ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第135話〝優しく残酷な試練〟

 気がつくと、そばには誰もいなかった。

 大蛇から一目散に逃げ、後先考えずに走り続けた結果、5人はそれぞれ全く見覚えのない森の中に、たった一人だけ立ち尽くしてしまっていた。

 

「困ったわ…………コースへ戻っても誰も来ない」

 

 さほど焦った様子もなく、ロビンがつぶやく。

 土地勘はなくとも方角は覚えているため、一人で向かうことは可能だが、それでも先に行っていいのかと多少の迷いがあった。

 

「ヤベェ!!! ハ〜グ〜レ〜た〜〜〜〜!!!」

 

 臆病なチョッパーは、あれだけ頼りにしていた仲間が一人もいなくなってしまったことに大いに焦る。

 さらに言えば、どこに向かえばいいのかも、全くわからなかった。

 

「やっちまったァ〜〜…‼︎ どうすんだコレ!!? おれ一人じゃ絶対ヤベェぞ!!?」

 

 方角はわかる、見覚えもある。

 しかし今襲われてはひとたまりもないという絶望的な状況に、アーレンは頭を抱えて吠える。

 

「ん? あいつらどこだ? ちょっと目を離すとコレだ……」

 

 呆れた調子で、姿の見えない仲間達にため息をつくゾロ。

 そして彼は、なぜだか自信満々な様子で、全くの見当違いの方向に進んでいく。

 

「やれやれ…まったくあいつら、さては迷子かしょうがねェな」

 

 やれやれと肩をすくめたルフィもまた、なんとなくで選んだ道をまっすぐにつきすすんでいく。

 黄金を探すという重要な役目を担った彼らは、早速暗礁に乗り上げてしまったのだった。

 

⚓️

 

「ーーもう下へついているかな…」

「ええ…すでに待ち構えてございます…………」

 

 神の社でくつろぐ〝神〟エネルと、その世話をする神官や侍女達。

 ゆったりと余裕たっぷりに、状況の動きを聞き探っているエネルに、神官の一人が呆れた声をかけた。

 

「〝神〟……ここまで厳重を期する必要があるのでしょうか。相手はたかだかシャンディアに青海人数名……」

「ヤハハハハ‼︎ 祭りは賑やかな方がいいじゃあないか……」

 

 数でも戦力でも、圧倒的なほどの差があるというのに、それを楽しもうとしている神の思考がわからず、神官はため息をつく。

 エネルはそれに、反対に咎めるような半目を返す。

 

「ーーそれに貴様……見くびっているぞ…〝空の戦い〟その底力!!!」

 

 ますます呆れる彼に、エネルは改めて神の島に集ったもの達の人数を語る。

 まずエネル側に神兵が50、神官が3。シャンディアの戦士が20。青海人が森に入ったのが5と、脱出しようとしているのがガン・フォールを除いて4。

 

「締めて84人‼︎ 生き残り合戦というわけだ、ヤハハハ‼︎ 今より3時間後…これが一体何人に減るか当てようか‼︎」

「……まったくすぐにそういうゲームになさる…」

「いいじゃあないか! おいお前、当ててみろ」

「えっ⁉︎ わ…わたくしですか……いえ……そういう事はわたくし全くわかりませんので…」

「あ〜〜ん? 何だお前………ノリが悪いなァ………勘でいいんだ勘で」

 

 いきなり当てられた次女が慌てて首を振り、エネルはがっかりした表情になる。

 仕方なく彼は、まともに答えを返しそうな神官に視線を移し、ビシッと指を突きつけた。

 

「じゃお前だ! 当ててみろ」

「……はあ」

 

 神官は気の抜けた声を返すも、真面目に彼なりの計算を始める。

 神官や神兵は確かに実力者だが、相手もそれに拮抗しうる精鋭揃い。青海人は放置しても、双方に大きな被害が出ることは間違いないはずだ、とそう考える。

 

「3時間あれば…30人は落ちましょうな。…したがって50人といいう所で」

「ヤハハハハハ…‼︎ 成程な…50人か…ーーだがそれでは少し甘いんじゃあないか? お前はこの戦いをナメているぞ」

 

 自分で問いかけておきながら、エネルが嘆くように首を横に振る。

 神官は多少の苛立ちを覚えるも、それを言葉にしたりはしない。機嫌を損ねて痛い目に遭うのも嫌だが、このような戯れはいつものことだからだ。

 

「……では〝神〟はどのようなお考えで…」

「よし…私がズバリ答えてやろう。3時間後、この島に立っていられるのは84人中……5人だ」

 

 ニヤリと笑みを見せる〝神〟。

 彼の耳には今、確かに島のどこからか響き渡ってくる、誰かの悲鳴が届いていた。

 

 

 

「う…うわあああああああ!!!」

「チクショウ…チクショウめがァ!!!」

 

 生い茂る木々の間、悲鳴じみた怒号を上げながら、銃やバズーカを放つシャンディアの戦士達。

 破裂音や爆発音が立て続けに起こるが、迫り来るその巨大な影は、止まる様子を見せなかった。

 

「おのれバケモノがァ!!!」

 

 怒りを声に表すも、彼らの顔には明確な恐怖が現れ、体には震えが走る。

 そんな彼らを追うのは、バキバキと木々を薙ぎ倒して突き進む、巨大な人形の「何か」だ。

 

『オオォオオォォオ!!!!』

 

 太い木を踏み潰し、あらわになったその姿は、例えるなら真っ黒な泥人形。

 土を固めて作ったような、両手足くらいしか起伏のない奇妙な体に、血のように輝く赤い目が悍ましさを抱かせるその異形が、泣き声のような咆哮を上げて向かってくる。

 その方に乗っているのは、銀の長髪を靡かせる鋭い目の優男ーーー神官の一人だった。

 

「…なぜ負けることがわかっていて挑んでくるのか…相変わらず貴様らの精神は理解できんな。〝神〟エネルの力がどれだけ規格外かなど、身に染みているだろうに……」

「おのれクロウリー…裏切り者のバケモノが!!! シャンディアの誇りを失った貴様などに……!!!」

 

 異形を思い通りに操り、侵入者を追い立てる、クロウリーと呼ばれ罵倒される神官。

 シャンディアの戦士達は凄まじい憎悪の視線を向け、彼に対して攻撃を始めるが、それらは全て泥の人形に防がれ、無意味に終わっていた。

 

「争う事も無駄と思え……〝骸の試練〟は誰にも突破できぬ最難関‼︎ 多少腕が立つくらいで挑む事は、自殺行為に等しい……」

『オォォオオオ‼︎』

『オオオォォオオオ!!!』

 

 バチッ!とクロウリーの手のひらから赤い電流が迸り、地面に突き刺さる。

 すると途端に地面が盛り上がり、クロウリーが乗っている泥人形とほとんど同じ泥人形が二体、咆哮とともに生まれ出てくる。

 あまりにも恐ろしく、正気を疑う光景だった。

 

「ここは最も易しい試練なのだがな………生存率は100%、試練に負けても死ぬわけではない…!!! 抵抗してもしなくても……結果は同じ事…」

 

 ずぅん、とシャンディアの戦士達が、泥人形の影の下に飲まれる。

 見上げるほどの、どんな猛獣よりも遥かに巨大なそれを目の当たりにし、彼らは一瞬にして血の気を引かせていく。

 

「だがここまでたどり着いた褒美くらいはくれてやってもいいだろう…」

「うわあああああああ!!!!」

 

 戦士達の悲鳴を最後に、彼らの姿は泥人形の下に埋もれていく。

 直後、彼らがいた場所からは、バキバキボリボリと砕け潰される、耳を塞ぎたくなるような音が鳴り続けていた。

 

「せめて我が血肉となり…………終わりを共に目撃させてやろう」

 

⚓️

 

「おぬしらに初めて会った時、我輩が傭兵をかって出たのも、青海人では〝空の戦い〟についてゆけぬからだ」

「〝空の戦い〟?」

 

 脱出組の方では、突然始まったガン・フォールの授業に全員が戸惑いの表情を浮かべる。

 老人が用意させたのは、樽とその上にのせられた一つの貝。その前に、大きなハンマーを担いだサンジがスタンバイさせられている。

 

「見ておれ」

「何の為にやるの? こんな事」

「やればわかる。その貝を思いきり砕いてみよ」

 

 どこからどう見ても、ただ貝が壊れるだけのなんの意味もなさそうな実験。

 とはいえ、最近傷つくことが多いメリー号を心配するウソップからすれば、十分に不安になる光景だった。

 

「そーっとだぞ‼︎ サンジてめェ甲板に穴でも開けやがったらタダじゃおかねェぞ‼︎」

「思いきりやればよい」

「テメー他人の船だと思ってテキトーな事言うなァ!!!」

「いいから思う存分やっちゃいな」

「エレノアコラァ!!! ふざけたこと言ってんじゃねェぞ!!?」

「……まァやれっつうんならやるが…」

「待て〜〜!!! そんなに振りかぶらなくても」

 

 戸惑いながらも、さしたる労力ではないと大きくハンマーを振りかぶるサンジ。

 ウソップの悲鳴を無視し、ガン・フォールやエレノアに言われるまま貝を狙い、渾身の力で振り下ろす。樽ごと砕ける、そう確信しナミ達は思わず身構える。

 しかし、ハンマーが貝に触れても、なんの音も衝撃も響かなかった。

 

「?」

「…………何やってんだ。いくら加減しろって言ってもそれじゃお前…」

 

 まさか気を使いすぎて、力の微調整もできなかったのか、とウソップが呆れを見せる。

 だが、最もこの場で訝しげな表情を浮かべていたのは、他ならぬハンマーを振り下ろしたサンジだった。

 

「…いや、おれは思いきりやったぞ。甲板に穴開けるくらいの気持ちで……‼︎」

「オイ」

「なのにこの貝に………まるで衝撃を吸い込まれたみてェに…」

 

 首をかしげ、貝を凝視するサンジに、ウソップ達も徐々に困惑し始める。

 ガン・フォールは一切の狼狽を見せず、不思議そうに貝を見つめるサンジに、次なる指示を与える。

 

「ーーでは貝の穴を空樽に向け、裏の殻頂を押してみよ…………」

 

 サンジは言われた通り、樽の上に乗せていた貝を手に持つと、樽の横に押し付け、殻頂を凹ませるように押してみる。

 

 すると次の瞬間、ドンッ‼︎と凄まじい衝撃が迸り、樽が爆発したかのように弾け飛んだ。

 

「きゃ!!!」

「きゃ〜〜〜〜〜〜っ!!!」

「っ…」

「うおォっ」

 

 いきなりの現象に、ナミは小さく、ウソップは盛大な悲鳴をあげて騒ぎ出す。

 エレノアは爆風に顔を顰め、サンジは反動で大きく吹き飛ばされ、欄干に背中を強かにぶつける羽目になる。

 そして爆発の中心では、問題の貝が無傷の状態で煙を吐いているのが見えた。

 

「それが〝衝撃貝〟。与えた衝撃を吸収し、自在に放出する」

 

 とんでもない光景を見せつけた貝を前に、サンジとウソップは思わず目を見合わせる。

 ナミ達と合流する前に遭遇した、玉の試練の担い手を名乗る神官サトリ。その男が使っていた攻撃法と、全く同じ現象だったのだ。

 

「ていうか先言っとけ!!! ビビっただろ!!!」

「古代の空島にはさらに凄まじい貝が存在したと聞く。〝排撃貝(リジェクトダイアル)〟という絶滅種は、この〝衝撃貝〟の10倍もの放出力を誇ったそうだ」

 

 ビシッ、ビシッとチョップで抗議するサンジを放置し、ガン・フォールは続ける。

 サンジは吹き飛ばされるだけで済んだが、〝排撃貝〟は使用すれば、使用者の命さえ危ぶめる諸刃の剣なのだと。

 

「さすがにほとんど使われる事はなかった様だな…………」

「……そんな危なっかしい貝があるのか……‼︎ ーーまるで兵器じゃねェかよ」

「〝貝〟ってもっと日常的なものかと思ってた」

「…危険さってのは、便利さを求める道の途中に必ず現れるものなんだよ。使う人間次第でね」

 

 他にもガン・フォールは語る。料理を温める熱貝(ヒートダイアル)も、槍に仕込めば高熱を発する熱の槍に。火を蓄える炎貝(フレイムダイアル)も、鳥の口に仕込めば火を吐く怪鳥に。

 使い方次第で、いくらでも生活から戦場にまで使い分けられるのだと。

 実際にその脅威を目の当たりにしたナミ達は、ただ圧倒されるばかりだった。

 

「ーーそれが〝空の戦い〟………‼︎」

「そうだ。貝の種類すら知らぬ青海の者では見極める事もできん。数ある〝加工雲〟然り…」

 

 重苦しく締めるガン・フォールに、ウソップやナミは思わずごくりと息を呑む。

 知らずに戦っていれば、確かに翻弄されるばかりで、まともに戦えたとは考えにくい。実際に、ルフィ達もそれで大いに苦しめられたのだから。

 

「じゃあよ……あの、おれ達の動きを先読みするマントラってのにも何か理由が?」

「〝心綱(マントラ)〟か…あれは我輩も使えるわけではないのでな。うまく説明できんのだが…」

 

 もう一つ、ルフィ達を苦しめた神官達の戦い方を思い出し、ウソップが問う。

 だがそれに関してはガン・フォールもあまり詳しくはない様で、難しい表情になるも、視線はある一人にまっすぐに向けられていた。

 

「…そこの者の方が詳しいはずだ」

「あ」

「そういやァ……思えばちょくちょく心当たりが」

 

 あ、と声を漏らし、3人は思い出す。

 島を見つけるとき、情報を集めるとき、危険を探るとき、自分たちの仲間はいつも真っ先にそれをこなしていた。

 それらは確かに、神官の持つ力に酷似していた。

 

「……あれは〝聞く力〟。全ての存在が放つ声や気配を聞き取る…誰の中にも宿る力だよ」

「誰の中にも?」

「じゃあ……おれ達にもできるってことか?」

「それはあんた達次第…人によっては一生引き出すことのできない力なんだ。鍛錬することそのものに才能が必要だからさ…」

 

 問われたエレノアは、まだ体調が万全でないからか、ややしんどそうにしながらも素直に答える。

 その表情はなんというか、後回しにしていた問題を鼻先に突きつけられている様な、そんな複雑そうな表情に見える。

 

「聞く声によっては、相手の次の動きを読む事も、遠く離れた場所の声も聞き取る事もできる………〝偉大なる航路〟には、少し未来を読む人間だって存在してるらしいよ…」

「エレノアがよくやってるあれか」

「神官共は〝神の島〟全域ーーエネルはこの国全域までその力が及ぶ。あの力ばかりは得体が知れぬ…」

 

 納得した様な、説明されてもよくわからない様な、そんな微妙な反応を返すウソップ達。

 刺して期待をしていなかったエレノアは、欄干に背中を預けると、小さなため息と共に釘を刺す様に告げた。

 

「ちなみに、いまの私は体調が最悪だから期待しないで………数メートル近くに接近されても気づかなかったくらいだから…」

 

 昨日、チョッパーとメリー号に残された際に受けた襲撃。

 その時に役に立てなかったことが、結構なショックだったらしい。やや落ち込んだ様子で、自分を苛む様に俯いていた。

 だがその時、仲間達が浮かべている驚愕の表情に、エレノアは思わず首をかしげた。

 

「………!!!」

「…? どうしたのよ、あんた達…」

 

 固まっているナミ達やガン・フォールに、不思議そうに問いかけるエレノア。

 

 その時彼女は、背後から聞こえてきたパリッという音に、全身の血が凍りついた様な錯覚を覚える。

 

「………まさか…!!!」

 

 彼女は唐突に理解する。

 そして、自身の背後に降り立った、とてつもない存在に戦慄の表情を見せ、咄嗟に拳を構えながら勢いよく振り向く。

 

 その直後、突如エレノアの意識は、糸が切れた様にぶつりと途切れた。

 

「エレノアァ!!!!」

 

 悲痛な仲間達の声は、突如全身から煙を上げるエレノアには届くことなく。

 焦がされ、黒く染められた天使は、声すら上げられないままに、甲板の上にドサリと倒れ込んだ。

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