ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「戦士ワイパー、言ったじゃあないか…〝やめておけ〟と………‼︎」
平然と、口元をわずかに赤く汚しただけの姿で、エネルはワイパーに嗤う。
命懸けの一撃を叩き込んだのに、それが完全なる不発で終わったことで、ワイパーの身体から力が抜け、どっと膝をついてしまう。
「ホラみろ」
「おのれ…しぶとい奴…!!!」
意地悪く口元を歪める男に、怯えて腰を抜かしたナミの隣で、血反吐を吐くエインシェンが忌々し気に唸る。
怒りのままに、もう一度拳を叩き込んでやろうと握りしめるが、最早体は鉛のように重く、引きずって動くこともできない。
「憐れなもんだ…戦士ワイパー」
「……おれの名を…!!! 気安く呼ぶな!!!!」
憐憫の視線を向け、呟くエネルにワイパーが吠える。
自身の骨の髄にまで届いた衝撃、今にも意識をと罰されそうなほどの激痛を感じながら、ワイパーはふらふらと立ち上がる。
その目に、確固たる意志の炎を燃やしながら。
「………800年前、この都市の存亡を賭けて戦った…………誇り高いシャンドラの戦士達…‼︎ その末裔がおれ達だ………ある日突然故郷を奪われた…〝大戦士カルガラ〟の無念を継いで400年……!!! 先祖代々……ただこの場所を目指した……!!!」
ギン、と鬼と呼ばれた戦士の目が〝神〟を射抜く。
師にかけの弱者などではない、首一つになっても必ず殺してみせると言わんばかりの殺気が、彼から迸っていた。
「…やっと辿り着いたんだ、お前が邪魔だ!!!!」
右腕から煙を上げ、それでもなお立ち続けるワイパー。
それをつまらなそうに見やったエネルは、おもむろに自身の持つ棒を振り回し、ワイパーのシューターを破壊し、彼を転ばせた。
「さっきのは…効いたぞ、ワイパー。海楼石とはくだらんマネをしてくれた。並の人間では〝排撃〟など一発で自殺行為。まだ立ち上がるとは流石じゃあないか…だが相手が悪い」
また嗜虐的な笑みが浮かび、エネルの棒が背中の太鼓を叩く。
すると、太鼓が瞬く間に雷に変化し、巨大な黄金の鳥に変化し、ワイパーに向かって飛翔を始める。
「3000万V…〝
雷の巨鳥に貫かれ、白目を剥いたワイパーが仰向けに倒れていく。
雷鳴が轟き、戦士が沈黙する傍を、ゾロが素早く駆ける。そして、エネルが砕いたシューターの一部―――海楼石が仕込まれた部分を拾い上げ、エネルに迫った。
「貴様もか、青海の剣士」
「やらなきゃやられんだろうがよっ!!!」
海楼石で能力を封じ、同時にぶった切ろうという考えか、刃を抜いてゾロが走る。
だがその時には既に、エネルの別の太鼓も雷に代わり、雷でできた肉食獣へと変化し、ゾロに襲い掛かっていた。
「〝
「ゾロ!!!!」
「ぐァアアァア!!!!」
雷の獣に肩に噛みつかれ、絶叫を上げるゾロ。海楼石を持った手は届くことなく、ゾロは力なく崩れ落ちてしまう。
ふっ、と満足げに笑うエネルは、視界の端に映る、がくがくと身体を震わせながら立ち上がろうとしている天使に、思わずため息をこぼした。
「しぶとい亡霊め……」
「まだだ…‼︎ まだ……!!!」
口から大量の血を吐き、焦点のほぼあっていない目を向けながら、エインシェンは拳を構える。
とうに最初の勢いはない。だが、不気味ささえ抱かせる執念が、彼女の瀕死の身体を突き動かしていた。
「まだ死ねぬのだ!!!!」
「5000万V…」
ドドドン、とエネルの太鼓全てが雷に変わり、それらがすべて合わさって、巨大な無数の羽虫に変わる。
雄叫びを上げて突進してくるエインシェンに、それらが一斉に阻止かかった。
「〝
全身を余すことなく貫かれ、感電させられ、天使の身体が幾度も痙攣する。
ジュゥ…!と耳をふさぎたくなるほど嫌な音が響き、焦げ臭いにおいが辺りに立ち込め、やがてどさりと倒れ伏す。
静かになった天使を見下ろしていたエネルが、ため息交じりに問いかけた。
「なぜ立つ。どうせ死ぬのだ、楽に逝けばいいものを…永らえてどうなる…これに耐える意味があるのか」
エネルが問いかけたのは、背後に立つワイパー。
全身をしびれさせられ、黒焦げになりながらも、彼は雄々しく地面に立ち、エネルを睨みつけていた。
「400年と…言ったか? お前達が故郷奪回の戦いを始めてから……だがここへ辿り着いた戦士はお前一人、それと亡霊が一人。直、この国も青海へと堕ちてゆく…今さら目障りなだけだぞ、なぜ立ち上がる………‼︎」
圧倒的な力を持つ〝神〟を自負するエネルにも、その思考はわからなかった。
終焉が決まりきっているというのに、何もできぬまま終わると決まっているのに、なぜ生き急ぐ必要があるのかと。
その問いに、ワイパーは仁王立ちしながら、力強く真っすぐに答えた。
「先祖の為!!!!」
「…………少しはマシな答えを期待した。もはや意識も定かではあるまい」
落胆した様子で息を吐いたエネルが、バリバリと放電を始める。
義ラグらと今にも倒れそうになっているワイパーが、己の誓いを思い返しかけた時、天より降り注いだ雷が、彼の全てを呑み込んだ。
「〝
遺跡の上に頭を乗せ、意識を失っていた大蛇。
しん、と沈黙していた彼は、やがてパチッと目を開けたり、突如にかっと嗤ったりし、最後には地面につく程大きく口を開ける。
その奥から、二人と一話がごろごろと転がり出てきた。
「うぷ」
「んがっ」
「ビエ!!!」
それぞれ地面に落下すると、頭を打ったり背中を打ったりして、呻き声がこぼれる。
どうにか立ち上がったアイサは、きょろきょろと見覚えのない景色を見渡し、戸惑いをあらわにした。
「……………わ、石の地面っ…………‼︎ でも…やっと出られた。何だろ…ココ…」
今の今まで大蛇の腹の中にいたため、外で何がどうなっていたのか全く分からない。まるで自分を置いて時間が過ぎ去ったかのような感覚だった。
興味深げに当たりを見渡していたアイサは、突如走り出したルフィに気付き、慌てて後を追いかけた。
「ルフィ‼︎」
「出ったァ!!!! 出られたァ〜〜〜っ!!!!」
不意に立ち止まったルフィは、自らの解放感をこれでもかと表し、両手を突き上げて満面の笑顔を浮かべる。
狭くて行き止まりの空間など、彼にとっては牢獄でしかなかった。ついさっきまで、大蛇に食われて彷徨っていた彼には、美味すぎる空気だった。
「うはーっ、見ろ‼︎ なんてでっけェんだ!!! どこだここは!!? 遺跡だな!!!」
辺りに広がる景色に、ルフィはワクワクする気持ちを押さえられない。
遥か下で夢を抱き、いくつもの冒険を経てここへ辿りついた彼の表情は、とてつもない歓喜で溢れていた。
「ここにあんのか…⁉︎ でっけェ〝黄金の鐘〟!!!」
「…………もしかして………ここ…あたい達の故郷……?」
「わ……でっけェ穴が…?」
アイサも同じく、壮大で荘厳な遺跡を見上げ、言葉を失くす。言い伝えでしか知らない遥か昔の故郷の姿に、ただ圧倒浅れるばかりだ。
しかし、ルフィがまたいきなり走り出したことで、アイサはハッと我に返った。
「え⁉︎ ルフィ‼︎」
慌てて後を追いかけると、遺跡の一角に巨大な穴が開いているのに気づく。
そしてその傍には、見覚えのある顔がいくつも横たわっているのにも気づいた。
「ゾロ!!!! おいお前!!! 何やってんだよっ!!!! エレノア!!!!」
全身黒焦げになり、倒れ伏す仲間達と、同じ状態に陥っているガン・フォールとワイパー、そして見覚えのない長髪の男。
その姿に、ルフィは驚愕と怒りできつく歯を食い縛った。
「お前らがいて何で…こんな事になってんだ…………!!!」
今まで航海を共にしてきたからこそわかる、仲間達の強さ。
なのに今、彼らは力なく横たわっている。納得はできなかったが、おそらく戦って敗北したことだけは伝わる。
そして彼は、その場にもう一人の仲間の姿がないことにも気がついた。
「ナミは⁉︎ あいつがいない…!!!」
「ワイパー!!! うわ〜〜〜〜〜ん、ワイパーまで…!!!」
「……あのバズーカの奴だ…!!! あんなに強ェのに………みんな誰にやられたんだ…!!!」
黒こげで、何の反応も返さないワイパーに縋りつき、泣きじゃくるアイサ。
ルフィも彼と一度戦ったため、その強さは理解し、そして信じられない気持ちでいっぱいになる。
一体、誰と戦ってこんな惨状になったのかと。
「エネルだよ!!! …こんな事できるの、あいつしかいない…!!!」
「エネル…って〝神〟か⁉︎」
「蛇の中にいる間ずっと〝心綱〟が効かなかったから、ここで何が起きたかはわかんないけど……‼︎」
困惑し、泣くことしかできないアイサと立ち尽くすルフィ。
その時、二人の耳に、微かに響く誰かの呻き声が届いた。
「……え‼︎ ロビン!!!」
「航海士さん……連れていかれたわ」
荒い息をつき、俯せになったロビンが、途切れそうな声でそう告げる。
ロビンを抱き起こそうとしたルフィは、その言葉に一瞬固まり、続いて混乱した様子で目を見開く。理解が追い付かなかったらしい。
「……おい…待て…ゆっくりでいいよ…〝神〟のやつに連れてかれたのか⁉︎ ナミは‼︎ どこへ⁉︎」
「…………わからない……………よく聞いて………」
ゆっくりと言いながら、自身が一番慌てた様子で再度問いかける。
だがロビンは、彼よりも明らかに落ち着いた様子で、しかし確かに焦った様子で、詳しい事情を語り始めた。
「……………このままだとこの国は…このスカイピアは消滅してしまう………」
「空島が!!?」
「……あ…あたい達の村も!!?」
「〝全て〟よ……!!!」
絶句する二人に向けて、ロビンは語る。
〝神〟が考える、この国の最悪の終焉の形を。
「空にいる全ての人々を地上へ還すと――――」
ロビンの説明は、ルフィにわかりやすいように簡略化されて行われた。
エネルの目的、鐘楼の行方、必要最低限の情報だけを抽出し、時間を惜しみながらもできる限りの全てを伝える。
ロビンが語り終えると、ルフィは険しい表情で認識の確認を行う。
「………じゃあエネルは…後で必ず、その〝黄金の鐘〟のある場所に現れるのか!!!」
「ええ…それが確実。…下手に探し回って行き違っては、もう取り返しがつかなくなる……」
広大な島を我武者羅に走り回っては、確実に追いつけない。ましてや、彼は地図においては、ゾロに次いで頼りなさすぎるルフィである。
詳しい場所を語ろうとしたロビンを遮り、アイサが声を上げた。
「大丈夫だよ‼︎ あたいわかる!!! この島で〝声〟が2つ動いてる…きっとナミと、エネルだ!!!」
「………おれを、そこへ連れてけ!!!!」
ルフィは怒っていた。
仲間をここまで傷つけられたこと、自分が求める鐘楼を奪おうとしていること、そして、ここまで他人に自分の旅を好き勝手されていることに。
鼻息荒く、ルフィがアイサの案内で走り出そうとした時だった。
ぐらりと、それまで黙していたボロボロの天使が、幽鬼の様に起き上がったのだ。
「ギャ――ッ!!! ゾンビィ〜!!!!」
「おォ!!? エレノア‼︎ お前起きて大丈夫なのか………」
人間離れした動きで立ち上がった彼女の姿に、アイサやピエールは悲鳴を上げ、ルフィはやや驚いた様子を見せる。
意識があったことを喜ぶルフィだったが、やがてその表情は、訝しげに歪められていった。
「………………お前、誰だ⁇」
「………〝麦わら〟の……ルフィ………」
ルフィは気づく、目の前のこの天使は、自分の仲間の姿をした別人であると。
そしてエインシェンもまた、気付く。この青年が、普通の人間とは異なる体のつくりをしていることに。
「〝ゴム〟の………能力者……!!!」
「おい!!! お前誰だ!!? エレノアにスゲェ似てるけど…わかるぞ!!! 違う奴だな!!!! 誰だァ!!!!」
「……耳元で騒ぐな…お前の〝声〟はあまりに強すぎる…………」
警戒心をあらわに、鋭い目で睨みながら怒鳴りつけるルフィ。
エインシェンは顔をしかめ、拳を構えるルフィに鬱陶しそうな目を向け、じっとその目を見つめ返した。
「………エネルと…戦うつもりか」
「そうだ」
「あれは天災そのもの………〝天災妃〟と謳われた私でさえ、今の姿では傷をつけることもままならん化け物だ………それでも行くのか…?」
「当たり前だ!!!」
試すように問うと、ルフィは馬鹿にするなと言うように吠える。
血まみれで、黒く染まった自身の姿を見せてなお、ルフィに臆した様子はない。その様に、エインシェンは興味深そうに目を見開く。
「あいつは〝黄金の鐘〟を狙ってんだ!!! あいつにだけは、鐘は渡さねェ!!!!」
「……にはは」
思わず、エインシェンの口から笑みがこぼれる。
自身の特性を理解しているからではない、理不尽を強いる神への怒りからくる闘争心だと理解し、エインシェンはゴキゴキと首を鳴らし始めた。
「ならば私と共に来い。足で走るよりは…速いだろう」
そう告げると、エインシェンは自身の翼を広げ、ルフィに向かって手を差し出す。
彼女の手に青年の手が重なると、天使の翼は、いつも以上に力強い羽搏きを見せ、彼らを遥か天空へと誘ってみせた。
そこには、巨大な黄金の船が鎮座していた。
幾つものプロペラを左右に並べ、眩い輝きを放つその船の名は『マクシム』。
エネルが捕らえた神隊に作らせた、〝限りない大地〟に向かうための唯一無二の船である。
その上にエネルは、恐怖に屈して降伏したナミを伴って乗り込み、それを動かす時を待っていた。
だがふと、彼の表情は不快げに歪められ始める。
「――――やはり…生き残った5人の…誰でもない様だ…」
「え?」
「――実に不愉快…私の〝予言〟は外れだったというわけか…」
そう言い、エネルは船の上から真下の地面を見下ろす。
彼の態度に、ナミはハッと息を呑み、同じく船から身を乗り出し、下を覗き込む。その途端、彼女の顔に喜色が浮かんでいった。
「死に損ないが今更何の用だ…」
忌々し気に、エネルが訪問者達を睨みつける。
バサッ…と翼を畳んだ血濡れの天使は、苛立ちを見せる神に対し、不敵な笑みを見せつけた。
「そう上手くいかせると思うな………小童ァ…………!!!」
「エレノア!!!」
「にははは……しつこくてすまんなァ…重い奴だとはよく言われる」
思わず歓喜の声を上げるナミをよそに、エインシェンが肩を揺らして告げる。
その隣には、やる気を漲らせるルフィの姿があり、見下ろしてくるエネルに憤怒の目を向け、荒く鼻息を吹かせていた。
「だが………諦めるわけにはいかんのでのォ…」
「お前かァ!!! エネルって奴はァ!!!」
「ルフィ!!!!」
ビリビリと大気を震わせる怒号が、虫けらを見る目を見せるエネルに叩きつけられる。同じく駆け付けたアイサとピエールが、その様子をハラハラと見守る。
各々の初邂逅が、今ここに叶っていた。
「何やってんだ、お前…おれの仲間によ」
「どのゴミの事かな」