ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第114話〝夜〟

「園長〜!!!」

「園長〜〜!!!」

 

 目の前に広がる光景に、マシラの部下も麦わらの一味も、全員がパニックに陥る。

 それが全く現実とは思えないほど、あり得ない事だった。

 

「なに、コレ〜〜〜〜!!? コレなに⁇ なに大陸!!?」

「知らねェ!!! 知らねェ!!! おれには何も見えねェ!!! なんも見てねェ!!! これは夢なんだ!!!」

「夢!!? ホント⁉︎」

「「「あ――夢でよかった♡」」」

「…だから」

 

 散々騒いだ後、勝手にホッと安堵の息をつくナミたちに、エレノアはつい半目になる。

 そしてもう一度目の前にあるもの、沈没船をバリボリと咀嚼する、あまりに巨大すぎるカメに目を向けた。

 

「現実逃避やめれっての」

「あのコ達全員、船ごと食べられちゃったの?」

「みなまで言うなァ〜〜っ!!!!」

 

 あっけらかんとロビンが呟き、事実を受け止めきれないウソップが泣きながら叫ぶ。

 喚こうが哭こうが、吸気ホースが伸びていることからして間違いなかった。

 

「うわあああ!!! ルフィ達はやっぱり食われたんだ〜〜〜〜〜!!!」

「なかなかのサイズじゃない?」

「いやいやまだまだ小さいほうでしょ」

「のんきか!!!」

 

 慌てふためくチョッパーたちとは裏腹に、なぜかエレノアとロビンは和気藹々とカメのサイズについて語り合っている。

 異様に胆が据わった二人は放置し、ウソップがキッとナミを睨みつけた。

 

「だいたいお前だぞ!!! こんな〝偉大なる航路〟の海底へあいつらを行かせたのは!!! 根拠もねェのに大丈夫なんててめェが言うからあいつらは…‼︎」

「………そうね」

 

 さすがに自身に責があると自覚があったのか、ナミはうつむきながらうなずく。そして顔を上げ、我が物顔で残骸を食い散らかすカメに目を向けた。

 

「ごめんっ!!!」

 

 力強く叫び、肩手を挙げたナミはそれ以降口を閉ざす。

 シーンと静まり返ってしばらくして、我に返ったウソップが目を剥きながら振り向いた。

 

「…終わり!!?」

「………‼︎ そうなんだがなんか違う………!!!」

 

 絶対こいつ反省していない、というか悪いとさえ思っていないと、ナミ以外の全員がぞっと背筋に震えを走らせる。

 だが、責任の擦り付けをしている場合ではなかった。カメの口に続くホースが、徐々に引っ張られていたからだ。

 

「ヤバいね……ホースごと海底へ引きずりこまれる…‼︎」

「いやあああああ!!!」

「ロビン‼︎ おめェ強ェんだろ⁉︎ 何とかしてくれ!!!」

「あれはムリよ…おっきいもの」

「じゃあエレノア!!!」

「同じくデカすぎてムリ」

 

 主戦力三人が潜ってしまったことが仇となり、カメを撃退する者がいないことで、一味は混乱に陥る。

 しかし同じ状況にあるマシラの部下たちに、絶望する様子はなかった。

 

「野朗共!!! ロープを手繰り園長を救えェ!!!」

「「「「「ウッキッキ〜〜〜〜〜‼︎」」」」」

 

 部下の一人の号令に、全員が一致団結して行動に移る。船長不在にしてこのまとまりは、本人のカリスマがなせる業なのか。

 そんな美しくも頼もしい男達の姿に、泣き叫ぶばかりだったウソップは殴られたような衝撃を受けた。

 

「そうだ…こんな時だからこそ団結力が試される」

「ウソップ!!!」

「おウ!!!」

 

 同じく我に返ったナミに呼ばれ、ウソップも雄々しく吠える。

 今こそ勇敢なる海の戦士らしく、困難に立ち向かって見せる時だと身構えたのだが。

 

「ホースを切り離し安全確保」

「悪魔かてめェは‼︎」

「悪魔だ〜〜〜〜!!!」

 

 非常すぎるナミの決断に出鼻をくじかれ、欄干に頭をぶつけながらツッコミを入れる。本気にしか聞こえないナミの目に、チョッパーが同じく悲鳴を上げた。

 まさに混沌とした状況、誰もが正気ではいられない異常事態の中で。

 

〝夜〟は訪れた。

 

「へ⁇」

 

 とっぷりと、太陽が地球の裏側に潜ったような真っ暗闇が、辺りを包む。

 夕暮れなど見た覚えはない。間違いなく真昼だったのに、辺りは完全な真っ暗闇へと変わってしまっていた。

 

「夜になった…………!!?」

「ウソよ…まだそんな時間じゃないわっ‼︎ エレノア‼︎ これどういうこと!!?」

「わ…わからない…‼︎」

「じゃあ何なんだ‼︎ ルフィ〜〜〜!!! ゾロ〜〜〜〜!!! サンジ〜〜〜!!!」

 

 続いて起こった異常な光景に、ウソップたちはさらなる混乱に苛まれ、エレノアやロビンでさえも冷や汗を流す。

 そしてその狼狽と恐怖の症状は、マシラの部下たちに最も強く表れていた。

 

「……ア…アア…‼︎ 不吉な…………!!! 突然来る夜は怪物が現れる前兆」

「船を沈められちまう…………!!! 早く園長を救出しろォ!!!」

「……!!? 怪物…?」

 

 奇妙な単語を耳にし、耳を澄ましていたエレノアが思わず反応する。

 もう少し詳しく情報を得ようとした時、海中からなにかが飛び出し、メリー号の甲板にどしゃっと落下してくる。

 それが一味の船長であることに気づき、ナミが慌てて駆け寄った。

 

「ルフィ‼︎ どうしたの!!? 死んじゃったのっ」

「あんたよく無事で…」

「船出せ!!! さっさとここ離れるんだ!!!」

「やべェぞあいつは………!!!」

 

 ルフィに続き、ゾロとサンジも慌てた様子で這い上がってくる。本気で焦り、何かから逃れたがっているような緊迫した様子だ。

 

「無事ならまァいいさ。とりあえずあの大陸亀から逃げよう」

「カメ? いや海には猿がいたんだ‼︎」

「きっと海獣の一種だ」

「そいつが途中までルフィと仲良くしてたんだが」

「サル同士だからな」

「おれ達が船から拾ったこの荷物見て急に暴れ出しやがったんだ」

「暴れる事ゴリラのごとしだ‼︎」

「……なんかあんた達妙に仲良くなってない?」

 

 示し合わせたように何があったかを語る二人に、エレノアは思わず呆れた目を向ける。お互いへの対抗心がひっこむほどの何かがあったという事なのか。

 珍しい二人の反応に呆れながら、ウソップは状況を教えてやった。

 

「そいつはマシラってサルベージ野郎さ‼︎ しかしお前ら、あのカメの口からよく逃げられたな」

「カメ?なんだカメって」

「アレ」

 

 本気で自分達に何が起こっていたのかわからず、キョトンとした顔で首を傾げるゾロとサンジの背後を、エレノアが指をさす。

 振り向いた二人は、至近距離で浮いている巨大な亀を目の当たりにし、一拍遅れて目を見開いた。

 

「ウオオ!!! 何じゃありゃあ!!!」

「気づけよ!!! お前らあれに食われてたんだぞ船ごと!!!」

 

 あれだけ派手に食われてたんだから気付くはずだと、ウソップが困惑気味に吠える。あの窮地に気がつかないとは、どれだけ鈍いのか胆が据わっているのか。

 そのうち、溺れて気絶していたルフィも覚醒し、空の闇を見て目を丸くした。

 

「ぷは――あり? 何で夜なんだ?」

「ルフィ‼︎ 手伝え、船出すぞ!!!」

「ん待てェ!!!! お前らァ!!!!」

 

 逃げるが勝ち、と漕ぎ出そうとした時、海中から勢いよくマシラが飛び出してくる。

 もはや先ほどまでの気やすさはない。完全にルフィたちを、縄張りを荒らした不届き者として狙いすましていた。

 

「…おめェらこのマシラ様のナワバリで…財宝盗んで逃げきれると思うなよォオオオオオ!!!」

「財宝!!? 財宝があったの⁉︎」

「ああ‼︎ いっぱいあった」

「マズイ、あいつに船の上で暴れられたら………!!! 追い出すぞ‼︎ 手伝えエレノア!!!」

 

 衝撃から立ち直ったゾロは、敵に懐にまで乗り込まれたことに危機感を抱き、すぐさま刀を構える。

 一刻も早くここを離れねば、とエレノアを呼ぶが、彼女からの反応はなかった。

 

「おい、どうした!!?」

 

 無言で立ち尽くす天使にゾロが再び叫ぶ。が、すぐにその表情は固まり、大きく目と口が開かれる。

 荒れ狂っていたマシラでさえ、海に浮く大陸亀でさえ、呼吸を忘れたように硬直し、次第にガタガタと震え始めた。

 

 そこにあったのは、人影だった。

 天を覆う闇の中に浮かび上がる、どんな山よりも高く立つ、数人の槍を持った巨人の影。それが、ルフィたちを見下ろしていたのだ。

 まるでそれは、この世のものとは思えないほどの、恐怖の光景だった。

 

「怪物だああああ!!!!!」

 

 もはや、ナワバリだの財宝だの言っている場合ではない。

 見た事のない悪夢の光景から逃れる事だけを考え、海賊達は必死に船を漕ぎ、闇の中から飛び出していく。

 力の限り、体が動かなくなるまで、彼らは舟を漕ぎ続けた。

 

 

「……あり得ねェ…」

「ああ…あのデカさはあり得ねェ…」

 

 数分か、数十分か。

 どれだけ来たか分からなくなるまで漕ぎ続けたルフィたちは、ぐったりとした様子で元の青色に戻った空を見上げ、呆けた声を上げていた。

 

「あれだけの距離にいて…気づかなかった。この私が……‼︎」

「…今日は何かがおかしいぜ………」

「巨大ガレオンが降ってきたと思ったら」

「指針を空に奪われて………」

「妙なサルが現れて船を引き上げる」

「でも船ごと食っちゃうデッケーカメに遭って」

「夜が来て…」

「最後は巨人の何十倍もある〝大怪物〟」

「…さすがにあれにはビビったね。どーも…」

 

 思い思いに呟いてから、全員が深い深いため息をつく。安堵か、気が抜けたのか、それすら頭が回らないほどに、誰もが気力を削がれていた。

 が、さすがに聞き捨てならない声に気がつき、我に返った。

 

「「「「出ていけ〜〜〜!!!」」」」

 

 船に乗り込んだままになっていたマシラが、とてつもない勢いで蹴り飛ばされていったのは、言うまでもなかった。

 

⚓️

 

「………しかしあの怪物はデカかったな…………」

「……うん…もう会いたくないや」

 

 邪魔者がいなくなってようやく、ルフィたちは会議に入る。

 驚くことが多すぎてまだ思考がまとまらないが、とにかく情報を整理しなければ話が進みそうにない。

 しかしふと、ウソップの目は気になる態度を見せる仲間に向けられた。

 

「…ところでエレノアはなんで落ち込んでんだ?」

「どっか具合悪いのか?」

「…………あれの出現に気づかなかったのが結構きつい……」

 

 壁に額を押し付け、ず~んと肩を落としているエレノアが、重い声で小さく呟く。自分自身を全否定されたような、そんな落ち込みっぷりだった。

 

「私の耳は数㎞離れてたって気配を拾える………なのにあれは、目視できる距離にあってまったく気づかなかった……こんなの初めてだ」

「地獄耳も役に立たなかったわけか…」

 

 これまで何度も一味の窮地を救ってきた、自慢の耳が通用しなかったという事実は確かにショックだろうと、ウソップは同情の目を向ける。

 エレノアは顔を伏せながら、険しい表情で虚空を睨みつけた。

 

「一体何だったんだ、あれは……」

「何の為に海底へ潜ったの!!?」

 

 考えこむエレノアは、すぐ近くで怒りの声を上げるナミに訝しげな目を向ける。

 真下に積み上げられた無数の残骸、それも財宝とは一切呼べなさそうな代物を見下ろし、ナミは鬼の形相になっていた。

 

「こんなガラクタばっかり持ってきて、空への手掛かりなんて一つもないじゃない‼︎」

「だからなかったんだ何も‼︎」

「ああ、それがほんとなんだよナミさん」

 

 サビきった鎧を着て遊ぶルフィをよそに、ゾロとサンジが釈明をする。

 言い訳をする余裕もないほどの残念な成果を前に、二人はむずかしい表情で何があったのかを詳細に語った。

 

「あの船は明らかにすでに何者かに荒らされた後だった――でなけりゃ何かしらの理由で、内乱が起き殺し合ったかだ」

「だったら尚更情報が必要じゃない‼︎ いい⁉︎ これからもし私達が空へ行くというのなら、あの船に起こった事はもしかして私達の身にふりかかるかもしれないって事なの‼︎」

 

 凄まじい剣幕で、ナミは役立たずの三人を怒鳴りつける。

 彼女がつい先ほどまで、三人を生贄に窮地を逃れようとしたことを知ったなら、一体どんな反応を返すだろうか。

 

「〝情報〟が命を左右するのに何、このサビた剣‼︎ 食器‼︎ 生タコっ‼︎ 必要なのは『日誌』とか‼︎『海図』とか‼︎ そうゆうの‼︎」

「あああああっ⁉︎」

「やっぱついていっときゃよかった…」

 

 怒りのままにガラクタを蹴りつけ、ルフィを鎧ごと殴り倒すナミを見て、エレノアが頭を抱える。

 実力者三人を行かせるより、頭が回るものを行かせた方が確実に成果を得られたと思うが、後の祭りだった。

 

「大変そうね…」

「大変なのはこれからよ。ホントばかばっかり。これで完全に行き先を失ったわ‼︎」

「………はい」

 

 肩を怒らせたまま、ずんずんと歩き回るナミ。

 そんな彼女にロビンがぽんと渡したもの、見覚えのある砂時計の形をした指針を見て、エレノアが軽く目を見張った。

 

「えっ〝永久指針〟……‼︎これ…」

「まさかあのサルの……」

「船から盗っといたの、一応」

 

 いつの間に、と感嘆と驚愕の目を向け、エレノアは思わず絶句する。

 同じく言葉を失くしていたナミは、やがてぶるぶると肩を震わせると、ボロボロと涙を流してロビンを凝視した。

 

「私の味方はあなただけっ………!!!」

「相当苦労してるのね……」

「いつものことです」

 

 異様な反応を見せるナミにロビンが呟くと、エレノアが目を逸らして返す。一味の苦労を一身に背負う久々の気遣いは、今のナミには刺激が強すぎたようだ。

 

「〝ジャヤ〟」

「……きっと彼らの本拠地ね」

 

 永久指針に刻まれた土地の名に、ナミとエレノアが目を細める。

 空島の手掛かりになるか、そして他にも様々な謎を抱えてしまった今ではあるが、このまま彷徨っているよりは格段に状況が変わる事だろう。

 二人で進路を確かめていると、復活したルフィが興味を示してきた。

 

「ジャヤ? お! そこいくのか」

「アンタが決めるんでしょ!!?」

「オ〜〜〜〜シジャヤ舵いっぱ〜〜〜〜い!!!」

 

 やれやれと肩を竦めたエレノアが応えると、いつも通り何も考えていない様子でルフィが叫ぶ。

 そのまま進路を変更しようとした時、突如ウソップがハッと手を止めた。

 

「はっ‼︎ おい‼︎ ちょっと待て…このままそのジャヤって場所へ行くとしたら、そこでまた〝記録〟は書き換えられちまうんじゃねェか?」

 

 重要なことに気がついた、と真剣な様子で告げるが、ルフィは何が大変なのかと首を傾げる。

 少し考えたウソップは、ルフィにもわかりやすいように言い直した。

 

「つまり〝空島〟は行けなくなる」

「ええ!!?」

「ジャヤ舵やめだ〜〜〜!!!」

 

 完全に空島に行く気になっているのに、ここで進路の変更などしてたまるか、とすぐさまルフィは航行を止めに入る。

 慌てふためく彼に、半目になったエレノアが何と言う事はないというように告げた。

 

「別に大丈夫だよ。〝記録〟が貯まる前にジャヤを出ればいいんだから。情報収集と食料調達だけやればいいじゃん」

「「「うん、じゃあそんな感じで」」」

「多少運も必要ね」

 

 あっさりと今後の進路が決定され、一味は作業を再開する。何とも行き当たりばったりな航海に頭痛を覚えるも、エレノアはそれを無視して自分も作業に加わる。

 

「よォし野朗共行くぞ!!!〝肉の国〟ジャヤへ!!!」

「おう!!!」

「夢見てんじゃないわよ」

「ナミさんロビンちゃん、『レディ限定未だかつてないタコ焼き』できたよォ〜〜♡」

 

 何とも言い難い、気の抜けた雰囲気のまま、一行は未知の島の手掛かりを求めて船を進める。

 その最中、エレノアは何か言いようのない寒気を感じ、肩を震わせていた。

 

「……? なに、この嫌な予感…」

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