ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第137話〝空の主〟

 ブオンッ!と唸りを上げ、ナミが操るウェイバーが停止する。

 その力強さは、以前に彼女が借りた普通のウェイバーとは比べ物にならないほどであり、思わず満足げな笑みが浮かんでいた。

 

「…確かにお返ししましたよ」

「ええ、ありがとう。すごく気に入った‼︎」

 

 メリー号の甲板に戻り、パガヤから渡されたウェイバーの感触を改めて確かめる。

 青海で拾った時からは想像もできない、新品同様のその姿に、ナミは感嘆しっぱなしだった。

 

「段違いのスピードね………‼︎」

「ええ、〝噴風貝(ジェットダイアル)〟は数百年前の絶滅種でして、私も驚きましたよ。お預かりしたウェイバーにこれが搭載されていようとは…」

 

 パガヤも自分が修理したウェイバーの威力に、驚きを隠せないようである。

 通常の風貝をはるかに上回る、凄まじい力を誇った(ダイアル)の一種。最早幻の存在と言っても過言ではないそれを修繕できたことが、いまだに信じられないようである。

 しかし、すぐに彼の表情は曇り、悩ましげなため息が零れた。

 

「――しかしさて、これからどうしましょう。みなさんがご一緒ならスカイピアの果てへご案内するつもりだったのですが」

「……んん、とにかく船は約束した海岸へつけなきゃ。無事だとは思うのよね」

 

 一度裏切ってしまった後ろめたさと義務感から、一味を外海へ逃がそうと追って来てくれたパガヤ親子。

 しかしやっとのことで到着したところ、一味の半分は島に入ったまま何処にいるのかわからないという。しかしそんな二人に対し、ナミは然して気にした様子を見せていなかった。

 

「1人はともかく、あの4人が揃ってれば敵もないわよ…」

「〝5人組〟なんて島にいないよ」

 

 何も問題ない、と肩を竦めるナミだったが、そこへ楽観的な考えを切り捨てるような声が響く。

 振り向いたナミは、パガヤ達と一緒にやってきた、ゲリラ達の仲間だという少女・アイサを見やった。

 

「多くても2人組…5人で動いてる奴らがいたらわかるもん、あたい!」

 

 膝を抱え、体を小さく丸めながら告げるアイサに、ナミはハッと思い至る。

 まるで見てきたかのように、離れた場所にいる誰かの様子を言い当てるこの力は、神官やエレノアが使っていた例の技で間違いない。

 

「〝心綱〟…神や神官が…エレノアも使えるってやつね…」

「生まれつき使えるんだ、あたいは‼︎ …だから恐いんだ…」

 

 ぶるぶると肩を震わせ、目に涙をためるアイサ。

 彼女にとっては、深い森の奥で行われている殺し合いは、目の前で行われている殺戮劇に等しいのかもしれない。

 そんな印象を抱くほどに、少女は怯え、嘆き悲しんでいた。

 

「〝声〟が消えていく恐さが、あんた達にわかるもんか………!!!」

「また泣くの」

「泣いてない!!! バカ青海人、バカ‼︎」

 

 呆れたようにナミが指摘すると、アイサはくわっと目を吊り上げて怒鳴る。

 それでも涙を止められずにいるアイサを見つめ、コニスが痛ましげに語った。

 

「アイサさんは…ウェイバーが壊れたらしくて、空魚に襲われているところを私達が通りかかって………」

「何するつもりだったのよ」

「知らない‼︎ ……でもじっとしてられないじゃないかっ‼︎」

 

 ナミの呟きをかき消そうとするように、アイサが再び叫ぶが、すぐにまた膝の間に顔を伏せ、身を震わせる。

 小さく漏れ聞こえる幾つもの名前は、神の島で斃れていく仲間達の名前であろうか。あまりにも痛々しい少女の姿に、ナミ達は何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 メリー号でそんなやり取りが行われていた時。

 暗く深い、ある道を歩いていたあの男が、ハッと目を見開いて足を止めた。

 

「はっ」

 

 真っ暗闇で、しかしなぜかわずかにぼんやりと見渡せるその道を歩き続けていたルフィ。

 しかししばらくすると、彼の目指す先は完全に塞がれてしまっていた。

 

「………えっ、行き止まり⁉︎ ここまで歩いてきてそりゃねェだろ〜〜」

 

 森の中でゲリラと戦い、遺跡を踏み抜いたかと思うと、いつの間にか落ちていた謎の空間。

 遺跡の欠片や樹の破片、そして妙になまあったかい液体が足元を満たすその空間の果てがこれと知り、ルフィは思わずがっくりと肩を落とす、が。

 

「あっ…まさかカラクリ扉かな……? そうか、ここ突き破れば進めるかもな」

 

 ポン、と掌に拳を当て、ひらめいたと目を輝かせる。

 基本的に、壊せるものが目の前にあるのなら、それは彼にとって行き止まりなどではないのだ。

 

〝ゴムゴムのバズーカ〟!!!!

 

 ぐいんっ、と伸ばした腕から放たれる掌底が、目前の壁に炸裂する。

 しかし、触れた瞬間に感じたその壁の感触は岩や土などではない。愚に愚にとした、妙な弾力に富んだ『何か』だった。

 

「あり? びくともしねェや………」

 

 決して力を抜いたわけではないのに、と首を傾げるルフィ。

 彼の立つ謎の洞窟が大きく揺れ出したのは、そのすぐ後の事だった。

 

 

 

「ちょっと………‼︎ ダメよ!!!」

 

 ドボンッ!と雲の海で水飛沫があがり、アイサを抱えたナミが顔を出す。

 自ら飛び込んだアイサは、自分を引き留めようとするナミの手を払い除けようと思い切り暴れ、盛大な喚き声をあげる。まるで獣のような有様だ。

 

「待ちなさいったら!!!」

「何だよ‼︎ はなせ‼︎ あんたには関係ないだろっ‼︎」

「関係ないけど‼︎ 見殺しにできないじゃない、あんたみたいな子供っ…‼︎」

「あたいは戦士だ‼︎」

「わかったから、子供の戦士」

「………!!!」

「にらんでも恐くないもん」

 

 馬鹿にされている、と痛感したアイサがナミを睨むが、もっと恐ろしい者と相対してきたナミには、雀の涙ほどの恐怖も与えない。

 アイサを無理矢理にウェイバーの上に引き上げていると、甲板からパガヤ達がハラハラした様子で見下ろしてくる。

 

「………‼︎ 大丈夫でしょうか⁉︎」

「平気平気。ホラ暴れたってムダよ、乗って」

「離せ〜〜みんなを助けるんだ〜〜〜!!!」

「ブツわよあんた。ウチの船員でさえ、もう3人やられてんのよ!!?」

 

 ウェイバーの上に引き上げられてなお、アイサは暴れる事を止めない。

 むしろ、ナミが助けようとする意図を見せれば見せるほど、彼女に対して激しい拒絶を見せていた。

 

「真祖様をこんな目に遭わせるやつらなんか信用できるか!!! 離せ〜〜〜!!! あたいはあんた達になんか助けて欲しくない!!!」

「真祖って…エレノアのこと言ってんの? サウスバードといいアーレンさんといい、エレノアの何を知ってんのよ?」

 

 ゲリラの少女が口にする単語に、ナミは訝し気に問い返す。

 それにぎろりと鋭い視線を返したアイサは、涙と海水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、悔しさを前面に出した形相で口を開いた。

 

「真祖様は…‼︎ あたいらにとってとんでもなく大事なお方だ!!! それをこんなボロボロに……!!!」

「だから落ち着きなさいって…‼︎」

「あたいらはあの方と〝約束〟してんだ!!! だから…シャンドラを絶対に取り戻さなきゃならないんだ!!!」

 

 ギャーギャーと叫び、手ごろな位置にいるナミにぽかぽかと怒りをぶつけるアイサ。

 オロオロと困惑した顔で、様子を見守るパガヤとコニスをよそに、ナミは険しい表情で大きなため息をこぼした。

 

「…わかんないことだらけだわ」

 

 仲間が今どうなっているのか、仲間の一人と連中にどんな因縁があるのか。

 考えたくても、解き明かすためのピースが足らず、思考がそこで止まってしまう。

 

 そんな彼女の視界に、ある異様なものが映った。

 

「え⁇」

 

 思わず声を漏らし、ナミは動いているそれを凝視する。

 木々の間から顔を出し、海雲をぐびぐびと呑み込んでいる、比較することも馬鹿らしくなるほどに巨大な顔が―――ルフィたちを散々追い回していた大蛇が、そこにいたのだ。

 

「ええ!!?」

 

 何故だかイライラした様子の大蛇を前にし、ナミ達はギョッと目を剥いたまま、その場で硬直する。

 鬱陶しそうに、気だるげにのそりのそりと動く大蛇は、突如目を見開き、のたうちながら苦し気な咆哮を上げ始めた。

 

「ジュララララララララ!!!!」

「きゃああ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 超巨大怪物が見せる突然の奇行に、至近距離にいたナミとアイサが悲鳴を上げる。

 大蛇は彼女達に気付いた様子はなく、ひたすらに自身を襲う謎の苦しみに悶え、咆哮をあげて暴れ続けていた。

 

「何なのこのデカさ!!!」

 

 突然の異常事態に、ナミは完全に冷静さを失ってしまう。

 そんな彼女の前で、大蛇はさらに大きく体をうねらせ、泣き叫ぶような咆哮をあげて動き出した。

 

「ウガ…!!! ジュラララララララァ〜〜!!!」

「いやあああ〜〜〜っ!!!」

「ああっ‼︎ ナミさんそっちは森の中!!!」

「ナミさーん!!!」

 

 突然迫ってきた大蛇に、ナミは完全にパニックに陥り、神の島に船首を向けたままスロットルを回し、森の中に突っ込んでいく。

 大蛇にその意志はないものの、自身を襲う激痛に突き動かされるまま、ウェイバーを追うように森の奥へと突っ込んでいった。

 

「…………ど……ど、どうしましょう。森へ入ってしまった………」

 

 瞬く間の出来事に、パガヤとコニスは唖然と固まったまま立ち尽くす。

 一刻も早く神の地から逃げ出さねばならないのに、また一人侵入してしまったと、思わず頭を抱える。

 

 そんな時だった。

 神による一撃で眠りについていた一人が、船室から顔を覗かせたのは。

 

「‼︎ ああ‼︎ エレノアさん!!! 目を覚まされたのですね‼︎ 大変なんです‼︎ 今ナミさんが〝空の主〟に追われて森の中に…!!!」

 

 エレノアの姿に気付いたコニスが、慌てて状況を説明しようと声を張り上げる。

 だが、声をかけられた当人は、ゆらりと体を揺らすだけで、然したる反応を見せない。ぎろりと、鋭い目で神の島を睨みつけるだけだった。

 

「………え…エレノア…さん……?」

「…………懐かしい声が……聞こえたな」

 

 コニスとパガヤの戸惑いの声に答えず、エレノアは―――エレノアの姿をしたその人物は、フッと笑みを浮かべる。

 だが、森に向けて一歩を踏み出そうとした彼女は、途端にぐらりと体を傾がせる。

 

「…あァいかん……身体がだるい…」

「う、動いてはダメです!!! 襲撃を受けたばかりで傷だらけなんですよ!!?」

「今はとにかく安静に…!!!」

 

 駆け寄る二人に、その人物はバッと掌を示し、制止させる。

 ぐんっと背筋を正し、先ほどよりも力強く仁王立ちした彼女は、獰猛な笑みを浮かべて体ごと神の島に向き直った。

 

「…ああ、そこにいるのか」

 

 そう呟いた直後、彼女のローブが細切れになり、白い翼が開かれる。

 あらわになった彼女の姿に、唖然となるコニスとパガヤ。彼女達の前で、その人物は大きく翼を羽ばたかせ、弾丸のような勢いで天空に飛び出していく。

 

「エレノアさ〜〜〜〜ん!!!!」

 

 呆気にとられていたコニスが我に返った時には、すでに彼女は神の島の上空へと飛翔してしまっていた。

 

⚓️

 

 神の島の中心を貫き、雄々しく天に向かって聳え立つ巨大な豆の木。

 その幹をスケート型のウェイバーで登る、一人の戦士の姿があった。

 

「この〝巨大豆蔓(ジャイアントジャック)〟の頂上に〝神の社〟!!! エネルがいる!!!」

 

 鬼のような形相で、怒りと闘志を目に燃やす彼の名はワイパー。

 故郷を奪還するため、戦い続けてきた古代都市シャンドラの民・シャンディアの末裔。島で最も強かった戦士の血を継ぐ者である。

 

「決着をつけてやる………!!! 忌々しい400年の歴史に!!!!」

 

 彼の狙いはただ一つ、〝神〟エネルの首を取り、故郷を奪還することのみ。

 只管に頂上を目指していた彼は、不意に宙に跳び出す。直後、彼が進もうとしていた場所に、白く長い刃が刺さり、豆の木の表面を斬り裂いた。

 

「ワイパー…それ以上蔓を登ると〝神の社〟へ到達する…誰が通過を許可したんだ⁉︎」

「…………オーム!!!」

 

 立ちはだかる神官の一人に、ワイパーは憤怒と憎悪の目を向け、背負ったバズーカを構える。

 双方、決して油断できぬ相手を前に、殺意と緊張感が漂い始めていく。

 しかしそこに割り込む、新たな戦士の姿があった。

 

「〝神の社〟など、もはや目指しても無駄である!!!」

「ガン・フォール!!!」

 

 遺跡の上に降り立ち、マントをたなびかせる空の騎士ガン・フォール。

 戦士ワイパーも神官オームも、前触れなく現れたかつての空の国の長を、胡乱気な視線で迎えた。

 

「てめェがなぜここに…!!! まだ〝神の座〟に未練があんのか!!?」

「…未練はないが…まだ責任を取り終えておらぬ…――今、この上にある〝神の社〟を見てきた所だ………‼︎」

 

 苛立たし気に吠えるワイパーを一瞥し、ガン・フォールはオームを睨む。

 彼の脳裏に浮かぶのは、相棒ピエールの背に乗り一足先に確認してきた、〝神〟エネルの住まい―――その慣れの果ての光景だった。

 

「惨劇…全壊しておったよ。勿論エネルの姿はない。もはや要らぬ長物と、そういう意味であろうな…おぬしら一体何を望んでおるのだ!!! オーム!!!」

「それを知ってどうする…先短い老兵よ」

「!!!」

 

 槍を突き付け、強い口調で問うガン・フォールに応えたのは、オームではなかった。

 瓦礫を踏み越え、木々の間から姿を現した五人目の神官・クロウリーが、濁った眼を三人に向けて告げる。

 

「この先に何が起ころうとも………貴様がその結末を目にする事はないだろうに」

 

 途端に迸る、凄まじい濃度の殺気に、ガン・フォールとワイパーだけでなく、味方のオームまでもが冷や汗を流す。

 しかし、最も危険な男が動き出す直前、天空からひゅるる…と何かが落下し、轟音とともに降り立つ。

 

「ア〜〜………効いた…あンの鳥許さん!!!」

「おぬしか…‼︎」

「……ん? ここは…………!!?」

 

 ガン・フォールが目を見開き、のそりと起き上がった男に驚愕の目を向ける。

 ある一羽のサウスバードに弁当ごと攫われ、そして空中で捨てられた経緯を持つゾロは、周りに集う男達を見渡し、納得した様子で刀に手をかけた。

 

「アァ……見るからに凶暴そうなのがいるな……オイ、黄金よこせ」

「やれやれ哀しいな。我が〝鉄の試練〟、誰一人逃れられぬのに…!!!」

「てめェら全員…邪魔をするなら排除するのみだ!!!」

「エネルの居所!!! 神隊の居所を教えて貰おうか!!!」

「己が立場をわきまえられぬ愚者共が…せめて我が血肉として供養してくれようぞ」

 

 互いに強烈な殺気を迸らせ、睨み合う5人の戦士達。

 そしてそこに、また新たな参戦者が勢いよく顔を出し、強烈な咆哮をあげて降り立った。

 

「どうなってんだ!!! この洞窟はァ〜〜!!!」

「ジュララララララララ!!!」

 

 涙を流しながら、神の島の中層に姿を現した空の主と呼ばれる大蛇。

 それを横目に、ゾロが、オームが、ワイパーが、ガン・フォールが、そしてクロウリーが、目の前にいる者を敵と見定め、臨戦態勢に入る。

 

「まァ御仁方々、言いてェ事は色々あるだろうが…主張したくば、まずはここで生き残る事だ」

 

 話など必要ない、己の道の邪魔をする者として、全員を排除するつもりになっていた。

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