ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第120話〝朝までには戻る〟

 背後から迫る気配に、本能的な反射で頭を下げる一人と一匹。

 その咄嗟の判断が生死を分け、ルフィとチョッパーの頭上を鋭い鎌が通り過ぎ、代わりに一本の木が真っ二つに両断された。

 

「おかしいだろ‼︎ こんなカマキリ!!! 何なんだこの森はァ!!!」

「あ″ー!!! 網が!!!!」

 

 スパスパスパっ、と背後から追ってくる一匹のカマキリにより、二人が持っていた虫取り網が細切れにされてしまう。明らかに昆虫の能力の域を超えていた。

 

 

「てんとう虫だ!!!」

「でけェよ!!! 痛ェ!!!」

 

 別の場所では、坂道から雪崩のように転がってきた無数の巨大なテントウムシに襲われ、青年達を慌てふためかせる。

 なんとかサンジが蹴り飛ばし、ナミを死守するも、守護の範囲外だったウソップはボコボコにされた。

 

 またある場所では、現れたオケラ集団を相手にゾロが思い切りケンカを買い、片っ端から畳んでいく。が、その数の多さに早くもうんざりし出していた。

 

「何がどうなってんだこの森はァ!!?」

「〝サウスバード〟だ‼︎ アイツが森中の虫に命令してるんだ‼︎ 自分の縄張りに入ったやつを排除するために!!!」

 

 同じくオケラと格闘するエレノアが、森の中で確認したサウスバードの声から、彼が全ての黒幕だと断定する。

 彼女らの頭上、高い木の枝の上にとまった件のサウスバードは、にやりと笑いながら高らかに鳴いてみせた。

 

「ジョ〜〜〜ジョジョ〜〜〜!!!」

「あんだとこのデブ鳥がァ!!!」

「…何を言われたの?」

 

 馬鹿にするような響きを持ったその鳴き声に、エレノアは思わず怒りをあらわにして怒鳴り返し、ロビンを困惑させる。

 しかし手の届かない位置にいるサウスバードの悪意は止まらず、一味は次々に現れる森の刺客に翻弄され続けた。

 

「ナメクジだ!!! 塩まけ塩!!!」

「サンジ‼︎ サマーソルトキックだ!!!」

「よ――し‼︎ 関係あるかァ!!!」

「もういやだ、逃げてばっかり‼︎ かかって来い!!!」

「だめだよルフィ‼︎〝くまばち〟は猛毒を持ってる」

「ホタルだあああぁ…あ、きれい」

「いやああゴキブリ〜」

「ぶただあああああ」

「なんで!!?」

 

 虫だけでなく獣まで操り、ルフィたちを攻撃し、そのたびに嘲笑う鳴き声を上げるサウスバード。

 そんな攻防が、かれこれ小一時間は続いた。

 

 

「だめだ…姿すら一羽も確認できなかった…」

「おれ達は見たんだけどよ、虫だらけで鳥どころじゃねェんだよ」

「走ってばっか」

 

 なんとか森の住人の攻撃をしのぎ切り、再び集合を果たした麦わらの一味。

 しかし誰の手元にも、今回の目的であり、襲撃の主犯であるサウスバードは捕えられていなかった。

 

「まいったな、7人いてゼロだと⁉︎ しっかりしろおめェら‼︎」

「おめェもだろ」

「私もうこれ以上走れないわよ!」

 

 自分も失敗しているのに棚に上げ、怒鳴るルフィに仲間達から文句が上がる。

 このまま一羽も捕まえられないまま、タイムリミットを迎えてしまうのか、空島を諦めざるを得ないのか、そんなことを考え始めた時だった。

 バサバサという羽音とともに、聞き覚えのある憎たらしい鳴き声が響いた。

 

「ジョジョ〜ジョジョ〜〜‼︎ ジョッジョッ!」

「『お前らなんかに捕まるかバ――カ』って…」

「何を!!? わざわざそれを言いに出てきやがったのか!!? 撃ち落としてや…!!!」

 

 余裕綽々と言った様子で、敗者の顔を見に来たサウスバードの姿に、一味の目に再び怒りの炎が灯る。

 生け捕りなど関係なく、仕留めてやろうとウソップがパチンコを構えようとした、その刹那。

 

「……調子にのるなよ、肉の分際で」

 

 ガッ‼とサウスバードの頭部に、小さな少女の手がかかる。

 ハッと目を見開いたサウスバードだったが、時すでに遅くがっちりと首に手を回され、全身を拘束されてしまっていた。

 慌てもがく彼に、一瞬で同じ木の枝に飛び移ったエレノアが語りかけた。

 

「腿も手羽もマズそうだけど……腹の足しにはなるよねェ?」

 

 ニタリと、フードの闇の中で悪魔のように口が歪められるのが見え、サウスバードの全身にぶわっと冷や汗が噴き出す。

 ガタガタと震えた彼はやがて白目を剥き、カクンと事切れるように気を失った。

 

「……同情はしねェな」

「ああ」

 

 散々攻撃され、バカにされ、あらゆる恥辱を与えてきた標的に起こった悲劇。

 それを見て一味は、ようやく少し留飲を下げる事ができたのだった。

 

 

 だが、岸辺へ戻ってきたルフィたちを迎えたのは、予想だにしない光景だった。

 

「ひし形のおっさん!!!」

「マシラ!!! ショウジョウ!!!」

 

 表情を変えたルフィが、血まみれで倒れるクリケットや、ボロボロになったマシラのもとに駆け寄る。

 海には気を失ったショウジョウが、ぷかぷかと枯れ木のように浮かんでいるのが見え、慌ててサンジが救出に飛び込んでいった。

 

「くそ……何者の仕業だ……!!! オイ、手伝え」

「うん‼︎」

「見ろ‼︎ ゴーイングメリー号が!!! 何てこった‼︎ 誰だ、こんな事しやがったのは!!! 畜生ォ‼︎ 誰だァ!!!」

 

 すぐさま救助と治療が始められる中、ウソップは船の前身を破壊されたメリー号を見つけて愕然となる。

 明らかに自然に起きた壊され方ではない、悪意ある破壊跡に、ウソップはまるで我が事のような痛みと苦しみを抱いていた。

 

「すまん………」

「あ‼︎ おっさん、おいおっさん気がついたか」

「ほんとに…すまん…おれ達がついていながら情けねェ…‼︎」

 

 体を痙攣させながら、クリケットが体を起こそうとする。

 動くだけでも相当な苦痛だろうに、ルフィたちを安心させようと無理矢理に平気なふりをしようとする。

 血を吐いてでも、無茶を通そうとしていた。

 

「だがよ、ちゃんと……‼︎ まだ時間はある、日が昇る前にちゃんと船を強化してよ…」

「動かないで‼︎ これ以上傷がひどくなったら…」

「とにかく何があったか話せよ!!!」

「ルフィ!!!」

 

 立ち上がり、作業に入ろうとするクリケットをエレノアが必死に止め、ルフィがまず事情を聞き出そうと声を上げる。

 そんな彼らのもとに、ナミの悲痛な叫びが届いた。

 

「金塊が…奪られてる…………!!!」

 

 彼女が告げた事実に、一味全員が目を見開いて立ち尽くす。

 目の前で血まみれでいるこの男が、文字通り命を懸けて集めたかけがえのない財産。それが丸々、なくなっているというのだから。

 だがクリケットは怒ることもなく、苦笑とともにひらひらと手を振った。

 

「……ああ…………ああ…いいんだ…そんなのはよ。忘れろ、これは。それよりお前ら…」

「そんなのはって何だよ!!! おやっさん、10年も体イカレるまで、海に潜り続けてやっと見つけた黄金じゃねェか!!!」

「黙れ…いいんだ……これァおれ達の問題だ…」

 

 なんという事はないと振る舞うクリケットに、納得できないとウソップが吠える。が、クリケットはそれに厳しくきつい口調で拒絶の言葉を吐いた。

 

「聞け、猿山連合軍総出でかかりゃあ…あんな船の修繕・強化なんざわけはねェ…朝までには間に合わせる。お前らの出航に支障は出さねェ」

 

 いまだ血を流すその姿は、あまりにも痛々しい。

 しかし自分が手に入れた宝よりも、理不尽に傷つけられたであろう誇りよりも、青年達の夢の手助けを優先させようとする姿に、ウソップは思わず黙り込んでしまった。

 

「いいか、お前らは必ず…‼︎ おれ達が空へ送ってやる!!!」

「おやっさん…………‼︎」

「…………だからよ、お前らは」

 

 固い覚悟を持って、立ち上がろうともがくクリケットに、誰も何も言えなくなる。

 そんな中、ある木に描かれたマークを見つけたゾロがルフィを手招きした。

 

「おい、ルフィ…」

「…ベラミーのマーク…!!!」

 

 それは、二人にとって非常に見覚えのあるマークだった。

 ジャヤに到着し、酒場で空島についての情報を集めようとした彼らを一方的に襲った、夢を追う海賊を嘲笑い見下す現実主義の海賊達。

 じっとそのマークを見つめるルフィに、いやな予感がしたナミが声を上げた。

 

「……ダメよ!!? ルフィ‼︎ バカな事考えちゃ‼︎」

「ナミ……それ以上言わないで」

「何言ってんのよ!!? 出航予定まで、もう3時間ないのよ!!?」

 

 止めようとしたナミを、今度はエレノアが手で制す。

 二人とも、ルフィが何をしようとしているのか察し、しかし全く真逆の反応を見せる。このまま止めるか、行かせるかを。

 

「海岸に沿ってったら昼間の町に着くかな」

「ええ、着くわよ」

「オイ…小僧、どこへ行く…………!!!」

 

 クリケットもまた、ロビンに位置を確かめるルフィの意図を察し、自由がきかない身体で止めに入ろうとする。

 傷つけられた自分の誇りを、他の誰かに尻拭いされるなど、彼にとってはまっぴらごめんだった。

 

「てめェ、余計なマネすんじゃねェぞ‼︎ 相手が誰だかわかって……」

「止めたきゃこれ使えよ………」

 

 その目前に、ゾロが自身の刀のうちの一本を差し出す。

 殺す気にならなければ、今のルフィは止められないと、彼は言葉にせずに告げる。そう断言できるほどに、今のルフィは怒りに満ちているのがわかっていた。

 

「朝までには戻る」

 

 静かな怒りを周囲ににじませ、ルフィは短く告げて歩き去る。

 クリケットの傷つけられた誇りは、すでに彼にとっての誇りにもなっていたのだ。

 

⚓️

 

 そして、それから数時間。

 日が昇り、約束の時間である朝までかかったメリー号の修復・強化がようやく終わった……のだが。

 

「何やってんのよ!!! あいつったらも―――っ!!!」

 

 腰に手を当て、怒りを全身で表したナミの荒ぶる声が響き渡る。

 既に準備を終え、マシラとショウジョウは自分達の船に戻っている。そして一味も全員乗り込み、出発の時を今か今かと待っていた。

 なのに、肝心の船長がいつまでたっても戻って来なかったのだ。

 

「朝よもう朝!!! 約束の時間から46分オーバー‼︎ 海流に乗れなくなるわよ⁉︎ だいたい帰りは金塊持ってるんだから重くて遅くなるでしょ⁉︎ そういう計算できてないのよあいつの頭では‼︎」

「いや…最初から時間の計算なんてしてねェと思うぞ」

「ああ、100%な」

 

 確信を持ったウソップの呟きに、サンジが至極真面目な顔で答える。

 仲間に対してあまりに辛辣な評価だったが、それを酷いと思わせないのがルフィの非常識さだった。

 

「町でやられちゃったんじゃないかな…」

「負けなら時間に間に合っても許さないわ」

「どうなんだよお前は」

 

 チョッパーの呟きに、ナミはキッと鬼の形相で答え他の面々を呆れさせる。

 だんだんとナミの堪忍袋の緒が限界に近づき始め、同時に焦りが大きくなり始めた時、ようやく、待ち望んでいた男の声がきこえ始めた。

 

「お――い‼︎」

「あいつだ………‼︎よかった、帰って来た!!!」

 

 森の奥から、大きな袋を背負ったルフィが息を切らせては知ってくるのが見え、一味と猿山連合軍はようやく安堵の表情を浮かべる。

 ルフィは少し前まで漂っていた緊張感になど気付く筈もなく、何やら興奮した様子で仲間達の元へ向かっていた。

 

「やったぞ〜〜〜〜‼︎」

「ルフィ急げェ!!! 出航時間過ぎてんぞ!!!」

「…ん? 金塊以外になんか持ってるな、あいつ」

 

 ふと、エレノアは妙にテンションの高いルフィに疑問を抱き、訝し気に目を凝らす。

 そしてルフィは、自身が獲得したものを誇らしげに掲げてみせた。

 

「これ見ろ!!! ヘラクレス〜〜〜〜!!!」

「「「「何やっとったんじゃ―――!!!」」」」

 

 キシキシと身動ぎする、全世界の男子が憧れると自ら豪語した甲虫の王。

 それをさも財宝かなにかのように見せびらかすルフィに、その場にいた全員から凄まじい怒号が上がるのだった。

 

 

「うわっ‼︎ すっげェな〜〜〜!!!」

 

 顔中あざだらけたんこぶだらけにされたルフィが、特別な進化を遂げたメリー号を前に歓声を上げる。

 白い翼に大きな尾羽、赤いトサカを生やしたニワトリの要素をふんだんに施されたその姿に、男子たちの眼がキラキラと輝いていた。

 

「〝ゴーイングメリー号フライングモデル〟だ!!!」

「飛べそ〜〜〜〜!!!」

「だろう!!?」

「私、あれ見ると不安になるわよ…」

「まァ、そうだな。鶏よりハトの方がまだ飛べそうな…」

「いやそういうことじゃなくて‼︎」

 

 興奮する彼らとは真逆に、ナミは引きつった表情でメリー号を見つめる。

 ニワトリだろうがハトだろうが、改造された今のメリー号は、ただコスプレしたようにしか見えなかったのだ。

 ただ、善意でやってもらった強化であるため、はっきりと文句を口にすることは彼女にもできなかった。

 

「さァ船を出すぞ‼︎ 準備はいいか野朗共‼︎」

「アイアイサ〜〜‼︎」

「ウォ〜ホ〜〜‼︎」

 

 危険な賭けに挑戦するため、麦わらの一味と猿山連合軍が威勢良く吠えて動き出す。

 それに合流する前に、ルフィは満足げに笑いながら、黄金の入った袋をクリケットの前に置いて差し出した。

 

「さっさと船に乗れ、時間がねェ。空へ行くチャンスを棒に振る気か…!!! バカ野郎が」

 

 そっけないクリケットだが、その表情は喜びが滲んで見える。

 ルフィはそれ以上の反応を望むことなく、いつもの様に明るく笑ってみせた。

 

「うん、ありがとう船」

「礼ならあいつらに言え」

「ああ!ありがとうおめェら‼︎ ヘラクレスやるよ‼︎」

「「ホントかよ、いいのかよ!!! お前メチャクチャいい奴じゃねェか!!!」」

 

 キシキシと鳴く甲虫を差し出され、マシラとショウジョウたちはまるで黄金の山でも差し出されたように狼狽する。

 やはりこの男と彼らは、根本的な部分がどうしようもなく似ているらしい。

 

「とにかく急ごう、船に乗れ!!! 間に合わねェぞ!!!」

「おれ達が先導するからついて来い!!!」

「ルフィ‼︎ 急いで!!!」

「ああ‼︎」

 

 全員にせかされ、ルフィは急いでメリー号に向かう。

 その背中を見つめていたクリケットは、もう一度笑みを浮かべると、自身を慕ってついてきてくれた部下たちに向けて声を張り上げた。

 

「猿山連合軍!!!」

「「「ウォ〜ホ〜!!!」」」

「「「アイアイサ〜〜!!!」」」

「ヘマやらかすんじゃねェぞ!!! 例え何が起きようと!!! こいつらの為に全力を尽くせ!!!」

 

 力強い、最終ボスからの気合いの叱咤に、猿山連合軍はより一層の雄叫びで応える。

 ルフィたちはそれに、思わず高揚し笑みを浮かべた。

 

「よし‼︎ 行こう‼︎」

「みんな出すわよ‼︎」

「よっしゃあ‼︎」

 

 ルフィが乗り込み、ようやくメリー号は岸を離れていく。

 その最中、クリケットがメリー号の後部に集まった一味全員に向けて、力強く語り掛けた。

 

「小僧‼︎ おれ達ァ、ここでお別れだ‼︎ 一つだけ、これだけは間違いねェ事だ…‼︎〝黄金郷〟も〝空島〟も!!! 過去に誰一人〝無い〟と証明できた奴ァいねェ!!!」

「………うん‼︎」

「バカげた理屈だと人は笑うだろうが、結構じゃねェか‼︎ それでこそ‼︎ 〝ロマン〟だ!!!!」

 

 胸を張り、夢に人生をかけた男は雄々しく吠える。

 誰の目も、声も気にしない、己の信じた道を突き進んできた男からの、力いっぱいの応援だった。

 

「〝ロマン〟か!!!」

「そうだ!!! 金を……ありがとうよ…………‼︎ おめェら空から落ちてくんじゃねェぞ‼︎」

「ししし‼︎」

「大丈夫だって‼︎」

 

 感謝と叱咤を口にするクリケットに向けて、今度はエレノアが胸を張って答える。振り向いた彼に、伝説の天使は不敵に笑ってみせた。

 

「この天族()がいる限り…この船は絶対に沈ませない!!!」

「そうか…‼︎」

 

 もうどこの誰が信じているかもわからない、迷信のような天族の言い伝え。それをきっと本当にしてみせると、目の前で告げる少女にクリケットはまた笑う。

 否定されなければ、決して嘘にはならないのだと、逆に目の前の天使に背中を押されたような気がした。

 

「じゃあな、おっさん!!!」

「いろいろありがと、クリケットさん‼︎」

「おやっさん、黄金郷はきっとあるぜ!!!」

「おっさん、無茶すんなァ!!!」

「余計なお世話だァ!!!」

 

 憎まれ口をたたきながら、クリケットはルフィたちに大きく手を振り、その姿が見えなくなるまで見送り続ける。

 そうして一味と連合軍は、決死の覚悟を求められる挑戦へ向かうのだった。

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