ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

107 / 324
第106話〝無能〟

「…だが!!!」

 

 しんと静まり返った、アルバーナの広場に一人の男の声が響き渡る。

 狂気から覚めても、理不尽な苦しみを受けてきた怒りと憎しみはそう簡単には消えはしなかった。

 

「『悪夢』なんて言葉では済むハズがない!!! おれ達は〝国王〟のナノハナ襲撃をこの目で見たんだ!!!」

「そうさ‼ コーザさんも撃たれた!!!」

「今までにあった国王軍の乱行もそうだ!!! この反乱で倒れた者達が納得するものか!!!」

 

 再び、敵対する意思が燃え上がりそうになり、ビビは悲しげに眉間にしわを寄せる。

 だがそこに、王宮の方からチャカの怒号が響き渡った。

 

「武器を捨てよ!!! 国王軍!!!」

「チャカ様!!!」

「おま…ゴホン、マ…マ~…お前達もだ!!! 反乱軍!!!」

 

 続いて響いた声に、国王軍の間で戸惑いの声が起こる。

 一人の少年を抱いて姿を表したのは、ビビを守るためにウィスキーピークで散ったと聞いていたアラバスタ王家護衛隊長イガラムだった。

 

「イ…イガラムさん!!!」

「隊長殿!!!」

「イガラム…!!?」

「…イガラムさん!!! 生きておられたのかっ!!!」

「あれはウィスキーピークの変態オヤジ‼」

「生きてたのね…!!?」

「?」

 

 初対面であるチョッパーを除き、イガラムが乗った船が爆破される光景を目撃していたゾロ達も目を見張る。

 イガラムはざわざわと人々の注目が自分に向いていることを確かめ、抱えた少年に視線を落とした。

 

「おい…話せるか?」

「うん」

 

 少年、カッパはイガラムの腕の中で体を起こし、国王軍と反乱軍両方に必死な表情を見せる。

 あの時伝えられなかった真実を、ちゃんと教えるために。

 

「…違うんだ‼ おれがやられたのは別の奴で…みんな聞いて‼ おれ、見たんだよ…!!! ナノハナを襲った『国王軍』は…みんなニセ者だったんだ!!!」

 

 自分自身もまだ困惑が大きく、うまく伝えられないカッパだったが、どうにか誤解があったことを伝える。

 アラバスタの民は、その真実に思わず息を飲んでいた。

 

「国王だって…ニセ者さ‼ …誰かのワナだったんだよ!!!」

「………そうだ。この戦いは…始めから仕組まれていたんだ」

 

 カッパに追随するように、仲間に支えられたコーザが満身創痍の体で声を発する。

 敵意をむき出しにしていた反乱軍は、二人の様子にあっという間に昇っていた血が下がっていくのを感じた。

 

「この国に起きた事の全てを…私から説明しよう…………全員、武器を捨てなさい‼」

 

 ガシャン、ガシャンと両軍の兵達の手から武器が落ち、中にはがくりと膝をつくものも現れる。

 そんな中ビビは、慌てて時計塔を降りると外に飛び出し、きょろきょろと辺りを見渡し始めた。

 

「ビビ様」

「………みんな、どこ?」

 

 仲間の姿が見えないことに、ビビは不安げに表情を歪めていた。

 

⚓️

 

「オイ」

 

 冷たい、しかし優しく降り続ける雨の中、ゾロがふとイライラした様子で口を開く。

 全身に鎧のように包帯を巻いたウソップが立ち止まってばかりで、歩きづらいことこの上なかった。

 

「お前しっかり歩けよ‼︎」

「ああ…それが聞いてくれ…『これ以上歩くと死んでしまう病』に」

「じゃ、そこにいろ」

「待てったら!!!」

 

 全身の骨をボロボロにされた彼も気の毒だが、戦闘により一味はほぼ全員かなりの傷を負っている。

 加えて砲撃手を探して町中を駆け回り、反乱を止めるために暴れたため、歩くことさえ辛いのが大半だった。

 

「ったくしょうがねぇなぁ」

「何で足を」

 

 面倒くさくなったゾロは、倒れ込んだウソップの足をつかんで引きずっていく。

 その途中で一味は、青年を抱えた中年の男性と、全身を赤黒く染めた天使が近づいてくるのに気づいた。

 

「お、いたか」

「うっす、ただいま」

 

 心底しんどそうに、エレノアが片手を上げて応える。

 中年の男性、コブラは背中にルフィを抱えたまま、ゾロ達を不思議そうに見やった。

 

「…………君達は?」

「……アァ、あんたのその背中のやつ、うちのなんだ」

「引き取ります。ありがとうございました」

 

 申し訳なさそうにサンジが頭をかき、エレノアが頭を下げると、コブラの様子が変わった。

 

「……では君らかね。ビビをここまで連れてきてくれた海賊達とは」

「ア?」

「オイ、あんたは誰なんだ?」

 

 訝しげに眉を寄せ、ビビと親しい関係をうかがわせるコブラに、一味は若干の警戒を抱く。

 そこへ、息を切らせたビビが駆け寄ってきて、満面の笑みを浮かべた。

 

「みんな‼︎」

「ビビ」

「王女様!」

 

 一味の輪に飛び込みかけたビビだったが、その前に父であるコブラの姿を見つけ、驚きで目を見張った。

 

「パパ!!?」

「パ…パパ⁉︎ ビビちゃんのお父様!!?」

「あんた国王か」

 

 ゾロ達はひとまず安堵し、ルフィを優しく下ろして壁にもたれ掛けさせるコブラを見つめる。

 コブラは小さく笑みを浮かべ、眠りこけるルフィを見やっていた。

 

「一度は死ぬと覚悟したが彼に、救われたのだ」

 

 コブラの脳裏に浮かぶのは、クロコダイルを討ち取った直後のこと。

 崩壊する聖殿の中、ミス・オールサンデーは解毒剤だという薬をコブラに渡し、聖殿とともに果てようと覚悟した。

 だがルフィはそれを許さず、コブラとミス・オールサンデーを抱え、聖殿からの脱出に挑んだのだという。

 

「クロコダイルと戦ったその体で、人2人かかえて地上へ飛び出した。信じがたい力だ…」

「…………じゃあその〝毒〟ってのは、もういいんですね」

「…ああ、中和されたはずだ…。だが、怪我の手当てをせねば…、君達もな」

 

 傷だらけのルフィとその仲間達を見やり、コブラはどう感謝の言葉をかけるべきか迷うそぶりを見せる。

 すると、気だるげに腰を下ろしたゾロが、ビビに向けて口を開いた。

 

「それよりビビ、早く行けよ。広場へ戻れ」

「え?」

「そりゃそうだ。…せっかく止まった反乱に…王や王女の言葉もナシじゃ…シマらねェもんな」

「……ええ、だったらみんなの事も」

「ビビちゃん、わかってんだろ?」

 

 いまにも倒れそうなほどに、傷付いた彼らをそのままにしてはおけない。

 ルフィ達こそ、この奇跡の功績者として称えられるべきだとビビはためらうが、サンジはそれに不敵な笑みを返した。

 

「俺達ぁフダツキだよ…」

「国なんてもんに関わるつもりはないさ」

「おれ達が出るとちょっと面倒なことになりそうだしな」

「右に同じくです」

「おれはハラがへった」

「勝手に宮殿へ行ってるわ。ヘトヘトなの」

「…ほら、ちゃんと役目を果たしておいで」

 

 エレノア達に促され、ビビは困り顔で苦笑し、コブラとともに広場の方へと走って行く。

 その背中が小さくなり、見えなくなったところで、一味はズルズルと崩れ落ち、バタバタと倒れていった。

 

「やれやれ…」

 

 緊張の糸が切れ、深い眠りについてしまった一味を見下ろし、アルフォンスが肩をすくめる。

 唯一疲労を感じていないアルフォンスは、どうやって仲間を運んでやるべきかと悩む、その時だった。

 

「………もはや、格好の餌食だな。麦わらの一味…」

「マスタング大佐………‼︎」

 

 ハッと振り向き、鋭くこちらを見つめてくるマスタングに気づくと、アルフォンスは思わず警戒を深める。

 半壊した鎧の体で構えるアルフォンスに、マスタングは意味深に目を細めた。

 

「クロコダイルという共通の敵が倒れた今、彼らを放置する理由などない……今の彼らなら、そう苦労なく拿捕できるだろう」

 

 場が異様な緊張に包まれ、アルフォンスは言葉をなくす。

 格上の実力者であるマスタング、そして銃を持って取り囲んでくるハボック達に、突破できる要素は皆無だった。

 ゆっくりと発火布の手袋を掲げていくマスタングに、アルフォンスの緊張が強まった。

 

「…こうひどい雨では、私は完全に無能になってしまうな」

「………そうですね」

「火薬シケっちゃったしなぁ」

「こりゃもう役立たずだわ」

 

 だがマスタングは困った様子で頭をかき、忌々しげに雨天を見上げる。

 部下達も肩をすくめ、濡れてしまった銃を担いで、残念そうに深いため息をついた。

 

「さて、この中に素手でもいいから〝麦わら〟や〝妖術師(ウィザード)〟を相手取りたい猛者はいるか?」

「ムリムリ。命がいくつあっても足りねェよ」

「そんなブラックな職場だとは思いたくねェっす」

 

 マスタングの無茶な提案に乗るものは誰一人としていない。

 あっという間に、先ほどまで漂っていた緊張感は消え去り、仕事終わりといった雰囲気になっていった。

 

「我々は戦力差を鑑み、戦略的撤退を選択する」

 

 くるりとマスタングは一味に背を向け、部下達もそれに続いて行く。

 アルフォンスは今だに信じられないといった様子でその背中を見つめ、安堵で肩を落とした。

 

「大佐……」

「こんな時だ。………無粋なことはしたくないだろう」

 

 言葉こそ不本意といった感じだが、背を向けたマスタングの表情は安らかで、満足げな笑みが浮かんでいた。

 

 

「……だったらクロコダイルさんが…この男が……全ての元凶だと…」

「何て事だ…信じられない…」

 

 広場の中心で、大の字になって気絶しているクロコダイルを囲み、反乱軍が戸惑いの声を漏らす。

 そこへ、複数の海兵達を率いたたしぎが現れ、クロコダイルを取り囲んだ。

 

「バロックワークス社の所有していた〝ダンスパウダー〟を積んだ人工降雨船を発見したそうです」

 

 感情を見せない、抑揚のない声で、たしぎは白目を剥いたままのクロコダイルを見下ろし、告げる。

 己の無力を、何もできなかった自身を恥じながら、海楼石の手錠を取り出した。

 

「秘密犯罪会社バロックワークス社『社長』、王下〝七武海〟海賊、サー・クロコダイル。世界政府直下〝海軍本部〟の名のもとに、貴方から『敵船拿捕許可状』及び、あなたの持つ政府における全ての称号と権利を、剥奪します」

 

 カシャン、と乾いた音を立て、クロコダイルの手に手錠が繋がれ、その力が完全に封じられる。

 その様子を、建物の陰から覗く、一人の男の姿があった。

 

「……今回は、見逃してやる………だが覚えていろ、〝世界政府〟…‼」

 

 傷口を抑え、今だに燃え続ける憎悪の炎を目に宿しながら、傷の男(スカー)は海兵達に向けて吐き捨てる。

 

「我は必ず…‼ 貴様らの息の根を止めに戻って来るぞ……必ずな…!!!」

 

 ズルズルと足を引きずり、傷の男は広場に背を向け立ち去って行く。

 まんまと乗せられ、罪なき人々にまで手をかけてしまった自分が、この場にいることは許されない。そんな思いを抱くように、傷の男は人知れず姿を消すのだった。

 

 

 沈痛な表情で俯く、反乱軍の全員。

 その中でも特に心の傷が大きい様子で、コーザが血をにじませるような声を漏らした。

 

「俺たちは、取り返しのつかない事をしたんだ……」

「リーダー…」

 

 ビビはそんなコーザに、ただ痛ましげな眼差しを送ることしかできない。

 誰にも負けないくらいこの国を愛していた彼にとって、この惨状はあまりにショックが大きいことだろう。

 

 ―――……みんなにかける言葉が見つからない…。

 

 もっと自分がうまくやれていれば、もっと早く事件の真相をつかめていれば。

 そんな後悔ばかりが胸中に湧き出して、ビビは苦痛に顔を歪めていた。

 

「悔やむことも当然……やりきれぬ思いも当然」

 

 そんな彼らの元に、その男は語りかけた。

 咄嗟に作られて行く人垣の道を進み、国王(コブラ)は威厳を持った声で告げ、民達を見つめる。

 

「失ったものは大きく、得たものはない」

「国王…」

「――だが、これは前進である‼︎ 戦った相手が誰であろうとも、戦いは起こり終わったのだ‼︎」

 

 その言葉に、人々はハッと息を飲む。

 到底償えない大罪を自分達は犯してしまった、だがそれは俯き絶望したままでいい言い訳にはならない。

 ここから彼らは、始めなければならないのだ。

 

過去を亡きものになど誰にもできはしない‼︎ …………この戦争の上に立ち!!! 生きてみせよ!!!!

 

 民を守り、導く王の言葉に、アラバスタの民達はいつしか涙を流していた。

 怒りも悲しみも、全てを背負ってなおも君臨し続けている王の偉大さに、言葉も出なかった。

 

「アラバスタ王国よ!!!!」

 

 絶望を祓い、民に希望を示す王の言葉は、何よりも強く人々の心に響いた。

 

 ―――後に歴史に刻まれる戦いと、

    決して語られることのない戦いが――

 

    終結した―――。

 

 

 途切れることなく降り続ける雨の中を、一組の夫婦と若い男、そして片腕のない鎧が歩いて行く。

 その背に背負った若者達に、イズミはあきれた様子でため息をついた。

 

「やれやれ……暴れるだけ暴れたら疲れて眠っちまうとは………身体はデカくなっても中身はガキのままだね、こいつら…」

「ああ……」

「そうですねェ……」

 

 背負い切れず、適当な布に乗せて引きずっているものもいるが、海兵に見つかることを考えれば、置いて行くわけにもいくまい。

 人数の問題ではない、自分の背中で眠りにつくエドワードに目を向け、イズミはふっと微笑んだ。

 

「………だが、重くなったな」

 

 思い出されるのは、3人の弟子達がそれぞれ自分の元を訪れたときのこと。

 やむなく大きな錬成を試み、その凄まじさを目撃した子供達が、息を切らせながらやってきたのだ。

 

 ―――おばさん!

    おれ達を弟子にしてよ‼

 

 言い方はともかく、師になるつもりのなかったイズミはそれを断った。

 だが三人のそれぞれの身の上を聞き、突き放すことができなかったのだ。

 

 ―――……力が…‼

    力が足りない……!!!

 

 その中の一人、エレノアの懇願は、いまでも耳に残っていた。

 

 ―――私は守られてばかりで…何にもできない!!!

    母さんも…‼ 家族も…‼

    何もかも奪われてばかりだ…!!!

 

 ―――私は……‼

    自分で守れる力が欲しい………!!!

    守られるだけじゃ、何にもできない…!!!

    また何かを奪われる……そんなのはいやだ!!!

 

 ―――私は…こんな世界に……!!!

    こんな残酷な世界に…!!! 負けたくないんです!!!

 

 その真剣な目に、揺るがぬ信念の炎を宿した目に、イズミは白旗をあげる羽目になった。

 大罪をおかしていようと、心と体に傷を負おうと、それでも立ち上がり進むことを決意した弟子達が、その背にあった。

 

「……ほんとに、大きくなったねェ」

 

 決して本人は認めようとはしない誇らしさが、イズミの中には芽生えていた。

 

 

 ――もはや強制される事のない雨は――

   留まる事なく、王国に降り注ぐ――――

 

 

 

 

 

 

 だがそんな束の間の平穏に、彼らは再び動き出そうとしていた。

 

「手酷くやられたもんだねェ………ちょっと勘が鈍ったんじゃないの? おばさん」

 

 炭のように焼け焦げた、広場から離れた町の中。

 凄まじい爆発跡の中心に転がる、血の赤色の宝石を見下ろし、バロックワークスの残党の一人が悪態をついていた。

 

「ちょっと手を貸すだけでよかったのにこんなザマになって、大赤字ってどころじゃないでしょ」

 

 あきれたため息をつく男のそばで、唐突に地面がボコンと盛り上がる。

 するといきなり地面が割れ、泥だらけになったMr.0.5が顔を出した。

 

「…ふっかーつ」

「……お前もだいぶやられたみたいだな、暴食(グラトニー)

「うん、おなかすいた」

「まァ待て…」

 

 疲れた様子で腹をさするMr.0.5に、男はやや険しい表情を向ける。

 そして懐に手を入れ、地面に転がっているものと同じ赤い宝石を何個か取り出すと、バラバラと足元にばら撒き始めた。

 

「先にこっちにたらふく食わせてやらないと………っていっても、あんまりいま手持ちがないんだよね。ガマンしなよ」

 

 落とされた宝石が、泥の中に沈む。

 そう思われた直前、宝石がぐにゃりと形を変え、先に落ちていた宝石の中に吸い込まれて行く。

 全てを飲み込んだ直後、宝石は赤い閃光を放ち、みるみるうちに美女の姿を取り戻していった。

 

「…………ふゥ、生き返ったわ」

色欲(ラスト)ともあろう者が、おれの手を煩わせないで欲しいんだけど?」

「悪かったわよ、我ながらちょっと熱くなっちゃったんだもの………でも収穫はあったわよ」

「へェ……」

 

 コキコキと首を鳴らし、蠱惑的な笑みを浮かべて男を見やるミス・リープデイ……いや、ラスト。

 その目には、これまでになかった凄まじい怨念が宿っていた。

 

「覚えておきなさい〝妖術師(ウィザード)〟…………次はこうはいかないわよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。