ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第136話〝都市の遺言〟

 どさっ、と。

 黒い煙を上げたサンジが、同じく黒焦げになったエレノアの隣に、仰向けに倒れていく。

 その姿はまるで、糸の切れた人形の様だった。

 

「エレノア〜〜〜!!! サンジ君〜〜〜!!!」

「サンジー!!! ギャ〜〜!!! ギャ〜〜!!!」

 

 悲鳴をあげるナミとウソップだが、二人ともその場から動くことができない。

 二人とガン・フォールの目の前には、不気味な笑みを浮かべて欄干の上でしゃがむ〝神〟の姿があるからだ。

 

「ヤハハハ…バカな奴らだな。…別に私はお前達に危害を加えに来たわけでじゃないというのに…」

「ならば何をしに来た!!!」

「ヤハハ、冷たい言い種じゃあないか…実に6年ぶりだぞ…先代〝神〟ガン・フォール」

 

 怒りと警戒をあらわにし、姿を表したエネルに怒鳴るガン・フォール。

 しかしエネルは、老騎士の凄まじい殺気をものともせずに、心底愉快そうな笑い声を響かせるばかりだ。

 

「ぢきしょう!!! こいつ…サンジとエレノアを……………!!! 殺しやがったァ〜〜〜〜〜!!!!」

 

 意識を失ったサンジを抱きかかえ、ウソップが号泣しながら彼の胸に耳を当てる。

 いまだに目の前で起こったことが信じられず、ガタガタと震えるナミは、しばらくしてからある一つの間違いに気がついた。

 基本的に、人間の心臓は左側にあるのだ。

 

「待ってウソップ!!! そっち‼︎ 右っ!!!」

「ゲッ!!! 心臓が動いてるっ!!!」

 

 自身の勘違いにようやく気づき、今度は歓喜の声をあげるウソップに、ナミもホッと息をつく。

 だが、そんな声も煩わしかったらしく、エネルが徐に指を刺した瞬間、ウソップの全身にも何かが迸り、彼も黒焦げとなって倒れ込んだ。

 

「黙っていれば…………何も……しない……いいな?」

 

 何が起こったのかもわからない。しかしブスブスと煙をあげるウソップを目の当たりにし、ナミは慌てて口を手で押さえてコクコクと頷いた。

 

「結構」

 

 エネルはその場が静かになったことに満足してか、ニヤリと笑い指を下ろす。

 しかし今度は、鬼の様な形相になったガン・フォールが食ってかかった。

 

「貴様一体何を企んでおるのだ!!!」

「……6年前、我らがこの島に攻め込んだ時捕えたお前の部下共は、元気に働いてくれているぞ。腕力もある実にいい人材だ」

 

 激昂する老人の反応そのものを楽しんでいる様に、エネルは口元の歪みをさらに強くする。頂点の座を追われ、落ちぶれて死にかけた彼を見下すことが、愉しくて仕方がないようだ。

 

「だがその6年掛かりの大仕事も…どうやらもう終わりに近づいている。同時に私もこの島に用事がなくなる。というわけで、お前に別れの挨拶でもと……ここへ来た。それだけの事…」

 

 あからさまに相手を馬鹿にした態度だが、それを咎められる者は誰もいない。

 迂闊に手を出せないガン・フォールはただ、ギリギリと歯を食い縛ることしかできず、その手で殴り飛ばせない自身を心底悔やむ。

 

「――しかしこのスカイピアの住人共はつくづくめでたい奴らだ。この島をただ〝大地〟の塊としか見ていないのだからな」

「⁉︎ どういう事だ……」

「我々がこの島を強硬に奪い取った理由、青海のハエ共がこの島に踏み込む理由、そしてシャンディアが帰郷に固執する理由も相違あるまい」

 

 自身が〝神〟の座を追われた理由が、大地以外にあるのか、とガン・フォールは新たな〝神〟に訝しげな目を向ける。

 しかしそれに、エネルは答えることはない。嘲笑ったまま、老人を見下ろすだけである。

 

「……何だと言うのだ………!!!」

「ヤハハ…だからめでたいと言っている。黄金の存在もその価値も…知らぬはこの国に住む当人ばかりよ‼︎」

 

〝心綱〟によるものか、あらゆる事柄を見通しているとでも言いたげな物言いに、ガン・フォールもナミも表情をこわばらせながら、困惑する。

 空に住む者にとって最も焦がれる大地。それをさも下らないものの様にいう彼の真意が、全く掴めないでいた。 

 

「くしくもゲームは最終戦、このサバイバルを制した者が莫大な黄金を我がものとする。ヤハハハ…聞こえるか? 賑やかな祭りの騒ぎ」

 

 困惑を残したまま、エネルは不意に欄干の上で立ち上がり、二人に背を向ける。

 ガン・フォールは慌てて腰を上げ、去ろうとするエネルに声を張り上げた。

 

「待て‼︎ 神隊は解放するのか!!?」

「…それは神のみぞ知る事だ」

 

 その言葉を最後に、エネルの姿はまるで最初からそこにいなかったかのように、掻き消えてしまった。

 

⚓️

 

「…ここは初めて来た場所だな。逃げてるうちにこんな所に迷い込むたァ……」

 

 鬱蒼としげる密林の間。

 ごろごろと小石の様に遺跡のかけらや、古い人骨が散乱している場所を、アーレンがゆっくりと歩いていく。

 傍には誰もいないが、彼の歩みはどこか堂々としていた。

 

「行けども行けども、見つかるのは骨壷ばっか。この辺は昔の墓場だな……そんでこいつが、ここらの死者全員分の慰霊碑と。そいつに刻まれてんのが…」

 

 ザクザクと雑草を踏み越え、歩き続けていたアーレンの足がふと止まる。

 その視線の先にあったのは、大きな板状の意思に刻まれた、奇妙な形状の文字と、それに連なる様な幾つもの絵だった。

 

「〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟………!!! こいつだけはどうにもならねェ…読める奴がいなきゃ、手も足も出ねェ」

 

 読める者がいない、というより読むことが禁じられている謎多き文字。

 それを前に立ち尽くしていたアーレンだったが、しばらくするとニヤリと笑みを浮かべ、懐から取り出した手帳と睨めっこを始める。

 

「………が、そいつは普通の考古学者の話よ。おれくらいの学者の手にかかりゃ、まわりの絵や文の長さでだいたいの内容は推測できる……なるほどなるほど」

 

 ぺろりと唇を舐め、ペラペラと手帳をめくっていく。

 数年間で自身が写しとってきた、あたりの遺跡に遺された無数の文字と絵。それらを総合し、照らし合わせることで、そこに託された製作者の意図を、限りなく正確に読み取ろうとする。

 やがて彼の目が、ぎらりと鋭い輝きを放った。

 

「悪魔の呪い……生贄の儀式………他所者の来訪………そして真祖の再臨……!!! だいたいわかってきたぜ…この島でかつて、何が起こったのか…!!!」

 

 彼は文字が読めるわけではない。

 かろうじて、文章同士を比較することにより、いくつかの単語を読み解き、片言程度には文を理解できる様になっただけ。

 しかしそれだけでも、十分に彼が優秀な考古学者であることを表していた。

 

「そして………真祖とやらの正体も」

 

 パタン、と新たに記入を済ませた手帳を閉じ、懐にしまい直すアーレン。

 その目は、ギロリとさらなる森の奥―――〝髑髏の右目〟へ向けられ、眼光がさらに鋭さを増した。

 

「さらなる情報を得るためにゃ………やっぱ、中心に行かにゃァならんか」

 

⚓️

 

 ―――ちょっと‼︎

    どこ行くの変な騎士‼︎

 

〝神〟エネルがさったと思った直後、突如襲撃してきた二人の服神官たち。

 倒れたエレノアたちを庇い、なんとか撃退したナミだったが、そんな彼女をおいて、ガン・フォールは船を飛び出そうとしていた。

 

 ―――すまぬが我輩、エネルを追う!!!

 ―――何言ってんのよ‼︎

    レディを1人にする気⁉︎」

 ―――だからすまぬと言うておる‼︎

    我輩の部下達の命の危機なのだ‼︎

    いや!

    ともすれば…この国の危機やも知れぬ!!!

 

 と、そんなやりとりがあり、ガン・フォールはまだ傷も癒えきっていない状態のまま、ピエールと共にそらへっ飛び立ってしまった。

 残されたナミは愕然となるも、どうにか落ち着きを保ち、いまだ意識の戻らない三人を船室に引きずっていく。

 

「…………とりあえずこいつらの応急手当てを…‼︎ 生きてるんでしょうね⁉︎ 3人共…‼︎」

 

 何が起こったのか、今でも全くわからない。

 とにかく三人の安全を確保しなければ、と四苦八苦していた時。

 突如、パン!と音が響き、メリー号とカラス丸のすぐ近くに、新たなミルキーロードがつながってきたのが見えた。

 

「え…何!!? 何何!!?」

 

 いきなりのことで、ナミはぎょっと目を見開くと、思わずサンジとウソップを盾にして、エレノアを抱えて身を隠そうとする。

 すると、ぎゅっと身を縮こまらせる彼女の耳に、妙に騒がしい音が届き始める。

 

「あ‼︎ へそ‼︎ ナミさ〜〜ん!!!」

「え?」

 

 聞き覚えのある声に、ナミは顔をあげて目を凝らす。

 そこにはパラリラパラリラと、街中なら間違いなく迷惑行為に取られる騒音を撒き散らしながら向かってくる、大型のウェイバーが一機。

 それに乗っていたのは、エンジェル島で出会った空の住人、パガヤとコニスだった。

 

「コニス‼︎ おじさん!!! 何で、ここにいるの!!? ていうかラッパうるさい!!!」

 

 ガン・フォールに匿われ、安全なところにいるはずの二人がなぜ、と困惑し、ついでに空気の読めていない騒音にイラつかされるナミ。

 その時、ウェイバーを操っていたパガヤがいきなり慌て出した。

 

「ちょっ…ダメです‼︎ 降りてはダメです‼︎」

「離せ〜〜!!!」

 

 ウェイバーの上から飛び出そうとしている、一人の少女の姿を目にし、ナミは首を傾げる。

 コニスたちとは異なる外観の格好をした、気の強そうな少女だ。少なくとも、エンジェル島に住んでいた人々とは印象が異なって見える。

 

「誰⁉︎ その子」

「青海人っ‼︎ 排除してやる‼︎ あたいはシャンドラの戦士だ!!!」

「だから何なの、私とやんの⁉︎」

 

 コニス達と一緒にメリー号に乗り込み、ナミを見るや否や、貝のついた棒切れを突きつけてくる謎の少女。

 ナミは思わず、ガン・フォールから預かったままの衝撃貝付きの籠手を向けながら、胡乱げな目で問う。が、他の三人を見たコニスには、それに応えている暇はなかった。

 

「まあっ! 大変っ‼︎ 皆さんまるコゲだわ‼︎ すぐに手当てを」

「…⁉︎ 真祖様……!!?」

 

 沈黙しているエレノア達を前にし、息を呑むコニスの声に、謎の少女も振り向き目を見開く。

 そして、きっと唯一無事な姿のナミを睨みつけ、怒りで肩を震わせ始めた。

 

「お前ら真祖様をよくもこんな目に…!!! 絶対ゆるさない!!!」

「さっきから何なのよあんた‼︎ ホントに誰よ!!?」

「とにかくすいません、今我々が来た道に進路を‼︎〝雲貝〟で新しく作った川です。直接白々海へ出られます」

 

 ギャーギャーと、顔を出して早々騒いでばかりの少女に辟易するナミに、パガヤがやや慌てた様子で促してくる。

 この間も、ウェイバーから流れる騒音は止まらないままだった。

 

「敵に見つかる前にっ‼︎」

「だったらもっと静かに登場してよ‼︎」

 

 本当に逃す気あんのか、というナミのツッコミが虚しく森の中に響き渡っていた。

 

 

 

 そんな、耳を塞ぎたくなる様なナミ達のやりとりも、エレノアには届いていなかった。

 泥の様に重い闇に囚われた彼女は、ぼんやりとした思考の中、もはや自分のものではない様に感じる手足に意識を向ける。

 だが、鉛の様に重くなったそれらは、ピクリとも動いてくれなかった。

 

(…………身体……動かないな………)

 

 指先一つ、全く動かない。

 脳と全身の繋がりが完全に切断されてしまったようで、少し頑張っただけで、エレノアはすぐさま諦めてしまった。

 

(最悪だよ………自分の体調管理を怠って…チョッパーにもみんなにも心配かけちゃって…ざまァないなまったく………)

 

 意識を失う前、どうにか覚えているのは、倒れていく自分に駆け寄ってくる必死の表情のナミとウソップ。そして、現れた男に立ち向かっていくサンジ。

 薄れゆく意識の中で見えたのは、閃光と轟音を迸らせる、雷だった。

 

(自然系悪魔の実〝ゴロゴロの実〟の能力者………なるほどなァ、〝覇気〟の扱いも知らない連中じゃあれの相手は務まらない……明確な弱点のあったクロコダイルとは違って、生身じゃまともに触れる事もできない………)

 

 改めて、前半の海の易しさに苦笑が溢れ、続いてそんな場所で苦戦している自身に呆れる。

 体調さえ万全だったなら、一矢報いることはできた。だがそれだけで、あの男に勝つことは決してできなかっただろうと、自身の無力さが悔やまれる。

 

(……教える事はできるけど、私にその資格はない………いずれ一味を去る私が過度に干渉したら、あの子達の成長を妨げる…………でもこれは、ただのいいわけだよね……)

 

 自分の身勝手な思考に、ますます呆れが増す。

 縁を利用し、かの海へ戻ることを望んだ。しかし共に旅をするもの達に過剰に力を貸すことを拒んだ結果が、この様である。

 情けなくて、みっともなくて、涙が溢れそうであった。

 

(身体ももう………指先一本動かせない…………もう…自分の身体じゃないみたいだ……)

 

 これが罰なのなら、まだまだぬるいとさえ感じてしまう。

 そしてこれだけでここまで傷ついている自身の弱さは、どうしようもなかった。

 

(………私、死ぬのかな……やだなァ……パパにもみんなにも……エースにも会えないまま………こんな空の果てで終わるなんて…………まだあの人に……伝えなきゃ…いけないのに……………ん?)

 

 より一層深く沈んでいく自身を思い、嘆きをこぼすエレノア。

 その時ふと、自身の思考の淵に浮かんだ奇妙な一言に、困惑が生じた。

 

(伝えるって…………何を……?)

 

 どこからきたのか、なぜ浮かんだのかわからない、意味深な思考のかけら。

 それを探ろうと、エレノアが今にも途切れそうな意識を傾けようとした時だった。

 

 ―――やれやれ…未熟な此奴にはまだ早すぎる相手だったな…。

    しかしまァ……私にとっては非常に都合がよい。

 

 ぎくり、と。エレノアの体が硬直する。

 全く聞き覚えのない、しかしどこかで知っているその声に、エレノアは大きく目を見開き、ゆっくりと振り向いた。

 

(……誰?)

 ―――お前は休んでおればよい……目が覚めた時には、もう全て終わっていよう……‼︎

 

 エレノアの目に映ったのは、自身に向かって近づいてくる細い腕。

 伸ばされたその手は、一方的にエレノアの目を塞ぎ、闇の奥へと押しやる。そして自身が代わりに、表へと泳ぎ出でていく。

 

 ―――しばし、借りるぞ。

    お前の身体を―――。

 

 その声を最後に、エレノアの意識は完全に闇に閉ざされた。

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