ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「奴は……まさか」
「あれは……報告にあった青海人の一人か? だがあの姿………まるで空の住人のようだな」
遺跡の上に降り立った、空の住民達と酷似した姿を持つ侵入者の一人を凝視し、クロウリーとオームがこぼす。
同じくガン・フォールも、初めて真面にエレノアの姿を見て、戸惑いの声を漏らしていた。
「あれは…あの娘か⁉︎ だが雰囲気が全くの別物………どうしたというのだ…!!!」
「ピエ〜〜‼︎」
ほどけた髪を風になびかせ、悠然と佇む天使を前に、空の民は言葉を失くす。
だが、それ以上に衝撃を受け、固まっていた者達がいた。
「あ…ああ…‼︎」
「ウソだろ……まさか本当に…………!!!」
「真祖…なのか!!?」
ワイパーが、ゲリラ達が目を大きく見開き、ぎろりと鋭い視線を向けるエレノアを仰ぐ。
どこか、人間離れした殺気を孕んだそれを受け、その場にいた者達は敵味方関係なく硬直する。研ぎ澄まされた刃の切先のような鋭さに、ごくりと溢れたつばを飲み込まされる。
「ジュララララ…‼︎」
大蛇でさえ、突如姿を現した天使を凝視し、固まる。だが、彼に関しては警戒というよりも、強い驚愕による硬直のようにも見える。
そんな中、誰よりも先に我に返ったゾロが、エレノアの姿をしたその女に向かって吠えた。
「おいエレノア‼︎ お前なんでこんなところにいやがる!!! 調子悪いっててめェで言ってんだからひっこんで――」
「おい、そこのマリモ」
「あァ!!?」
どこぞのコックのような不名誉な仇名で呼ばれ、ビキッ!と剣士のこめかみに青筋が立つ。
だが、続いて向けられた鋭い視線に、怒りが全て吹き飛ばされた。
「邪魔だ。しばらくそこでおとなしくしておけ」
従わなければこの場で殺す、とでもいうような凄まじい殺気に、ゾロは確信する。
これは、自分の知っている仲間ではないのだと。
「何だ…貴様は? 地を這うだけの者がよくもまァ我々の姿をマネたもの……」
「…黙るがいい」
神聖な試練の最中に水を差されたオームが、得体のしれない姿を晒している天使を睨みつけ、口汚く吐き捨てる。
だが、向けられる敵意を一切意に介さず、むしろ苛立たし気に睨み返し、天使は冷たい台詞を放つ。
「…よくもこの地をここまで荒らしてくれたものだ………我らが願い踏みにじるだけに飽き足らず、我が誓いをも邪魔立てする慮外者共めが」
青紫色の瞳が、オームと神兵達を射抜き、彼らの背筋にゾクリと震えを走らせる。
彼らは困惑する。目の前にいるこの女は、尋常ではない威圧感を放ち、まるで巨大な怪物のように立ちはだかるこの存在は、一体何者なのかと。
「不敬であるぞ、神の紛い者を崇める小僧共。誰の許しを得て私にその様な目を向けている」
「…あれこれ考える必要もなさそうだ…」
一筋の冷や汗を垂らし、オームは鉄雲の剣を構える。
油断ならない、青海の剣士とさえ比べる事も馬鹿らしい何かだということは、この邂逅で十分に理解した。
故に彼は、自身らを害しかねないあの天使を、この場で討つ事を選択する。
「〝神〟は高き御方!!! それを嘲笑いおって………そして何より俺を見下ろすな青海人の分際で!!!」
鞭のようにしなる、鋼鉄の硬度を誇る刃が、凄まじい速度で天使に迫る。
避けることなど叶わない、何処までも追いかける鉄の雲の刃が、天使の首を斬り飛ばさんと襲い掛かる。
しかしそれは、気だるげに振るわれた天使の手で、ガキンッ!と呆気なく弾き返された。
(ハジいた…!!?)
手を抜いた覚えはない。むしろ今の一撃で全てを終わらせるつもりで振り抜いた刃は、黒い光沢を有した天使の手で無効化された。
唖然となるオームの横を、斬撃貝を備えた神兵達が勢いよく通り過ぎ、天使に一斉に襲い掛かった。
「オーム様に加勢しろ!!!」
「あの妙な青海人を討ち取れ!!! メ〜〜!!!」
盾ごと敵を斬り裂く、強烈な切れ味を誇る斬撃貝を手に、左右上下から一斉に飛び掛かる神兵達。
気圧されていたゾロが駆け寄ろうとした時、天使が鬱陶しそうにため息をこぼした。
「不敬だと言っているだろうに…」
天使がそう呟き、おもむろに瞼を閉じる。そして次の瞬間。
ドクン…ッ!と。
カッと瞼が見開かれると同時に、まるで空気が数十倍に重くなったかのような圧が、天使を中心に放たれる。
それはまるで津波のように、周囲にいた戦士達全員に叩きつけられた。
「…ァ」
「ガ…カッ…‼︎」
至近距離でその圧を受けてしまった神兵達は、そしてホーリーが、次々に白目を剥き、その場に崩れ落ちていく。
ブクブクと泡を吹き、意識を飛ばされていく神兵達の中心で、平然とした様子の天使が呆れた様子で肩を竦めていた。
「ふむ…やはりこの体では効果が落ちるな。未熟にもほどがあるぞ、我が血縁ながら情けない……‼︎」
目の前で起こった光景に、神官達やゲリラ達、ゾロやガン・フォールらは絶句し、天使を凝視し立ち尽くす。
気をしっかり持っていなければ、彼らも神兵達と同じように、意識を彼方に飛ばされそうになっていた。
「…………てめェ、誰だ……!!? そいつの体で何をしてやがる…!!!」
滝のように噴き出す冷や汗に気付かないふりをしながら、ゾロがよく知る仲間に剣の切先を向ける。
正直に言うならば、挑んだところで勝てる気が微塵も起きない。雑魚の様に叩き潰されることを理解しながら、ゾロは悲痛げに顔を歪める天使に殺気を向け続けた。
「…すまんな、しばらくこの者は預かる。用事が終わればすぐに返すのでな………そう目くじらを立てんでくれ」
「何を…」
心底申し訳なさそうに、しかし確かな意志を感じさせる表情で、エレノアの姿をした天使がゾロに告げる。
納得がいかない彼は、この場で問い詰めようと一歩踏み出しかける、だが。
「ジュララララララララ!!!」
詰め寄ろうとした矢先に、ひときわ強烈な咆哮を上げた大蛇が、大きく口を開きながら天使に向かって突進してくる。
遺跡を破壊しながら向かってくる巨体に、ゾロやワイパーは咄嗟に距離をとっていた。
「〝空の主〟!!!」
「‼︎ しまった‼︎ あいつがまだいるんだった!!! よけろエレノアァ!!!」
中身が異なるとはいえ、散々大暴れした怪物に狙われていることは変わらないと、ゾロがその場に佇んだまま天使に叫ぶ。
しかし、彼の注意は意味をなさず、棒立ちのままの天使に大蛇の巨体がズズンッ!と激突する、そして。
「ジュララララララララ!!!」
「にはははははは!!!」
ボロボロと涙を流し、ぐりぐりと巨体をこすりつけて吠える大蛇と、それを平然と受け止め、愛おしそうに皮膚を撫でる天使の姿を目の当たりにし、全員の目が点になった。
「…は?」
「ジュララララララララ!!! ジュララララララララァ!!!」
「にははははは!!! どうしたどうした⁉︎ 私がわかるのか⁉︎ そうかそうか、お前はいい子だなァチビよ!!!」
大蛇はまるで幼子のように泣き叫び、だばだばと辺りを濡らしながら、己よりはるかに小さな天使に甘える仕草を見せる。
それを天使は心の底から嬉しそうに受け止め、豪快な笑い声を響かせて自身も頬ずりを行っていた。
「ジュラララ…ジュラララララララ‼︎」
「んん? そうか…セトらとはぐれてずっと彷徨っていたのか…かわいそうに、いったいどれだけの寂しさと苦しみだっただろうな」
「ジュララララ‼︎」
「ああ、わかっているとも…私にも色々あった………こんなに遅くなってしまったが、こうしてここに辿り着いた。もう残る障害はあってないようなものだ‼︎」
ゾロたちには欠片も理解ができない、大蛇の放つ言葉を正確に聞き取り、天使はうんうんと痛ましげに頷く。
ごつごつとした水色の皮膚を撫でながら、天使は大蛇の目を見つめ、慈愛に満ちた笑顔を向けた。
「一緒に鐘を鳴らしにいこう………みんなに届くようにな」
「ジュラ♪」
大蛇は天使の誘いに、にっこりと顔をほころばせて鳴く。
唖然としている周囲を完全に放置し、一人と一体が固く心を通わせあっていた。
「…………〝空の主〟を……手懐けやがった……‼︎」
「ほ……本物だ…本物の真祖様だ…!!!」
「真祖様がまた降臨されたんだ…!!!」
〝神の島〟において最も危険と呼ぶに相応しい生物が、こうも容易く無力化されているという信じがたい光景に、ワイパーは驚愕を隠し切れない。
徐々にゲリラ達の顔に歓喜が広がり始めた時、彼らは頭上に大きな影が差し始めたことに気付いた。
「オォオオオオォォオ!!!」
「おわああああ!!!」
我に返ったゲリラ達は、慌てて左右に散って振り下ろされてきた巨腕を回避する。
ズシン、ズシンと地響きを鳴らし、土塊の異形を操るクロウリーが、大蛇と戯れる天使に強い敵意とともに迫った。
「おれの邪魔をするなァ!!! エインシェン!!!」
「クロウリー…!!! 外法に手を出した大馬鹿者めが!!!」
向かってくる巨体に、そこから感じ取れる気配に気づき、天使は―――エインシェンと呼ばれた女は表情を変える。
強烈な怒りの形相となり、黒く染めた拳を構えたエインシェンだったが、彼女が動くよりも先に、大蛇の巨大な尾が鞭のように振り回された。
「ジュララララララ!!!」
涙で濡れていた目に、大蛇は明確な怒りを宿し、クロウリーの異形を弾き飛ばす。
バラバラと分解し、吹っ飛んでいく異形たちを睥睨した彼は、突如自身の頭をエインシェンの前に差し出した。
「ジュラ‼︎」
「…乗れというのか? 共に戦うと?」
「ジュララララ!!!」
「くくっ………一丁前に男らしいことを言いおって」
にやり、と不敵な笑みを見せる大蛇に、エインシェンがどこか嬉しそうに微笑みをこぼす。
とんっ、と軽く跳躍した彼女が大蛇の頭部に乗ると、大蛇は獰猛に牙を見せつけながら、ボコボコと復活していく異形たちに向き直った。
「ならばゆくぞ!!! お前の今の力を見せてみろ!!!」
「ジュララララララララ!!!!」
雄々しい咆哮とともに、天使を乗せた大蛇が異形の軍勢に向かって突っ込んでいく。
赤い雷を迸らせるクロウリーは、向かってくる巨体に舌打ちをこぼし、新たに生み出した異形たちをぶつけ、迎撃を行い始めた。
「真祖様に加勢しろォ!!!」
「裏切り者を討ち取れェ!!!」
「オイ!!! お前ら!!!」
異形の軍団に、巨大な怪物を付き従えて向かっていく天使を目の当たりにし、ゲリラ達が追随するように攻撃を再開する。
ワイパーのみがそれに懐疑的な目を向け、大蛇の頭上で仁王立ちする天使を睨みつけた。
「〝空の主〟を従えただけで図に乗るな!!!〝
激突する異形と大蛇の戦いに、呆気なくあしらわれたオームが仕切り直しだと言わんばかりに剣を振るう。
扇の形に変わり、エインシェンに向かって放たれた鉄雲の刃は、次の瞬間真横からの斬撃に弾き飛ばされた。
「待てよ。てめェの相手はおれだぜ…」
「青海の剣士………生意気な事を‼︎」
邪魔をされたことに怒り、眉間にしわを寄せるオームに、ゾロが剣を突き付けて不敵に笑う。
そこに、大蛇の頭に乗ったままのエインシェンが高慢な態度で語りかけた。
「マリモよ、そこな無礼者は任せたぞ。其奴程度ならお前でもなんとかなるだろう…………適材適所というものだ」
「てめェ!!! おれをナメてんのか!!?」
「相性の問題だ、相性の」
あからさまに下に見た物言いに、ゾロが敵前という事も忘れて怒鳴り声を返す。
エインシェンは一切臆することなく、むしろさらに煽るように、小馬鹿にした笑みを浮かべて鼻を鳴らしてみせた。
「それともなんだ? 其奴の相手は厳しいから私に任せたいのか? ん?」
異形を尾で薙ぎ払う大蛇さえも、エインシェンの態度に同調してかゲラゲラと嗤い出す。嘲笑を受けたゾロは、カッチーンと頭に血を昇らせ、やけくそ気味に全ての刀を構えてオームに向き直った。
「あとで覚えてろクソ女ァ〜〜!!!!」
絶対に一人で叩きのめし、あのふざけた言葉を撤回させてやる、と新たな意気込みを抱き、神官に向かって突撃する。
単純な剣士を横目に苦笑しながら、エインシェンはもう一人の戦士にも、今度は穏やかに語り掛けた。
「カルガラの子孫の子よ………お前の力も貸してくれぬか」
「!!? 何をふざけた事を…!!!」
「頼むよ…」
突如懇願されたワイパーは、疑惑と拒絶とあらわにしながらエインシェンにバズーカを構える。
危うく牙をむきかけた大蛇を制し、悲痛な微笑みを見せたエインシェンが、今にも泣き出しそうな声をワイパーに聞かせた。
「約束なんだ…!!!!」
その声に、顔に、バズーカの引き金にかかったワイパーの指が止まる。
引けば仕留められる、そんな距離にありながらも、避ける素振りを見せようとしない天使に、初めてワイパーの表情に迷いが生じる。
一瞬の硬直が起きた、その時だった。
「きゃあああ」
「待て、メ〜!!!」
「メ〜‼︎」
ボフンッ、と遠く離れた、巨大豆蔓の方から、女の悲鳴と男の怒号が響いてくる。
何事か、と振り向いた戦士達は、猛スピードで飛んでくる彼女達に驚愕の目を向けた。
「!!? ナミ…⁉︎」
「アイサ」
「娘っ!!!」
ウェイバーに乗り、腰にアイサをしがみつかせ、神兵達から逃げてくるナミ。
必死の形相で、泣きわめきながら逃げる彼女達を追う神兵達が、斬撃貝を構えてさらに加速を開始した。
「仕留めろ〜メ〜!!!」
次の瞬間、辺りに血の花が咲く。
だがそれはナミたちのものではなく、ナミ達と神兵達の間に割り込んだゾロとワイパーに蹴り飛ばされた、神兵達の血反吐だった。
同時にナミ達はガン・フォールに抱えられ、神兵達から引き離されていた。
「アイサ!!! ここで何してる!!!」
「ナミ!!! てめェまで何でここに!!!」
「ああっ‼︎ ゾロっ!!! エレノア!!! みんなは!!?」
「ワイパー‼︎」
振り向くゾロとワイパーの前で、ナミとアイサがほっと安堵の息をつく。
ひとまず傷を負っていない事を確認したガン・フォールは、船にいたはずのナミがこの戦場ににいる事を厳しく詰問する。
「おぬしらなぜこんな場所へ来た!!?」
「なぜって…‼︎ だって…すっごい大っきなヘビが…」
来るつもりは一切なかったのだ、と叫ぶナミ。
だがその時、空を舞うピエールの位置と、異形に噛みつき破壊を続けていた大蛇の口が、運悪く重なってしまう。
そして彼らは、パクリと大蛇の口の中に飲み込まれてしまった。
「あ」
「…!!! アノアホ…」
思わず間抜けな声を漏らすエインシェンと、絶句するゾロの声が重なる。
ごくりと喉を鳴らす大蛇に、エインシェンがぺしぺしと平手を当てながら、呆れた目を向けた。
「こら、チビよ。むやみやたらに口に入れるな。それだからさっきのように腹を下すのだ」
「ジュラ…」
「…まァいい、うっかり消化せぬようにだけ気をつけてくれ」
「ジュラ!」
「いやおかしいだろその会話!!!」
まるで粗相をした子供を叱る母親のような台詞に、振り向いたゾロが大声で待ったをかける。
仲間が怪物に食われるという衝撃的な一幕なのに、平然としている天使が異様に見えて仕方がなく、ゾロは刀を突き付けて再び吠えた。
「吐けェ!!! 今すぐに吐き出させろ!!!」
「案ずるなマリモ…そうすぐには溶けぬ」
「いやそういう問題じゃねェだろ!!!」
「そうわめくな………少なくとも外にいるよりは安全だ…!!!」
ギャーギャーと喚くゾロを放置し、エインシェンはぎろりと周囲を睨む。
いつの間にか、大蛇の周囲は完全に囲まれていた。今も数を増やし続ける土塊の異形が、四方からエインシェンを標的として、距離を詰めてきている。
様々な咆哮から、耳をふさぎたくなる耳障りな咆哮が響いてきていた。
「オォオオォオオ!!!」
「アァァアア!!!」
「アレをどうにかせねばならんな…チビよ、しばし時間を稼いでくれ」
「ジュラララ!!!」
バシン!と尾で地面を叩き、任せろと言わんばかりに吠える大蛇に、エインシェンがフッと笑みをこぼす。
そして視線が上げられると、彼女の顔は戦士の物に変わっていた。
「どーにもこの〝真理〟とやらはややこしくてかなわぬな………私はこう言うクリエイティブな戦いは苦手なんだがなァ……」
響き渡る異形の咆哮に顔をしかめ、エインシェンはパンッと手のひらを打ち合わせる。
その視線は、一体の異形の肩の上に乗るクロウリーに向けられ、ビキビキと彼女のこめかみに血管が浮き立った。
「――まァ、あいつらを救うためには、四の五の言っていられんかのォ」