ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第115話〝怯える天使〟

 穏やかな波が続く海を、メリー号は進む。

 マストの天辺に昇り、望遠鏡を覗き込んだウソップは、目を皿のようにして前方の様子を伺っていた。

 

「まだか? ウソップ」

「ああ、まだ見えねェな」

「そんなに遠くはねェんだろ? あのサル男がさっきの地点を〝ナワバリ〟っつってたくらいだ」

「――ええ、気候もさっきからずっと安定してるからおそらくもう、ジャヤの気候海域にはいるのよ」

 

〝偉大なる航路〟において多発した、異常な気象や現象。それがないことは、島が近いことを表すというのは、これまでの航海で確認済みだった。

 記録指針を確認していたナミは、さらなる正確な情報を得ようと傍らに立つ天使に目を向けた。

 

「エレノア、あとどれくらいかわかる?」

「…………」

 

 気楽に、これまでと同じように問いかけたナミだったが、返ってきたのは沈黙のみ。一瞬固まった彼女は、訝し気にエレノアの方に振り向いた。

 

「……エレノア?」

「⁉︎ …え? あ、ああ…うん。数キロ進めば着く距離だよ」

「…どうしたのよあんた、ぼーっとしちゃって」

「ごめんごめん。大丈夫だよ」

 

 ぱたぱたと手を振り、苦笑を浮かべるエレノア。

 どことなく普段の彼女と異なる雰囲気を感じ、気になったナミだが、それを問い質すことはなかった。

 

「っあああああ!!! 撃たれた〜〜!!!」

 

 ドサッ、という音の直後、チョッパーが上げる悲鳴が響き渡る。

 驚いた全員が振り向き、甲板に墜落した海鳥と、それに駆け寄るチョッパーに視線が集まった。

 

「撃たれたってお前……! 銃声なんて聞こえてねェぞ」

「ほら銃弾‼︎ 角度から見ても船の正面からだ‼︎」

 

 衝撃を受けつつも、呆れた目を向けてくるウソップに、チョッパーはウソではないと伝えようと素早く海鳥にメスを走らせ、弾丸を摘出してみせた。

 

「まだ見えてもいない島から狙撃を? チョッパー、それはムリよ」

「だっておれ、ずっと見てたんだ」

「ハハ…そりゃどんな〝視力〟でどんな〝腕前〟の狙撃手だよ。エレノアだって何にも言わなかったんだ。どっかで撃たれて偶然、今落ちたのさ」

 

 普通に考えれば、そんな代物も腕前の持ち主もあるはずがない。

 そういう海だとわかってはいるが、さすがに過敏になり過ぎだとウソップは苦笑を浮かべ、チョッパーの不安を笑い飛ばす。

 ――その場に立ち尽くし、真っ青な顔で固まる天使の姿に気づかないまま。

 

「…間違いない……あの人が…あの島にいる…!!!」

 

 まだ見えぬ、永久指針が示す先にある島。

 そこから感じる声を聞き取ってしまった彼女は、ただひとり言葉を失くしていた。

 

 

「うっは〜〜‼︎ いいな〜〜‼︎ いい感じの町が見えるぞ‼︎」

 

 それからしばらくの航海の後、その島は見え始めた。

 港町は騒がしく、多くの船や人々の姿が見つかる、カラフルに彩られた見るからに栄えた島だった。

 

「ちょっとリゾートっぽいんじゃねェのか⁉︎ おいおい〜〜」

「リゾート⁉︎」

「急げメリー‼︎」

「ホント、ちょっとゆっくりして行きたい気分〜〜♡」

 

 ルフィたちも街並みを見渡し、その賑わいに期待を寄せ始める。最近寄った島は賞金稼ぎの巣だったり、未開の地だったり、極寒の国だったり、反乱中だったりとろくな思い出がなかったからだ。

 が、徐々に港に近づいていくにつれて、一味の顔が引きつり始めた。

 港に並ぶ船の全てにおいて、妙にドクロマークが目立っていたからだ。

 

「しかし港に並んでる船が全部海賊船っぽく見えるのは気のせいか?」

「も…もーウソップったら! 海賊船が港に堂々と並ぶわけないじゃない?」

「ハハハ‼︎ だ…だよなー」

 

 まさかそんな、ありえないだろうと。絶対にあっていいはずがないとナミとウソップは互いの妄想を笑っていた。

 が、聞こえてくる喧騒が、その淡い希望を粉微塵に踏み砕いてしまった。

 

「殺しだァ!!!」

「「「何なんだようこの町はァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ……」」」

 

 虚勢も保てなくなり、涙を流して嘆きの声を上げるナミたち。

 むしろやる気を漲らせるルフィやゾロ達とは真反対の彼らを見やり、エレノアはかたい表情でため息をついた。

 

「噂にたがわぬ無法地帯っぷり………さすが嘲りの町『モックタウン』」

 

 

 島に上陸すると、その凄まじさはより一層の危うさを感じさせた。

 右を見れば乱闘が起こり、左を見ればギャンブルがらみの殺し合いが。そしてどこを見ても、誰一人として武器を持っていない者はいない。

 まさに世間一般的な海賊が集まる場所、荒くれ者のための街だった。

 

「何だかいろんな奴らがいるな、ここは」

「楽しそうな町だ」

 

 ワクワクとした顔で、ルフィとゾロがメリー号を下りていく。

 恐れる様子など微塵もない二人を見送りながら、ナミが冷や汗を流して息を呑んだ。

 

「………無理よ、……あの2人が騒動を起こさないわけがない‼︎」

「………まあ……ただでさえヤバそうな町だ…限りなく不可能に近いな…」

「それじゃダメなのよっ‼︎」

「あっ、ナミ!!!」

「行くわよエレノア‼︎ いざって時止められるのは私達だけよ!!!」

 

 意を決し、ナミがメリー号から飛び降りてルフィたちを追いかける。同時にエレノアを呼び、少しでも安心材料を増やそうと試みる、が。

 エレノアはその呼びかけに、一歩も動くことなく首を横に振った。

 

「……やだ」

「は!!?」

「やっぱりちょっと調子悪いわ………奥で休んでるからナミ、あいつらのことよろしく………」

「えっ…ちょっとエレノア⁉︎」

 

 呆気にとられた様子で振り向くナミに背を向け、エレノアは船室の中に引っ込んで行ってしまう。

 不自然なほどにやる気のない彼女を不思議に思い、ウソップたちも唖然とした様子でその背中を見送ってしまった。

 

「何なのよもう…‼︎ って待ってルフィ‼︎ ゾロ‼︎」

 

 険しい表情で荒い息をつくナミだったが、気付かぬうちにかなり先に進んでいた二人に気づき、慌てて走っていく。

 不安げな顔でナミとエレノア、双方の背中を見ていたウソップは、思わずチョッパーと顔を見合わせた。

 

「……あいつ本当に調子悪そうだったな…」

「おれちょっと診てくるよ」

 

 一味において有力な戦士である天使が見せた不調に、チョッパーは心配そうな顔で船室に向かう。

 それを見やったサンジは、やや名残惜しそうにしながら欄干に向かって歩き出した。

 

「何だよ、ナミさんが行くんならおれも行くぞ」

「お前は行くなァ!!!」

 

 いつの間にかロビンもいなくなり、美女がいないこの場に残る理由はないと降りようとするサンジに、これ以上行かせてたまるかとウソップが縋りついた。

 

「お前まで行っちまったらこ…この……この船がもし…襲われれ…行か"な"い"でぐれ"よ"ォ!!!」

「………………わ…わかったよ…離せ‼︎」

 

 男に縋られても全く嬉しくないが、拒むといつまでもこのままになりそうだったために、サンジは渋々船に残ることに決める。

 そんなやり取りを横目に、チョッパーは船室のドアを叩き、中にいるエレノアに気遣いの声をかけた。

 

「お――いエレノア〜〜〜‼︎ 大丈夫か? どっか具合でも悪いのか⁉︎」

 

 わずかな間、中からの返事はなく無音が続く。

 だが少ししてから、やや気だるげながらもいつもと変わらない調子で声が返ってきた。

 

「……大丈夫、ちょっと気持ち悪いだけだから。少し休めば大丈夫だと思う………」

「ホントか⁉︎ おれは医者なんだから遠慮とかすんなよ‼︎」

「うん………わかった」

 

 さして疑う事もなく、チョッパーは引き下がる。医者として体調不良は見過ごせないが、エレノアの場合本気で不調があるなら自分で言うだろうと納得する。

 

 それ故に、知る由もなかった。

 無理矢理いつもの調子の声を作ったエレノアが、扉の向こう側で膝を抱え、ガタガタと震え続けていたことなど。

 

(……いる。この島に…あの人が……‼︎)

 

 絶えず聞こえてくる、その男の声。

 それを聞いた瞬間から、エレノアは真面な正気を保つ事ができず、呼吸さえ乱し始める。

 

(エースが追っているはずなのに……どうして…何で………!!?)

 

 ボロボロと涙をこぼし、怯えを前面に出してエレノアは身を縮こまらせる。

 こんな姿は誰にも見せられない、見せてはならないと微かな虚勢を取り繕い、船室に逃げ込むだけで彼女は精一杯だった。

 

(もし今…あの人と会っちゃったら…私は………!!! 恐いよ…助けて、エース……‼︎)

 

 この場にいない、もっとも愛おしくて最も縋りつきたい相手を支えに、堪え続ける。そうしなければ、今にも狂って叫び出しそうなほどに、彼女は恐怖を抱いていた。

 

 ―――アイツらの言う〝新時代〟ってのはクソだ。

    海賊が夢を見る時代が終わるって……!!?

 

 ―――人の夢は!!!

    終わらねェ!!!!

 

 ―――いけるといいな、〝空島〟へよ。

    それまで……()()()を預けておくぜ。

    ゼハハハハハハハ…。

 

 どれだけ塞いでも聞こえてきてしまう、意味深に嗤うその声。

 エレノアはそれがきこえなくなることだけを祈り、体を丸くし続けるのだった。

 

⚓️

 

 三人が返ってきたのは、小一時間は後だった。

 その間にルフィとゾロは、唖然とするほどの変貌を遂げていた。

 

「ル……ル…ル…ルフィ!!! ゾロ!!!」

 

 ウソップが目を見開き、無言で見上げてくる二人と不機嫌そうなナミを凝視する。

 なんとルフィとゾロは全身血まみれ、まだ新しい傷口から血を流していて、目を疑うばかりの変わり果てた姿になっていたのだ。

 

「お前ら、何だそのケガ!!! 何があったんだ!!?」

「ナミさんっ!!! ナミさんは無事か!!?」

「ああっ!!! い‼︎ い!!! い!!! 医者ァ〜〜〜っ!!!」

「だからおめェが診ろよ」

 

 一味の実力者二人の痛々しい姿に、ウソップたちはあっという間にパニックに陥る。最も落ち着くべき医者が最も慌てふためき、全く収拾がつかなくなっていた。

 しばらくたって、ようやく少し落ち着いてから、二人の手当てが始まる。そこでやっと、ウソップは二人に詳しい事情を聞き出しに入った。

 

「で? 大怪獣何モゲラと戦ってきたんだ?」

「海賊だ。いいんだ、もう済んだから」

「あァ」

「あんた達が済んだって私の気は済んでないのよ」

 

 なぜかどこか満足げなルフィに、ぎろりとナミが腹立たしげな目を向ける。

 本人は全く傷を負っていないのに、何があったのかこの場で最も苛立っていて、ウソップたちは思わず距離を置いてしまった。

 

「何よ‼︎ 男なら売られたケンカは全部買ってブッ飛ばしちゃえばいいのよっ!!! いいえ‼︎ こんなハラ立つ町いっそ町ごと吹き飛ばしちゃえばいいんだわ‼︎」

「お前、最初に何て言った」

「過去は過去よ、古い話してんじゃないわよ‼︎ ハッ倒すわよあんた!!!」

 

 もめごとは起こすなと最初に約束させたのはどこのどいつだ、とゾロがぼやくが、頭に血が昇ったナミは止まらなかった。

 何が起こったのか欠片もわからず、ウソップはルフィの耳元に口を寄せて問いかけた。

 

「おい、何で無傷のあいつがあんなに荒れてんだ?」

「さあ、わかんねえ」

「そうだ、〝空島〟の話は聞けたのか?」

「そらじま!!?」

 

 今一番聞きたかったのはそれだ、とチョッパーが尋ねると、ナミは殺意を全開にして睨みつけ、彼を怯えさせる。まるでその単語を口にする者全員が憎いような凄まじさだった。

 

「知らないわよ、もう。〝空島〟って名前を出しただけで店中が大爆笑…私、そんなに面白い事言った!!? 何なの一体っ!!!」

「〝必殺ケチャップ星〟!!!」

「『毛皮強化(ガードポイント)』!!!」

 

 また怒りを爆発させる彼女の標的から逃れようと、ウソップは死んだフリを、チョッパーは毛皮で身を守る体勢に入る。

 馬鹿にされ、ルフィたちが反撃しなかったのが相当に気に入らないのか、もはや誰に当たり散らそうが関係ない、とナミは自身の不満をぶちまけ続けた。

 

「ずいぶん荒れてどうしたの?」

「なんか騒がしいね…?」

「ああっ♡ お帰りロビンちゃん‼︎ エレノアちゃん‼︎ お食事になさる? お風呂になさる⁉︎」

 

 タイミングをはかったように、エレノアが船室から顔を出し、ロビンがメリー号に戻って来る。ルフィの注目は、途端に彼女たちそれぞれに向けられた。

 

「ロビン、どっか行ってたのか」

「ええ、服の調達と…………〝空島〟への…『情報』でしょ?」

「エレノアはウンコでも行ってたのか」

「いや別にお腹痛かったわけじゃなくて…」

 

 袋を背負い、何かの紙を持ったロビンにふーんと返してから、てっきり一緒に来ると思っていたのか、不思議そうにエレノアの方を見やるルフィ。

 するとそこで、ナミがキッと目を吊り上げて二人に怒気を向け始めた。

 

「そうよあんたよ‼︎ ロビン!!! あんたが〝空島〟がどうとか言い出すからこんな事になったのよ!!! 肝心な時にエレノアもいないし!!! もし在りもしなかったら海のモクズにしてやるわ!!!」

「?」

「…マジで何があったの?」

「あ…今はそっとしといてやってくれ――っていうか近づかねェ方がいいぞ」

 

 不思議そうに首をかしげるロビンと、引いた様子で後退るエレノアにウソップが注意を促す。もはや手負いの獣のような扱いになりつつあった。

 そんな波から目を逸らし、ルフィはロビンからそれ――一枚の地図を受け取り、広げて中を見た。

 

「お‼︎ 宝の地図だっ‼︎」

「ただの地図だろ、どこだ? コリャ」

「この島よ」

 

 何だ何だと、一味が一斉にルフィの持つ地図に集まってくる。

 ロビンも同じく地図を覗き込むと、地図に描かれた島の端の方を指さした。

 

「左にある町の絵が現在地『モックタウン』。そして対岸…東にある×印があるでしょう? そこにジャヤのはみ出し者が住んでるらしいわ」

「はみ出し者?」

 

 問い返す声に、ロビンは小さく頷き答える。

 島でまともに聞いたならば、爆笑とともに一蹴されるであろうその男の名とともに。

 

「名前は『モンブラン・クリケット』。夢を語りこの町を追い出された男、話が合うんじゃない?」

「モンブラン……」

 

 ロビンの口から紡がれたその名を、思わずエレノアが反芻する。

 その音は、不意にエレノアの視界に小さな歪みのような物を生じさせ、彼女を大きく困惑させた。

 

「…? やっぱ本当に調子悪いのかな……」

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