ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
視線を横に向ければ、なぜか泣きながら荒い息をついている大蛇の姿が映る。
それが何故かなど考えるつもりはさらさらなく、ゾロは苛立たし気に舌打ちをこぼす。
「あの大蛇…とうとうこんなトコまでやってきやがった」
森の中では、真面に相手をする暇はないと逃走を選んだ相手だったが、こうもしつこく追ってくるのなら戦う外にない。
だがそこには、ゾロ以上にイライラとした様子の戦士が一人いた。
「…どいつもこいつも…まとめて消えろ!!!」
自分の、自分達の『悲願』を果たすのに邪魔な敵が多く集まっていることに、ワイパーは鬼の形相をさらに険しくし、バズーカを構える。
そして、もっとも目立つ標的である大蛇に向かって、強烈な熱の砲撃が放たれ、大きな爆発を引き起こした。
「ジュララララララ!!!」
「………厄介な武器持ってやがる」
危うく巻き込まれかけたゾロは、ザザッと遺跡の上を滑りながら、ワイパーを睨みつける。
もとより狙ったつもりもないが、敵にさしたる傷を負わせられなかったことに、より一層不機嫌さをあらわにした。
「何も知らねェ青海人が…‼︎ 昨日今日空へ来たお前らに、渡せるもんはここにねェぞ!!!」
「他人事をいちいち把握する気はねェな‼︎ 空の事情はおれ達にゃ関係ねェ‼︎」
「だろうな‼︎ 元々消す腹‼︎ 不都合もない!!! くたばれ!!!」
問答すら鬱陶しいというように、熱を持ったバズーカが再び灼熱を放つ。
それをまた躱したゾロは、咆哮とともに飛び掛かってくる大蛇の攻撃を何とか躱す。
ボゴンッ!と砕ける遺跡の破片の焼けるような音に、ゾロの頬が引き攣った。
「そうだあいつは…キバに毒を持ってやがるんだ」
戦士からは爆炎の砲撃、大蛇は猛毒、相対する敵は皆危険な武器を備えており、生半可には突破できそうにない。
その時、ゾロは不意に感じた寒気に、自身に接近する巨大な存在に気付いた。
「グルルル…ワン!!!」
「‼︎ こっちもキバか‼︎」
響き渡る獣の鳴き声に、刀を構えて待ち構える。
だが、振るわれたのは牙ではなく、固く握りしめられた拳だった。
「シッ‼︎」
「うお!!!」
ぶんっと迫った獣の前足による拳を、ゾロは紙一重で躱す。
大きく跳び退り、襲い掛かってきたその獣―――ゾロの背丈を遥かに超える巨体を持つ犬の見せた拳闘の構えに、ゾロは思わず目を見開いた。
「な!!! 何だこの犬の動きは!!!」
まるで人間のような動きを見せる巨大犬に、ゾロは一瞬戦闘中であることを忘れて凝視する。
その巨体の頭上に座り、奇妙な形状のサングラスをかけた神官、オームが嘲笑うように告げた。
「コイツの名はホーリー‼︎ 言っておくがおれは〝
「限度ってあるだろ」
自慢げに語るオームに、ゾロは呆れた声をこぼす。動物として超えてはならない一線を越えているような、そんな微妙な感想を抱かされてしまった。
その時、地面が大きく震え、メリメリと遺跡の一部が大きく盛り上がり始めた。
「若造共が…常々言ってあるはずだがな」
残るもう一人の神官、クロウリーの呟きがあたりに響くと、盛り上がった地面が徐々にその形を変えていく。
腕ができ、足ができ、赤黒く輝く二つの目が出来上がる。見る見るうちに生まれ出でたそれは、まるで雷鳴のような咆哮をあげ、進軍を開始した。
「オォオオォォオオ!!!!」
「なんじゃありゃ………!!?」
ズシンズシンと遺跡を踏み砕き、ゾロの方に向かって進む巨大な異形。
我に返ったゾロがあわてて飛びのくと、異形が振り上げた巨大な腕が叩きつけられ、凄まじい轟音と衝撃が撒き散らされた。
「クロウリー‼︎ 貴様おれの邪魔をするな!!!」
「敵はただ潰す………おれの前にいたお前が悪い」
ゾロと同じく飛びのいたオームとホーリーは、異形の肩に乗るクロウリーに憎々しげな目を向ける。
が、クロウリーは殺気のこもったそれらを気にした様子もなく、むしろ鬱陶しそうに顔を歪め、吐き捨てるのみだ。
「ふざけやがって、何だあのデク人形共は…‼︎〝三十六〟……‼︎」
地響きとともに、その巨体を見せつける異形に、ゾロが唸るように呟く。
再び、その巨大な腕が振り上げられる直前、ゾロは刀を構え、異形に向かって思い切り振り抜いた。
「〝
放たれるのは、かつて巨人達が見せた強烈な一閃。
放てる者はそういない、卓越した技術と剛力によって生み出される〝飛ぶ斬撃〟が、真っ直ぐに異形に向かい、その腕を斬り飛ばした。
「…ムダだ」
だが、異形の肉体が損壊しても、クロウリーの表情に変化はなかった。
彼の足元で、ボコボコと異形の傷口が盛り上がり、あっという間に代わりの腕が生え、ほとんど元通りになってしまう。
その光景に、ゾロは信じられないとばかりに言葉を失った。
「なんだこいつらは…⁉︎ どうなってんだ!!?」
「〝骸の試練〟………もともと命を持たぬ者を、いかにして殺すのだ? 青海の剣士よ…」
立ち尽くすゾロに、クロウリーはにやりと不気味な笑みを見せる。
その頭上では、ホーリーを操るオームを狙い、ガン・フォールがピエールと共に槍を振りかざしていた。
「ガン・フォール…シュラごときに一度やられた男がまだ懲りぬか‼︎」
鎧に隠されてはいるが、隠しきれていない包帯の跡を指し、オームが嘲笑する。ガン・フォールは顔をしかめつつも、気を抜くことなく敵を見据え続ける。
「もはや槍を振る事もままならぬのではないか⁉︎ 老いぼれ!!!」
「さりとて退けぬ!!! 今より貴様らが何をやらかすのかわからぬのだからな!!!」
「フン……‼︎ 思い上がるな……」
雄々しく吠え、槍を振りかざすガン・フォールに、オームは心底心外だというように鼻を鳴らす。
彼にとって、ガン・フォールやワイパーの闘志は、天才に挑むような愚行と相違なかった。
「それを知ろうとも神の高き心、貴様になど理解できん!!!」
ザク、ザク、と島雲が切り取られ、ぽーんと穴の底から放り捨てられる。
かれこれ一時間ほど続いているその作業に、アーレンは一度手を止め、額に浮かんだ汗を拭う。
その時、彼の近くに一枚のハンカチが差し出された。
「…よォ、来たのか嬢ちゃん」
「あら、先に来ていたのね」
「まァな」
アーレンはハンカチを受け取り、腰を下ろしながら汗を拭う。
アーレンの開けた穴を下りてきたロビンは、その深さに感心したようにため息を吐き、目を細める。たった一人でずいぶん掘り進んだものだ。
「上にあった遺跡は、ただ〝島雲〟に侵食された都市の一部に過ぎないのね……まだ下へ行けそう…」
「…力仕事ならおれがやる。敵が出てきたら頼むぜ」
「わかったわ」
ロビンにハンカチを返し、アーレンはナイフで島雲を掘り進める作業に戻る。
ロビンはハンカチを鞄にしまい、能力で穴の壁に腕を生やす。アーレンが切り取った島雲の塊を、列になった腕で一つ一つ運び出していく。
黙々とナイフを動かす老人を見下ろし、不意にロビンが口を開いた。
「外の様子がどうなってるか………わかる?」
「あ?」
「あなたも使えるんでしょう? 妖術師さんが言っていた〝聞く〟力を……」
アーレンは一瞬手を止め、少し考えてから、また作業を再開する。
視線は真下の島雲に向けられたままだが、意識はロビンに尋ねられたとおり、気配を探るために周囲に向けられる。
「……緑の髪の兄ちゃんと、シャンディアの若頭…それに元・神のじいさんに神官が二人…大蛇が一匹………そんでよくわからんがヤバそうな気配がたくさんだな」
「どうやってその力を?」
「さァな…神官やら試練から逃げ回ってるうちに、何となくわかるようになってた。この島全域ぐらいなら聞き取れるぜ」
サク、サクと島雲を切り取り、近くのロビンの手に渡していく。
感心した眼差しを向けるロビンに対して、アーレンの表情は何処か虚しそうで、気落ちした様子を見せていた。
「ま、聞こえても戦う術は手に入れられなかったがな………着いたぜ」
アーレンに言われ、ロビンは貫通した島雲を見下ろす。
最後は切れ目を入れるだけで、ふたのように開いていく。できた道に、アーレンが先に入り、続いてロビンの手を取って降り立つ。
そこには未到達の遺跡があり、二人はゆっくりとその場所を進む、すると。
「……800年前突如滅びたシャンドラの都市……そんな風には思えない。今まだこんなにも堂々と…こんなにも雄大……」
そこに広がっていた光景に、ロビンとアーレンは言葉を失くす。
空島に辿り着いた時の感動に負けずとも劣らない、自分の目を信じられなくなるほどの光景が、そこにあった。
かつての姿とそう変わらないままの、悠然と存在する遥か昔の都市が。
「………これが、黄金都市『シャンドラ』!!!」
「よせワイパー!!! 我輩は…」
「『我輩は』…何だ!!? 敵じゃねェと言いてェのか!!! おれ達にとっちゃあてめェもエネルも同類なんだぞ、ガン・フォール!!!」
「………!!! 聞く耳も持たぬか」
天を舞うガン・フォールに向けて、ワイパーが燃焼砲を放つ。
自身に対する敵意を止めさせようと説得を試みるワイパーだったが、同士以外を全て敵と認識した彼は止まらない。
その真下から、大きく口を開いた大蛇が襲い掛かる。
「ジュラララララララ!!!」
「ピエ〜〜〜!!!」
「野郎…!!!」
因縁など微塵もない、ただ只管に破壊を撒き散らす怪物蛇をいい加減鬱陶しく思い、ワイパーが砲撃を放つ。
だが、額に真面に受けたというのに、大蛇はぶるぶると顔を振り、無傷の顔を見せつけ、再び襲い掛かった。
「ジュララララ!!!」
「
大蛇の異常なまでの強靭さに舌打ちし、ワイパーは思わず歯噛みする。
そのすぐ近くでは、胸に傷を受けたゾロががくりと膝をついていた。
「………!!! 今……何を…」
「……フン、青海人はこれだから困る……」
血を流すゾロに、オームは小馬鹿にしたように吐き捨てる。彼の手にある白い刀が、もくもくと形を変えている。
〝鉄雲〟と呼ばれる種類の雲を操る彼にとって、間合いなど一切関係が無いのだ。
「この刀もまた〝鉄雲〟なのさ――つまり刀身はこの刀の柄に仕込まれた貝から追加される〝鉄雲〟により、どこまでも敵を追う!!!」
語りながら、オームが再び剣を振るうと、白い雲の剣はしなりゾロを追う。
紙一重でそれを躱し、刃を食い縛るゾロに、オームは完全に彼を格下と見下した態度で笑みを浮かべた。
「理解できたかね、青海の剣士君」
「まるでムチだな…理解したよ。白々海は曲芸戦士の集まりだってな」
「ムダ口を叩く暇があるのか?」
息を切らせつつも、フッと不敵に笑うゾロの耳に、もう一人の厄介な敵の声が響く。
ずしん、と遺跡を砕きながら振るわれた、二体の土塊の異形の一撃に、ゾロはますます険しい形相でクロウリーを睨みつける。
「貪り尽くせ、〝
クロウリーが手から赤い雷を迸らせると、次々に地面が盛り上がり、新たな異形たちが生み出されていく。
たった一人で、巨大な異形の軍団を作り上げていく男に、さすがのゾロも顔を引きつらせ始めた。
「〝沼雲〟…〝島雲〟…〝紐雲〟……そして〝鉄雲〟。あらゆる種類の雲を組み合わせ、我が力を注ぎ込んで創り出したのがこの〝
「不死だァ…⁉︎ いよいよバケモノじみてきたな」
誇張とは思わない、悍ましい力を目の前で見せつけられ、迫り来る異形たちを迎え撃つ体勢に入るゾロ。
異形たちはそんな彼を見据え、次々に飛び掛かり、剛腕を砲弾の様に振り落としていく。
「〝
爆発と勘違いしそうなほどに凄まじい一撃が、幾度もゾロに向けられる。
幸いなのは、異形たちの動きが見た目通りやや鈍い事か。どうにか飛び退り、躱したゾロのこめかみを、いくつもの汗粒が滴り落ちていく。
「さっきから何なんだ、あいつの
ゾロが戦慄していたのは、異形たちの放つ一撃の重さなどではない。
今も尚感じられる、異形とクロウリーから感じられる奇妙な気配のせいだった。
「数えきれねェ量の蟲が蠢いてるみてェだ……‼︎」
ごくりと息を呑むゾロ。
その姿を見据え、異形たちの攻撃から離れていたオームが、自身の側に立つホーリーに語り掛ける。
「ホーリー………別れて戦おうか………‼︎ ――この〝上層遺跡〟…………少々賑やかになってきた様だ…………!!!」
彼が呟いた直後、巨大な豆の木の方から新たな人影が飛び出し、それぞれで遺跡の上に降り立っていった。
「何とも…〝空の主〟までいるとはな………‼︎」
「加勢しますぞ、オーム様」
「「「「メ〜〜!!!!」」」」
彼らの姿は、まるで人と山羊を掛け合わせたかのような奇妙な姿。
神兵と呼ばれる、特殊な訓練を受けた者達が、ゾロとワイパーたちを敵と見定め、嘲笑を見せる。
だが、現れたのは彼らだけではなかった。
「お前ら…」
「どうやら残りは」
「おれ達だけらしいな」
「お前をエネルの元へ到達させてやるぞ、ワイパー‼︎」
神官の試練や、神兵たちの襲撃を越えて生き残ったゲリラ達が、ワイパーの側に集まってくる。
傷だらけになりながら、なおも闘志を絶やさずにいる彼らに、クロウリーが鬱陶しそうに眉間にしわを寄せ、ため息交じりに声を漏らす。
「羽虫がわらわらと…‼︎」
「!!! クロウリー…‼︎」
「このシャンディアの裏切り者…恥さらしが!!!」
クロウリーの呟きで、彼の存在に気付いたゲリラ達が、その顔に強烈な怒りと憎悪をあらわにし始める。
ギリッ、と軋みを上げる彼らの得物が、彼らの激情の凄まじさを表していた。
「貴様だけは許さん!!!〝神〟に屈しただけでは飽き足らず…‼︎ 同胞をためらいなく手にかけてきた貴様は、これ以上ないほどの苦しみを与えて殺してやる!!!」
「…なんだかよくわかんねェが…邪魔な奴らが潰しあってくれるんなら僥倖だな」
睨み合う神の兵達とゲリラ達、下手をすればゾロをほったらかしにしそうなほどに凄まじい、強い殺気のぶつかり合いに、ゾロがにやりと笑う。
どちらが正しいか正しくないかなどどうでもいい。自分の前に立ちはだかるのなら、それは彼にとっての獲物なのだ。
「片っ端から斬り捨てるだけだ…‼︎」
刀を三本とも抜き、ギラリと獣のような獰猛な笑みを浮かべるゾロ。
二つの陣営と、一人の乱入者、巨大な怪物たち、そして苦悩する老騎士、様々な意志を巻き込む戦いが勃発しようとした、その時だった。
「――…鎮まるのだ、子供達よ」
突如として響き割ったその声に、その場にいた誰もが目を見開き、硬直する。
聴覚ではない、まるで脳に直接叩きつけられるかのような凄まじい強さを持った〝声〟に、戦場に集ったすべての戦士たちが顔色を変え、その声の主を探した。
「誰だ………!!?」
「この地はかの者達が眠る場所………己が誇りを貫くために命の灯を燃やし尽くして戦い抜いた地……そして我が一族が願いを託した約束の地……!!!」
はっ、とようやくその声の主を見つけ出し、全員の視線が集中する。
砕け、積み重なった瓦礫の上に降り立っていたのは、人の姿とはかけ離れた容貌の人物。
不機嫌そうに腕を組み、悠然とそこに佇む一人の女の姿がある。
「醜き欲と荒ぶる御霊の穢れで汚してくれるな………然らば我が怒りの鉄槌を持って、汝らに裁きを下さねばならぬぞ」
目を見開き、唖然としたまま絶句する戦士達の前で、目を閉じたその女は―――エレノアの姿をしたその女は、バサッと翼を広げる。
まるで、自分の姿をその目に焼き付けろと、そう告げるかのように。
「もう一度言う………鎮まるのだ。子供達よ」
「し…し…‼︎ 真祖様〜〜!!?」
驚愕の声を上げ、後退るゲリラ達と、戸惑う神官と神兵達。
多様な感情を一身に受けながら、降臨した天使は瞼を開き、青紫色に輝く瞳を見せつけた。