ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

134 / 324
第133話〝神官〟

「アッハッハッハッハッハ‼︎」

「おウォウォウォウォ〜〜〜〜〜〜〜‼︎」

「ウオウオ〜‼︎」

「ノッて来いノッて来い‼︎ 黄金前夜祭だ〜〜!!!」

 

 酒を飲み始め、赤い顔で笑い転げるナミ。

 ボウボウと燃え盛るキャンプファイヤーのまわりで、ルフィたちが輪になって踊る。森の中から現れた空島の狼たちも一緒になって、大騒ぎになる。

 警戒とか準備とか、そう言った真面目な雰囲気はもはやどこにもなかった。

 

「…………雲ウルフも手なずけたか」

 

 楽しそうに騒ぎまくる青年たちを見やっていたロビンのすぐそばに、それまで横になっていたものが歩み寄り、腰を下ろす。

 ロビンやゾロの視線を受けながら、空の騎士ガン・フォールは苦笑を浮かべた。

 

「……フフ……エネルの住む地でこんなにバカ騒ぎをする者は他におらぬぞ…」

「ジジイか…やっと起きやがった」

「動いてもいいの?」

「迷惑をかけた…助けるつもりが…」

「何言ってる、充分さ。ありがとよ…………」

 

 彼の助けがなければ、まず間違いなく一味の旅は止まらざるをえず、死ぬまでこの島に閉じ込められるところだっただろう。

 勇気に感心した、という曖昧な理由だけで命をかけてくれた彼にこそ、感謝の言葉が贈られるべきだ。

 

「おお⁉︎ 変なおっさん‼︎ 起きたのか‼︎ ありがとな‼︎ 踊ろう‼︎」

「踊ろう‼︎ 空の騎士‼︎」

「お前医者だろ」

 

 酒を手に、キャンプファイアーの周りで踊っていたチョッパーが、ルフィと一緒になってガン・フォールを誘う。

 老騎士は困ったように笑い、ついで物思いに耽るように黙り込む。彼の雰囲気が変わったことで、ゾロたちは訝しげな視線を老人に向けた。

 

「……さっきのおぬしらの話を聞いておった…この島の元の名をジャヤというそうだが、何ゆえ今…ここが〝聖域〟と呼ばれるか…………わかるか?」

 

 老人の問いの意味がわからず、全員が首を横に振る。

 誰も答えられないことを分かっていたのか、ガン・フォールはさして気にした様子を見せず、自分が腰を下ろしている地面に触れ、少しだけ掬い取る。

 

「…………おぬしらにとって……ここにある地面は当然のものなのだろうな……」

「…ん? そりゃそうだろ…」

「……だが空には…これはもともと存在し得ぬものだ。〝島雲〟は植物を育てるが生む事はない。緑も土も本来、空にはないのだよ」

 

 求めても得られるものではなく、時々地上から化け物海流によって流れてくるものを待つ他にない。

 そのために、空に生きる民はいつも憧れ続けるのだという。自分たちが求めてやまない、命あふれる大地が、無限に広がっている地上の世界を。

 

「…我々はこれを〝大地(ヴァース)〟とそう呼ぶ…空に生きる者達にとって永遠の憧れ、そのものだ」

 

 サラサラと手のひらから溢れていく土を見下ろし、ガン・フォールは静かに語る。

 目の前にあるはずのそれが、なぜだか手の届かない遠くにあるように見えているような、切なげな表情だった。

 

「…なんか楽しそうだね」

 

 そこに、気怠げな響きを持ったもう一人の仲間の声が届く。

 踊り続けていたルフィも足を止め、半目で見つめてくるエレノアに、あっと驚きの目を向けて振り向いた。

 

「お‼︎ エレノア‼︎ 起きたのか⁉︎」

「そりゃそんだけ騒いでたら起きるよ…………う″っ!!?」

 

 メラメラと猛々しく燃える炎をみやり、呆れた様子で肩をすくめるエレノア。

 だが、突然口元を押さえたかと思うと、真っ青な顔で勢いよく走り出し、一味から離れた密林の中に顔を突っ込む。途端に、うめき声と何かを撒き散らす音が発せられた。

 

「おえええええ…」

「大丈夫じゃなさそうだな、どう見ても」

「きぼぢわる″い〜〜〜死んぢゃう〜〜〜…」

 

 ひとしきり吐き終えたのか、げっそりとした様子で戻ってくるエレノアに、ゾロが思わず同情の視線を送る。

 黄金探しを前にした宴の真っ只中なのに、それを楽しむ余裕が全くない彼女は、あまりにも哀れだった。

 

「かわいそうになァ…せっかくの黄金前夜祭なのに」

「肉やるよ、なっ⁉︎ 食えばきっと治るさ!!!」

「やめてやれ、マジで死ぬぞ」

 

 流石に気の毒になったのか、珍しくルフィが自分のかじっていた肉を差し出す。

 普通にありがた迷惑だ、と船長を制したナミは、ぼんやりと座り込んでいるエレノアを心配そうに見つめ、躊躇いがちに勧める。

 

「辛いなら船で横になってた方がいいんじゃ……」

「ん〜ん……寝てても頭痛いままだから起きてた方がまし………」

「難儀ね」

 

 異常な状態を見せる天使に、ロビンも思わず冷や汗を流す。一体どんな病気になったら、こんなひどい有様になるのかと、戦慄を覚えているようだ。

 やがて、エレノアの頭がぐらりと傾ぎ、その場でどさっと背中から倒れ込む。仰向けになった彼女は、目をぐるぐると回したまま気を失っていた。

 

「ふぎゅう……」

「…眠っちゃったわ」

「どうしちゃったのよ、あんた……!」

 

 意識を失ってもなお、苦しげに顔を歪める仲間に、ナミは心底不安に苛まれる。

 その様を、アーレンが思わず息を呑んで見つめる。しかしそれはエレノアの苦しむ姿に対してではなく、エレノアの容姿そのものへの関心だった。

 

「………天族…‼︎ 伝説は聞いていたが実際に見るのは初めてだ……」

「会う人会う人…みんなそう言うわよね。気持ちはわかるけど」

「ひし形のおっさんも驚いてたしなァ〜」

 

 親友と全く同じ反応を見せる老人に、ルフィが懐かしむように呟く。

 かくいうゾロたちも、エレノアの正体を初めて知ったときはほぼ同じような反応を見せたため、大きな声で指摘することはなかった。

 

「あいつ一体どんな病気にかかってんだ? あんなヘロヘロのあいつみたことねェよ」

「診察はしてるけど、全く原因がわからないんだ。熱もないし、感染症の類でもない……ただひどい頭痛に襲われ続けてるみたいなんだ」

 

 訝しむように問うゾロに、難しい表情でチョッパーが返す。一味の健康を担う彼にとっては、自分の力が及ばないことが悔しくて仕方がないようだ。

 だが、チョッパーが表情を険しくしていたのは、それとは別の理由もあった。

 

「気になんのは、あいつが別人みたいになったって話だ……やっぱり見間違いじゃなかったんだな」

「うん…! 思い返せば、〝空島〟についてやる気を出し始めたときから様子がおかしかったわ!」

「〝天族〟と〝空島〟……空の住民……何か関わりがあるのか? 見た目もほとんどそっくりだったしな」

 

 普段の仲間からは考えられない態度や口調が思い出され、一味をより一層の混乱に陥れる。

 思考の渦に飲み込まれ、唸りながら悩み出した彼らを見ていたアーレンが、しばらくして懐から何かを取り出してみせた。

 

「……こいつを見ろ」

 

 アーレンが差し出した紙に、一味は一斉に集まる。そして、驚愕で目を大きく見開く。

 取り出された紙、ノートのページに描かれていたのは、奇妙な人の絵。

 その背には翼が生え、獣の顔と尻尾を持っていて、どう考えても普通の人間ではあり得ない姿をしている。

 それを囲うように描かれた、小さな羽を生やした人々の姿も、一味に困惑をもたらしていた。

 

「これ…エレノア⁉︎」

「なんだこの絵。みょうちきりんな絵だな」

「壁画のスケッチだ………おれが調査していた遺跡に、そいつが描かれていた」

 

 ルフィたち全員に自分のスケッチを見せ、アーレンがエレノアに視線を戻す。

 自分の見つけた壁画の絵、それと彼女の姿を何度も見比べ、間違いがほとんどないことを確かめる。やはり、描かれていたのは天族に違いないようだと。

 

「思うに、天族はシャンディアの連中にとって……神の遣いのように神聖視される存在だったんじゃねェか。島のあちこちにばらまかれた遺跡のかけらに、そいつと似たようなものが描かれていた」

「〝真祖〟というのは………どういう意味なのかしら」

「わからねェ…」

 

 神の島、ジャヤの片割れの島に棲まう固有種、サウスバードが口にしていたという単語。

 その謎も深まり、一味はますます険しい表情で考え込む。ルフィに至ってはすでに眠りに落ちていたが、ロビンなどは好奇心が刺激されたのか、強い光を目に宿し始めていた。

 

「………人伝に聞いた話だがよ」

 

 沈黙が続いたとき、ふとアーレンが思い出したように口を開く。

 ナミたちの注目が再び集まったことを確認すると、アーレンはハットの下から鋭い目を向け、ナミたちに問いかける。

 

「天族が…〝記憶を受け継ぐ一族〟って呼ばれてるのは知ってるか?」

「! 前にそんな話を……クロッカスさんが」

「知ってるなら話が早ェ………その記憶を受け継ぐってのは、ただ口頭で歴々と語り継ぐって意味じゃねェらしい」

 

 聞き覚えのある話を持ち出され、困惑しながらもナミが続きを促す。

 頷いたアーレンは顎に手を当て、自身も眉唾ものと思っていた言い伝えについて、思い出しながら青年たちに語り聞かせた。

 

「天族の〝記憶の継承〟ってのは…存在そのものに刻み込む儀式らしい」

「存在そのものに……?」

「よくはわからんが…生まれる前から、天族の子は一族の記憶を刻み込まれ、そいつを生涯をかけて守り抜き、次代に伝える宿命を背負ってると聞いた」

 

 儀式と言われ、ウソップが微妙に嫌そうな顔になる。

 ついさっきまで、生け贄だの試練だのと、未開の地らしい理屈で追い回されたばかりなのに、そんな非科学的な話を聞かされ、拒絶反応が出てしまったらしい。

 

「そんな事ホントにできんのか?」

「ホントかどうかはおれも知らん。だがもし……その記憶ってのがとんでもねェ代物だったら、この嬢ちゃんみたいに苦しんでもおかしかねェんじゃねェか?」

 

 アーレン自身もあまり信じていないのか、もっと別の解釈があるのではないかと疑っているようだ。

 だが、彼らの視線は、深い眠りに落ちている天使に向けられている。原因不明の何かに襲われ、抗うこともできずに苦しんでいる仲間に。

 

「この嬢ちゃんの頭ん中には今………何が隠されてんだろうな」

 

⚓️

 

 同じ頃、神の島に聳え立つ巨大な豆の木(ジャイアントジャック)、その中腹にある島雲の中心に建てられた神の社。

 そこに戻ってきたある男を、巨大な体を持つ神官が迎えた。

 

「〝神〟、神官達がお着きに」

「扉を開けよ」

 

 帰還した主人の命に従い、神官長ヤマが扉を開かせる。

 だがそこに広がっていた光景、三人の神官が互いに得物を突きつけ合い、暴れている場面に遭遇し、彼は大きく目を吊り上げて怒鳴り声を上げた。

 

「…またか、何をしている‼︎ お前達!!! しようのない……」

「黙れ…」

 

 苦言を口にするヤマに、銀色の長髪が目立つ優男風の神官が、苛立たしげな声で告げる。

 整った顔立ちなのに、両目に宿した悍ましいまでの威圧感が台無しにされている彼は、他の二人の神官をぎろりと睨みつけ、口汚く吐き捨てる。

 

「コイツらが足手纏いなせいでおれが存分な力を発揮できない…おれ一人に任せた方がよほどいい働きをする」

「シャンディアの裏切り者が…ずいぶんでかい口を利きやがる。貴様の実力など本来、どれ程のものか思い知らせてやろうか。悲しみの求道〝鉄の試練〟でな!!!」

 

 優男の睨みもものともせず、変わった形のサングラスをかけた剣を持った男が、優男に憎々しげな態度をぶつける。

 それに対し怒りの視線を向けるのは、腕を組もうとして失敗し続けている、蜘蛛のような髪型をした大男だった。

 

「くだらん…取るに足らぬわ、貴様らの試練など……!!! おれの〝沼〟こそ最上の試練、試してみるか」

 

 部下に指摘され、間抜けな顔で己の失敗を悟る大男に、優男はペッと唾を吐く。

 パチパチと彼の両腕から迸る赤い閃光は、その場に控える全ての者たちに、本能的な恐怖を感じさせていた。

 

「興味がないな…おれの〝骸〟は貴様らの常識より外れたもの、最初から比べるまでもない」

 

 三者三様、鋭く敵意のこもった目で睨み合う神官たち。味方であることは間違いないのだが、そうと全く感じさせないほどに、関係は最悪のようだ。

 我慢の限界に達したヤマが、睨み合う三人に再び怒号をあげる。

 

「ええい‼︎ いい加減にせいっ!!!〝神〟の御前であるぞ!!!」

「御前? その〝神〟はどこにおられるのだ」

 

 叱りつける声に、神官たちは訝しげな視線を返す。三人ともわざわざこの社に集められたのに、呼び出した当人の姿がいまだに見当たらないのである。

 だが、三人が互いを睨みながら、主人の姿を探していたそのときだった。

 

「スキあり!!!」

 

 突如、バシッ!と空気が弾ける音が響いたと思った直後、三人の体に衝撃が走る。

 軽い打撃を受けた神官たちはその場に倒れ込み、その間をある一人の男が、目にも留まらぬ速さで走り抜けていった。

 

「ヤハ‼︎ ヤハハハハハハ‼︎」

 

 高らかな笑い声をあげ、男は社の中心に備えられた椅子に飛び込む。

 だらりと横になり、頬杖をつく様は傲岸不遜そのもの。他者を見下している印象を受ける目も同じく、彼があらゆるものを格下と認識していることを示していた。

 

「我が、神なり。ここにいるじゃあないか……修行をしろお前達、まだまだ甘い。サトリやシュラの様に情けない事にはなりたくあるまい」

「何をなさる!!!」

「……相変わらずの戯れか」

「そんな事を言う為に我々をここへ?」

「ヤハハハハ、退屈だったのだ。まァ座れ」

 

 突然、戯れの相手にされたことに憤慨する三人に、神エネルがバカにしたように笑う。

 この場で口答えしてもどうしようもない、そもそもなんの意味がないと判断したのか、渋々座り直す三人の神官に、エネルはニヤニヤと笑ったまま口を開いた。

 

「───お前達、あの青海人をあまり気に止めてない様だが………奴らの狙いは黄金だぞ」

 

 しゃくり、と召使いの女性が持ってきた果物の中からリンゴを手に取り、齧りながらそう伝える。

 神官たちは途端に表情を変え、驚愕した様子で腰を上げかけた。

 

「奴らがなぜその事を………!!!」

「もともとこの島は青海にあった島だ。青海人がそれを知っていてもおかしくはない。当然、明日動くだろう。シャンディアも再び攻めて来る…」

 

 本物の神のように、何もかもを見透かしたように語るエネルに、神官たちはあまり驚く様子を見せない。

 まるでそれができて当然というように、報告ではなく告げられた情報にのみ戸惑いを覚えていた。

 

「──そこで明日は、この〝神の島〟全域をお前達に解放しよう。どこにどう試練をはろうとも構わん。ルール無用に、暴れていいぞ」

「──なぜ急にそこまで…」

 

 気怠げに告げられたエネルの決定に、神官たちは訝しげな視線を返す。

 なんの気まぐれか、それとも悪戯か、と険しい表情を見せる彼らに、エネルはニヤリと笑みを深めて告げた。

 

「実はな…もうほぼ完成している。『マクシム』がな……」

 

 その言葉に、神官たちはたちまち目の色を変える。

 エネルはその反応を待ち侘びていたとでもいうように、そしてその日が待ちきれないというように、爛々とあやしい光を目に宿し、部下たちに告げるのだった。

 

「さっさとこの島に決着をつけて、旅立とうじゃないか、夢の世界へ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。