ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
パガヤとコニスの案内で、比較的急な傾斜に造られた、真っ白な階段を昇っていくルフィたち。
その途中、視界の端に映った景色に、ウソップが興味深そうに振り向いた。
「おい、向こうに何か工事現場みてェなのがあるぞ‼︎」
「ん? 何だ何だ?」
何事か、とルフィたちも同じく視線を向けると、そこにあったのは角ばった雲。
何人もの人々が工具を持ち寄り、そこから直方体に切り取った雲を運んでいる姿が目に入った。
「〝雲切場〟の事でしょうか? これから加工する為の雲を切り出す現場です」
「切れるもんなのか雲って…」
「何もかも常識を無視してやがる」
「あなた方は白海から白々海へ〝ミルキーロード〟を通ってきたのでは⁉︎」
唖然としたまま、目を奪われる一味にパガヤが確認する。
言われてルフィたちは、天国の門からこの島にたどり着くまでに通った、きしめんのようにうねる雲の道の事を思い出した。
「あれは人工的な雲の運河です。元からある自然の雲は2種類あり、あなた方が船で進んで来たのは〝海雲〟。そしてそこにフカフカと浮く歩ける雲、それが〝島雲〟」
「そうか……海底がないから全部浮島なのか」
ウソップが直に体験し、危うく一万メートル上空から落下しかけたことを思い出す。
環境や生態などで驚かされてばかりの一味の中で、ふとロビンが根本的な疑問を口にした。
「普通の雲ではあり得ない事よね、泳げたり…乗れたり…」
「ええ、雲を作り出す凝結核が他とは異なるのです」
詳しい説明を求めるロビンに、パガヤが丁寧な説明を始める。
青海に存在する謎多き鉱物〝海楼石〟。それに含まれる〝パイロブロイン〟と呼ばれる角質の粒子が、火山によって空に運ばれ、水分を得て生じた密度の差により、〝海雲〟と〝島雲〟が形成されるのだという。
「あ〜〜成程アレだ!!!」
「あ〜〜ア‼︎ そうそうアレだよな! 子供の頃よく遊んだよ…………〝角質の粒子〟」
「知ったかぶりやめい」
「――まァ…とにかくさき程言いました〝ミルキーロード〟や、ビーチにあった雲でできたイスなど、あれらは〝雲切場〟で切り出した〝島雲〟をさらに圧縮するなどして密度をかえる事で、人が作り出した雲なのです」
難しいことが苦手な二人がわかった顔で頷くのを、エレノアが冷ややかな視線を向ける。元々期待などしていないが、アホが分かったふりをするのは、何とも言えない見苦しさがあった。
そんな会話を続けながら、一味はパガヤとコニスの案内のもと、二人の住居に辿り着いた。
「ウソップのアホー!!!」
「イヤ何でおれだよ」
ある一つの巻貝の穴に向けて、ルフィが適当な一言を聞かせる。
理不尽な悪口に、華麗なツッコミを入れるウソップに、コニスはおかしそうに笑い声をこぼす。
「ふふっ…じゃあその貝の殻頂を押してみて下さい」
「カクチョウって何だ?」
「殻のてっぺんだろ。押したってどうなるもんでも…」
訝しみながら、コニスに促されるままに貝の先端を指で押してみるルフィ、すると。
『ウソップのアホー!!!』『イヤ何でおれだよ』『ふふっ…じゃあその』
「うわ‼︎ ウソップが貝にバカにされた!!!」
「違うだろ、お前の声じゃねェか‼︎」
「へー‼ すげェな、音を記憶したのか」
先ほど発した声と寸分違わぬやり取りが再生され、ルフィたちはぎょっと目を見開いて巻貝を凝視する。
同じく目を丸くしたゾロが、不思議な能力を持つ巻貝を見つめて聞き返した。
「この貝が〝ダイアル〟か⁉︎」
「はい、それは〝
「成程、コリャスゲェな!!!」
「この手の品は地上…青海にも流通してるよ。パパの船にもいくつかあったし、利用もしてたんだ」
「ってことはおめェ、知ってたな‼︎」
「コニスの説明に割って入るのは忍びなくてな……」
知ってたなら教えろよ、と言いたげなウソップたちの視線に、エレノアは申し訳なさそうに頭をかく。せっかく現地の人がわざわざ説明してくれているのに、横取りするのもそれはそれで失礼だろうと。
「白々海の貝って海底がねェのにどうやって生きてんだ」
「浅瀬の漁礁で取れるんです」
「これが〝ダイアル〟なら…でも、これで〝ウェイバー〟が動くとは思えないけど」
「いいえ、ウェイバーの動力はこっちです。これは小さめですけど」
ロビンに問われ、コニスはまた別の種類の貝を取り出す。手のひら大のそれは音貝とは少し形や模様が異なり、大きさもわずかに大きい。
コニスの指示で、ルフィはそれを持ったまま、風を穴の中に入れるように振り回してみる。
「〝
言われた通り数秒風に当ててから、自分の顔に穴を向けて殻頂を押す。
するとルフィの顔に、自分が回した勢い分の強さの風が噴き出し、思わず感嘆の声が上がる。
「大きさにより風を蓄えられる容量は違いますけど、これを船尾に取りつける事で軽い船なら動かせます」
「それが〝ウェイバー〟………‼︎」
「そうか、これで風吹き出して走ってたのか、アレは!」
「私はウェイバーが精一杯なんですけど、本当は他にもいろいろあるんですよ。スケート型のものやボード型のものや……」
「……ゲリラが使ってたのはそれか」
海の上を自在に走り、素早い動きで襲い掛かってきた仮面の男の事を思い出し、エレノアは思わず唸る。
ということはつまり、スケート型のウェイバーを乗りこなしていた彼は、相当に訓練を積んだ、優れた使い手ということになるのだろう。
「いいな〜ウェイバー乗りてェな〜。あいついいな〜。せっかく一コ持ってんのにな〜〜」
「持ってるったって、ありゃボロボロじゃねェか。それに200年経ってんだ、動くわけねェよ」
「それはわからんぞ?」
あれだけ盛大に失敗しておきながら、まだ挑戦するつもりなのか、ルフィが窓辺から海を走るナミを眺めてぼやく。
どうしようもない、とウソップが肩を竦めて船長をなだめていると、エレノアがそれを否定した。
「元々〝貝〟は貝の死骸を使うから、殻自体が壊れてない限り半永久的に機能するんだ」
「本当か⁉︎ ほらっ」
「でも乗れねェだろ」
「いい〜〜な〜〜〜〜〜〜〜」
懲りるということを知らないのか、鬱陶しいほどにウェイバーに執着するルフィ。
視線が外に釘付けになったままの彼を放置し、ロビンが興味深げな視線をコニスに、そして部屋に備えられた大きな貝に向けた。
「他にもまだ種類がありそうね、〝貝〟。この照明もそう?」
「ええ、〝
興味をそそられたチョッパーが、灯貝についた紐を引っ張って点灯を試し、目を輝かせる。
普通に火をつけて使うランプとは比べ物にならないほどお手軽な、それでいて安全そうな道具に、一味の感嘆の声は止むことがなかった。
「直接の資源じゃないですけど、空島の文化は〝貝エネルギー〟と共にある文化ですから。他にも炎を蓄える〝
「面白いな〜〜〜〜面白いな〜〜〜〜」
「空の生活とは切り離せないものなんです」
聞けば聞くほど、ルフィの好奇心は刺激され身体が疼き始める。
普通の生活だけでもこれだけ興奮させられるなど、地上にいたままなら想像することさえできなかっただろう。
その時、キッチンの方でギャーギャーと騒がしい声が聞こえ、一味の注意がそちらに向けられた。
「楽しそうだな、サンジ」
「空の食材にうかれてんだろ」
自分の知らない空色のソースを、ただ腐っているだけとは知らずに舐めてしまったサンジの苦しみも知らず、暢気に笑うウソップ。
しばらくすると、期待以上に香ばしい良い匂いが漂い、待ち望んでいたそらの食材の料理が姿を見せた。
「さァ出来たぞ!!!〝空島特産果物添えスカイシーフード満腹コース〟だ」
「んまほ〜〜〜〜〜!!!」
パガヤが見せたスカイロブスターをメインに、色とりどりの野菜と果物で彩られた料理が披露され、ルフィがさっそく歓声を上げる。
一仕事終え、満足げなサンジだったが、室内にいる人数が一人足りないことに気付き、表情を変えた。
「おい‼︎ ナミさんはどこ行ったんだ⁉︎」
「いるだろ海に………」
きょろきょろと辺りを見渡すサンジに、やはり気になるのは女か、と呆れた様子で返すゾロ。
窓辺に寄ったウソップが、まだウェイバーを堪能しているのかと海に目をやるが、そこにナミの姿は見当たらなかった。
「いや、いねェ…」
「じゃ、ちょっと遠出してんだよ。放っとけって‼︎」
既に興味が料理に変更されているルフィたちは、バクバクと美食に口をつけ、あまり大事と捉えていない。
しかしその横で、何やら不安げな表情になったパガヤとコニスが顔を見合わせていた。
「ち…父上…大丈夫でしょうか…⁉︎」
「ええ、コニスさん。私も少し悪い予感が…」
「何だ? どうした」
何かを恐れているような、冷や汗を垂らした二人にルフィが訝し気に問いかける。
若干血の気が引いた青い顔のコニスは、ルフィたちの視線が集まるとごくりと息を呑みながら、微かに震える声で語り始めた。
「この〝スカイピア〟には何があっても、絶対に足を踏み入れてはならない場所があるんです。その土地はこの島と隣接しているので、〝ウェイバー〟だと、すぐに行けてしまう場所で……」
「足を踏み入れちゃならない? 何それ?」
「…………聖域です」
険しい表情で問いかけたエレノアに、コニスは言い辛そうに答える。
まるで、それについて口にすることそのものが憚られるように、怯えた様子でその場所の名を口にした。
「神の住む土地…〝アッパーヤード〟」
コニスの台詞に、一味全員が目を見開く。
予想もしない大物の名前があがったことで、興味と関心が大きく膨れ上がっていた。
「〝神〟がいるのか!!? 絶対に足を踏み入れちゃならない場所に……!!!」
「はい、ここは〝神の国〟ですから、全能の神〝
相当に信心深いのか、あるいは別の理由か、真剣な表情でそう答えるコニスに、ルフィは不意に笑みを浮かべる。
その意味深な笑みにいやな予感を覚えたウソップは、慌てて彼の肩を掴んで目を合わせた。
「おいルフィ!!! てめェ今、何考えてる!!? 話をよく聞けよ!!? 足を踏み入れちゃならないっていうのは、絶対にそこに入っちゃならないって意味なんだぞ!!? ルフィ!!?」
「あーそ〜〜…入っちゃいけねェ場所があるのか」
と、聞いてるだけで恐怖心が沸いて来たのか、凄まじい剣幕で釘を刺すウソップだが、ルフィがそれを聞き入れている気配はない。
それどころかむしろ、目の奥で不穏な輝きを強めていることに、全員が気付いていた。
「そうか…絶対に入っちゃいけねェ場所かァ………」
((((絶対入る気だ…))))
ワクワクと好奇心を隠しきれていない船長に、ルフィを除く全員が顔を引きつらせる。こうなったルフィに関しては、ろくな思い出がなかった。
エレノアも、不気味な笑みを浮かべる船長を見やり、重く深いため息をこぼしていた。
「子供ってさァ…『やるな』って言われると逆にやりたくなる習性があるんだよね」
「ああ、そういう…」
母親的、あるいは姉的な立場に立つことが多いエレノアは、この先起こるであろう騒動を思って肩を落とす。
一味で最も気苦労を重ねているであろう彼女に、ロビンが労わるような視線を向けているのが、何とも切なく見えた。
「ん? でも神様なら入っちゃいけねェとことか入っても許してくれんじゃねェのか?優しいだろ?」
「いえ…でも神の決めた事を破るのは神への冒瀆ですし…」
「…そうか、まあいいやどっちでも」
ばりばりぼりぼりと、スカイロブスターを殻ごと噛んだルフィが、口いっぱいに頬張ったそれを一気に飲み込む。
ナミがいなくなった海を見やると、ルフィは不敵な笑みと共に立ち上がった。
「おし‼︎ とにかくナミを探しに行こう‼︎ あ、でもちょっと待て。これ食ったらな」
「そんな悠長な事言ってる間にナミさんの身に何か起きたらどうすんだお前」
「おいとけ、すぐ戻って来るんだからよ」
さして、というか全くと言っていいほど慄く様子もなく、移動を始める麦わらの一味。
青年達の我の強さに一瞬圧倒されていたコニスとパガヤだったが、ややあって我に返り、再度不安げな表情で忠告を口にした。
「……ですけど、彼女が本当にそこへ向かったかどうかもわかりませんし、くれぐれも無茶だけはなさらないで下さい……‼︎〝神〟エネルの怒りにふれては本当に大変な事に…」
執拗に、本気で恐れている様子で、ルフィたちに注意を促す空の住民達。
それを横目で見やっていたエレノアは、冷めた表情でそっぽを向き、呆れたため息をついた。
「…………神か、くだらんな。まだそんなことをのたまう輩がいるのか」
その声には呆れだけでなく、鬱陶しそうに吐き捨てるような響きがあった。