ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第122話〝天まで届く道〟

「うわああああああああ〜〜〜!!!!」

 

 激流に乗り、羊の船が空へ向かう。

 船員たちは皆、しがみつくことに精一杯で、見る見るうちに遠く離れていく海面に、いまだに信じられないといった表情になっていた。

 

「ど………!!! どうなってんだコリャア!!?? 水柱の上を船が垂直に走ってるぞ!!!」

「うほ〜〜〜〜〜〜‼︎ 面白ェ〜〜〜〜!!! どういう原理だァ!!?」

 

 超規模の爆発に乗り、吹っ飛ばされるという話だったのに、まるで船は平地を進むかのように激流に乗っている。

 ただ異なるのは、異様な速度と視界が全て垂直になっていることだけだ。

 

「よーし!!! これで空まで行けるぞ〜〜〜っ!!!」

「行け〜っ!!! メリ〜〜!!!」

 

 どよめく一味の中で、ルフィとエレノアのみが歓喜の表情で拳を突き上げ、ずぶ濡れになりながら天空の先を見据える。

 黒々とした雲の海は、徐々に目前に迫りつつあった、だが。

 

「ちょっと待った…!!! そうウマイ話でもなさそうだぞ」

「どうした⁉︎」

「何だ⁉︎ 忘れ物でもしたのか⁉︎」

「船体が浮き始めてる…!!!」

 

 サンジが異変に気付き、一味に一大事を伝える。

 それまでは何事もないように激流の上に乗っていたメリー号だったが、やはり真下の重力の影響を受けているのか、船底が激流から離れ始めていた。

 それが示す未来に、ウソップたちは顔色を一気に青褪めさせた。

 

「このままじゃハジキ飛ばされるのが、オチだぞ!!!」

「…そそ‼︎ そんな事言ったってお前…!!! どうしろってんだよ‼︎ おれ達ァしがみつく事で精一杯だ‼︎」

 

 一度この爆発に乗ってしまった以上、できる事は何もない。というか一切教えられていない。

 災害に自ら突っ込んでしまった今、一体何をしたらいいかなど誰も思いつかなかった。

 

「ああっ!!! 何だ…あれ!!!」

 

 そんな中、チョッパーが目を見開き、船の前方を指さして叫ぶ。

 釣られて振り向いた一味は、激流の先から飛び出し、急速に近づいてくる巨大な影を目撃し、一斉に顔を強張らせた。

 

「海王類!!!」

「さっき、渦にのまれた奴だっ……!!!」

「ぶつかる〜〜〜!!!」

 

 渦に飲み込まれ、そのまま姿を消した憐れな被害者が、今度はメリー号を潰す障害となって襲ってくる。

 考える時間さえもないまま、今のメリー号の速度と海王類の落下速度が加わり、あっという間にその巨体が壁のように迫ってきた。

 

「『月を見上げる兎とて、理性の無い時もある。暴れる巨人をとっ捕まえて、勇気凛々行進だ』!」

 

 しかし巨体が激突する寸前、鈴を鳴らしたような声とともに、メリー号の周囲に銀色の閃光が幾千も走る。

 ぎゃりぎゃりと鎖のように連なり、大気を裂くその刃を操りながら、エレノアが直角の甲板を走り、海王類を前に飛び出した。

 

「行くぞ!僥倖の拘引網(ヴルカーノ・カリゴランテ)〟!!!

 

 連接刃は、まるで蛇のように空中でのたうち、海王類の巨体に巻き付くとその体に刃を走らせていく。

 そして次の瞬間、どばっと真っ赤な鮮血を噴き上げながら、細切れになってメリー号の周囲に散らばっていった。

 

「た、助かった…‼︎」

「見ろ、おれ達だってああなるのは時間の問題だ!!!」

「バラバラに!!?」

 

 窮地を脱したものの、全く安心できない状態には変わり無いと、一息つく間もなくゾロが告げる。

 思わずぎょっと目を向くチョッパーの横で、サンジが険しい表情で舌打ちした。

 

「オイオイそんな事言ってもよ!!! こんなもん爆発の勢いで昇っちまってんだから今更自力じゃァ…」

「やっぱただの〝災害〟なのか!!?」

「うわあ!!! 色んなもんが降ってくるぞ!!!〝突き上げる海流〟の犠牲者だ!!!」

「あァ、おれ達ももうお終いだ、このまま落ちて全員…海に叩きつけられて死ぬんだよ!!!」

 

 ゾロもサンジも、ウソップもチョッパーも、誰もが自分達が迎える最悪の未来を予想して頭を抱える。

 覚悟を決めたとはいえ、このまま何もできないまま終わりを迎えるのか、と悔しさが表れ始めた時だった。

 

「帆をはって‼︎ 今すぐ!!!」

 

 沈痛な表情で俯くウソップの耳に、雄々しい声が響いてくる。

 ハッと目を見開き、顔を上げた彼らの目に入ってきたのは、ロープを掴みながら前方を見据えるオレンジの髪の娘。

 

「これは海よ‼︎ ただの水柱なんかじゃない‼︎ 立ち昇る〝海流〟なの!!! そして下から吹く風は、地熱と蒸気の爆発によって生まれた〝上昇気流〟!!!」

 

 力強い声に呆然となる男達に向けて、ナミは振り向いて身を浮かべる。

 数秒前の絶望的な諦め顔はどこにもない、勝利を確信した余裕の表情が、今の彼女にはあった。

 

「相手が風と海なら航海してみせる‼︎ この船の〝航海士〟は誰!!?」

 

 頼もしく、そして情けなくもこの場の誰よりも男らしい問いに、ルフィたちは一斉に希望を見出し始めた。

 

「んナミさんですっっ!!!! オオ、野朗共、すぐにナミさんの言う通りに‼︎」

「「「「オォ!!!」」」」

 

 いったい自分は何をしているのか、と自身を叱咤し、男達はすぐさま不安定な足場で動き出す。

 この状況を乗り切るため、そして誰も見たことがない景色をその目で目の当たりにするために、各々が凄腕の航海士の指示を全うしていく。

 

「わあっ‼ ヤバいぞ‼ 水から船が離れそうだ!!!」

「落ちる――っ‼ 落ちるぞナミ、何とかしろォ!!!」

「否‼︎ 案ずるな童共!!!」

 

 慌てふためくウソップとチョッパーに、不敵な笑みを浮かべたエレノアがナミを見ながら告げる。

 そして―――一味を、不思議な浮遊感が包んだ。

 

「飛んだァ〜〜〜!!!」

 

 激流の上を走っていたメリー号が、何と空中に浮いていたのだ。

 マシラとショウジョウたちによる修復・強化の賜物か、それとも気流と慣性がうまく釣り合ったのかは定かではないが、とにかくメリーは、天を舞っていた。

 

「すげェ、船が空を飛んだ!!!」

「この風と海流さえつかめば、どこまででも昇って行けるわ!!!」

 

 思わぬ光景を目にしたことで、青年たちは誰もが興奮したまま騒ぐ。ロビンでさえ、体験したことのない感覚に笑みを浮かべてみせている。

 船首に捕まりながら、ルフィはワクワクと高鳴る鼓動耳をに身を任せ、迫る黒雲を凝視し続けた。

 

「あの上に、一体何があるんだ……!!!」

「届け…‼︎ 届け…!!!」

 

 その後ろで、マストにしがみついたエレノアが、まるで祈るような表情で天を見つめ続ける。

 待ち侘びた瞬間に歓喜しながら、何かを求めるように。

 

「空の彼方へ!!! 届けェ〜〜〜〜!!!!」

 

 天まで貫く激流の柱の轟音に負けないほどに、その声は広く、強く響き渡るのだった。

 

 

 

「ゼハハハハハハハハハ!!! まいったぜ!!! 逃げられた!!!」

 

 ぷかぷかと浮かぶ丸太船の残骸の上で、黒ひげの男がおかしげに笑う。

 獲物に逃げられた悔しさはそこにはない。その様は、思う通りにいかなかったことそのものを、面白がっているようにさえ見えた。

 

「ゲホ…ゴホ…‼︎ あいつら…運がいい」

「のん気な事言ってやがるぜ、せっかくの獲物をとり逃がしちまったってのによ。何とかしろよ船長!!! さっさと追って仕留めようぜ」

「ゼハハ、わめくなバージェス…この世から消えちまったわけでもねェ」

 

 感心しながら咳き込む男の隣で、逸る別の仲間、覆面をした大男を宥めつつ、ティーチは意味深に嗤う。

 その視線は空の向こうに、遥か先に存在するかもあやふやな空の島に向かった、白虎の天使がいる方に向けられたままだった。

 

「すぐにまたハチ合うさ、この〝偉大なる航路〟にいる限りな!!!」

「その通り、この世は全て、強い望みの赴くままに…」

 

 待ち遠しそうにまた笑うティーチに頷くように、もう一人。

 巨大な銃を担いだ細身の男が、何もかもを見透かすような口調で、言葉を紡いだ。

 

「巡り合う、歯車なのである」

 

⚓️

 

 ―――時は少し遡り、そして場所は大きく変わって。

 アラバスタ王国の一角、誰も使う者がいない貸家の一つにて。

 

 

「今日で丸々10日…収穫無しのようね」

 

 以前よりも活気が徐々に強くなってきた通りを抜け、二人の海兵がその家を目指していた。

 二人はそれぞれ名を、ロス・マリア少尉とブロッシュ・デニー軍曹という。アームストロングの部下である。

 

「あの天才二人でも苦戦することがあるとは…世の中広いですね」

「まァでも、国家錬金術師といえどまだ15歳だしね。まだまだ苦手な事も多いでしょ」

 

 二人とも片腕を失くし、ボロボロになったエルリック兄弟の護衛のため、常にそばにいることを任務づけられた二人。

 だが今のところ、兄弟が貸家にこもりっきりなため、やる事がほとんどなく暇を持て余していた。

 

「ですけど、ホントにあれが本物なんですかね?見ました?あの資料のタイトル…」

 

 思わずそう呟き、デニーはその時の事を思い出す。

 膨大な資料を一字一句覚えているという、驚異的な能力を持つ娘・シェスカが全ての資料を複写し終えたという事で、それを受け取りに向かったのだ…が。

 

「マルコー・ティム著の料理研究書『今日の献立一〇〇〇種』だものねェ…」

 

 

 渡された資料の内容を確認し、マリアもデニーも呆然と立ち尽くす。

 そして思わず、デニーはシェスカをぎろりと睨みつけていた。

 

『君! これのどこが重要書類なんだね‼︎』

『重…⁉︎ そんな! 私は読んだまま覚えたまま写しただけですよ⁉︎』

『という事は同姓同名の人が書いた全く別の物⁉︎ お二方、これはムダ足だったのでは?』

 

 どんな目的で資料が必要だったかなどまったく知らなかったシェスカが泣きそうになるのを見て、デニーはすぐに冷静に戻る。

 これは兄弟も落ち込むのでは、と心配になったマリアは、じっと資料を見つめるエドワードに気づき、訝し気に首を傾げた。

 

『これ本当にマルコーさんの書いたもの一字一句まちがいないんだな?』

『はいっ! まちがいありません』

 

 何か間違いを犯してしまったのか、と不安になるシェスカに、エドワードはやがてニッと笑みを浮かべた。

 

『あんたすげーよ、ありがとな』

 

 エドワードはその後、何やらさらさらとメモを書き、銀行でそれを伝えれば報酬を渡せるとシェスカに渡して伝えると、アルフォンスとともに慌ただしく資料を持って飛び出した。

 メモに書かれた額に驚愕の声を上げるシェスカとマリアを置き去りに、エドワードは満足げに資料を抱え、この貸家へ駈け込んだのだ。

 

 

『「錬金術師よ、大衆のためにあれ」…って言葉があるように、錬金術師は術がもたらす成果を一般の人々に分け隔てなく与える事をモットーにしている』

 

 貸家を現金速払いで借り上げたエドワードは、資料を広げながらデニーに語り始めた。

 いったい何の話か、と片眉を上げる彼に、エドワードは真剣な表情で先を続けた。

 

『けどその一方で一般人にそのノウハウが与えられてしまう事を防がなければならないんだ』

『ああ、なるほど。技術をばらまいて悪用されては困りますね』

『そういう事』

『で、どうやってそれを防ぐかってーと…錬金研究書の暗号化だ』

 

 得意げに笑うエドワードの手にある、見た目は単なる料理本でしかない資料。

 だがそれは特殊な方法で紐解けば、書いた本人にしかわからない高度な錬金術理論の詰め込まれた宝の山となるのだと、少年は語ってみせた。

 

『書いた本人しかわからないって…そんなのどうやって解読するんですか』

『知識とひらめきと、あとはひたすら根気の作業だな』

『うわ…気が遠くなりそうですよ』

『でも料理研究書に似せてる分、まだ解読しやすいと思いますよ。錬金術ってのは台所から発生したものだってって言う人もいる位ですしね』

 

 げんなりとした表情で天を仰ぐデニーに、アルフォンスは苦笑をこぼしながら返した。

 少なくとも、旅行記風に書く兄よりはわかりやすいはずだと。

 

『さて‼︎ サクサク解読して真実とやらを拝ませてもらおうか!!!』

 

 長年求め続けた、欲しいものを手に入れるための手掛かり。

 それを目前にし、意気揚々とエドワードとアルフォンスは、最初のページを開いた。

 

 

 そしてそれから10日。

 兄弟からは、何の反応も返ってこなかった。

 

「…おれには正直チンプンカンプンでしたよ」

「私もよ」

 

 天才と謳われる二人がこうも苦戦するとは、どれだけ難解な暗号なのだろうかと、二人は眉間にしわを寄せる。

 錬金術にうとい自分達では、確実に溶けはしないだろうなと確信しながら、マリアとデニーは貸家の扉を叩いた。

 

「お二人とも、そろそろ遅い時間ですよ」

「………ふっ……ざけんな!!!」

 

 いい加減食事休憩だの睡眠だのとるべきだろうとと目に入った二人の耳に、エドワードの怒号が届く。

 息を呑んだ二人は、怒りの形相で資料に拳を突き立てるエドワードに気づき、戸惑いながら近づいていった。

 

「なっ…何事ですか⁉︎ 兄弟喧嘩ですか? まずは落ち着いて…」

「ちがいますよ」

「では暗号が解けなくてイラついてでも…?」

「解けたんですよ」

 

 比較的落ち着いた、しかし奇妙な雰囲気を漂わせるアルフォンスに尋ねると、普段の彼とは明らかに違う様子で答えが返ってきた。

 

「暗号、解いてしまったんです」

「本当ですか⁉︎ 良かったじゃないですか‼︎」

「良い事あるか畜生!!!」

 

 それがなぜこうも荒れてしまうのか、と訝しみ、それでも祝おうと笑顔を浮かべるデニーに、エドワードはまた声を荒げる。

 黙り込んだ二人の前で、少年は苛立たし気に歯を食い縛り、顔を抑えた。

 

「『悪魔の研究』とはよく言ったもんだ、恨むぜマルコーさん…姉弟子……‼︎ あいつこの事知ってやがったな…!!!」

「……いったい何が?」

 

 戸惑いの声を上げるマリアに、兄弟はしばらく口を閉ざす。

 重い沈黙が流れたしばらく後に、覚悟を決めた様子でエドワードが再び口を開いた。

 

「錬成を増幅させ、ズブの素人でも莫大な錬成を成功させられる神秘の石………当たり前だ…‼︎ そんなとんでもねェもんが、大した代価もなく作れるはずがなかった……!!!」

 

 ガンッ、ともう一度拳が資料の上に叩きつけられ、辺りに鈍い音が響く。

 虚空を睨みつけるエドワードの目に宿っていたのは、怒りと、それに勝る恐怖の色だった。

 

 

「〝賢者の石〟の材料は…生きた人間だ!!!!」

 

 

 とある海賊達が未知の世界へ足を踏み入れようとしている丁度のその時―――兄弟は、恐るべき真実を目の当たりにしていた。

 そしてそれが、世界そのものを揺らがす真実の一端でしかないことを。

 

 彼らはまだ、知らない。

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