ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第141話〝残り7人〟

 その一撃は、天から降り注ぎ雲の大地を割った。

 巨大豆蔓にまとわりつくように広がっていた島雲は、最も強烈な一撃を受けた箇所を中心に、バラバラと崩れていく。

 

「地盤が…‼︎ 砕けた!!!」

「………‼︎ エネルっ!!! …奴しかいない!!! 遺跡が落ちるぞ!!!」

「ジュラララ!!!」

 

 ガラガラと粉砕され、真下に落下していく遺跡の破片。その上で狼狽える、戦いを乗り越えたばかりの戦士達。

 急遽駆けつけたラキもまた、崩落に巻き込まれ目を見開いていた。

 

「ワイパー!!!」

「おのれ………!!! あの小童がァ〜〜〜!!!!」

 

 この空のどこかで、戦いを見物しているであろう最強にして最悪の存在に、怒れる天使の凄まじい怒号が迸った。

 

 

 

 無数の破片はそのまま、下の層へと落下していく。

 崩落したのは、風船のようにできた空間の上側。雷によって砕かれたそこは、ロビンとアーレンのいるシャンドラの遺跡へと落ちてきていた。

 

「遺跡………⁉︎ ……なぜ上からこんな遺跡が……」

「………くそ‼︎」

「剣士さん………まさか…一緒に落ちて………⁉︎」

 

 突如始まった状況に、倒れたアーレンの容体を見ていたロビンが眉間にしわを寄せる。

 その際、大きな瓦礫がごろりと浮き上がり、チョッパーを抱えたゾロが腹立たしそうに顔を出した。

 

「死ぬとこだ!!! チキショー……!!!」

「ええ……死ぬはずよ………ふつうは」

「……おう、おめェか。…ってジジイ!!? 何があった!!?」

 

 ロビンがなぜか先回りしていることには触れず、すぐに黒焦げになったアーレンに気づいて目を見開くゾロ。

〝神〟エネルと遭遇し、アーレンが襲撃されたり、少しの間〝黄金の鐘〟について質問を行ったりと色々あったのだが、それをロビンが語る暇はなかった。

 

「………ここはどこだ」

「お探しの黄金都市。でも、黄金はないわ」

「あ?」

 

 不思議そうに辺りを見渡し、眉を寄せるゾロに、ロビンが淡々と告げる。

 そこから少し離れた場所では、島雲の中に顔を突っ込んだ大蛇とそれを掴んで引っ張り上げようとするエインシェンが、四苦八苦している姿があった。

 

「ジュギ…ジュギップ」

「なぜこんな器用な落ち方をしとるのだお前は!!! 踏ん張れェ〜〜!!! こんなところで死ぬなァ〜〜〜!!!」

 

 息ができず、はっしと尻尾で体を支えて顔を抜こうとしている大蛇の体を、エインシェンが気合の咆哮を上げて引く。

 周りの景色は、全く視界に入っていないようだ。

 

「ぬおらァ!!!!」

「ジュララララ!!!」

 

 渾身の力で、ようやく大蛇の巨体を引っ張り上げることに成功するエインシェンと、窮地を脱して荒い息をつく大蛇。

 ゼーゼーと息を枯らしていた一人と一体は、しばらくしてようやく周りの景色に気づき、その表情を満面の笑みに変えていった。

 

「……見よ、チビ」

「ジュラ」

「やっとだ………やっと……」

 

 あたりに広がる、彼女達の記憶と重なる光景。

 400年の時を経てなお雄々しくそびえ立つ古代の遺跡を前にして、エインシェン達は言葉もなく立ち尽くしていた。

 

「いたた、ありがと変な騎士」

「ちょうど地盤が雲で助かった」

「……ここどこ!!?」

 

 すぐ近くの物陰では、偶然大蛇から吐き出されたナミとガン・フォールが、驚愕の表情で辺りを見渡す。

 大蛇の胃袋で再会を果たしたはずのルフィと、アイサの姿が見えず、ナミは不安げにその姿を探し続けていた。

 

「しかし…見た事のない場所だ………‼︎ ここは一体」

「…………まさか、ここが…」

 

 そこから離れた場所にいるワイパーが、ガン・フォールのつぶやきに反応するように声を漏らす。

 すぐそばには、落下の衝撃で気を失った仲間の戦士の姿もあったが、それを完全に忘れるほどの景色が広がっていたのだ。

 

「ここがおれ達の、故郷…」

「あァ………ああああああ…!!!」

「ジュラララ〜〜〜…」

 

 遺跡を目の当たりにし、エインシェンはボロボロと涙を流し、ふらふらとそこでさまよい始める。

 自分の見ているものが、夢か幻に思えてしまう。だが、視覚だけでなく嗅覚をも刺激する光景は、間違いなく本物であると確信させてくれていた。

 

「ちょっ…‼︎ エレノア‼︎ エレノアってば!!! その大蛇マジで危ないんだから…!!! さっさとこっち来て〜〜!!!」

 

 大蛇とともにいる仲間に、事情を全く知らないまま離れ離れになったナミが小声で叫ぶ。

 森で散々追い回された記憶のせいで、わざわざ大蛇の前に出る勇気などわくはずがなかった。

 

「見よ…見よチビよ‼︎ 苦節400年…!!! 我らはようやくここへ戻ってきた………‼︎ 探し続けていた場所にようやっと辿り着いた……‼︎」

 

 ナミの心配をよそに、エインシェンはおぼつかない足取りのまま、巨体を引きずる大蛇とともに進み始める。

 その姿はまるで、迷子になっていた子供が、ようやく家に帰れる手がかりを見つけたかのような、そんな様に見えた。

 

「ほれ‼︎ 向こうへ行ってみよう‼︎ 鐘は確かあの辺りに雄々しくそびえ立って…」

「ジュラ…‼︎」

「…何やってんのかしら…? ……何か探してる様にも見えるし。ルフィがまた中で何かやってんのかしら…」

 

 大蛇と天使の奇行を、物陰から訝しげに伺うナミ。

 大蛇は町並みを見渡し、狭い通路を覗き込み、終始ご機嫌そうに探索を続ける。エインシェンも全く同じように、旧き街を懐かしそうに歩き回った。

 

「ああ……あァ……懐かしいなァ、嬉しいなァ…………!!! あそこでいつも……カルガラとノーランドと一緒に酒を飲んで……セトが鍛錬をせがんできて………クロウリーが術を教えてくれといつも……あの日まで…いつも……!!!」

 

 まるで見えない糸に引っ張られるように、衝動の赴くままに動いていたエインシェンの足が、はたと止まる。

 その視線が向かうのは、ぽっかりと大きな穴が空いた、都市の中心部である。

 

「………!!! なぜ無いのだ…あの美しく荘厳な……あれほど偉大だった鐘は、一体どこへ消えてしまったんだ!!??」

「ジュララララララララァ!!!」

 

 ボロボロと涙を流し、求め続けた目的のものが見つからないことを嘆く、天使と大蛇。

 痛々しさを感じさせるその様子を見つめ、ナミが息を呑んでいたその時だった。

 

「何のつもりだ………⁉︎ 何を騒いでいるんだ〝空の主〟、うっとうしい蛇め!!!」

 

 ハッ、とエインシェンの耳が反応し、顔色を変えた彼女が背後を振り仰ぐ。

 そびえ立つ高い遺跡の上にいる、バリバリと閃光を走らせている一人の男を目撃すると、エインシェンは慌てて友に向かって吠えた。

 

「よけろチビィ!!!」

「愚かなり、〝神の裁き(エル・トール)〟!!!」

 

 天使の叫びは虚しく届かず、大蛇の全身を雷の柱が飲み込む。

 光に覆われた大蛇は、一瞬にして黒焦げとなり、白目を剥いて体を傾がせていく。そして、大木のように轟音を響かせ、倒れてしまった。

 

「チビ…」

「さんざんバズーカを撃ち込んでもビクともしなかった〝空の主〟が…一撃…」

 

 呆然と、目の前で沈黙する大蛇を凝視し、絶句するエインシェン。

 その一部始終を目撃したワイパーは、エネルが放ったあまりにも無慈悲な威力の攻撃に、冷や汗を流して立ち尽くす。

 彼はキッと表情を変え、遺跡の上で佇むエネルに突如砲撃を放った。

 

「ヤハハハハハハ…何をする、ひどい仕打ちじゃあないか。……せっかくお前の故郷へ案内してやったというのに、ヤハハハ」

 

 バチバチと放電しながら、エネルは一瞬にして別の遺跡の破片の上に移る。

 轟音のおかげで正気に戻った、遺跡に集められた戦士達は、ギロリと鋭い目を向けて彼を囲み始める。

 敵意と警戒を見せる戦士達に、エネルは片手を上げて近づくのを制した。

 

「――しばし待て…ゲームはまだ終わってはいないのだ………‼︎」

「ゲームだと!!?」

「…そうさ、お前も…その後ろの面々も参加者………」

 

 それは、この島に入って3時間が経過した時、84人のうち、一体何人が無事立っていられるかという〝生き残り(サバイバル)ゲーム〟。

 自身の参戦と、途中参加者も認めるという他愛もない戯れであると、鋭い視線の中心に立ちながらエネルは語った。

 

「私の予想は残り5人…‼︎ ……あと3分でその3時間がたつ」

 

 エネルの台詞に、遺跡の陰に隠れていたナミが息を呑む。

 途中、ゾロから預けられたチョッパーは自分の腕の中。まだ自分は見つかっていないとすれば、あの場にいる誰かが犠牲になってしまう。そのうちの3人は、自分の仲間だというのに。

 

「―――つまり今、この場に8人もいて貰っちゃあ困るというわけだ。神が〝予言〟を外すわけにはいくまい」

「…………8人?」

 

 ぎくっと顔を強張らせたナミは、しばらくして眉間にしわを寄せ、こっそりゾロ達の方を覗き込んでみる。

 一瞬バレたのかと思ったが、自分を入れてもまだ一人足りない。誰のことを言っているのか、と考えた時だ。

 

「エネル‼︎」

 

 ゾロ達の背後に、新たな訪問者が姿を現す。

 片腕を失い、血まみれの様相を晒したまま、それでもらんらんと輝く目をしたその男―――クロウリーに、ゾロとワイパーが顔をしかめる。

 

「あの野郎…」

「クロウリー……裏切り者が今更なんのようだ…‼︎」

 

 鬱陶しそうに睨みつけてくる二人を無視し、クロウリーはズルズルと足を引きずり、エネルの方へと近づいていく。

 今にも崩れ落ちそうに見えるのに、幽鬼のように神の元へと向かっていく。まるで生者には見えなかった。

 

「おれはまだ負けていない………」

「ヤハハハ……何を言っている? もはやお前に戦う力は残っていまい。〝不死〟の力を得てなお亡霊に敗北する様な弱者を…………私が連れていくわけがないだろう」

「言っていただろう!!! お前に下れば、おれを生かしていくと!!!」

 

 怒りをあらわにし、クロウリーはエネルに向かって吠える。

 忠義や畏怖など一切ありはしない、屈辱を押し殺して頭を垂れた辛抱の月日を裏切られ、激昂する男の姿がそこにはあった。

 

「いずれ鐘の元に共に連れて行ってくれると!!!!」

「……お前、そのために……!!!」

「ヤハハ…ああ、言ったな。だが私はこうも言ったはずだ」

 

 エインシェンが目を見開き、クロウリーを凝視する側で、エネルが指先に閃光を溜めていく。

 鬼の形相で睨みつけてくる、自ら異形に堕ちた男に、エネルは残虐的な笑みを見せて告げた。

 

「弱者は必要ないと」

 

 カッ!と光が弾け、続いてゴロゴロと雷鳴が轟く。

 放たれた閃光はクロウリーの胸の中心を貫き、彼の全身に強烈な熱と電撃を浴びせかける。

 胸の中心を黒く染めたクロウリーは、その場でがくりと膝をついた。

 

「クロウリー!!!!」

「………!!! エル……マ…」

 

 誰かの名を口にし、白目を剥いたクロウリーがうつ伏せに倒れこむ。

 赤い電流が迸るが、クロウリーの体は一向に再生せず、やがて消えて静かになる。それ以降、彼はピクリとも動くことはなかった。

 

「―――さて、誰が消えてくれる。…そっちで消し合うか、それとも私が手を下そうか…」

 

 沈黙したクロウリーから興味をなくし、エネルは改めてゾロ達を見やる。

 残るは7人、あと2人消えなければならない。そう考え、ゾロ達は互いに目を合わせ始めた。

 

「………お前、どうだ」

「私はイヤよ」

「おれもだよ。…あんたは」

「…論外だ」

「だろうな」

「おれもごめんだな……」

「我輩も断固拒否する‼︎」

 

 全員が全員、自ら墜ちることを拒否する。

 自然と視線は背後に、物陰に隠れるナミに向けられ、彼女はとっさに抱えていたチョッパーを身代わりに差し出すが、殺気は全く消えなかった。

 

「………‼︎ ねェちょっと待って‼︎ わたし…」

「「「「「「お前が消えろ」」」」」」

 

 必死に説得を行おうとしたナミだったが、顔を出した途端、彼女はギョッと声を途切らせる。

 再び視線をエネルに向けなおしたゾロ達が、それぞれの得物を〝神〟に突きつけていたのだ。

 

「不届き」

 

 笑みを浮かべたまま、凄まじい気迫を発し始めるエネル。

 顔を出し、その気迫を直に受けてしまったナミは、ぞくりと背筋を震わせ、尻餅をついてへたり込んだ。

 

「ヤハハハハハハ…‼︎ …………この私に…⁉︎ 消えろと…⁉︎ さすがはゲームの生き残り共………………だがお前達、誰にものを言ってるのかわかっているのか」

 

 強烈な殺気を受けながら、ゾロ達全員の表情に変化はない。

 エネルは微塵も驚いた様子を見せず、むしろ愉快げに肩を揺らし、戦士達を見渡していく。

 それぞれが、彼にとっての愉快な見世物であるかのように。

 

「…ヤハハ…スカイピアの幸福を望む老いぼれに、ひたすらに〝故郷〟を望む戦士……黄金を狙う盗賊共…そして死に体の亡霊…。悩み多きこの世だ…子羊が何を望もうと構わんが、この国にはそもそもの間違いがある…‼︎」

「…………くだらぬ事を言っておるヒマがあったら、〝神隊〟の居場所を答えよ!!!」

 

 ガン・フォールはエネルの凶行に怒りながら、かつての部下達のことを案じて吠える。

 自分が敗北して数年、彼らに関する情報は全く入手できなかったのだ。

 エネルはニヤリと笑みを深め、待っていたとばかりに語り始めた。

 

「〝還幸〟だよ、ガン・フォール」

「〝還幸〟………⁉︎」

「……そうだ、私には還るべき場所がある。私の生まれた空島では、〝神〟はそこに存在するものとされている」

 

 ゾロ達の訝しむ視線を全く意に介さず、エネルは恍惚とした様子で話す。

 その目に映っているものは間違いなく、ゾロやワイパー達には見えることがない、彼だけの見える未来の景色である。

 

「〝限りない大地(フェアリーヴァース)〟と人は呼ぶ…!!! そこには…見渡す限りの果てしない大地が広がっているのだ」

 

 ナミはぞっと、別の恐怖で身を震わせる。

 何を言っているのか、何を夢見ているのかもわからない、イカれた人間の演説を聞かされ、嫌悪感が背筋を冷やす。気味が悪いことこの上なかった。

 

「それこそが私の求める〝夢の世界〟!!! 私にこそふさわしい大地!!!〝神の島〟など…こんなちっぽけな〝大地〟を、何百年も奪い合うなどくだらぬ小事‼︎ …いいか! お前達の争いの原因はもっと深い…根本にある。よく考えろ…」

 

 雲でもないのに空に生まれ、鳥でもないのに空に生きる。空に根づくこの国そのものが土台、不自然な存在なのだと、エネルは語る。

 土には土の、人には人の、神には神の、還るべき場所があると。

 

「………まさか貴様!!!」

「『まさか』という程の事ではない、私が〝神〟として自然の摂理を守るだけの事」

 

 愕然とした様子で、凝視してくるガン・フォールに、エネルは不気味な笑みを見せながら告げる。

 傲慢で残酷で、しかしそれを口にすることが許される、絶対的な力を有したその男が、自身の最終目標を口にする。

 

「―――そうだ!!! 全ての人間を…この空から引きずりおろしてやる…!!!」

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