ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
まっすぐに南を目指し、三隻の船が海を進む。
その先に待っているのは夢の島か、あるいは現実の死か。いずれにせよ覚悟を試される試練を前に、ショウジョウが声を張り上げた。
「いいか、現在午前7時だ‼︎ 現場付近に到達するのがおそらく午前11時頃、おやっさんが話したように、〝突き上げる海流〟の立ち上がる位置は毎回違うからそれ以前に到着して、位置を正しく〝探索〟しておく必要がある」
「頼りにしてるよ、〝海底探索王〟」
「おうよ‼︎ ウォッホゥ‼︎」
メリー号から見上げ、応援の言葉を送るエレノアに、ショウジョウはやる気を漲らせ、力強く吠える。
そして彼女の仲間にも注意喚起を行おうとした彼だったが。
「少し予定より遅れちまった…オイ‼︎ 聞いてんのか⁉︎」
「ほら‼︎ 正面向いた‼︎」
当の本人たちはというと、苦労の末に捕らえたサウスバードで遊んでいた。
どこを向かせても、南を向かなければ落ち着かない厄介な性分の生物を見て、その不思議な生体にキャッキャとはしゃいでいた。
「いや――かわった鳥もいるもんだな」
「ホントに南しか向かねェんだ、コイツ‼︎ コンパスみてェだな、面白ェ〜〜」
「ジョ〜〜ジョジョジョジョジョジョ〜〜!!!」
「あいつら…‼︎ あとで超しばく」
ビキッ、と振り向いたエレノアがこめかみに血管を浮き立たせ、わなわなと拳を震わせる。
なのに苛立ちの原因であるルフィは、緊張感の欠片もない態度でヘラヘラと笑っていた。
「まーそんなにあせってもしょうがねェからさ! 楽に行こうぜ‼︎」
「誰のせいでこんな急いでると…」
思わず小言を言いそうになるエレノアだったが、すぐに諦めて大きなため息をつく。彼に説教したところで、すぐ似たような事になるのは経験済みだった。
しかも、マシラとショウジョウまでルフィの気の抜きように納得の表情を浮かべていたのだから、もうどうしようもなかった。
「―――だがそりゃそうだ。何時間も緊迫し続けたってしかたねェ」
「成程な………よーし、野郎共。気を抜きながら全速前進〜」
「ウッキッキ〜〜〜〜〜……」
「は〜〜…いい天気だ……」
「ウォ〜…ホ〜〜〜〜〜〜……」
「大丈夫かオイ…」
ぐてぇ…と船までのんびりしているようにへたり、目的の海域までゆっくり進んでいく。急いでいるとはいえ、まだ時間には余裕がある、そんな油断が三つの集団にあった。
だがある時を境に、エレノアの纏う雰囲気が豹変する。大きく目を見開いた彼女は、突然はるか遠い海の方を見つめて立ち尽くした。
「…!!?」
「どうかしたの?」
「………来る!!!」
エレノアの確信を持った叫びに、ルフィたちもすぐさま表情を変える。
その少し後に、双眼鏡で前方の様子を伺っていたマシラの部下がハッと息を呑んだ。
「園長!!! マズイッす!!!」
「どうしたァ!!!」
「南西より!!!〝夜〟が来てます!!!〝積帝雲〟です!!!」
部下の報告に、一気に船上は騒然となる。
気づけば確かに、前方に黒々とした雲が迫り、辺りを真っ暗に染め始めているのが見える。ちょうど、ルフィたちが向かっている方角でだ。
「本当か!!? 今何時だ!!?」
「10時です!!! 予想よりもずっと早い!!!」
「マズイな…………‼︎ ショウジョウ!!! 行けるか!!?」
「ウータンダイバーズ!!! すぐに海へ入れ!!! 海流を探る!!! ウォ〜〜ホ〜〜!!!」
ショウジョウが部下たちに命じ、ダイバーたちが潜った直後、自慢の雄叫びを辺りに反響させていく。
ビリビリと音波が広がっていき、周囲の海流を探り続けた数秒後。数人のダイバーたちが勢いよく顔を出していった。
「反射音確認‼︎ 12時の方角、大型の海流を発見‼︎」
「8時の方角、巨大生物を探知‼︎ 海王類と思われます‼︎」
次々に報告を上げていくダイバーたちだが、目的の海流はまだ見つからない。
ルフィたちが息を呑み、手に汗を握りながらそれを待っていると、一人のダイバーが焦りながらも顔を出して叫んだ。
「10時の方角に海流に逆らう波を確認!!! 巨大な渦潮ではないかと!!!」
「それだ!!! 船を10時の方角に向けろ!!! 爆発の兆候だ!!! 渦潮をとらえろ‼︎ 退くなよ!!!」
目的の化け物海流の位置を掴み、マシラがすぐさま舵を切らせる。
一刻を争う、僅かに判断を誤れば即座に命取りになる状況の中、確実に役割を果たそうと懸命に船員たちが動き出す。
その直後、凄まじい揺れがメリー号と二隻の船を襲った。
「うわあ!!!」
「何だ!!! 波が急に高くなった!!!」
「うわあ〜〜沈んじまうぞ!!!」
「爆発の前震だ‼︎ 気をつけろ!!!」
「航海士さんっ‼︎〝記録指針〟はどう?」
グラグラと大波に揺られ、立つことも難しくなった小さな船の上で、唯一ロビンが冷静にナミに確認する。
ナミは言われた通り記録指針を見下ろし、ピンと針が頭上の雲を差していることを確認した。
「ずっとあの雲を指してる!!! 風の向きもバッチリ‼︎〝積帝雲〟は渦潮の中心に向かってるわ!!!」
「どうやら今回、当たりの様だぞ兄弟」
「ああ、爆発の規模も申し分なさそうだ‼︎」
「行けるのか!!?」
「ああ、行ける‼︎」
マシラはそう吠えると、メリー号に向けてフックを引っ掻け、かたく固定し引っ張り始める。
何をどうしたらいいのかもわからないままの一味は、その行為に眉を寄せた。
「何だ⁉︎」
「渦の軌道に連れて行く!!!」
「……そしたら!!? どうしたらいいの!!?」
凄まじい揺れで、とても何かできるとは思えない。
そう尋ねるナミに、マシラは有無を言わさぬ鋭い声で命じた。
「流れに乗れ!!! 逆らわずに中心まで行きゃなる様になる!!!」
繋がれた二隻が向かうのは、巨大な渦潮の中心だった。
すり鉢のように渦を巻く激流に乗り、マシラの船がメリー号を中心へと誘っていく。そんな悪夢のような光景に、詳しい方法を聞かずにいたナミたちは愕然と固まってしまった。
「飲み込まれるなんて聞いてないわよォ!!!」
「行くぞ〜〜!!!〝空島〟〜〜!!!!」
唯一歓喜の声を上げるルフィ、そして、緊張の面持ちながら期待を目に輝かせるエレノア。
顔を引きつらせていたその他の面々は、次の瞬間言葉を失った。
「ギャオオオアアオオオオアアアアア…」
激流に巻き込まれたのか、どの船よりも巨大な海王類が一頭、悲鳴をあげながら飲み込まれていく姿が見えたのだ。
もがき、吠え続けながら空気を求めていた海王類は、やがてブクブクと沈んでいく。そんな光景に、ナミやウソップ、チョッパーは恐怖の形相でガタガタと震えるばかりだった。
「じゃあおめェら!!! あとは自力で何とか頑張れよォ!!!」
「ああ、送ってくれてありがとうな〜〜!!!」
「待て〜っ!!!」
メリー号をうず潮の流れに乗せた後、すぐさま離れていくマシラとショウジョウの船に、ウソップがたまらず悲鳴を上げた。
「も!!! 勘弁じでぐれェ!!! 恐ェえっつうんだよ!!! 帰らせてくれコノヤロー!!! 即死じゃねェかこんなモン!!!」
「あァあああああああ〜〜!!!」
「ジョ〜〜〜〜〜!!!」
「こんな大渦の話なんて聞いてないわよ!!! サギよサギ〜〜!!!」
数時間前までの決死の覚悟はどこへいったのか、情けなく泣き叫ぶ二人と一匹と一羽。
予想をはるかに超える衝撃の絵面に、全員正気を失いかけていた。
「引き返そうルフィ‼︎ 今ならまだ間にあう、見りゃわかるだろ!!? この渦だけで充分死んじまうんだよ‼︎〝空島〟なんて夢のまた夢だ!!!」
「案ずるな童ども!!!」
渦潮を見つめたまま動かないルフィに、必死に説得を試みるウソップ。
だがその背中に向けて、恐怖を吹き飛ばすような勢いでエレノアの荒々しい声がかけられた。
「私がいる限り…この船は沈まない!!! そうだろ、船長!!!」
「…ああ‼︎」
雄々しく問いかけるエレノアに、ルフィがそう答えて振り向く。
凄まじい光景を凝視していた彼の顔は、夢に挑む期待と希望でキラキラと輝いていた。
「〝夢のまた夢の島〟!!! こんな大冒険逃したら一生後悔すんぞ!!!」
(((た……楽しそ〜〜〜〜……‼︎)))
その満面の笑顔に、ウソップたちは即座に説得を諦めて涙を流す。
こうなってはもう止まらない、止まってくれるはずがない。散々一味を引っ張り回す無茶苦茶さ加減は、こんな逆境などものともしないのだ。
そしてその隣には、いつもは味方のはずの天使の姿もあるのだからもうどうしようもない。
「諦めろ…唯一止められそうな奴があの様だ」
「わあすっごいいい笑顔。…見たことないわよエレノアのあんな顔!!! 何があんたをそこまで駆り立てるのよ!!?」
「ホラ、おめェらが無駄な抵抗してる間に…」
ギャーギャーと喚くナミたちを呆れた様子で見やっていたゾロが、ふと顎で示す。何事かと振り向いたウソップとナミは、またしても絶句し固まった。
「大渦にのまれる」
「ぎゃあああああああ!!! あああああああああああ!!!」
波に飛ばされたメリー号が、大渦の中心に向けて宙を舞っていた。
帆を動かそうがオールで漕ごうが、もう何をやっても意味はない。先ほどの海王類の末路が脳裏によぎり、激流に飲み込まれる未来に絶望するウソップだったが。
だが海面に降り立ったメリー号は、ちゃぷんっと思った以上に穏やかに着水し、一味を唖然とさせた。
「あ?」
思わぬ現象に、間抜けな声が零れる。
ふと周囲を見渡してみれば、あれだけの激流が跡形もなく海面から消え去っているのが見えた。
「何!!? 消えた!!? 何でだ!!?」
「何が起きた!!?」
「あんなでっけェ大渦の穴が!!?どういう事った!!?」
「消えてないよ」
動揺の声を上げる一味に、エレノアが真剣な調子で呟く。
フードに隠された彼女の顔に、一筋の冷や汗が垂れ、何かを覚悟した引き攣った笑みが浮かべられた。
「構えろよ野郎共……すぐに来る…!!!」
「まさか……………‼︎」
何が起こるのか、エレノアの表情で察したナミが顔色を変える。
その時だった。
「待ァてェ〜〜〜〜〜!!!」
聞き覚えのある声が、波の消えた海面を突き進みながら近づいてくる。
思わず視線を集めた一味は、巨大な丸太に帆を立てただけの、簡素な海賊船が近づいてくる姿に目を丸くさせた。
「ぜハハハハハハハハハハ!!! 追いついたぞ、麦わらの一味!!! そしてェ…エレノアァ!!!」」
「あれは…モックタウンにいた…‼︎」
「誰だ?」
面識のあるルフィとゾロ、ナミは訝し気に。そして初対面であるウソップたちは不思議そうな表情で、向かってくる髭面の大男を見やり首を傾げる。
そんな中、エレノアはよろよろと後ずさり、ギラギラと悍ましい目で凝視してくる大男を凝視した。
「ティーチ…!!!」
「てめェの一億の首と!!! 天族を貰いにきた!!! 観念しろやァ!!!」
怯えるエレノアの声に、ティーチと呼ばれた男は両腕を広げて笑みを深める。
彼が口にした聞きなれない情報に、ルフィは警戒心を保ったまま困惑の声を上げた。
「おれの首!!?〝1億〟って何だ」
「――やはり知らねェのか…‼︎ おめェの首にゃ〝1億B〟の賞金が懸かってんだよ‼︎ そして〝海賊狩り〟のゾロ!!! てめェにゃ〝6千万B〟だ!!!」
ティーチは懐から、三枚の手配書を取り出して掲げる。
それらは間違いなく、ルフィとゾロ、エレノアの顔が映った写真が張られた、政府が発行する手配書。その額は、ティーチが語ったものと同じ額が掲載されていた。
「本当だ…‼︎ 新しい手配書だ‼︎ ゾロ‼︎ 賞金首になってんぞ!!! エレノアに関しちゃ2億だ!!!」
「何ィ!!? おい待て‼︎ おれは⁉︎ おれのもあるだろ⁉︎」
「ねえ」
「よく見ろよ」
「ねえ」
「……そうか、アラバスタの件で額がハネ上がったんだわっ…‼︎」
双眼鏡で確認し、本物であることを確かめたウソップにサンジがすり寄るが、ウソップはにべもなく彼の願望を否定する。
ナミがあっと心当たりに愕然としていると、その横でルフィががっくりと膝をついて項垂れた。
「またエレノアに負けたァ〜〜〜〜!!!」
「いらんことで嘆くな!!!」
いつか見たような、船長でありながら懸賞金額を船員に越えられる悔しさに、ルフィが嘆き吠えるのを、ナミが目を吊り上げて怒鳴る。
そんなやり取りなど気にせず、ティーチは欲望で満ちた眼差しを一味の天使に固定し、嗤いかけていた。
「ゼハハハハハハ!!! 言ったはずだぜエレノア…‼︎ 次に会う時ゃ…おめェを攫っていくってなァ!!!」
「何? あいつ、あんたのストーカーか何か?」
個人に対し、並々ならぬ執着を見せる謎の男に困惑するナミが、様子のおかしいエレノアに問いかける。
黙り込み、欄干に背中を預けて耐えていた天使は、やがてうつむきながら口を開いた。
「………!!! ああ、そうだったね…ティーチ。私も…ちょうど……」
仲間達が聞いたことがないほど、低く抑揚のない声がエレノアから紡がれる。
それに戸惑いを見せ、固まるナミたちをよそに、エレノアはフードの中で目を光らせる。
凄まじい、怨念の様な殺意を灯した目を。
「あなたを殺しに行きたいと思ってた…!!!」
ざわり、とフードの中から髪が蠢き、得体の知れない気配が天使から漂う。
至近距離にいたナミはそれに当てられ、ゾクッと体を震わせて顔を真っ青にし始める。気配の変わったエレノアに、一味の全員が息を呑んで固まった。
「おいおめェら‼︎ 余所見するな!!!」
「来るぞ、〝突き上げる海流〟……!!!」
だが、その時送られてきたマシラとショウジョウからの警告に、ハッと我に返る。
音が、足元から聞こえる。何かがゆっくりと浮上してくるような、思わず逃げ出したくなるような音が、徐々に近づいてきているのがわかった。
「アン? 何だ⁇」
「全員!!! 船体にしがみつくか船室へ!!!」
「エレノア何やってんの!!? あんたも早く!!!」
「え? あっ!!!」
「海が吹き飛ぶぞォ〜〜〜!!!」
慌ただしく動き出すルフィたちとは真逆に、ティーチは困惑気味に片眉を上げ、足元を見下ろす。その次の瞬間。
海が、爆ぜた。
大気を震わせる轟音があたりに響き、大量の海水が天に向かって登り、凄まじい勢いで伸びていく。
ティーチの船をバラバラに吹き飛ばしながら、メリー号を乗せた海流が天に一気に突き上げられていったのだ。
「「行けよ、〝空島〟!!!」」
荒れ狂う波に転覆させられないよう苦戦しながら、マシラとショウジョウが姿の見えなくなった一味に向けて言葉を贈る。
きっと命懸けの挑戦の先に栄光を掴んでみせてくれと、願いを込めて。
ビリビリと震える大気と地面に、ジャヤで待っていたクリケットもまた、にやりと笑みを浮かべた。