ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第147話〝神殺し〟

「……なんかやったみてェだ。えらい騒ぎだぞ」

「提督〜〜…本当にあの人は…」

「神を殺したってよ、どういう事だ…⁉︎」

「騒ぐな童共…」

「けど副官!!!」

 

 どよどよと、森の向こう側から聞こえてくる悲鳴や怒号を耳にし、不安に苛まれるノーランドの部下達。

 エインシェンは平然としたまま、仕方がないとでもいうように肩をすくめる。何かが起こっているのはわかりきっていたが、一切の狼狽を見せなかった。

 

「何れにせよ、私にしてみれば接触の必要があったのだ………必要とあらば、救う必要もな…」

 

 フードの下でフッと笑みを浮かべたエインシェンは、不意に森の奥へと駆け出す。唖然となる部下達を置き、声が聞こえてくる方へと飛び込んだ。

 

 

 

 カラン、と放り出された刃物が金属音を響かせる。

 ノーランドと一進一退の激しい攻防を繰り広げていたカルガラが、うずくまっていた生け贄の娘に投げつけたのだ。

 

「さァ、そのナイフで命を断て。村を救う為の生贄が命を惜しみ涙を流すなど、恥を知れ!!!!」

 

 カルガラの厳しい声に、娘は大きく目を見開くも、やがて意を決するように目を閉じ、刃物を掴む。

 そのまま自分の喉元に突き立てようとする姿に、ノーランドは血相を変えて駆け寄った。

 

「バカな事…やめないか!!!!」

「…………あゥ!!!」

 

 バシッ、と娘を払いのけ、刃物を手放させると、娘は悔しげな声をあげて倒れこむ。

 その隙をカルガラは見逃さない。背を向けたノーランドを貫こうと、笑みとともに槍を突き出した。

 

「まァ………そう荒ぶるな、戦士よ」

 

 しかし鋭く突き出された刃は、突如現れた何者かに激しい火花を散らして受け止められる。

 カルガラは目を見開き、黒く染まった足を上げて自身の突きを止めた、顔を隠した謎の女を睨みつける。

 

「何だ…⁉︎ 貴様も邪魔をするのか…‼︎」

「生憎、この男を殺されるわけにはいかなくてな」

 

 威嚇するような低い声を発するカルガラだが、その背中には嫌な汗が噴き出して止まらなくなっていた。

 姿形、声はただの人間の女なのに、漂う気配は只者ではないことを示している。得体の知れない覇気を前に、カルガラの本能が警鐘を鳴らしていた。

 だが、彼もただ慄くばかりではなかった。

 

「て…提督――っ!!!」

「………お前達」

「この島では数百年間、侵入者を許さんという戒律が堅く守られている。我々シャンドラの戦士を甘くみるな」

 

 周りの森の奥から姿を見せた、部下達に刃を突きつける戦士達。

 失態に顔をしかめるノーランドやエインシェンに、カルガラは依然険しい表情のまま続けて告げる。

 

「加えて〝神殺し〟の大罪!!! お前達2人死んだくらいでは贖えん!!! 貴様等100人の命をもって償って貰うぞ!!!」

「……何かと言えば〝命〟〝生け贄〟〝血〟…それで神が喜ぶのか」

 

 ノーランドはエインシェンに庇われる立ち位置のまま、カルガラに、戦士達に、村人達に鋭い目を返す。

 

「この儀式は我々に対する侮辱だ!!!」

「ノーランド…」

「過去の偉人達の功績を無下にする様なこの儀式を私は許さん!!! 人々の幸せを望み……海へ乗り出した探検家や研究者達へのこれは、侮辱だ!!!!」

 

 島と島の交流が断たれる〝偉大なる航路〟においては仕方ないことかも知れない。知らないことが罪でないこともわかっている。

 それでも彼の有する矜持が、間違った解決法を行い続けようとする島の住人達に対し怒りを燃やす。知恵者の一人として、この状況を許すわけにはいかなかった。

 

「人の命を望むとされるお前達の神にとっても‼︎ これは侮りではないのか!!!」

 

 カルガラはただ、そう叫ぶノーランドを睨み続ける。侵入者の戯言と切り捨てているのか、その気迫が緩むことはない。

 構うことなく、ノーランドは村人全員に聞こえるように再び吠えた。

 

「私に…時間をくれ。お前達の村の〝悪霊〟……‼︎ 私が祓ってみせる。それができなければお前達のやりたい様にやるがいい」

「何ィ!!?」

「バカな事を!!!」

「貴様、神にでもなったつもりか!!!」

 

 大言を口にするノーランドに、村人達は総じて激しい怒りをあらわにする。

 人にどうにもできないからこそ、神にすがろうとした結果がこの状況。その原因である男の妄言を受け入れることはできなかった。

 

「バカバカしい……お前は今、ここで死ぬんだ!!! 逃げ出すに決まっている!!!」

「ふざけたことを抜かしているのはどちらだ!!?」

 

 カルガラもまた、不信のあまりノーランドとエインシェンに向かって強く吠える。

 しかしそれ以上の強さで、エインシェンがカルガラに、そしてすべての戦士と村人たちに怒りの声を聞かせた。

 

「鐘楼を託せし子供達よ………神だ生け贄だと失う事ばかりを吠えたて、恥を晒し続け己が御魂を穢すつもりか‼︎ 犠牲を強いる者が……自ずから救いの手を差し伸べぬ者が‼︎ 神であってたまるか!!!」

 

 フードの下から覗く、凄まじい迫力を放つ眼差しに、カルガラは思わず息を呑む。

 彼女の背後に立つノーランドでさえ、その気迫に言葉を失くしていた。

 

「人が生きるこの世に神などいない―――神とはすがるものではない。己が生き様を違えぬ為の導だ。忘れるな…‼︎」

 

 ぶちぶちっ!と勢いよくフードが外され、脱ぎ捨てられたそれが宙を舞う。

 その下から露わになった、翼を背中から生やした白い獅子―――天族の全貌に、村人達全員が怒りを忘れて立ち尽くした。

 

「…真祖様…!!?」

「真祖様だ……!!!

「生きて……まだ生き残っておられたのか………!!!」

「この姿……見覚えがないとは言わせぬぞ、誇り高きシャンディアの戦士達よ。約束はまだ…果たされておらんゆえにな」

 

 どよめきが広がる中、エインシェンは鋭い視線を向けたまま語りかける。

 全ての人間の敵意が一時的に消えたことを確かめると、エインシェンは背後に立つノーランドを手で示す。

 

「この男は優秀な学者だ…………何より素晴らしき功績をいくつも残した、偉人と呼ぶにふさわしき男だ。私の期待を裏切ることはしないよ」

 

 絶対的な自信を目に宿し、部下達を人質に取る戦士達を説き伏せようとする。

 しかしやはり、彼らから疑いの表情が消える事はない。小さくため息をついたエインシェンは、肩を竦めてから続けて口を開く。

 

「もし……この男が成し遂げられなかった時は、私を代わりの生け贄にするがいい。十分な代替品にはなるだろう」

「副官…!!?」

「何言ってんですか副官!!!」

「村の者の命が懸かっているのだ…………これぐらいのリスクを背負わねば話にならんだろう」

 

 思わず、自身らに突き付けられる刃の事も忘れて声を上げる部下達に、エインシェンは苦笑を浮かべる。

 再び村人達の方に向き直ると、エインシェンは彼らに向かって、深々と頭を下げて懇願を示した。

 

「後生だ」

 

 その姿に、またどよめきが広がる。

 侵入者であり、大罪人であるノーランド達のためにそこまでの事を行うなど信じられないと、村人の誰もが返す言葉を失くしていた。

 

「……何故その男にそこまで」

「なに………惚れ込んだ男に対する信頼だ」

「エインシェン…」

 

 カルガラの問いに、一切臆することなく答えるエインシェンに、ノーランドも思わず唇を噛む。

 キッと表情を変えた彼は、自身を睨みつけるカルガラを見据え、胸を張って声を張り上げた。

 

「――逃げずに私がお前達の村を悲劇から救う事ができたら、こんな儀式を二度と行わんと私に誓え!!!」

 

 その啖呵に、再び村人や戦士達から険しい視線が送られるものの、最初の頃とは異なり怒号が返ってくることはない。

 しばらくの間、雨音だけが大きく響き渡る緊迫した空気が流れるが、やがて村人の中の一人、最年長の酋長が口を開いた。

 

「――――やってみろ…その間、この船員達は捕えておくぞ」

「酋長」

 

 カルガラが口を挟むが、酋長はそれに答えない。

 ホッと安堵した様子で笑みを浮かべるエインシェンを見つめた彼は、老体ながら強い視線でノーランドを見下ろし、告げた。

 

「心苦しいが………真祖様の命の期限は明日夕刻」

「望むところだ」

 

 そうして、島の住民と船員達の命を懸けた、長い一日が始まった。

 

⚓️

 

「おーい、着替え持ってきてくれよ、着替え」

「風邪ひいちまう……ったく」

「イッキシ‼」

 

 村の中心にある大きな広場。

 急遽作られた、丸太を組んで作られた檻の中で、ノーランドの部下達は頭を抱えて天を仰ぐ。

 誰一人逃げないようにと言う処置だった。

 

「あ〜〜…何て事に…」

「明日の夕方、副官は殺されるんだァ」

「バカ言え、提督とあの人を信じろ」

「信じるも何も、もしもこの森に〝コナの木〟がなかったら」

「それもあると信じろ…」

 

 ノーランド達の部下達は皆、やれやれと言った様子で互いに顔を居合わせ、大きなため息をこぼす。

 船長の実力や上官の信頼を疑いたくはないが、人の命を勝手に懸けられては、文句を言いたくなっても仕方がなかった。

 

「いっつも思うんだが、副官はどうも自分勝手すぎるぜ。危ねェ状況にも全く怯まず突撃していくし、ヤベェ奴が相手でも満面の笑顔で暴れるし…」

「それで無傷で帰ってくるんだから何にも言えねェけど、正直見ててハラハラすんだよなァ…」

「こっちの心配も考えて欲しいもんだよ」

 

 普段言いたくてもなかなか言えない不満を口にし、あちこちから苦笑がこぼれる。

 そんな彼らに、離れた位置にある檻の中からぎろりと鋭い視線が突き刺さった。

 

「悪かったな、ワンマンすぎる副官で」

「うげっ‼︎ 聞かれてた!!!」

「気にするな…あとで一人ずつ思いきりしばくだけだ」

「それ一番恐ェヤツ!!!」

 

 低く、吐き捨てるような響きで放たれたその言葉に、部下達は思わず檻の端に後退る。

 彼女が入っている檻の中には、エインシェンの他に生贄にされかけていた娘―――ムースの姿もある。エインシェンはため息をつくと、申し訳なさそうに眉尻を下げ、目を伏せた。

 

「まァ……お前達には本当に悪いと思ってるよ。故郷に家族のいるお前達に傷を負わせたくはないから、ついな……」

「副官……」

 

 数時間前の勇姿からは考えられないしおらしさに、部下達は思わず罪悪感に駆られた様子で黙り込む。

 本気で気にしているのかもしれない、そう思いかけた時、部下の一人である船医がぼそりと言葉を漏らした。

 

「とか言いつつ、ただ単にあんたが暴れたいだけなのでは?」

「うん、まァその通りなんだが」

「「「「「おい!!!!」」」」」

 

 あっさり態度を変え、表情もころっと変えてみせたエインシェンに、部下達全員から鋭いツッコミの声が飛ぶ。

 騙された、と嘆く彼らに、天使はけらけらと心底可笑しげに笑い声をあげていた。

 

「なァお嬢ちゃん、あんたも不憫だな。こんな戒律しばりの村に生まれてよ」

「ウチの国に生まれてりゃ、貴族とでも結婚できようって器量なのによ、なァ!」

「よせ! さっきまで殺されかけてた娘だぞ。もう少しおめェらは…………」

 

 しばらくして手持無沙汰になった部下達は、エインシェンと同じ檻の中にいるムースに話しかける。

 生贄に選ばれるだけあって、確かに見目麗しい容貌をしている。今の内に美女と話しておきたいというスケベ心が芽生えたようだ。

 しかし当のムースは、不思議そうに部下達を見つめ、疑問を口にしだした。

 

「あの方は………?」

「―――あの人は、王国じゃあ名のある探検家でね、『植物学者』でもある………」

 

 ムースの問いに、部下の一人が思い出したように説明を始める。

 考えてみれば、いきなり現れて命を救うと言い出した見知らぬ男に、怪しさや疑問を抱かない道理はないだろう。

 部下達はどこか誇らしげに、自分達が船長と仰ぐ男について語った。

 

「世界中の……未知の島々に踏み込んで新種の植物を発見しては研究してるんだ。探検家の中でも偉業を成し遂げた植物学者は多い。国の発展にも欠かせない重役だ」

 

 話し始めると、部下達の表情に苦笑が浮かび始める。

 何事か、と首を傾げるムースをよそに、部下達全員がくつくつと笑い声を漏らし始めていた。

 

「――ただお人好しがすぎて…」

「こういうのはほっとけない人で…………」

「信頼はしてるがね」

 

 道中に起きた様々な騒動を思い出しているのか、部下達は皆呆れた様子を見せる。だが、誰一人としてノーランドを恨んでいる様子を見せない。

 心労や疲労を帳消しにするほどの信頼が、彼らの間には感じられた。

 

「いざって時にゃ…何とかしてくれる………」

「副官も妙な人に惚れ込んだもんだよ……」

「やかましい」

 

 部下達全員に呆れた目で見られ。エインシェンは憎まれ口を返すも、彼女自身も笑みを消さない。

 檻の中にありながら、そして一日経たぬうちに死が迫っているというのに、怯えを一切見せない天使は、森の奥を見やって鼻を鳴らした。

 

「種族としてどうしようもない性分なんだ………せめて笑って見逃してくれ」

 

 そう言って、エインシェンは後頭部で腕を組み、檻に凭れ掛かる。

 ぽたっ、ぽたっと顔にかかってくる水滴に知らぬふりをしながら、やがてエインシェンは大きな寝息をたて始めるのだった。

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