ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「うううわあああああああ!!!!」
メリー号を襲う無数の残骸、それがもたらす急な波の荒れに、ルフィたちは翻弄され悲鳴を上げていた。
「捕まれ!!! 船にしがみつけ!!!」
「何⁉︎ これ何!!? ねェ何!!!?」
「夢っ!!! そうさこれは夢っ!!!」
「夢!?? よかったァ!!!」
「あいにくだけど……全部本物。現実だよ」
あまりに予想外な事態により、完全にパニックに陥るナミとウソップとチョッパー。
唯一落ち着いた様子のエレノアはロープを手繰り、ゾロたちとともに船の維持に努めていた。
「ルフィ!!! 船を守れ、もうもたねェぞ!!!」
「よし‼︎ …ん? ウソップ⁇」
必死にバランスを取りながら、ルフィは降ってくる残骸を蹴散らそうと走り出す。
が、その途中で、何やら座禅を組みぶつぶつと呟くウソップに気づいた。
「案ずる事なかれ、こうやって落ちついて目を閉じて――そしてゆっくり目を上げると、ほ――らそこには静かな朝」
「だから夢じゃねーっつの」
「ギャ〜〜〜〜ッ!!!!!」
この非常時に現実逃避に努める彼に、呆れ顔のエレノアが手ごろにあった、どこかの誰かの頭蓋骨を投げつける。
悲鳴を上げた彼は、慌てて飛んできたそれをはね飛ばし、さらにパニックに陥った。
「ああああ人骨〜〜‼︎」
「ちょっとエレノア!!! こっちに投げないでよ!!!」
「また落ちて来るぞ〜〜〜!!!」
ばらばらと降り注ぎ、飛沫を上げ続ける残骸の雨の中。
それが終わるまでの間、一味はただ必死に船の上を駆け回り続けた。
「何で…空から船が降ってくるんだ…⁉︎」
その現象が起こって数分後。
ようやく波が落ちつき、残骸が降り注ぐこともなくなったころ、ずぶ濡れのルフィが真っ青な晴天を見上げて呟く。
仲間達も同じように、何の変哲もない空を見上げて呆然としていた。
「奇っ怪な…‼︎」
「空にゃ何にもねェぞ…」
「え、そう? わりとありふれた話だと思うけど…」
「「「お前の経験談は普通じゃねェだろ!!!」」」
「ひどくない⁉︎」
唯一けろっとした顔をしているエレノアに、ほぼ全員から厳しい意見が叩きつけられ、彼女を若干落ち込ませる。
〝偉大なる航路〟のベテランである彼女の慣れは、今この場において全く役に立ちそうになかった。
「あ!!!」
そんな中、ふと自身が持つ記録指針に目を落としていたナミが唖然とした声を上げ、一味の注意を引きつけた。
「どうしたナミさん!!?」
「どうしよう、〝記録指針〟が……!!! 壊れちゃった‼︎ 上を向いて動かない…!!!」
何事か、と振り向いたサンジにナミは記録指針を見せる。
本来、水平線上のどこかを差しているはずの指針が、糸で引かれるように殆ど直角を向いて止まってしまっていたのだ。
この海で唯一の道標なのにと慌てるナミだったが、それに首を振る者がいた。
「……違うわ。…より強い磁力をもつ島によって、新しい〝記録〟にかきかえられたのよ…………‼︎」
「……ということは、次の目的地は」
ナミにそう告げたロビンの隣で、エレノアが視線を上げる。
何もない、島などあろうはずもない青空に向けて、エレノアは目に見えて高揚した様子で笑みを浮かべた。
「〝空島〟か…!!!」
紡がれたその名に、一味の間に動揺と期待が走る。
言葉の響きでわかる、どのように常識はずれな島なのかと、誰もが想像力を働かせ出した。
「〝空島〟――って何よ!!!」
「浮いてんのか、島が!!!」
驚愕するルフィとナミだが、双方の反応は全く異なっていた。
ナミはそんなものが実在するのかと目を剥き、ルフィは未知の島に目を輝かせる。他の船員にいたっては、大半がナミと同じような反応を示していた。
「あの船やガイコツはそこから落ちて来たのか‼︎ ――だが空に島らしきモンは何も…」
「ううん。そうじゃなくて…正確には浮いているのは〝海〟。空島はその海に浮かぶ島の一つなんだよ」
「海が!!?」
「ますますわかんねェ………」
詳しい話を聞こうとするゾロたちだが、エレノアの説明を聞いても全く意味が分からない様子で、眉間にしわを寄せる。
ルフィはそもそも深く考える気がないようで、湧きあがる好奇心のままに空に注目したまま声を上げた。
「空に海が浮いてて島があんだな!!? よし、すぐ行こう!!! 野郎共!!! 上に舵をとれ!!!」
「上舵いっぱーい!!!」
「できるわけないでしょ」
「とりあえず上に舵はとれねェよ、船長」
興奮のあまり、常識が頭から吹っ飛んでいる船長と狙撃手にツッコミを入れ、エレノアがやれやれと肩を竦める。
それを横目に、ロビンは疑わし気なナミに向き直って続きを語り始めた。
「正直、私も〝空島〟については見たこともないし、大して知ってるわけでもない…」
「そうでしょ⁉︎ 有り得ない事よ‼︎ 島や海が浮かぶなんて‼︎ やっぱり〝記録指針〟が壊れたんだわ‼︎」
「……ナミ、また私が言ったこと忘れてるね」
そんなことがあってたまるか、と声を荒げるナミに、エレノアがジトッとした視線で釘をさす。
似たような会話を、〝偉大なる航路〟の初めの方でしたなと思い出しながら、ビシッと人差し指をナミの鼻先に突き付けた。
「〝ありえない〟ことが起こるのがこの海……どんなパニックが起ころうと、どんなに信じられないことが起きようと、〝記録指針〟だけは疑ってはいけない」
フードの下から覗く金の眼に気圧されながら、冷や汗を流す航海士にエレノアは続けざまに突き付けた。
「今考えなきゃいけないのは、〝記録指針〟の故障箇所じゃなくて、空へ行く方法だよ」
ごくりと息を呑み、黙り込んでしまうナミからエレノアは指を離す。
やれやれとまたため息をつく彼女に、ロビンが近づいて耳元に口を寄せた。
「〝妖術師〟さん、あなた空島に行ったことは?」
「ないね………トライしたことはあるんだけど、自力で」
遥か高い空を見上げ、エレノアはどこか懐かしそうに答える。
何かヒントになるのでは、と呆けていた仲間達も近寄り、エレノアの経験談に耳を傾けた。
「まだ禁忌を犯す前なんだけど……持てる荷物を最低限に抑えて、極限まで飛行能力を向上させた状態で全力上昇してみたんだけど…」
「…そ、それでどうなったんだ!!?」
「結果は大失敗」
興奮したまま、鼻息荒く詰め寄ってくるウソップに、エレノアはがっくりと肩を落として首を振る。
かつて挑んだ上空に向けられた眼差しは、悔しそうに細められていた。
「上空9000m時点で体力に限界がきて、そのまま自由落下……あれは流石にちょっと怖かった」
「9000mはいったのかよ!!!」
むしろそんな高くまでよく一人で飛べたな、と翼のない一味は驚愕の目をエレノアに向ける。そして失敗した後どうやって助かったのだろうかと、別の疑問を抱いていた。
そんな彼らの視線を無視し、エレノアは続けて口を開いた。
「まァそれでも…見えたものはあった。上空1万メートル……鳥でさえ容易にはたどり着けない空の彼方。そこに………私は〝海〟を見た」
変わらずエレノアの視線は、天空に向けられている。
じっと身動き一つせず、空を見つめ続ける彼女の横顔には、凄まじい執念が垣間見えていた。
「摂理が理解できなくても、疑ってはいけないのは自分のこの目。疑わないことが、この海を進むたった一つの常識だよ」
「棺桶開けて何やってるんだ? あいつ」
「何かわかんのか?」
「さァ…」
衝撃から立ち直った一味は、唐突にロビンが始めた謎の行動に首を傾げる。
彼女は降り注いだ残骸の中からカンオケらしきものを見つけ、中のものを取り出して並べ始めたのだ。
「趣味悪いわよ、あんた」
「死者と美女ってのもまたオツなもんだな〜♡」
遠くからナミが引いた目で見つめる中、ロビンは無数の破片から一つの頭蓋骨を復元する。
その頭蓋骨にあけられた不自然な穴を撫で、ロビンはじっと眼差しを向けた。
「ここにあいてる穴は人為的なもの」
「…ははーん、そこを突かれて殺されたってわけか、コイツは」
「いいえ、これは治療の跡よ…〝穿頭術〟。でしょ? 船医さん」
確認するようにロビンが問うと、チョッパーは怯えながらも首肯する。
暴かれた遺体よりも、それを平然と行っているロビンに怯えているようにも見えたが、医者としての性分かその遺体の違和感に注目が向かっていた。
「……うん、昔は脳腫瘍をおさえる時、頭蓋骨に穴を開けたんだ。でも、ずっと昔の医術だぞ…⁉︎」
「……そう、彼が死んでからすでに200年は経過してるわ」
ロビンは語る。遺体の歳は30代前半、航海中病に倒れ死亡。
他の骨に比べて歯がしっかり残っているのは、タールが塗り込んであるせい。この風習は〝南の海〟の一部の地域特有のものだから、歴史的な流れから考えて、落下してきた船は過去の探検隊の船。
そこまで読み取ったロビンは、確認するように過去の記録を探るエレノアに目を向けた。
「…思い出したよ。〝南の海〟の王国ブリスの船『セントブリス号』。208年前に出航してる。ほらコレ」
図書室から戻ってきたエレノアは、自分の持つ情報が正しいことを示すための資料を持ってくる。
その資料に乗っていた写真には、確かに降ってきた船と同じマークと船首が記録されていて、ナミたちに感嘆の声をあげさせた。
「骨だけでそんな事まで割り出せるの……⁉︎」
「遺体は話さないだけ、情報は持っているのよ」
ロビンの慧眼の凄まじさと冷静さに、ナミは思わず戦慄の目を向ける。こんな異常な状況の後で、よくもあれだけの仕事ができるものだと。
一仕事終えたロビンだったが、残骸がちらほらと浮かぶ当たりの海を見渡して口惜しげなため息をついた。
「探検隊の船なら色々な証拠や記録が残っていた筈だけど…」
「海に沈んじゃってるからねェ…」
調べられるなら調べておきたかった、と嘆くロビンとエレノア。
そんな二人の視線の先で、バシャバシャと水飛沫を上げて騒ぐルフィとウソップの姿が目に入った。
「ルフィ‼︎ しっかりしろー!」
「ぶわっぷっぱばすぺて〜〜」
「あんた達何やってんのよォ!!!」
またしても面倒ごとを引っぱりこんでくる気か、と思わず怒鳴り声をあげるナミ。
だが彼らが持ち帰ったものは、彼女をも黙らせる存在感を放っていた。
「おいみんな!!! やったぞ!!! すげェもんみつけた、これを見ろ!!!」
ウソップに救出されながら、ルフィは自身が見つけ出したものを見せつける。
非常に古い、よくぞ残っていたと言えるほどに状態の酷い地図。それに刻まれていた名称を目にして、一味はわっと驚愕をあらわに群がった。
「〝空島〟の…地図!!?」
「〝スカイピア〟…本当に、空に島があるっていうの!!?」
「やったぞウソップ〜〜〜っ!!! チョッパー!!!〝空島〟はあるんだ〜〜〜〜!!! 夢の島だ!!! 夢の島へ行けるぞォ!!!」
「夢の島ァ!!?」
空に浮かぶ島、そして海の実在をほのめかす、年季の入った物品の登場により、ルフィたちはひたすらに興奮の声を上げて騒ぎだす。
しかしそんな彼らの側で、ナミは呆れた様子でため息をついていた。
「…騒ぎ過ぎよ。これはただの〝可能性〟にすぎないわ。世の中にはウソの地図なんていっぱいあるんだからっ!」
諭すように告げるナミだったが、ルフィたちの表情を見て息を詰まらせる。
高揚を一気に鎮火させられた彼らは、とんでもなく悲しそうな顔でナミを見つめ、虚ろな目で固まっていたからだ。
そんな彼らの悲痛な視線に、ナミは思わず罪悪感を抱かされた。
「あ……ごめんっ、あるある…きっと…あるんだけどっ」
「行き方がわからないんじゃねェ…」
慌てて訂正するナミに同意し、エレノアは険しい顔で首を傾げる。
行く気満々になっているところに言うのは何だが、道がわからなければ行きようがないのだ。
「航海士だろ、何とかしろ!!!」
「何とかなるもんとならないもんがあるでしょ⁉︎」
「関係ねェ‼︎ 空に行くんだ!!! そうだエレノア、もう一回チャレンジだ!!!」
「あんたら抱えて飛べってか!!? ムチャいうなアホ!!!」
「怒ってるナミさんもエレノアちゃんもカワイーなあ…♡」
細かいことを考えずに吠えるルフィと、彼の無茶ぶりに怒りを抱くナミとエレノア、そんな二人に見とれるサンジ。
ギャーギャーと双方が騒ぎ、収拾がつかなくなりそうになった段階で、ナミがキッと表情を改めた。
「…ラチがあかないわ! とにかくこれじゃ船の進めようがない…‼︎ だって指針は〝上〟を向いてるんだもん」
「とにもかくにも今必要なのは、ロビンの言う通り〝情報〟だね」
「あれだけ巨大な船が本当に空に行ってたんなら、この船が空へ行く方法も必ずある。さっきの船に何かしらの手がかりがあればいいけど…」
「でも船はもう完全に沈んじまったぞ」
やけくそになったわけでもなく、行動しなければ何も変わらないと意気込むナミに、ウソップが難しい顔で指摘する。
そんな彼に、ナミは拳を掲げて言い放った。
「沈んだんならサルベージよっ!!!」
「よっしゃあああ!!!」
「できるかァ!!!」
船長と同レベルの無茶を吐くナミに、ゾロによる怒号が響き渡るのだった。
「はっはっはっはっ、いやいやいや…」
ルフィは自身の装いを見下ろし、若干呆れた調子で笑い声をあげる。
樽と革を組み合わせた、その場の材料でできた潜水服。それを着せられたルフィ、ゾロ、サンジが、命じたナミに視線を向けて口を開いた。
「お前はホントにムチャさすなあー」
「………………」
「ナミさん♡ おれが必ず空への手掛りを見つけてくるぜ」
「よろしくね♡」
「安心して行って来い。おれの設計とエレノアの技術に不備はない」
さすがに困惑するルフィだが、こうしなければ空にいけないとあれば話は別だ、と海に視線を向ける。
その先で、何か巨大な魚が、もっと巨大な魚に捕食される姿を見て、全員が動きを止めた。
「じゃ、幸運を祈ってるわ」
「アレを見て本気で祈れと!!?」
何か言いたげなルフィ達だったが、ナミは一切の躊躇なくロープを伸ばし、ルフィたちを海に潜水させる。
エレノアは吹っ切れたナミの容赦のなさに、思わずぶるりと背筋を震わせた。