ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第129話〝生贄の祭壇〟

 異変に気付いた時には、すでに手遅れだった。

 超巨大エビに運ばれたメリー号はすでに海の彼方、後に残ったのは穏やかに波打つ白い海だけで、ナミ達の姿は見えなくなってしまっていた。

 

「なんでTシャツを」

「んまだ言ってんのかよ!!! おいルフィ!!! えれェ事ったどうする、どうしよう!!!」

「あいつらどこ行ったんだ?」

「どこってお前そりゃ………」

 

 呆然と呟くルフィとサンジに、慌てふためいたウソップが叫ぶ。

 が、ふとした瞬間に頭が冷えたのか、二人と一緒になって真顔で首を傾げた。

 

「「「どこ行ったんだ?」」」

「………………超特急エビは神の使い、運ぶ物はいつでも〝神〟への供え物」

 

 唯一、メリー号もろとも仲間を攫った存在について知っているであろう男に尋ねると、帰ってきたの硬い声と表情。

 冷や汗を顔中に浮き上がらせ、引きつった顔になったパガヤは、ゴクリと息を呑みながら答えた。

 

「ならば行き先は『神の島』の北東ーー『生け贄の祭壇』です」

 

 告げられた言葉に、三人はギョッと目を見開く。

 今しがた神の住む島について話していたところに、その本人がもたらした災難であると聞かされれば、冷静ではいられなかった。

 

「生け贄!!? ナミさんとエレノアちゃんとロビンちゃんとその他が生け贄にされるのか!!? 神の奴の!!? ンの野郎フザけんじゃねェぞォ〜〜〜!!!」

「お待ち下さい‼︎ しかし…‼︎ すいません違うのです!!!」

 

 どこの誰とも知れない、そもそも人間かどうかも怪しいような存在に女性陣がどんな目に遭わされるかと、怒りを燃やすサンジ。

 それにパガヤは、言葉が足りなかったというように待ったをかけた。

 

「『天の裁き』において、罪人の受ける罰は2つ、『生け贄』そして『試練』、そう聞いたことがありますーーつまり彼らは今〝神〟の手中にあるいわば『生け贄』という名の〝人質〟。ーーしたがって今、実際に裁かれているのはここにいるあなた方3人なのです!!!」

 

 困惑するルフィ達に、パガヤはウソップの持っていたスカイピアの地図を使って説明を始める。

 ナミ達が連れていかれたのは、神の島の北東に位置する生け贄の祭壇。そこへたどり着く方法は、島に張り巡らされた大小様々なミルキーロードからなる迷路を進む他にない。

 大量の空魚がいる中では、島を回って入ることもかなわないため、神の示した道を進む以外に行く方法はないのだと。

 

「至れり尽くせりだコリャ、とにかく仲間と船を返してほしけりゃ正面から入ってきやがれと…」

「それがおれ達への『試練』で『天の裁き』か…‼︎」

「ーーまァでもナミが言ってた『神官』ってのブッ飛ばしたらいいんだろ?なはははははは…」

「そんな安易な………」

「いけません、油断されては‼︎ 神官達5人の強さは、おそらくあなた方の想像を超えるものです」

 

 呑気に笑うルフィを案じてか、パガヤは腰を浮かせて注意を促す。

 油断している彼らを心配しているというよりは、彼らが相手をしようとしている者達がいかに危険か知っていて、畏怖している様子だった。

 

「その上、何より〝神の島〟には〝神〟エネルがいらっしゃる」

 

⚓️

 

「ぐあ!!!」

 

 ゴボゴボと自分の口から空気が漏れ、ゾロの肺を圧迫感が襲う。

 上下から迫る牙をなんとか防ぐ彼は、一瞬の浮遊ののちに、再び白い水面に叩きつけられた。

 

「出てきた‼︎ ゾロ!!!」

「サメだ!!! 空サメにゾロが負けてる!!!」

 

 巨大な口を開けて、ゾロを丸呑みにしようとする空のサメが、空中に高々と飛び上がり、また水中に沈んでいく。

 それを目の当たりにしたチョッパー達は、それ以来ゾロと空サメの姿が見えないことに不安を抱き始めた。

 

「あ……あがって来ない…食べられちゃったのかな…!!!」

「ギャ〜〜〜‼︎ ゾロが食われたァ〜〜〜!!!」

「…………食べられたんなら雲が赤く染まる筈」

「何コワイ事言ってんの⁉︎ ロビン‼︎」

 

 ぼそりと想像するのも恐ろしいセリフを吐くロビンに戦慄しつつ、ナミとチョッパーは奮闘していたゾロの姿を探す。

 すると次の瞬間、水面で巨大な水柱が立ち上がった。

 

「あァウザってェ!!!!」

 

 固く拳を握りしめたゾロが、空サメの横っ面をぶん殴って飛び出してくる。

 涙目で頭部をひしゃげさせた空サメは、なんとも哀れみを誘う格好で水中に落下していった。

 

 

 

「ハァ……ハァ……まいったな。これじゃ岸へも渡れねェ…一体どこなんだここは……」

「間違いない事は〝神の島〟の内陸の湖だって事」

 

 ずぶ濡れになった衣服を絞り、苛だたしげに呟くゾロにロビンが答える。

 足場がある祭壇の周りは雲の海で囲われ、その中では無数のヒレが泳ぎ回っているのが見える。確実に、巨魚達はゾロ達を狙っていた。

 

「まるでここは生け贄の祭壇ね…」

「まだ空サメがうようよいるぞ」

「えらいトコに連れて来てくれたもんだ、あのエビ………」

 

 ゾロが実践してみせたように、泳いで海の向こうの陸まで渡るのは不可能そうである。

 唯一の足場である祭壇には草木もなく、コケばかりで、腹を満たせるようなものも何もありそうになかった。

 

「……ここで飢えさせる事が天の裁きかしら」

「そんな地味な事するもんなのか? 神ってのは」

「さァ…会った事ないもの」

 

 肩をすくめて、軽い口調でゾロに答えるロビン。

 それに険しい視線を向けていたゾロは、やがて不安げに船室の方を見つめるチョッパーに視線を移した。

 

「エレノアは今どうなってる? チョッパー」

「うなされてるよ………あんなに弱ったエレノアは見た事ない」

「何か起こるんじゃないかって思ってたわ…あいつ、空島に来る前からおかしかったもん」

 

 チョッパーと同じく、船室のベッドで一人沈黙しているエレノアのことを思い、心配そうに表情を歪めるナミ。

 無言でそれを見つめていたロビンが、ふと口を開いた。

 

「何か持病を持っていたとかは?」

「わからない。そんなのエレノアから聞いた事がなかったし…そういうそぶりも見せなかったから。天族特有の病気なのかも…」

「そういうの誰にも言わなそうだものね、あの子」

 

 仲間の窮地のためとあらば、敵陣に一人突っ込み陽動役を買って出るような性格である。

 自分の不調で仲間に負担をかけまいと、表面上は平気な顔を取り繕って耐えていても、おかしくはなかった。

 

「……今から私、突拍子もない事言うけどいいかしら?」

「何だよ」

「あの子時々………別人みたいに雰囲気が変わる事があった気がして…‼︎」

 

 ナミの脳裏に浮かぶのは、彼女がに今すぐにでも空島から脱出すると叫んだ時のこと。

 それに対しエレノアは、ひどく冷めた様子であしらい、単独でも残ることを望んだ。常に仲間の安全を想う彼女では、考え難い反応である。

 

「……そういやァ、こっちに来てからちょくちょく口調が変わってたな。気のせいだと思ってたが…」

「元からああ言う喋り方だったわけじゃないの?」

「ううん、普段のあいつはもっとこう……オカンっぽかった」

「オカン!!?」

「ああ…そんな感じだったな」

 

 考えてみればエレノアは、普段から姉や母など年長者を気取り、支える側に回っていた気がする。

 しかしこの海に来てからの彼女は、目的のために手段を選ばない、自己中心的な口ぶりが目立っていたように思えた。

 

「天族はこれまで伝説上の存在って言われてきた……だから正直、何が正常で何が異常なのかおれにもわからない……今のエレノアには、細心の注意を払うべきだ」

「そうね…」

 

 ルフィ、ゾロ、サンジに次ぐ実力者であり、ルフィの数少ないストッパーでもある。知らず識らずのうちに負担が溜まっていたのかもしれない。

 何より仲間を襲う異変なのだから、どうにかして助けてやらねばと、チョッパーは気合を入れ直した。

 

「ーー何にせよ、船底がこのあり様じゃ船降ろすわけにもいかねェし、とにかく船を直しとけ、チョッパー」

「え⁉︎ おれ⁉︎ わかった」

 

 そこで、何やら退屈そうに辺りを見渡したゾロが、破損したメリー号の船底を見やりながらチョッパーに告げる。

 慌てて頷く彼に背を向けると、ゾロは雲の海の向こう側、鬱蒼と広がる森を見つめ始めた。

 

「直しとけって…あんた、何かする気?」

「どうにかして森へ入る。とりあえずここは拠点にしといた方がいいと思うんだ。きっとルフィ達がおれ達を探しにここへ向かってる。言うだろ、『道に迷ったらそこを動くな』」

「あんたが一番動くな」

 

 新たなシャツを着ながら、訝しげに見下ろしてくるナミにそう返す。

 しかし悲しいことに、彼がそのセリフを吐くには、日頃の行いにおける信用が圧倒的に足りていなかった。

 

「この島には神がいるんだろ。ちょっと会って来る」

「やめなさいったら‼︎ あんな恐ろしい奴に会ってどうすんのよ‼︎」

「……さァなそいつの態度次第だ」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、頭上の枝から垂れ下がっている適当な蔓に狙いを定める。

 その傲岸不遜な態度に、チョッパーは思わず感嘆の視線を向けていた。

 

「ゾロ……神様より偉そうだ」

「神官だってこの島にいるのよ⁉︎ とにかく〝神〟は怒らせちゃいけないもんなの‼︎ 世の中の常識でしょう!!?」

「悪ィがおれは〝神〟に祈った事はねェ」

 

 あまりにも不遜な言葉と態度に、ナミは思わず顔を覆って天を仰ぐ。

 構わずゾロは祭壇の上に登り、蔓を引っ張って強度を計りつつ、密林にもう一度視線を向けた。

 

「信じてもいねェしな、だから何の義理もねェ」

「うお〜〜〜〜‼︎」

「ああ神様、私はコイツと何の関りもありません」

 

 感激した様子で目を輝かせるチョッパーの隣で、ナミは思い切り頭を抱える。どうしてこうも血気盛んな奴が元気で、常識人がダウンしているのかと。

 そこに、もう一人の常識人が手を挙げ、ゾロの方へ進み出た。

 

「私も一緒に行っていいかしら?」

「あァ⁉︎ いいが足手まといになるなよ」

「ちょっと…ロビンまでどこ行くの⁉︎」

「ちょっと様子見ね………いざという時の逃げ道ぐらいは把握しておこうと思って」

 

 知識面や度胸面で頼りになるロビンまでもが、未知の森に興味を示したことで、ナミはいよいよ悲痛な顔になった。

 何故こうも強い人というのは、恐れを知らないのだろうかと。

 

「ーーそれにこれ見て…この祭壇、作られてから軽く1000年を経過してるわ。こういう歴史ある物って…疼くのよね、体が…」

 

 普段、あまり表情に乏しいロビンが、ここぞとばかりに意欲的な笑みを見せてくる。考古学者として、謎に包まれた人工物を放置してはいられない質のようだ。

 

「宝石のかけらでも見つけて来たら、少しはこの船の助けになるかしら」

「私も行きマス」

「ええ!!?」

 

 付け加えられたロビンの一言で、探索に消極的だったナミの態度が180度豹変する。

 思わずギョッと振り向くチョッパーは、異様に輝いているナミの両目に何故だか戦慄を覚えてしまった。

 

「あんなに恐がってたのに……」

「エレノアの苦しみに比べたらマシよ!」

 

 とても勇ましい様子で答えた彼女だったが、すぐにチョッパーは気づく。

 宝石と聞いたナミの目がお金()に変わっていることに。

 

「…ウン‼︎ ア〜〜…ウウン‼︎ アーーアアーー…」

「それは何、言う決まりなの?」

 

 祭壇の上では、声の調子を整えたゾロが、用意した蔓に掴まって雲の海の上を渡っていく。

 ロビンもそれに続き、最後にナミが危なっかしく渡りきり、三人はあっという間に向こう岸の密林の中へと入っていった。

 

「じゃあチョッパー、船番とエレノアの事頼むぞ‼︎」

「よろしくね‼︎」

「すぐ戻るから」

「おう‼︎ みんな気をつけて行けよ!!! 無事に帰って来いよ」

 

 チョッパーは大きく手を振り、密林の奥へ進んでいく三人を見送る。

 たった一人、船の番と仲間の看病を任された彼は、やや緊張した面持ちで息をついた。

 

「ナミはゾロ達がいるから大丈夫かな、おれは恐くて行けないもんなァ。みんな勇気があってすげェなァ、おれもその内勇敢になれるかな……‼︎」

 

 船番という役目がなくても、チョッパーには森に入る勇気がなかった。

 ナミから聞かされた〝神〟の所業のことが恐ろしく、一歩を踏み出せなかったのだ。

 

「……とにかくおれは今、やれる事をやろう! 危険な森で1人で船番なんて信頼されてる証拠だ……‼︎ エレノアが動けない今、頼りになるのはおれだけだし‼︎」

 

 不安がないわけではなかったが、それを押し殺して気合を入れ直す。仲間なのだから、役割ぐらい果たさなければいる意味がない。

 苦しむ仲間が船室にいるために、この役目はより一層の重要性を持っているのだ。

 

「そうだ‼︎ おれは1人でこの危険な場所に…はっ」

 

 しかし、そこでチョッパーは気づく。

 一番強いゾロがいない今、自分を守ってくれる者など誰もいないのだということに。

 

(一番危険なのおれだっ!!!!)

 

 雷に打たれたような衝撃を覚えながら、チョッパーはその場に立ち尽くす。

 しばらくの間固まっていた彼は、ややあって我に返ると、船のマストにかけられた笛ーーー空の騎士から贈られたそれに目をやった。

 

「……よ…よし‼︎」

 

 頷いたチョッパーは、思い切って笛を首から下げる。

 有事の際、それに遭遇した者が笛を吹いてもいいというナミとの決め事を思い出し、ホッと安堵の息をついた。

 

「これがあってよかった…‼︎ これでもしもの時は〝空の騎士〟が助けてくれるぞっ…」

「……気張りすぎだよ」

 

 冷や汗を拭う仕草を取っていたチョッパーは、不意に背後から聞こえた声にビクッと全身を震わせる。

 そんな彼に、エレノアは億劫そうな表情のまま、やれやれと肩をすくめた。

 

「そんな調子じゃ本当に何か起こったときに全力で動けないよ」

「‼︎ エレノア‼︎ お前…大丈夫なのか⁉︎ 起きてても⁉︎」

「うんにゃ、正直今でも吐きそうなぐらい気持ち悪い」

「寝てろ!!!」

 

 全く安心できない返答に、チョッパーは相手が病人であることも忘れ、思わず荒々しい声で吠える。

 エレノアは気にした様子も見せず、気だるげに髪をかきあげ、チョッパーの隣に腰を下ろした。

 

「寝てられるわけないでしょ、仲間が危ないかもしれないってのに………大丈夫、平気だよこれぐらい」

「ホ、ホントか? ホントに大丈夫なんだな⁉︎」

「ダイジョーブダイジョーブ…今でも索敵ぐらいはできるから………」

 

 平然とした様子で、エレノアはチョッパーに手を振る。そこに頭痛で苦しむ様子は見受けられず、まぁ大丈夫かとチョッパーの気を緩めさせる。

 だが、二人は気付いていなかった。

 巨大な鳥の背に乗り、槍を手に近づいてくる〝神〟の刺客の存在に。

 

「何だ、殺していい生け贄はお前ら2人か?」

「敵襲ぅぅぅーーー!!!!」

「ピィイイ〜〜〜〜!!!!」

 

 すぐ目の前に現れた、見知らぬ敵意を全開にした男。

 直後、少女の声と笛の音が、高らかに森島中に響き渡ったのだった。

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