ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第148話〝悪霊祓い〟

「酋長…なぜあのままカルガラにやらせなかったんです‼︎ この島に侵入した時点で、奴らはこの地の戒律を犯しているんですよ⁉︎」

 

 部族の家屋、その中でも最も大きな、長が住む家にて叫び声が響く。

 無言で腰を下ろす酋長に対し、戦士たちは口々に不安と不満を口にし、険しい視線を向ける。

 

「カシ神を殺したんだ、あの男は!!!!」

「このままではきっと災害をよんでしまう!!!」

「真祖様も真祖様だ!!! 何故あの男にあそこまで命を懸けられる…!!?」

 

 今なお苦しみ続ける、呪いに襲われている村人や戦士達。

 その姿を考えるだけで、侵入者の戯れ言を信じて悠長に待っていられない。今にも飛び出し、彼らの首を掻き切ってしまいたかった。

 

「明日になれば答えが出る。村を救ってくれようというのだ…待っても損はあるまい…」

「悠長な事を…!!! 人間に何ができる!!! 村は悪霊に取り憑かれているんだ!!!」

「神と会話できた神官の遺言を無視して…おれ達が無事でいられると思うのですか!!?」

「カルガラ‼︎ あんたも何とか言ってくれ!!!」

 

 何故か、本気で侵入者たちの戯れ言を信じようとしている酋長に見切りをつけ、戦士達は自分達が最も尊敬する最強の男に視線を移す。

 同じく、険しい表情で座り込んでいた彼は、やがて無言で立ち上がり出口に向かった。

 

「……少しでも村の危機を感じたら…おれはすぐにでもあの男の首を取りに行くハラだ。明日の夕刻を迎えなくてもな」

「………好きにせい…神官のジジイも死に…私には神の声を聞く力もない」

 

 無力な自分を嘆いているのか、どこか覇気の薄い酋長の言葉に、カルガラはますます顔をしかめさせる。

 そんな彼の背中に、酋長は語りかけた。

 

「………ただな…懸命な人の言葉くらい…私にも聞こえる。それだけだ」

 

 カルガラはその言葉に応えることなく、さっさとその場を後にしてしまう。

 しばらくの間、居心地の悪い奇妙な緊張感が漂うが、それを遮るように一人の男が立ち上がった。

 

「…おれも戻る」

「クロウリー…お前の考えはどうなんだ‼︎」

「よせ!!!」

 

 我関せず、と言った様子でその場を去ろうとする彼に、仲間が声を荒げるが、別の仲間がそれを止める。

 彼らに背を向けたまま、彼―――クロウリーは、小さな声で呟いた。

 

「………おれの妻が救えるなら…神であろうと余所者であろうと………悪魔にだってすがってみせる」

 

 ぎろり、とクロウリーの鋭い目が、咎めるような目を向ける仲間達に向けられ、ハッと息を呑ませる。

 カルガラに負けずとも劣らない威圧感に、誰もがびくりと肩を震わせる。

 

「真祖様に………あの男に…本当にその力があるのならな」

 

 途端に、声を荒げかけた仲間は気まずそうに目を逸らし、クロウリーはその間にさっさと酋長の家を後にしてしまう。

 しんと静かになった屋内で、仲間達は深いため息をこぼし、目を伏せた。

 

「……そうだった…あいつの妻も危険な状態だったな………」

「元があまり強くない体だ………不安は一層強いだろうよ」

 

 遠くなっていく戦士の足音を聞きながら、仲間達は迂闊な自分の発言を悔やむように、重い表情になっていった。

 

 

 

 村の中を少し歩き、クロウリーは自分の家に入る。中には一人の女性が横になり、青白い顔で荒い呼吸を繰り返している。

 クロウリーは彼女の、自分の妻エルマの傍に腰を下ろし、熱い頬を優しく撫でた。

 

「……クロウリー」

「喋るな…寝ておけ」

 

 夫の帰りに、思わず体を起こそうとするエルマだが、クロウリーはすぐにそれを止める。

 仲間にも見せないクロウリーの微笑みを見つめた彼女は、夫の顔色がいつにもましてひどいことに気付き、悲し気に唇を噛み締める。

 

「ですが……随分やつれておいでです。ずっと私の看病を続けて…………もし、あなたまで倒れられたら…村の守りが…」

「いいんだ…構うな」

 

 エルマは自分の頬に触れるクロウリーの手を掴み、縋るように胸元に持っていく。

 クロウリーはその手を握り返し、愛おしげに彼女の髪を撫でつけてやった。

 

「案ずるな………たとえ何を犠牲にしようとも、お前は必ず救ってみせる…」

「クロウリー……」

 

 表情も声も優しいが、夫の目にはその言葉が本心であることを示す、危険な輝きが覗いて見えていた。

 エルマはそれを止められない事を察し、悲しげに目を伏せる他になかったのだった。

 

 

 

 その異変は、明くる日の朝に突如やってきた。

 寝ぼけ眼で見張りをする戦士と、檻の中で眠りこけるノーランドの部下達。

 そんな彼らを、いきなり大きな揺れが襲ったのだ。

 

「来た…やっぱり来た‼︎」

「地震だ!!?」

 

 グラグラと足元が不安定になり、バキバキとどこか遠くから大地が裂ける音が聞こえてくる。

 家屋もいくつか倒壊し、怪我人が何人も出てくる惨状の中、人々はみな一斉にパニックに陥った。

 

「き…きた、神の怒りだー!!!」

「カシ神様の祟りだー!!!」

「じ…地震!!?」

「ギャ――」

「ちょっと‼︎ 出してくれここ‼︎」

「騒ぐな‼︎ 大人しくしてろ!!!」

 

 檻の中から出る事の叶わない部下達が、今この時だけでも出してもらおうと声を上げるも、戦士達はそれを端から拒否する。

 この状況でただ一人平静を保っていたのは、エインシェンただ一人であった。

 

「提督は無事だろうか…」

「提督〜〜〜‼︎」

 

 不安げに空を見上げ、この島のどこかにいるであろうノーランドの事を案じる部下達。

 そのうち揺れも収まり、少しの余韻を残し、島は数分前までの静けさを取り戻していく。そうしてようやく、人々も落ち着きを取り戻していった。

 

「カルガラが森へ向かった。神殺しの男さえ殺してくれれば、ひとまず神の怒りもおさまるだろう…」

「お前達がこの村に来なきゃこんな事には…」

「さっきの地震の被害だけでも笑い事じゃ済まないんだぞ!!!」

「儀式を邪魔されなきゃ、今頃みんな…………!!!」

「待ておい、早まるでない!!!」

 

 落ち着いたら今度は、この厄災をもたらした余所者たちに対する怒りが込み上げてきたらしい。

 武器を手に、鬼のような形相で向かってくる戦士達に、別の檻の中からエインシェンが慌てて制止の声をかける。

 

「お前らこそが悪霊だ!!! 今ここで殺してやる!!!」

「お!!! おい待て約束が違う!!!」

「やめ…やめてくれ」

「待て待て、よせ、危ねー!!!」

 

 真祖と畏れ敬う女からの制止も聞かず、島の戦士達は槍を手に勢い良く突っ込んでくる。

 だが、その殺戮は防がれた。

 ノーランドの部下達の入る檻の前に、一人の青年がドカッと座り込んだからだ。

 

「小僧…」

「セト!!! そこをどけ!!! おれの妻は昨晩、こいつらのせいで…!!!」

「……おれの憧れるシャンドラの戦士達は、もっと誇り高いはずだ!!!」

 

 青年・セトはそう言って、槍の穂先を突き付ける戦士達に凄む。

〝悪霊の呪い〟に侵され、死にかけた彼は、ノーランド達によって一命を取り留めた。それ故に、約束を果たせぬまま一方的に命を奪うことを良しとは思えなかったのだ。

 そんな青年の勇気に笑みを浮かべたエインシェンは、次いで虚空を見上げて顔をしかめた。

 

「………ちと、遅いか」

 

 

 

 時はさらに過ぎ、昨日儀式が行われたのと同じ頃に……つまり、生贄を生かすタイムリミットを迎えてしまった。

 再び振り始めた豪雨の中、最後の希望を背負ったノーランドの姿は、まだ見えていない。

 

「儀式の準備を………!!! 真祖様を…祭壇へ!!!」

 

 酋長の言葉に応じ、エインシェンが檻の中で立ち上がる。

 悔し気に唇を噛む戦士達に促されるまま、天使は苦笑を浮かべて祭壇の方へと向かう。

 

「申し訳ありません…申し訳……!!!」

「お許し下さい……お許し下さい……!!!」

「気にするな、シャンドラの子らよ。これは私が言い出した事だ………お前達が気に病む事ではない」

 

 神のように崇める存在を、自分達の延命のために贄にすることが相当に悔しいのか、ギリギリと歯を食い縛る姿はひどく痛々しい。

 しかし、それ以上に悔し気に顔を歪める、ノーランド達の姿があった。

 

「おい‼︎ なァ、も…もうちょっと待ってくれよ!!!」

「提督は帰って来るんだからよ‼︎」

「あと…2時間‼︎ いや1時間‼︎頼むよ‼︎」

「おい小僧‼︎ 何とかしてくれよ‼︎ 止めてくれ‼︎」

「副官を殺さないでくれ〜〜〜!!!」

 

 これまで苦楽を共にしてきた、危険なことに巻き込みもしたが、窮地を救ってくれた大切な仲間が、無意味に殺されようとしている。

 そんな暴挙を許せるはずもなく、探検隊の全員が涙を流して叫んでいた。

 

「ちょっと待て…‼︎」

 

 そんな中、泣き叫ぶ探検隊の中で、船医がひときわ大きな声を上げる。

 訝しげに振り向く戦士達に、彼は堂々と胸を張って吠えてみせた。

 

「生贄にするなら、おれもくわえろ!!! 多いに越したことはないだろう…⁉︎」

 

 船医の宣言に、仲間達はおろか戦士達も目を見開く。

 つまらぬ時間稼ぎかと思えば、檻の中から戦士達に向けられる視線は真剣そのもので、決して嘘や虚勢などではない事を示していた。

 

「何だと…⁉︎ 正気か!!!」

「せっかく真祖様に救われた命を無駄にする気か!!?」

「おれだってバカな事言ってるとは思うさ…けどな……」

 

 きつく歯を食い縛る彼の肩は、小刻みに震えている。勇ましい言葉を口にしても、隠しきれない恐怖がそれに表れている。

 しかし、それを抑え込むほどの誠実な心が、彼に命を懸けさせていた。

 

「仲間を見捨てて生き延びて、どうやって胸がはれるんだよ!!!」

 

 ノーランドやエインシェンとは比べ物にならない、只の非力な人間でしかないはずの船医。そんな彼が見せる気迫に、戦士達は思わずごくりと息を呑む。

 するとその行為は、彼の仲間の気持ちにも影響を及ぼしたようだ。次々に、船医に付き従うように、探検隊の全員が立ち上がり始めたのだ。

 

「だ……だったらおれも死んでやるよチクショウめ‼︎」

「おれもだ!!!」

「おれも!!!」

 

 続々と顔を上げ、檻の外に手を伸ばして連衡を促す探検隊の面々。

 鬼気迫る彼らの姿に気圧され、戦士達はつい戸惑いの表情を浮かべ、傍らに立つ酋長に視線を向ける。

 

「酋長…」

「…望むようにしてやれ。生け贄達を残らず祭壇へ」

 

 呆れたような、しかし何処か感嘆した様子の酋長に従い、戦士達は他の侵入者たちも檻から出し、縄で縛って祭壇の方へと連れていく。

 大人しく引きずられながら、探検隊の面々は口々に、ノーランドへの不満をぶちまけ始めた。

 

「提督のバカヤロ〜〜〜!!!」

「本当に死んだら化けて出てやるからな〜〜!!!」

 

 涙を流し、恐怖で全身をがたがた振るわせ、それでも逃げる素振りを見せない部下達に、エインシェンは心底呆れた様子でため息をついた。

 

「……お前達は大バカ者だ」

「腰抜けとして生き続けるくらいなら‼︎ 最後くらいカッコつけてもいいでしょうが!!!」

「提督〜〜!!!」

 

 吠えなきゃやってられるか、最後の最後に見苦しく喚いてやる、と言わんばかりに思いのたけをぶちまける彼ら。

 エインシェンはふっと微笑むと、森の奥に自身の耳を向け、そっと目を閉じた。

 

 ―――…答えを言え……。

    おれは今……何を殺した…。

 

 聞こえてくるのは、ノーランドと村の大戦士カルガラの会話の声。

 そして感じ取れるのは、先日ノーランドが斬り殺した大蛇、それより一回り小さい大蛇の、薄れていく命の気配だ。

 

 ―――ヘビだ。

 ―――違う‼︎

    おれは今、戒律を破り〝神〟を殺したんだ…。

    しかしお前は…それを〝ヘビ〟だという。

    戦士や村人を殺す〝呪い〟を〝治る病〟だという…‼︎

 

 倒れ込んだ大蛇の上で、カルガラは激しい戸惑いを抱いていた。

 自身が槍を突き立てた、神と崇める存在。そうしてしまったことをひどく恐れながら、同時にノーランドが口にする希望に、強い期待を抱いていた。

 

 ―――本当にお前は…おれの大切な村を救ってくれるのか!!?

    村は………!!!

    救えるのか!!?

 ―――救える!!!!

 

 そこまで聞き届け、エインシェンは意識を引き戻す。

 肩の荷が下りたような気分で、エインシェンは部下達と戦士達全員に聞こえるように、優しい声で語りかけた。

 

「案ずるな……もうじきに、帰って来るよ」

 

 轟音を響かせて雨を降らせた雲は、やがて静かに遠くへ去っていった。

 それはまるで、島に住まう部族と余所者の探検隊の中にあった隔たりが消え去っていく、その様を示していたようにも見えた。

 

⚓️

 

「チュラ、チュラララ」

 

 とある日の朝。

 木陰から姿を現した小さな水色の蛇に、探検隊の面々は絶叫をあげて逃げ惑っていた。

 

「ヘビだ〜〜〜〜〜っ!!!」

「マムシだぞ!!!」

「噛まれるな!!! しっ‼︎ しっ‼︎ あっち行け!!!」

「こいつは………」

 

 好奇心が旺盛なのか、人を全く恐れずに近付いてくる毒蛇の仔。

 棒を振り回し、距離を保ち、必死に逃げる部下達をよそに、ノーランドは戸惑いの表情を浮かべ、小さな毒蛇を見下ろしていた。

 

「おいカルガラ…」

「驚いた…――となると孫もいたのか…あのヘビの…」

 

 ノーランドの隣で毒蛇の仔を見下ろしていたカルガラも、興味深げにつぶやく。

 その口ぶりを聞いたノーランドは、やがてぷっと噴き出し、カルガラも一緒になって大笑いを始めていた。

 

「…はっはっはっはっはっは‼︎ ヘビか…‼︎」

「くくっ、ワッハッハッハッハッハッハ‼︎」

「…何だかわかんねェ、あの2人は…」

 

 和気藹々と語り合い、笑いあう二人に、ノーランドの部下達も村の戦士達も皆、呆然とした様子でその背中を見送る。

 立った数日、その間に起こった男達の変化に、ついて行けていないようだ。

 

「10日前は祭壇で殺し合いをしてたってのに…‼︎」

「今じゃあんなに仲良しだ」

「カルガラはずっと提督の看病してたしな」

「にはははははは!!!」

 

 変われば変わるものだ、と呆れた様子を見せる部下達に、エインシェンが二人にも負けない大きさの声で笑う。

 

「それぞれゆずれぬ信念を持った者同士…通じ合うものがあったんだろうさ。あれは私にもマネできん……にははは」

 

 いまいちわからない、と言った様子で肩を竦める部下達をよそに、エインシェンは毒蛇の前にしゃがみ込む。

 すりすりとすり寄ってくる小さな頭を撫で、天使は自分も二人の輪に加わろうと、速足でその後を追いかけていった。

 

「それでこそ、私が〝王〟の候補に選んだだけあるよ」

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