ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「ぬ‼︎ バカな…格安であろうが‼︎ これ以上は1Eもまからんぞ‼︎ 我輩とて生活があるのだから‼︎」
ルフィたちの訝し気な反応に、老人は慌てたように返す。
断れるとは思わなかった様子で食らいついてくるが、状況を理解できていない彼らにしてみれば、老人のの反応の方が予想外だった。
「だからそのエクストルって何なんだよ。ホイッスルがどうってのも」
「ああ…えっと、〝空の騎士〟さん。私達
「は!!?」
首をかしげるルフィに変わり、申し訳なさそうにエレノアが割って入る。
すると、聞き捨てならない言葉を聞いたナミが、ハッと目を見開きながら振り向いた。
「ちょっと待って‼︎ 他にもこの〝空の海〟へ来る方法があったの⁉︎ あんたそんな事一言も……‼︎」
「うん、ごめん…なんとなくあの空気でそういう事は言えなくってさ」
若干殺気を込めながら睨みつけられ、エレノアは思わず目を逸らす。
一方で老人はルフィたちの反応で、如何にして彼らがこの海に辿り着いたかを理解したらしい。ひどく驚いた様子で青年達を凝視し始めた。
「……何と‼︎ あのバケモノ海流に乗ってここへ!!? ……まだそんな度胸の持主がおったか…」
「?」
「……普通のルートじゃないんだ……やっぱり…」
この海の住人でさえ、この反応。
危うく死ぬところの、無謀な挑戦を乗り越えたばかりのナミは、愕然と甲板の上で膝をつき項垂れる。
あんな恐ろしい思いをしなくてもよかったのではないか、と。
「着いたからいいじゃねェか」
「死ぬ思いだったじゃないのよ!!! そもそもあんたが教えてくれればこんな大変な思いは…!!!」
「すまんすまん。そう楽ばかりしては今後の度胸がつかんと思ってな」
「いらないわよそんな度胸!!!」
「冗談だ……ちゃんと理由がある」
悪戯っぽく苦笑しながら、エレノアは凄まじい剣幕で向かってくるナミを制する。
ただ一人、詳しい情報を持っているらしい少女が攻められている光景に何か思ったのか、老人がルフィに視線を向けた。
「1人でも船員を欠いたか?」
「いや、全員で来た」
「他のルートでは、そうはいかん…100人で空を目指し何人かが到達する、誰かが生き残る、そういう賭けだ。――だが〝突き上げる海流〟は全員死ぬか全員到達するか、それだけだ」
老人にそう言われ、ナミはハッと我に返る。
他に来る方法があるというだけで、必ずしもそれが安全とは限らないのだと、彼女は気づかされる。同時に、何故この天使がその方法を提示しなかったのかも。
「0か100の賭けができる者達はそうはおらん。近年では特にな。度胸と実力を備えるなかなかの航海者達と見受けた」
老人はルフィ達に、本気で感心しているらしい一瞥をくれ、懐を探り出す。
そして取り出した小さなそれ―――紐のついたホイッスルを青年たちの目の前に放り出した。
「1ホイッスルとは、一度、この笛を吹き鳴らす事。さすれば我輩、天よりおぬしらを助けに参上する!!!」
返事も聞かないまま、老人は欄干の上に立ち、巨大な鳥と並び立つ。
自身の姿を、青年たちの目に焼き付けさせようとするように。
「本来はそれで空の通貨500万E頂戴するが、1ホイッスルおぬしらにプレゼントしよう‼︎ その笛でいつでも我輩を呼ぶがよい!!!」
「待って‼︎ 名前もまだ…」
「我が名は〝空の騎士〟ガン・フォール!!!」
「ピエ〜〜〜〜〜!!!」
「そして相棒ピエール!!!」
名乗った一人と一羽は、軽やかに空中に飛び出す。
そして老人ガン・フォールが相棒の背に乗った瞬間、彼らの影にある変化が起き始めた。
「言い忘れたが、我が相棒ピエール、鳥にして〝ウマウマの実〟の能力者‼︎ つまり翼を持った馬になる!!! ――――即ち……」
騎士を背に乗せた鳥が、見る見るうちに自身の姿を変貌させていく。
立派な翼はそのままに、両足は蹄を持って四本に増え、尾羽は豊かな尻尾に、顔が長く伸びて鬣が生える。
その姿はまさに、伝説上にて天空を美しく飛翔する幻獣そのもの。
「うそ…‼︎ 素敵…!!! ペガサス!!?」
「そう!!! ペガサス!!!」
「ピエ〜〜〜〜〜!!!」
目を輝かせるナミの前で、騎士は変身を遂げた相棒の背に跨り、その姿を誇る。
…しかし実際のところ、格好がいいのはシルエットだけで、斑点模様も顔つきもそのまんまな、何とも言えない見た目になっていたのだが。
(いやァ、微妙…)
「勇者達に幸運あれ!!!」
「オカシな生き物になったぞ、アレ」
全員が思わず黙り込み、ばっさばっさと飛び去っていく騎士と天馬(自称)の後姿を見送る。
突然の奇妙な来訪者が姿を消してしばらくし、ようやく我に返った一味は、互いに顔を見合わせた。
「……結局、何も教えてくれなかったわ」
「……そうだ……ホント……何も」
「これでフリ出しに戻ったぞ」
次から次へと妙な事が起こり、正直ついて行けていないルフィたち。
なのに知りたい事を何も理解できていないという状態に、誰もが肩を竦めるばかりだった。
「――――で、どうやって上へ行くんだ?」
「よし、じゃあおっさん呼んで聞いてみよう」
どうしたものか、とこぼれた呟きを聞いて、ずっとウズウズしていたルフィが、笛を手にする。
そして、思いっきり吹き鳴らそうとした寸前で、ウソップとナミが彼にしがみついた。
「ちょちょちょ‼︎ ちょっと待ってルフィ‼︎ これは緊急事態に助けてくれるってヤツでしょう!!?」
「また、あの仮面つけた妙な奴が現れた時どうすんだよ!!!」
「エレノア、また〝地獄耳〟でなんか探れねェか?」
「少し待て…いや、その必要もなさそうだ」
ばたばた騒がしい三人を放置し、ゾロが何か手掛かりを得られないかと、索敵や探知に信頼の置けるエレノアに問いかける。すると彼女は、くいっと船の前方から見える景色を、顎で示してみせる。
つられて視線を向ければ、何か白く長い者が、雲の向こうに聳え立っているのが見えた。
「なァ、あそこ見てくれ!」
「? 何かしら…滝の様にも見えるけど」
「変な雲だろ?」
「よし、決まりだ。あそこへ行ってみよう」
とりあえずの目印を見つけた、と一味は進路を変更する。
辺り一面真っ白な平面のため、大した障害もなく難なく近くまで進む事ができた一味だった、が。
「…その前にでっかい雲……」
見つけた滝のような何かの前に、大きな雲が立ちはだかる。
そのまま突っ切ってしまいたいところだが、ここは何が起こるか分からない未知の世界。慎重にならざるを得なかった。
「どうする?」
「〝空の海〟の上に浮いてんだから、同じ〝空の海〟じゃねェだろ」
「……じゃ、どんな雲だ………?」
「ただの雲ならそのまま進むんだけど」
「触ったらわかるだろ」
ただの障害物なら、ブッ壊してしまえばいいと、ルフィが思いっきり腕を伸ばして雲を殴りつける。
するとルフィの拳は、ばいんと大きく跳ね返った。
「わっ‼︎ はじいた」
思わぬ現象に、興味を抱いたルフィは一層目を輝かせる。
好奇心のままに飛び掛かってみると、全身を包むやわらかな感触に、さらに歓喜の表情へ変わった。
「うおお!!!」
「見ろ‼︎ 乗れた‼︎ 沈まねえぞふかふかする!!! 綿みたいだ!!!」
「スゲ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「…………どういう現象⁉︎」
「まるで夢の光景だよ……」
「不思議」
「うお‼︎ おれも行く‼︎」
ぼよんぼよんと、触れて跳ねる雲を堪能するルフィに誘われ、ウソップとチョッパーも一緒になって飛び込んでいく。
地上の常識ではまず考えられない光景に、またも度肝を抜かれるナミの隣で、エレノアも感嘆の声をあげていた。
「……でもそうなるとこの盛り上がった雲のある場所は船じゃ通れないわけか……」
「ねェ‼︎ 上から船の通れるルートを探せない⁉︎」
「おう‼︎ よし‼︎」
突っ切れないのなら、回り込める道を探すしかない、と未だに遊んでいるルフィたちにナミが呼びかける。
すると彼に、雲の向こう側に回ったウソップが興奮気味に声をかけた。
「オイ‼︎ ルフィ、あっち何かあるぜ」
「何だ何だ」
「コラー!!!」
仲間と船をほったらかしにして先へ行こうとする船長に、ナミの怒りの声が飛ぶ。
さっそく暴走しそうになる彼らを何とか落ち着かせるのに、さらに時間をとられることとなった。
「門?」
「ああ! あの滝みたいなヤツの下にでっけェ門があった。ここ抜けたらわかるさ」
ようやく雲の堪能から戻ってきた三人から情報を得て、メリー号は進行を再開する。
とはいえ、遊ぶことに夢中だった三人の案内はポンコツで、何度も道を間違いそうになるも、何とか雲でできた道を進みきることに成功する、そして。
「…あ‼︎」
「なっ!!?」
「確かに…わかるね、一目で」
一味はついに、〝空島〟への『入り口』を目の当たりにする。
高くそびえたつ雲の柱の根本、そこには大きな目立つアーチとともに、『HEAVEN'S GATE』という文字が躍っていたのだ。
「それに見て。あの滝みたいな雲はやっぱり滝なのよ…‼︎さっきの性質の違う雲の上を流れてるんだ」
圧倒される一味の中で、ナミは聳え立つ雲の正体に気付く。
地上より一万mも上に存在する海、そしてそのさらに上から流れているであろう滝の上を見上げ、一味は自分達の目指す目標の高さを再確認した。
「〝天国の門〟だと…」
「縁起でもねェ、死にに行くみてェじゃねェか…」
「…いいや、案外おれ達ァもう全員死んでんじゃねェのか?」
「そうか、その方がこんなおかしな世界にも納得がいくな」
「死んだのかおれ達!!?」
「天国か〜楽しみだ!!! こっから行けるんだ、やっと‼︎」
次々に襲い掛かる摩訶不思議な光景を前に、一味の興奮と期待はさらに膨れ上がっていく。
全員が胸を躍らせる中、エレノアの耳がピクリと震え、門の近くに現れた何者かの気配を捉えた。
「見ろ、あそこ。誰か出てきたぞ?」
エレノアの忠告で、ルフィたちの視線もそこへ集中する。
空の海に到達して、遭遇する三人目の人間は一体どんな存在か。そんな期待の中で、彼らの前に現れたのは。
「観光かい? それとも…戦争かい?」
丸い顔に多くのしわを刻んだ、背中から小さな羽を生やした、カメラを持った一人の老婆だった。
予想とは大きく異なる、しかし明らかに地上の人間とは異なる姿をした人間の登場に唖然となる一味をよそに、老婆はカメラを光らせながら告げる。
「どっちでも構わない。上層に行くんなら、入国料1人10億Eおいていきなさい。それが『法律』」
「天使だ!!! 天使ってあんなんなのか………‼︎ 梅干しみてェだ」
「エレノアとは大違いだな」
「…………」
老婆の問いに答えることなく、非常に失礼な感想を好き勝手述べるルフィとウソップ。
その横で、大きく目を見開いて老婆に目を奪われていたエレノアが、不意に感じた痛みで顔を歪めた。
「……? また…この頭痛…」
急な鈍痛に、エレノアは訝し気に頭を押さえる。
些細な反応で、一味は誰も彼女に注意を払うことなく、老婆の口にした単語の意味を測りかね、互いに不安げに囁き合った。
「10億EってBだといくらなんだ?」
「……あの、お金…もし…もしなかったら…………?」
「通っていいよ」
「いいのかよっ!!!」
「――それに、通らなくても……いいよ」
恐る恐る訪ねたナミに、老婆は意味深に笑みを浮かべて答える。
それに首を傾げる一味に構うことなく、老婆は続けて口を開いた。
「あたしは門番でもなければ衛兵でもない。お前達の意志を聞くだけ」
「じゃあ行くぞ、おれ達は空島に‼︎ 金はねェけど通るぞばあさん」
「そうかい、8人でいいんだね?」
「…? うん…‼︎ でもよ、どうやって登ったら」
門はあるが、その先に見えるのは滝だけ。一体どのようにして進めばいいのか、と尋ねようとした時だった。
突如、メリー号が不自然に揺れ、船体が大きく持ち上げられた。
「え!!?」
「ギャ――‼︎ ギャ〜〜!!!」
「〝白海〟名物『特急エビ』…………」
驚愕で目を見開くルフィたちをよそに、メリー号を持ち上げたそれ、巨大なエビが動き出す。
船体を両腕のはさみで挟み、巨大エビはすさまじい速度で運び出す。それが向かう先は、門の向こうに聳え立つ巨大な滝の方だった。
「うわあっ!!! 動き出した!!!」
「滝を昇る気か!!?」
座波座場と垂直な雲を昇り、巨大エビがさらに上へと進んでいく。
滝を昇った先はまだ続きがあり、きしめんのようにうねる長い雲の道が、雲の中へと伸びているのが見えた。
「どうなってんだこりゃ……!!! 雲が帯状になって、まるで川みてェだ…‼︎」
「自然にできたものとは思えないわ」
「自然じゃねェだろこんなもん‼︎」
まるで、神が作った遊興施設を逆に上っているかのような心地で、一味は雲の中へとつっこんでいく。
そんなルフィたちの目の前に、大きく目立つように作られたある文字が目に入った。
「何か書いてあるぞ!!!」
「出口だ!!!」
「神の国、スカイピア!!?」
「出口ではない……入り口なんだ!!!」
巨大エビに運ばれるまま、圧倒されてばかりの麦わらの一味。
永遠のように長く感じられる、しかし一瞬のように短い不思議な旅の後で、彼らはついに、その領域へと足を踏み入れた。
純白の海のど真ん中に浮かぶ、同じく真っ白な雲の陸地へと。
「島だ…!!!〝空島〟だ〜〜〜!!!」
―――『天国の門』監視官アマゾンより、全能なる〝
神の国『スカイピア』への不法入国者8名、〝天の裁き〟にかけられたし。