ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

151 / 324
第150話〝またいつの日か〟

 その日は、突然やってきた。

 島中の植物の調査を続け、島の外の野菜を紹介したりと、島の人々との交流も続いたある日。

 いつものように、カルガラに会おうとした時の事だった。

 

「やあ、みんな。カルガラはいるか?」

 

 朗らかな笑顔と共に、親友の姿を探すノーランド。

 しかしそれに対して返ってきたのは、島の人々の嫌悪と憎悪に満ちた視線だった。

 

「……おい、どうした。みんな急によそよそしくなって…」

「――元々…他所者だろ、あんた達…………」

 

 険しい表情で目を逸らす彼らに、ノーランドも探検隊の面々も困惑する。

 呆然と立ち尽くすノーランド達に向かって、同じく鋭い目をしたセトが告げる。

 

「カルガラはもう……あんた達に会いたくないって」

「セト!!!」

「…………いつになったら帰るの? …あんた達」

 

 辛辣な一言を発したセトに、他の村人が咎める声を上げる。

 あからさまに険悪な空気を残し、去っていく村人達を見送り、ノーランド達は返す言葉を失くしていた。

 

「………‼︎ 何だか…急に嫌われちまったみたいですね」

「……な…長居しすぎたかな」

「おいおい待てよおめェら、昨日まであんなに気ィよくしといて急にそんな」

「やめろ」

 

 あまりにも急な態度の変化に、一言返そうとした部下を制し、ノーランドは踵を返す。

 ここ最近、顔を合わせていないカルガラと話しておきたかったが、もはやそういう気分ではなかった。

 

「作業を続けよう。…まだ回ってない森がある………」

 

 何が起こっているか分からずとも、今行っている調査を放置するわけにはいかない。

 それは自分の植物学者としての義務であり、それ以上に、一人の友人としての責務であった。

 

「………やはり私は、どうしようもない愚か者だ」

 

 胸の痛みを堪えて、調査に戻っていくノーランドの、どこか小さく見える背中。

 それを見送り、ただ一人エインシェンが、痛々しく顔を歪めていた。

 

 

 

 それからも、村人達との交流は途絶えてしまった。

 一度、ノーランドがせめて最後にとカルガラの元を訪ねたが、返答に矢を射かけられ、冷たい言葉を浴びせかけられるだけだったという。

 

「今日は鐘が…鳴らなかったな…」

「ああ…初めてじゃないか? 提督は?」

「岩場の方に」

「副官…あんた何か知ってるんじゃないのか? この島のことには詳しいんだろう?」

 

 探検隊の面々も、余りの状況の変化についていけず戸惑うばかり。

 その中で船医が、離れた所で膝を抱え、座り込んでいるエインシェンに問いかけに向かう。

 

 それに対しエインシェンは、ウソをついた。

 

「……いや…わからない…私が持っているのはあくまで〝歴史〟だけだ………〝文化〟については知らん」

「そ、そうか…」

 

 どこか投げやりな、突き放すような響きを持った答えに、船医はそれ以上追及できず、引き下がる。

 去っていく男の気配を感じ、エインシェンはぎゅっと、唇を噛み締めていた。

 

 

 

 暗く静かな密林を、エインシェンは一人寂しく歩く。

 木々の合間から覗く星々を見上げ、自身の心を表すような重いため息をつき、ぼんやりと立ち呆ける。

 

「夜分に失礼する…」

「!」

 

 そんな時、密林の間から届いた男の声にハッと我に返る。

 勢い良く振り向き、目を凝らした先にいたのは、端正な顔を義憤で歪めた村人の一人。

 

「クロウリーか……」

「真祖様………少し……いいか?」

 

 鬼病に侵された妻を救われ、一際強くノーランド達に感謝を抱いていた彼。

 彼もまた、他の村人と同じく嫌悪を帯びた目を向けていたが、同時に何故、という疑問の視線も向けている。

 エインシェンはクロウリーの目をじっと見つめると、観念したように肩を落とした。

 

「〝身縒木〟の事だな…」

「やはり…知っておられたか」

 

 ため息交じりに応えたエインシェンに、クロウリーはフッと視線をある方角に向ける。

 その先には、島の民が黄金都市と同じくらいに大事にしていた、特別な場所がある。

 

「この島で死んだ過去数百年の先祖達の魂が、鐘の音に導かれてその身を宿す、白色の木々……」

 

 黄金の鐘が死者の魂を導く灯なら、身縒木は帰ってくるための器。どちらも欠かすことはできない、先祖を神のように崇める彼らにとっての宝。

 しかし今はその場所には、無数の切り株しか残されてはいなかった。

 

「それを、私達が切り倒した」

「戦士達は怒ってすぐに武器を手にしたのだが――おれは妻を…みんなあんた方にたくさんの命を救われているから」

「…………そうだな、怒るのも無理はない」

 

 反論もなく、粛々と怒りを受け入れている様子のエインシェンに、クロウリーはきつく歯を食い縛る。

 知っていて、なぜ止めなかったのか。それを聞かぬうちは、この地を去られては困ると、クロウリーは激しい怒りを抱いていた。

 

「いくら樹木の研究の為とはいえ…真祖様が黙認した事とはいえ…もう村の人達の怒りは収まらん…だからせめて、出航の前に理由だけでもと………」

 

 しかしクロウリーも、ノーランド達と過ごすうち、彼らが決して浅慮な考えの持ち主ではない事を理解している。それ故に、今のような状況を招いたことが、信じられないようだった。

 

「……樹熱というのはな、感染すれば致死率は90%を越える鬼病でな…ノーランドの故郷では10万人も死んだ。近年の研究で、致死率は3%にも満たなくなったがな」

 

 じっと視線を外すことのないクロウリーに、エインシェンはやがて重い口を開き、答えを返す。

 できれば、自分一人が罪を背負い、封印しておきたかった真実を。

 

「…………だが樹熱の本当に恐ろしい所は、植物にも感染するという点だ。これによって変異した病原体は、さらに感染率を上げて他の生物に襲いかかる。人から森へ、森から人へ…そうやって島そのものを滅ぼした例を……私はこの目で見てきた」

 

 ゾクリ、とクロウリーの背筋に震えが走る。

 終わったことだと思われていた鬼病の脅威、それがまだ終わっていなかったのだという事実に。

 そして、彼女が言わんとしている真実を、察したがために。

 

「〝身縒木〟の林は……すでにこれに感染されていた」

 

 クロウリーは目を見開き、絶句する。

 うっすらと予想していた、しかし目の前で口にされた衝撃的な真実を突き付けられ、戦士は呆然と立ち尽くす。

 エインシェンはそんな彼の反応をよそに、淡々と続きを口にした。

 

「見つけた時にはすでに手遅れで、手の施しようがなかった………放置しておけば、前回以上の〝呪い〟がお前達を襲っていただろう。だから切ったんだ」

「何だと………」

「だからノーランドはお前達に吠えた。人が100人死ぬ事態でさえ、樹熱〟にとっては序の口なのだ」

 

 エインシェンはクロウリーに背を向け、その顔を見せようとしない。

 クロウリーが冷静であれば、彼女の握りしめられた拳がぶるぶると震え、血が滴っていることに気付いただろう。

 だが、クロウリーがそれに気づいたのは、この問答の後だった。

 

「なら……ならどうして、それを伝えなかった⁉︎ 教えてくれていれば………‼︎ こんな風に仲違いする事は!!!」

「教えていたら‼︎ 二人とも負い目を抱いていた!!!」

 

 怒りを孕んだ声で吠える、疑問でいっぱいになったクロウリー。

 しかしそれを遮るように放たれた慟哭に、クロウリーの勢いは完全に削がれてしまった。

 

「片方は人命のために……友が神のように尊敬する先祖の帰る場所を奪い!!! もう片方はそれを友にさせてしまった事になる!!! そうなれば…もう以前のように語り合う事はできないじゃないか!!!!」

 

 クロウリーは天使の―――いや、苦悩を抱いたただの一人の女の叫びに、返す言葉を失くす。

 

「……先人の想い、それは私にとっても重いものだ。いつか来る〝約束の日〟まで戦い続けた彼の者達の還る場所を……数多の血に濡れた戦士達の安らげる故郷を…………どうして奪えよう」

 

 そこにいたのは、師を前にしてなお堂々と啖呵を切る女傑でも、強大な力で困難をねじ伏せる戦士でもない。

 胸に突き刺さる、後悔と罪悪感に苦しむ、儚い女しかいなかった。

 

「……私には…壊す事しかできない。壊れてしまった仲を直す事はできないんだ………それが、たまらなく恐かったんだ……!!!」

 

 眉間にしわを寄せ、きつく歯を食い縛るエインシェンは、やがてフッと渇いた笑みを浮かべる。

 自嘲気味な、非力な自分を嘆くような、そんな弱々しい姿で。

 

「結局……私が臆病すぎるせいで全部…壊してしまったがな…」

「真祖様………」

「できるならこの事はカルガラ達には伝えないでくれ……あいつらは優しいから、きっと泣く…」

 

 動くことのできないクロウリーを放置し、エインシェンは歩き出す。

 ノーランド達のもとにも、カルガラ達のもとにも向かわず、己自身に向けた怒りを紛らわせられる場所へと、一人去っていく。

 

「憎むのなら…この私を………どうしようもない最悪の女を憎んでおくれ…」

 

 重い足を引きずり、天使は密林の奥へと向かっていく。

 ふと、その足が止まり、縋るような眼差しをクロウリーに向けて、語りかけた。

 

「全ての植物を調べ終えた……感染源が無くなった以上、お前達を樹熱の病魔が襲う事はない。もうじき……出航する」

 

 

 翌日の朝。

 ノーランド率いるルブニール王国所属の探検隊の船は、出航の時を迎えていた。

 島は静かで、人影一つない。

 その様を見やり、エインシェンは深いため息をこぼしていた。

 

「…見送りになど……来てくれるはずもなし…………当然か」

 

 自分が招いた結果ゆえに、彼女の心はギシギシと軋みを上げている。

 一つの友情を、臆病風に吹かれて跡形もなく壊してしまった。その負い目から、ここしばらくノーランドとも口を聞けていない。

 遠い眼差しを島に向け、佇んでいた時だった。

 

「全員、聞け――っ!!!」

「⁉︎ ノーランド…?」

 

 突如、出航の準備を行っていた部下達を集め始めるノーランド。

 訝しげに振り向いたエインシェンと、集まった部下達に向け、ノーランドは驚きの決定を下した。

 

「え〜〜〜〜〜っ!!! 黄金を全部おいてく〜〜〜〜〜!!?」

「なっ…何を…!!?」

 

 驚愕で目を見開く、島の人々から受け取った黄金の山を持った部下達と、ノーランドを凝視するエインシェン。

 固まってしまった彼女に、船医が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「副官…すまねェ、昨日の話…おれもムースちゃんから聞いちまったんだ」

「………‼︎ 伝えたのか…‼︎」

「あんた一人に背負わせるわけにはいかねェだろ…」

「バカ者…!!!」

「村人の怒りももっともだ」

 

 悔しげに、心底苦しそうにうつむき歯を食いしばるエインシェンの前で、ノーランドも険しい表情になる。

 その表情を見たエインシェンは、たまらずその場に伏せ、ノーランドに深々と土下座を見せた。

 

「すまんノーランド…!!! すまん…!!! 私が…私が事実を伝えていればこんな事には…!!!」

「いいんだ、エインシェン…君も苦悩したんだ。誰にも責められやしない…」

 

 悲痛な声で謝罪する、強者でありながら弱々しい様を見せる天使に、ノーランドは痛々しそうに首を振る。

 もう一度島に目を向けたノーランドは、伏せたままのエインシェンに向け、重い口をどうにか開いた。

 

「見納めておけ。もう二度と…来る事のない島だ」

「…ああ」

 

 彼とて、大切な事を言わなかったことに対する怒りはある。だがそれは、自分達の仲を案じるがためのもの。

 それを咎めることは、このいまにも心をおられそうになっている友の前では、決してできなかった。

 

「よし、出航だ。マリージョアへ進路を取り〝北の海〟へ連絡‼︎ ルブニール王国へ帰郷する!!!」

 

 ノーランドの号令に、もはや吹っ切れたのか部下達が大きな声で応える。

 修復を終えた帆を張り、風をつかんだ帆船が海原に向かって颯爽と進み出した、その時だった。

 

 鐘の音が、あたりに響き渡った。

 もう二度と鳴ることのないと思っていた、あの黄金の鐘楼の音が。

 

「提督‼︎ 黄金の鐘が!!!」

「…なぜ」

 

 予想だにしない事態に、ノーランドも部下達も、そしてエインシェンも困惑で言葉を失う。

 その時、彼女の耳に、聞き覚えのあるもの達の必死な叫び声が届いた。

 

「鳴らせ―――‼︎ 鳴らせ―――‼︎」

「もっと強くだ‼︎ ノーランド達に聞こえる様に‼︎」

「うおおおお〜〜〜!!!」

 

 セトが、戦士達が、村の者達が、ムースが、そしてクロウリーが、黄金の鐘を総出で揺らし、かつてないほどの音を響かせる。

 遠い海の先へ旅立ってしまう、かけがえのない恩人達に、何とかして届かせようと。

 

(おれは…‼︎ おれ達はなんて愚かだったんだ…!!!)

 

 鐘楼につながる鎖を引き、巨大な鐘を力一杯揺らす。

 涙を滝のように流しながら、胸に突き刺さる後悔の痛みに耐えながら、伝えたい思いを鐘の音に乗せ、叫び続ける。

 

(許せ!!! もう二度とここに来ないなんて言わないでくれ!!! おれはまだ…あんた達と話したいことがたくさんあるんだ!!! まだ礼を言い切れてないんだ!!!」

「鳴らせェ〜〜〜!!! おれ達の大恩人に聞こえる様に!!!」

 

 血反吐を吐くようなその叫びが、森の奥から伝わってくる。

 知らぬうちに、エインシェンの目尻からは、絶えることなく涙が流れ出していた。

 

「あいつら………‼︎」

「提督‼︎ あれ!!!」

 

 途切れそうなか細い声で、呆れた声をこぼすエインシェン。

 すると今度は、森の奥から飛び出してきた赤い髪の戦士の姿に気づき、ノーランドと共に目を奪われた。

 

「ノーランドォ〜!!!!」

 

 滂沱の涙を流すカルガラが、海に出て行くノーランド達に向かって吠える。

 これを最後になどしたくないと、自分の行いを、自分の浅慮さを心の底から恥じ、力の限り叫ぶ。

 

「エインシェン〜!!!!」

 

 名を呼ばれたエインシェンが、弾かれたように身を震わせる。

 怒りも憎しみも感じない、ただ友を真摯に想う声に、より多くの涙が溢れ、顔中がぐちゃぐちゃになってしまった。

 

「また来いっ!!! この地でおれは、お前達を待っている‼︎ ここでずっと鐘を鳴らし続ける!!! また来る日のお前達の船が、海で迷わないように!!! 嵐の中でも、この島を見失わないように!!!」

 

 カルガラもまた、涙と鼻水で顔中を汚し、構うことなく叫び続ける。

 離れてしまった心の距離を、言葉で飛び越えさせようとするように、全身全霊をもって呼びかけ続ける。

 

「鐘を鳴らして、君等を待つ!!!! またいつの日か必ず会おう!!! 親友よ!!!!」

「バカ者共め…教えるなとあれほど言ったではないか…!!!」

「……また来てもいいのか…? …戻るとも……必ず戻る!!!」

 

 ノーランドもエインシェンも、もうまともに立っていられなかった。膝から崩れ落ち、むせび泣きながら、嬉しさに目を熱くさせる。

 二人はもう一度カルガラを凝視し、同じくらいに力強く叫び返した。

 

「またいつか、必ず会おう!!!!」

 

 新たな再会の誓いを胸に、異なる海で生まれた親友達が、別れを告げる。

 必ず相見えようと、その姿が見えなくなるまで叫び続けた。

 

 だが、その誓いが果たされることは、二度となかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。