ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「我々に見せたいものとは一体何だ、カルガラ」
カルガラ達とノーランド達の和解が成ってから、数日。
カルガラの案内のもと、密林を歩く探検隊の先頭で、ノーランドが訝し気に問いかける。
理由も聞かされぬまま、もうずいぶんと歩いてきていた。
「ついてくればわかる…おいお前達、そっちは崖だぞ。ここから下りるんだ…」
「下りる⁉︎」
密林の中を下りるとはどういうことか、と肩眉を上げるノーランド。
その問いに答えるように、その入り口は姿を現した。
密林のど真ん中で口を開ける、蛇の顔を模した入り口。喉奥には階段が設けられ、深く穴の奥へと誘う。
ノーランド達は息を呑みながら、階段の奥へと足を踏み入れていく、すると。
一度耳にした、かの美しい鐘の音と共に、信じられない光景を目の当たりにした。
「言葉も出ないか……?」
「私も〝記録〟では知っているが………実物を見るのは初めてだ」
島の一部に開いた巨大な穴の中。
そこは、あらゆるものが黄金でできた都市だった。
神殿らしきピラミッド、高くそびえ立つ柱、そして都市の中心に座す巨大な黄金の鐘楼。眩い輝きを放つ黄金がそこかしこから顔を覗かせ、見る者の心を奪う。
ノーランド達も例外ではなく、誰もが言葉を失くして立ち尽くしていた。
「〝黄金都市シャンドラ〟。おれ達はこの都市の生き残りだ」
「黄金郷………夢を見てる様だ…」
自分の目が信じられないと言った様子で、ノーランドが呟く。
その横を、彼の部下達が満面の笑顔で通り過ぎ、夢のような光景に飛び込んでいった。
「うっひゃー‼︎ 黄金だらけ‼︎ 財宝都市だ〜〜〜〜!!!」
「ヤッホ――‼︎」
「こら‼︎ お前達っ‼︎」
「見苦しいザマをさらすでないわ!」
「いいんだ。鐘楼以外の黄金や財宝なら、船に積めるだけ積んでゆけ!」
「え⁉︎」
「村の者達も承諾済みだ。お前達には礼をしてもし足りない恩がある。一族を鬼病から救ってくれたのだ、これくらい…」
「ひゃ――‼︎ 太っ腹だぜ大戦士〜‼︎」
満面の笑顔でそう答えるカルガラに、調子に乗った探検隊の面々ははしゃぎながら、遺跡の中を駆け回る。
思わず頭を押さえるエインシェンの隣で、ノーランドが問いかけた。
「…しかし、お前達はずっとこの都市を守ってきたのでは…!!!」
「そうだ…〝都市〟を守ってきた。財宝を守ってきたわけではない……!!! 正確に言えば、この石」
カルガラはそう言って、遺跡の中心に座している巨大な黄金の鐘楼のもとに誘う。
その根元に刻まれた、奇妙な文字の羅列に、ノーランドは訝し気に眉をひそめた。
「……? 何だこれは…文字か?」
「〝歴史の本文〟と呼ばれている。おれ達にも読めん。確かな事は、このシャンドラという都市がこの石を守る為に戦い滅びたという事」
「そして……それを託したのが我ら天族の先祖という事だ」
誇らしげに胸を張るカルガラと同じく、エインシェンも不敵な笑みを浮かべる。
三人の前に鎮座する黄金の鐘楼は、まるで何者にも決して穢されぬと示すように雄々しく、美しく存在している。
その堂々とした姿を見上げ、カルガラは続けて語る。
「それ程の〝想い〟をおれ達は守り続けなければならない。先祖が戦い生きた証を守り抜く事は、子孫の務めだ。おれ達は先祖を神のように尊敬している」
勇ましい言葉と横顔に、エインシェンがフッと笑みを見せる。
見下ろしてきた大戦士に、エインシェンは挑発的な表情を向け、じっと力強い視線を向けた。
「これからも頼むぞ……勇敢なる、誇り高き戦士達よ。お前達ならきっと……いずれ来る〝約束の日〟まで戦い続けられる……‼︎」
「ああ!!!」
何が彼らの間で通じ合っているのか、歴史を知らないノーランドには想像もつかない。
しかし、何かとても大事な縁が繋がっているのだということだけは察せられ、言葉を挟めずにいた。
「この鐘の音には…言葉がある」
圧倒されたままのノーランドに、カルガラは続けて語る。
死んで天に迎えられた先祖達の魂が、迷う事なくいつでもこの島に帰って来られる様に。
〝おれ達はここにいる〟と。古代都市の確かな栄華を誇示し、海の果てまで知らしめるのだと。
「―――だから、都市を誇るこの鐘を〝シャンドラの灯〟と呼んでいる」
「…………道理で…堂々とした音が鳴る…」
「そう思うか‼︎」
「ああ」
しばしその姿に見とれるノーランドとエインシェン。
その時、エインシェンの首に巻きつく小さな毒蛇の鳴き声に気付き、ノーランド達の視線が集まった。
「――お前も好きなのか………? この鐘の音が………」
「チュララララ♪」
「……お前もいつか…あんな大蛇になるのかな」
「ワハハハ、100年は先の話だろうな‼︎」
祖父の、そして父親の巨大さを思い出しながら、果てしない未来を想像して笑い声がこぼれる。
カルガラは改めて、島の大恩人である二人に向き直った。
「――おい‼︎ 気の済むまでここにいろよ、ノーランド。もっと旅の話を聞かせてくれ。シャンドラ滅亡から400年…お前達はこの島で始めての客なんだ‼︎ 精一杯もてなしたい」
「それはありがたい。森に入って植物採集もしたいし、〝樹熱〟の処理も最後まで面倒見たいんだ」
カルガラの申し出に、ノーランドはうれしそうに目を輝かせる。
遺跡のあちこちでは、財宝をあさる探検隊の声がまだ聞こえていて、すぐには戻って来そうにないとエインシェンを呆れさせる。
その時、はしゃぐ彼らの姿を見やっていたエインシェンの顔色が、一瞬で変わった。
「それに触るなァ!!!!」
どん!と爆音のような大声と、津波のように強烈な圧が放たれ、はしゃいでいた探検隊に襲い掛かる。
本能的な畏怖で、彼らは一斉に硬直し、目を見開き驚愕をあらわにしながら、元凶たるエインシェンに振り向いた。
「な………何すんですか副官!!!」
「あんたにそんな本気の殺気ぶつけられたら、おれ達ホントに死にますよ!!?」
「…その宝石から手を離せ…‼︎」
恨みがまし気に吠える部下達に応えることなく、エインシェンは険しい表情のまま近付いていく。
彼女が見つめている先にあったのは、部下の一人が手にしている大きな赤い宝石のような何かだった。
「カルガラ………あの赤い宝石は…?」
「ああ…昔奪った積み荷の中にあったんだが………」
ノーランドの問いに、カルガラはなぜか苦虫を噛み潰したような表情で答える。
それを手にした時のことを思い出し、そしてその時の感触が蘇り、カルガラの顔に嫌悪感が大きく表れていた。
「触れた瞬間…恐ろしく嫌な気配を感じてな、たまらずどこかへ投げ飛ばしてしまったものなんだが…………いつの間に紛れ込んでいたんだ……?」
「…たしかに、不気味な気配を感じる……まるで無数の虫が蠢いているようだな」
離れた位置に立つノーランドにも、その宝石の放つ得体の知れない〝何か〟を感じ取れたのか、鳥肌を撫で擦る。
男達の訝しむ視線の先で、エインシェンは部下からその宝石を奪い取り、自分の掌の上に乗せた。
「…それがどうしたんだ、エインシェン」
「………見ておけ」
尋ねたノーランドにそう答えると、エインシェンはピンッと宝石を指で弾き、空中に放り上げる。
何を?と訝しむノーランド達の前で、宝石が落下を始める前に、エインシェンは自身の両拳を黒く染め、凄まじい気迫を伴って大きく振りかぶった。
「まっ、待て!!!」
「〝
止める声が響いた直後、エインシェンの拳が宝石を挟み、とてつもない威力の一撃が両側から叩きつけられる。
それが放った轟音と衝撃波は地面に深く亀裂を刻み、天空にまで及び、頭上にあった雲をも両断してみせた。
「…………空が………割れた………!!!」
ビリビリと震える地面と森と身体、そして頭上に広がっている有り得ないような光景に、その場にいた全員が唖然とした様子で硬直していた。
「真祖様……!!! 都市を傷つけないでくださらんか!!?」
「い……いきなり何を…!!!」
じーんと未だ退かない鼓膜の震動に耳を押さえながら、ノーランドとカルガラが抗議の声を上げる。
そんな二人と部下達の咎める視線の先で、エインシェンは両拳を離し、
「ゲーッ‼︎ き…傷一つ…ついてない……!!?」
「ウソだろ……⁉︎ 本気出せばマジで島を割るぐらいの副官の一撃が!!?」
「こいつはそういうものだ…これの壊し方を私はまだ知らん…」
頭上の光景と、目の前に転がる宝石の有様。
異様な状況を目の当たりにし、目を見開いて立ち尽くすノーランド達の前で、エインシェンは険しい形相で吐き捨てるように告げる。
その表情はまるで、親の仇を見るような憎悪に満ち、近寄りがたい雰囲気を放っている。
「…これに宿る無数の気配、これは非常に良くないものだ。手を出せばその者自身が呪われよう………本物の悪魔が宿っている」
「それほどの代物か……!!!」
真祖と畏れ敬う存在からもたらされた警告に、カルガラは思わずごくりと息を呑む。
しんと静まり返った遺跡の中心で、エインシェンはぎろりと鋭い視線をカルガラに、亡き都市の末裔達に向けた。
「カルガラよ、これは誰の手にも触れぬよう…そして誰の目にも触れぬよう、厳重に保管しておくことだ。かの鬼病をも凌ぐ厄災が訪れようぞ」
「…………ああ…わかった…‼︎」
有無を言わさぬ命に、そして己が目にした光景に、カルガラは冷や汗を流しながら頷く。
その間もエインシェンは宝石を睨み、ぐるる…と低い唸り声を漏らし続けていた。
島での日々は、さらに過ぎる。交流が始まり、約一週間が過ぎた頃のことだ。
焚火を前に夕食を共にしていたカルガラとノーランドは、間に腰を下ろしたエインシェンに不思議そうな視線を向けた。
「王?」
胡坐をかき、ぴくぴくと耳を震わせ、上機嫌に尻尾を揺らしていたエインシェンが口にした単語に、男達が声を合わせて聞き返す。
訝しむ視線を向けられた彼女は、フンッと自慢げに鼻を鳴らし、強く頷く。
「そう…〝王〟だ‼︎ 私の一族には、お前達シャンディアのように〝文明〟を託すほかに、〝王〟を見出すという宿願を抱えているのだ」
「私は以前にもその話を聞いたが………その王とはどういう存在なんだ?」
「うむ、話せば長くなるのだがな……どこから話したものか」
ノーランドの質問に、エインシェンは顎に手を当てて深く考えだす。
杯に注がれた酒をぐびぐびと飲み干し、げふっと豪快なげっぷをこぼしてから、少し赤くなった顔で再び口を開いた。
「我ら天族がその長い生の中で出逢う、己の全てを捧げるにふさわしい存在………己の全てをかけて尽くし、導かねばならぬ唯一無二の存在だ。私がノーランドと共に船に乗っているのは、それを見出す為でもあるのだ」
「う〜む………説明されてもよくわからんな」
「関係性はなんでもいい……夫婦でも、友人でも、義兄弟でも、主従でも…………常に隣に仕え、覇道に付き添う存在であればいいのだ」
エインシェンにそう語られ、ノーランドもカルガラも首を傾げる。
王と言えば、一国に一人が存在し、政治を担い民の繁栄を図る役職の事を想像するが、彼女が言うものはそれとは異なるように思う。
少なくとも、この危険な海でそんな人間が見つかるとは思えなかった。
「なぜそんな相手を探す必要があるんだ? この海に……命を懸けてでも」
「かつて…………我等の〝父〟と交わした約束があるのだ。いずれ来る〝約束の日〟までに、立ち向かえる力をつけるようにと――」
「立ち向かう? 誰にだ?」
興味がそそられたのか、ノーランドはやや食い気味に尋ねる。
長年同じ船で過ごし、苦楽を共にしてきた友人であり仲間である彼女の秘密が知れるのではないか、と気分が乗っているようだ。
ぐびぐびっと杯を飲み干したエインシェンは、やがて小さく笑みを浮かべた。
「そうだな…お前達にも聞いておいてもらおう。そのうち話すつもりだったしな――――遥か昔の話だ…」
そうして、彼女は語り始めた。
自身の一族の起源、数百年にも渡る宿命を如何にして背負うことになったのかを。
そして、その宿命を受け入れる理由となった、ある男の話を―――。
……長い、長い話を語り終え、エインシェンはふぅと一息つく。
ノーランドとカルガラは目を見開き、目の前にいる天使が背負う宿命に、そしてその意志の強さに言葉を失くす。
しばらく黙り込んでいた二人だったが、その内笑い声がこぼれだした。
「………なるほど、それは確かに重要な〝使命〟だ…!!!」
「それが…先祖がおれ達に遺志を託した理由か………!!!」
心底可笑しそうに、くつくつと声を漏らすノーランドとカルガラは、しばらくの間腹を抱えて肩を揺らす。
男達は互いに肩を叩くと、満天の星空を見上げて思わずため息をこぼした。
「それはいつになるのだろうな………途方もなく気の長い話だ」
「きっとおれ達は、その瞬間を見る事はないだろうな………その力を持った始祖様方にしかできん事だ」
巷では伝説とも謂われる、そして島では神の使いとしてあがめられる存在からもたらされた真実に、男達は笑いを止められなくなっていた。
楽しそうに杯を交わし合う二人を見やったエインシェンは、小さく笑みを浮かべると、自身の腹に触れる。
「今度こそ…今度こそうまくいく。きっと………いや必ず…!!!」
自身に再度確かめるように呟き、腹を優しく撫でるエインシェン。
その表情は、ノーランド達にも見せたことがないほど慈愛に富み、同時に悲しみを帯びているように儚く見えた。
―――そしていつか……私自身がその意志を託す側に回るのだ…。
ここに宿る新たな命に………使命を。
男達は、エインシェンのその様子に気付いていないのか、左右でゲラゲラとまた笑い声をあげている。
天使は呆れたため息をこぼしつつ、その騒がしさに安堵の息をこぼすのだった。
―――許せよ、まだ見ぬ我が娘達よ…。
大事な大事な…〝約束〟なんだ………!!!
天が割れるシーンは、シャンクスが白ひげと、カイドウがビッグ・マムとやってみせたあのシーンを想像してください。