ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第143話〝死ねない!〟

「戦士ワイパー、言ったじゃあないか…〝やめておけ〟と………‼︎」

 

 平然と、口元をわずかに赤く汚しただけの姿で、エネルはワイパーに嗤う。

 命懸けの一撃を叩き込んだのに、それが完全なる不発で終わったことで、ワイパーの身体から力が抜け、どっと膝をついてしまう。

 

「ホラみろ」

「おのれ…しぶとい奴…!!!」

 

 意地悪く口元を歪める男に、怯えて腰を抜かしたナミの隣で、血反吐を吐くエインシェンが忌々し気に唸る。

 怒りのままに、もう一度拳を叩き込んでやろうと握りしめるが、最早体は鉛のように重く、引きずって動くこともできない。

 

「憐れなもんだ…戦士ワイパー」

「……おれの名を…!!! 気安く呼ぶな!!!!」

 

 憐憫の視線を向け、呟くエネルにワイパーが吠える。

 自身の骨の髄にまで届いた衝撃、今にも意識をと罰されそうなほどの激痛を感じながら、ワイパーはふらふらと立ち上がる。

 その目に、確固たる意志の炎を燃やしながら。

 

「………800年前、この都市の存亡を賭けて戦った…………誇り高いシャンドラの戦士達…‼︎ その末裔がおれ達だ………ある日突然故郷を奪われた…〝大戦士カルガラ〟の無念を継いで400年……!!! 先祖代々……ただこの場所を目指した……!!!」

 

 ギン、と鬼と呼ばれた戦士の目が〝神〟を射抜く。

 師にかけの弱者などではない、首一つになっても必ず殺してみせると言わんばかりの殺気が、彼から迸っていた。

 

「…やっと辿り着いたんだ、お前が邪魔だ!!!!」

 

 右腕から煙を上げ、それでもなお立ち続けるワイパー。

 それをつまらなそうに見やったエネルは、おもむろに自身の持つ棒を振り回し、ワイパーのシューターを破壊し、彼を転ばせた。

 

「さっきのは…効いたぞ、ワイパー。海楼石とはくだらんマネをしてくれた。並の人間では〝排撃〟など一発で自殺行為。まだ立ち上がるとは流石じゃあないか…だが相手が悪い」

 

 また嗜虐的な笑みが浮かび、エネルの棒が背中の太鼓を叩く。

 すると、太鼓が瞬く間に雷に変化し、巨大な黄金の鳥に変化し、ワイパーに向かって飛翔を始める。

 

「3000万V…雷鳥(ヒノ)〟!!!

 

 雷の巨鳥に貫かれ、白目を剥いたワイパーが仰向けに倒れていく。

 雷鳴が轟き、戦士が沈黙する傍を、ゾロが素早く駆ける。そして、エネルが砕いたシューターの一部―――海楼石が仕込まれた部分を拾い上げ、エネルに迫った。

 

「貴様もか、青海の剣士」

「やらなきゃやられんだろうがよっ!!!」

 

 海楼石で能力を封じ、同時にぶった切ろうという考えか、刃を抜いてゾロが走る。

 だがその時には既に、エネルの別の太鼓も雷に代わり、雷でできた肉食獣へと変化し、ゾロに襲い掛かっていた。

 

雷獣(キテン)〟!!!

「ゾロ!!!!」

「ぐァアアァア!!!!」

 

 雷の獣に肩に噛みつかれ、絶叫を上げるゾロ。海楼石を持った手は届くことなく、ゾロは力なく崩れ落ちてしまう。

 ふっ、と満足げに笑うエネルは、視界の端に映る、がくがくと身体を震わせながら立ち上がろうとしている天使に、思わずため息をこぼした。

 

「しぶとい亡霊め……」

「まだだ…‼︎ まだ……!!!」

 

 口から大量の血を吐き、焦点のほぼあっていない目を向けながら、エインシェンは拳を構える。

 とうに最初の勢いはない。だが、不気味ささえ抱かせる執念が、彼女の瀕死の身体を突き動かしていた。

 

「まだ死ねぬのだ!!!!」

「5000万V…」

 

 ドドドン、とエネルの太鼓全てが雷に変わり、それらがすべて合わさって、巨大な無数の羽虫に変わる。

 雄叫びを上げて突進してくるエインシェンに、それらが一斉に阻止かかった。

 

雷蟲(テ カナプ)〟!!!

 

 全身を余すことなく貫かれ、感電させられ、天使の身体が幾度も痙攣する。

 ジュゥ…!と耳をふさぎたくなるほど嫌な音が響き、焦げ臭いにおいが辺りに立ち込め、やがてどさりと倒れ伏す。

 静かになった天使を見下ろしていたエネルが、ため息交じりに問いかけた。

 

「なぜ立つ。どうせ死ぬのだ、楽に逝けばいいものを…永らえてどうなる…これに耐える意味があるのか」

 

 エネルが問いかけたのは、背後に立つワイパー。

 全身をしびれさせられ、黒焦げになりながらも、彼は雄々しく地面に立ち、エネルを睨みつけていた。

 

「400年と…言ったか? お前達が故郷奪回の戦いを始めてから……だがここへ辿り着いた戦士はお前一人、それと亡霊が一人。直、この国も青海へと堕ちてゆく…今さら目障りなだけだぞ、なぜ立ち上がる………‼︎」

 

 圧倒的な力を持つ〝神〟を自負するエネルにも、その思考はわからなかった。

 終焉が決まりきっているというのに、何もできぬまま終わると決まっているのに、なぜ生き急ぐ必要があるのかと。

 その問いに、ワイパーは仁王立ちしながら、力強く真っすぐに答えた。

 

「先祖の為!!!!」

「…………少しはマシな答えを期待した。もはや意識も定かではあるまい」

 

 落胆した様子で息を吐いたエネルが、バリバリと放電を始める。

 義ラグらと今にも倒れそうになっているワイパーが、己の誓いを思い返しかけた時、天より降り注いだ雷が、彼の全てを呑み込んだ。

 

神の裁き(エル・トール)〟!!!!

 

⚓️

 

 遺跡の上に頭を乗せ、意識を失っていた大蛇。

 しん、と沈黙していた彼は、やがてパチッと目を開けたり、突如にかっと嗤ったりし、最後には地面につく程大きく口を開ける。

 その奥から、二人と一話がごろごろと転がり出てきた。

 

「うぷ」

「んがっ」

「ビエ!!!」

 

 それぞれ地面に落下すると、頭を打ったり背中を打ったりして、呻き声がこぼれる。

 どうにか立ち上がったアイサは、きょろきょろと見覚えのない景色を見渡し、戸惑いをあらわにした。

 

「……………わ、石の地面っ…………‼︎ でも…やっと出られた。何だろ…ココ…」

 

 今の今まで大蛇の腹の中にいたため、外で何がどうなっていたのか全く分からない。まるで自分を置いて時間が過ぎ去ったかのような感覚だった。

 興味深げに当たりを見渡していたアイサは、突如走り出したルフィに気付き、慌てて後を追いかけた。

 

「ルフィ‼︎」

「出ったァ!!!! 出られたァ〜〜〜っ!!!!」

 

 不意に立ち止まったルフィは、自らの解放感をこれでもかと表し、両手を突き上げて満面の笑顔を浮かべる。

 狭くて行き止まりの空間など、彼にとっては牢獄でしかなかった。ついさっきまで、大蛇に食われて彷徨っていた彼には、美味すぎる空気だった。

 

「うはーっ、見ろ‼︎ なんてでっけェんだ!!! どこだここは!!? 遺跡だな!!!」

 

 辺りに広がる景色に、ルフィはワクワクする気持ちを押さえられない。

 遥か下で夢を抱き、いくつもの冒険を経てここへ辿りついた彼の表情は、とてつもない歓喜で溢れていた。

 

「ここにあんのか…⁉︎ でっけェ〝黄金の鐘〟!!!」

「…………もしかして………ここ…あたい達の故郷……?」

「わ……でっけェ穴が…?」

 

 アイサも同じく、壮大で荘厳な遺跡を見上げ、言葉を失くす。言い伝えでしか知らない遥か昔の故郷の姿に、ただ圧倒浅れるばかりだ。

 しかし、ルフィがまたいきなり走り出したことで、アイサはハッと我に返った。

 

「え⁉︎ ルフィ‼︎」

 

 慌てて後を追いかけると、遺跡の一角に巨大な穴が開いているのに気づく。

 そしてその傍には、見覚えのある顔がいくつも横たわっているのにも気づいた。

 

「ゾロ!!!! おいお前!!! 何やってんだよっ!!!! エレノア!!!!」

 

 全身黒焦げになり、倒れ伏す仲間達と、同じ状態に陥っているガン・フォールとワイパー、そして見覚えのない長髪の男。

 その姿に、ルフィは驚愕と怒りできつく歯を食い縛った。

 

「お前らがいて何で…こんな事になってんだ…………!!!」

 

 今まで航海を共にしてきたからこそわかる、仲間達の強さ。

 なのに今、彼らは力なく横たわっている。納得はできなかったが、おそらく戦って敗北したことだけは伝わる。

 そして彼は、その場にもう一人の仲間の姿がないことにも気がついた。

 

「ナミは⁉︎ あいつがいない…!!!」

「ワイパー!!! うわ〜〜〜〜〜ん、ワイパーまで…!!!」

「……あのバズーカの奴だ…!!! あんなに強ェのに………みんな誰にやられたんだ…!!!」

 

 黒こげで、何の反応も返さないワイパーに縋りつき、泣きじゃくるアイサ。

 ルフィも彼と一度戦ったため、その強さは理解し、そして信じられない気持ちでいっぱいになる。

 一体、誰と戦ってこんな惨状になったのかと。

 

「エネルだよ!!! …こんな事できるの、あいつしかいない…!!!」

「エネル…って〝神〟か⁉︎」

「蛇の中にいる間ずっと〝心綱〟が効かなかったから、ここで何が起きたかはわかんないけど……‼︎」

 

 困惑し、泣くことしかできないアイサと立ち尽くすルフィ。

 その時、二人の耳に、微かに響く誰かの呻き声が届いた。

 

「……え‼︎ ロビン!!!」

「航海士さん……連れていかれたわ」

 

 荒い息をつき、俯せになったロビンが、途切れそうな声でそう告げる。

 ロビンを抱き起こそうとしたルフィは、その言葉に一瞬固まり、続いて混乱した様子で目を見開く。理解が追い付かなかったらしい。

 

「……おい…待て…ゆっくりでいいよ…〝神〟のやつに連れてかれたのか⁉︎ ナミは‼︎ どこへ⁉︎」

「…………わからない……………よく聞いて………」

 

 ゆっくりと言いながら、自身が一番慌てた様子で再度問いかける。

 だがロビンは、彼よりも明らかに落ち着いた様子で、しかし確かに焦った様子で、詳しい事情を語り始めた。

 

「……………このままだとこの国は…このスカイピアは消滅してしまう………」

「空島が!!?」

「……あ…あたい達の村も!!?」

「〝全て〟よ……!!!」

 

 絶句する二人に向けて、ロビンは語る。

〝神〟が考える、この国の最悪の終焉の形を。

 

「空にいる全ての人々を地上へ還すと――――」

 

 ロビンの説明は、ルフィにわかりやすいように簡略化されて行われた。

 エネルの目的、鐘楼の行方、必要最低限の情報だけを抽出し、時間を惜しみながらもできる限りの全てを伝える。

 ロビンが語り終えると、ルフィは険しい表情で認識の確認を行う。

 

「………じゃあエネルは…後で必ず、その〝黄金の鐘〟のある場所に現れるのか!!!」

「ええ…それが確実。…下手に探し回って行き違っては、もう取り返しがつかなくなる……」

 

 広大な島を我武者羅に走り回っては、確実に追いつけない。ましてや、彼は地図においては、ゾロに次いで頼りなさすぎるルフィである。

 詳しい場所を語ろうとしたロビンを遮り、アイサが声を上げた。

 

「大丈夫だよ‼︎ あたいわかる!!! この島で〝声〟が2つ動いてる…きっとナミと、エネルだ!!!」

「………おれを、そこへ連れてけ!!!!」

 

 ルフィは怒っていた。

 仲間をここまで傷つけられたこと、自分が求める鐘楼を奪おうとしていること、そして、ここまで他人に自分の旅を好き勝手されていることに。

 鼻息荒く、ルフィがアイサの案内で走り出そうとした時だった。

 

 ぐらりと、それまで黙していたボロボロの天使が、幽鬼の様に起き上がったのだ。

 

「ギャ――ッ!!! ゾンビィ〜!!!!」

「おォ!!? エレノア‼︎ お前起きて大丈夫なのか………」

 

 人間離れした動きで立ち上がった彼女の姿に、アイサやピエールは悲鳴を上げ、ルフィはやや驚いた様子を見せる。

 意識があったことを喜ぶルフィだったが、やがてその表情は、訝しげに歪められていった。

 

「………………お前、誰だ⁇」

「………〝麦わら〟の……ルフィ………」

 

 ルフィは気づく、目の前のこの天使は、自分の仲間の姿をした別人であると。

 そしてエインシェンもまた、気付く。この青年が、普通の人間とは異なる体のつくりをしていることに。

 

「〝ゴム〟の………能力者……!!!」

「おい!!! お前誰だ!!? エレノアにスゲェ似てるけど…わかるぞ!!! 違う奴だな!!!! 誰だァ!!!!」

「……耳元で騒ぐな…お前の〝声〟はあまりに強すぎる…………」

 

 警戒心をあらわに、鋭い目で睨みながら怒鳴りつけるルフィ。

 エインシェンは顔をしかめ、拳を構えるルフィに鬱陶しそうな目を向け、じっとその目を見つめ返した。

 

「………エネルと…戦うつもりか」

「そうだ」

「あれは天災そのもの………〝天災妃〟と謳われた私でさえ、今の姿では傷をつけることもままならん化け物だ………それでも行くのか…?」

「当たり前だ!!!」

 

 試すように問うと、ルフィは馬鹿にするなと言うように吠える。

 血まみれで、黒く染まった自身の姿を見せてなお、ルフィに臆した様子はない。その様に、エインシェンは興味深そうに目を見開く。

 

「あいつは〝黄金の鐘〟を狙ってんだ!!! あいつにだけは、鐘は渡さねェ!!!!」

「……にはは」

 

 思わず、エインシェンの口から笑みがこぼれる。

 自身の特性を理解しているからではない、理不尽を強いる神への怒りからくる闘争心だと理解し、エインシェンはゴキゴキと首を鳴らし始めた。

 

「ならば私と共に来い。足で走るよりは…速いだろう」

 

 そう告げると、エインシェンは自身の翼を広げ、ルフィに向かって手を差し出す。

 彼女の手に青年の手が重なると、天使の翼は、いつも以上に力強い羽搏きを見せ、彼らを遥か天空へと誘ってみせた。

 

 

 そこには、巨大な黄金の船が鎮座していた。

 幾つものプロペラを左右に並べ、眩い輝きを放つその船の名は『マクシム』。

 エネルが捕らえた神隊に作らせた、〝限りない大地〟に向かうための唯一無二の船である。

 

 その上にエネルは、恐怖に屈して降伏したナミを伴って乗り込み、それを動かす時を待っていた。

 だがふと、彼の表情は不快げに歪められ始める。

 

「――――やはり…生き残った5人の…誰でもない様だ…」

「え?」

「――実に不愉快…私の〝予言〟は外れだったというわけか…」

 

 そう言い、エネルは船の上から真下の地面を見下ろす。

 彼の態度に、ナミはハッと息を呑み、同じく船から身を乗り出し、下を覗き込む。その途端、彼女の顔に喜色が浮かんでいった。

 

「死に損ないが今更何の用だ…」

 

 忌々し気に、エネルが訪問者達を睨みつける。

 バサッ…と翼を畳んだ血濡れの天使は、苛立ちを見せる神に対し、不敵な笑みを見せつけた。

 

「そう上手くいかせると思うな………小童ァ…………!!!」

「エレノア!!!」

「にははは……しつこくてすまんなァ…重い奴だとはよく言われる」

 

 思わず歓喜の声を上げるナミをよそに、エインシェンが肩を揺らして告げる。

 その隣には、やる気を漲らせるルフィの姿があり、見下ろしてくるエネルに憤怒の目を向け、荒く鼻息を吹かせていた。

 

「だが………諦めるわけにはいかんのでのォ…」

「お前かァ!!! エネルって奴はァ!!!」

「ルフィ!!!!」

 

 ビリビリと大気を震わせる怒号が、虫けらを見る目を見せるエネルに叩きつけられる。同じく駆け付けたアイサとピエールが、その様子をハラハラと見守る。

 各々の初邂逅が、今ここに叶っていた。

 

「何やってんだ、お前…おれの仲間によ」

「どのゴミの事かな」

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