ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「こんにちは――っ、船くださーい。さあ入ろう」
「あいさつした意味あんのか……」
「ごめんね。うちのアホ船長がほんとにごめんね」
「ああ…止めてもムダなのね」
「ムダだな。つきあうしかねェだろ」
我が道を行くルフィに、出会ったばかりのウソップ海賊団はおろか、ナミとゾロもあきれるほかにない。エレノアも先程から頭が上がらない。
が、そんな船長の暴走を止めるものがたった一人だけいた。
「あーもう! 閉まってる門から入っちゃだめよ!」
「ぐえっ‼」
「あれ? ロゼ?」
門を乗り越えようとするルフィの襟首を引っ張り、強制的に地面に引き摺り下ろしたのは食事処の看板娘ロゼ。
ロゼは尻餅をついたルフィを見下ろし、ハァ…と大きなため息をついた
「なんか不穏な話してたからついてきたのよ。真っ向から入っても捕まるだけだよ?」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「…仕方がないわね」
ルフィの態度を見て、今見逃せばまた同じことに挑戦しかねないと思ったのだろう。
苦笑しながら、別の入り口がある方を指差した。
「私、いつもこの屋敷に食料とか届けてるから、一緒に行ってあげる」
「いいの? そんなことして…」
「あのまま正面から侵入されるよりはマシでしょ? 私の連れって事にしといた方が都合がいいわよ」
優しい、やんちゃな子供を見守る姉のような表情で、ロゼはルフィたちを誘った。
広い広い屋敷の庭に、若い娘のおかしそうな笑い声が響く。
娘は屋敷の窓から身を乗り出し、すぐそばの庭木に背を預けて腰を下ろすウソップの話を真剣に聞いていた。
「あはははは…で、その金魚はどうしたの?」
「その時切り身にして小人の国へ運んだが、いまだに食いきれてないらしい。そしてまたもや手柄をたてたおれを人は称えこう呼んだ」
「キャプテーン‼」
「そう…キャプテ…」
いつもの締めくくりをしようとしたウソップだったが、不意に聞こえてきた知った声に思わず固まる。
「げっ‼ お前ら何しに来たんだ‼」
「この人が連れて来いって…」
「誰? ロゼも一緒になって…」
「こんにちは、カヤ!」
「いきなり押しかけて申し訳ありません。しがない旅人です」
「あ! お前がお嬢様か!」
白いワンピースに肩口で揃った金髪の、儚げな雰囲気を感じさせる娘を見たルフィがそう気づく。
やや慌てた様子のウソップはすぐさまルフィの肩を叩き、偉そうな顔を作った。
「あー、こいつらはおれの噂を聞きつけ遠路はるばるやってきた、新しいウソップ海賊団の一員だ‼」
「ああ‼ いや! 違うぞおれは‼」
よく回る口に思わず頷いたルフィが否定し、本来の要件を説明しようと試みる。
「頼み? 私に?」
「ああ! おれ達はさ、でっかい船がほしいん…」
「君達、そこで何してる‼ 困るね勝手に屋敷に入って貰っては‼」
だがそこへ、若い男の怒鳴り声が響き渡る。
黒い丸メガネをかけた燕尾服の男が、白衣を纏ったふくよかな男性とともにこちらに向かってくるのが見えた。
「まァまァ…そんなにいかり肩ではお嬢様に余計な恐怖を与えてしまいますよ」
「しかしコーネロ医師…‼」
「あのね、クラハドール、この人達は…」
「今は結構! 理由なら後できっちり聞かせて頂きます‼ さあ、君達帰ってくれたまえ。それとも何か言いたい事があるかね?」
「あのさ、おれ達船がほしいんだけど」
「ダメだ」
ルフィの頼みもあっさり拒否し、クラハドールと呼ばれた執事は侵入者たちを睨みつける。
コーネロと呼ばれた医者も、困り顔でルフィたちを見やって顎に手をやっていた。
「困るねェ…過剰な接触は病人にはよくないとウソップ君には前々から言っているはずなんだが…」
「…あんた、もしかしてこの村のお医者?」
「ええ。小さな医院を営んでいる者です。まァ、平凡な腕前ですよ」
「平凡なんてとんでもない! コーネロ先生は立派なお医者様ですよ! 病気がちなカヤもこの人によく助けられてたんだから‼」
「………ふーん」
妙に力説するロゼに驚きながら、エレノアはコーネロ医師をじっと見つめる。なぜかその目には、敵意が宿っていた。
「それに彼のウソは刺激が強すぎる! あまり興奮させてはただでさえ弱い体だというのに…‼」
「で、でもコーネロ先生? カヤは彼が励ましてくれるようになってかなりよくなったって…」
「ロゼ…医術に疎い彼のウソと、医者である私…どちらが正しいと思うのですか?」
「……‼ そ、それは……」
表情は穏やかながら、有無を言わせない雰囲気を漂わせてコーネロはロゼを諌める。
勢いをなくしたロゼは、ウソップに申し訳なさそうな目を向けて引き下がった。
「門番がよく見かけるそうだが、なぜそうまでしてここに来るんだい? 何の用があるというんだい?」
「ああ…! それはあれだ…おれはこの屋敷に伝説のモグラが入っていくのを見たんだ‼ で、そいつを探しに…」
侵入したことを咎められ、押されながらもウソップはさらに嘘を重ねる。
するとクラハドールは、不意にくつくつと嘲笑した。
「フフ…よくも、そうくるくると舌が回るもんだね。君の父上の話も聞いているぞ」
その言葉に、ウソップの様子が変わる。
必死に誤魔化そうとしていた表情は、怒りをこらえた険しいものに変わっていた。
「君は所詮、ウス汚い海賊の息子だ。何をやろうと驚きはしないが、ウチのお嬢様に近づくのだけはやめてくれないか‼」
「………‼ そういえばどっかで見た顔だと…」
エレノアはクラハドールの言葉に驚き、そして引っかかっていた疑問の答えを知る。
反対にウソップは、執事の辛辣な言葉により怒りを募らせていた。
「…………ウス汚いだと…⁉」
「君とお嬢様とでは住む世界が違うんだ。目的は金か? いくらほしい」
「言い過ぎよ、クラハドール!!! ウソップさんに謝って!!!」
「この野蛮な男に何を謝ることがあるのです、お嬢様。私は真実をのべているだけなのです‼」
主人の擁護もはねのけ、クラハドールは今度は気の毒そうな目をウソップに向けた。
「君には同情するよ…恨んでいることだろう。君ら家族を捨てて村を飛び出した〝財宝狂いの馬鹿親父〟を」
「クラハドール!!!」
「てめェ、それ以上親父をバカにするな‼」
「……何をムリに熱くなっているんだ。君も賢くないな。こういう時こそ得意のウソをつけばいいのに…本当は親父は旅の商人だとか…実は血がつながっていないとか…」
「うるせェ!!!!」
我慢の限界に達したのか、ウソップはついにクラハドールの顔面に向けて渾身の拳を振りぬいた。
予想外に力がこもった一撃をまともに受けたクラハドールはその場に倒れ、赤くなった頬を抑えてウソップを睨みつけた。
「う……く! ほ……‼ ほら見ろ、すぐに暴力だ。親父が親父なら息子も息子というわけだ…‼」
「黙れ!!! おれは親父が海賊であることを誇りに思ってる!!! 勇敢な海の戦士であることを誇りに思ってる!!! お前の言う通りおれはホラ吹きだがな‼ おれが海賊の血を引いているその誇りだけは‼ 偽るわけにはいかねェんだ!!! おれは海賊の息子だ!!!」
血でも吐きそうなほどの激情とともに、ウソップははっきりと告げる。
飄々とウソをつき続けていた彼からは思いもよらないほどの熱が伝わり、エレノアはウソップへの評価を改める。
「………ヤソップ。あんたの息子は、立派に育ってるよ」
おのれの信念をまっすぐに持っている彼は、立派な男の姿を見せていた。
「クラハドールくん…‼」
「海賊が…〝勇敢な海の戦士〟か…‼ ずいぶんとねじ曲がった言い回しがあるもんだね…だが…否めない野蛮な血の証拠が君だ…‼ 好き放題にホラを吹いてまわり、頭にくればすぐに暴力……‼」
コーネロに起こされながら、クラハドールは吐き捨てるように言う。
その目は心底、ウソップを見下し嫌悪するものだった。
「あげくの果てには財産目当てにお嬢様に近づく…‼」
「何だと、おれは…‼」
「何か企みがあるという理由など、君の父親が海賊であることで十分だ!!!」
「てめェまだ言うのか!!!」
世間一般的な自分の意見が通じないとわかりこき下ろす彼に、ウソップが再び殴りかかろうとする。
だがその腕にロゼがしがみ着き、突進しかけたウソップを引き留めた。
「もうやめてよウソップ君!!!」
邪魔をされたことで眉間にしわを寄せて睨むウソップだったが、ロゼの必死な表情を見て思わず息をのんで動きを止める。
「…もう、これ以上カヤにいやなもの見せないで……‼」
「……………‼」
「悪い人じゃないんです、クラハドールは…! ただ私のためを思って、過剰になっているだけなの………‼」
「……………出て行きたまえ…」
涙を流す娘たちを目にし、怒りがこもっていたウソップの手から力が抜けていく。
クラハドールを介抱したコーネロはそんな青年をじっと見つめ、感情を抑え込んだような低い声でそう告げる。
「ここは君のような野蛮な男の来る所ではないよ。二度と、私の患者に近づかないでくれたまえ」
「……‼」
「ああ…、わかったよ。言われなくても出てってやる。もう二度とここへはこねェ!!!」
クラハドールやコーネロをいまだ冷めぬ感情のまま睨むと、ウソップはいかり肩で荒々しい足取りとともにその場を後にする。
戸惑いながらその背を見送ったロゼは、すがるようにコーネロの方を向いた。
「コーネロ先生…‼ あの…ウソップ君はそんなひどい人じゃ…‼」
「ロゼ…わかっているよ。私もそこまで心が狭いわけじゃない。ただ今の彼には…頭を冷やす時間が必要なだけさ…」
落ち着かせるように穏やかな声で答えるコーネロに、ロゼはほっと安堵する。
このままウソップが誤解されたままというのは、ロゼにとっては辛いことだった。
「それに、人と付き合うには必要な距離というものがある…カヤお嬢様とウソップ君の距離は少し、近すぎるのも事実だ。クラハドール君も口がうまい方ではないからね。どうしても、ああいうきつい物言いになってしまうのさ」
「……………」
「君も、お嬢様にシンパシーを感じている節があるからだろう……ウソップ君に味方したくなるのは」
コーネロがそう言うと、ロゼは気まずげに目をそらす。
確かにカヤとは仲がいいが、つきあいの理由には、自分の同情のようなものが混じっていることは否定できなかった。
コーネロは困ったようにため息をつくと、遠い空を静かに眺める。
「君のご両親が…そして君の恋人がなくなってもう何年になるか。あの日から、君もずいぶん明るくなった」
「……先生やカヤが、ウソップ君が……村のみんながいてくれたからです。そうじゃなかったら…もうすでに私は…」
「………それで、あの…以前お話ししてくれたことなんですけど…いつになったら…」
期待するような様子でロゼがそう尋ねると、コーネロはロゼの肩を強くつかんで目を合わせた。
その口元は、優しい笑みの形を作っていた。
「ああ君の言いたい事はよくわかっているよ。君の思いが報われるときは近い」
「! それじゃあ…」
「だがなロゼ…今はまだその時期ではない………わかるね? ん?」
「………そう。そう…ですよね…、まだ…」
しゅんとした様子で肩を落とすロゼを、コーネロはポンポンと肩をたたいてなだめる。
その様子は患者を気遣う医者に見えたが、傍から見れば異様な雰囲気を纏って見えた。
「そう。いい子だね、ロゼ」
口は笑っていても、ロゼを見つめるその目に宿った感情は、測ることはできなかった。
そんな二人の様子を、クラハドールに追い出されながらエレノアが眺め、深いため息をついた。
ウソップとかなり仲が良いようだったが、もしかすると彼は彼女にもホラ話を聞かせていたのかもしれない。
「…………な~んか、嫌なにおいがするなァ…」
フードの下の彼女の目が、疑わし気に細められた。