ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第119話〝森の司令塔〟

 狭っ苦しいクリケットの家は、客人を招いたこともあってさらに狭さを増していた。

 しかし、そんなことを感じさせないほどに、家の中は騒がしく愉し気に賑わっていた。

 

「いや、今日はなんて酒のうめェ日だ!!!」

「さァ食え食え、まだまだ続くぞサンマのフルコースは‼︎」

 

 秘蔵していた酒を開け、ショウジョウが確保しサンジが調理したサンマ料理が運ばれてくる。

 全員が明日の昼の挑戦を心から楽しみにし、大いにそれまでの時間を堪能していた。

 

「オウねーちゃん、こっち来いここ座れ‼」

「てめェナミさんをハベらそうなんざ100年早ェぞ!!!」

「いけるなおめー」

「まだ量の内じゃねェよ」

「さァさ飲めや歌えェ!!! ここでノビちまう奴はおいて行くぞ!!!」

 

 普段はもっとおとなしく飲むエレノアでさえ、ローブを脱ぎ散らかしてはしゃぐ珍しい姿を見せる。

 同じく歓声を上げるルフィたちを見て、ロビンがふっと微笑みながら、ノーランドの遺した航海日誌を読んでいた時だった。

 

「『髑髏の右目に黄金を見た』」

 

 ずずい、とクリケットがロビンの視界の横から顔を出し、そう告げる。

 するとジョッキを空にしようとしていたナミが、耳ざとく目を光らせて反応した。

 

「黄金⁉︎」

「涙でにじんだその文がノーランドの書いた最期の文章……‥その日、ノーランドは処刑された。このジャヤに来てもその言葉の意味は全くわからねェ」

 

 ぐびぐびと酒を飲み干し、クリケットは虚空に向かって語る。

 どんなに馬鹿にされようとも、呆れられようとも、何年も挑戦を続けてきた謎を挑発するように。

 

「髑髏の右目だァ!!? コイツが示すのはかつてあった都市の名か、それとも己の死への暗示か…後に続く空白のページは何も語らねェ。だからおれ達ァ潜るのさ!!! 夢を見るのさ海底に!!!」

「そうだぜウキキィ!!!」

「ウォーホー‼︎」

「おれ達ァ飛ぶぞ―――‼︎」

「空へ飛ぶぞー!!!」

「夢を見ずして何が人生だ!!! 夢見てこその人生だァ!!!」

「いつになくはしゃいでるわね、あんた…」

 

 真っ赤な顔でジョッキを掲げるエレノアに、やや引いた様子でナミが呟くが、その声ははしゃぐルフィたちの声にかき消されて届かなかった。

 

「ジャヤ到着の日‼︎ 1122年5月21日の日記」

「ノーランド‼︎」

「ノ〜〜〜ランド‼︎」

 

 航海日誌に目を通すことなく、クリケットは語る。

 何度も何度も目を通した、どんなに憎くてもどうしても捨てる事ができなかった、先祖の遺した品に刻まれた言葉をなぞる。

 

 ――その島に着き我々が耳にしたのは、森の中から聞こえる奇妙な鳥の鳴き声と、大きな、それは大きな鐘の音だ。

   巨大な黄金からなるその鐘の音は、どこまでもどこまでも鳴り響き、あたかも過去の都市の繁栄を誇示するかの様でもあった。

   広い海の長い時間に咲く文明の儚きによせて、たかだか数十年生きて全てを知る風な我らには、それはあまりにも重く言葉をつまらせる。

 

 まるで小説の一節のように荒唐無稽な、しかしどうしても心を惹きつける響きを持ったその文章。

 ルフィたちも、マシラたちも、皆がその文に心を奪われていた。

 

「我々はしばし、その鐘の音に立ち尽くした――――!!!」

「あ――‼︎ イカスぜ、ノーランド!!!」

「素敵、巨大な黄金の鐘だって」

「おっさん何だよ、やっぱノーランド好きなんじゃねェかっ!!!」

 

 わっ、と読み終わると同時にクリケットは歓声を浴び、両腕を掲げる。

 彼はその興奮が冷めやらないまま、家の奥からごそごそと何かをくるんだ布を持ち出し、開いてみせた。

 

「これを見ろ」

「うわっ‼︎〝黄金の鐘〟!!!」

 

 そこから現れたのは、まさしく本物の黄金でできた鐘。

 しかし、その大きさはノーランドの文に描かれていたほどの雄大さはなく、せいぜいナミが両手で持てるくらいの小ぶりさだった。

 

「―――で、どの辺が巨大なんだ⁉︎」

「別にこれが、その〝鐘〟というわけじゃねェ。鐘型のインゴットだ。これを3つ海底で見つけた‼︎」

「何だよあるんじゃん、黄金都市」

「そーいう証拠にゃならねェだろ。この量の金なら何でもねー遺跡からでも出てくる」

 

 貧乏な一海賊からしてみれば、十分なお宝のように思えるが、あくまで彼らが探しているのは『黄金都市』。

 満足するにはまず足りない、文字通りスケールが違った。

 

「それに、前文にあった奇妙な鳥の鳴き声…おい、マシラ」

「オウ」

 

 目を輝かせて黄金の金に頬ずりをしているナミをよそに、クリケットはマシラに促す。

 するとマシラは、もう一つ布で覆われたものを持ち出し、鐘よりも一回りは大きな黄金の塊を見せた。

 

「わっ‼︎ まだあんのか」

「こっちのはデケェな‼︎」

「これで全部だ。10年潜ってこれだけじゃ割に合わんが…」

「うわあっ…綺麗…………‼︎」

「何だこれ、ペンギンか?」

「〝サウスバード〟‼︎」

 

 くちばしが妙に大きく、逆に体が小さい奇妙な風貌の鳥。

 見たことがないと目を丸くする一味の中で、エレノアが感嘆の声を上げて黄金を凝視した。

 

「〝黄金の鐘〟に〝鳥〟…――それが昔のジャヤの象徴だったのかねェ…」

「わからんがこれは…何かの造形物の一部だと思うんだ」

 

 クリケットが示す箇所を見ると、確かに欠けた跡が見える。つまりは今のこの姿より、もっと大きな形をしていたのだと、ますますルフィたちを興奮させる。

 ニコニコと赤ら顔で笑い続けるエレノアが、更なる説明を付け加えた。

 

「この鳥は〝サウスバード〟て言ってね、ちゃんと現存する鳥なんだ。日誌の通り鳴き声が変でね……森の中じゃすごく目立つから見つけやすいんだ」

「さすがだな。よく知ってる」

「あとはこの鳥の習性として、頭が常に…………」

 

 上機嫌に語り続けていたエレノアだったが、不意にその言葉がピタリと止まる。

 そして次の瞬間、サーッととんでもない勢いで血の気が引いていき、真っ青な顔でわなわなと肩を震わせ始めた。

 

「あ――――ッ!!!!」

「しまったァ!!!!」

「⁉︎ 何だ!!? どうしたんだ!!!」

 

 エレノアだけでなく、クリケットたちも愕然とした様子で声を上げる。

 状況が理解できず、困惑するルフィたちに向けて、クリケットは焦った様子で声を張り上げた。

 

「こりゃまずい、おいお前ら南へ行け‼︎ 南の森へ!!!」

「は⁉︎ 何言ってんだおっさん、アホか⁉︎」

「この鳥を捕まえて来るんだ‼︎ 今すぐ!!!」

「何で!!? 何が⁇」

「鳥が…何だよ⁉︎」

 

 頭を両手で抱えて天を仰ぐエレノアを見やり、ウソップが訝し気に問う。

 それに答える時間すら惜しいというように、クリケットは険しい表情で一味全員を見据えた。

 

「いいか!!! よく聞け…‼︎ お前らが明日向かう〝突き上げる海流〟、この岬から真っすぐ南に位置している…‼︎ そこへどうやって行く!!?」

「船でまっすぐ進めばいいだろ」

「ここは〝偉大なる航路〟だぞ⁉︎一度外海へ出ちまえば方角なんてわかりゃしねェ‼︎」

 

 クリケットの言葉に、ナミがあっと息を呑んで硬直する。

 目指すのはまず島ではなく海。記録指針を使って航海し続けていたために、この海において決まった方角に向かって航海を行う難しさを忘れていたのだ。

 

「じゃ…どうすれば真っすぐ南へ進めるの⁉︎」

「〝サウスバード〟の習性を利用するんだ‼︎〝記録指針〟がなかった大昔の船乗りのように!!!」

 

 ビシッと黄金の鳥の像を指さし、エレノアが覚悟を決めた様子で告げる。

 それにコクリと頷き、やや落ち着いたクリケットがあらためて説明を始めた。

 

「ある種の動物は体内に正確な磁石を持ち、それによって己の位置を知るという」

「うん…ハトとかサケは、そんな能力があるって聞いた事あるけど」

「じゃあゾロ、お前は動物以下だな」

「てめェが人の事言えんのかよ‼︎」

「〝サウスバード〟はその最たるものなんだ。どんなに広大な土地や海に放り出されようとも、必ず正確な方角を示し続ける‼︎」

 

 バシバシと黄金を叩き、エレノアは可能な限り一味全員に鳥の姿を目に焼き付けさせる。

 一分一秒がとにかく惜しい、すぐにこの課題に取りかからなければと、エレノアはとにかく仲間達を急からせた。

 

「とにかく!!! この鳥がいなきゃ何も始まらねェ!!!〝空島〟どころかそこへ行くチャンスに立ち合う事もできんぞ!!!」

「えー!!?」

 

 ガーンとショックを受け、ルフィたちが目を剥いて叫ぶ。

 宴でいい気分になっていたところに、いきなり降って湧いた大問題。あまりにも急すぎて、文句を言わずにいられなかった。

 

「何で今ごろそんな事言うんだよ‼︎」

「もう真夜中だぞ‼︎ 今から森に入れって!!?」

「ガタガタ言うな、時間がねェんだ!!! おれ達はこれから、お前らのボロ船の強化にあたる‼︎ 考えてみりゃ宴会やってる場合じゃなかったぜ!!!」

「だから今ごろ言うなって」

 

 さらに看過できない問題が浮上し、一味とクリケットたちはますます焦りだす。どちらを欠かしても、遠い空の果てにある島には辿りつけやしないのだ。

 

「いいな、夜明けまでに〝サウスバード〟を一羽、必ず捕まえて来い!!!」

 

 

「うわ…真っ暗‼︎」

 

 数分後、クリケットにせかされたルフィたちは、虫取り網や縄を片手に近くの森の中に足を踏み入れていた。

 月明かりがほとんど入って来ないほど暗く、そして険しい樹々の中で、思わずそのままの感想が溢れてしまった。

 

「全くこういう事はせめて昼間に言えよな」

「ごめんごめん。ひっさびさに浮かれてうっかりしてた」

「おい、鳥は?」

「どこにいるかわかったら、全員で探しにゃ来ねェだろ‼︎」

 

 苦笑を浮かべるエレノアに、暗さに怯えるウソップが思わずぼやく。チョッパーにいたっては、宴の料理を食べ過ぎて苦痛を訴えているほどだ。

 手掛かりもあまりない、真っ暗闇の中を探すには、全員最悪のコンディションといえた。

 

「手がかりは変な鳴き声って事だけだ。姿はさっき黄金で見た通り」

「あんなフザけた形の鳥いんのか? 本当に」

「それに変な鳴き声ってのもあいまいすぎる‼︎ わかるもんか‼︎」

「その辺に関しては大丈夫」

 

 喚く一味の前で、エレノアは口の前で指を立てて、全員に黙るように促す。

 素直に従い、黙り込んだ一味の耳に、その声は届いた。

 

「ジョ〜〜〜」

「「「「「「うわっ変な鳴き声」」」」」」

「でしょ?」

 

 暗さを帳消しにできそうなほどに、特徴的な手掛かりを得られたことで、ルフィたちはようやく少しだけ安堵の息をつく。

 そして各々で、こなさなければならない課題に徐々にやる気を見せていった。

 

「よし…こうなったらとにかくやるしかねェ」

「網は3つある。3手に別れて探そう‼︎」

「じゃ行くか。変な鳥を…………ぶっ飛ばすぞ――っ!!!」

「オー…いやいや捕獲だからね?」

 

 仕留めては意味がないだろうと、エレノアが応じかけて慌てて指摘を入れる。

 これでこっちは何とかなるだろうと、やや余裕、というか油断を持って取り組み始めた一味だったが。

 

 

「いやああああああああああああ!!!」

 

 数分後、尋常ではない悲鳴を上げたエレノアが号泣しながら走り出す。

 背後から迫るギチギチギチッ…‼といういやな音から必死に逃げ、ゾロの背後に回ってしがみついた。

 

「おれを盾にすんじゃねェよ!!!」

「ムリっ…ムリぃいい!!! 私この世で一番ムカデがムリなの―――!!!!」

「意外ね」

 

 迫りくる細長い……いや、太長く節だった無数の足を持った生物から、エレノアは必死に距離をとる。

 ゾロは一切狼狽することなく、通常サイズよりも何十倍も大きなそれを片手で叩きのめした。

 

「………いやにデケェな」

 

 持ち上げてみて、その巨大さに改めて眉を寄せる。

 ロビンはそれに目を細め、そして今度は自身の背後に回ってガタガタと震えているエレノアの肩を叩き、おもむろに口を開いた。

 

「いちいち討ち取っちゃうのは、よくないわ。可哀想よ…」

「おれに挑んできたコイツが悪ィ、おれに意見するな」

「そうそう、根絶すべきなんだよムカデなんて‼︎」

「…お前はお前で何があった?」

 

 涙目になりながら、明らかに異様な憎悪をムカデに燃やすエレノアにゾロが思わずこぼす。標的と定めた相手に容赦がない彼女だが、この殺生に関しては大いに私情が挟まっているようにしか思えなかった。

 続いてゾロは、エレノアが盾にしているロビンに厳しい目を向ける。なんだかんだで入り込んでいるが、元は敵であった組織の女を。

 

「だいたい…いいか、まだシッポは出さねェ様だが、おれはお前を信用しちゃいねェんだ。それを忘れんな…」

「ゾロくん…」

 

 一向に態度を軟化させることのない、厳しいままの彼に、エレノアはやや責めるような目を向ける。

 ゾロは返事も聞かず、颯爽と目的のサウスバードを探すために歩き出してしまう。が、その背中に、エレノアが悲し気に声をかけた。

 

「そっちはいま来た道だよ」

 

 小っ恥ずかしい指摘をされ、思わずゾロはその場で固まってしまう。

 エレノアは相変わらずの彼に呆れた目を向け、どうしたものかと考えこむように深いため息をつき視線をそらした。

 

「鳥の声…こっちね。……そこのぬかるみに気をつけて」

 

 一方疑いをかけられていたロビンは、まったく気にした様子を見せず、むしろ意欲的に先に進んでいく。慣れているのか、ゾロがあまりに間抜けすぎたのか。

 とにかく疑念があると告げようしたゾロは、目論見が失敗したことで何とも言えない表情になった。

 

「オイ…………待てって…」

 

 先に進まれては、自分の方が立場が弱いようだと、ゾロは急ぎロビンの後を追っていく。その途中、注意されたにもかかわらず、ぬかるみに足を取られて転びそうになっていた。

 

「やれやれ…ん?」

 

 そんな彼に呆れた視線を送っていたエレノアは、ふと背後でキシキシと音が聞こえて振り向く。

 そして、至近距離に近づく何十匹もの巨大ムカデの群れの姿に、振り向いたことを激しく後悔した。

 

「いやあああああああああああああ!!!!」

 

 

 またも泣きながら走り出し、ムカデを引き離そうと必死になる天使。

 その哀れで滑稽な姿を、ある木の枝にとまった一匹の鳥が、にやりと冷酷な笑みを浮かべて見下ろしていたのだった。

 

「ジョ~~~…」

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