。
だがその考えは、浅はかだったことに気づかされた。
「………………オイ、……ウソだろ…」
視線を王都の方へ戻したエドワードは、聞こえてくる音に愕然とした表情になる。
慌てて階段を駆け上り、爆発の中心だった時計塔前の広場の方に戻っていくと、目の前に広がっている光景に言葉を失った。
「待って…‼ やめなさい、あなた達…」
「曹長、危ない!!!」
「ウオオオオオ!!!」
「なに……」
バロックワークスの残党の掃討に関わっていたたしぎは、武器を振るう手を止めない民衆を見て目を見開く。
あの爆発を聞いていたはずなのに、誰一人として反応を示さない。
その目は未だ、自分が倒すべき敵に向けられていた。
「なぜ……!!? …止まらないの………!!?」
王都に蔓延する狂気に、たしぎは絶句する。そして、王都に向かう前にスモーカーに言われた言葉が、脳裏によぎっていた。
時代の節目には、必ずこういう光景に遭遇するのだと。
「――いを――てく――い!!!」
呆然と立ち尽くすたしぎたちの耳に、不意にその声は届いた。
時計塔の、開かれた文字盤の中から、水色の髪の少女が力の限り叫んでいるのが見えた。
「戦いを!!! やめて下さい!!!!」
爆弾の場所を見抜き、狙撃手を止めたビビが、それでも止まってくれない民に向かって叫び続けている。
風に邪魔され、届かなくても、何度も何度も必死の願いを叫んでいた。
「戦いを!!! やめて下さい!!!!」
「ビビ…………」
「王女さん…‼」
「…戦いを!!! やめて下さい!!! ………!!! 戦いをやめて下さい!!!」
「…バカね」
力のない自分を嘆き、それでも足掻き続ける少女の悲鳴。
それを唯一聞いていた彼女の仲間達は、そんな痛々しい姿に目を細めていた。
「………‼ あんたたち、何ボーッとしてんのよ!!!」
「な…何だよ‼」
「殴ってでも蹴ってでもいいから反乱を止めるのよ‼ さァ早く!!! 行って!!! 一人でも多く犠牲者を減らすのよ‼」
目に涙をにじませたナミが、ビビの想いを無駄にしまいと男たちに促す。
力尽くでも無理矢理でも構わない、仲間が必死に戦ってきた結果がこんなものでは救われないと、何かをやらねば気がすまなかった。
「戦いをやめて下さい!!!」
「ビビ……‼」
「戦いを!!! やめて下さい!!! 戦いを…!!! やめて下さい!!!」
少女が叫び、民は狂気に突き動かされ続ける。
この世の地獄のような有様に、目を見開いて絶句していたアームストロングの脳裏に、かつての悲劇がフラッシュバックしていた。
「ぐ……‼ …ぅおおおおおおおおおおお!!!!」
忘れようもない、悲しみと怒りの光景。
それを思い出させられたアームストロングは、雄叫びとともにその拳を振り上げるのだった。
「……どこの馬の骨とも知れねェ小僧が……‼ このおれを誰だと思ってやがる!!!」
「お前がどこの誰だろうと!!! おれはお前を越えて行く!!!!」
聖殿での戦いは、最終局面に入っていた。
崩れていく瓦礫の中、ルフィはクロコダイルを空中に蹴り飛ばし、大きく息を吸い込んで体を膨らませ、その上で思い切りねじる。
回転を加え、吐き出した息で宙に飛び上がると、身動きの取れないクロコダイルに向けて拳を構えた。
「‶ゴムゴムの〟…」
「〝
連続で突き出されるジャブに、クロコダイルは砂でできた刃で応戦しようと構える。
これが最後の一撃だと直感し、互いに残された渾身の力の全てを込めた。
「〝
「〝
猛烈な勢いで放たれる拳の嵐と、砂漠をも切り裂く砂の刃が激突し、凄まじい衝撃波があたりに撒き散らされた。
「がああああああああああ!!!」
炎の剣がさらに熱を増し、全身に裂傷と火傷を負ったエレノアが獣のように吠える。
塞がれた傷跡も開き、夥しい量の血が流れているのに、それでも天使の勢いは止まらなかった。
―――腹部の傷は致命傷だった……!!!
流れた血の量は相当なはず……なのになぜ…!!?
何故この子の目は……一度も死なないの!!?
再戦当初から衰える事のない凄まじい威圧感に、ミス・リープデイは冷や汗を流す。
これまで見下してきた脆弱な人間が見せる異様な力に、戦慄が止まらなかった。
「いい加減墜ちなさい…!!! 暑苦しいのよ!!!」
だが異形の美女は、それを認めるわけにはいかなかった。
認めたが最後、自身が下等生物に屈したのだという忌々しい記憶が刻まれることとなるからだ。
「‶
ミス・リープデイの伸ばした爪が無数に分かれ、針の雨となってエレノアに襲い掛かる。
くらえば今度こそ細切れになるであろうその凄まじい攻撃に、エレノアは真正面から挑んでいった。
「―――剣を掴みし刻より、我が運命は定まれり」
炎の剣から漏れた火の粉が、花弁のようになって辺りに飛び散る。
刀身がさらに熱を増し、白みを増していった。
「我が前に蔓延るは数々の苦難、数々の敵。されどわれはその歩みを止めず………全ては、我が〝王〟の翼とならん為に!!!」
目前に迫る針の雨に刃を振るうと、それらは一瞬で焼き斬られ、灰となって四散していく。
目を見開くミス・リープデイに、エレノアの構えた炎の剣が唸りをあげた。
「〝
剣が美女の胴体を真っ二つに斬り裂いた直後、とてつもない勢いで火柱が上がり、龍のように二人を呑み込み天へと昇っていく。
同時に、離れた地面から一人の男が飛び出し、空中にその姿を晒された。
「……何であんなトコから飛び出してくんのかは分からねェが…‼」
「………そうさ、とにかく…!!!」
天空に飛び出した男、クロコダイルの姿と炎の柱を目撃した一味は、それが示す事実に思い至り、徐々に笑顔を浮かべる。
事態の最も厄介な敵が、今まさに討ち取られたのだと。
「あいつらが勝ったんだ!!!」
歓声を上げる彼らだが、まだ事態は何も解決してはいなかった。
反乱軍と国王軍の戦いは、いまだに止まる気配を見せていないかった。
「……もう敵はいないのに………‼ これ以上血を流さないで…………!!!」
ガリガリと爪を立て、血を滲ませるビビが身を震わせながら悲痛な声を漏らす。
もう敵はいない、戦う理由はない。なのに狂気に突き動かされ、倒れていく民を助けられない自分が不甲斐なくて仕方ない。
「戦いを…!!!! やめて下さい!!!!」
力の限り、ビビはもう一度叫ぶ。
それが天への真摯な祈りとなって届いたのか、もしくはエレノアの起こした火柱が上昇気流を起こし、雲を呼んだのかは分からない。
だが確かにそれは、一粒の雫となって〝奇跡〟を生んだ。
「……エルリック・エドワード‼」
「……‼ 少佐、わかるか…?」
「………‼」
反乱軍の一人を殴り飛ばしてから、天に掌を伸ばしたエドワードの呟きに、アームストロングはハッと息を呑む。
カツン、ポツンと、放置された大砲や家屋にそれがあたり、たしかな音を響かせ始めた。
「雨……」
徐々にその勢いを強めていく雨粒により、王都から徐々に狂気が薄れていくのを感じた。
「もうこれ以上…!!! 戦わないで下さい!!!!」
時計塔の上から、戸惑いの表情で動きを止めた民たちに向けてビビが叫ぶ。
舞い上がっていた砂塵は雨で消され、視界が澄み、ビビの姿がはっきりし始めた。
「けむりが雨で晴れていくぞ…‼」
「…ビビの声が、届いた…」
「ビビ様」
「ビビ様だ」
「ビビ…‼」
「王女は不在のハズでは…………」
「今降っている雨は…‼ 昔の様にまた降ります。悪夢は全て…終わりましたから…………!!!」
何が起こっていたのか、自分自身も理解できていない様子の民に、ビビは告げる。
長く苦しい夜が、明けようとしていた。
降り始めた雨は、家屋を焼いていた炎を消し、辺りには煙が充満し始める。
その中心で、剣を振り下ろした体勢で固まるエレノアと、その目前に伸ばした爪を突き付けるミス・リープデイが相対していた。
「完敗よ。悔しいけど、貴女みたいな娘に殺られるのも悪くない。その迷いの無い真っ直ぐな目、好きよ」
ふっと微笑んだミス・リープデイは、その体を徐々に崩れさせながらエレノアをほめる。
振り続ける雨に濡れながら、エレノアはそれを見届けていた。
「けど覚えておくことね。私達は単なる氷山の一角、あなた達がどれだけ足掻こうと、いずれは手も足も出せなくなる相手が次々に現れる。あなた達が挑もうとしている世界は……そういうものよ」
さらさらと塵になりながら、ミスリープデイはエレノアたちを嘲笑う。お前達のやったことは全くの無駄なのだと、そう言い放つように。
「楽しみね、その目が苦悩に歪む日は…………すぐ……そこ……」
肉も骨も崩れ、赤い宝石のみとなったミス・リープデイは、カツーンと音を立てて地面に墜ちる。
それを見下ろしたエレノアは、フッと意識を手放し、その場にどさりと倒れ伏した。