ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第128話〝罪人〟

「私達、ハメられたんだわ‼︎ あのおばあさん言ってたじゃない、『通っていい』って。それで通ったら『不法入国』⁉︎」

 

 一旦窮地を脱した途端、ナミが凄まじい剣幕で怒りを爆発させる。

 とんでもない賭けに勝って、ようやく目的の空島に着いたのに、待っていたのはのんびりできるどころか犯罪者扱い。怒るのも無理はなかった。

 

「詐欺よ‼︎ こんなの!!!」

「まったくだぜ――まァあそこでもし『通っちゃダメだ』って言われててもどうせ力ずくで入国しただろうって事はおいといてよ」

「おだまり」

 

 ぼそりと呟くウソップをギロリと睨み、ナミはフンと鼻を鳴らす。彼女の怒りが収まるには、まだ相当時間がかかりそうだ。

 と、そこへ、かなり距離を置いた場所に立ったパガヤが、ため息混じりに口を開いた。

 

「――――とにかく大変な事になりました。第2級犯罪者となってしまわれては、私達はお力には…」

「なんか遠くないか?」

「――まあでもいいじゃねェか別に。追われるのには、慣れてんだしよ」

 

 追われ逃げるのはいつものことだ、といつも追われる原因になっている自覚がないルフィが笑いながら答える。

 するとその目が細められ、肩をすくめるナミに咎めるように向けられた。

 

「そんな事よりお前、なんで帰って来ちまったんだ?」

「は⁇」

「せっかくおれ達、これからあの〝絶対入っちゃならない場所〟へ大冒け…いや…お前を探しに行くとこだったのに」

「おい、せめて本音は隠せ」

「ホンットにあんたはわかり易いわね。何が大冒険よ!!!」

 

 もののついでに迎えに行くような言い方に、エレノアが半目で呆れた声を発するが、ナミはそれ以上に聞き捨てならない言葉に食ってかかる。

 彼女は一度、〝神〟の力の片鱗を目撃していた。青海人らしき男とそれを追う者達、そして天より降り注ぐ巨大な雷。思い出しても恐怖が蘇る光景に、ナミはまたブルリと肩を震わせた。

 

「私は絶対二度と行かないからねあんな島!!!」

「ならば先に行くといい」

 

 鼻息荒く、断固たる拒否反応を示すナミ。

 そんな彼女に返ってきたのは、遠く海の彼方を見つめて佇む、エレノアからの冷めた一言だった。

 

「……は⁇」

「私にはやることがある……それが終わるまではこの国を離れるつもりはない。命が惜しいなら先に降りる準備をしておけ…私は残る」

 

 コキコキと首を鳴らし、いつもの彼女とは思えない粗暴な言葉と態度で仲間達に告げる天使。

 凄まじい違和感で呆然となるナミ達をよそに、エレノアは鋭い視線を虚空に向け、冷たい声のまま続けて言った。

 

「別に引き止めはしない…〝空島〟があったと言う事実だけでお前は十分のようだしな………」

「おいおいおいおいおい!!!」

「ちょっと待ちなさいエレノア!!! しっかりしてよ!!!」

 

 おもむろに、船の外に向かって歩き出そうとした彼女に、ナミとウソップが慌ててしがみつく。

 放っておけば、本気で全員をおいて飛び立っていたであろう雰囲気に、全員が驚愕の表情を見せていた。

 

「言ったじゃない‼︎ あの島にはとんでもない奴らがいるって!!! 神だか何だか知らないけど神懸かった力だけは本物だって!!! あんたにまでルフィみたいな事言いだされたらこっちはどうすりゃいいのよ!!?」

 

 常に自分の味方だと思っていた少女からの、思っていた正反対の反応に、思わず涙目になってしまうナミ。

 そして縋り付かれたエレノアはというと、キョトンとした様子でしがみつく二人を見つめていた。

 

「そ…そうだよね? 何言ってるんだろ私……」

「……エレノア、お前ホントに大丈夫か? 最近妙だぞ?」

「いやほんとにゴメン………自分でもよくわかんなくなってる」

 

 ころっと変わるエレノアの態度に、ウソップは訝しげな目を向けて問うが、本人も戸惑っている様子で、大きく首を傾げている。

 奇妙な様子に、若干の不安を覚えるナミだが、それを振り払いメリー号に向けて歩き出した。

 

「とにかく追っ手が来るのは確かよ‼︎ さっさと出るわよこの国」

「出るだと〜〜〜‼︎ アホ言え、お前は冒険と命とどっちが大事だァ!!!」

「命よ!!! その次はお金」

 

 目を剥くルフィに即答し、ナミは憤然と歩き出す。

 空島に挑むきっかけも、考えてみればただの意地でしかなかった。それが達成された今、留まる理由などありはしないのだ。

 だがそこで、ウソップがある重大な問題が立ち塞がっていることに気がついた。

 

「――でもそうだ。そういやおれ達、この空島へ来る事に必死で、下へ帰る事なんて全然考えてなかった。安全に帰れる道はあんのか⁉︎ おれ達〝青海〟に帰れるのか⁉︎」

「………今となってはもう…安全とは言えませんが…青海へ下る道はあります」

 

 まさかここで旅路は止まってしまうのか、と急に不安になるウソップに、まだ若干距離が開いているが、先ほどよりはマシな態度になったコニスが答える。

 

「その為には一度、下層の〝白海〟へ下りて遥か東――〝雲の果て(クラウド・エンド)〟と呼ばれる場所へ行かなければなりません」

 

 それがある方を見やるコニス。

 しかし不意に、一味を見つめていた彼女は俯き、表情を曇らせ怯えたような様子になり始めた。

 

「ですけど…やっぱり逃げる事でさえお勧めはできません…空の海とはいえ広大ですし…」

「何だよ、どういう事だ!!?」

「あいつらからは逃げられないって言いたいんでしょ」

 

 なにやら意味深な沈黙に入るコニスとパガヤを、ナミがみなまで言うなというように制する。

 お人好しな二人のことだ、ルフィ達の実力を見たとはいえ、軍を相手に逃げ切れるとも思えず、身を案じてくれているのだろう、と。

 

「でも、それをいうならこの国のどこにいても同じ事だよ」

「とにかくここに居ちゃ2人にも迷惑もかけるし、居場所がバレてる‼︎ 船を出しましょう」

 

 二人を安心させるようにエレノアが答え、すぐさま動き出そうとナミが歩き出す。その際、コニス達に笑顔と感謝を述べることも忘れずに。

 

「コニス! おじさん! 色々ありがとね」

「あ‼︎ そうだおっさん、さっきのメシ一品残らず全部持ってっていいか?」

「ええ、勿論どうぞ」

「やったサンジ、弁当箱!!!」

「抜け目ねェなァ」

 

 ナミのことでバタバタしたせいで食べ損ねた空島料理のことを思い出し、よだれを垂らしてパガヤ宅に戻るルフィ。それを追うサンジとウソップ。

 階段に引き返していく三人に気づくと、ナミは思わず険しい表情で声を張り上げた。

 

「ちょっとどこ行くの?」

「メシ貰って来る。野朗共、先に冒険準備を整えとけ‼︎」

 

 ルフィの返答に、ナミは思わず頭を抱える。

 国を出るのに、弁当が必要なほど時間はいらない。なのに欲しがるということは、途中で是が非でも寄り道をしていく気満々ということである。

 

「アイツ…完全に行く気でいるわ‼︎ ホント恐いのよ!!?」

「知るかよ」

「あんたの恐怖はわかったからいい加減落ち着きなよ」

「おれァどっちでもいい。おれに当たるな」

 

 帆を張る用意を始めるゾロに怒鳴るナミだが、ゾロは鬱陶しそうにため息を着くだけでまともに相手をしない。

 それに不満げな顔をしたナミは、メリー号に這い上がってきたチョッパーににっこりと笑みを向けた。

 

「チョッパー♡ あんたは私の味方よ、ね"ェ…?」

「え?」

「オドすな」

 

 笑っているのか、起こっているのか、よくわからない恐ろしい表情におののくチョッパー。

 暴君っぷりを披露するナミに、ゾロは呆れながら首を左右に振った。

 

「わかってんだろ⁉︎ ルフィを説得できねェんじゃ全員でデモおこそうが聞きゃしねェ」

「いいわよ、じゃ私行かない」

「あァ、そうしろ」

「命が惜しいならそういう選択も悪くはないだろう…私は違うが―――」

 

 ふんっ、とそっぽを向くナミに、ゾロはまたため息をつき作業を続け、エレノアは肩をすくめてまた海の彼方に目を向け始める。

 だがその瞬間、自身が発した言葉に気づいたエレノアが、ハッと目を見開いて口を押さえ、よろよろと後ずさり始めた。

 

「…!!? 私また…!!! 何で…さっきから何言って………あ…あれ…!!?」

「エレノア…?」

 

 きょろきょろと辺りを見渡し、体を揺らがせる天使の少女。

 足元が覚束なくなり、欄干にへたり込んだ彼女は、頭を両手で押さえて荒い息を突き出す。

 

「ちが…これは………私じゃな…!!!」

 

 何事か、と表情を変えたナミ達の視線の中で、エレノアは大きく肩を上下させ、みるみるうちに顔色まで悪くしていく。

 ぐるぐると、目の焦点さえもがまともに合わなくなり出した直後、エレノアの体がぐらりと傾いだ。

 

「エレノア!!?」

 

 一斉に上がる悲鳴じみた仲間達の声をよそに、エレノアはごとりと、甲板の上に横たわった。

 

 

 

「おい、船の方の様子が変だ…」

 

 弁当箱に料理を華やかに詰めるサンジと、それをよだれを滝のように垂らして見つめるルフィ。

 そこに、メリー号の方を双眼鏡で見ていたウソップが、訝しむ声で呼びかけた。

 

「どうしたんだよウソップ」

「見てみろ、アイツら何か騒いでる‼︎」

「宴か⁉︎」

 

 なにかしらの異変が起こっているものと察し、サンジが差し出された双眼鏡をひったくるように掴む。

 レンズの中を覗き込み、レディーの姿を探した瞬間、彼はハッと顔色を変え出した。

 

「あァ!!! ナミさん!!!」

 

 彼が目撃したのは、異様な速度です逆向きに進んでいくメリー号、その上で悲鳴をあげる仲間達。

 その中でも特に、上半身だけ水着になっていたはずが、いつの間にかシャツを着直していたナミの姿だった。

 

「なんでTシャツ着ちゃってんのォホホホホホ……!!!」

「どこ見て何喋ってんだおめェは!!!」

「何だあいつら、どこ行くんだ!!?」

 

 心底どうでもいいことに泣き叫ぶサンジに、ウソップのキレたツッコミが入る。ルフィも訝しげに、勝手に動いているメリー号を凝視するが、緊張感は皆無だった。

 だが、船の上ではそんなのんびりしている場合ではない。以上事態に早速遭遇してしまっているからだ。

 

「ちょっと待って!!! 何これ、何なの!!?」

「アァアアアアアア!!!」

 

 混乱の声を上げるナミと、泣き叫ぶチョッパー。

 逆向きに爆走するメリー号。そうなっている原因は、船を真下から掴んで移動している、ミルキーロードにいたものよりもさらに巨大なエビだった。

 

「どこかへ連れてく気だ、おれ達を!!!」

「こっちも大変だ!!! エレノアが…!!!」

「く…ァ…!!!」

 

 号泣するチョッパーが、頭を押さえて横たわるエレノアのそばで悲痛な声を上げる。

 様子が変わったと思った直後、エレノアは今度は苦しげに顔を歪ませ、引きしぼられるような苦悶の声をこぼしていた。

 

「どうしちゃったのエレノア!!? こんな時に…だからチョッパーに診てもらっとけって言ったのよ!!!」

「船医さん、彼女は一体どうしたの?」

「わかんねェ…‼︎ 急に頭を抱えて苦しみだしたんだ、でも該当する病気が思いつかないんだよ!!!」

 

 あまりのも突然の事態、そしてゆっくり考える暇もない緊急事態に、誰もが冷静ではいられなくなる。

 その間もエレノアは、きつく歯を食いしばりながら、苦痛に身を震わせていた。

 

「頭が……われる…!!! 何かが私の頭の中で……暴れてるみたいに…!!!」

「ギャー‼︎ ヤベーどうしよー‼︎ 誰か助けてくれー!!! 医者〜〜〜!!!」

「だからあんたでしょうが!!!」

 

 ドタバタと、狭い甲板で慌てふためくチョッパーに、ナミの鋭いツッコミが入る。

 だが、そんなコントを呑気にやっている場合ではなかった。

 

「おい!!! 全員船から飛び下りろ!!! まだ間に合う!!! さっさとこいつを陸に連れてけ!!!」

「だって船は!!? 船持っていかれたら」

「心配すんな‼︎ おれが残る!!!」

「そんな‼︎ あんた1人残ってどうなるの‼︎」

 

 たとえエビをどうにかしたとして、方向音痴のこの男がいかにしてみんながいる場所へ戻ってこられるというのか。

 そもそもどうやってエビを止めるのか、と問おうとした時、船の通った後を見ていたロビンがぼそりと呟いた。

 

「……いいえ、そんな事もできない様にしてあるみたい。大型の空魚達がホラ…」

 

 ロビンに言われ、ナミ達はハッと彼女が見ている振り向く。

 視界に入るのは、白い海に水飛沫を立てる、いつか見た巨大な海蛇のような空魚達。彼らの持つ鋭い牙の並んだ口が、ガチンガチンと噛み合わされている。

 完全に、過ぎ去っていくナミ達を餌と認識し、追ってきていた。

 

「口を開けて追って来るわ………‼︎ 飛び込んでも勝ち目はなさそう…」

「エビをやっつけたらどうだ!!?」

「何をしてもきっとムダね。おそらくもう…始まっているのよ」

「『天の裁き』か……」

 

 パガヤが言っていた、〝神〟を名乗る存在が下すという罪人への処分。

 突然始まったことといい、有無を言わさぬ流れといい、まさに自分勝手な神がもたらすであろう裁きに他ならない。

 思わずゾロが嫌悪感をむき出しにし、吐き捨てるように呟いた。

 

「追っ手を出すんじゃなく、おれ達を呼びよせようってわけだな。横着なヤローだ」

「じゃあまたあの島へ!!?」

 

 未だ、目の前で起こった実物の裁きの恐怖を忘れていないナミが、エビが向かっている方向を見やって表情を硬ばらせる。

 まさか自分も、あのいかづちを落とされて跡形もなく消されてしまうのだろうか、そんな恐怖が彼女の中で荒れ狂った。

 

「ルフィ〜〜〜〜!!! ウソップ………!!! サンジ君!!!」

 

 航海士の悲痛な叫びも虚しく、神の使いによって運ばれる船は、遠く白い海の彼方へと消えていった。

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