ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「おォ‼︎ おやっさん‼︎ 体の具合はどうだ?」
「絶好調だ」
なぜか殴り合いのケンカをしていたマシラとショウジョウが戻ってきて、クリケットの身体を案じる。
ニッと笑みを見せたクリケットは、二人に問いかけた。
「黙って聞けお前ら、あいつらが好きか?」
「? 何でそんな事」
「どうしてもあいつら、〝空島〟へ行きてェらしい…」
マシラとショウジョウは、クリケットの問いに眉間にしわを寄せる。
いろいろあったが、なんだかんだで気に入っている彼らが挑もうとしている険しい壁、その高さを思って表情が歪められていた。
「〝空島〟って……行くとしたら方法は一つ」
「あいつらだけじゃ即死だぜ、おやっさん………‼︎」
「だからだよ…」
そう問い返す二人に、クリケットは不敵に首を鳴らしてもう一度問いかけた。
「おれ達が一丁……手ェ貸してやらねェか」
「いいかおめェらまず…〝空島〟についておれの知ってる事を全て教えてやる」
家の前に整列させた、サンジとゾロ、そしてロビンを除く麦わらの一味に向けて、クリケットが語り始める。まるで教師と生徒のような立ち位置だ。
「何もかもが不確かな事だが、信じるかどうかはおめェら次第」
「うん、信じる」
「早ェよ」
即座に頷くルフィに早速ウソップがツッコむ。
構わずクリケットは、背後に広がる海を見やって目を細めた。
「この辺の海では、時として真昼だってのに一部の海を突然〝夜〟が襲う奇妙な現象が起きる」
「あった‼︎ おう‼︎ あったぞそれ!!! なァ‼︎」
「おう‼︎ 夜が来てほんで、その時怪物が現れたんだ」
「巨人の事か。あいつらがどこからやって来るかって謂れもあるが、今はおいとけ」
興奮しながら頷くルフィたちを宥めつつ、先を続ける。それもまた空島と関係がないわけではなかったが、今話すべきは空島に行く方法について。
クリケットにとって重要なのは巨人についてではなく、〝夜〟の方だった。
「突然来る〝夜〟の正体、それは極度に積み上げられた雲の影だ」
「積乱雲の事? 雲がかかる程度でできる闇じゃ…」
「……〝積帝雲〟」
困惑の声を上げるナミに、エレノアが呟く。
クリケットは話が早いというようににやりと口角を上げ、満足げに笑みを浮かべた。
「そうだ。そう呼ばれる雲がある」
「な…何なのそれ?」
「空高く積み上げるも、その中には気流を生まず雨に変わる事もない。そいつが上空に現れた時、日の光さえも遮断され、地上の『昼』は『夜』にもかわる」
語られた夜の正体に、ナミが愕然とした様子で目を見開く。
ルフィやウソップは全く理解していない様子だったが、エレノアは納得がいった様子でうなっていた。
「一説には〝積帝雲〟は何千年何万年もの間変わる事なく空を浮遊し続ける〝雲の化石〟だという」
「積み上げても気流を生まない雲⁉︎ そんなバカな事…」
「あるわけがないと思うのも自由。おれは別に信じろと言ってるわけじゃない」
気象についての知識に自信があったナミは、自分の理解を越えた情報に言葉を失くす。そういう海だとわかっているが、受け止められるかどうかは別だった。
エレノアはナミを見やった後、隣でぽかんとしている青年二人に半目を向けてため息をついた。
「〝不思議雲〟って事だよ」
「なるほど、そうか」
「そうなるな、未だ解明されねェ雲だ」
エレノアの博識ぶりに、チョッパーが感嘆の目を見せるのを横目に、クリケットはギラリと強く目を光らせる。
「いいか、〝空島〟がもし存在するというのならば、そこにしか可能性はない」
「そうか‼︎ よしわかった‼︎ その雲の上に…」
「だから行き方がわかんないんだっての」
話もまだ半分も終わっていないのに、喜び勇んで飛び出そうとしたルフィをエレノアが小突く。
バタバタと今すぐに出発しようとする彼を押しとどめながら、エレノアは真剣な眼差しをクリケットに向けた。
「……で、行く方法はあるんでしょう? クリケットさん」
「ああ、ここからが本題だ。言っておくが、命を賭けろ」
威圧感を増して続きを話すクリケットに、ルフィももがくのをやめて座り直す。
じっと見つめてくるクリケットの表情は、少しでも聞き逃せば即命に係わるのだと、決死の覚悟を試しているようだった。
「〝
放たれた単語に、エレノアがひゅっと息を呑んで固まる。そして、すぐさま狼狽を顔中に表し、勢いよく立ち上がって声を張り上げた。
「危険すぎる!!! あれを利用するっていうの!!?」
「それって…………船が吹き飛ばされちゃう、海流なんでしょ?」
「そうか、吹き飛べばいいんだ、雲の上まで。ははは」
「海流で?」
「だけど、それじゃそのまま海に叩きつけられるって話を…モックタウンで」
暢気に笑うルフィや、困惑気味に尋ねるウソップやナミ、チョッパーをよそに、エレノアはクリケットに厳しい目を向ける。
しかしクリケットは、そんなエレノアの視線をものともせずに頷いた。
「普通はそうだな。大事なのはタイミングだ。まず海流に突き上げられるって状況も口で言やあ簡単だが、おめェらがイメージする程さわやかな空の旅にはならねェ」
言われた通り、期待の表情で楽しい旅を想像していたチョッパーに、エレノアが呆れながら振り向く。
見ればルフィも似たような様子で笑みを浮かべていたため、エレノアは厳しい表情で首を振った。
「〝
天使が口にする、今まで聞いたことがないほどの険しさを孕んだ声。
いつになく真剣で、不安気な彼女の様子に、一味全員が思わず息を呑んだ。
「…………一体どういう原理で海流が上へ上がるの? 私達、今までそんなの聞いた事なかったし…」
「そのバケモノ海流の原理ってのも、当然予測の域を越えない。そこに突っ込んでまで調べようってバカはいねェからな」
心底不思議そうにナミが尋ねると、クリケットは定説を語りだす。
海底深くの大空洞に低温の海水が流れ込み、下からの地熱で生じた膨大な蒸気の圧力により、海底での爆発を引き起こす。
海を吹き飛ばし、空への海流をも生み出す、約一分間は続く大爆発だと。
「………コッパ微塵になれってのか?」
「そうなる可能性もある……事実、おれのダチはそいつに巻き込まれて、生死不明になった」
遠い目になったクリケットが、どことも知れぬ空を見上げて呟く。
隠しきれない悲しみを滲ませた彼の背中に、ウソップは思わず言葉を失くして凝視してしまった。
「ダイビングの途中の事だった………おれとは別の場所で探索をしていたアイツは、爆発の予兆に気付けなかった。…後に見つかったのは、奴がよくかぶってた帽子だけだ」
ゴクリ、と誰かが飲み込んだ唾液の音がやけに響く。
親友を殺した災害に頼るという皮肉が、彼をどんな心地にさせているのだろうか、エレノアはそんな感想を抱いていた。
「よ…よし‼︎〝空島〟を諦めよう‼︎」
顔中に冷や汗を垂らし、ウソップが断言する。隣ではナミも、心底怯えたように何度も頷いていた。
聞けば爆発の位置は毎回違い、頻度も月にに五回程度。何より海流に乗れたところで、運よく空島が真上になければ何の意味もない。何に引っかかることもなく、海に叩きつけられて海の藻屑と消えるのみだと。
「残念だなルフィ、こりゃ無理だぜ。なにせおめェ、ラッキーの中のラッキーの中のラッキーの中のラッキーぐらいのラッキー野郎じゃなきゃ行けねェって話だ」
「大丈夫さ、行こう」
「大丈夫ったって、お前またそんな根拠のねェ事を軽々と…」
事の重大性を理解していないのか、都合のいい未来しか想像していないのか、ルフィは未だ暢気に嗤ったまま。
ウソップは思わず涙を流し、停泊したままのメリー号を指さした。
「だいたいよ…今のゴーイングメリー号を見ろよ…あの痛々しい姿…‼︎ このままじゃ巨大な災害になんて立ち向かえねェよ」
「確かにな、あの船じゃ…たとえ新品の状態でもムリだ」
「何ィ!!?」
クリケットが思わず厳しい視線を向けて呟くと、カチンときたウソップが目を吊り上げる。見るまでもなくわかりきったことだが、人に言われると癪に障るのだ。
「スピード…重量…強度…あの船じゃ爆発と同時に粉砕して終わりだ」
「……でも……な⁉︎ だろ⁉︎ ムリだ、やっぱり」
「――だがその点は心配するな。マシラとショウジョウに進航の補助をさせる。勿論、事前に船の強化をした上でな」
「オ――ウ‼︎ 任せろ、おめェら!!!」
「よろしくな――‼︎」
家の中から体を出して声を上げるマシラとショウジョウに、ルフィが元気に答える横でウソップたちは肩を落とす。
その表情はありありと、余計なことをしやがってと嘆く気持ちが表れていた。
「あんたね、わかってんの⁉︎」
「何だよ」
「そもそも…そうよ‼︎ 私たちがこの島に滞在していられる時間はせいぜいあと一日よ。それを過ぎたらもう記録指針はこの次の島の方角を指し始めるわ」
「だよなー‼︎ だよなー‼︎ 間に合わねェよ」
ナミが示す現実的なタイムリミットに同調し、ウソップが安堵したように叫ぶ。空島への地図を手に入れた時のやる気はもはやどこへやら、今はひたすら行かずに済む理由を探していた。
「なァおっさん‼︎ 預言者じゃあるまいしわかりゃしねェと思うが、次に〝突き上げる海流〟の上空に、偶然〝積帝雲〟が重なるであろうって日は約何日後? いやいや…何ヶ月後? いや何年後になるかなァ⁉︎」
とどめの一発を食らわしてやれば、この船長もさすがに諦めるだろうと期待を抱き、ウソップがクリケットに問いかける。
クリケットは海を見やってから、フッとたばこの煙を吐き出した。
「明日の昼だな、行くならしっかり準備しろ」
「間に合うじゃねェかァ〜〜〜〜!!!!」
「? 何だ、そんなにイヤならやめちまえ」
行きたくなくてたまらないウソップの本心を見破っているのか、呆れた様子でクリケットは目を細める。
愕然となるウソップの横で、ルフィを除いてエレノアだけが好戦的な笑みを浮かべ、やる気を漲らせていた。
「やめないさ…やっとあの海に辿り着くことができるんだ……この絶好の機会を逃してなるものですか…!!!」
もう止められる要素は何もない、止めてくれる者も見つからない。
着々と無謀な挑戦を行う外堀が埋められていく中、ウソップはキッとクリケットを睨みつけた。
「ウ…ウソだろ!!! だいたいおかしいぜ!!! 今日初めて会ってよ‼︎ 親切すぎやしねェか!!?」
指を突き付け、ウソップは自分の不安を隠すように喚き散らす。挑む勇気がないことを、助力を買って出た男の怪しさを吠えた。
「〝空島〟なんてよ…‼︎ 伝説級に不確かな場所に行く絶好の機会が…‼︎ 明日だと!!? その為に船の強化や進航の補助をしてくれる!!? 話がウマすぎるぜ!!!」
一方的な暴言に、思わずナミとエレノアが止めに入ろうとするが、何を考えてかルフィが止める。
クリケットも何も言わず、ただウソップの発言を受け止めるだけだった。
「一体、何を考えてやがるんだ!!! お前は『うそつきノーランド』の子孫だもんなァ!!! 信用できねェ!!!」
散々言いたい事を吐き捨てたウソップは、肩で息をしながらクリケットを睨みつける。
しんといやな沈黙がその場を漂い、誰も口を開けなくなった。
「おやっさ――ん‼︎ メシの支度が出来たぜ――!!! 今日のは格別だぜ!!!」
「コイツスゲー料理うめーんだ‼︎ ハラハラするぜ」
「だから一流コックだっつってんだろ。ナミさ――ん、ごはんでき…」
サンジとマシラたちが満面の笑みで飛び出してくるが、外の空気の悪さに気づいてすぐに黙り込む。
しばらくの無音が続いたのち、おもむろにクリケットが口を開いた。
「マシラの―――…あいつのナワバリで日中〝夜〟を確認した次の日には、南の空に〝積帝雲〟が現れる…」
サクサクと草地を歩きながら、クリケットは穏やかな声で話す。そこにウソップへの怒りは微塵もなく、淡々と事実だけを述べていく。
「月に5回の周期から見て〝突き上げる海流〟の活動もおそらく明日だ。そいつもここから南の地点で起こる。100%とは言い切れんが、それらが明日重なる確率は高い」
ウソップの隣を通り過ぎた彼は、不意にエレノアに視線を向ける。
それを受けたエレノアは、真っ直ぐに背筋を伸ばし、自身もクリケットを強く見つめ返した。
「……ノーランドの航海日誌にはな、お前らと一緒にいる天族のことも書かれてあった。船員として共に船にいたと…ノーランドの〝ウソ〟の一つとして伝えられてきた」
ハッと目を見開き、ナミが息を呑む。
伝説上の存在と思われていた天族の実在、それもまた『うそつきノーランド』がついたウソならば、前提は大きく覆されることになる。
彼の冒険の全てが嘘だったという真実が。
「ノーランドのついたウソの一つが本当だった………それだけでもおれァ、救われてんだよ」
笑みを浮かべ、クリケットは自宅に向けて歩いていく。
出会った当初よりも柔らかくなった、心の底から救われたような様子で、クリケットはウソップに語り掛けた。
「おれは、お前らみたいなバカに会えて嬉しいんだ。さァ、一緒にメシを食おう。今日は家でゆっくりしてけよ、同志よ」
ウソップはその言葉を最後に、その場にドサッと崩れ落ちて尻餅をつく。
それを見届けたルフィは、もう我慢の限界だと言わんばかりに両腕を上げ、家に向かって走り出した。
「メシだ――‼︎ ウソップ急げ」
「オウ、早く来い――‼︎」
「おいチョッパー、ロビンちゃん呼んで来い」
「うん」
わいわいがやがやと、一気に騒がしくなるクリケットの家を背に、ウソップはがっくりと項垂れる。
自身が彼にどれだけ情けない姿を見せたのか、今さらになって自分の心に突き刺さっているようだ。
「最善を尽くすしかなさそうね…空へ行く為に。でも…最終的には運任せ」
「ナミ…おれはミジメで腰抜けか?」
「おまけにマヌケね…気持ちはわかるわよ」
ナミとて、この挑戦に不安や恐怖を抱いていないわけではない。
だが、その不安をもっともらしい理屈で隠し、誰かを傷つけて逃げようとすることは違うと、それだけはわかっていた。
エレノアはそんなウソップに苦笑し、指をさして立ち上がるように促した。
「ちゃんと謝んなさい」
「おやっさんごめんよォオオオ!!!」
「うわ‼︎ てめェ鼻水つけんな‼︎」
ウソップの号泣とクリケットの怒号。
そして仲間達の笑い声が、クリケットの家に響き渡った。