ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第107話〝クソ食らえ〟

「この馬鹿者‼」

 

 海軍船の中の一室、医療設備が整ったその部屋の中で、マスタングがリザに叱責の声をあげた。

 脇腹にきつく包帯を巻き、椅子に腰掛けた彼からは、負傷者の弱々しさは全く見受けられなかった。

 

「敵の言葉を信じて戦意喪失だと⁉ ホークアイ中尉ともあろう者が呆れるな‼」

「申し訳ありません」

「うろたえるな! 思考を止めるな! 生きる事をあきらめるな‼」

 

 自身の失態を本気で気にしているのか、リザも首をすくめて不覚だったと言う表情を見せる。

 マスタングは一旦深き息を吐き、荒ぶった自分の感情を落ち着けた。

 

「軍人なら、私の副官ならもっと毅然としていろ」

「はい」

「引き続き私の背中を任せる。精進しろ」

「大佐も人の事言えないでしょーが。司令官がのこのこと戦場に出て来ちまって」

「うるさいな!!!」

 

 近くのベッドで横になっているハボックやファルマン、ブレダに呆れた視線を向けられ、マスタングはキッと彼らを睨みつける。

 

「あまり怒鳴らんでください。腹に響く」

「貴様それが命の恩人に対する言葉か」

「それは感謝してますがもうちょっと上手く焼いてくださいよ。このヤケドっ腹じゃ女の子に嫌われちまう」

「ぜいたく言うな‼ お前達はレア‼ 私はミディアム‼ どうだ私の方がヒサンだろう!!!」

「誰が焼き加減の話をしてますか!!!」

 

 ギャーギャーと騒ぐ男達だったが、すぐに自身の傷に手を当ててうめき声をあげる。

 馬鹿な姿を見せる彼らに、唯一軽症で済んでいると言えるフュリーが溜め息をついた。

 

「はいはい……どっちも大人しくしててくださいね~」

「クソォ…‼ せめて患者が男しかいないこのむさくるしい空間をどうにかしてくれ…!!!」

「「「うるせェよクソ大佐が!!!」」」

 

 声を揃えて怒号をあげるハボック達が、また腹部を抑えて悶絶する。

 しばらくして痛みが引いてから、ハボックがしみじみとした様子で呟いた。

 

「しかし……あの麦わらの一味があそこまでやるとはな。完全に侮っていた」

「仮にも〝妖術師(ウィザード)〟がいる一味ですしねェ……素質はあったって事でしょうや」

 

 つい最近まで名前も聞いたことがなかった小さな海賊一味。

 妙にこだわるスモーカーから話を聞いただけの彼らでは、ここまでの騒ぎを引き起こすなど考えもしなかった。

 リザも同意しながら、悔しげに表情を歪める。

 

「……砲撃時刻を知っても、援護する事しかできませんでした。選べる正義がなかったと…たしぎ曹長も悔やんでいました」

「……つい最近まで同等だと思っていた連中が、悪名を上げて駆け上がっていく。この海では駆け上がらなければ死ぬしかない事を彼らは知っているのだろうな……だが、それを知ってお前達はどうする?」

 

 部下達の真意を確かめるように、マスタングはじろりと横目を向ける。事件の収束に微かにしか貢献できなかったことについて、どう思っているのかと。

 

「進むか死ぬか。私について来たお前達は、それを覚悟して来ただろう」

 

 挑発するようなマスタングの言葉に、手酷くやられる一方だったハボック達はニヤリと意欲的な笑みを浮かべる

 そう、こんなところで折れている暇などないのだ。

 

「ここからだ。我々も、立ち止まっている暇はないぞ」

 

 マスタングには野望があった。ここにいるのは、そんな彼の意志に賛同し、付き従ってきた熱意ある戦士ばかりだった。

 各々がやる気を再燃させる中、フュリー一人が言いづらそうに手を挙げた。

 

「……実は大佐、本部から先ほど通達がありまして」

「何?」

「…………落ち着いて聞いて下さいよ?」

 

 何か不都合な連絡でもあったのか、と思わず身構えるマスタング達だったが、フュリーがもたらしたのは予想外の報告だった。

 

「今回のクロコダイル討伐に関して、マスタング大佐とスモーカー大佐、たしぎ曹長に政府上層部より〝勲章〟が贈与されることになったと……」

「……何だと…!!?」

「それでその……みなさん一階級ずつ昇格が決定したので……勲章の授与式に出向いてほしいと………」

 

 その内容で、フュリーが非常に難しい表情になっていた理由がわかった。

 自分たちがほとんど手も足も出せなかったクロコダイルの討伐。麦わら達が手にしたその功績を、さも海軍のもののように発表すると言うのだから。

 そんな漁夫の利のような結果を、マスタングが望むはずがなかった。

 

「フザけるな!!! 我々がクロコダイルを仕留めただと…⁉ それができなくて、どれだけの血と涙が流れたと思っている…!!!」

「大佐…‼」

「フュリー少尉…お前達……これから言うことは他言無用で頼むぞ…!!!

 

 ギリギリと歯を食いしばり、悔しさをあらわにするマスタングに、部下達も同じ気持ちなのか険しい顔になる。

 ガン、と自分の腿に拳を打ち付け、マスタングはこの場にいない憎たらしい連中に吐き捨てた。

 

「クソ食らえだ!!!!」

 

 

「おーい、木材はもっとあるかな」

「こっちも足りねェなァ‼」

「ウチのが余ってるぞ、使ってくれ」

 

 戦火の跡が痛々しい街中、戻ってきた住民達による復興の音が、あちこちから響き渡ってくる。

 もはや同じ国民同士で争う理由はない。心身ともに傷を負ったのならば、協力して癒していけばいいのだ。何年何十年かかっても。

 

「…逞しいな、この国は…」

「王女がかわいいからな!」

「関係あんのか?」

「あるさ」

 

 備品の買い出しに出向いたサンジとウソップも、そんな国民達の強さに感嘆の声を上げる。

 ビビが関係しているかはともかく、素晴らしい国であるのは確かだ。

 

「畜生ォ‼ 家から家へと貫通してるぞ、何だこの穴は‼ まるで蹴り砕いたような形跡だな」

「?」

「おいウソップ、あっちに何かあるぜ」

 

 途中、壁に大穴を開けられた家の前で頭を抱える男を見つけたが、サンジはなぜか急いでそれから目をそらす。

 ショートカットのために自分がぶちあけたことは、墓場まで持って行こうと心に決めて。

 

 

「へ~~~面白い本ばっかり! いいの? ほんとに貰ってって」

「ああ構わん。私は全部読んだからね」

「ありがとう。……でも」

 

 コブラのもとを訪れたナミは、彼の所有する膨大な数の本を前に目を輝かせる。

 だがその視線はちらりと横に、がっくりと項垂れるエドワードとアルフォンスに向けられ、気の毒そうに歪められた。

 

「ああ……彼らには気の毒なことだったな」

「まさか…欲しがってた資料があった図書館が、反乱の戦火で全焼しちゃうなんてね」

「何のために……‼︎ 何のためにおれ達は…!!!」

「すべて水の泡…おしまいだァ……絶望だァ…」

 

 この世の終わりかのように嘆く彼らに、コブラも不憫そうに眉尻を下げる。体に巻かれた包帯や崩壊を防ぐ布が、さらに痛々しく見える。

 その時、イガラムがあっと声をあげた。

 

「陛下、シェスカならもしかして心当たりあるのでは?」

「む? ああ! 彼女か‼」

 

 イガラムが挙げた名に、コブラもその手があったかと手を叩く。

 エドワードとアルフォンスは、聞き覚えのない名前に思わず顔を上げてコブラを見つめた。

 

「誰? 蔵書に詳しい人?」

「詳しいと言うか…あれは文字通り〝本の虫〟ですな」

 

 うーん、と困ったような表情で頷くイガラムに、兄弟とナミは不思議そうに首を傾げた。

 そして案内されたとある家で、兄弟はまたも驚かされた。

 

「うわっ、何だこの本の山‼」

「本当に人が住んでるの、ここ!!?」

 

 扉を開けてまず目に入ったのは、室内を埋め尽くす大量の本の山。

 本棚にも収まり切らないほどのそれらが、視界をほとんど埋め尽くしてしまっていた。

 

「シェスカ! いないのか?」

「おーい!」

「とても人が住んでる環境には思えないけど………」

 

 あきれた様子でナミが呟いていると、ふとその耳が何かを捉える。

 よくよく本の山の中を見てみると、女性の細い腕と「助けてー」というか細い声が聞こえているのに気づいた。

 

「兄さん人がっ‼ 人が埋まってる!!!」

「掘れ掘れ‼」

 

 兄弟達は急ぎ、女性の上に降り積もっている大量の本をどかす作業に入る。

 数分の救出作業ののち、ようやく山の中からメガネをかけたショートカットの女性を救い出すことに成功した。

 

「あああああすみませんすみません‼ うっかり本の山を崩してしまって…このまま死ぬかと思いました、ありがとうございます~~‼」

「どーいたしまして…」

 

 すでに全身ボロボロなのに、人命救助の力仕事をする羽目になったエドワードはそれしか言えない。ナミもアルフォンスもぐったりとしていた。

 

「は、私がシェスカです。私、本が大好きなもので図書館に就職が決まった時はすごく嬉しかったんですが…でも本が好きすぎてその……」

「仕事中にも本ばっか読みすぎてクビになっちゃったわけか」

「はい………病気の母をもっといい病院に入れてあげたいから働かなくちゃならないんですけど…」

 

 趣味や好きなものを仕事にしてしまった者によくあることというべきか、自業自得とも言える話に思わず嘆息する。

 自分でもわかっているのか、シェスカも頭を抱えてうなだれていた。

 

「ああ~~本当に私ってば本を読む以外は何をやっても鈍くさくてどこに行っても仕事もらえなくて…そうよ、ダメ人間だわ社会のクズなのよう……」

(大丈夫かよ、このねーちゃん…)

 

 単に蔵書の手がかりを求めていただけなのに、なぜこんな切ない話を聞かねばならないのか。

 なんだか愚痴を聞くような流れになっていたが、エドワードは意を決して彼女に尋ねてみた。

 

「あ――…ちょっと訊きたいんだけどさ、マルコー・ティム名義の研究書に心当たりあるかな」

「マルコー・ティム…マルコー……ああ! はい、覚えてます。活版印刷ばかりの書物の中で珍しく手書きで、しかもジャンル外の書架に乱暴に突っ込んであったのでよく覚えてます」

「…本当に図書館にあったんだ……て事はやっぱり丸焼けかよ……」

 

 一瞬明るい顔になる兄弟だったが、すぐにまた絶望の表情に変わる。

 あげてから落とされると言う深いダメージに、ナミも思わず同情の視線を送っていた。

 

「『ふりだしに戻る』だ…」

「どうもおじゃましました」

「あ…あの、その研究書を読みたかったんですか?」

「そうだけど今となっては知る術も無しだ……」

「わたし、中身全部覚えてますけど」

 

 ふらふらと退出しようとしたエドワードとアルフォンスに、シェスカはなんと言うことはないと言うように答える。

 そのため兄弟は、一瞬だけ理解が追いつかず間抜けな顔を晒してしまった。

 

「「「は?」」」

「いえ、だから…一度読んだ本の内容は全部覚えてます。一字一句まちがえず。時間かかりますけど複写しましょうか?」

 

 その言葉の意味をようやく理解し始めると同時に、エドワードとアルフォンスの顔を希望の光が照らしていく。

 思わずエドワードは、シェスカの手をがっしりと握って涙を流していた。

 

「ありがとう本の虫!!!!」

 

 その賞賛の言葉は、あまり嬉しくなさそうだった。

 

 

「存ぜぬと言っているのが聞こえんのか、帰れ!!!」

「ウソをつくとこの国の為にならんぞ!!! 海賊の隠匿は重罪だ!!!」

「海賊など知らぬ‼」

 

 王宮の前では、傷ついた海賊たちを匿っているチャカが凄まじい剣幕で海兵達を睨みつけていた。

 やましいことなど一切ないと、堂々たる姿はまさに守護神だった。

 

「よっ、お疲れ」

「ああ、お帰り。いるものはあったかね?」

「ん~ボチボチだ」

「町がこの状態だ。これだけ買えりゃ充分だろ」

「まァな」

 

 その隣を、買い物から帰ったサンジ達が通り抜け、親しげに挨拶を交わす。

 彼らが階段を上がっていくと、引き下がらない海兵達にさらに凄んでみせた。

 

「海賊がここにいる証拠でもあるというのか!!?」

「いや……それは……」

「いつまでやっておるのか‼」

 

 言い澱む海兵達に、今度は後ろから叱責が飛んでくる。

 振り向けば、大量の木材をかついたアームストロングが、首をすくめる海兵達に厳しい視線を向けていた。

 

「いないものを探している暇があれば、町の復興を手伝うがいいわ!!! 堂々とサボりおって!!!」

「しょ……少佐…い、いえ‼ 決してサボっていたわけでは!!!」

「よォおっさん。ケガの具合はどうだ?」

「問題ない。中の子らにもよろしく言っておいてくれ」

「おう」

 

 ビシッと親指を立て、相変わらずの鋼の上半身を見せつけるアームストロングにサンジとウソップも応じる。

 えっちらおっちらと階段を上っていた二人は、そういえばといった様子で顔を見合わせた。

 

「あいつら目ェ覚ましたかな」

「起きたら起きたで騒がしいけどな」

 

 常に一味に騒ぎを持ち込む船長と、それを叱りながら一味を見守る天使。

 彼らはずっと、ビビとチョッパーの看病の元で長い眠りについていた。

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