ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
黄金の船の甲板の上と地上、高低差を挟み、ルフィとエネルが睨み合う。
片や怒りをありありとあらわにし、片や完全に見下した様子で嘲笑を浮かべている。まったくルフィを、障害とさえ認識していなかった。
「口を慎めよ…私は神だ‼︎」
「お前のどこが神なんだ!!!」
不遜に告げるエネルに、ルフィは力の限り吠える。
その隣に立つエインシェンは、無言のまま目を細め、何かを思案するように眉間にしわを寄せる。
「ルフィ‼︎ 気をつけ…」
一味の頭のようやくの登場に、思わず声援を送ろうとしたナミだったが、そこにエネルの鋭い目が向き、思わず息を呑む。
エネルはルフィに視線を戻し、嗜虐的な笑みを浮かべて口を開いた。
「…………ヤハハハ…聞こえてきた天使達の宴……‼︎ 住人達がスカイピアの運命を知った様だぞ、ヤハハハ……足場を失う前に一体、どこまで逃げきれるかな」
「お前のどこが、神なんだ!!!!」
「今にわかる」
どこまでも人を見下した、悪意しかない言葉を聞き、ルフィがついに動く。
ビヨンと伸びる腕を黄金の船の一部に巻き付け、エネルと同じ高さにまで一気に飛ぶ。
その様に、エネルがつまらなそうに息をついた。
「……成程…貴様もただの人間ではないらしい…………だが〝超人系〟か…話にならん…!!! おれの前では何もかもが無力っ‼︎ 故におれは、神なのだ!!!!」
同じ悪魔の実の能力者とはいえ、自然の膨大なエネルギーそのものとなるエネルとは比較にならない、人の原型を留めたままの青年。
まったく話にならないと、エネルは雷を手に発生させ、巨大な一撃を繰り出した。
「〝
「ルフィ!!!」
「うわあああ!!!」
カッ‼と眩しい光に飲み込まれ、ルフィの姿が見えなくなる。
まさかこれで終わりなのか、とナミやアイサたちが言葉を失くした時、いつの間にかナミの隣に降り立ったエインシェンが苦笑を浮かべて呟いた。
「……さァて…私の賭けはハズレか否か…‼︎」
「え…」
初めて隣に降り立ったエインシェンに―――エレノアの姿をした別人に気付き、目を見開くナミ。
そんな彼女達をよそに、閃光が徐々に消えていく。
そして、傷ひとつないルフィが、不思議そうにエネルを見ている姿が露わになった。
「うまくよけた様だな…………!!!」
感心した様子のエネルの呟きに、ナミが思わず首を傾げる。
アイサやピエールも訝しげな目を向ける中、エインシェンのみが、深い笑みを浮かべてルフィたちを見つめていた。
「6000万V…〝
エネルの背後に、巨大な雷の龍が生まれ、ルフィに向かって大きく口を開けて飛翔する。
巨大な顎に食らいつかれ、先ほどよりも大きな雷光の爆発が起こる。
「ルフィ〜!!!」
またしても、最悪の光景を想像して悲鳴を上げるナミ。
だが、光が晴れるとまた、不思議そうに眉を寄せるルフィの姿が見え、彼女達に困惑をもたらした。
「1億V‼︎〝
じれったくなったのか、エネルが直接ルフィの元に向かい、その身に自身の手を置いて、情け容赦のない放電を食らわせる。
だが、普通なら原型さえ残らないであろう雷撃を受けてなお、ルフィは平然としていた。
「ゴムに雷が、効くわけないだろう」
「やめろォ!!!!」
エインシェンの小馬鹿にした呟きが響くとともに、ルフィがエネルを払い除ける。
弾き飛ばされ、甲板の上を滑りながら後ずさったエネルは。
これ以上ないくらいに瞼と口を全開にし、全身で驚愕を示していた。
「にはは…にはははははは!!!」
厚顔不遜、余裕綽々と言った態度で相手を踏みにじっていた〝神〟が見せる、余りにも間抜けすぎる姿に、エインシェンがたまらず笑い声をあげた。
「しかと目の前にいる男を見ろ…神を気取る井の中の蛙よ!!! ここに…お前の死神がいるぞォ!!!!」
「うおァアア!!!!」
エインシェンの煽りに乗ってか、ルフィが雄叫びとともに駆け出す。
エネルは呆然と固まるも、しばらくすると我に返り、どうせ超人系如きでは自分に攻撃は当てられないのだと自身を叱咤する。
しかしその予想は裏切られ、ルフィの重い一撃が思い切り腹に直撃し、血反吐を吐きながら吹っ飛ばされることとなった。
「完全に〝雷〟の力が無効化してる…!!!〝雷〟が効かない人間が、この世に存在するなんてきっとエネルでも予想できなかった出来事」
「にはは………よもや、今の今までチビの腹の中にいたことで、奴に気配を気取られなかったとはな…!!!」
倒れ伏すエネルと、それを見下ろすルフィ。
見上げる者と見下す者。先ほどとはまるで真逆な様に、エインシェンが愉快そうに肩を揺らす。
「奴にとって〝麦わら〟は…世界でたった一人の〝天敵〟というわけだ」
ナミは呆然と、見え始めた希望を凝視し、続いて隣に立つ天使を見やる。
もはや、疑う余地はない。ここにいるのは自分が知っている仲間ではない、その姿をした、別の誰かなのだと。
「何だと言うのだ…………貴様…!!!」
息を呑むナミの前で、忌々し気に顔を歪めたエネルが体を起こす。
無敵であるはずの自分が、こうも圧倒されるという状況に、困惑よりも先に苛立ちが募る。
歯を食い縛る彼に対し、ルフィは鼻息荒く名乗ってみせる。
「おれはルフィ‼︎ 海賊で、ゴム人間だ」
「…………ゴム?」
「雷なら効かねェ!!!」
空の海においては聞きなれない単語に肩眉を上げるエネルに、構わずルフィは突っ込んでいく。
再び、唯一の弱点であるゴムの拳が叩きつけられようとした時だった。
「〝心綱〟」
突如目を閉じたエネルが、そのままルフィの拳をひらりと躱す。
動きを先読みされたルフィは目を見開き、しかしすぐに新たに別の攻撃を繰り出していく。
「〝ゴムゴムの鞭〟!!!〝槍〟!!!」
次々に繰り出される素早く重い一撃が、ことごとく避けられていく。
悔し気に顔を歪め、さらなる一撃を叩き込もうとしたルフィは、次の瞬間不意をつかれ、エネルの持つ棒で思い切り殴り飛ばされた。
「んぎ!!!」
「図にのるな」
呻き声をあげるルフィに、エネルは鋭い突きを放つ。
喉を突かれ、黄金の船の壁に押し付けられたルフィは、気道を潰されて苦しげな声を上げた。
「シビレさせるだけが雷ではない…効かんとわかればそれなりの戦い方がある」
「ふん、打撃も効かねェよ!!!」
喉に食い込む棒を振り払い、反撃として一発の拳を放つルフィ。
だがそれすらも躱し、エネルは挑発するように軽々と跳躍し、ルフィから距離をとった。
「…………チキショー………‼︎ こいつも動きが読めるっていうアレか」
思ったように攻撃が当たらないことに、ルフィがどうしたものかと顔をしかめさせる。
そう思ったのはエネルも同じようで、何かを思案したかと思うと、自身の持つ黄金の棒に強烈な電流を走らせ始めた。
「〝
雷を受け、黄金の棒が眩く輝く。するとシンプルな形状だったそれが、見る見るうちに刺々しく危険な形状に変化していく。
あっという間に、エネルの得物は鋭い双刃槍へと変貌していった。
「棒が…刃物に精錬されてく………‼︎」
「形ある雷と思え!!! 貴様などと遊んでいるヒマはないのだ!!!」
驕り高ぶった声と態度で、エネルが刃を振るかざしルフィに迫る。
刃が目前に迫ると、ルフィはたまらず飛びのき、黄金の船を足場にエネルから大きく離れた。危うく体が両断されるところだった。
「ヤハハ、弱点はやはり斬撃か‼︎」
「ああ」
「ゆうな!!!」
素直に頷くルフィに、弱点を自ら晒すなとナミが怒鳴る。
次の瞬間、エネルが突如雷に変化し、甲板の中に沈み込む。そして一瞬にして、エネルの姿が消え去ってしまった。
「消えた」
「〝麦わら〟‼︎ 後ろだ!!!」
ピクッ、と両耳を反応させ、エインシェンがルフィに吠える。
その直後、ルフィの背後の壁から、エネルが飛び出し槍を振るう。黄金の中を自ら伝導し、奇襲をかけたのだ。
間一髪受け止めたルフィだが、触れた瞬間強烈な熱に襲われ、悶絶する羽目になる。
「熱ち!!!」
「ヤハハ‼︎ 電気は効かずとも、矛にたまる〝電熱〟は別か‼︎」
生意気な相手が苦しむ様に、エネルは愉快そうに笑い声をあげる。
だが、両手に火傷を負いながらも、ルフィはキッと鋭い目を向け、自身の片脚を天に向かって構えた。
「〝ゴムゴムの…戦斧〟!!!」
頭上に長く伸ばされた、ルフィの片足。
表情を変えたエネルの前で、ルフィは片足を勢いよく引き戻し、エネルに向けて思い切り踵を叩き込んだ。
たまらず叩き落とされ、甲板に突っ込んだエネルは、激昂し声を荒げた。
「おのれ小僧がァ〜〜っ!!!」
「〝ゴムゴムの…銃乱打〟!!!」
さらなる猛攻を叩き込もうと、ルフィが無数の拳をエネルに振るおうとする。
だが、最初の一発が炸裂しようとしたその時、エネルの手がルフィの手首を掴み、たやすく止めてしまう。
「い!!!?」
「手が増えたわけでもあるまい!!!」
伸びた腕を振り回し、エネルはルフィを甲板に叩きつける。
甲板が陥没するほどの衝撃で、ルフィの姿が一瞬見えなくなる。その様を見下ろし、エネルはぐいっと口元ににじんだ血を拭う。
「空島観光…悪い時期に来たものだな、青海人…私は神だぞ!!! 何事も意のままにする!!! 私の想う世界を創るのだ!!! 青海からひょっこり現れた訳もわからん小僧に、それを邪魔されてなるものか」
ボコッ、と穴の中から睨みつけてくるルフィに、エネルはふと足を止める。
これから始まる余興を見せつけてやろうと、そういった残酷で嗜虐的な笑みを浮かべながら。
「…どうだ、一緒に見物でもするか!!? この国の果てゆく姿を……‼︎〝MAX2億V〟!!!〝放電〟!!!」
黄金の船の中心、玉座の様になった装置の元に移動したエネルが、自身の力を膨大に放出する。
そのエネルギーは瞬く間に船全体に流れ、内部の奇行を動かし始める。
「……見ろ。…浮くぞ…私を〝限りない大地〟へ導く方舟………〝マクシム〟!!!」
ヒュンヒュンと、船の左右に備わったプロペラが動き出し、大きな浮力を生み出していく。
その力は徐々に、巨大な船を空中に浮かび上がらせていく。ガリガリと天井を削りながら、まさに神の乗り物であると、そう見せつけるように。
「どうしよう、ルフィ‼︎ 私達…!!!」
「ガタガタ騒ぐな‼︎」
「だって…‼︎ でも‼︎」
「未来の海賊王の
不安げな声を上げるナミに、ルフィは自身の麦わら帽を投げ渡しながら告げる。
その目はエネルに向けられたまま、喚かずに、疑うことなく黙って見ていろと、そう背中で語っていた。
「カイゾク王? そいつはどこの王様なんだ…?」
「世界の偉大な海の王だ!!!!」
「ご立派だな…………決着をつけようじゃあないか…この空で!!!」
誇らしげに吠えるルフィに、エネルは不気味に笑みを返して告げる。
睨み合う二人をナミが凝視していると、ふと隣から、心底可笑しげな声が響き、ギョッと振り向いた。
「にはは…デカい口をたたきおって………小僧が。この老兵にまた火をくべてくれおったな…?」
ぼたぼたと鮮血を垂らすエインシェンが、爛々と目を輝かせた獣の笑みを浮かべ、仁王立ちするルフィを見つめる。
ぎしぎしと軋む義足を動かし、青年の隣に立つと、天使は確かめるような目を向ける。
「だが……まだお前には…〝聞く〟事はできんか………なら、少しばかり手伝うとするか」
「そうか」
それぞれの持つ願望のため、それを阻む敵を見据えるルフィとエインシェン。
傍から見ればよく見た組み合わせだが、実際は全くの初対面の二人。そんな二人が並び立った時、黄金の船に突如、ズンッと震えが走った。
「ヤハハハハハハ!!! …………この方舟の究極の機能への回路が、すでに開き作動している。名を『デスピア』、〝絶望〟という名の、この世の救済者だ!!!」
「……何をする気⁉︎」
見れば、天井の土を破って浮上を始めた黄金の船の後方に、モクモクと煙があがっている。
何かの装置から発生したそれは天空の雲と混ざり、見る見るうちに辺りの空を真っ黒に染め上げていった。
「…雷雲か」
「そうさ、私のエネルギーによって、〝デスピア〟は極めて激しい気流を含む〝雷雲〟を排出する!!!」
目を細め、始まった何かよからぬことに顔をしかめるエインシェンに、エネルが楽しげに語りだす。
その間も黒雲は広がり続け、神の島全体を覆い尽くしていく。
「やがて雲はエネルギーを増幅させながら、スカイピア全土を闇と共に包み込む。それらは私の合図で何十本もの雷となり、この国の全てを破壊する!!!」
すると、おもむろにエネルが黒雲に向けて、指先から小さな電流を飛ばす。
放たれたそれは黒雲の中で増幅し、あっという間に育つと、槍のように飛び出し、真下に落とされた。
「今…何を…!!?」
「………どこかの島に落ちたな」
ビクッ、と身を振るわせたナミに、犬歯を剥いたエインシェンが腹立たしそうに答える。エネルの狙いが分かり、それを止められなかったことに悔しさを抱く。
突然の凶行を成したエネルは、満足げに笑みを浮かべて肩を揺らす。
「天使達を…少しからかってやったのだ…」
「神なら何でも奪っていいのか!!!」
「そうだ。〝命〟も〝大地〟もな」
激昂するルフィに、エネルは堂々と答える。
ぶんぶんと得物を振り回し、今一度自身に抗う敵を見据えた空の支配者は、不敵な笑みを浮かべて大きく吠えるのだった。
「さァ‼︎ 貴様には消えて貰おう!!! 宴の準備は始まったのだ!!!」
腕を広げ、挑発を行うエネルに、即座に乗せられたルフィが拳で応える。
鋭く放たれたそれは、やはり容易く躱されエネルに届くことはない。たった一度でも当たればいいのに、それが叶わない事が歯痒くて仕方がなかった。
「くそ――っ‼︎ あの動きを読むやつ何とかならねェか!!?」
「任せろ…援護くらいはできる」
「ん?」
エインシェンの呟きに、ルフィが訝し気に振り向く。
何をするつもりなのか、と目線で問いかける彼に、エインシェンはにやりと口角を上げ、口の前に指を立ててみせる。
「〝心綱〟がお気に召さん様だな。当然だ…それも私の圧倒的な力の理由!!!」
迂闊に手が出せず、動きがないルフィたちに、エネルは優越感に浸りながら鼻を鳴らす。
一度驚かされはしたものの、もう手も足も出せまいと高をくくる彼に、ルフィの背後に立ったエインシェンが雄々しく吠えた。
「―――構わず突っ込め!!!」
「おう!!!」
疑うことなく、ルフィはエインシェンの指示通りに真っ直ぐに突っ込んでいく。
策を講じた様子はない、本能のままに拳を振るうつもりだと読んだエネルは、詰まらなそうに得物を構えた。
「〝ゴムゴムの〟…」
「何をしようと所詮、貴様は雷が効かんだけの無能者!!! 同じことを繰り返した所で…」
躱した際に、腕でも斬り刻んでやろうと、気だるげに槍を構えるエネル。
だが、その刃を振り回そうとしたその時。
ずぶんっ、と。
周囲の音が消え、冷たい感覚が体に走る。
エネルは突き刺さる強烈な殺気に凍り付き、そして考える間もなく、心臓を貫かれる自身の姿を見た。
「うおあああ!!??」
いきなり見えた最悪の未来に、エネルは声を上げて冷や汗を噴き出させる。
自分が一切の傷を負っておらず、そして誰も近くにいない事に気がついた時には、ルフィの拳は目前に迫っていた。
「〝銃乱打〟!!!!」
先ほどは躱せた拳の乱打が、今度は全てあますことなく炸裂する。全身に拳の雨を食らい、エネルの意識がぐらぐらと揺さぶられる。
吹っ飛ばされる様を見やり、腕を組んで佇むエインシェンがにやりと笑った。
「聞こえ過ぎるのも問題だな………そうやって、本物と偽物の区別もつかなくなる」
「……まさか…〝殺気〟だけをぶつけて………あいつのあの力を撹乱させたの…………!!?」
武に通じているわけではないが、エネルの奇妙な反応を見ていたナミが、まさかと言った様子でエインシェンに目を向ける。
殺気だけで幻覚を見せたエインシェンが見守る中、ルフィは間髪入れずに腕を伸ばし、エネルに向かって猛然と突っ込んでいく。
「もう逃がさねェぞ!!!〝ゴムゴムの〟……!!!」
「く…待て…!!!」
「〝バズーカ〟!!!」
エネルの止める声に応じるはずもなく、ルフィの掌底が見事に決まる。
またしても吹っ飛ばされ、甲板の上を転がるエネルを追い、ルフィは今度は右腕を伸ばし、きつくねじっていく。
「仕留めろ‼︎〝麦わら〟!!!」
「〝ゴムゴムの〟……!!!」
近づいてくる、自身を唯一苦しめる死神の一撃に、怯えの表情を見せるエネル。
どうにか回避をしようとする彼だが、幾度も強烈な一撃を貰った体は動いてくれず、見る見るうちに回転する拳が迫り来る、そして。
「〝
遠慮なしの渾身の一撃が、エネルのどてっぱらに食らいついたのだった。