ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
血反吐を吐き、甲板の上に倒れるエネル。
その姿を目にし、ハラハラと息をのんでいたナミは、ようやく喜びに目を輝かせ始めた。
「………やった…………!!! …でも舟が……!!!」
「……止まらんな」
恐怖の時間は終わったのか、と安堵しかけるも、船の機械は黒雲を吐き出し続けている。
あの危険な雷雲をどうしたらいいものか、と空を見上げ、エインシェンととともに考え込んでいた時だった。
「………!!! バカめ…………‼︎ これ…これしき…………」
地に伏したはずの男が、相変わらずの見下した響きを声に混ぜながら、よろよろと体を起こしていく。
相当な傷を負っているはずだが、それを押し殺して立ち上がろうとする師のプライドの高さに、思わずエインシェンが舌打ちをこぼす。
「貴様さえいなくなれば…私の天下なのだ」
「往生際の悪い…!!!」
「再び……‼︎ 誰もが私に怯え…崇め‼︎ 奉る……!!! …私の…世界…貴様などが…この私に敵うものか!!! 不可能などありはしない、私は全能なる神である!!!!」
笑みを浮かべたまま、殺意を増したエネルの目がぎろりとルフィたちに向けられる。
その鋭さに、ナミが思わず背筋を震わせる。
「……見てろゴム人間……亡霊………堕つ島の絶望…………もう誰にも止められん………っ!!!」
「やめろ!!!!」
いまだ、空島を滅ぼす意思を絶やしていない事を悟り、ルフィが再びエネルに向かって駆けだす。
今度こそ仕留めてやる、そう意気込む彼だったが、そこにエインシェンがハッと目を見開き、叫んだ。
「いかん!!! 退け〝麦わら〟!!!」
「〝雷治金〟!!!」
彼女が叫んだその直後、黄金の船の壁に触れたエネルが、溶かしたそれを引きずり出す。
ひねり出された黄金はルフィの腕に巻き付き、そのまま巨大な球体となってがっちりと固まってしまった。
「あ…熱ィ〜〜〜〜っ!!!」
「ルフィ!!!」
「〝麦わら〟!!!」
雷によって精錬された黄金の塊、それが放つ熱に苦しめられ、ルフィが目を向いて悲鳴を上げる。
失態に気付き、声を上げたエインシェンも思わず顔色を変える。
「何を…あァっ‼︎ ………!!! 抜けねェ!!! 抜け……………!!! え、え!!?」
「……ハァ…青海のゴム人間…何も無理に私がお前と…勝負する必要などないのだ…」
「外せェ!!! この野郎!!!」
「またお前に手を出して…噛みつかれてはかなわんからな」
ガン、ガンと球体を殴りつけ、外そうと試みるルフィだが、やみくもに殴っただけでは傷ひとつつけられない。
エネルはその様を見て調子を取り戻したのか、満足げに厭らしい笑みを浮かべてみせていた。
「このまま別れようじゃあないか。この金塊は……貴様の善戦を称え…………くれてやる………!!!」
おもむろに近付いたエネルが、ルフィの腕を拘束する球体を軽く蹴る。
すると球体はごろごろと転がり始め、船の傾きによって加速し、ルフィの腕を一緒に引っ張っていく。
黄金の重量に、ルフィもたまらず引きずられていった。
「うわっ……!!! わ‼︎ わわわァ!!!」
「くっ…‼︎」
「貴様さえ封じてしまえば……また元通り…私の天下だ!!! 私に敵う者などこの世にいなくなる!!!」
球体はそのまま船から落下し、ルフィが危うく船のへりを掴んで止まるも、彼はそれ以上動けなくなってしまう。
それを見下ろし、エネルが可笑しげにつぶやいた言葉に、エインシェンが思わず吐き捨てるように吠える。
「この世にだと…!!? ……そんなもん‼︎ いくらでもおるわ…!!!」
「下の海には……もっと怪物みてェな奴らがうじゃうじゃいるんだ!!!!」
ルフィもまた、自身の知見の狭さを知らずにいる男に怒りの声を上げる。
エネルはその反論に、鬱陶しそうに顔を歪める。自身が至高の存在であることを否定された彼は、苛立った様子でルフィの元に近づいていく。
船の縁にしがみつくルフィの指を踏みつけ、エネルは残虐な笑みを浮かべた。
「お前なんか」
「口の減らん小僧だ…堕ちろ、空島と共に…‼︎」
とんっ、とエネルの足が、ルフィの指を蹴り飛ばす。
指が離れ、黄金の重量によって、ルフィの身体はたまらず船の真下に落下していく。落ちていく彼の顔が、悔しさでくしゃくしゃに歪められる。
「お前なんか……!!!」
「やだ…ルフィ――っ!!!」
真っ逆さまに陸地に落下していくルフィの姿を目の当たりにし、ナミが絶望した表情で悲鳴を上げる。
身を乗り出した彼女だったが、不意に後ろに押しやられ、代わりに飛び出していく天使の姿を目にする。
「どいてろ小娘‼︎ 私がいく!!!」
「エレノアっ…‼︎」
「最早、奴以外に小童は倒せん!!!」
バサッ、と血塗れで黒焦げの翼を無理矢理羽搏かせ、エインシェンがルフィにもとに一直線に飛ぶ。
見る見るうちに距離を詰めていくと、エインシェンの視界に、こちらに近づいてくる一つの影が映った。
「ルフィだ!!! 鳥馬ちゃん、ルフィが落ちてくる!!!」
「ピエ〜〜ッ!!!」
「お前達……!!! ダメだ‼ 逃げろ!!!」
馬の姿に変わったピエールと、その背中に乗ったアイサが、ルフィを助けようと向かってきている。
ルフィに手を伸ばしていたエインシェンは顔色を変え、アイサたちに思いきり叫び、危険を知らせる。だが、それはあまりに遅すぎた。
「畜生ォ〜っ!!! 勝負しろォ〜〜〜っ!!!」
「〝麦わら〟!!!」
「ルフィ、今助ける!!!」
「忌々しい‼︎ 全て無駄な事……!!!」
「エレノア!!! アイサ!!! ピエール!!! 危ない!!! 避けて!!!」
「エネル〜!!!!」
ルフィの悔しげな声、ナミの悲痛な声、そして、エネルの悪意に満ちた声。
あらゆる音をかき消すように、エネルの放った雷が、天空から青年達の頭上に降り注いだ。
「〝神の裁き〟!!!」
その閃光の中で、無数の羽根を散らせて堕ちていく天使の姿が、ナミの視界に映った。
遺跡の中、ゾロたちが倒れていた場所からそう遠くない位置にて、ガラガラと瓦礫が崩れる音がする。
崩落したその中で、アイサがピエールに縋りついてしゃくりあげる声を上げていた。
「…………鳥馬ちゃん………‼︎ ごめんね、あたいをかばって…!!!」
「ピエ~……」
弱々しい声で哭くピエールが、すぐ近くの瓦礫の上を見やる。
放射状に陥没したその中心では、より一層の火傷を負ったエインシェンが横たわり、沈黙している。
アイサ達の分の雷撃も受け止めた彼女は、死人とほぼ等しい状態だった。
「真祖様まで…!!! どうすりゃいいんだい…!!?」
「アイサ――!!! アイサ〜〜っ!!!」
「え…ルフィ?」
もう、あの男を倒すことはできないのか、と嘆くアイサの耳に、唯一の対抗策を持った青年の声が届く。
まさか、と期待を込めて振り向いた彼女の目に映ったのは、何故か頭から遺跡に突っ込み、もがいているルフィの姿だった。
「助けてくれーっ!!!」
「どんな落ち方したんだよ――っ!!!」
奇跡的な、滑稽な姿になっているルフィに、アイサが怒鳴りながらも手を貸す。
どうにか頭を引き抜いたルフィは、力尽くで頭上に黄金の球体を持ち上げる。これでどうにか、歩き回ることはできそうだ。
「くっそ〜!!! 取れねェなこの金玉!!!」
「金玉ゆうな!!!」
女子に対して、思慮の欠片もないルフィの物言いにまた怒鳴るアイサ。
ルフィはそれに答える事はなく、倒れたエインシェンを見やってから、天空を怒りの形相で睨みつける。
「エレノアはもう動けそうにねェな……とにかくさっきのロビンのいたツルの所に戻ろう‼︎ エネルの勝手にはさせねェ!!!」
「わかった」
「これくらいでおれを止められると思うなよ!!! 舟を追うぞ‼︎ 行き先はわかってんだ!!!!」
ふんっ、と鼻息荒く吠えると、ルフィは遺跡の上を乗り越えて、船の見える方へと駆け出していく。
アイサはそれを呆然と見ながら、慌ててエインシェンの襟を掴み、あとを追いかけていった。
ゴロゴロと唸りを上げる雷雲、その真下の、巨大豆蔓の根元の近く。
負傷した仲間達を運び終えたロビンが、空に浮かぶ黄金の船の姿を目に捉え、悔し気に顔を歪めていた。
(やっぱり舟は…大鐘楼へ……‼︎ 航海士さんや彼らはどうしたかしら…まさかあの舟に乗ってるという事は…)
「ロビ〜〜ン!!!」
いまだ何の音沙汰もない青年達の事を案じていた彼女は、不意に聞こえてきた声に我に返る。
振り向くと、ロビンの方に突然、三つの人影と鳥影が飛来してくる光景が目に映る。
「うわ―――っ!!!」
「え⁉︎」
「そいつら頼む‼︎」
咄嗟に能力を使い、腕を網のように張って受け止める。
どさどさと飛んできた者達、アイサとピエール、意識を失ったままのエインシェンが地面におりると、ルフィが巨大豆蔓の幹にしがみついて告げた。
「ギャアアア手が生えた〜〜〜〜〜」
「船長さん、その腕の黄金はなあに?」
「ロビン‼︎ この蔓のてっぺんに〝黄金の鐘〟があるんだな!!?」
異様な光景に泣き叫ぶアイサや、ロビンの不思議そうな質問には答えず、ルフィは幹を登ったまま問う。
その圧に、ロビンは思わず圧倒されてしまい、黙り込む。ルフィはそれに焦れたように、さらに確認を重ねた。
「エネルはその鐘を狙ってるんだな!!?」
「それは……〝鐘楼〟があるとすれば……そこしかないわ。……だけどもう……」
「よし‼︎」
ロビンがうなずくや否や、ルフィはさっさと豆蔓を登って上へ行ってしまう。
片腕に想い枷をつけているというのに、彼はあっという間に蔓を登り、姿が見えなくなってしまう。
唖然としていたロビンは、少しして同じく立ち尽くしていたアイサの前にしゃがみ込んだ。
「ねえあなた…航海士さんはどこ? オレンジの髪のコ…」
「え? ナミ? ナミならあの舟に……………あれ⁉︎ 空から…〝声〟が1つしか聞こえない」
アイサはエネルの船の方に目をやるが、彼女の心綱ではその気配を感じ取れない。
しかしそのかわりに、彼女達の耳に届いた声があった。
「いた‼︎」
アイサとロビンが振り向くと、そこにはウェイバーに乗って向かってくる波の姿があった。
そしてその近くには、島雲の上に横たわるサンジと、真っ逆さまに突き刺さっているウソップの姿も見つかった。
「うお‼︎ ロビン‼︎」
「アイサ‼︎ よかった‼︎ 無事なのね!!?」
「航海士さんっ‼︎ 長鼻くん、コックさん」
「ナミ‼︎」
「アイサ‼︎ ルフィはどこ⁉︎ 一緒じゃないの⁉︎」
ナミが無事だったことで安堵したのか、感極まって抱きついてくるアイサを受け止め、ナミがすぐに問いかける。
その横で、誰かように顔を引っこ抜いたウソップは、ロビンの近くで寝かされている見知った者達の姿に目を剥いた。
「エレノア‼︎ ゾロ‼︎ チョッパー‼︎ 変なおっさん‼︎ ヒゲのおっさん‼ …げっ‼︎ ゲリラ!!!」
誰も彼もが、身体に火傷を負って深い眠りに落ちている仲間達の姿に言葉を失くす。
特に、他の者よりも遥かに重傷を負っているエインシェンの状態を見て、戦慄でごくりと息を呑んだ。
「ヒドイわ……体が一部炭化してる………!!! もう虫の息だわ…!!!」
「チキショーめ、みんなやられちまって…‼︎ おれ様さえいたなら…」
大口をたたくウソップだが、誰もそこにツッコミを入れる者がいない。
構っていられる状況じゃないから、というのもあったが、他の誰が行っても同じだっただろうという考えもあったようだ。
一人を除いて再集結を果たした彼らに、アイサがその一人の行方を伝える。
「ルフィなら今、ナミを助けに蔓を登ってったよ‼︎ エネルの所に行ったんだよ」
「ええっ⁉︎ しまった、すれ違い!!?」
「たった今よ、止めようとしたんだけど…」
「間の悪ィ奴め…‼︎ もう時間がねェんだぞ!!! すぐに脱出しねェと‼︎」
〝神〟の恐るべき野望を知った今、滅びゆく場所に居続ける理由はない。
黄金だの財宝だのに拘っている暇はない。巻き込まれないうちに、この災害から離れなければと、ウソップは叫ぶ。
ナミは少し悩む素振りを見せてから、ウソップにコクリと頷いた。
「…いいわ、私がすぐウェイバーで追いかける!!! みんなは何とか先にメリー号へ‼︎」
この面子の中で動けるのは自分だけ、と危険な場所に近づく覚悟を決めるナミ。
そして、さっそく出発しようとウェイバーのアクセルを握った時。
〝神〟を名乗る悪魔が、天空の船の上で手を広げ、不気味な笑みを浮かべた。
「さァ…〝宴〟を始めようじゃあないか。〝
直後、空島全体を覆う黒雲から、無数の雷が雨のように降り注ぐ。
放たれたそれらは、空島どころか白海や白々海の全域にある島に降り注ぎ、破壊をもたらしていく。
まさにそれは、神の手によるこの世の終焉のような光景だった。
深い、深い闇の中。
泥の様に手足に絡みついてくるその中で、朧げな意識をどうにか保つエインシェンの脳裏に、あるやり取りが再生されていた。
―――なぜあなたは、私の部下としてついてきてくれるんだ?
それを問うたのは、かつての友。
人のために、命のために、危険な海に航海に乗り出し、そして大きな功績を重ね。
しかし最後には無残な最期を遂げた、もっとも大切に思っていた存在だった。
―――なんだ、藪から棒に。
―――不思議に思ってな。
あなたは私よりもはるかに………それもそこらの怪物よりも強いのに、私などの部下で満足なのかと思ってな。
―――何を今さらな事を……。
はっ、と鼻で笑い、エインシェンは答えた。
ぽかんと呆ける彼に苦笑を向けながら、彼女は続けて言った。
―――強さの優劣などどうでもいいのだ。
私は私の力を捧げるにふさわしい〝王〟としてお前やあいつを見出しただけの事………一族の悲願を果たすためにな。
この力を正しく使ってくれる者………その条件に合っていたからだ。
そう言ってから、また彼女は笑う。
口にして初めて気づく。自分の告げたこの理由が、只の上っ面だけの言葉になっていることに。
自分の本当の想いは、また別のところにあるのだと。
―――……いや、それだけではないかもな。
単に気の合う友達に、手を貸してやりたかっただけ。
深い意味などないよ。
その答えに呆け、しかしやがて満面の笑みを返す友に、エインシェンもまた笑みを返す。
本心を口にし、解放感に浸っていた彼女は、青空に遠い目を向けた。
―――いずれ来たる約束の日……その日までにきっと、私はこの〝記憶〟を繋いでみせる。
かの人との約束を果たしてみせる……!!!
それが私の、願いだ。
そんなやり取りを思い出し、闇の中にいるエインシェンはふっと微笑む。
そして彼女の脳裏には、もう一人の友との出会いの事も蘇っていくのだった。