ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第14章 神の住む島〈上〉
第123話〝白い海〟


 何秒か何分か、はたまた何時間か。

 妙に抵抗の軽い水の中を進み続け、何度も意識が途切れそうになりながら、じっとその瞬間が来るのを待つ。

 

「ぷはァ!!!!」

 

 そしてその辛抱の末に、一味は新鮮な空気の中へと勢いよく飛び出した。

 補修箇所をバラバラに砕かれ、破片を撒き散らしながら、メリー号と麦わらの一味は再び青空を拝む事ができた。

 

「ケホ‼︎ ……ハァ、ハァ…‼︎」

「………‼︎ まいった…何が起きたんだ。全員いるか……?」

「…ああ、いるよ。間違いなく」

 

 全員が甲板の上を見渡し、互いの無事を確認しあう。

 何しろ、海上から一万m以上も高い場所を目指して飛んできたのだ。いつの間にか誰かいなくなっていてもおかしくはない。

 だが、辺りを見渡した瞬間、全員の思考が停止した。

 

「!!?? …………何だ!!? ここは!!! 真っっっ白!!!」

 

 視界に入ったのは、一面真っ白の世界だった。

 右を見ても左を見ても、広がっているのは白だけが彩る世界。見上げるばかりで間近で見た事などない、空に浮かぶ白色の上に一味はいた。

 

「雲…⁉︎」

「雲の上……!!? 何で乗ってんの……!!?」

「そりゃ乗るだろ、雲だもんよ」

「「「イヤ乗れねェよっ!!!」」」

 

 何を言っているのか、と言わんばかりに訝しげな顔をするルフィに、全員からツッコミが飛ぶ。

 常識がズレている相変わらずの船長に向けて、エレノアが満面の笑みを浮かべて告げた。

 

「……喜べ、みんな。〝空の海〟へようこそ」

「まだ信じられない…‼︎」

 

 髪についた、海水とはまた異なる雫を払いながら、ナミが思わず声をあげる。

 目の前に広がるこの景色は、全て夢か幻なのではないかと思えてしまうほど、あまりに幻想的で浮世離れしすぎていた。

 

「でも見て。〝記録指針〟はまだ、この上を指してる‼︎」

「――どうやらここは〝積帝雲〟の中層みたいね…」

「まだ上へ行くのか………? どうやってだ…⁇」

「それはわからないけど」

「方法はあるはずだ。海はたしかにあったんだからな」

 

 衝撃からまだ立ち直れていないのか、辺りを見渡すだけで動けずにいる仲間達をエレノアが鼓舞する。

 満足げに笑う彼女を見つめていたナミは、ふと思い出したように彼女の肩を叩いた。

 

「…ところでエレノア?」

「ん? 何?」

「さっきのことなんだけど……」

 

 ナミの脳裏に浮かんだのは、突き上げる海流に乗る直前の出来事。

 いざ無謀な挑戦を行おうとするルフィたちを追って現れた、丸太船に乗った男達の事が、今になって気になったのだ。

 

「あの黒いひげの奴って、あんたの知り合いか何か―――」

 

 黒い髭の大男の口ぶりから察するに、何か深い縁があるらしいエレノアに尋ねてみるナミ。

 だがその瞬間、ナミは目の前から放たれた凄まじい威圧感に、凍り付いた。

 

「……黒ひげが、なんだって?」

 

 辺りの空気が氷点下まで下がったかのような、そんな寒気を覚えたナミは、思わず呼吸も忘れて固まる。

 一切の表情を消し去り、瞳孔を全開にしたエレノアの豹変に、ナミは息を呑んで立ち尽くした。

 

「なっ…‼︎ なんでもありません!!!」

「…そう、ならいいよ」

 

 慌ててナミが首を振ると、エレノアはプイとそっぽを向き、威圧感も消える。

 だが、不機嫌そうな雰囲気はそのままで、ナミは冷や汗をかいたままごくりとつばを呑みこんだ。

 

(……一瞬、ものすごい殺気を感じた。エレノアに殺されるかと思った…!!! あいつ……あんたに何したのよ!!?)

 

 得体のしれない、奇妙な空気を発していた黒い髭の男ティーチ。

 何があったのか非常に気になったが、思わぬ逆鱗に触れてしまったナミは、それ以上の質問をする気になれなくなった。

 というか、すぐにそれどころではなくなったからだ。

 

「第1のコ〜ス‼︎ キャプテン・ウソップ泳ぎま――す!!!」

「おう‼︎ やれやれ‼︎」

「オイオイ、無茶すんな。まだ得体の知れねェ海だ‼︎」

「海は海さ、はっはっはっはっはっ‼︎」

 

 聞こえてくる声に振り向くと、上半身裸になったウソップが欄干の上に立ち、ルフィ達に向けてポーズを決めている。

 未知の海を泳いでみたくなったのだろう、勇ましく宣言した彼は、そのまま勢いよく白い海に飛びこんでいった。

 

「………」

「顔……出さねェぞ……」

 

 ウソップが飛びこんで数分、普通なら息が続かず戻ってくる頃合になっても、一向にウソップが顔を出さない。

 途端に全員の顔色が悪くなり、だんだん不安な気持ちになってくる。そんな中、ぼそりとロビンが聞き捨てならない呟きをこぼした。

 

「思うんだけど………………ここには〝海底〟なんてあるのかしら」

 

 ロビンのもっともな指摘に、今度こそ全員がハッと顔色を変える。

 考えてみれば、ここは空に浮かぶ〝雲〟。白い海のようとはいえ、陸地があるはずがなかったのだ。

 

「まさか…!!!」

「あの野郎雲から落ちたのか!!?」

「ウソップ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「だから言ったんだあのバカ!!!」

 

 安易な挑戦で、命の危機に陥ったウソップを案じ、全員があっという間に混乱に陥る。

 右往左往し始める彼らを見渡し、エレノアが大きなため息とともに声を発した。

 

「落ち着け、野郎共」

「でもウソップがァ〜〜〜〜!!!」

「ほれ」

 

 涙目で振り向くルフィに、エレノアは何かを掲げてみせる。

 彼女の手に握られていたのは、何の変哲もないただのロープ。しかしその端はしゅるしゅると動いていて、メリー号の外に続いていたのだ。

 

「ロープ…!!? まさか…いつの間に!!?」

「備えあれば憂いなし…アホは繋いでおくのが定石だ……よォ!!?」

 

 まるで躾のなっていない犬に対して言うように、呆れた様子で肩を竦めるエレノア。

 だが次の瞬間、ビンッと張ったロープに引っ張られ、非常に軽い彼女の身体は宙に浮きかけていた。

 

「ふぎゃあああああ!!!」

「何やってんのよあんたァ!!!」

「がんばれエレノア〜〜〜!!!」

 

 あわやウソップとともに落下しかける寸前、エレノアはメリー号の欄干をガシッと掴み、窮地に耐える。

 慌てて仲間達も彼女の体を掴み、そしてロープを掴んで必死に引き上げようとする。

 

「ふんんぎぎぎぎぎ」

「ぐぬぅっ…!!!」

 

 何故だか、いつも以上に力が必要になったが、決して諦めることなく一味はロープを引き続ける。

 そして、全員で息を合わせ、渾身の力で引っ張り上げ、空中にウソップを釣りあげてみせた。

 

「やったァ‼︎ 上がっ…!!?」

 

 仲間が窮地を脱したことで、歓喜の声を上げかけたルフィ達だったが。

 釣り上げられたウソップを追うように、巨大なタコや妙に薄っぺらい巨大海蛇が現れ、一味に向けて牙を剥いてきた。

 

「何かついてきたぞォ!!!」

「いやあああああ!!!」

「ッアアアアアアアアアア!!!」

「――そうビビる程のモンでもねェだろ」

 

 絶叫するナミやチョッパーを背にし、ゾロが気だるげに刀に手をかける。

 空高く跳躍し、巨大タコの目の前に移った彼は、手早く仕留めようと鋭く刃を抜いて一閃する。

 

 その直後、斬撃を受けたタコは、まるで風船のように破裂したのだった。

 

 

 

 白い海に浮かぶ薄っぺらい海蛇と、破裂したタコの残骸を見下ろし、一味は呆然と立ち尽くす。

 勝利を喜ぶには、あまりにも衝撃が大きすぎたのだ。

 

「…さて、妙な生物だぜ? こりゃ…魚類かどうかも疑わしい…」

「風船みてェだな、あのタコは…」

「一応生物だろ、動いてた…」

 

 自分達の知る生物とは明らかに異なる在り方に、ゾロやサンジが思わず唸る。

〝偉大なる航路〟で散々非常識な存在とやり合ってきた彼らだが、それを嘲笑うかのように現れる新たな事柄に、最早呆れる他になかった。

 

「雲の中に生物がいるなんて…………」

「やはりここは…〝雲〟というより〝海〟と考えた方がよさそうね」

 

 そもそも雲に乗れる時点でいろいろとおかしいが、実際に乗ってる以上、自分達の常識は通用しない。

 あらためて、未知の世界に対する警戒を持ち直そうという時だった。

 

「ギャアアアアアアアア!!!」

「うるっっせェな、今度は何だウソップ!!!」

「ズボンの中に……………‼︎ なんかいた…………」

 

 一際大きな悲鳴を上げたウソップが、ズボンのポケットから取り出した何かを見せ、ばたりと倒れ込む。

 びちびちと跳ねるそれを持ち上げ、ロビンが興味深そうに凝視し始めた。

 

「これが……〝空魚〟じゃない?」

 

 ウソップが持ち帰ってきたその魚は、まさしく未知の生物だった。

 ヒラメの様に平たく、それでいてヒレやウロコは羽毛のよう。普通の魚よりも浮きやすそうな、見るも不思議な外見の生物だ。

 そこで彼女が考察したのは、この〝海〟が、地上の海よりも遥かに『浮力』が小さいのでは、ということだった。

 

「――それで風船になったり平たくなったりか?」

「より軽くなる為ね…」

「そういえばウソップくんを引き上げる時、あれでもだいぶ抵抗が弱かったような……浮力が地上の海より弱いのか…」

「そうか? おれはむしろ重かったぞ?」

「鱗が羽毛みたいだし…〝肉食〟っぽい口も変…‼︎」

 

 地上ではまず見ない魚の姿に、ナミも興味深そうに凝視する。

 ほぼ同じ見た目の海蛇や、浮いているタコの残骸を見やっていると、何処からともなく香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「ソテーにしてみた」

「こりゃうめェ!!!」

「まだ検証中でしょ!!!?」

 

 許可も得ないまま、未知の食材を料理に変えてしまったサンジ。そしてそれを早速口にするルフィに、ナミは目を吊り上げて怒鳴り声をあげる。

 何もかもが新鮮で、謎ばかりの海に興奮を止められない一味だったが、そんな中で一人、混乱した様子で声をあげる者がいた。

 

「え……わ……‼︎」

「おい、どうしたチョッパー」

 

 声に気付いて振り向けば、何か真新しいものを発見できないか、と双眼鏡で当たりを見渡していたチョッパーが、ある一点を凝視して後退っていた。

 

「チョッパー、船か? 船がいるのか⁉︎」

「いや…うん、いたんだけど………船はもういなくて‼︎」

「何だよ」

「そこから牛が四角く雲を走って、こっちに来るから大変だ〜〜〜〜〜!!!」

「わかんねェ、落ちつけ!!!」

「何だっつーんだ」

 

 自分が何を見たのか、何が起こったのか理解が追い付いていないようで、支離滅裂な事ばかりを口にするチョッパーに、ルフィたちは首を傾げる。

 そんな彼らに向けて、ざっと身構えたエレノアが鋭く声を発した。

 

「敵襲ってことだよ!!!」

 

 唐突な報告に、慌ててルフィたちが、チョッパーが凝視していた方角に振り向く。

 そして、近付いてくるそれを目の当たりにして、またしても目を見開いた。

 

「!!? 人だ、誰か来る!!!」

「雲の上を走ってるぞ!!!」

 

 白い海の上を向かってきたのは、鹿喰牛の仮面をつけた半裸の何者か。

 槍と盾で武装した、明らかに敵意を有したその男に気付き、一味全員が警戒をあらわにしていた。

 

「おい、止まれ何の用だ!!!」

「排除する…」

「聞く耳持たずか…‼︎」

 

 身構える一味に向けて、物騒な呟きをこぼした謎の男は、猛スピードのまま高々と跳躍する。

 それを迎え撃とうと、ルフィとゾロとサンジとエレノアが前に出る、が。

 

「ヴ!!?」「ぐはっ!!!」「ブヘっ!!!」

「フンッ!!!」

 

 あっという間に、エレノアを除く全員が手痛い一撃を貰い、呆気なく甲板に倒れ込む。

 唯一エレノアにのみ弾かれ、再び宙を舞った謎の男は、そのままメリー号を跳び越えて白い海に降り立ち、また走り出した。

 

「え!!? ちょっとどうしたの!!? 3人共っ!!!」

「ギャー、ギャー!!!」

 

 一味の実力者三人があっさりとやられる光景に、ナミやウソップは慄き、チョッパーは泣き叫ぶ。

 先手を打たれ、混乱に陥る一味に、再び謎の男が襲い掛かろうとしたその時だった。

 

「そこまでだァ!!!!」

 

 バサバサッ、と大きな羽搏きの音が響き、大きな影が急速に接近する。

 影は大きな槍を突き出し、謎の男と激突すると、彼を白い海に叩き落としてみせる。

 ボゥン、と海に沈んだ謎の男を見下ろし、影はメリー号の上に降り立った。

 

「何‼︎ 今度はだれ!!?」

「ウ〜ム、我輩〝空の騎士〟!!!」

「ピエ―――‼︎」

 

 ナミの困惑の声に、影は―――銀色の鎧をまとった老人は、傍らに立つ巨大な、斑点模様が目立つ鳥とともに応える。

 勇ましい名乗りを上げた彼は、謎の男が沈んだ方を見やり、息をついた。

 

「去ったか…………」

「何なのよ一体……‼︎ あいつは何者だったの⁉︎」

 

 先ほどから、事態が急に動き過ぎていて、考える間もないナミが声を荒げる。

 荒ぶる彼女を放置し、目をキラキラさせたチョッパーと、真剣な面持ちになったエレノアが鎧の老人に頭を下げた。

 

「助けてくれてありがとう」

「見ず知らずの我々のために、かたじけない」

「ウム、よい。やむを得ん。これはサービスだ」

 

 老人は気さくに手を振り、船医と天使の感謝の言葉を受け取る。

 ナミは妙に硬い口調のエレノアに訝しげな視線を送ってから、倒れ込んだままのルフィたち三人をキッと睨みつけた。

 

「それに何よあんた達、だらしない!!! 3人がかりでやられちゃうなんて‼︎」

「いやまったく…不甲斐ねェ」

「なんか体が……うまく動かねェ」

 

 しかし、一方的にやられた三人も、自身に起きている異変に眉を寄せている。

 首を傾げる彼らを見やり、ロビンが納得したように呟いた。

 

「………きっと、空気が薄いせいね……」

「…………………?」

「ああ……そう言われてみれば………………」

 

 彼女に指摘され、三人は思い出したというように辺りを見渡す。見えるわけではないが、考えてみれば体が重いのはそのせいのようだ。

 

「おぬしら青海人か?」

「? 何それ」

 

 急に聞きなれない単語で尋ねてくる老人に、ナミが訝しげに見返す。

 助けてくれたことから、悪い人間ではないとは思うのだが、どうにも初対面ということもあって、うまく警戒心が拭えないようだった。

 

「…そうだ、あなたは誰?」

「我輩〝空の騎士〟である。青海人とは雲下に住む者の総称だ――つまり、青い海から登ってきたのか」

「………うん、そうだ」

「ならば仕方あるまい…ここは〝青海〟より7000m上空の〝白海〟。さらにこの上層の〝白々海〟に至っては一万mに及んでいる。通常の青海人では、体が持つまい…」

「‼︎ そうか…エレノアがさっき普通に戦えていたのは、普段から空を飛べて空気が薄いのに慣れてるから………!!!」

 

 翼をもつ種族である彼女を見やり、ナミが思わず納得の声をあげる。

 上空と地上、気圧の変化を人より多く経験している彼女なら、この環境にすぐに適応していても確かにおかしくはないのかもしれない。

 が、そんな彼女達のすぐそばで、ルフィたちが息を整えているのが見えた。

 

「おっし‼︎ だんだん慣れてきた」

「そうだな、さっきより大分楽になった」

「いやいやいやいや」

「…あれは例外の青海人だと思ってください」

 

 常人離れした適応能力を見せる彼らに、老人は思わず待ったをかけるが、呆れた顔のエレノアに制されていた。

 それをいつものことだと流したウソップは、この機会を逃すべきではないと、老人に対し質問を投げかけようとする。

 

「――それよりさっきの奴、海の上を走ってたのは何でなんだ?」

「まァまァ待て待て…質問は山程あるだろうが――まずビジネスの話をしようじゃないか。我輩、フリーの傭兵である。ここは危険の多い海だ。空の戦いを知らぬ者なら、さっきの様なゲリラに襲われ、空魚のエサになるのがオチだ」

 

 だが老人はそれを遮り、ルフィたちに真剣な表情で向き直る。

 疑問の面持ちで見つめてくる彼らに向けて、老人は胸を張りながら一つの提案を持ち掛けた。

 

「1ホイッスル500万(エクストル)で助けてやろう」

 

 老人がそう述べると、ルフィたちの間に沈黙が降りる。

 全員が目を丸くして、謎の単語を連発した老人を凝視する中、最初にルフィが答えを口にした。

 

「何言ってんだおっさん」

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